第624話

「はいどうもー変態男とスケベ女ですー」

「ちょっと!スケベはあんたでしょ!私じゃないわよ!」

「ごめんごめん逆だった。俺がスケベ男で・・・」

「そうそう、私が変態の方よ・・・ってなに言わせんのこのバカ!」


ナナがドモンの頭をスパンと叩いた瞬間、ドッと宴会場に笑いが起こる。

舞台を睨んでいた若者のひとりも思わずプッと吹き出し、師匠格である男に睨まれていた。


この時点でもうドモン達の勝利は確定。だが、他の者達からは文句が出た。


「大道芸でもないってのに、ふたりで舞台に立つのかよ!」「しかも女が人前で男の頭を引っ叩くなんて」と若者達。

「まあまあお客さん、これが漫才ってもんなんだよ。俺の頭はいい音鳴るだろ?俺の財布と同じくらい空っぽだからな」とドモンはどこ吹く風。

「スケベなお店ばっかり行ってるからよ!」


もう一度スパンと叩かれたドモンの頭。ナナもいつもの調子が出てきて、先程よりも大きな笑いが起こった。


この世界でのお笑いの舞台は一人語り、いわゆるスタンダップコメディが基本であり、ふたりでの掛け合いはほぼない。

そして若者達の指摘の通り、舞台で頭を叩くなどの行為は以ての外。たとえ男同士だとしてもあり得ないこと。


だが実際に笑いは起きたのだ。


「あーやってみたいなー。冴えない五十前のおじさんと、オッパイの大きな女冒険者が、絶壁の側の草むらでバッタリ出会う場面を再現してみたいんだよなぁ」

「へぇ~いいわよ。きっとその女冒険者は、さぞかし美人なことでしょうね!ウッシッシ」


ナナのわかり易すぎる反応で、皆このふたりにあった出来事だと気がついた。

隠しきれないナナの笑いに、思わずつられ笑いをする客達。

ただ向こうの兄さんと呼ばれていた者も、こちらにいた大道芸人の兄さんも、その様子を見て動揺を隠しきれずにいた。


「舞台の上で演じているというのに」「更にそこから何かを演じるというのか・・・」


この世界にそんな手法はもちろんない。『やってみる』とは何なのか?

胸の奥にある何かしらの期待感と、なぜかこみ上げてくる可笑しさ。


皆と同じように、芸人達ももう舞台から目を離せない。



「俺がそのおじさんをやるから、ナナは大きなオッパイ・・・を乗せた馬やってくれない?」

「なんで私が馬なのよ!!どう見てもオッパイの方でしょうが!!」


この日一番大きな音でドモンの頭を叩いたナナ。

宴会場はまた笑いに包まれ、大きな拍手が起こった。


「ハハハ!師匠、あいつらバカですねぇ!」

「ククク・・・メスの馬があんなデカい胸してるわけねぇってのに。ねぇ兄さん」

「・・・あのバカも演じてるんだ。黙って見ていろ。バカなのはお前達だ」と師匠格。

「え?」「ええ?!」「そんなぁ」


ボケというものを初めて見た反応は人それぞれ。

ある者は嘲笑し、ある者は指を差して笑い、ある者は笑いながらナナと一緒になって指摘していた。


基本的にこの世界のお笑いの舞台では、馬鹿な者をあざ笑う事が主流であった。

こんな駄目な男がいた、そんな間抜けな姑がいた・・・と。


日本でも女性ピン芸人がよくやりがちな『嫌味笑い』と同じ。

そこにあるのは常に上からの目線で、見ている者達の共感を得て、笑いにつなげるものである。


だがここでドモンがやっているのは、自らをマヌケに見せ、自分を極限まで下げているものだ。

普段家族や友人相手に冗談で言うことはあっても、舞台上では絶対にやらない。


更にその横にそれを指摘する者がいて頭を叩くなんて、この世界では考えられないくらい新鮮なものだった。

ナナのツッコミがまさかの『ボケツッコミ』であったのは予想外なことだが、そのおかげでもっと高度な笑いになった。


・・・とは言ったものの、ネタ的には元の世界で言えば素人の付け焼き刃。この世界だからウケているだけだ。


酷い下ネタも交えながら、ドモンらの漫才は10分ほど続き、終わり頃にはドモンが叩かれる度にひっくり返るように笑っていた。

客達だけではなく、あの若者達も舞台袖にいた大道芸人の兄弟も。


「ジュ~・・・美味そうか?期待に胸も膨らんでるぞ」

「これは最初から膨らんでるの!でも確かに美味しそうなお肉ねぇ。先に食べっちゃおうっと!あむあむあむ・・・ん~美味しい!口の中が幸せで溢れてるわ」


「え?それは湿ったお前の靴下だよ?」

「ぺっぺ!口の中くさっ!!・・・って、私の足が臭いのバレちゃったじゃない、どうしてくれるのよ!!違うのみんな信じて!ムレた時だけ!ムレた時だけなのよ!」


「じゃあ今はどうか俺が確かめてやるよ。いつもみたいに俺の顔を踏んづけてくれ。裸になって」

「バカ!スケベ!いつもそんなことしてないじゃない!病気よビョーキ!あんた変態の病気にかかってるわ」


すっかり漫才という形式にも慣れ、窒息するほど笑う客達。


「病院行ってもあんたのスケベは一生治んないわね!」

「でも治っちゃったら淋しいだろ?」

「・・・エヘヘ、それはそう」

「お前の方こそ病院行った方がいい。今すぐに入院しよう」

「どうしてよ?」

「巨乳だけに『今日入院』なんてね。ありがとうございました」「ありがとうございました!」


歓声と笑いが起きると同時にふたりがペコリと頭を下げると、万雷の拍手と大量の銀貨が舞台上に乱れ飛んだ。

ドモンに頼まれ、それをかき集める大道芸人の兄弟。おひねりは拾い慣れている。


ドモンは集めた銀貨の中から十枚ほど掴んでナナに手渡し、「残りはあんちゃん達にやるよ。折角の舞台奪って悪かったな」と言いながら、首を捻るように一度すくめた。ぶつぶつと訳のわからないことも言いつつ。


「え?檀家??それがどうしてバカヤローなのよ。なに急に」

「いやなんでもない。ちょっとやってみたかっただけだから。それにしても似てないなぁアハハ」


そんな会話をしながら、当然のように宴会場の席に戻るドモンとナナ。

拍手で迎えられるその様子を、大道芸人達と師匠格の男がポカンと口を開けながら見ていた。



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