第11話

「このタンクに水が入ってるの。火はこの魔導コンロでつけられるわ」と説明していく。

「魔導コンロ?」

「魔石が入っていて魔法が使えないドモンでも使えるわよ」

「ああ・・これは異世界転生物の小説で読んだことあるよ」と久々にドモンが笑った。


鍋でお湯を沸かしながら厨房を見渡すドモン。

キッチンには鶏肉が出しっぱなしになっている。

どうやらヨハンは料理中に飛び出してきてしまったようだ。

足元にはフライパンと割れた皿が落ちていた。

先程の音はこれが原因であるのは明確であった。



「ナナ、ちょっとお湯を沸かしておいてくれ」

「どうしたの?」

「この世界で鶏肉料理と言えばなんだ?」

「塩と胡椒で焼く以外ないけれど??あとは煮るくらいかしら??」

「やっぱりな。異世界転生物で思い出したんだ。この世界で鉄板とも言えるあれを作る」

「あれってなぁに?」


「まあ任せとけ。あと油はあるよな?」

「たくさんあるわよ。これに入ってる」とたっぷりと油の入った入れ物を指差す。

「了解」と言いながらもう一度ドモンは馬車に荷物を取りに行った。



醤油とチューブの生姜とにんにくを持って厨房へと戻ったドモン。

向こうではナナの母親のエリーも交えてウイスキーを飲みながら盛り上がっている。どうやらエリーも結構いける口らしい。


荷物を取りに行った際「ドモンさん!このお酒美味しいわねぇ!」と可愛く身体を左右に揺すっていた。当然大きな胸は見事なまでに慣性の法則を働かせていて、ドモンはついつい鼻の下が伸びてしまう。


