第625話

「師匠!待ってください師匠!こんなにいただけませんよ!それよりも芸のことについて質問が」

「兄さん!これ銀貨が三百枚はあるよ!銅貨なんて一枚もない!こんなの見たことない!!たった15分で・・・」


ドモンを追いかけてきた大道芸人達。

ドモンは無視して猪肉の赤ワイン煮込みを頬張りつつ、冷えたエールをがぶ飲み。

ナナは周りの客からの山程の差し入れに「舞台に立つってすごいのねー。ミユさんもいつもこんな感じなのかしら?」と終始ゴキゲン。


「師匠、せめて逆にしてください!私達は銀貨十枚でも、いや、それすらもいただけません」

「無駄よ無駄!この人はこういうお金受け取らないの。なんでも『溺れたお金は泡吹いて倒れる』からって」得意気に説明したナナ。

「???」「???」


「『あぶく銭は身を滅ぼす』な。まあ今回は一応きちんとした報酬ではあるけど、やっぱいらないや。俺が持っててもスケベな店に行っちゃって、こいつに怒られるだけだから」

「それは本当にそう。だから持って行っちゃっていいわよ」


成り行きを見守っていた周りの者達も何があったのかを大体把握し、ドモン達の懐の大きさにまた小さく起こる拍手。

そのおかげもあってかナナと握手を求める男性達が行列を作り、ドモンに御酌する女性達がドモンの隣に陣取った。

ふたりはすっかりスター気分。


「握手なんて嫌よ、食べてるってのに・・・え?銀貨一枚で頼むって?ま、まあそれなら仕方ないわねエヘヘ」ナナは別にあぶく銭でも貰えるものは貰う主義。例のメイド喫茶で慣れている。

「おっと悪いね奥さん、こんな高そうなワインを・・・え?奥さんじゃなくて未亡人?あらま、そりゃ淋しいね。ん?淋しいのは夜の方だけってそりゃどういう・・・そっちの奥さんも服が乱れて色んなのが俺から丸見えに・・・オホすごい先っぽとおしめり」


ドモンの様子にムッとするナナ。


「みんなもう握手じゃなく抱きしめてあげるわ!あー間違って口づけしちゃうかもねー!ほらほらもっとくっついていいのよ。とっても柔らかいでしょ?あら元気になっちゃって、すごい大きさ」

「ムッ!そっちがその気なら俺だって!ほら奥さん達こっちに」「オホォォオオオ?!」「アァン!!オンオンオン!!」

「ちょっとおお!!どこに手を突っ込んでんのよスケベドモン!!」

「手なんか入れちゃいねぇよ!」

「バカバカ!そういう意味じゃない!!え?ちょっと待って?!ホントにしてないでしょうね?!」


テーブル越しの夫婦喧嘩。

いつもならナナがすっ飛んでいって、ドモンに馬乗りになって怒っているところだけれども、二十数人の男性達に数秒ハグしてあげるだけで銀貨を何枚もくれるので、怒りつつもハグ会を続けている。

うっかり口と口が本当に触れてしまった資産家の男性からは、こっそり金貨まで貰った。


「間違いない。やっぱりあの方だった」


ナナが大声でドモンの名前を叫んだことによって、ついに師匠格の男にもドモンの正体がバレた。

未亡人の女性に手を出しながらワインをがぶ飲みするドモンの元へ師匠格の男がやってきて、そのまま無言で土下座。

ドモンの楽しみを邪魔するつもりはないので、ただただドモンが飽きて振り向いてくれるまで待ち続けるのみ。


「何やってんの?ちょっとやめてくれよ」と、ドモンもようやく気がついた。

「師匠、いえ大師匠、この度は大変失礼致しました」

「謝るならそっちの大道芸人達に謝ったら?俺は別に何もされてないし」

「はい!それで弟子入りが許されるならばいくらでも」


大道芸人に向かって土下座をして、床に頭を擦り付けた師匠格の男。

兄さんと慕っていた若者達もその様子を見て、大慌てで一緒になって土下座。


「やめてくださいやめてください!下手くそな芸を見せた俺達も悪いんですから。それよりもこれからは同じ師匠を持つ仲間として、切磋琢磨で芸を磨き上げましょうよ!せめて師匠の背中が見えるくらいまで・・・」「そうだね兄さん!」

「待て待て待て。まーた始まった」


いつもの流れにドモンはもううんざり。

ハグ会がようやく終わったナナは、尊敬されるドモンを見て「ようやく立場がわかったようね」と鼻高々。


「まあドモンもこう見えて忙しいし、弟子もこれ以上増やすつもりはないのよ。旅にも出なきゃだし諦めてちょうだいね」

「そんな姉さん!」「姉さんからも頼みますよ!」「姉さん、このタオルをお使いください」「姉さん!いや、姉さんのことも師匠とお呼びした方がいいですか?」「姉さんだけが頼りなんです!」「世界一美しい姉さん!」


「むむ?なかなか見どころあるじゃないのあんた達。仕方ないわね。私からもドモンに・・・」

「断る!なぜなら俺は素人だからな」


ここまで言われれば、正直ドモンも気分が悪いものではないが、はっきり言ってそれどころではないのだからどうしようもない。何せ寿命が尽きかけているのだ。


なので一旦部屋を変え、師匠格の男を中心に、ドモンが知りうる限りのお笑いのテクニックを伝えることになった。


「俺がやっていたのがボケでナナはツッコミ。そのツッコミにも様々な種類があって、一度同意してから反転するノリツッコミや、ナナのやったようなツッコミ自体が少しだけ的はずれなボケツッコミ、何かに例える例えツッコミ、それに敢えて無視をすることでツッコミの代わりとしたりすることも出来るスカシってのもある」

「ほうほう」「会話を否定するだけでもそんなにも種類が・・・」「全て計算されているんですね!」


「そんな中で自分なりのやり方を模索するんだよ。とりあえず真似てみてもいいし、新しいものを生み出してもいい」

「はい師匠!」「わかりました!」


その後、ドモンらがいなくなっても漫才談義は続いた。

結局大道芸人兄弟はこの師匠格の男が面倒を見ることになり、一緒に旅をしながら、ドモンがやっていたような前説で芸を磨いていくことにした。


この世界の漫才の始まりである。

数年後、ギルやミユと並ぶほどの富と名声を得ることになるのだが、今のドモンには当然知る由もない。



ちなみにドモンは素人だけれども、完全に素人というわけでもない。

漫才ブームの頃のテレビを見て育ち、学生時代に友人とコンビを組んで漫才を披露したこともある。


同じ学校の同学年には、今もテレビに出ている女性コンビもいたし、一学年上にはツルツル頭でとても大きな声で挨拶をする、漫才大会で優勝したコンビの片割れもいて、お笑いの世界が何かと身近だったのだ。

ケーコの学校の同学年にも、欧米がどうのというネタを行う漫才師がいた。


いつか自分も舞台に立ってみたいなというドモンの思いは、この異世界にて叶えられた。

何かの違和感を覚えながら・・・。



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