第13話

しばしの談笑後。


「式はいつでも良いけどドレスの準備がねぇ」とエリーが頭を悩ませる。

「私とお母さんはどうしても時間がかかっちゃうのよ」ナナが先程の涙を拭いながら笑う。

ドモンが不思議そうな顔をしていると「ほら・・・私達は特注サイズだから」とエリーも笑う。


「ナナはこれでもまだマシな方なんだぞ?エリーときたら特注品も特注品で、布も普通の倍は使わなければならないからな」と呆れるヨハン。


普通の服でも10日はかかり、ドレスや防具ともなると一ヶ月はかかるらしく、もちろん値段もその分跳ね上がる。

今回は特別だからエリーもドレスを新調したいらしく、二人分ともなればいくらになるかもわからない。

そもそもどんな通貨があるのか、その通貨の相場すらドモンは知らないのだけれども。


銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨が100枚で金貨が1枚だということはすでにドモンは聞いていた。

だがその金貨1枚が日本円にしてどのくらいの価値があるのかがわからなかったのだ。


「特注品のドレスはいくらくらいになるんだ?」とドモン。

「私がヨハンと結婚した時に作ったドレスが金貨3枚くらいだったかしらねぇ」とエリー。

「えー!そんなに高いの?!」とナナが驚いている。


話を聞く限り金貨1枚10万円というところではないかとドモンは推測した。

となると銀貨は1000円、銅貨は10円となる。

日本も銅貨は10円なので、覚えやすいと言えば覚えやすい。

ただエール一杯が銅貨10枚だったことを考えると、物価がまた少し違うのだろうなと考えていた。


「60万円、じゃなくて金貨6枚かぁ」とドモンが頭を悩ます。

その他にも食事や酒を振る舞ったりする風習があるとのことなので、余裕を見て金貨10枚は必要だということであった。


「ナナ、冒険者が金貨10枚稼ぐとしたら・・・」

「結構なレア素材を見つけてくるか、コツコツ稼いだとしても半年か一年はかかるわね」

「話を聞く限りそんな感じだと思った。なかなか厳しいな」


そうドモンとナナの二人が思案していると、ヨハンが助け船を出す。


「もちろん俺らも協力させてもらうぞ。流石に全部は無理だが・・・店を手伝ってくれるならそこから給料として上積みしてもいい」

「お店の手伝いなら大歓迎よ」とエリーも続ける。


「とにかく明日二人でギルドに行ってみるよ。ドモンの登録もしたいしステータスも見たいしね」

「そこで俺に出来そうな仕事があればいいんだけどな。もしかしたら何かの特殊なスキルがあるかもしれないし」

「一応ドモンは異世界人だしね」

「一応は余計だよ」


そう言ってドモンとナナが笑った。


「さあさ今晩はとにかく寝ましょう。ドモンさんはナナの部屋でいいわね」とエリー。

「もちろんそうよ」とナナがドモンの腕を引っ張ると「結婚前どころかドレス作る前に子供なんて出来たらサイズ変わっちまうぞ」とヨハンがからかった。


真っ赤な顔になったナナが「やだもう!」と言うと「ヨハン!デリカシーが無いよ!」とエリーもヨハンを叱る。

「でもそれはそれで良いわね。ウフフ」と言いながら、ヨハンを連れて寝室へと去っていく。

「もうお母さんも!」と言ったものの、ナナもドモンの顔を見て「だって」とドモンに抱きついた。



全員寝不足の朝。

「おはよう。あなた達のせいでナナの弟か妹出来ちゃいそうよ」とヨハンに抱きつきながら、やけに機嫌のいいエリーがリビングにやってきた。

「し、し、知らないわよ私は」とツヤッツヤの顔をしたナナがドモンに抱きついている。

ドモンとヨハンは黙して語らず。いや、話す気力もない状態だった。



「朝ごはん、食べたいものがあったので俺が作ってもいいかな?」とドモン。

「えぇ?!悪いわよそんなこと」驚くエリー。

「いいよいいよ」とドモンがキッチンへと向かい、ナナは「私手伝う」とついていった。


男が料理をするということは珍しくないことだが、朝だけは女性が先に起きて料理を作る風習があるらしい。

昔は冒険者は男性の職業で、少しでも寝かせて体の回復をさせてあげたいという女性側の配慮がそのまま風習として残ったのだとか。

どこの世界でも似たようなものだとドモンは思った。


「味噌汁がどうしても飲みたかったんだけど具がないんだよな。流石に豆腐持って旅するのもなんか変だと思って買わなかったしなぁ。しじみとかも日持ち考えて買わなかったし」

