第2話
二人で拾い集めた木の枝に、ライターで火をつける。
「それ魔法なの?」
「いやこれはライターという物だ。火をつける道具」
「ふ~ん・・魔力を使わなくて済むのね」
手渡されたライターを不思議そうに見つめ、手を伸ばしながら恐る恐る火をつけた。
「きゃっ!」と叫んでライターを放り投げてしまう女。
「本当に簡単に火がつくのね・・・」
「そりゃそうだ」と男はライターを拾い上げる。
ゴザのような敷物に並んで座り、焚き火を見つめながら男はまた話し始めた。
「どうやら俺は違う世界から来たのは間違いないらしい。異世界ってやつだ」
「そうみたいね」
「俺のいた世界じゃこういった話が流行っているんだよ。死んだら異世界で生まれ変わるといった小説とか」
「うん」と言いながら少し心配そうに男の目を見つめる女。
「いや俺は死んじゃいないぞ?買い物して出口から出てきただけだからな」
苦笑いでそう言いながら、女から借りた鍋に魔法で水を入れてもらい、カップラーメンを作るためのお湯を沸かしはじめる男。
「まさかそれを俺が体験するなんてなぁ」
「私はそっちの世界に行けないのかな?」
「さあどうだろうな?明日確かめてみようか」
「うんわかった」
なかなか鍋のお湯が沸かない。
「実はこっちにも似たような本があって、ちょっとだけ憧れてるのよ」
「小説とかの物語ならいいけど、本当にそんな事になったらたまったもんじゃないぞ?」
「そうかもしれないけど・・・」
焚き火に薪を足しながら異世界の話は弾む。
「よくある話は、異世界に生まれ変わって12歳とか15歳位になって、とんでもないスキルを神様にプレゼントされたりするやつな」
「あぁ私達の本もそんな感じよ」
「それで冴えない人生だったのが一変して一気に成り上がる」
「そうそう!」と女がケタケタ笑った。
「12歳なんだけど中身はおっさんだから『~んだが?』『~んだが!』と、ガキがおっさんくさい言葉を使うんだ」
「ウフフ!」
「そんな言葉遣いするガキが、意味不明にモテまくる。でもモテたところで12歳だから特に進展はない」
「こっちでも同じよ。余程人生やり直したいのか、子供の願望を書いているみたいなやつあるよね」
「そうだ。願望の塊。歪んだ無双願望」
カップラーメンの蓋を半分開け、ようやく湧いたお湯を入れていく。
女はこれが何かはまだわかってはいない。
「俺がガキの頃は『努力・友情・勝利』が人気だったんだけど、今は『余裕・モテモテ・ざまぁ』ばかりだ」
「なんだか情けないわね。そんな妄想で満足してるなんて」
「ああ。夢も希望もない奴が見る願望なんだよ」
「・・・・」
少しだけ寂しそうな顔をして頷き、袋から干し肉を出す女。
「食べるでしょ?」とナイフを取り出し切り分けようとしていたのを男が止めた。
「飯なら今作ってるぞ」
「え?これスープでしょ??」
「いやあと少しで出来上がる」
「作ってるってお湯を入れただけじゃない。何言ってんの?」
3分経った頃合いを見て、蓋をベリベリと剥がし女に渡す。一番安い醤油ラーメンだ。
「美味しそうな匂い!!どうして?!」
「俺らの世界じゃ簡単に食べられる有名な飯なんだ」
「異世界って不思議すぎるよ!!」
箸の使い方を少しだけ教えて、実際に食べてみせる。
「こうやって・・ズルズル・・この麺を行儀悪くすするんだ」
「麺料理ならこっちにもあるけど、こんなのは見たこともないわ。この棒の使い方も難しいわね」
女は箸に悪戦苦闘しながらなんとか麺をすくい上げ、口の中にちゅるちゅると麺を吸い込んだ。
「んん?!んーっ!!!んんん~ん!!!」
「馬鹿野郎。飲み込んでから喋れよ」
「何これ?!な・に・こ・れ!!!」
「美味いか?」
「美味しいなんてもんじゃないわよ!お湯入れただけでこれってどうなってんの??これこそ魔法じゃないの!?」
「魔法じゃねーよ。でもこんなもんでそんなに喜んでくれるなんて良かったよ」
女が夢中になってラーメンを食べる様子を見て、口にあって良かったと安堵の表情を見せた。
「でも、あんたこれ・・・ものすごい高価な物じゃないの?」と女は心配そうに眉をひそめる。
