第6話

異世界にドモンがやってきてから三日目の朝。

ナナはつやつやした顔ですやすやと、テントの中でまだ寝ていた。

それを横目で見ながらドモンがテントから出る。


「本当にこれ結界魔法かかってるのか?」


そもそもドモンが異世界にやってきてから魔物どころか、獣もまだ見ていない。

ドモンがよく知る殺伐とした『あの異世界』とはどうも様子が違っていた。

昨日の食べたものを片付けながら朝食の準備をしていると、テントの中からナナの声が聞こえてきた。


「ドモーン!!ドモーーン!!」

「おうどうした?」

「えへへ」


ドモンの顔を見るなりホッとした表情を見せる、少し寝ぼけ眼のナナ。

身体は立派でもこういったところはまだまだ子供だなとドモンが笑う。


「起きたらひとりだったから不安になったんだろ?」とニヤニヤ。

「そんなことないよー」と鳴らない口笛を吹いてごまかす。


そんなナナにドモンが一応聞いてみる。


「これ結界魔法かかってるんだよな?」

「ううん、もうかかってないよ」

「マジか・・・」


大丈夫大丈夫とナナは毛布にくるまりながら手をひらひらさせる。

一度結界魔法をかけていれば、その魔力の跡によって魔物も獣も近寄ってこないらしい。

猟銃の発砲音を聞いたらしばらく獣が近寄らないようなものかとドモンは納得した。


「とにかくそろそろ飯だからさっさと服を着ろ」

「ふぁ~い」

「お前登場してからというか、お前の存在自体がなんかずっとサービス回だな」

「なにそれ?」

「なんでもねぇ」


昨日残った米にふりかけを混ぜたものでおにぎりを作ってナナに渡す。

ナナが寝ていたので水がなく、味噌汁を作ることが出来なかったドモンは少し不満顔。


「これはお米に味がついているのね」

「まあこの鮭ワカメのふりかけを混ぜただけだけどな」


ドモンがおにぎりにかぶりつくのを見て、同じようにナナもかぶりつく。


「もうドモンが何をやっても美味しくなっちゃうのね・・・料理人だったの?」

「料理はしてたけどそんなことはねぇよ」

「これなら簡単にうちの店も継いで、あっという間に繁盛店になるわね」と小声でぼそっと囁く。

「ん?なんか言ったか?」

「アハハなんでもない」とモジモジするナナ。



ナナの水魔法で洗い物を済ませ、食後の一服をしながらドモンが疑問に思っていたことを聞く。

この世界の仕組みがまだ全く理解できていないままなのだ。


「なあ、この世界には飛行機とかはあるのか?」

「なにそれ?」

「空を飛ぶ乗り物」


それを聞いてナナはひっくり返って笑った。


「アハハハ!人間が空を飛べるわけないじゃないの!」

「空を飛ぶ魔法とかも?」

「ないよ~!どんな夢見てるのよ!」


なるほど飛行機はないのか・・と、ドモンが真剣な顔をして頷く。


「まさか・・・ドモンの世界では人が空を飛んでいるの・・・?!」

「ああ、こういう羽のついた乗り物に乗って旅をするんだ」と言いながら、拾った枝で地面に飛行機の絵を描く。

「そんな・・・嘘でしょ??信じられない」


列車や自動車なんかもなく、乗り物での移動は馬車しかないということがわかった。

徐々にこちらの時代背景が見えてくる。

もしや文明の発展を邪魔する何かがいるのか?

