第562話

「ハハ・・・見たかよ、俺の華麗なる土下座をよ。まあナナには百回以上土下座してるけどな」

「うぅ、うぅぅ悔しい!」

「俺の土下座なんて安いもんだよ。何の価値もありゃしないんだから、いくらでもやってやるよハァハァ」

「違うの・・・違うの!私のせいで・・・うぅぅぅ!!」


脇腹から流れる黒い血が、ドモンの服とズボンを汚していく。

元々障害のある左脚はいつも引きずるように歩いているけれど、今回は右脇腹を刺され、右足も引きずって歩くことになってしまい、皮肉なことに両足の歩くバランスが取れた。まるでゾンビのような歩き方だけれども。


ナナは自分が取った軽率な行動でこんな事になり、涙を流しながら後悔。

ただ自分の家に帰るだけなのに、どうしてこんな事になってしまうのか?

ドモンのことももちろん悔しいが、今はそれが一番悲しく悔しい。


「どうしてこんなに色んな事が起こるの?!私達はただお家に帰ろうとしてるだけなのに!うぅぅ!」

「・・・確かにな。ちょっと普通じゃねぇよなぁイチチ」

「ねえ本当に大丈夫?!自動車まであと少しだから・・・」

「血は出てるけど大丈夫だよ。三センチくらい斬られただけだからな」


ドモンはナナを安心させるようにそう言いながら、確かにその異変を感じ取っていた。

向こうの世界へ買い出しに戻った時にもそうだったが、この道中、あまりにも都合よく問題が起きすぎている。


「まあ・・・どっかの誰かが嬉々として、俺で遊んでやがるんだろうな。人の心を操れるどっかの誰かがよ」

「???」


仕組んでいるのは、恐らく例の自分に取り憑いているあの悪魔だろうと推察するドモン。

ドモンの心や体が弱った時にいつも何かしらの問題が起きているのは、とても偶然だとは思えなかった。


この世界へ来て一番最初に大怪我をした時、つまり集団暴行にあった時も、ドモンはその時の現状を考えて心が弱っていた。

カールの義父がドモンを討伐しに来た時も、心臓の持病による発作で、最大HPが削れ始めてきた頃。

ドモンが盗賊に殺された時は、ゴブリン達が大猪を解体し、ドモンのトラウマを呼び起こして心を弱らせた時であった。


街にやってきたゴブリン達が襲われた時も、ドモンは寸前で義父に思い切り殴られていたり、ドモンが歌劇場でシンシアの率いる竜騎士に斬られた際も、その少し前にトイレで黒い血を大量に吐血していた。


何より自身が弱っている時はいつも、ナナやケーコを含む近しい女性達が、皆ドモンに襲いかかってきていた。


現在はもう体が常に弱りきった状態なので、そんな事が頻繁に起こっているのではないかと考えたドモン。

悪魔に吸い寄せられるように何者かがドモンに襲いかかり、そしてドモンはまた弱っていく悪循環。



車に戻ると目覚めたシンシアとアイが大激怒。

シンシアは門番に対して、アイは無茶をしたナナに対して。

ホビット族からしてみれば、人間達の街の門番に楯突くなんてあり得ないこと。

サンは涙を堪えながら、ドモンの脇腹に薬草を塗り込む。


「バカ!ナナは何をやっているのよ!こうなるなんて目に見えてることじゃないの!それにあなたもどうして土下座なんて馬鹿な真似を・・・」歳も近いせいか、何故か父が土下座をさせられたように思えてしまったアイ。

「なんなのですの!?その門番は!!こうなればワタクシ自らその者達のところへ向かい、謝罪させた上で首を刎ね、その首を晒してやりますわ!」シンシアは今にも飛び出さんばかり。


「ナナにも言ったけど、土下座なんかで助かりゃ安いもんだって。それにシンシアも落ち着け。向こうだってそれが仕事なんだからさ。非常事態の時に、俺らが軽率だっただけだよ。顔も知らないんだから」


写真なんかもないこの世界のこの時代背景では、盗賊が他人になりすますなんてことは日常茶飯事。

せめて健康保険証でも持っていたら話は違っていたのかもしれないが、そこまで気が回らなかったドモンのミス。


「本当にごめんねドモン、私のおっぱいのせいで・・・」

「イチチチ!クク・・・!笑うと脇腹の傷口に響く!お前本気で自分のおっぱいが名刺代わりになると思ってたのかよイテテ」


「メイシ・・って何?それはよくわかんないけど、今まで大抵の人は胸を見て、私かお母さんかってわかってたから」

「イヒヒチチチ・・もうやめてってば。小さい町の中じゃそりゃ目立つだろうけど、今は人が随分増えたみたいだし、『うむ、おっぱい大きな!よし通れ!』なんてことにならないよ。それだとサンとアイちゃんなんて一生通れないぞイチチチ!!もっと優しく薬草塗ってよサン」


