第48話

「大宴会場、いや体育館だなこりゃ」


食堂に到着してドアを開けた瞬間ドモンは驚いた。

騎士達や侍女達も利用する食堂で、いざという時は避難民もここで食事をすることを想定しているということで、デパートの社員食堂くらいの大きさはあるだろうと想像はしていたが、その想像を遥かに超えた大きさだったのだ。


貴族達は普段食堂で食事をすることはないが、今回ばかりはドモンの指示であるので仕方ない。

貴族の子供達は、中を走り回っては侍女に捕まり席に戻される。

それが楽しくて、大人達の目を盗んでは席から脱出し、また走り回っていた。


そんな子供らがドモンの姿を見つけると、みんなまとめてドモンの周りへと集まってくる。


「ドモン!なんとかサンドというのは出来たのか?」

「ねえそれって鶏肉をパンで挟んでいるのよね?」

「ドモンさん、僕の隣りに座ってよ」

「またタバコを吸ってたのね?!私の言う事を聞きなさいって言ったでしょ?」


あっという間に大騒ぎである。

そこへ追いついたナナもやってきてドモンの横へ立つ。


「ドモンは私の言う事を聞くのよ!あなたじゃないわ!」とナナが睨みを利かした。

「何よ!私よ!」と女の子がナナを睨み返す。

「私です!」

「私だって言ってるでしょ!」


13~4歳の女の子を相手に本気で言い争うナナ。


「ドモンはね、毎日私と水浴びをしてるの。私がぜ~んぶ洗ってるのよフフフ」とナナが余計なことを言い出し周囲がざわつく。

「すごい」だの「羨ましい」だの「あの歳で洗ってもらってるなんて」という嘲笑まで耳に入り、ドモンの耳が赤くなる。


それを女の子は意にも介さず「あら水浴びとはドモンが可哀想ね。ドモン、一緒に温かいお風呂に入りましょう。体は侍女達に洗ってもらいなさい」と返した。


温かい風呂という言葉につい心が傾くドモン。それよりも『侍女達に洗ってもらう』という部分を想像してニヤニヤとしていた。

それを見て焦るナナ。


「ド、ドモンは私じゃないと元気にならないわよホホホ。それにあなたじゃドモンをスッキリさせられないわ」と、この屋敷のほぼ全員が集まるこの場所で爆弾を落とした。


「おいちょっと・・・」

「そうなったドモンは凄いのよ?!それはもう獣のように鷲掴みにしてきてパンパンと私のおしモガガガ!!」


ドモンが慌ててナナの口を手で塞いだが、時すでに遅し。冷たい視線がドモンに突き刺さる。

そんな視線を気にもせず、またスーハーとドモンの手の匂いを嗅ぎ恍惚の表情を見せたナナが「これ好きぃ~・・・」とうつろな目。


何か大切なものを失った気がしているドモンに女の子が「わ、私の口も塞ぎなさい!」と命令し、無表情のままドモンが反対の手で女の子の口を塞ぐ。


「スンスンスンスゥ~・・・ああ許してドモン・・様・・」

「スーハースーハー・・・ああドモン~ドモン好きぃ~」


二人に増えてしまった変態をポイっと捨てて、ドモンは何もなかったかのように席に着いた。

子供らも慌ててドモンを追いかけ同じテーブルに着き、ドモンにポイ捨てにされた二人もヨロヨロと支え合いながら席へと着く。


「あれは駄目ね・・・女性の手みたいなのにまるで抵抗できなくなるのよ」と女の子がナナに囁く。

