第5話
「一体何を買ってきたの?こんなにたくさん」
「味噌とか焼肉のたれとか・・まあ醤油みたいな調味料だと思ってくれ向こうの世界の」
「へぇ~」と言いながらナナはキョトンとしている。
「あとはちょっと小さいけど簡単に運べるテント」
「テントってあのテント??」
どうやらテントはあるらしいが、話を聞いた限り遊牧民族が使うような大掛かりなもののことらしかった。
「実際にどんなものなのか見せてやるよ」とゴソゴソと袋から出し地面に放り投げると、ビヨヨヨンと跳ねながら小さなドーム型のテントが一瞬で出来上がった。
「い?!家が出たぁ!!」
「家じゃなくてテントだよ。ほらここから入ってみろ」
「魔法よ!これは絶対に上級魔法!」
「違うって言ってんだろ。ほら靴脱いで入れ」
キョロキョロとしながら恐る恐る中に入るナナ。
「す、すごすぎるわ」
「ほらこれがあれば旅先で着替えとか体拭いたりとか・・・夜はグヘヘ」
「すぐそんなことばっかり!スケベおじさん」と言いながらハァ~とため息を吐き、ヤレヤレのポーズ。
テントから出て、クルクルとあっという間にテントを片付けるドモン。
目の前で見てもまだナナは信じられないといった顔をしていた。
「ところでナナ、氷を出す魔法とか使えるか?」
「苦手だけどちょっとくらいなら出来るよ」
「一日に何回くらい使える?」
「今の私なら一日一回くらいね。水を出すよりもずっと難しいし負担が大きいのよ・・・」
「いや十分だ。頼りにしてるぞ」
そう言われたナナはモジモジしつつも「任せといてよ」と胸を張った。
「でも・・・」と荷物の方を振り向き、心配そうな顔をする。
「流石にこの量の荷物はこの子だけじゃ運べないわよ?」と馬を撫でた。
「だよなぁ・・・ちょっと多すぎたか」
「せめて荷車のようなものでもあれば運べるんだけど・・・」
「馬にひかせられるような荷車は買えなかったんだよ」
「困ったわね」
荷物に加えて、氷を入れたクーラーボックスまで運ぶとなるとなかなかの大荷物。
とりあえず一度ナナの住む街まで行こうとしていたが、どのくらいの距離かをドモンは聞いていなかったのだ。
「街までどのくらいの距離ある?」
「馬で行っても3日はかかるよ」
「その途中に街は?」
「まったくない」
「そりゃ困ったな。お手上げだ」
何度か往復して運ぶにも距離がある。
買った物も米や酒など重い物が多く、手で持って長距離を運ぶのも無理。
重すぎて自動ドアの出口から一箱放り投げたくらいなのだ。
その出口までカートで運ぶのにも苦労したほどであった。
「なんかねーのかよ?空間魔法でスパッと異空間に入れて運べるとか」
「そんなもの聞いたこともないわ」
「いくらでも荷物が入るアイテムバッグ・・・」
「だからそんな都合のいい物ないってば」
そんな会話をしながらハッとした表情を見せるドモン。
「もしや・・・」とつぶやき目を閉じる。
「ど、どうしたのよ?」
「俺は異世界人だ」
「そう・・・だろうけど何なのよ」
「多分・・・いや、きっとこれでいける!いけるぞ!!」とカッと目を見開く。
「すごい!なになに!?」
「じゃあいくぞ・・・」
ゴクリと二人同時につばを飲み込む。
「ステータスオープン!!!!」
左斜め前に出した右腕を、右側へスパッとスライドしながら大声で叫ぶと、草原にふわっとした風が吹き、小鳥がさえずった。
じっとドモンの顔を真剣に見つめるナナ。
ドモンはゆっくりとポケットに手を入れ、タバコを一本取り出し真っ赤な顔をしながら火をつけた。
「おかしいな。異世界転生物の小説なら大抵これで自分の隠れたスキルとかわかるんだけど」
「ドモン・・・」と呼びかけたナナの目は優しかった。
こっそり「アイテムボックスオープン」と小声で言ったドモンの頭をヨシヨシとナナが撫でて微笑んだ。
そんなことをやっているうちに日も暮れかけてきたので、飯を食べてこの日はもう休むことにした二人。
買ってきた飯ごうに無洗米を入れ火にかける。
「これはお米?だよね?」
「ああ、パンや麺も食うけど俺の国ではこれが主食なんだ」
「どうやって味付けするの?」
「味をつけて食べることもあるけど、基本何かをおかずにして一緒に食うんだ。昼のパンに干し肉挟んで食べるようなもんだ。パンにはそれほど味ついてなかったけど美味しかっただろ?」
