第47話
もぐもぐと口の中にチキンカツを詰め込みながら「ドモ~ン!」とナナがドモンを追いかける。
まだつまみ食いをしたかったが、それよりもドモンと一緒にいたかった。
「つまみ食いしたな?」と玄関を出てすぐの階段に座りながら、ドモンが振り向きもせずにそう言ってタバコに火をつける。
「しへないよ~」と口をモグモグしながら誤魔化し、ドモンの横に座って左腕に絡みついた。
「料理手伝わなくて平気なの?」
「平気だろ?みんなやりたそうにしてたしな」
「確かにみんな目がキラキラしてたよウフフ」
そう言ってナナは思い出す。ナナが初めて母に料理を教わった時の事を。
野菜と鶏肉を使った簡単なスープだったが、覚えた料理を自分で作って早く父に食べてほしくて、まだ夕方にもなってもいないのに晩ごはんを作ってしまったのだ。
その時のヨハンとエリーの顔を今でも覚えている。
コック達は今きっとそんな心境なのだろう。
「カールさんも唸ってたわね」
「フフ、そうだな」
「あー楽しみだなぁ!」
「お前は散々食ってただろ。唇がテッカテカだぞ?」
「そうだけど違うわよ!みんながドモンの料理食べるのが楽しみなの!みんながドモンの料理を美味しいって言ってくれると嬉しいのよ」
ドモンが褒められると嬉しい。ドモンが傷つくと悲しい。
その気持ちが日に日に強くなってくるナナ。
「ほら・・・家族が褒められると嬉しいもんじゃない」と照れた。
「ふ~ん、そういうものか」
ドモンは正直それがわからなかった。きっとそういうものなんだろうとは理屈では理解はしていたが。
まだ家族というものがどういうものなのかがはっきりとしていない。
家族として認めてくれたのは嬉しいけれど、そこまでの感情は理解できていないのだ。
母や祖父母、いとこなどは北海道弁で話をしていたが、ドモンだけは標準語であった。
なぜならドモンは物心をついた頃、テレビを見て言葉を覚えていたからだ。
父親は話したこともなければ、名前や顔も知らない。
母は仕事に行くと夜パチンコをしてから帰ってくる。そしてそのまま疲れたと寝てしまう。
だからずっと一人ぼっちだった。
保育園にいた時も母が迎えに来ず、夜8時過ぎの真っ暗な園庭の砂場で、いつも一人ぼっちで待っていた。先生もみんな帰ってしまうのだ。
今では子供を置いて帰るなんて当然考えられないことだが、45年前はそうだった。
通りかかった人が暗闇にドモンを見つけ、悲鳴を上げて走り去っていく。ドモンはそれが楽しかった。
その保育園でも『とある事件』をきっかけに、ドモンは一人ぼっちになっていた。
家にいても保育園にいても結局一人ぼっち。
だから他人が喜ぼうが悲しもうが関係がない。ナナのような感情がない。
もしナナが褒められていても、そこらの他人が褒められてるのを見ているのと一緒の感情なのだ。
そんなドモンが持つ感情を、ナナもまた知らない。
「ねぇナナ」
「なぁに?」
「俺、家族を持ってみたい」
「え?」
ドモンは素直に打ち明ける。プカプカと煙を空に吐きながら。
「俺には家族が何かまだわからない」
「えぇ?!」
突然のプロポーズかと思い、一瞬浮かれたナナが驚きの声を出す。
タバコを消しながら、ドモンが子供の頃の話をするとナナは泣いた。
「あのね・・・前にも言ったけど、私はあなたの家族よ」
「うん」
「ねぇ結婚しよう?そして家族を作ろうね。たくさんたくさん」
「うん」
「この屋敷みたいにみんなでワイワイと仲良く暮らして、子供が喜ぶ顔を見てドモンが喜べるように・・・」
それ以上ナナは言葉を続けることが出来なかった。
嗚咽がこみ上げてしまい、もう息をするのも苦しい。
しかしそれでもまだ気持ちを伝え足りなかったナナは、両手でドモンの頭を掴んで強引に振り向かせ、思いっきりキスをした。
「お前涙と鼻水でビッチャビチャだし、唇も油でギットギトでばっちいなぁ」とドモンが笑った。
「あとで私が洗うからいいの!」と涙を拭いながらナナが微笑む。が、すぐに涙が溢れる。
「いやあとでじゃなく今洗わないと・・・お前の顔も酷いぞ」
「そうね!じゃあ今すぐ水浴びしましょう!さあほら早く!ハァハァ・・・」
「待て待てちょっと待て!ここをどこだと思ってんだよバカ!おい脱ぐな!!」
色々な感情の限界を迎えたナナがすっかり壊れてしまい「うるさい!ドモンは私の言う事聞くの!私の方がドモンの事知ってるんだから!」と馬乗りになり、ドモンの服を脱がそうとしているところへ「いかがなされた?!」と騎士達が大慌てで駆けつけてきた。
パンを買いに行き、戻ってきたらこの惨状だったのだ。
「ナ、ナナが一緒に水浴びをさせろと急に脱ぎだしちゃって・・・」とドモンが理由を話すと「夫婦喧嘩というわけではないのですね?」と騎士が少しホッとする。
