第35話
ドモンは思う。いつもの事だと。
どこの世界でも、何歳になっても。
ドモンは知っている。この世はとても不条理なものだと。
ただそれを受け入れるしかないということを。
ドモンは悲しんだ。きっとまた死なないんだろうなと思いながら。
いつものように、ただそれだけだと。
街外れの土手の小さなトンネルの中で、血を流しながら寝転がり、ハァハァと息をしながら上着のポケットへと手をやる。
タバコの箱とライターがあることを確認しひと安心。
横向きに寝転がったままタバコを口に咥えて火をつけようとしたが、なかなか上手くいかないことによって自分の左目が潰れていることに気がついた。遠近感が取れないのだ。手も上手く動かない。
なんとかタバコに火をつけたものの、シケっていて上手く吸えない。
自分の流した血がタバコに染み込んでしまうのだ。
仕方無くもう一本、箱から直接タバコを咥えて火をつける。今度は手で触らないように慎重に。
「きゃあああ!!」
最初にドモンを発見したのはナナと同じくらいの若い女性だった。
「すぐにお医者様と騎士や憲兵の方を!!」と走り出そうとしていたのをドモンが止める。
「いいんだ。自分で帰るから」と言ったドモンに「そんな事出来るわけ無いでしょう!!」と少し怒気のこもった声で叱られ、今自分がかなりの重傷なのだと知った。
「とにかく誰か呼んできます!」と若い女性が走って街の者を呼び、ドモンを知る店の客のひとりが仲間を呼んで、担架でなんとか店へと運んできたのだ。
「ひぎぃぃぃいいいいいい!!!!」
ドモンを見るなりナナは狂った。まさに発狂である。
驚き、怒り、悲しみ。そして猛烈な後悔。
なぜひとりにしてしまったのか。
なぜ迎えに行かなかったのか。
なぜドモンが痛みで苦しんでいる時に気がつかなかったのか。
なぜ・・・・
「ポ、ポーションは?回復魔法は?」とエリーが聞くも「使ってようやくこれなんだよ!なぜかこれ以上効かないんだ!」と客が叫ぶ。
「それに見つけた時にはもう死にか・・・」「おい!!」
「いやぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
客達の会話を聞き、ナナが自分の両肩に爪を食い込ませ血を流す。
自分の皮膚を引きちぎり、ドモンに貼って治るならそうしたい。ナナは真剣にそう思っていた。
「ナスカ止めなさい!」とヨハンがナナを羽交い締めにする。
「離して!離せ!!離せぇ!!!」とナナが暴れてヨハンを振り解いた。
「・・・くる・・・しい・・ハハ・・・」
ドモンが小さな小さな声で囁く。
「苦しいの?待ってて!今楽にしてあげるから!!」とナナは厨房に飛び込んで包丁を持ってきた。そんなナナを大慌てで全員で止め、包丁を取り上げる。
「ドモンを殺して私も死ぬぅ!」
完全に錯乱状態である。
そう叫んだナナを、倒れてるドモンがちょいちょいと手招きをする。
「どうした・・の?死なないでよ?ねぇお願い・・・」ナナが泣きながら四つん這いで近づく。
「ここ・・座って・・後ろ・・・向いて」と、ハァハァしながらドモンがまた小さな声を出す。
「ん、わかったよ」と正座をしながら後ろを向いたナナのお尻に、ポンとドモンが手を当てた。
「おし・・・おき・・・」
ナナは俯いたまま両手を顔にやり、身体を震わせ静かにまた泣いた。
あの時確かにお仕置きをすると言っていた。
ドモンは約束を守った。
こんなに痛いお仕置きがあっただろうか?
こんなにも辛いお仕置きがあるだろうか?
