第10話
「見えてきたわ!あそこが私の住んでいる街よ!」と馬上のナナが遠くを指差す。
日も暮れかけた夕方頃、ようやく目的地が見え、ドモンと若いカップルがパチパチと拍手をした。
その様子を聞きながらニッコリと微笑んだファルが、ドモンへと話しかける。
「ドモンよ、後日で良いんだが馬車の改造に付き合ってくれよ。謝礼は払うから」
「ああもちろんだ、言い出しっぺだしな。謝礼はいらんぞ」
「どこに寝泊まりするつもりなんだ?ナスカの家か?」とファルが聞くと、ドモンが答えるよりも早く「そうよ」とナナが答える。
いやいや・・・19歳の娘が連れてきた知らないおじさんは泊められないだろ・・・とドモンは顔をひきつらせた。
しかもドモンの方がナナの両親よりも歳上なのだ。気まずいどころではない。
だが一文無しなのも事実だ。
「できれば今夜はファルの家に・・・」と言いかけたドモンに対して、すぐに「ダメよ」と制すナナ。
「お父さんたちに紹介するんだから」と張り切っている。
真っ青な顔になるドモンを、気の毒そうな顔でファルとカップルが見ていた。
「とりあえずナナ、まずは異世界人だってことは一旦伏せてくれ。ただでさえ混乱しそうな状況なんだ。これ以上ご両親を悩ませるようなことはするな」
「平気だと思うけどなぁ」と首を傾げながらも了承するナナ。
「なるべく余計なことは言うな。わかるな?」と説得してるドモンを横目で見て、うっすら含み笑いをするファルと若いカップル。
そうこうするうち、街の入口に馬車が到着した。
ドモンの感覚からすると街というレベルの規模ではない。
それでも一万人くらいは住んでいるらしいが、何とも言えない寂しさを感じていた。
どこかの開拓の村を見学しているようだとドモンは思った。
家は殆どが木造で、2階建てと平屋の家が半々。地面は土。
西部劇で見たような街のよう。
簡素な門をくぐり街に入る。
大通りらしき道をゆっくりと馬車で移動してると、知り合いに会ったのか「おや?ナスカおかえり」という声が聞こえてきた。その後も何度か同じようなやり取りが続く。
その度に「ただいま」と返しながら、馬をカッポカッポと進ませる一行。
しばらく進むと「ここよ」と一軒の建物の前でナナが馬から降りる。
なかなか大きな建物で、テラス席まであるレストランのようなバーだった。
「折角だしご馳走するからみんなおいでよ」と、馬をつなぎながらナナが皆の方を振り向く。
「私達の荷物運んでもらったし、これも何かの縁だからね」とニッコリ笑う。
晩御飯にはちょうどいい時間帯なので全員ご馳走になることになった。
「ただいまぁ」といわゆるスイングドアと呼ばれる木の板で出来たドアを開けてナナが店に入り、ドモン達も後ろからついていく。
中はホールになっていて、10人くらいが座れるテーブル席が8つほどあり、右手側がカウンターバーとなっていた。
十数人くらいの客があちこちに座って、酒を飲みながら食事をしている。
カウンターで酔いつぶれて寝ている客もいた。
「あらナスカおかえり!今戻ったのかい?!」と小柄な女性が駆け寄ってきた。
ナナよりも一回り大きな胸を揺らしているのを見て、ドモンは絶対に母親だと確信していた。
元の世界にこんな女性がやっているスナックがあったなら、まず間違いなく通い詰めていただろうとドモンは思う。
ある程度は年齢を感じるところもあるが、十分美人と言っていい。
そもそもこの母親ですら、ドモンよりもずっと年下なのだから釣り合いは取れないのだけれども。
その娘であるナナとの年齢差を考えると改めてゾッとするドモン。
「おや?ファルも一緒じゃないの。あとはファルのお客さんかい?」
ゾッとしているところに追い打ちをかけるようなドキッとする一言。
ドモンは祈るような表情でナナの方を見ている。
「こっちの二人はファルのお客さん。それでこの人は異世・・・」
「うん?」
「あ、あの・・・ええと、急に崖から出てきたおじさん??」
「ハァ?!」
右手で目を隠しながら天を仰ぐドモン。
あ~あやっぱり・・・といった表情を見せるファル達。
ここから一体どう誤魔化せばいいのか?とドモンが思案しているところに、ナナが一気にたたみかける。
「と、とにかく!私この人と結婚したいの!」
ガシャーン!パリン!パーン!