「確かにそうね!」
「で、今日はこれをおかずにして米を食おう」
少し奮発して買った霜降り肉とフライパンを出す。
網と炭はかさばるので購入しなかった。
「これブクブク止まったよー」と飯ごうを見張ってたナナがドモンを呼び、「米、炊けたみたいだな」と軍手をはめたドモンが飯ごうをひっくり返す。
「どうしてひっくり返すの?」
「蒸らしながらこうやって全体まんべんなく水分を行き渡らせるんだよ」
「ふぅん・・・やっぱり物知りなのね」
「まあおっさんだからな。でもナナも覚えとけよ。これからずっと食うんだから」
「う、うん!頑張る!」と返事をして頬を染めた。
石で作ったかまどの上にフライパンを置いて霜降り肉を焼き始める。
プラスチックで出来たお椀に米を盛り、もう一つには焼肉のたれを入れて準備。
まだ箸に慣れていないナナのタレが入ったお椀に、ドモンがホイホイと焼けた肉を入れていく。
「あ、ありがとう」と言いつつも食べ始めないナナ。
肉は食べたいけれどお米をどうしたら良いのかがわからないのだ。
それを見たドモンが自分の分の肉も取り分け、食べ方をレクチャーしてみせた。
「まずタレを付けた肉をだな、こうやって米の上にワンバンツーバン・・・とやって米と一緒に食らう!」
「やっぱりお米にそうやって味をつけるのね!」
「いんやはっきり言ってどうでもいい。肉を先に食って白い米をかきこむ奴もいれば、肉で米を巻いて食べる奴もいる」
「そうなの?」
「交互に食べてもいいし自分の好きな食べ方していいぞ」
「じゃあドモンみたいに食べる」
肉をポンポンと米にバウンドさせてドモンのように食べる。
口に放り込むなりナナは絶句した。
「美味いだろ?」
ナナはウンウンと頷く。
こっちの世界では肉の味付けは塩と胡椒しかなかった。
その塩と胡椒のクオリティー自体も低いもので、こんな薄切り肉も存在しない。
それが普通だと思っていたのだ。
その全ての常識が一度にひっくり返る。言葉が出ない。
「どうして・・・」
「ん?どうした?」
ナナが聞きたいことは山ほどあった。
なぜこんなにも食の文化が違うのか?どうして自分たちには出来なかったのか?
でもナナにはどうしても一番最初に聞きたいことがあった。
「どうしてお肉が溶けてなくなっちゃうのぉ?!」
口の中に入れた肉が異常なほどの旨味と幸せを残して消えてゆく。
ずっと味わっていたいのにすぐに無くなってしまう。
昼間ドモンがいなくなってあれだけ泣いたのに、また涙が浮かんでくる。だがそれは幸せの涙だ。
折りたたみのクーラーボックスに入れておいた缶ビールを開けてナナに渡すと、すぐにゴクゴクと喉を鳴らして飲んでまた肉を頬張る。幸せの重ねがけ。
地団駄を踏むように脚をバタバタさせながら、夢中になって食べ続けていた。
その様子を見ながら、先に食べ終わったドモンが咥えタバコでさっき片付けたばかりのテントをまた出した。
あれだけ食えばすぐに眠くなるだろう。そう考えたのだ。
荷物の整理を終え、少し離れた草むらで用を足してから、買ってきた毛布の一枚をテントの中に絨毯代わりに敷いて一足先にゴロ寝をしながら考え事をしていた。
これだけの荷物を一度に運ぶ方法。その一点。
しかしいい考えがまるで浮かばない。
日持ちするものだけならナナに街まで荷車を取ってきてもらうなりでなんとか出来るのに。
頭を悩ませているドモンのもとに、ようやく食べ終わったナナがやってきた。
「いっぱい食べちゃった」
「お前のために買ってきたんだから好きなだけ食え」
今晩ばかりはぐっすり寝かせてやろう。
外に食料の入った荷物も置きっぱなしで、魔物や獣から守らなければならない。
「今晩は俺が荷物見張ってるから先に寝ろ」とドモンがムクリと上体を起こすと、ナナがどーんと飛びついてドモンを押し倒した。
「結界魔法は得意なの」
美味しい肉をたらふく食い、すっかり野獣モードになったナナがドモンに襲いかかり、「昨日の仕返し!」と、ドモンにナナが抱きついた。
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