第34話
「よぉドモンさん!様子を見に来てくれたのかい?」
ドモンの姿が目に入り、作業しつつも右手を上げながら挨拶をする大工。
「晩飯時だってのにまだ作業してたのか?今どんな感じだ?」
「吊り下げ部分は出来てんだよ。鍛冶屋も張り切ってくれてな」
大工が言うには、鍛冶屋は自宅に戻ってスプリング部分の調整を行っているとのこと。
チェーンは元からあった物に少し手を加えて直ぐに出来たそうだ。
直ぐとは言っても二日は流石にかかったらしいと聞き、貴族達にせっつかれたんだろうなぁとドモンは考えていた。
「こっちにも貴族連中が来たんだろ?なんかすまねぇな」とドモン。
「いやまあ何言われても出来ねえものは出来ねえからな。ガハハ」となかなか豪胆な性格をしている大工。
「やっぱりバネ部分の強度がわからないか?」
「そうなんだよ。硬すぎて逆に土台の方が弾んじまうんだよ」
「徐々に柔らかいのと入れ替えてギリギリを探ってる感じか?」
「そうだな。それと荷物や人の重さも考えないとならないし難しいんだ。入れ替えるだけの俺はいいけど鍛冶屋は大変だぜ?焼きを入れる時間を変えてみたり、太さ変えてみたりをずっとやってるみたいだ」
物理学者であればもっと簡単に正解にたどり着けるのだろうが、ドモンにはわからなかった。
高校では理系の物理専攻だったというのに、酒とギャンブルに溺れて一度ついて行けなくなってからは、もうついていこうとすら思わなくなり学校へも行かなくなっていた。
「あとよ、チェーンだけじゃ荷台部分が安定しねーんだやっぱり。吊橋の上歩くようなもんだからよ。なんかいい方法はねぇか?」と大工。
「もう少しチェーンを張るようにしながら、板バネでも座席の下に入れたらどうだ?」とドモン。
「板バネってなんだ?」と大工に聞かれ、やはりわからなかったかと思いつつ、地面に図を書いて説明してると「あぁ~ベッドの下に入れるあれみたいなもんか!」とドモンの予想外に大工はすぐに分かった。
「チェーンで吊り下げながら板バネ?で固定して・・・ウンウン、板バネだけじゃ支えられないけどチェーンもあるから・・・はぁ!わーかったわかった!なるほどなぁ!!」
頭の中で組み立ててみた大工は、その構造に対して感心しきりであった。
「でな、感心してくれたのは嬉しいんだけど、ちょっとまた頼みたいことがあるんだよ」
「おう!何でも言ってみな」とドモンに向かってニッコリ笑う大工。
「馬車に冷暖房つけようと思ってさ、壁と屋根、あと煙突穴も作って欲しいんだよ」
その瞬間時間が止まった。そこに追い打ちをかけるドモン。
「それと窓もつけるから窓枠もな。ガラス入れるつもりだから」
腕を組み、右上の一点を見つめる大工。
「そうなるわよねぇ」と興奮状態からまともに戻ったナナが目を瞑り、ウンウンと頷いていた。
「あと多頭引きでもいいんだけど、なるべく1頭でも引けるように軽量化をしてほしいんだ」とドモンが注文をつけると、大工は大きなため息を吐き「貴族様達の注文の方が余程マシだったよ」と肩を落とした。
ドモンとしてはちょちょいと壁と屋根を付ければいいだろうと思っていたのだが、どうやらまるごと作り直しになるらしい。
更に鍛冶屋ともまたやり取りをしなければならないと言っていた。当然全てが変更になるためだ。
「か、かかった費用は貴族持ちらしいしさ!そこから色つけて自分達の給金って事にしちゃっていいから!」と落ち込む大工を励ますドモン。
「金貨1000枚かかっちゃったとでも言って900枚くらい鍛冶屋と分けちゃえばいいんだよ」と悪魔的な発言をするドモン。金貨1000枚は日本円にして約1億円である。
「そんな嘘直ぐにバレちまうよ」と大工は呆れる。
だがその目はやる気に満ち溢れ爛々としていた。
これが人々の助けになり、その運命をも変えるかもしれないという物を今自分自身が作っているのだ。
逆に金を払ってでも携わりたいくらいだと大工は思う。
冬の吹雪の中をぬくぬくと移動してる姿を想像して、武者震いが止まらない。
夜は馬車の中の暖炉に薪を焚べながら、皆で酒を飲んで眠るのだ。
死と隣り合わせであるはずの冬の移動が、ただの楽しい旅路となるのか?まだとても信じられない。
食料が足りない?よしすぐに馬車を出そう。それとも雪を見ながら隣街まで食べに行こうか?