「ドーモーンー」とジトッとした目で睨むナナ。

「お、お湯は沸いたか?小麦粉とエールはあるよな?」と表情を誤魔化しながらナナに聞くドモン。


ドスッ!ガチャ!と小麦粉の入った袋とエールの入ったグラスをキッチンに準備してくれたが、明らかに不機嫌になってしまった様子のナナ。


「お湯も沸きましたよドモン様」とふくれっ面で知らせてくるナナのおでこにキスをして「ありがとうナナ」とひと声かけるドモン。

その行動があまりにも予想外だったのか、ボンッとナナの顔が真っ赤になり「ひぃぃん!」というなぜかとんでもなく卑猥な声を出してしまった。


「じゃあ前みたくカップラーメンを作ってやってみんなに見せて食べさせてやってくれ。箸の使い方も教えてやってな」

「ドモンは行かないの?」

「ああナナに任せる。あと置いてあった鶏肉で料理を作らせて欲しいと俺が言ってるとお父さん達に伝えておいて」

「わかったわ。またなにか美味しいもの作るのね?」

「絶対に気にいると思うよ」と言ってドモンはナナを送り出した。



沸騰したお湯が入った鍋を片手に持ち「ふふふ~ん♪」と鼻歌を歌いながらスキップでみんなのところへ向かうナナ。

「おい避けろ」「みんな避けて」とヨハンとエリーがみんなを押しのけると、またか・・・という顔で数人の客達が左右に避けた。


「ふふ~ん♪ふふ・・・あ」


バシャーン!!という音と共に床から湯気がもくもくと上がる。

ほんの数日の付き合いである若いカップルですら驚いてはいなかった。

もう何度か見たことがあったからだ。一度お湯を沸かすだけの作業で、二度お湯をぶちまけた事もあった。

ナナを知らない数人の客だけ「うおっ!」と叫んでいた。



「またやったか」と厨房のドモンがボソッと言いつつ、手際よく料理を進める。

生姜とニンニクと醤油とエールを合わせてボウルに入れる。日本酒がないのでエールを料理酒代わりに使用することにした。

その中に大きめに切った鶏肉を漬け込んでいく。


「お湯こぼしちゃった・・・」と落ち込みながらナナが厨房に戻ってきた。

「ああ聞こえてたよ」とドモンが笑う。

「ごめんね。どうしてこうなるのかしら」とナナは不思議顔。



ドモンは知っている。

これは『巨乳さんあるある』だと。



巨乳さんは自分の足元が見えていないのだ。

ナナの母親のようにその自覚があれば細心の注意を払うが、天然のナナは自覚が全くない。

足元が見えてないという事実すら見えていないのだから。


それでスキップなんてしたら十中八九こうなってしまう。

お湯を運ばせる前にナナにスキップをさせるようなことをしてしまったドモンのミスとも言える。



「まあお湯はもういいよ。こっちの料理だけで十分だと思う」

「これはなんなの?」

「ふふふ・・・これは俺の世界の異世界物小説で必ず無双してしまう食べ物。その名も『からあげ』だ」

「プッ!なにそれ」と吹き出しながらナナが笑う。


「あまりにも作者が美味さを誇張しすぎてしまい、小説の中で美味すぎる食べ物の代名詞としてからあげが一人歩きを始めてしまうんだよ」

「そうなるとどうなるの?」

「全員がずっと『美味しすぎる!』『今日もからあげ食べたい』『やった!からあげだ!』と言い出して、小説の中でからあげ作りが延々と繰り返されるんだ」


ククク・・・と笑いながら「まあそれほど美味しいのね」と納得した。

「それは間違いない」と言いながら鶏肉を揉み込んでいく。



肉を揉みながら「なるべく厚めで深い鍋を用意してくれ」とドモンが頼むと「お父さんとお母さんに聞いてくる」とナナが走っていった。どうやらナナにはわからなかったらしい。

程なくしてエリーを連れてナナが戻ってきた。


「そういった鍋なら・・・ほらここに。ドモンさんこれでいいのかい?」とエリーが鍋を見せてくる。

「ああはい。それに油を鍋の半分くらいまで入れて火にかけてください」と説明したドモンに二人が「えー!!!」と大声で叫んだ。


「油多すぎるわよ」とナナ。

「健康に気を使わないとならない年齢でしょ?聞いたわよ私より年上だって・・・」と口ごもるエリー。


「大丈夫ですからお願いします」とエリーに頼むドモン。年上と言われたのが気にかかり苦笑する。

「ナナは深めのお皿に網を乗せておいてくれ」とナナにも頼んだ。

こっちの世界には揚げ物というものが存在しないということを知り、ドモンも少し驚いた。


「ナナと呼ばれているのねナスカ」

「ナナの方がドモンは言いやすいんだって」と照れるナナ。

「あら可愛くて良い愛称じゃない。今日からナナでいいわね」と言いながら鍋に油を注いでいく。


身体をフリフリしながらそんな会話をする母と娘。

揺れる大きな4つの果実を眺めていると「ドモンさん、ナナが拗ねますよ?」と言ってホホホと笑うエリー。

「まーたお母さんのおっぱい見て!」とナナが怒る。


「え?また?」とキョトンとするエリー。

何度もエリーのおっぱいを見ていたことがバレてしまい、真っ赤な顔になってしまうドモン。


「男の人は本能で『自分の子孫が残せるか?』を判断するために胸を見てしまうものなのよ。赤ちゃんを育てるためにミルクがたくさん出るかどうかを無意識に判断してるのよぉ」と予想外のエリーのフォローにドモンが驚く。