「必ず犯人を見つけるから・・・絶対に!」とナナがドモンの顔を優しく撫でながら伝える。が、ドモンは「別にいい」と返した。
「よくあることだよ・・・」と。
「こ、こんな事よくあってたまるもんですか!」
ナナよりもエリーが先に叫んだ。
「いいからいいから・・・」
何がいいのだ。そんな訳はない。
これで何を許そうというのか。
その場にいるドモン以外の全員が思う。そして湧く、明確な殺意。
「こ、殺す・・・ぶっ殺す・・・必ず!見つけ出して!私が!この手で!グッチャグチャにして!同じ目に!!」
「ナナ・・・ナーナ・・・」とまたドモンが手招きをする。
顔を近づけたナナの頬を弱々しく、血だらけの右手で掴み「だめ」と微笑む。
ナナの頬を何度目かの涙が伝い、掴んでいたドモンの右手が濡れた。
いや掴んでいたというのも実はまた少し違う。ドモンの右手の親指と人差し指もあらぬ方向に曲がっていたからだ。
ナナはドモンを抱えあげようとしたが、頭部を強打されているのは明らかで、皆に医者が来るまで動かさない方がいいと止められていた。
それがとにかくもどかしく、ドモンの顔を上から覗き込んでは涙をドモンの顔へと垂らしていた。
「ナナ・・・染みるから・・・泣かないで・・・ハハハ・・・」
ナナの感情はまた最初から繰り返されるばかり。狂い、怒り、後悔し、泣く。
そこへようやく医者がやってきた。
「怪我人を見せろ!」とドモンに駆け寄ると、「よ、よぉ・・・ボッタクリ医者か?やぁい・・・怒られてやんの」とドモンがふざけた。
「クッ!こいつがそうか・・・」と医者が訝しげな顔。
「すみません!今は許して下さい!お願いします!大事な人なんです!」とナナが謝った。
「腐っても俺も医者だ。怪我人を目の前にして馬鹿な真似はしねぇよ」と鞄から道具を出す。
「その代わり、ちょっと痛い思いはしてもらうがな」と針と糸を用意。
「はぁい先生~・・・お願いしまーす」とフザけた返事をするドモン。そして医者は麻酔もせず左目の目尻と、こめかみ付近の二箇所を縫ってゆく。
針を通す度にドモンの手に力が入り、握っているナナの手にそれが伝わる。
それによってドモンよりもナナの方が声を上げそうだった。
「出来ればこの場から動かしたくはないがそうも行くまい。ベッドはどこだ?」と医者。
「二階なんです」とヨハンが答えると医者がチッと舌打ちをした。
面倒だからなどではなく、そこに運ぶのがあまりに危険だったからだ。
ドモンを運んできた担架にしても、この階段を上っていくのは危険すぎる。
出来れば担架ごと何かで吊って、二階の窓から運び入れる方が余程安全なくらいだ。
その時だった。
「ふぅ~い・・・サンキューボッタクリ医者。あろでお礼するよ」とドモンがイテテと言いながら体を起こした。
「おい!バカ野郎!動くんじゃない!」医者がそう言うのも無理はない。
脳内出血の可能性、そしてあらぬ方向に曲がった脚、指、左腕。肋骨も何本いかれているのか分からない上に、それが内臓を突き破る可能性もある。ろれつも回っていない。
立ち上がった姿はまるでゾンビ映画の、体中ピストルで撃たれた挙げ句、最後にヘッドショットを食らったゾンビがそれでもまだ死なないといったような見た目である。
「ら~いじょうぶだって・・・酒飲んで寝りゃ治る」とドモンが階段に向かっていく。
「さ、支えろ・・・いや動かすな!!それに酒は絶対に駄目だ!!!」医者ですらパニックを起こすなら周りはもっとだ。
「ドモンさん駄目だって!」
「動くなドモン!無茶するな!!」
客のひとりとヨハンが止める。
もうひとりの客はもう見てられないと横を向く。
「ド・・モン・・?・・・うーん」とナナが意識を失う。
這いずりながら階段を上るドモンの足と腕がブラブラと揺れていて、それを見て卒倒したのだ。
「危ないナスカ!」と支えたエリーもドモンの姿を見て腰が抜け、二人で床にへたり込んでいる。
「おいおい・・・動いちゃ駄目だって・・・折れてるってば・・・バケモンかよあいつ」
医者があ然とする。
「医者の先生、今度、礼しに・・・行くよ。んじゃおやすみ」とドモンはナナの部屋へと消えた。
ヨハンが慌ててナナの部屋へ行くと、ドモンは鎮痛剤をウイスキーで飲んで、いびきをかいてベッドで横向きに寝ていた。
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