第43話

「領主様!一体どうなっているんですか!」

「いつから支払えばいいのか教えて下さい!」

「しっかりとした説明を!」


人々の言葉がはっきり聞こえ、ドモン達の予想していたことが確信へと変わった。

これは間違いなく健康保険のことだと。


「今それについては会議中であるとのこと。もうしばらく待たれよ!」と騎士達が領民達を抑えていた。

「領主様と話をさせてくれ!」

「騎士様お願いよ!」


だが騒ぎは一向に収まる様子がない。

そこへやってきたナナとドモンに皆が気がついた。


「あ、噂のおっぱいがきたぞ!」

「例の丸出し痴女か?!」

「あんた達!話を聞かせておくれ!」


おっぱいだの痴女だのと呼ばれ憤慨するナナ。しかし否定することも出来ないのが歯がゆい。

ドモンが後ろでクククと笑いを堪えていた。


「皆さん落ち着いて下さい!というか、私はおっぱいでも痴女でもなくナナです!」

「おっぱいのナナさん!」

「痴女のナナさん!」


イーヒヒ!とドモンが馬上でひっくり返って笑う。

そんなドモンにナナが真っ赤な顔をして怒っていたが、そのドモンの笑い声でその場の空気がすっかり和み、あちらこちらからつられたような笑い声が聞こえ始めた。


ドモンは馬からずり落ちるように地面へと降り、数十人が集まる輪の中へと入っていく。

それを見てナナも慌てて馬から飛び降り、騎士に馬を預けてドモンについて行った。


「で、今日はどうしたの?」と他人事のように聞くドモン。

言い訳するでも説明するでもなく、まるで井戸端会議のように。


「いやさ、ほら!例の健康保険のことなんだけどさ」とフランクに答えるひとりの奥さん。

「お金の心配かい?」とドモンがストレートに聞く。こういう時にまどろっこしい事をして誤魔化しても、怒りを増幅させるだけだと判断していた。


初めに他人事のように接していたから出来る技だ。当事者が言えば激突必死の言葉でも、第三者のように振る舞えば言えることがあるのだ。

だが集まった人々の言葉は、ドモンが想像していたものとはまるで違っていた。


「ハハハ違うよあんた」

「俺も健康保険とやらに申し込みに来たんだけどよ。まだ会議中だって埒が明かなくて」

「せめてどこで申し込めば良いのかも聞きたいわよね」

「私の母は体の調子が悪くて、お医者様のところまで馬車に乗せてあげたいのよ。治療費も安くなるんでしょ?だから早くしてほしくて」


ドモンとナナは驚いた。

ここに集まった人達は皆、健康保険の申込みをしに来ていたのだった。

最初は数人だったのが十数人になり、今日は数十人となって貴族達が慌てだしたのだ。


「はぁ~なるほどねぇ。それでここまで来たはいいけれど、まだ決まったわけじゃないと押し問答になっちゃったってやつか」とドモン。

「そうなのよ!でもほら・・・みんなでこうしていれば領主様も無かった事には出来ないでしょウフフ」

「もっと急いで実施してくれるかもしれないしな」


ここまで好意的に受け止めてくれていたとはドモンも想像していなかった。

ドモンにとってみれば、元の世界では正直鬱陶しい支払いとまで思っていたもので、任意保険にすると言ったものの、少なからず何かしらの反発があるものだと思っていたのだ。



「あぁみんな悪かったな。健康保険の説明を俺らもしてたんだけどさ、ここまで反響あるとは思わずに少し先走っちゃったんだ。領民の理解得られるまで結構時間かかるみたいな事言ってたし」

「えぇ?!じゃあ全部嘘だったのかい??」ドモンの言葉に皆がショックを受ける。


「いやいやそんなことはないよ。ただ詳しい金額とかなんとかは、これからしっかり調べて決めなきゃならないって言われてたんだけど・・・」

「話自体は本当なんだな??」と安堵の表情を見せる人々。


「それは間違いないから安心していい。ただ俺が先走ってこうなって、領主様にこれから大目玉を貰いに行くわけよワハハ」

「バカだねぇあんたも」と男のひとりがドモンの肩をポンと叩く。

「私もそう言えば『詳しい話は領主様へ』って言っちゃってたもんねぇ」とドモンと一緒に反省するナナ。


そこへタイミングが良いのか悪いのか、領主であるカールが馬に乗って屋敷から門までやってきた。


「ほらあんた達!噂をすれば領主様がやってきたよ」という奥さんの声に「まいったなぁ。いい加減にしろとか言われるだろうなぁ俺」とドモンが頭を掻く。

領民達からクスクスという笑い声が漏れた。


「来たかドモンよ!な~にをやったのだ貴様らは全く!いい加減にせんか!」

予想通りのカールの第一声に小さく吹き出す一同。


「あーいや、ほら・・・俺も色々手を打っておくって言ってただろ?それでちょっと健康保険の宣伝をしたら、ナナのおっぱいのせいでこんなになっちゃったんだよ」

「私のおっぱいは関係ないでしょ!」とドモンの肩をバシンと叩くナナ。カールがハァというため息を吐いた。



「皆の者!ここにいる馬鹿共が先走りよったが例の話は本当だ!だがまだ時間がかかる故にすまぬがしばし待たれよ!」

「おぉ・・・」カールの言葉に小さく歓声が上がる。


「この大馬鹿共にも手伝わせ必ずや実現してみせよう。詳しい話や経過などはここと街の広場の看板にて随時発表する」

「そんなにバカバカ言うなよ」

「うるさいマヌケ共!さっさと屋敷に入れ!」


カールの言葉にドモンが反発するも一蹴される。

領民達は安心して緊張が解けたのか、歓声と一緒に笑い声も上がった。


「じゃあみんな、ちゃっちゃと決めてくるからよ。もうちょっとだけ待ってくれよな」とドモン。

「おお頼んだぞあんた!そっちのおっぱいも」

その言葉にまた笑い声が上がった。


「ああそれと!」と門をくぐったドモンが集まった人々に向かって振り返る。


「今本当に具合が悪い人は、遠慮なく医者のところへ早めに行かせてやってくれ。治療費の半分は領主様が負担してくれるから。まだ救急搬送用の馬車は出来てないから乗れないけれども」

「えっ!!」


ドモンの言葉に領民達とカールが同時に驚きの声を出した。


「全部決まるまでそれでいいよな?今もう困ってるのがいるんだよ」とドモンが先程の女性の方を見た。

「貴様」

「良いってよみんな!」


カールに有無も言わせず勝手に決めるドモン。

その言葉に今日一番の歓声が上がった。


「ちっ!ええい誰か医者にこの事を伝えおけ!看板も用意して領民に知らせろ!金が足りぬものは私が立て替える故、皆の者遠慮せず医者の元へと行け!」

「あーりがとうございまーす」


腹をくくったカールにとぼけた感謝をするドモン。

「はっ!」という返事とともに騎士達が大慌てで馬を走らせた。


「貴様覚えておけよ」

「知らねぇよ。俺もいい加減歳だから最近物覚えが悪くてな。そっちで覚えといてよ」

「同い年だろうが!!」


ドモンの頭を引っ叩きたくなる衝動を堪え、カールが二人を屋敷へと連れて行った。




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