第441話
「とりあえず理由を話してもらえる?訳も分からず頼まれたって、こっちも困るしさ」
「あ、ああ・・・そうだな・・・」
ドモン達にもう一杯のエールと、自分の分を入れて持ってきた店主が、ドモンの横に座った。
「俺は元々、王都にもある有名な〇〇というパスタ専門店の、オーナーの娘の婿養子だったんだよ」
「ええ?!知ってるわ!!ドモンと食べに行ったわよね?」
「ああ~あの店か。あれ美味かったなぁ。にんにくとトマトのなんちゃらとかって。唐辛子がポンと乗っかってて」
「フフフ・・・それは俺が考えたメニューさ」
ドモンですら『これは名店だ』と褒めちぎった店である。
カプリなんちゃらのようなチェーン店ではあるが、レベルの高さはお墨付き。
「で、なんだって今こんな店に」
「お前さん、失礼な奴だなハハハ!気に入ったぜ」
「ああ、悪い悪い」
「いやいいんだ。まあ・・・自惚れていたんだろうな。俺のおかげだろうって・・・馬鹿な奴だよ本当に」
ガバッとエールを飲み干す店長。
ドモンはタバコに火をつけた。
「はっきり言ってしまえば女遊びだ。うちの奴が子育てで忙しくしてるのが気に入らなくて、あっちこっちで浮気三昧。金に物を言わせて女を買って、毎日毎日朝帰りしてな」
「なんかどっかで聞いたことがある話ね。もうバレているのよドモン。ヘレンさんのところで浮気したのを」
「え?ええ?!なんで???どうしてバレたの?!?」
「あんたやっぱり!!!」
店内に響き渡るパーンパーンという悲しい音。
あと一発叩かれていたら、大きい方が漏れていたかもしれない。
「カマをかけてみたら、やっぱり浮気してたのね!!」
「ズ、ズルい!!うぅ・・ああ、オナラが止まらない・・・お尻の穴閉まらないよナナ・・・」
「じゃあ野菜か何か突っ込みましょうか?」
「ごめんってば・・・ズッポシはしてないから・・・うぅ」
「ならこれで勘弁してあげるわ」
ズッポシしてなきゃセーフという風潮。
そうしなければキリがないのだ。
「ハッハッハ!そんなもので済んで幸運だぜ旦那。俺はスパッと捨てられちまったんだ」
「離婚しちゃったの?」
「正式にではないけど、まあそんなようなものだ。それで手切れ金代わりにこの店をくれたってわけさ。息子に会うことももう・・・」
「そうだったの・・・」
ナナに向かって笑顔で話をしている店主だったが、その顔には後悔の色が見て取れる。
ドモンはまだ床でペチャンコ。
「で、どうしてドモンのパスタが必要なのよ。大体そんな冒険しなくたって、今まで作ってたパスタで十分やっていけるんじゃないの?」
「ああ・・・実は今度王都で麺料理の品評会のようなものがあるんだよ。そこに新しい麺料理を出して・・・」
「優勝して奥さんに見直してもらおうって魂胆ね!でも、奥さんが見ていなきゃ意味がないんじゃないの?あとから伝わるかもしれないけれど、あとからだったら、ふーんって言われて終わりそう」
「いや見てるさ絶対に。なにせこの品評会の主催が嫁の店だからな。審査員として座っているだろうよ」
「ええ?!」
主催がまさかの奥さんの店。
「イチチ・・・それじゃ普通に考えて、絶対に優勝できないだろうよ。奥さんの父親とかも審査員なんじゃないのか?」
「そりゃまあそうだ」
「浮気して娘を不幸にした男の料理なんか、審査どころか食いたくもないだろう。なんだか言ってて俺も胸と尻が痛いけれど」
「ホントよ。反省なさい」「まあ確かにな」
見返したいという気持ちはわかるが、そのハードルはあまりにも高すぎる。
もしドモンが同じ立場だったとして、ナナと別れた後に、ヨハンとエリー主催の料理大会なんか絶対に出たくはない。
「それで俺が作ったというパスタに活路を見出して、試作しつつ、客も呼び込んで見返そうとしてたのか」
「その通りだ。異世界人が作ったパスタで客を呼び込んでいるともなれば、少しは興味を持ってくれると思ったんだ。話を聞いた時、もうそれしかないと思って。だから!だから教えてくれないか?!そのホンモノの味を!!」
「うーん・・・」タバコの煙を吐き、腕を組んで唸ったドモン。
「これも何かの縁よ。作ってあげればいいじゃない。それにあんたはもう他人事じゃないのよ?私の裸を見たスケベおじさん同士じゃないの」
店主の理由にようやく納得がいったドモンだったが、どうにもこうにも渋い顔。
それに対し、すっかりじれったくなってしまった、お節介ノーパン残念女神。
「作るのはいいんだ。いいんだけれども、醤油っていう調味料を今持っていないのと、どうにもなんか少し引っかかるんだよ。それじゃ駄目な気がして」
「なにが引っかかるっていうのよ?」
「その品評会とやらが終わった後も作り続けるつもりなんだろ?カールが作った醤油が流通し始めるのなんて、あと一年くらいかかるんだぜ?」
「作り続けられないのね・・・」「そうだったのか・・・」
だがドモンが気になっていたのはそれだけではない。
「それよりも、多分だぞ?恐らくなんだけど、その嫁さんの店ではもう、俺が作ったキノコの和風パスタなんて、とっくに知ってると思うんだよ」
「え?!」「なんですって?!」
「俺が作った醤油のものじゃなく、あの時のパスタ屋が後で作った『キノコのクリームパスタ』を覚えているか?あれに近いものが、その嫁さんの店のメニューにあったからな。キノコのとは書いてなかったけど、香草と山の幸のクリームパスタだかなんだかって新製品があるって。あの時聞いたんだよ俺、店員に何入ってんの?って。キノコが入ってるって言うからヤメたんだ」
「あ!確かにそうね!!それで結局トマトのにしたのよ!」
話をしているうちにドモンも鮮明に思い出し、ようやく心の中の引っ掛かりが取れた。
誰かが食べていたそのクリームパスタに、ドモンがアドバイスをしていた通りの、粉にしたチーズもかけられていたのも思い出した。
そもそも、こんな街の小さな店にまで噂が入ってくると言うなら、王都にもある大手のパスタ屋ならば、とっくにその情報も仕入れているはずである。
「そうか・・・そりゃそうだよなハハハ・・・」
「ねえドモンってば・・・」
すっかり落ち込んだふたり。
ドモンはうーんと唸り声を上げ、暖炉の火と、モクモクと湯気を上げる大きな鍋を見つめていた。
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