諸説はあるが本当にそうらしいということは知っていた。


大きな胸を好むのは今エリーが言ったとおり。

大きなお尻を好むのは、お尻の脂肪を出産の時のエネルギーとして使われることを本能でわかっているためだそうだ。もちろんそれらは無意識で判断している。


ちなみにおっぱいはそんなお尻に似せるように進化したため今の形になったらしい。

オスにアピールするためとも、二足歩行のバランスを取るためとも言われている。

他の哺乳類はミルクとなるための脂肪がつきやすいお腹に乳首が付いている。


「それにしたってお母さんのを見ることないじゃない!」と膨れるナナ。

「ナナもこれから大きくなるわよぉ」と優しい目で見つめるエリー。

これから更に大きくなるのか・・・と驚愕するドモン。



そんな会話をしながら熱していた油に手をかざし温度を測る。

「こんなもんだな」と言いつつ、揉み込んだ鶏肉に小麦粉をまぶして油の中へと入れていく。


ジュワ~パチパチパチ。


「わぁ!すごいわ!」とエリーが目を丸くする。

「ちょちょちょっと!これ爆発しないの?大丈夫なの?」とドモンの後ろに隠れるナナ。

「たまーにバチンと爆発するやつもいるから怖いなら離れてろ」と笑うドモン。

エリーとナナが一歩下がる。


「ドモンさんは怖くないの?」とエリーが聞く。

「怖いとか熱いとかよりも、みんなに美味いもん食べてもらいたいからね」

今にもドモンに抱きつきそうなナナをエリーが抑えた。



パチパチパチパチ。

「よし音が変わったら出来上がりだ。ここで一旦冷ましてから二度揚げすると美味しいんだけど、今日は時間がなさそうなので省略する」

ドモンはそう言って厨房からすっかり出来上がってるヨハン達を覗く。


皿の上に置いた網に揚がったからあげをどんどん置いて、油を切って出来上がりだ。

「出来たのね!私持っていく!」と言い出したナナを全力で阻止するエリーとドモン。

からあげを二皿に分けてエリーとドモンの二人で皆の元へと持っていった。


「お待たせ!からあげっていう鶏肉料理が出来たわよ~!異世界の食べ物らしいわぁ」とエリーが説明する。

缶ビールやウイスキー、そしてファル達一行の話を聞き、全員それを信じることにしたのだ。


「これがあの鶏肉なのか?!」とヨハンがまず驚く。

「なんかすげぇ美味そうなニオイ!!」

「この色って一体鶏肉がどうなってるんだ?焦げてるんじゃ??」

「鶏肉を熱した油の中に突っ込んだって本当か???」

つられて客達もそれぞれ感想を述べる。


「えへへいちばーん!」とナナがからあげを口に放り込む。

慌てて「熱いから気をつけてな」とドモンが言ったが遅すぎたようだった。


「アヒィィ!!ハフハフ遅いよ!先に言ってよ・・・でも・・・ああああ!嘘みたいに美味しい!熱いけど美味しすぎぃ!」


ナナがまさに異世界物の小説そのまんまの反応を見せドモンが吹き出す。

ゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らしたヨハンを押しのけエリーが次につまんだ。


「あらぁ~これはこれは・・・凄いわねぇドモンさん。あんな作り方でこんな風になってしまうのねぇ」と恍惚とした表情でまた身体を左右にフリフリ。

「ね?美味いでしょう?」と言うドモンにコクコクと頷く。


「エリーお前・・・俺にもよこせ」とヨハンがからあげを口に放り込んだ。

放り込み方がナナにそっくり、いや、ナナが父親に似たのであろう。


「なぁぁぁんだこりゃぁ?!えーらっ!んぐ・・・えらいもの作りやがったなお前こりゃ!!」とまだ口に物が入ってる状態で話し出すのもナナとそっくりだ。


そんな反応を見て、様子見に回ってた周りの連中の手が一気に伸びだす。

「俺も」「私も頂戴」「どけよ!俺今日飯食ってないんだぞ」

きっとこの飯を食べてない人の料理を出す途中だったに違いないとドモンは推測し、ウイスキーをグラスに注いでやった。


「くぅ~肉の汁がジャジャ漏れで美味いなぁこれ!この酒と合いすぎるよ!」と口の周りをギトギトにしながら笑顔を見せる。

ビールの方が合うが、缶ビールの本数にも限りがあるので内緒にしておくドモン。


「おい!俺にも酒よこせ!」と最初に店に入った時にカウンターで寝ていたごつい男がからあげをつまみながら、空になったグラスをこちらに向ける。

「もちろんただでとは言わねえよ。有り金全部持っていけ」と袋に入ったお金をドサッとテーブルに置いた。

「酒飲みに遠慮はいらねぇよ」とドモンはお金をつきかえし、ウイスキーをドボドボと注いでやった。


「ガハハ!気に入った!宿がないなら今夜は俺のとこに泊まれ。遠慮はしなくていい」とその男が言うも、ヨハンがすぐさま「ドモンはうちに泊まるんだから余計なこと言うな。俺の娘を泣かせる気かバカタレが」と答えた。


「そうよ、ドモンさんと一緒に飲みたいんだったらまたうちのお店にいらっしゃいな」とエリーが続く。

「そうよそうよ!私達の家族になるんだから!」とナナがドモンの腕に抱きつく。それを見て微笑む両親。


「ん?え?」と少し予想外の展開に困惑するドモン。


その後も店内で談笑が続く中、ナナを見つめていた4名ほどの若い男たちが涙を拭いながらからあげを自棄食いしていた。



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