「そうなのよね。人を魅了して服従させる悪魔的な隠れスキルがあるとしか思えないわ」とナナも女の子に囁き返す。

「よく俺を間に挟んでこそこそ話が出来るなお前ら。聞こえてるからな全部」と呆れるドモン。



そこへカールと一緒に、侍女とコック達が料理を持って現れた。

その顔は自信に満ち溢れたものだった。


「皆様お待たせしました!ドモン様のチキンカツサンド仕上がりました!」とコック長が爽やかな笑顔を見せる。

「いや俺のじゃねぇし」と苦笑するドモンだったが、ナナが「この世界ではそれで間違いないわよ。素直に受け取っていいと思うよ?」と諌めた。


「まずは貴族の皆様から配膳させていただきます」と侍女達に目配せをするコック長。

その言葉で侍女達が素早く動き出す。が、突然ドモンが立ち上がり「ちょっと待った!!」と叫んだ。

驚く侍女とコック達。そして貴族も。



「とりあえずみんなこっちに集まってくれ。貴族達だけじゃなく騎士も侍女もコック達も。はい急いで!」

「今度は何だというのだ?!」とドモンの言葉にカールも驚く。


「はーい、じゃあ4列に並んでくれ。貴族だから前を譲るとかなしで、近くにいる人から順番にな」とドモンが言うと、食堂内がざわついた。

貴族の前で、当然のように前を譲ろうとしていた侍女が気まずそうな顔を見せている。

そうして貴族の子供達4人をちょいちょいと呼び寄せるドモン。


「さあお前らは今日の給食当番だ」

「給食当番?なにそれ??」


ドモンの言葉に首を傾げたのは子供達だけではなかった。その場にいる全員がポカンとしている。

「お前らがみんなに食べ物を配るんだよ。ちょっと子供らにエプロン貸してやってくれるか?」とドモン。


「そ、そんな事させるわけにはいきませんよ!!」

「なぜそうなるのだ?」

「わ、私達がやりますから!!」

「どうしてなのドモン??」


全員が喧々諤々となり収集がつかない。


「いいからいいから!まあお前らも楽しいから一度くらいやってみろ。な?」

「ドモンがそう言うならやってみるよ」と男の子。

「し、仕方ないわね」とドモンの言葉に女の子も渋々了承した。


侍女が付けているひらひらのエプロンを付けてもらう子供達。

もちろんエプロンを着けるのは初めての経験で、子供達はワクワクしていた。


「あとは髪の毛だな。白いナプキンみたいなのあるか?」

「こちらでよろしいでしょうか・・?」

「おぉこれはちょうどいいな」


ドモンはそばにいた侍女から白いナプキンを受け取ると、子供らにバンダナを巻くように頭に結んだ。


「か、かわいいですお嬢様!」

「そ、そう?」と侍女の言葉に満更でもない女の子達。

クルッと回って二人でニッコリ笑いあった。


「おぉ・・・なぜかわからんがなかなか凛々しいなこれは」と例の叔父貴族。

「これが凛々しいの??」と男の子は不思議顔。


「ずっと子供だと思っておったが・・・初めて仕事をするのだな」

「息子さん?」

「ああそうだ」

「ちょっと借りるぞ。皆のために働く姿を見てやってくれ」

「ああ・・・」


ドモンと会話しながら薄っすらと涙ぐむ叔父貴族。

正直給食当番如きで涙ぐむのはどうかと少し笑ってしまったが、基本過保護に育てられたこともあり、まだまだ子供だと思っていた節もあるのだろうと、ドモンはその涙の意味を想像する。

