第7話
缶ビールで一同はようやく少し打ち解けた雰囲気となる。
それでもまだファルと若いカップルは、ドモンが異世界人と信じ切ることを出来ずにいた。
自分たちと見た目が同じような人が「実は宇宙人です」と言っているようなものなのだ。
しかも普通のおっさんが、だ。
そうこうしてるうちにようやくお湯が湧いた。
準備をしていたカップラーメンにお湯を入れている時、ナナが必死に箸の使い方を伝授していた。
もちろん全員悪戦苦闘している。
「なあ、これお湯入れたけどこれからどう調理するんだ?」とファルがドモンに向かって聞いてきた。
ファルはようやくドモンに対して直接質問するようになった。
「これで終わりですよ。これで3分待つだけ」
「へ?!」「はぁ?」「え??」
「そうなるわよねぇ・・・わかるわぁ」とまたも何故かナナが得意げ。
「一体何が出来るのやら・・・」と言いながら缶ビールの残りを飲み干す。
「もう一本どうですか?」と聞くと予想外の答えが返ってきた。
「そんな言葉使いしなくていい。歳も変わらんだろうに」とファルの態度が突然軟化したのだ。
「おじさんっていくつだっけ?」とナナが聞くと「47だ」と顎髭を右手で触りながら答える。
あ!という顔をしながらナナがドモンの顔を見た。まさかの年下である。
ドモンが年上だと知ると「そ、そうなんですかい」と言葉遣いが少し変わるファル。
ただ初対面なのは間違いがない上、これから荷物を運んでもらうかもしれないということもあって、あまりくだけすぎるのもいけないと言葉遣いのバランスを取るドモン。
「まあここで逢ったのもなにかの縁だしね」と缶ビールを三人へ配る。
「いやぁ悪いね」ともう慣れた手付きで缶ビールを開けるファル。
ドモンも缶ビールを開けて乾杯をする。
「そろそろ出来たんじゃない?」とナナがワクワクしながらドモンに話しかける。
「おおそうだな。じゃあみんなこの蓋を開けてくれ」と言いながら、ドモンが実際に蓋を開けてみせた。
「うわぁなんでぇ?!」と最初に叫んだのはまた若いカップルの女性の方。
「麺料理が出来上がってやがる!こりゃたまげたわ・・・」と言葉をなくすファル。
「熱いけど吸い込むように食べると平気だよ」とナナが説明してチュルチュルと麺を吸い込んでみせる。
ズルズルではないところがちょっと女の子らしくて可愛い。
「あードモン!こっちの味も美味しい!」味噌ラーメンを食べたナナがドモンの予想通りの反応を見せる。
その様子を見ていたファルと若いカップルの女の子も味噌ラーメンを食べ始めた。
「えぇ?!なんで・・・」
「ほぉぉぉ!!こりゃ一体どうなってるんだ・・・」
ただお湯を入れただけで出来上がった食べ物が、まさかの味になっていることに驚愕する。
「ねえ食べてみてよ!すごい美味しいよ!」と女の子が興奮しながら男の子に勧めた。
ちなみにこのカップルは二人共ナナよりも年下の18歳。こちらの世界では15歳で成人と認められていて、婚前旅行の最中だったらしい。
「このスープの深みのある味わいはなんなんだ・・・異世界の魔法なのか?」とファルの口から、ついに異世界を認めるような発言が飛び出した。
「魔法じゃないみたいよ。ドモンの世界だとお金がない時に食べる安い食べ物らしいの」とナナが説明する。
「考えられん・・・こっちの世界じゃいくら金を詰んでも簡単に食べられるものではないだろうに」
「私もそう言ったんだけどドモンは貧乏人の味方だって」
スープを飲みながら「なんか申し訳ないな・・・」と困惑した表情を見せるファル。
その横で「うんまっ!!」と味噌ラーメンを一口貰った男の子が驚き、今までの皆の会話がようやく納得できた。
「売る気はあるのか?」とファルがドモンに聞く。
「貴族とかにか?」と答えると「そうだ」と頷いた。
