第3話

「ドモン起きた?」

小鳥たちのさえずりが聞こえる草原に、ナナの優しい声が響く。

「ド~モ~ン~。ウフフ」

まだ目が開かずにしかめっ面で寝転がるドモンにナナが上から抱きつき、首筋あたりに自分の鼻をこすりつけた。


「おもてぇよ」

「ウフフ汗臭~い」

「仕方ねーだろ。汗かいたまま身体も洗わずおっさんが寝たらこうなるんだよ」


それでも離れようとしないナナをぐいっと押しのけ上体を起こし、「ハイおはよ」と目をこすりながら右手でナナの頭を優しくポンポンと撫でた。

ムフゥ!という鼻息と共に、タックルをするように抱きついて押し倒そうとするナナをグッと受け止めるドモン。


「ねえ昨日言い忘れてた」

「何がだよ」

「私もドモンが好き!」

「展開がはえーんだよ」

「あんたに言われたくないわよ」とナナはケタケタ笑う。



役に立たなそうな革鎧を装着し、長剣を背負って身支度を終えたナナが朝食の準備。

昨日断った干し肉を二人分焚き火で炙って柔らかくしていた。

それを見たドモンが買い物袋から食パンと塩コショウを出す。


「何その白くて四角いやつ」

「これはパンだよ。どうせならその肉挟んで食おうぜ」

「この白いのがパン?!」


炙られてフニャリとしてきた肉に塩コショウをふりかけパンに挟み「ほら」とナナに渡す。

マヨネーズも欲しいところだが、あいにく昨日は買わなかった。


「フワッフワ!!」

「お、おう」

実は半額になっていた安い食パンなため、結構ボソボソと乾いた感じになっている。

が、それを言うのも無粋だとドモンは黙っていた。


先にひとかじりするドモン。

「う~んやっぱマヨが・・・」と言いかけたところでナナが叫ぶ。

「うわぁパンが柔らかくて甘い!干し肉も美味しい!!」


ナナにとってはまさに衝撃だった。

あまりの美味しさに体がブルブルと震え、少しだけ遅れて胸も揺れる。

そしてハムハムと干し肉サンドをかじりながら、子供が美味しいものを食べてリズムを取るように踊りだすような、いわゆる「おいしいダンス」をしていた。


「あの干し肉がどうしてぇ~?」と言いながら、リスがほっぺたに木の実を詰め込むように一気に口に押し込んでいくナナ。


「塩や胡椒はこっちの世界にもあるんだよな?」

「あるけどこんな感じじゃないよ。こんな味にならない」

と、まだモグモグとしながらナナが答える。


「う~ん・・・」


ドモンにはそれだけでは物足りなく感じていて、食が進まなかった。

それを不思議そうな顔で見るナナ。


「そうだ。醤油でもちょっと垂らしてみるか」と、買い物袋から出した醤油を慎重に数滴干し肉に垂らす。

「何その黒いの」とナナは怪訝そうな顔。

「醤油。調味料だよ。昨日食った麺料理あるだろ?あれのベースになってる調味料」


食パンに肉を挟み直してひとかじり。

「うん。いい感じになった」

頷きながら食べていたドモンをじっと見つめるナナ。

それに気がついたドモンが「ほら、あーん」と言ってナナに口を開けさせ、口の中に干し肉サンドを突っ込んでひとかじりさせる。


「おほー!!ムッフー!!」


そう叫んで今にも昇天しそうなナナを見て「エロマンガのヒロインじゃねーんだから」と聞こえないくらい小さく囁き、残りの干し肉サンドを食べきった。

「あーん全部食べたぁ!」と駄々をこねるナナに「また今度な」と笑ってタバコに火をつけるドモン。




「さて・・・これから俺が来た異世界の出入り口に行ってみるわけなんだけれど、一緒に行きたいんだよな?」とドモンが確認をした。

「うんもちろん!」とナナは即答する。


そんな態度にドモンは苦笑した。

なぜならそんなに簡単な話ではないからだ。


もし二人ともこの世界に戻れなくなったら?

もし俺だけが元いた世界に戻ってこっちに戻れなくなったら。

もしナナだけが向こうの世界に行って戻ってこられなかったら。

他にもいろいろな懸念がある。



「そういやナナの家族っているのか?」

「お父さんとお母さんがいるよ」

「昨日も帰らなくて大丈夫だったのか?」

「私も一応一人前の冒険者だからね!平気よ」


やはり冒険者という職業がポピュラーな世界なのかと思うドモン。


「一人前ってお前はそういやいくつなんだ」

「レベル?歳?」

「歳。てかレベルってやっぱあんのかよ」

「歳はもう19よ。レベルは今はわからないけど多分同じくらいだと思う」

「え?!19歳???」


やっちまったと頭を抱えるドモン。

確かに若いなとは思ってはいたが、まさか二十歳にもなっていないとは思ってはいなかった。


「いやいやいや・・・あのさ。お父さんたち何歳くらいだろ??」

「この前あった時『二人とももう40になった』って言ってたよ」

「お、おぉもう・・・」


親がまさかの年下である。大年下。

「俺が高1の時お父さん小1かな?」とぼそっと呟く。

なぜドモンが青ざめているのかナナにはわからない。


「ねえドモンはいくつ?」

「あぁうん・・・えぇと・・・」と思わず言いよどむ。

最初からおじさん扱いはされているんだから隠していても仕方ないのだけれども、そこまで年齢差があると知ると引かれてしまうかもしれないと考えていた。

が、ナナはそんなことを気にもせず話を続ける。


「お父さん達より年上よね?!うーん50歳!」

「ち、ちげぇよ!まだ50までは行ってねぇ!あ、あのまあ、もうそろそろというかなんというか、そんな感じだけれども・・・」

「やった!ほとんど当たりじゃない!」


年齢差がわかってもナナは全く気になっていない様子。

異世界では普通の事なのか??と考えるも、ナナの両親はどうやら同い年のようだし・・・と頭を振り考えを改める。


「うーん、ドモンはおじさんだけど格好いいよ?」とナナが何かを察して慰める。


ドモンの見た目は確かにそこまで悪くはない。かと言って良くもない。

渋くダンディーな俳優とまでは言わないが、それに近い雰囲気ではある。白髪を隠すために金髪ではあるが。

禿げても太ってもいない。だがムキムキでもないといったところか。身長も170センチくらいだ。いわば普通。

ちなみにナナは160センチにギリギリ届かないくらいであった。


それはともかく、一番の問題は身長差よりも年齢差。容姿とかそういうことではない。

少し的はずれなナナの反応に困惑するドモン。


その様子を見てナナは矢継ぎ早に言葉を続ける。年齢差なんて些細な事でドモンの気持ちが離れてしまう事を避けたかったのだ。



「ねぇ歳なんて関係ないの!私は今この・・・あのね、昨日初めて会った今のね、今のドモンが好きなの!!」



うまく気持ちを伝えられなかったと思ったのか、ナナは目に涙を浮かべる。

ショーウィンドウの前で駄々をこねて泣く子供のように、その場にへたり込んで右手の甲で涙を拭っていた。

それを見たドモンが少しだけ意を決し、そして改めて言葉にした。


「俺もナナが大好きだぞ」


それを聞き、泣き止むどころかもっと大きな声でワーンと泣いたナナが泣き止む頃、太陽はちょうど真上まで来ていた。



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