第243話
朝食を食べ終えた頃、大工達が店にやってきた。
店内の仕切りを外し、元のバーへと戻すためだ。
その様子を見た通りがかりの何人かは残念がっていたけれども、こればかりは仕方ない。
「おはようドモンさん」
「おはようございます!」「おはようございます!」「おはようございます!」
大工に続いて弟子の子供達も元気な挨拶。
礼儀作法も筋肉も身につけ、また少し頼もしさが増した。
「おお、おはよう。ここ終わったらスナックと保育園の解体だろ?それ終わったら給金というか、分け前渡すからみんな帰りに寄ってくれ」
「えぇ?!給金なら貴族様達から十分貰ったけども??」
「いやそれとは別で良いんだ。それにこれからちょっと忙しくなると思うから」
「ああ、別の場所にスナック街作るんだろ?話は聞いてるし、その分も貰う約束は済んでるぞ?あと他の街からも大工達を雇ったとかなんとか」
「ん?スナック街??」
確か一位の人に店を持たす約束はしている。
ただ一軒だけでスナック街を作るとは言っていない。
「待ってぇドモンさん大工さぁん!」
「おおエリーさんもおはよう」
大慌てで階段を降りてきたエリー。その後ろに隠れてサンもいた。
「も、もう壊してしまうの?あのお店達」
「すべり台のプールも・・・」
悲しい顔をするエリーとサン。
わかってはいたけれども名残惜しい。
「ああ。ここの仕切りを取った後、向こうの店が閉まり次第解体していく予定だ」と当然のように答える大工。
「ん?ちょっと待て。店が閉まり次第って、まだ営業してんのか?!朝までやるとは言っていたけど」「ええ?!」
驚くドモンとエリー。時間はもう9時を過ぎている。
ドモン達が想像していた『オールナイト』は、夜明けまでくらいのつもりだった。
「プ、プールは?プールはどうなっているのでしょう??」とサン。
「プールは昨日水を抜いてしまったよ。水が汚れていたからね。空気も抜いて今はペシャンコさ」
「ああ~」
わかりやすいくらいサンは落胆。
片付けを手伝わないとならないのに、しょんぼりと階段を上っていってしまった。
「ドドドドモンさん!見に行ってきていいかしら?!」
「俺は良いけどヨハンに聞いておいで?」
「ええわかったわ!ヨハン!ヨハーン!!」
なぜかまだスナックで働きたいエリー。
入れ代わるようにヨハンが階段をすぐに降りてきて「余程性に合ってるんだろうなぁ。少しだけ手伝ってくるってよ」と呆れ顔。
「この様子じゃこっちの店はまだ開けられないだろ?俺もスナック行って話をしてきていいかな?」
「ああ行っといで」
ドタバタと大工達が仕切りを解体している横で、ヨハンも照明を元に戻す作業を始めた。
「ねえドモン!お母さんまだ働く気でいるのよ!?信じらんない!!あの小さな店が本当に好きなのね」とナナが言いながら階段を降りてきて、続くようにエリー以外の全員が一階へ。
しょんぼりのサンはジルに慰められている。
「ゴブリンのみんなは一度屋敷に戻るだろ?荷物もあるし。あとで俺も屋敷に用があるから、それまで待っててくれるか?馬車で一緒に送ってやるから」と、ドモンがタバコに火をつけ朝の一服。
「それならば買い出ししていても宜しいでしょうか?村のみんなへ服や食料を買いたいのです」と長老。
「いいけど護衛付けなきゃ駄目だぞ?流石にまだ心配だからな。あとで騎士に頼んでおいてやるよ」
「ええ、お願い致しますドモン様」
もうすぐゴブリン達も土産を持って一旦村へ戻る予定。ゴブリン達が王都に行くのはあの騒動があったこともあり、完全に安全が確保されるまで一時延期する事に昨日決まったのだ。カールの義父と飲み交わしながら。
残念だけれども、ゴブリン達もドモンがまたあんな目にと考えれば賢明な判断で、納得する他ない。
そうして祭りも終わり、徐々に元の日常へ。
だがエリーだけは名残惜しく、まだそれを味わっていたかった。