今までは考えられないことだ。
「こりゃ忙しくなるぞ・・・悪いなドモンさん、ちょっと鍛冶屋のところに行ってくらぁ!一段落ついたら連絡するし、何かあればまた来てくれよな!じゃあ!」
そう言うと、大工は一目散に駆け出して行ってしまった。
もう日も暮れかけ家々に明かりが灯り始めた。
広場の市場ももうすっかり片付けられていて、そこで青年達がスケートボードのような物で遊んでいる。
異世界と言われなければただ『タイムスリップしてしまった』と思うような風景だとドモンは思った。
魔石を使った街灯にも明かりが灯る。
ホームシックではないけれど、ドモンは少しだけセンチメンタルな気持ちになっていた。
もう元の世界には戻って生活出来ないのだろうか?
戻るとしたらナナやみんなとはもう会えないのだろうか?
なんだか複雑な表情をしているドモンを見て「ちょっと待ってて」とナナが走っていく。
そしてすぐにエールを二杯持って戻ってきた。
「そこの店で買ってきちゃった」
「おぉいいねえ、ありがとう」
スケボー少年がガラガラと音を立て、ジャンプアクションを決めているのを二人で見る。
「俺の世界にもあんなのあってさ、なんか思い出しちゃって」とドモン。
「うん」
「スケートボード、通称スケボーって言われてた。競技にもなってて大会とかもあるんだよ」
「ドモンも出たの?」
「いやぁ俺は初めての時転んで頭打って、もう二度とやらないと決めた」と笑う。
ドモンは学生時代運動神経は悪い方ではなかったが、スケートボードだけは絶望的に合わなかったのだ。
それだけに出来る人を心底尊敬していた。
「いつかまた練習してみようと思ってたんだけど」とドモンが左膝を見る。
「あぁ・・・」とドモンの脚の障害のことを察して言葉に詰まるナナ。
二十歳の時にこうなったとドモンは言っていた。今のナナの年齢とさほど変わらない。
そんな年齢で「もう走ることは出来ない」と宣告されたと。
今自分がもし突然そうなったらと想像し、あまりにも残酷すぎるとナナは思った。
エールを一気に飲み終えたドモンがグラスをナナに返しながら「少しひとりにさせてくれるか?」と告げる。
様々な残酷な境遇に加えて、意味もわからず異世界に迷い込んでしまったのだ。
何かしら考えたいこともあるのだろうと思い、ナナは「じゃあ先に帰ってるね。あまり遅くならないようにね」とグラスを店に返しに行ってから帰宅した。
季節は元の世界での初夏に当たる。
気持ちのいい夜風を浴びながら草むらにゴロンと寝転び、ドモンはタバコを吸っていた。
考えることが多すぎる。馬車のこと、モーターのこと、ナナのこと、元の世界のこと、そしてこの世界のこと。
魔物とはどんな感じなのか?魔王とはどんな存在なのか?
考えても考えてもきりがないとドモンは思った。
「そもそも異世界物の話なら、もう少しご都合主義的な部分多くてもいいだろうに」
今のところご都合主義だと思えたのは、貴族と知り合ったのと天然爆乳美女と知り合ったことくらいで、能力的には何もないどころか赤ちゃんよりもMPがないとまで言われたのだ。
「しかしこれからどうしたもんかねぇ」と空に向かって煙を吐く。
気軽にフラフラと生きてきた俺には荷が重すぎる。そう考えながら深い溜め息をつくドモン。
ひとりで店に戻ったナナ。
「あれ?ドモンさんはどうしたの?」と聞いたエリーに「ちょっとひとりになって考え事したいんだって」と答えた。
「そりゃ考えたくもなるわよねぇ・・・もし私が違う世界にひとりで行っちゃったらオロオロするところしか想像できないわぁ」とエリーが言うと、ナナも同じ想像をしてゾッとした。
きっと不安でたまらなかっただろう。脚のこともある。
そんな人に「何者だ!」と言って剣を抜こうとしたのだ。
今更ながらまた申し訳ない気持ちでいっぱいになるナナ。
「まあたまにはひとりで飲ませてやれよ。男にはそんな時間も必要なんだ」と厨房から顔を出すヨハン。
「そうだそうだ。女遊びの1つや2つ許してやれ」と客のひとりがナナをからかう。
「そ、そんな事はしない!・・・と思うけど・・・あのスケベおじさん・・・」と徐々に声が小さくなるナナ。
案外きれいな人に「どうぞ」と言われたら「そう?じゃあいただきます」と食べちゃうんだろうなぁと想像し、深いため息を吐く。
「す、すぐに帰ってくるわよぉ!あの人はナナのおっぱいが大好きなんだから」とエリー。
「や、やめてよ!それにドモンはお母さんの方も見てるじゃない!」とナナも言い返す。
客達がデレデレしているのを見て、ヨハンが「おめぇら!なんて目でうちの家族を見てんだバカタレ!」と厨房からおたまを振り回し、店内がまた笑いに包まれた。
しかしドモンはまだ帰ってこなかった。
ドモンが帰ってきたのは深夜0時前。
服は血だらけになり、あちこちを骨折している状態で街の人に担架で運ばれてきた。
ナナが慌ててドモンの顔を見ると、ドモンの左目は潰れていた。
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