第49話
列の最後としてドモン達が子供らの前に立つ。
「はいいらっしゃいませ~・・・はぁ」
「あんた露骨に嫌そうな顔するじゃない」
「ドモンは最初こっちに並んでたのに」
「残念でした~はい私3つね」
女の子相手に、ナナがまた大人げない態度を見せる。
「ドモンさんはいくつですか?」
「俺はひとつ。ちょいちょいつまみ食いしちゃったからな」
もうひとりの女の子が「はーい」と嬉しそうに皿に盛り付けドモンに手渡す。
ドモンよりも散々つまみ食いをしたナナは「私はほら!そ、育ち盛りだから・・・」と誤魔化したが、「育ってるのは胸だけじゃねーかよ」とドモンに呆れられる。
「あなたまだ育ってるのそれ」と女の子。
「母親が言うにはまだ成長中らしいぞ?母親のエリーはこれの倍はあるんだよ。それにはどこかの領主様も目が釘付けになるくらいだからな」
ドモンの言葉に、子供達からジトっとした目でカールが睨まれプルプルと震えていた。
流石に悪い事をしたと思ったドモンはすかさずフォローする。
「でもまあ、あれは見ない方がおかしいくらいだから仕方ない。エリーにおっぱいが付いてるんじゃない。おっぱいにエリーが付いてるんだ」という言葉に「あながち嘘ではない」とカールも頷いた。
「ちょっと私のお母さんのこと何だと思ってるのよ!カールさんまで!コック長も何よその顔!」
ナナが文句を言いながら皿を受け取る。
「私も3ついただこう」
「は、はいよろこんで」
「私は2つお願いします」
「はいかしこまりました」
カールとコック長も皿を受け取る。
「じゃあカール、子供らと代わってやってよ」
「・・・うむ、そうだな」
皆もう驚くことはなかった。
ドモンがそう言うなら、それはそうなるということを理解したからだ。
「やったぁ!3つください!」
「僕も3つで」
「私はふたつで」
「私もふたつにしてください」
カールからお皿を受け取る子供達。
「お前らは好きなだけおかわりしていいからな?働いた者の特権だ。それが今回のお前らへの給料みたいなものだ」
「やった!」
「頑張った甲斐があったわ」
おでこの汗を拭きながら爽やかな笑顔。それを見てドモンもニッコリ笑う。
「これを毎日朝昼晩とずっとやってるのが、料理人や侍女達なんだぞ。普通の家だとお父さんやお母さんだけどな。目の前に飯が運ばれてくることが当たり前だと思ってなかったか?きちんと感謝しろよ?」
「あ・・・」
ドモンにそう言われて子供達は気がつく。
何かを得るには働かなければならないこと。今まで食事が出るのは当たり前で、それに対してどれだけ甘えていたのかということを。
食事を配るだけでも大変だったのに、全員の分を作って運んでとなれば、それがどれだけ大変なことなのか。
少し子供らがしょんぼりしてしまい、説教臭くなってしまったことを反省するドモン。
「だから感謝しような。そしてその感謝をお前ら子供達が態度で示すには・・・美味しく食べて元気に育て!それが一番の感謝の仕方だ」
「はい!!!」
「さあみんなも食べてくれ!はい、いただきます!」
「いただきま~す!」
ドモンの掛け声で、子供らがチキンカツサンドにかぶりつく。
それを見た大人達もウンウンと頷いてから一斉にかぶりついた。
「うわっ美味い!」
「凄いわ!なにこれ??」
「私おかわりしちゃうかも!」
「僕もこれならいくらでも食べられそう」
すぐに子供らが大騒ぎとなる。
大人達の反応は様々。
感嘆の声を上げる者、ただ黙々と口に詰め込む者など。
ナナは相変わらず「んーんー」と叫ぶのみ。
「やはり間違いないですな」とドモンの斜め前に座るコック長が納得の表情。
「想像を遥かに超えておる。流石としか言いようがない。此奴を褒めるのは悔しいがな」と、コック長の隣りに座って食べていたカールがドモンを睨む。
そこへ叔父貴族がつかつかとやってきて「ドモンよ、3つではまるで足りぬぞ」と笑顔で文句を言うも「おかわりできるのは僕達だけだよ?」と息子が権利を主張し「そうであったな」とまたニッコリと笑った。
「まあ作り方は覚えたからな」とグラもやってきてコック長に親指を立て、コック長もそれに笑顔で応える。
