第44話

「うっわ・・・近くで見ると本当にデカい屋敷だな」


学校どころか、それこそこの世界に来る前に買い物していたショッピングモールのウオンくらいはありそうだとドモンが屋敷を見上げる。


「は、初めてこの敷地に入ったわ私・・・いいのかしら」と困惑するナナ。

「良いも悪いも、いざという時の領民の避難所にもなるんだろ?気にするな」とドモン。


「確かにそうだが、貴様は少しは気にしろ」

「今まで入る機会がなかったってことは、それだけこの街が平和だってことだよ。良い領主様に恵まれてさ」


カールの言葉を気にも留めず、白々しい言葉でおだてつつタバコに火をつけるドモン。

咥えタバコで玄関までやってきたドモンを見て、迎えに来た侍女らが驚きの表情を見せる。

たとえ貴族であっても、こんな無礼な態度でやってくる者などいないからだ。


「此奴はこういう奴なのだ。気にするだけこちらがバカを見る」と言うカールの後ろで「ホントごめんなさい!本当にごめんなさい!」と周囲に謝るナナ。


「ん?あぁ悪い悪い!あんまり庭が広いからつい無意識でタバコ吸っちゃった。すぐ消すから」とドモンが一同から数歩離れ素手でタバコを消そうとしていると、小柄な侍女のひとりが大慌てで「お待ち下さい!こちらをお使いなさって下さい!」と大きな灰皿を持って走ってきた。


しかし残念ながらそれはほんの少し間に合わず、ドモンの目の前の空中にタバコの火の粉が霧散した。


火の粉をかぶりながらニヤッと笑うドモンを見て、呆気に取られる侍女。

ドモンは外でタバコを消す時にたまに、親指と中指でタバコをつまみ、人差し指で火の部分をパンと弾いて消すのだ。

「すみません!ごめんなさい!この人の悪い癖なんです」とナナがまた謝りながら、ドモンの手からタバコの吸い殻を取り上げ灰皿に入れた。



侍女達はドモンに目が釘付けとなっていた。

ただしそれは完全に悪い意味での釘付けで、とんでもない奴が屋敷にやってきたという軽蔑の眼差での釘付けである。

目付きの悪い『傷だらけの顔の盗賊』のような身なりで、左足を少し引きずりながらゆっくり近づきニヤッと笑うドモンを見て、ほぼ全員が悪寒を感じていた。



そんなドモンの元へ何名かの貴族達がやってきた。

なんとも言えない周囲の不穏な空気を気にもせず「ドモンよ、よく来てくれたな。具合はどうなのだ?」と例の叔父貴族。

「まあおかげさんでなんとかってとこだな」と、右手で腰をトントンと叩きながらドモンが答える。


そのやり取りを見て侍女達は驚きを隠せなかった。

そもそもが一領民が屋敷にやってきたとして、貴族達がわざわざ玄関まで迎えに来る方が異常事態なのだ。

その上、不敬では済まされないほどの言葉遣いでのやり取り。


だがその前に、領主が門まで迎えに行ったのが異常すぎる。

王族のトップクラスを相手にしているような振る舞い・・・いやそれとも違う。もっとフランクな関係だ。

これではまるでただの友達ではないか・・・といった考えが侍女達の頭に浮かび、そんなはずはないと全員が目を瞑り小さく首を横に振った。


「また何かやらかしたのであろう貴様は」

「よぉグラ。どうやらやらかしちゃったらしいわ」とグラに手を上げ挨拶をしながら答えるドモン。


「らしいじゃないわ!バカ共が!」とカールの怒りはなかなか収まらない。

「だから悪かったって謝ってるだろさっきから!やかましいジジイだな全く」

「何がやかましいだ!やってくるなりもう一つ余計な問題増やしたであろうが!!」


ドモンとのやり取りに怒るカールが皆に、健康保険が出来るまでの間の医療費半額負担をドモンが勝手に決めたことを話した。

貴族達は呆れ、侍女達は色々な意味で驚愕していた。


「よぉグラって・・・」

「ジ、ジジイ???」

「領民の医療費の半額負担を勝手に決めたって・・・」


一体何者なのか?なぜこの態度でいられるのか?