エリーはヨハンと結婚前、ここから少し遠い小さな小さな村にいた。
その村の中でも貧しい小さな家で、身体の弱い両親と細身の兄との四人で、服にボタンを付ける内職をしながら暮らしていた。
ボタンを五つ付ければ銅貨が二枚。一分にひとつ、休みなく付ければ一時間で銅貨24枚になる計算。
食べるのにも困ることが多かったけれど、その中で何故かエリーだけがぐんぐんと成長。ただし成長したのは身長ではなく胸と尻。
そのせいで村の男達から冷やかされてもいたし、他の女性達から疎まれてもいた。
『きっと身体を売って稼いでいるのよ』と陰口を叩かれ。
家族まで一緒に村人達から蔑まされることもあり、エリーはいつも悲しい思いをしていた。
「なぁに、エリーが気にすることはない」とエリーの父。
「私達こそ悲しい思いさせてすまないねぇ」細身のエリーの母がエリーを抱きしめる。
「好きなように言わせておけば良いよ。エリーが一番だといつかみんなも認める日が来るさ」優しい兄はいつもエリーに自信を持たせてくれていた。
狭い家に小さな照明がひとつ。
小さなテーブルを囲んでの一家団欒。
その様子は今のスナックとそっくりだった。
どんなに辛くても、どんなに蔑まされても、この場所さえあれば、この家族さえいればエリーは幸せ。
そしてエリーが18歳になった日。エリーは家族にその身を売られた。
少し大きな隣街の大きなお屋敷へ。
目をそらす両親と兄に、最後までニコニコと、エリーは笑って別れを告げた。
この家にいたことを悲しい思い出にしたくない。
この家族といられたことを悲しい思い出にしたくはない。
だからエリーは笑顔で去っていったのだ。「行ってきます」と。
名目上は侍女としてお手伝いをすることだったが、実際は妾として大旦那に抱かれるだけの日々。
当然正妻や他の侍女からは嫌われ、憎まれ続けた。
エリーはそれでもただニコニコと過ごす。
そのまま一年が過ぎた頃、大旦那が汚職事件により捕まり、一家丸ごと取り潰され、幸運にもエリーは解放された。
すぐに馬車に乗り、エリーは家族の元へ。
だがそこには家族どころか、みんなで過ごしたあの思い出の小さな家すらなかった。
エリーを売って大金をせしめた家族は大きな街へと引っ越し、悠々自適な暮らしをしていたのだ。
それを村人から聞いた時、エリーはまたニコニコと、ただニコニコと・・・。
そうしてエリーはこの街までひとり流れ、ヨハンと出会う。ぶっきらぼうだけど優しいヨハンは、まるであの頃の兄のようだと感じ、エリーは結婚した。
幸せな暮らしの中でひとつだけ不満があるのは、エリーにはこの店が広すぎて、すぐにヨハンと離ればなれになることだ。
離ればなれと言っても、十数メートル程度の話だけれども。
だから昔住んでいた小さな家のような可愛い小さな店で、ヨハンとふたりで、いやナナも一緒に家族三人で居られたら・・・とずっと思っていたのだ。
しかし今となってはヨハンも大事だが、その小さな店自体にすっかり心が奪われてしまった。
もちろんヨハンと一緒に働ければ良いのだけれども。
それにどこに居ても必ずヨハンはここで待っていてくれるから、必ずここで「おかえりエリー」と迎えてくれるから、エリーは安心してニコニコと、心からニコニコと笑って自由に生きていけるのだ。
ドタドタと慌てて階段を降りてきたエリーは、朝だというのにとんでもない格好で、思わず大工達が一斉に吹き出した。
「ヨハン、いってきまーす」
「おお行ってらっしゃい」
スイングドアを開けエリーが外へと飛び出した瞬間、スナックのママさん達とテラス席で鉢合わせをし、たった今閉店したことを知った。
「お、おかえりエリー・・・」
サンと同じくらい落胆したエリーに、ヨハンはいつものように、そう声をかけるしかなかった。
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