「ドモンよ、いやドモン殿、食事だけではなく子供達の事も感謝をしたい。いくら本を読んでも得られない貴重な経験を積めたと思う。子供達にとっても、そして我らにとっても勉強になった」
そう言って叔父貴族はドモンに頭を下げた。
「やめときなって。頭を下げるほどのことじゃないよ。相手の事を思いやるには相手の立場になって考えればいい。それを知ってもらいたかったんだ」
「私達にも欠けていた部分であろうな。コックや侍女達だけではない。もっと領民の立場になって考えねばならぬのだ」
ドモンの言葉にカールが更に言葉をかぶせる。
カールはヨハンの店で領民達と同じ目線で交流し、本当の領民の気持ちを知った。
グラも自らマヨネーズ造りをして食事を振る舞う経験をし、その大変さを知った。
今度は子供達、そしてその子供達を通じ貴族達も知る。支える者がいてこそ、我らは成り立っているのだと。
「そんな大げさなものじゃないってば。たまには役割入れ替えてみたら楽しいだろ?相手の事も分かるし。俺は貴族の仕事は絶対にやりたくないけどな」
「どうして?」と食べ終わったナナがドモンに聞く。
「立ち小便できなくなるだろ」
「ぷっ!カールさんが街でそんな事してるの見つかったら大変そうね」
「そういう事だ」
そう言ってドモンはまた外へタバコを吸いに行った。
カールから貰った細い葉巻型の高級タバコである。
小柄な侍女から灰皿を受け取ったナナがドモンの後を追っていった。
「ふっ・・・またくだらぬことで茶化しおって。しかし健康保険の事は早急に決めねばならぬな」とカール。
「領民達が切望しておるからな」
「出来る限り領民達の話を聞いてこようと思う。それが負担にならぬようにせねば」
「医者の手配もしておかねばならぬ。もっと気軽に医者に診て貰えるようにするのだ」
「ある程度の見切り発車は仕方あるまい。領民の事を考えるならば財政負担となっても最優先するべきだ」
「領民達の不満も聞こう。そこを改善していくべきだ」
食堂の一角で貴族達の会議が突如始まってしまった。
居ても立ってもいられなくなったのだ。
たった半日だけで歯車が大きく動き出す。
何かを変えるにはまず上が変わらなければならない。
それをドモンは半日でやってみせた。
この日、この街は大きく変わることとなった。
「ドモン様!ドモン様~!」
数名の騎士が大慌てでドモンを探し外へとやってきた。
玄関の外の階段でタバコを吸っているドモンを見つけ「ここにおられましたか!」と片膝をつく。
「やだ!ドモン貴族様みたい!」とナナが笑う。
騎士達は大真面目な顔をして「いくら私達でもこのくらいの分別はつきます。偉い方が導くのではなく、人を導ける方が偉いのです」と片膝のまま頭を下げた。
「重要なのは身分だけではありません!」
「カルロス様を導ける方に無礼な態度など見せられませんよ」
仰々しい騎士達の態度に「何のことだよ・・・」とドモンが煙を吐きながら頭を掻く。
「ドモン、本当に貴族になっちゃったんじゃないの?」と言うナナに「よせよ、さっき嫌だって言ったばかりだろ」とドモンが怪訝そうな顔をした。
「た、たった今、不敬罪を無くすことが決定したのです!」
「はぁ?!」「えぇ?!」
「領民の立場に立って正直な意見を聞くにはそれが邪魔だと!」
「先程のドモン様のお言葉で・・・」
「貴族の皆様が満場一致でそうする事が一番だとおっしゃられていました!」
驚くドモンとナナに、矢継ぎ早に言葉を繰り出す騎士達。
涙ぐんで言葉に詰まる騎士までいた。
「す、凄いじゃないドモン!そこまで計算して子供達に配膳をさせたのね!」
「私達も感服いたしました!!」
「この街はきっと・・・いえ必ず良い街へと変わります。この世界のどの街よりも!」
ナナと騎士達が感嘆の声を上げる。それに対しドモンは、
「え?あ、あぁはい・・・うん、え?そうだな。それは良かった」
と、ヘラヘラと笑って空に煙を吐いて誤魔化していた。
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