厨房や客席から様々な物が落ちる音が聞こえた。
「ちょ、ちょっとナスカ!こっちへ来なさい!」とナナの母親がナナの腕を引っ張る。
「な、なによ!私とドモンはもうとっくに結ば・・・」
「ナースカッ!!」
ガラガッシャーン!!という先程よりも激しい音が厨房から聞こえた。
「ド、ドモンさん、どうするの?」と若いカップルの男の子が小さく話しかけ、「修羅場ね、修羅場よ確実に」と女の子が囁く。
「ナスカは良い子なんだけどこういうところがあるんだよ」と、ファルがドモンの肩に手をかけながら慰める。
19歳の娘が冒険から帰るなり『崖から出てきた自分の親よりも年上のおじさんと結婚する』と言っているのだ。
混乱するのも当然である。
しかもとんでもなく余計な一言まで最後に添えて。
密かにナナに想いを寄せて店に通っていた数名の客も呆然である。
厨房での激しい音は恐らく父親であろう。
もう言い訳はできないとドモンは悟る。うっすらと死をも覚悟しつつ。
厨房から立派な髭を蓄えた小柄な男性が笑顔を引きつらせながら出てくる。
髪の毛がない頭には血管が浮き出ていて、今にも破裂しそうだ。
誰が娘の想い人なのかを探し、ドモンと目があった。
その瞬間「すまない!異世界から来たドモンという者です」と頭を下げる。
ここまで来てしまったら、もう更にかき混ぜるしかないとドモンは判断した。
「はぁ?え?」
「ヨハンよ、そいつの話は本当なんだ。ワシも最初は信じられなかった」とファルが助け船を出す。
「な、何を言ってるんだファルまで・・・」
店内は騒然。混乱の極みである。
ナナの父親ヨハンの感情はドモンの狙い通り、怒りから混乱へと変化した。
「ドモンよ、何か異世界の物を見せてやったらどうだ?ワシの時みたいに」とファルが提案する。
「ちょ、ちょっと待っててもらえますか?」とドモンは告げるなり、馬車へ荷物を取りに戻った。
このまま逃げ出したいと考えながらゴソゴソと荷物を漁る。
「お待たせしました。まずは挨拶代わりにこれを」と缶ビールを出す。
「なんだこれは?」
「これはエールなんだよヨハン。えらく美味いぞ」と横からファルが補足する。
「このツマミを上に引き上げるんだ」
「こ、壊れないのか?」
「それを上げると飲み口が出来上がるようになっててな、ワシも初めは驚いたんだよ」
恐る恐る指でゆっくりつまみを上げるヨハン。
「一気にいけ」とファル。
ブシュッ!という音と共に泡が吹き出した。持ってくる時に少し振ってしまっていたようだ。
「エールの泡だ!早く飲め飲め!!」とファルに促され、「え?おう!」と慌てて返事をするヨハン。
ゴクリと一口飲むなり「なんだぁこりゃ?!」と大声で叫ぶ。
数人の客がヨハンに寄ってきて一口貰おうとするも「駄目だ駄目だ!これは俺が貰ったものだ」と追い払う。
「カーッ!なんなんだ本当にこのエールは・・・」と禿頭を左手で掻きながら、缶ビールを飲み干した。
「あとこれを・・・」と自分が楽しもうと思っていた安ウイスキーを出す。
ここは出し惜しみをしてる場合ではない。
「少しずつになるが飲みたい人はグラスを持ってきて」と周りの客に声をかけると、ガタガタ!とみんな立ち上がりカウンターで乾かしていたグラスを持ってきた。
「おぉワシも!」とファルがカウンターに向かい、カップルの男の子もついていった。
二人共二つずつグラスを手に持ち、ファルはヨハンに、男の子は女の子にグラスを渡す。
「本当は氷があるといいんだけれど」とドモンが言うと「ちょっと待ってろ」と一度厨房に戻ったヨハンが、バケツいっぱいの氷を持ってきた。
皆に少しずつウイスキーを入れながら「かなりキツい酒なんで、少しずつちびちびと飲んでくれ。一気に飲むとぶっ倒れるぞ」と説明するドモン。
「お、おぅ」と全員少しビビりながら、素直にちびりちびり飲みだした。
「くはぁーっ!!」
「ヴァァ!」
「かー!!こりゃすごいな!!」
「きくぅ!なんだよこれ・・・初めて呑んだぁこんな酒」
「キツいなら水で薄めてもいいぞ」と女の子に説明する。
「そうね」と言った瞬間ヨハンが自分のウイスキーを飲みながら指をパチンと鳴らし、魔法で女の子のグラスを水で満たす。
「ありがとうございます」と言った女の子に一瞥もくれず、親指だけ立ててみせた。
水割りを飲みながら「ドモンさん、あのラーメン持ってきたんでしょ?」と女の子に言われてハッとするドモン。
ここで更に追い打ちするのが効果的ということは、ファルと若いカップルの三人が一番わかっている。
「お湯を沸かしてもらえますか?コップに2~3杯分ほど」とヨハンにお願いすると「厨房で勝手に沸かしていい」と指をさした。
「じゃあ借りますね」と厨房に向かうと、カウンターの奥にある階段からおっぱい、いや呆れた顔したナナの母親と不貞腐れたナナが降りてきた。
「ドモンさん、ですね?あとで少しお話があります」
「はい・・・」
「おーいエリー!グラス持ってこっちにこい!」とヨハンが大声で呼ぶ。
「ちょっとあんた達なんの騒ぎなのぉ?」とグラスを持ってヨハンの元へ。
「ドモーン!何してるの?」と、恐らくさっきまでお説教を食らっていたはずのナナが何事もなかったかのようにドモンの腕に抱きつく。
エリーの大きな咳払いが聞こえる。が、ナナには聞こえていない様子。
「お湯を沸かしたいんだ」とカップラーメンを指差した。
「あ、ラーメン作戦ね!手伝うよー」とドモンの腕にしがみつきながら厨房へと引っ張ってゆく。
もう一度大きな咳払いが聞こえたがナナにはやはり届かなかった。
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