騎士が持っていたハンカチでナナが顔を拭かれながら「ウフフ夫婦だなんて。すみませんね、うちの旦那がご迷惑をおかけしちゃって」と笑う。
「迷惑かけたのはどっちだよ」とドモンも顔を拭かれながらヤレヤレのポーズ。
ドモンは家族を持つ大変さを妙な形で知ってしまった。
それからしばらくすると「ドモン様!そろそろ仕上がりそうです」と、小柄な侍女がドモンを呼びに来た。
ナナに手を貸してもらい「よっこいしょー」と立ち上がったドモンが、のんびりと厨房へと向かう。
「プッ!もう・・・やっぱりおじさんなんだから」とナナが吹き出す。
「仕方ないだろ。でも異世界に来て若返りはしなかったけど、寿命が伸びたとかないもんかな?神のご加護でハイエルフ並みの寿命になったとかよくある話なんだけど」とドモン。
「それは本の話でしょ?そんな都合のいいことはないとは思うけど、一応帰りにギルド寄ってステータス確認してみる?」
「そうだな。面白そうだから見ていこうぜ」
あんなステータスであっても、ドモンは案外それを楽しんでいた。
元の世界でも体重計に乗ったり、体脂肪を測ったり、血圧を測ったりするのが好きだったのだ。
「ナナは痩せてるけど30%は余裕でありそうだな。エリーは40%くらいある気がする・・・」と小さな声で囁くドモン。
「何が?なんかまたお母さんに負けた気がするんだけど?」とナナが怪訝そうな顔をしたが「そんな事ないから気にすんな」と真顔で答えて厨房に入る。
入るなり「ドモン様チキンカツ仕上がりました!出来栄えをご確認下さい!」とコック長が笑顔で迎えた。
他のコック達も揚げ物の技術を身につけ、満足そうな表情。
何名かは火傷をしたようだったが、名誉の負傷として笑顔をみせていた。
「おぉいい色だな」と、チキンカツをひとつまな板の上に置いて半分に切るドモン。
流れ出す肉汁と火の通り具合を確認し親指を立てる。よしっ!とあちこちから声が上がった。
「パンを・・・そうだな、今回は上の部分を半分に切ってホットドッグのような形にするか。キャベツの千切りをこのぐらい入れてチキンカツを挟む。マヨネーズも忘れずに」と言いながらひとつ見本を作る。
ドモンの周囲に集まったコック達が頷き、一斉に各持ち場へと散っていった。
「いやぁ見事な連携だな。さすが貴族お抱えの料理人達だ」
「まだまだ勉強が足りぬよ。貴様に勝てる奴はおらん」
ドモンの言葉に真剣に答えるカール。
実際ドモンの世界では一般の家庭でもやる料理とは言え、ドモンの料理の手さばき自体があまりにも慣れている動きだったのだ。
それもそのはずドモンの料理歴は40年以上。小さな頃から自分で作り続けていたのだから当然の話であった。
「でも普段のドモンはもっとちゃっちゃと作るのよ。今まだ怪我してるから・・・」とナナがドモンの手を持って擦る。
それを聞いた数名のコックとカールがハッとした。
「とんでもない料理人を抱えおったな、お前の店は」
金で動かず地位にも興味がない。
今こうして料理をしてくれたことが、幸運すぎるほど幸運なのだとカールは思う。
ナナが連れてこなければ一生食べることがなかったと思われる物が、次から次へと出てくる。
その一品にカールは金貨10枚を払い、グラも領民への奢りではあるが金貨を20枚出したのだ。
そのような料理が当然のように食卓や店に並ぶ、その価値は計り知れない。
そんな大仰な事をカールが考えているとはつゆ知らず「えへへ~いいでしょー」とナナが呑気に自慢した。
「このおっぱいに釣られちゃったんだよ」とドモンが笑うと「ドモンに逢って初めて大きくて良かったと思ったのよ。えへへ」とナナが照れながら頭を掻いた。
「仕方のない奴らだ」と呆れるカールに「本当に仕方のない奴はどっちかみんなに見てもらおうか?」とドモンは懐からスマホを出すと「やめんか!!」とカールが大声を出し、コック達がビクッと驚き手を止める。
「いやこっちの話だ!すまんな」と声をかけホッとするコック達。ナナがプププと口を手で抑えて笑った。
「ここはもう良いから食堂に行っておれ!秘蔵のワインをすぐに用意させる!くそ!」
「おう悪いね。あとタバコの買い置きも少なくなっちゃってさ・・・」
「極上の物を死ぬほど持たせる!吸いすぎて死ぬぐらいくれてやるわ!この悪魔め!!」
「え?そう?いやぁ悪いねぇ」
何食わぬ顔でドモンがカールから酒と煙草をせしめて食堂へと向かった。
「なんかごめんなさいねカールさん」とナナが代わりに謝るが「ふん!初めから土産に持たせようとしたものだ」と強がる。
ナナはホホホホ・・・と上品に笑いながら、ドモンのあとを追いかけていった。
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