「そんなことはない。一時間も働けばこれを10個は買えるくらい安物だぞ」
「これ・・・貴族とかに売ったらとんでもない値段で取引されると思うわよ?」
あーそんな話もよくあるよなと男は思う。貴重な胡椒がギルドでえらい金額で売れたとかは定番の話だ。
「でもこれは売らねーよ。こいつは俺ら庶民のものだ」
「スープだけでも宮廷料理として出しても通用しそうな気が・・・」
「貧乏人の味方だって」
納得がいかない顔をしながらフーフーとまだ熱いスープを飲んでいる。
巨乳美人は何をやっていても様になるのだ。
その美しい横顔を見ながらふと男は思う。こんな美人が随分と好意的に接してくれるのは、もしかして俺も異世界に来て若返っているのでは?と。
「もしかすると・・・さっき言ってたように俺も若返ってるのか?」
女はハフハフとスープを飲みながら男に背を向け、おもむろに右手で背中に背負った剣を鞘から半分だけ引き出すと、綺麗に手入れされた剣には男の姿が映っていた。
「全然おっさんじゃねーか」
落ち込む男の方を振り向いて「最初からずっとおじさんだよ?」と言いながらプッと吹き出す女。
「12歳くらいになってるとでも思ったの?座る時にドッコイショー!って掛け声出す子供なんていないわよ」とゲラゲラと笑い出した。
「くっそ!黙れおっぱい」
「おっぱ・・・酷ーい」
「お前なんかおっぱいだからな!革鎧着てるけどおっぱいの下に隠れてるじゃねーか。おっぱい避けて革鎧に攻撃する方が難しいだろそれ」
「こ、これは仕方ないでしょ!破けちゃったし作り直すのもお金かかるんだから」
確かに鎧で隠れている部分よりも胸の方が明らかに大きい。
コルセットのように胴に巻かれた革鎧が、申し訳なさげに女の巨大な胸を健気に支えていた。
「そもそも新しい鎧は全部特注になっちゃうんだもん・・・」
「そりゃそうだろな。でかすぎる」
「もう!そんなはっきり言ってきたのあんたくらいよ」
「悪いな。おっさんは遠慮しねーんだよ」と悪びれもせず言い放つ。セクハラ三昧、いやセクハラの権化、SNSなら炎上間違いなしだろう。
ただ女は顔を赤くしながらも満更でもない様子。
「・・・大きいの変?」と聞いたら「バカ言え最高だろ」と男が即答したからだ。
女は少しだけ胸を張った。
「ところで名前聞いてなかったわね」と焚き火を見つめ、今更ながら聞く女。
名前よりもお互いに聞きたいことが山ほどあって、それどころではなかったのだ。
「ああ、俺は暮田(くれた)だ」
そう答えた瞬間また女が吹き出した。
「プッ・・ごめんなさい。そんな顔してるのに、女の子みたいな名前だとは思わなくて」
男はムッとしつつも、なるほどこっちではクレタという女の子の名前に聞こえたのかと冷静さを取り戻す。
逆に考えれば、目の前にいるような巨乳美女が「権蔵(ごんぞう)です」と言ったようなもんだしな・・・と無理やり納得した。
「暮田は名字、ええとラストネームのようなもんだ。名前は土門(どもん)だ」
「ドモンね。私はナスカナタリア。みんなにはナスカと・・・」
「じゃあナナな」
「ナナじゃなくてナスカよ」
「言いにくいからナナでいい。嫌ならおっぱいだな」
「もうナナで良いわよ!」
そう言って仰向けにゴロンと寝転がり夜空を見上げるナナ。
ドモンにナナとあだ名を付けられ、なぜだか嬉しい気持ちになっていた。
「んじゃナナ、いただきます」
「え?は??ちょ!!」
「いただきまーす」
「ちょちょちょ!ちょっと!こういうのはお互いを知って少しずつ距離を縮めてそれからでしょ!」
「ウブな12歳の『んだが異世界転生少年』じゃねーんだよこっちは。おっさん舐めんな」
「順番ってものがあるでしょっての!」
「しかたねーだろ好きになっちゃったんだから」
押し倒された上、突然の告白に動揺が止まらないナナ。
そしてやはりなぜかそれが嬉しく、拒むことが出来ない。
「や、や、優しくして??」
「約束はできねーな」
暗闇の中、何があったのかはこの二人以外知る由もない。
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