「豆腐とかしじみって何?」

「豆腐は豆から作った柔らかくて白い食べ物、しじみは海の貝だ」と説明する。

「よくわからないけど内陸の街だから海の物はないよ」と申し訳無さそうな顔のナナ。


「まあいいんだ。せめてゴマ油でもあれば豚肉は買ってあるから、豚汁もどきでも作れるんだけどな」

「ゴマ油はあるよ」とタタタと階段を降りて下の厨房まで行き、ゴマ油の入った瓶を持ってナナが戻ってきた。

「あるのかよ!」とドモンのテンションが上がる。


「ごぼうやネギは・・・流石にないよな?」

「ごぼうって何?ネギはある」とナナがまた階段を駆け下りていく。


「はい!二種類あるわ。長いやつと丸いやつ」と両方を差し出す。

「長ネギと玉ねぎあるのか!よし今回は長ねぎを使う」とドモンが受け取り、まな板で小気味よく小口切りにしていく。

クーラーボックスに入れていた豚バラ肉も3センチ幅くらいにカットした。


「そういえばこの氷で冷やしてる物って全部冷蔵庫に入れていいの?」とナナが聞く。

「あ!!そういえば冷蔵庫あったな!魔道具の!」とドモンが昨日の厨房の様子を思い出して叫んだ。

「高いから一般的にはないけど、私達みたいなお店だと置いてあるのよ」

「それなら全部入れておいてくれ。入るなら残っている缶ビールとかジュースも」

「じゃあすぐにやっとくね」とクーラーボックスを抱えてナナがまたまた階段を降りていった。


なんとも甲斐甲斐しいというか、よく働いてくれるとドモンは思った。

「ちょっとドジだけどな」と小さく小さく囁く。

ガシャーンという音がしなかったので今日はうまくいったのであろう。



ドモンは鍋で豚バラ肉を塩で軽く炒めながら、チューブ入りのニンニクと生姜を入れていく。

ある程度火が通ったところで水を入れ沸騰させ、荷物から味噌を出し投入。味噌は出汁入りなので便利だ。

最後にゴマ油とネギを投入し、軽くひと煮立ちさせて完成。


お米はいるかいらないかはわからないが、一応ナナ達のために2合だけ炊く。

ドモン自身は豚汁はメインであって、ご飯のおかずにはならないタイプであった。



「冷蔵庫に入れてきたよ~」

「いやぁありがとう。助かったよ」

「す~はぁ~す~はぁ~・・・美味しそうなニオイね!!あのラーメンとニオイが似てる」と目を瞑りクンクンするナナ。

「お前は犬か。まあ大体あってるけど」とドモンは呆れ顔。

「ワンワン」とナナがニコニコしながらドモンに抱きつく。小馬鹿にされたはずなのになぜか嬉しそうだった。



お椀に4人分の豚汁を用意しリビングまで持っていく。

キッチンの前にもテーブルはあるが、ヨハンとエリー二人きりの時くらいしか使わないらしい。

ナナが家にいる時は、リビングで食事をするのが決まりであった。


「うわぁいい匂いねぇ!」とエリーが感嘆の声を上げる。

「豚汁・・もどきってとこかな?本当はもっといろいろな具材が必要なんだ」とドモンが説明する。

「見たことがないスープだな」とヨハンが鼻を近づけてクンクンしていた。ヨハンも普段客に料理を提供している立場なので興味津々であった。


「味噌っていう異世界の調味料を使ってるの。これの麺料理が美味しいのよ本当に!」とナナが力説する。

「今日は麺は入ってないけど代わりに豚肉が入っている。豚肉ってこっちもあるのかな?」と聞くドモン。

「あるけどこんなペラペラに切ってあるものは見たことがないな」とヨハンが答える。