「これは俺ら庶民のもんだ。売らねぇよ」と答えたドモンに小さな声で「気に入った」とファルが膝を叩く。
「余程金に困ったら売るけどな」とドモンが笑って言うと、ほろ酔いのみんなが「ワハハ」と笑った。
「こっちも美味いなぁ」と女の子から貰った味噌ラーメンと、自分の醤油ラーメンを食べ比べて男の子が感嘆する。
「ね!ね!それも美味しいよね?!」とナナが興奮しながら、醤油ラーメンの美味しさに対しての同意を求めた。
当然のように女の子に醤油ラーメンを分けて二人で食べる男の子。
そこでドモンがファルに話を持ちかける。
「ファルさん」
「ファルでいい」
「じゃあファル、俺もドモンと呼んでくれ。荷物をナナの街まで運びたいんだ」
「ナナって私のことね!ナスカが言いにくいからってナナって愛称をドモンがつけてくれたの」
「あいにくこっちの世界の金は持ってないんだけど・・・」
「もちろんいいぞ」と即答のファル。
「え?!」と思わぬ即答に驚くドモン。
「こんなにごちそうになって断れるはずないだろ」とニカッと笑った。
「そっちのお二人さんも俺と荷物が邪魔になるだろうけど」とドモンが詫びを入れるとすぐに「全く問題ないですよ!ね?」と女の子が男の子に同意を求め、「もちろんですよ!」と男の子は手を差し出してきてドモンとガッチリと握手をした。
「短い旅だけどしばらくよろしく頼む。大したものはあまりないけれど、多少食事の手伝いはしたいと思ってる」とドモンが言うと「期待していいわよ!」と横からぴょこんと顔を出しナナが余計なことを言ってしまった。
荷物をダンボールにまとめて馬車に積むドモンとナナ。
折りたたみのクーラーボックス二つに食べ物や飲み物を入れてある。
他の人達の荷物が殆どないことをドモンは不思議に思っていたが、食べ物は干し肉がメインで、水は魔法、あとは現地調達が基本だと聞いてドモンは驚いた。
「だって私もそうだったじゃない」とナナが言う。
次の街まで数日間、スーパーマーケットどころかコンビニすらないなんて自分の世界ではありえない。
いや昔は日本もそうだったかとドモンが思い出した。
ちょっとした時代のズレでこれだけ常識が変わってしまうのだ。
準備を終えドモンが馬車に乗り込み座席に座る。
ナナはドモンと二人で馬に乗って行くつもりだったらしくしばらく拗ねていた。
一人乗り用の鞍なのだから仕方ない。
短距離ならそれでも問題ないが、長距離となると大の大人が二人乗るのはきつい。
特にナナの身体はメリハリがありすぎるので、どちらが前に乗っても色んな所がプニプニと触れてしまい、すぐに二人共何とも言えない気分になってしまうことは間違いない。
「ハイヨー!」というファルの掛け声で馬車は動き出す。
その瞬間とんでもない振動がドモンを襲った。
「ササササスぺンション入いいいってないいのかかか・・・」
出した声もぶれてしまう。
確か中世のヨーロッパあたりではすでに板バネが入っていたり、座席を吊り下げることによって振動を回避していたと本で読んだことがある。
だがこの世界ではまだそこまで技術は進んではいなかったらしい。
荷車に屋根と座席を付けただけだ。屋根と言っても木組みに布をかぶせただけのいわゆる『幌馬車』という物。
脂汗をかきながら耐えているドモンの姿を、若いカップルの二人は不思議そうに見ている。慣れている二人から見ると不思議なのだろう。
サスペンションがある空気の入ったタイヤの自動車でさえ舗装されていない道路を走ればかなり揺れるのだから、舗装もされていない道をサスペンションもない状態の木で出来た車輪で走ればメチャクチャに揺れるのは当然の話。
日が暮れてこの日の行程を終える頃には、ぐったりしたおじさんゾンビがひとり出来上がるのも仕方のないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます