第45話

叔父貴族達が持ってきた鉄の弓矢と持ち手の板を缶に取り付け、コマの形のようにしていくドモン。


「やっぱり火起こしのやつだ」

「ねえこれで火を起こすの?」


大人達も疑問に思っていることを子供達が代わりに聞いた。


「缶を火にかけるけど、これで火起こしするわけじゃないぞ」

「中に何か入れるのか?」とカール。

「砂糖を入れたいんだけど、どんな砂糖があるか厨房へ見に行ってきていいか?」

「案内してやれ」


ドモンの言葉を受け侍女に案内をさせた。



「コックの皆さん悪いね、職場に邪魔しちゃって」

「ああ、いや問題はないが・・・」

「面白い食い物作るから、手が空いてる奴は見に来いよ。おお!あったあったザラメだ!さすが貴族の屋敷だなぁ」


そんなドモンに高い帽子のコック長らしき人物が話しかける。


「もしやあの麺料理やマヨネーズの?」

「そのもしやの異世界人だよ」ザラメの入った缶を持ちながら、まだ何かを探しつつ答えるドモン。

「おおやはりドモン殿でしたか!」


厨房内が一気にざわついた。


「ドモン殿の料理の知識には感服いたしました。特にあのマヨネーズとやらは・・・」

「俺は元からあったレシピを真似しただけだから感服する必要なんてないよ。それより大きめの金ダライある?」

「へ?もちろんありますけども」


長くなりそうな話を打ち切り、その金ダライを侍女に持たせてドモンが去っていく。

慌ててコック長と何名かの料理人がドモン達についていった。


「ハイハイお待たせ。子供らもみんな集まったか?」

「はぁい」

「お?弓矢と缶を針金でガッチリ固定してくれたんだな・・・でもよ、どうやってこれ中に砂糖入れるんだよ」


しまった!という顔を見せたカール。

気を利かせ指示をしたのだが、蓋ごと針金で固定してしまっていた。


「おいおい大丈夫かよ?ここの領主様はよ」と、鬼の首を取ったかのような顔をするドモン。

「不覚・・・」とうなだれたカールを見て、子供達がケラケラと笑った。


ドモンが千枚通しで蓋の部分にいくつか穴を開け、ペンチでバキッと折りザラメの入口を作る。


「俺は頼りになるオニーサン!あっちは間抜けな領主とおっぱい!」と鼻歌交じりのラップ調で歌いながら、缶にザラメを入れていくドモン。

「なんでそこに私が出てくんのよ!」とナナが怒る。


「誰もナナのことだなんて言ってないだろ。てかお前は自分が『おっぱい』だって自覚あったんだな」

ドモンの言葉に皆が「ブフッ!」と吹き出す。子供らはきれいな絨毯の上で転げ回って笑っていた。


ナナは怒りながらもドモンに対して心底感心する。

子供に優しく接していたようには見えていないのに、いつの間にか友達のような関係になっていたからだ。

そこに大人と子供という壁はなく、完全にフラットな関係に見える。

ドモンは子供達を子供扱いせず、子供達はドモンを良い意味で大人として見ず、媚びへつらうこともない。


「なぁドモン、あとで俺のおもちゃ見せてやるよ」

「お~ホントか!おもしろいの持ってるのか?」

「すげぇんだぜ俺のやつ。貸してやるよ」


「駄目よ!ドモンさんにはわたしの部屋を見せてあげるんだから!」

「いいのか?こんなスケベおじさんを部屋に入れてグヘヘ」

「あ、あと3年くらい待ちなさいよ。それまで我慢して。いいわね?」


「あなたタバコ吸いすぎよ。バカね」

「うるせぇ俺の勝手だろ!」

「私の言うことを聞くの!わかった?だからこんな怪我するのよ」


「ドモンさん、異世界の話をしてよ」

「おぉいいぞ。あとでチキンカツサンド作ってやるから食べながら話してやるよ」

「やったぁ!でも何?そのチキンなんとかって」

「異世界の食い物だ。美味いぞ~」


トントンカンカンとみんなで作業しながら、こんな調子で子供らと会話をしている。

子供達の親である貴族達もその様子に驚きを隠せずにいた。

親子だというのに、こんなにもフランクな会話を子供としたことがなかったのだ。


「で、あなたはドモンのなんなの?」と女の子のひとりがナナに食ってかかる。

「わ、私はドモンの・・・婚約者よ」とナナがライバル心剥き出しで答えた。

「その無駄に大きなものでドモンをたぶらかしたのね。ふん!」

「そうね、この人は胸の大きな人が好きだからきっとあなたには興味ないと思うわよ!」


バチバチと視線をぶつけ合う二人。

ついに異世界物のハーレム状態がきたかと思いつつも、年齢差を考えて思わず吹き出すドモン。

親子どころか下手すれば祖父と孫くらいの差があるのだ。

そんなのと本気で争うナナもどうかしていると思いつつ、ドモンは二人にチョップを落とす。


「いい加減にしろお前ら。ほら準備できたぞ」

「いたーい!」

「この缶を火にかけて・・・ってあれ?しまった!また厨房に戻らないとならんのか、よく考えたら」とドモンが頭を掻く。


「わざわざ金ダライまで持って厨房からやってきたのに、またそれを持って厨房に戻るのか?貴様の頭も大丈夫か?ボケたのではあるまいな?」とカールがドモンに反撃をする。

「く・・・」

「仕方あるまい。私の魔法で温めてやっても良いぞ?ん?素直にお願いしたらどうだドモンよ」