あるだけで十分だとドモンは思いつつ、みんなの分の割り箸と一応スプーンも準備していく。



「俺はご飯のおかずにならないからいらないけれど、お米を食べたい人は一応炊いてあるから食べて」

ドモンが飯ごうをテーブルに置くと「食べる食べる食べる!!」とナナが手を挙げ、お椀を取りに行った。

ヨハンとエリーが顔を見合わせて「ナナ!俺達の分のお椀も持ってきてくれ!」と叫ぶと、遠くから「はーい」という声が聞こえた。



「では早速いただこうか」とまずはヨハンが豚汁をスプーンで掬って味見をする。

豚汁にスプーンはドモンにとって不思議な光景だが、こちらの感覚ではスープになるので間違いではない。


「なんなんだこれは・・・」とヨハンが唸る。

「ど、どうなのよぉ・・・」と不安そうにしているエリーに「美味しいに決まってるじゃない」とナナがお椀から直接豚汁を飲む。

ナナは冒険者でもあるので直接飲むのも慣れている上、ドモンのラーメンでこの飲み方がすっかり染み付いてしまった。


「んん・・んぐ・・・あーやっぱり美味しいよドモン!ご飯にポンポンしてもいい?」とナナが聞いてきたので「好きにすりゃいいよ。この汁を米にかけて食う人もいるくらいだ」と答えるドモン。


「ちょっとナナ!行儀が悪いわねぇ!」とエリーが注意するも「これはいいんだ。こっちの世界では行儀悪く見えるかもしれないけれど、俺の国では美味いものを一番美味い状態で食うってのが礼儀なんだ。この料理の場合は『熱いうち』が一番美味い。だからそれ以外は気にしなくていい」とドモンが説明する。


「なるほどな・・・折角の出来たての料理も、冷めちまったら作る方も作りがいがないってもんだ」とヨハンが頷く。

「そういうことだ」とドモンが豚汁をお椀からすすりながら答えた。

ヨハンとエリーがそれに習ってお椀から直接豚汁を飲んだ。だがすするのはまだ苦手な様子。



「まあ俺の世界でもそんなのは俺の国ぐらいなんだけどな」とドモンが笑うと、全員が豚汁を吹き出した。



「なによ、ドモンの国だけが変なんじゃないのよ~」とナナが口とテーブルを拭きながら文句を言う。

「美味い物への追求に余念がない徹底した合理主義の国だったんだよ。美味い物を美味いまま食うにはマナーなんてくそくらえだ」とドモンがまた笑った。


「それで世界の常識に国民がまるごと抗っているのか?すげぇ国じゃねーか」とヨハンがニヤリと笑う。

「ああ・・同じ世界にあるのに『日本という惑星』と言われて別の星の扱いを受けたりもしてたな」



急激に世界が発展する中で200年以上の鎖国を行い、その中で発展を止めずに独自に進化していった結果である。

世界から見たら、そこにいるのは進化が止まった原住民がいるはずだった。

だがその内部だけで独自の進化を遂げ、いざ蓋を開けた時に世界を驚かせた。


いわゆる『ガラパゴス現象』


それが世界にどれだけの衝撃と影響を与えたのかは、日本人自体には実はあまり知られていない。

本人達にとってそれが常に『当たり前』のことだったからだ。むしろ小馬鹿にされていると思っている日本人もいるくらいだ。

だが今実際こうしてナナ達が豚汁もどきを夢中になって食べる姿を見てドモンは思う。


「こりゃあ俺の存在自体がチートだな」


ボソッとドモンが囁きながら豚汁をすする。

豚汁ぶっかけご飯をおかわりして夢中になって食べている三人の様子を見ながら。



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