第722話

「陛下!大変です陛下!一品目の魚料理が仕上がったので是非ご試食を!ドモン様がすごいものを・・・」料理を手に、貴賓室へ飛び込んできた侍女。

「ちょっとちょっと!それドモンが私に作ったやつでしょ?!私に先に食べさせなさいよ!」「そうよそうよ!」ダーンと立ち上がったケーコとナナ。

「も、申し訳ございません。ですがこちらは是非陛下に一番にご試食いただきたく・・・陛下、こちらマスのムニエルというものだそうです。出来上がりを私も試食させていただいたのですが、なんと奥深くまろやかで、尚且つバターのコクとこの魚の身が持つ本来の旨味が調和し、口の中で舞踏会が行われるような衝撃的なお味なのです。是非ご賞味くださいまし」

「あ、ああ」


興奮しすぎて、何が言いたいのかさっぱりわからない侍女に圧倒されたドワーフ国王。

むしろ出来るならばケーコに毒見をさせたかったところなのに、ついうっかり返事をしてしまった。


「バターソテーだ。私バターちょっと苦手なんだけど、あれは大好きなんだ」とケーコ。

「お、美味しそうなニオイ!早く私の分!ねぇドモンは何やってるのよ!」ナナは鼻の穴を大きく広げ、何度も匂いを嗅いでいる。


「黄金色に輝くあの色は・・・間違いなく御主人様が作る料理の中でも、傑作の部類だと思われます」サンもニッコリ。

「サン、ワタクシにも」「はい」シンシアは冷静を装い着席し、サンは厨房へ向かった。


国王の目の前に置かれたマスのムニエル。

国王として何度か魚を食す機会はあったが、美味しいと思ったことは正直一度もない。

野菜だけならまだ食べられるが、魚がくっついていた部分は切り取って捨てたいくらいの気分。


だが鼻をくすぐる甘い食欲を誘うニオイに、頭より先に体が勝手に反応し、大量の唾液が口の中に溢れ、お腹がグゥと大きな音を立てる。

が、フォークを刺すと肉よりも柔らかすぎる感触に、やはり嫌気が走ってしまった。水っぽくグズグズになった腐った肉のようだと感じたのだ。


フゥと深く長い溜息をひとつ吐いて、小さく切った一切れをえいやと口に放り込んだ。

周りの大臣達も違う意味でゴクリとツバを飲み込む。


「グッ・・・ん・・・む?!」

「陛下!ご無理をなさらずに!」隣に座る大臣が気遣う。

「ちょ、ちょっと待て!まだ混乱しておる!」

「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「美味しいに決まってるじゃないのハァ」


静かな部屋の中に、ケーコの愚痴だけが聞こえた。


ドワーフ国王は今、葛藤の最中。

例えるなら、どこかのジャングルで捕まえた親指よりも太い何かの虫の幼虫を食べる羽目になったが、それが超高級和牛よりも美味しかった時の気持ちとでも説明したらいいだろうか?


気持ち悪いを美味しすぎるが何度も超えてくる。


「陛下、今度はマスの唐揚げというものらしいです。鶏で同様に味付けしたものを添えましたので、味比べをしていただきたいとのことでした」と今度は最初に試食した料理人もやってきた。

「う、うむ。では・・・」


一度食べて少し抵抗が薄くなったのか、ひょいひょいと口に入れていく国王。


「なんと・・・鶏も美味しいが、これはマスの唐揚げとやらが一枚上手だな。味の深みが格段に違う」

「ねぇちょっと、私もそれ食べさせなさいよ」ツカツカと国王に歩み寄るケーコ。

「な、何をする!これは私のものだ!ケーコ殿はもう少し待たれよ!」

「ケチ!じゃあムニエル・・・あ、一口で食べちゃった!!何してんのよ、あーあ」


鶏と食べ比べたことで『気持ちの悪い何か』から、マスが『美味しい食材のひとつ』に、いつしか頭が切り替わっていた。

食べられない物から食べても大丈夫な物、食べても大丈夫な物から食べたい物へ。


「今のうちにその魚を獲る量に制限かけないと、あっという間にこの国から絶滅してしまうわよ。何せあのドモンが作ったんだから。あの人勝手に美味しくしちゃうんだよね、いっつも」


結局国王から奪ったひとつのマスの唐揚げをひょいと口に入れ、その美味しさにニンマリ笑ったケーコがそう言うと、国王は深く頷いた。

もう理解した。調理方法によって、この魚が宝にもなる食材だということを。



ナナ達は当然、大臣達にも次々と料理が運ばれ、皆舌鼓を打つ。

国王の様子を観察し、もう魚を食することに抵抗はない。


次に出てきたのは味噌を使ったマスのちゃんちゃん焼き。ドモンと同じ道産子のケーコは大喜び。

そしてドワーフ達は驚愕する他ない。魚であるマスはもとより、苦手だった野菜が美味しくて仕方ないのだ。


海の魚はもっと美味しいというケーコとドモンの助言もあり、海での漁業に着手することが決まり、農業にも改めて力を入れることになったのだが、それが原因でドワーフ王国の永世中立が破局に至ることになるとは、現時点で誰にも予想することが出来なかった。



「海に行けるの?やったー!ついに向こうで買ってきたあの水着が、本当の意味で役に立つ時が来たのね!」ウキウキのナナ。

「バカ、海水浴に行くわけじゃないんだぞ。あくまで魚を獲るための助言をしに行くためなんだから」料理を終えたドモンが、一服しながらワインをラッパ飲み。


「サンも水着を着て宜しいですか?御主人様」サンもニッコリ笑顔でようやく着席。

「え、サンも?おう!もちろん着ていいよ!ちなみにどれを着るんだろ?確か薄い競泳水着とマイクロビキニと幼児用のがあったけど・・・何気に幼児用のが一番過激なんだよな実は。いやぁ楽しみだな~海水浴」

「ちょっと話が違うじゃない!あとで覚えてなさいドモン!」

「冗談だって。ナナの水着も楽しみにしてるよ。もちろんシンシアも」


この国へ受け入れられたのと、ケーコに出会えたことにより、ドモンもようやく緊張感が解けていつもの調子に。

船や網の準備が整うまでの間、囚人ふたりの問題を解決し、しばらくゆっくりすることになった。



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