今までおつかいを頼まれても、『胸の大きな娘が来る』とだけさえ伝えていれば、初対面でもまず間違いなくそれで通じていた。

なんなら一度も視線が合うこと無く、「ナスカちゃんだね、はいどうぞ」と言われたこともある。もちろん相手の視線の先はナナの胸。

しかしここまで人口が増えればそれで通じるはずもない。


「黒い血が赤くなってきたわね?どうなってるのよこれ。やっぱりあなた悪魔でしょ」とアイ。

「ち、ちが」「そうよ。ただし悪魔は悪魔でもスケベな悪魔だけどね」ドモンの言葉を遮ってまで言った割には、何かを間違ったナナ。

「良い悪魔だろ、それを言うならイチチ。まあそれほど間違っちゃいないけどな。でもそれを言ったら男はみんなスケベな悪魔だぞ?」

「そんなことないわよ!決してそんな事は・・・優しい人だったもの・・・」アイの頭の中に浮かぶ夫の姿。


「御主人様だってとってもお優しいんですよ。たまに冗談を言ったりからかってきたり・・・・確かにほんの少しだけスケベだったりもしますけど・・・・神様みたいに願い事を叶えてくれることもあるんですから。ううん、私にとっては神様以上なのです!」途中小声になった部分もあったが、最後は大きな声でそう言ったサン。

「それについては否定しないわよ。あんなの見ちゃったらね」アイの頭に浮かんだのは、前の宿での大爆発。


血も人間が出す血の色になり、出血の勢いも弱まってきて、車内はようやくリラックスムード。

竜騎士に斬られても耐えられるドモンなのだから、この程度ではどうってこともない。

女性達もはじめは血を見て混乱していたが、すぐにそれを思い出して落ち着いたのだ。


「じゃあ神様、朝まで安静にして寝ましょうか。スケベはダメよ?私だって我慢するんだから」

「しないっての流石に。我慢がどうとかよりも傷口開くだろ。俺を何だと思ってんだよ」


そう言ってドモンはキツめの酒一杯を一気飲み。ナナも一口だけ貰って、ふたりは眠い目を擦りそのままベッドへ。

少し休んだシンシアとアイが運転席と助手席に移動し、サンもドモンらと一緒にベッドに入った。

ただしサンは寝るためではなく看病のため。時々薬草を塗りながら、傷口の様子を見るためだ。


腕枕をするナナの胸の間にドモンは挟まりながら、今にももう眠りにつこうかという時、ドンドンと叩かれた車のドア。


「は、はい!いかがなされましたか?」ベッドから飛び出し、慌ててドアを開けたサン。

「おい、あんた達!気づいているのかい?!憲兵達が大勢こっちに向かってやってきてるぞ!さっきあいつらと揉めたんだろう?大丈夫なのかい?!」とひとりの男が、心配そうな顔でドモン達にそう告げた。

「確かにやってきているようですわね」と運転席で目を凝らすシンシアとアイ。


「ふぁぁ~そうなのか?心配してくれてありがたいけど、俺等じゃないんじゃねぇの?まあそうだとしても、今度こそ健康保険証でも出せばファァァ・・・」ムクリと上半身だけ起こしたドモン。

「何を呑気なこと言ってるんだ!ありゃぁただ事じゃないぞ?嫌だぜ?目の前で戦闘になって、こっちまで巻き添えなんて食っちまったら・・・」

「だ~いじょうぶだぁって。任せとけ・・・ムニャ」

「何が大丈夫なんだよ!こっちは心配してきたってのに!これで平気だなんてあんた、何様のつもりだよまったく」


すぐにでも逃げた方がいいと言いにきた男性も、ドモンの態度にすっかり呆れ顔。

ナナに至っては起きもしなかった。


「あんだって?とんでもねぇあたしゃ神様だよ。・・・使い方ちょっと違ったな。ま、いいか、じゃあおやすみ」


両手で口を押さえ、プルプルと震えながら笑いを堪えるサン。

ドモンは温かな脂肪の塊の間に戻るなり、ものの三秒で眠りに落ちた。



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