事実、自力で大豆を売って稼いで母親を助けようとしていたジャックとは、精神年齢がまるで違っていたのだ。


「いいかお前ら、いくつ欲しいかきちんと聞いて、トングでお皿に盛って渡すんだ。ひとり3つまでっていうことも忘れるな。いいな?」

「はい!」


ドモンの言葉に良い返事をした子供達。

横に4人並んで注文を受け始める。

が、皆が躊躇してしまい流れが止まってしまった。


「ほら!いらっしゃいませ~と元気に言ってあげないとみんな注文できないみたいだぞ?」

「わかった。い、いらっしゃい・・・ませ・・・」

「もっと大きな声で!」

「いらっしゃいませ~!!」


子供達が今できる精一杯の勇気を振り絞る。

給食当番というより文化祭のようだったが、それはそれでまた楽しいもんだとドモンが微笑む。


「あ、あのふ、ふたつ下さい・・・あの・・・申し訳ありません」侍女も勇気を振り絞る。

「う、うん」とまだまだ戸惑いが消えない男の子。


「そこは『うん』じゃなく『かしこまりました~』とか『よろこんで~!』とニコッと笑え!」

「よ、よろこんで~?!」


ドモンにそう言われ、赤い顔をしながら返事をした男の子が、お皿にトングでチキンカツサンドをふたつ乗せて手渡す。


「いらっしゃいませ~!」と女の子達も声を出す。

女の子達はすっかりやる気になっていて、すでに様になっていた。

実はおままごとでこんな遊びをしていたこともあり、この状況を楽しんでいる。


「随分嬉しそうにやってるな。仕方ないわねとか言ってたくせに」

「3つですね!少々お待ちください。ドモン邪魔しないでよ忙しいんだから」

「へいへい」


ちょっかいをかけて怒られるドモン。

ナナがドモンの横に来て「うちの店でもすぐに働けるわね」と囁いて笑う。


「い、いらっしゃ・・・いませ・・・」

「私にも3つ貰えるかな?」

「は、はい・・・かしこまりました!」


叔父貴族が息子に盛り付けてもらった皿を受け取り「ありがとう。頑張れよ」と声をかける。

これが息子に言った初めての『ありがとう』の言葉。

父親からそんな言葉を受け取るとは想像もしていなかった息子が涙ぐむ。

それをたまたまそばで見たコック長が、壁に向かってなぜか男泣きをしていた。



「さてそろそろ俺達も並ぼうか」とドモン。

「そうね。カールさんやコック長さんも一緒に並びましょう」とナナ。

「フフ、そうだな」

「はい、では失礼ながら私も」


そう言って列の後ろに並ぶ。

カールの前にいる騎士がワタフタしていたが「かまわぬ」とひと声。


「ちょっとドモン!なんであの女の子の列に並んでるのよ!」

「いや成り行きだよ。じゃあこっちでいいや」


ナナのつまらない嫉妬に辟易としながら別の列に並ぶドモン。


「そっちも女の子の列じゃないのよ!節操なしのスケベオヤジ!」

「意識してたわけじゃねぇって」

「ほら無意識に女の方にフラフラ寄っていってるんじゃない!いつもそうなのよ!」

「なんだこのわからず屋のクソおっぱい!」

「なんですって?!あんたが私と毎日どうやって寝てるかみんなに言うわよ!!」

「言うな!!絶対に!!」


ドモンとナナの痴話喧嘩が始まってしまい騒然となるも「よさんかお前達!馬鹿者共め!!」とカールの一喝でなんとか場は収まった。


「カールさんと同い年とはまるで思えないわ」とナナが頬を膨らます。

「人をガキみたいに扱うな」

「子供と変わらないでしょ!見てみなさい。カールさんはほら・・・立派なおじさんって感じなのに」

「え~?そんな事あるわけ無いだろ。そんなバカな。おじさんって言ったって同い年なんだからそこまで変わるわけな・・・ホンマや!本当におじさんだ!」


カールの顔を指さして、同時にアハハハと笑い出す二人。笑いを堪える周囲の人。

直後ゲンコツがドモンとナナの頭に一発ずつ落ちる。


「いたーい!」

「な、殴ったね!親父にもぶたれたことないのに!」

「元々貴様は父親に会ったこともないと言っていたであろうが!それよりも先日の事件で散々殴られておったではないか!」

「あれ?そうだっけ?今殴られて記憶無くなっちゃったかな?」

「もう一発殴って思い出させてやろうか?」

「あー大丈夫大丈夫思い出したわ。てか怪我人になんてことすんだよ」

「貴様は殺しても死なんわ」


ドモンとナナのふざけたやり取りに巻き込まれたカール。

だが皆その意外な一面を見て、今まで以上に親近感が沸いていた。

貴族と言えども、領主と言えども、やはり自分と同じ人間なのだ。


本来であればきっと仲間達とこうしてじゃれ合い、楽しく過ごしていたい時もあったはずだ。

しかしその立場故にそれが許されなかった。

長い者は数十年仕えている者もいたが、このような姿を見るのは初めてであった。


それほどまで自分を律して生き続けていたことに畏敬の念を抱きつつ、その別の姿をあっさり引き出してみせたドモンに感服していた。



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