「・・・いやだ。俺はみんなに見せるためにわざと一度持ってきたんだ」


カールとドモンの大人気ない争いに呆れる一同。


「カルロス様・・・」

「ドモンも意固地にならないの」

「二人共やめんか、子供らの前でみっともない」


その言葉に渋々ドモンが折れた。


「俺はそこの頑固ジジイと違って素直だからな。頭下げてやるよ。だからほら!早く魔法使えよ」

「お願いする態度とは到底思えんな。温めついでにその頭にも火をつけてやろうか?」


侍女達がハラハラしながら見守る中、その言葉とは裏腹に手際よく準備を進める二人。


「砂糖を焦がさない程度に、軽く溶かす感じで」

「よかろう」


ザラメの入った缶を金ダライの真ん中にセットし、持ち手部分を上下に動かし回転を加えるドモン。

ブーンブーンという小気味よい音を出し缶は勢いよく回る。

子供達だけではなく全員の視線がそこへ集中していた。

カールが魔法で缶を温め始めて数十秒後、ふわっとした白い糸がタライにくっつき始める。


「わわ!なにこれ?!なにこれ?!」

「蜘蛛の巣??」

「何だこの糸は!!」


子供も大人も騒ぎ出す。


「ナナ、そこにある棒でこの白いのをくるくるとゆっくり巻き取ってくれ」とドモン。

「わ、わかった!」と緊張した顔で棒を持つナナ。

「持ってる棒も回しながらゆっくりゆっくりだぞ。あと手を突っ込みすぎると熱いから気をつけろ。カールは一旦魔法ストップしてくれ」

「うむ」


ドモンに言われた通りタライの中で棒を回すと白い糸がどんどん絡みつき、フワフワと膨らんでどんどんと大きくなっていく。


「わ!わ!わ!何なのこれぇ!!」とナナが驚きの声を上げると同時に、子供達や貴族達も同じように声を上げる。もちろんコックや侍女達も。

「とりあえずそんなもんでいいだろ」とドモンも手を休めた。

「こ、これは何なの?!」と言うナナの言葉にドモンが答える。



「これは綿あめというものだ。まるで空に浮かぶ雲みたいだろ?」



子供達の目がこれ以上ないというほどに輝いている。

侍女達からも「わぁ素敵!」と声が漏れた。


「こうやってちぎって食べてみろよ。甘くて美味しいぞ」とドモンが一口食べてみせると、子供らよりも早くナナが真似をして綿あめを食べた。


「フワフワであま~い!あー溶けてなくなっちゃう~不思議ねー!!」

「面白いだろ」と笑うドモンに頷くナナ。横にいた小柄な侍女の口にも綿あめを千切って放り込むドモン。


「ずりぃおっぱい!俺にも食べさせろよ!」

「私も頂戴!!」

「僕も食べたい!」

「私も食べる~!!」


我先にと綿あめを千切って口の中に放り込む子供達。


「なんだよこれ・・・溶けちゃった」

「すごい・・・これが異世界なんだね」

「美味しい!」

「曇ってこんな味なのかな?」


子供達は感動していた。

そしてドモンの言っていたことは本当だと思った。

いい天気の日に空を見上げ、考えていたことだ。


『あのフワフワの雲を食べたらどんな味がするのかな?』


その夢が叶った気がしたのだ。

それを叶えたドモンが神のように一瞬思えた。



パンパンとドモンが手を叩き「作り方はわかったな?じゃあ回転係と魔法係と巻取係に分かれて綿あめ作り開始!」と皆に声をかける。

その瞬間ワッと金ダライの周りに人が集まった。


「待て待て!まずは子供達からだ」とカールが子供達を呼ぶ。

「私作りたい!!」

「じゃあ俺が回してやるよ!この火起こしやったことあるんだ!」

「僕が次やる」

「私が先よ!」


ドモンはそれを数段上がった階段にちょこんと座りながら見守っていた。

すぐにナナが侍女から受け取った灰皿を持ってきて横に座る。


「もうみんな夢中ね」

「そうだな」


そう言ってタバコに火をつけ「お祭りみたいだな」と、ナナには聞こえないくらい小さく囁いた。


ドモンはお祭りにあまりいい思い出がない。

だが生涯たった一度だけ母にねだって買ってもらったものがある。それが綿あめだったのだ。



その時綿あめが入っていたアニメの絵が描かれた袋を宝物として取ってあったが、しばらくしてゴミと間違えられ母に捨てられてしまった。

母が買ってくれた物を母が捨てた。ただそれだけだ。でもそれが悲しくて悲しくて。


その時からドモンはお祭りは参加するものではなく『見るもの』となった。買わなければ捨てられることもないのだから。割高な食べ物も無駄だと切り捨てた。そうしていつしか友達に誘われることもなくなった。



「あま~い!」

「失敗したわ!カチカチになっちゃった!」

「よもやあの砂糖がこんな姿になるとは」

「コック長!これは菓子作りに使えないでしょうか?!」

「領民達は驚くであろうな」


そんな様子を寂しそうに見下ろすドモンを見たナナが何かを察知して、ドモンの肩に頭を寄せてしなだれかかる。

ドモンはそれに反応することもなく、咥えタバコのまま煙に目を細めていた。



何もかも壊してしまいたいという気持ちと、全てを守りたいという気持ちの間で揺れながら。



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