この場で首が飛んでもおかしくはない状況なのに、貴族の方が『具合はどうだ』と気遣っているのだ。

侍女達の混乱ここに極まれり。



「まあそんな些細な事は気にしないで、さっさと健康保険の話を詰めようぜ」とドモンが屋敷の中へと上がり込み、ナナが慌ててついていく。

「些細な事ではない!」とカールも屋敷に入った。


侍女に案内され会議室へと向かう道すがら、突如ドタバタと何人かの足音が聞こえ、ドモン達の目の前へと姿を現した。


「何者だ!」

「怪しい奴!」

「な、名を名乗りなさい!」

「カルロス・・・だ、誰なの?」


まだまだ小さな貴族達が道を塞ぐ。


「何が怪しい奴だ、このガキ共・・・・・・・・食っちゃうぞ!!」両手を急に上げてガァァ!と襲いかかる真似をするドモン。

「う、うわぁぁん!!」

「だ、誰か!斬り捨てて!!」

「ヒィィ!!」

「怖いよぉ!!」


一瞬で子供達を恐怖のどん底に落としてしまったドモン。


「ドモン!!あんたは子供に向かってなんてことすんのよ!ごめんねぇみんな!冗談なのよ」とナナ。

「おっぱいの人も怖い~!」

「誰がおっぱいの人よ!!!!」

「おっぱいが怒った~わぁぁ!」


フォローしたはずが、不本意ながらも更に泣かせてしまったナナ。


「貴様ら・・・」と心底呆れるカール。

「そうだぞおっぱい。いい加減にしろおっぱい。子供を泣かせる巨乳。プッ」と吹き出すドモン。

「ド~モ~ン~!!」とナナが目を吊り上げ「ごめんごめん」と謝る。


そして侍女達に慰められている子供達に向かってドモンがまた話しかける。


「よーしガキ共、泣き止んだらお前らに空に浮かんでる雲を食べさせてやる」

「ハァ??」


ドモンの突拍子もない言葉に叫んだのは子供達ではなく侍女とナナだ。

貴族達は「やはり頭の怪我が・・・」と心配の方が上回っていた。


「嘘つき」

「雲なんて食べられるわけない!」


子供達は文句を言いながらも泣き止んだ。

ドモンへの恐怖よりも、驚きと好奇心の方が上回っていたのだ。


「じゃあ子分達、蓋の付いた丸い缶を探して持ってこい。穴開けるからいらないやつだぞ?」

「誰が子分だクソジジイ!」


ドモンの命令に逆らう子供達。

それに対して侍女のひとりが「あ、多分あります。余ってるものが」と何処かへ走っていく。

そして「こんなものでよろしいですか?」と直径20センチはある円柱型の蓋付きの缶を持って戻ってきた。

砂糖を保存していた容器だったが、蓋が歪んでしまい開けにくくなってしまったため、廃棄処分しようとしていたものだった。


ジュースの空き缶のような細くて小さな缶を想像していたドモンは面食らったが、まあこれでも出来るだろうと頭の中で設計図を組み立てる。


「この缶だとそうだなぁ、弓矢みたいな棒と同じくらいの長さの板、あと丈夫な紐があればいい。この缶を思いっきり回せるようにしたいんだ」

「昔の火起こしでもしようというのか?」


ドモンの言う事からカールがそう推測した。


「おぉそれだそれ!火は起こさないけどな。やっぱりこの世界にもあったのか」

「火属性の魔法が使えなかったり、火の魔石がなかったりする場合の火起こしは幼い頃から習うのだ」


二人がそんな会話をしてると、子供達も「それ知ってる~」と得意げな顔をした。

因みにドモン達が話している火起こし方法は、舞ぎり式火起こしという名前である。


「缶を火にかけたいから、真ん中の芯棒は鉄製だと嬉しいんだけど」

「恐らく武器庫にある鉄製の弓矢で事足りるな」と叔父貴族が取りに向かうと「僕も行く!」と男の子がひとりついて行った。

慌てて侍女が「私が!」と言ったものの「よいよい」「いいからいいから」と断っていた。


「んじゃ待ってる間に缶の横の部分にたくさん細かく穴を開けたい」

「千枚通しを持ってこい」


カールがそう言ったものの、侍女や子供達は何のことなのかわからずにいた。

「工具入れごと持ってこい」とグラが侍女達に指示をし「はいっ!」とひとりの侍女が走っていく。

その可愛くも甲斐甲斐しい侍女見ながら、ニコニコと笑うドモンの頬を抓るナナ。



工具箱を受け取り、中から千枚通しとトンカチを出すと、ドモンがトントンと缶に穴を開けていく。

それを見た子供達が「私もやる!」「僕も!」とドモンに貸せ貸せとせがんだ。


「これでどう?」

「もう少し下だ。下手くそめ」

「この辺かしら?」

「よしそこだ。お?上手いぞ」

「私にもやらせてよ!ねぇってば!」

「お前は俺を斬り捨てろって言ったからやらせな~い」

「嘘だから!」


ドモンと子供達がそんなやり取りをやっていると、ホールとも言えるほどの大きなエントランスの真ん中に、いつしか他の貴族や護衛の騎士達、屋敷中の侍女達が集まり輪になっていた。


ナナがその様子を見て「どこに行ってもドモンは変わんないわね」と笑う。

「皆あっという間に此奴のやる事に惹き込まれてしまう。まるで悪魔の所業だ」とナナの横に立つカールも笑っていた。



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