ドモンはそう聞いてみたが、ナナは聞いたことがないと言っていた。

その事はあとで調べる必要があるとドモンは考えていた。


「ところで魔王とかって・・・」

「うんいるよ」


ナナは当然のような顔をして答えた。


「や、やっぱりいるのか」

「たまに勇者一行が戦いを挑んでいるらしいんだけど倒せないみたい」

「結構他人事なんだな」

「私達にはあまり関係ないしね。別に魔王とかが私達に危害加えることもないし」

「それ魔王とか別に悪いわけじゃないんじゃ・・・」

「でも魔王だしね。いつか危害を加えてくるかもしれないよ?」


冤罪の香りがプンプンしていて思わずドモンの表情が曇る。

この事もいつかは調べなければならないだろう。

ドモンはいつになく真剣な顔をしていた。



そこにガラガラカッポカッポという音が聞こえてきた。

ヒヒーンブルルという馬の鳴き声の後「ナスカァ!どうしたぁこんなとこで」という声が聞こえた。

「おじさん!!」と叫びながらナナが駆け寄っていく。


馬車の御者とナナは知り合いだった。

これは助かったかもしれないとドモンのアンテナがピーンと立つ。

怪しまれないよう慎重に交渉しなければならない・・・どういった自己紹介をするべきかドモンは悩んでいた。



「ファルさん、この人は異世界から来たドモン!」



思わず腕を組んで「そうかそう来たか」と空を見上げるドモンを、怪訝そうな顔で睨むファル。

こうなったらもう素直に、そして誠実且つ簡潔に説明するしかない。


「ファルさん?でよろしいですか?俺はドモンという者です」

「はぁ」

「異世界から来たということは信じられないとは思いますが、俺自身もまだ信じられていない状況で」

「・・・・」

「この世界に何かをしようとかでやってきたわけではなく、こことは違う世界で買い物をして出口から出たら、そこの絶壁の前に立っていたわけでして」


これはもう絶対信じてくれないなとドモンはもう諦めムード。

「本当なのよ!」と嬉しそうに説明するナナのおかげで、どんどん不穏な空気になってしまう。

馬車には二人の旅人らしき人たちも乗っていたが、こちらを睨みながら身構えている。


「ナスカ、ちょっと聞きなさい」

「おじさん本当なんだってば」

「ナスカ!聞きなさい!」

「もうどうして信じてくれないの??」


そりゃ騙されて洗脳されてるとしか思えないもんなぁと頭をかくドモン。

もうこうなったら食べ物かなんかで釣ってみるしかないと考えた。


「皆さん俺が怪しく思えるのはわかります。すぐに信じてもらえるとも思ってはいません」

「私はすぐ信じたけどなー」と天然爆乳女がまた余計なことを言う。

「とりあえずもうお昼時なので食事にしませんか?俺の世界から持ってきたものを食べて判断してもらえませんか?」

ドモンはそう必死に訴える。


「まあ・・・まず見るだけなら」とファルが馬車を降りる。

「皆さんも是非」という言葉に乗客の二人も馬車から降りてきた。若い男女のカップルのようだ。

「私も食べる!!」とナナが叫ぶ。


「じゃあナナ、ラーメン4人分のお湯を鍋で沸かしてくれ」

「やった!ラーメンだぁ」とぴょんぴょん跳ねた。


カップラーメンはかさばるから醤油ラーメンと味噌ラーメンを4つずつしか買っていなかったが、ここで半分消費することになるとは・・・とドモンは苦笑した。


「味噌と醤油の二種類あるんだけど、どっちが良い・・・とかはまあよくわからないですよね」とこちらを訝しげに見ている三人に聞く。

「私醤油!あ、待って!こっちの新しい方も食べてみたい!」

「はいはい、ナナは味噌ラーメンね」


「じゃあワシもナスカと同じ物を」とファル。

「私達は・・・じゃあそれぞれ一つずつでお願いします」とカップルが小声で注文した。


ナナが嬉しそうにしてるのを見て、少しだけ警戒を解いてくれている様子。

あとは目の前で異世界の不思議を見せてサプライズを成功させるだけだ。


「これをどうやって料理するんだ?」とファルが不思議そうにナナに尋ねる。

まだドモンに直接質問するのには抵抗があるようだ。


「これはまず蓋を半分だけ開けて~・・・あとわかんない」

「じゃあ皆さんも手伝ってもらえますか?中に小さな袋が入ってるので、開けたらここに粉をかけてください」と言いながら、ナナのカップラーメンを作ってみせるドモン。

見様見真似で皆出来た。


「これを食えって言うのか?」とファルのしかめっ面がいよいよ本格的になる。

「いやこれから調理しますから待ってください」とお湯を必死に沸かし続けるドモン。


「悪いけどもう付き合いきれねーな」とファルが立ち上がるも「おじさん!待ってってば!」とナナが腕に抱きつく。

当然その腕はポヨンという柔らかな感触に包まれ「し、仕方ねーな」と赤い顔をして座り直した。


「まあまあまあ!そうだビール・・・いやエールは好きですか?少しだけ飲みませんか?」とドモンが勧める。

「ああ、馬車のこともあるからあまり飲めないが・・・道も平坦だし一杯くらいなら」とファルが少し食いついた。

「お二人もどうですか?」と聞くと「じゃあ僕たちも」と。


すぐに走っていったナナがクーラーボックスに入れていたキンキンに冷えた缶ビールを4缶持ってくる。

「お?俺の分も悪いな」

「違うよ?私のよ?」

「おい・・・」

「うそうそ!私達ははんぶんこしよーねー」


若い二人のカップルもぐったりするような恥ずかしいやり取りをしながら缶ビールを配ると、当然みんな初めて見るもので目を丸くしていた。


「これはこうやって開けるのよ・・・こうやって・・・こ、こうやって・・・・ねえドモンやって」

「このツマミを上に引き上げてください」と実際にプシュッと開けてみせると「うぉ!」という声が上がった。

自分たちも実際に開けてみてもう一度叫ぶ。


「で、ツマミを戻して・・・ここから直接飲んでください。んぐんぐ・・・このように」

「あ!あ!ドモンずるい!」と俺の手からビールを奪ってゴクゴク飲むナナ。「プハーッ」とおっさん顔負けの飲み方だ。


恐る恐る口をつけた三人も目を大きくして顔を見合わせた。

「なんなのこれ!!美味しい!!」と、予想外に一番に反応したのは若いカップルの女の子の方だ。

「ホントだ!すごいねこれ・・・」彼氏らしき方もすぐに相槌を打つ。


「なんだこりゃぁ・・・」と一気に半分ほど飲んでカタカタと震えるファル。

「美味しいでしょ!」と何故かナナが得意顔に。

結局はんぶんこのはずが、残りはナナが飲み干してしまった。



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