第217話

二日後、ドモンは屋敷に呼び出された。

騎士がやってきてそれを伝えられた時には、思わず「ですよねー」と薄ら笑い。


「早く早く御主人様!奥様も!」

「サン、そんなに慌てなくても・・・ドモンは今トイレよ」


今日のサンの格好はメイド服ではない。

スポンと脱げる、ドモンが買ってきた子供用のワンピースだ。

もちろんすぐにビニールプールに入るため。


「早くぅ!御主人様!」

「うわぁ!サン開けるな!!」

「私が洗ってあげますからもう早く!!」


携帯用洗浄機を片手にトイレに飛び込んだサン。

この家の二階のトイレには鍵がない。


「はい!腰を少し上げてお尻をこっち向けて!」

「ダメダメ!ああ・・・洗浄の刺激でもう一度・・・サン出ていってくれ!ドアを締めて!」

「あぁ御主人様我慢してっ!早く行きたいのに!きゅってしてとめてください!」

「み、見ないでぇ~!あー」


これから屋敷に行って人生が終了するかもしれないのに、一足先に人間を終了してしまったドモン。

目の前ではっきりと何かが出てくるのを見てしまったサンも少しショック。


「く、臭くないです・・」

「嘘つけ!!」

「何やってるのよあんた達・・・くさっ!くっさぁ!」


ナナまで様子を見に来てドモンにとどめを刺した。




この日も開店前から店の前には大勢の客でごった返し、テラス席では「いつ祭りが開かれるのか?」と大騒ぎ。

ナナにスーツを着せて接客させるだけの軽い冗談のつもりだったが、エリーがなぜか乗りに乗ってしまったために、もうあとには引けなくなった。


店の売上も連日記録更新続きで、ヨハンもまあいいか!と覚悟を決めた。

エリーは夜に様々な服の試着を繰り返し、随分とその日を楽しみにしている様子。


着替える度にヨハンも毎度興奮してしまい、妙な声が二人の部屋から響くことに。


二十年以上の結婚生活の中、ここにきて夫婦仲が最高潮を迎え、エリーの機嫌も最高潮。

夜中にこっそりドモンとナナの部屋にやってきて、「ヨハンに見せる良い服ないかしら?ウフフ」と相談し、ナナの服をいくつか拝借していった。

ついでに100円ショップで購入した口紅やファンデーションをプレゼントすると、大喜びで化粧をし、ヨハンを更に喜ばせる。


そんなエリーにドモンも鼻の下を伸ばすので、対抗心でナナまで少しスケベな格好に。もちろん化粧もした。少しやりすぎではあるが。

ケーコと一緒に買ったブラジャーを付け、まともに買い物ができないと言っていた例のピッタピタのワンピースを着たナナ。

これにはドモンも我慢できず、ナナの胸へと何度も飛び込み鼻息を荒くさせる。サンまでそれに対抗してミニスカートをふたつ折り返して、更に裾上げした。



気分はすすきの祭り前夜祭。



そんな気分も屋敷に到着するなり、全てが吹っ飛んだ。

大方の予想通り、カールが大激怒していたためだ。


「だから本当に誤解なんだってば!!いてぇ!頭は叩くな!傷が!」

「貴様ら!!何がすすきの祭りだ!!もう街中で噂になっておるぞ!!」


到着するなり、エントランスでカールに詰め寄られたドモン。


「いやいや、ほらナナのスーツあっただろ?あれで接客するってだけの話だよ」

「嘘をつけ!皆が裸で接客する祭りだと聞いておる!」

「えぇ?!それは本当に誤解よカールさん!」


ナナも慌ててドモンをフォロー。


「む?他に若い娘やドモンが以前行った怪しげな店の女共も呼び、店の周りも巻き込んで、そこら中で妙な店を開くと聞いでおるぞ?」

「どこでどう尾ひれがついて伝わったんだよ。それこそすすきのじゃあるま・・・なるほど」

「なるほどではない!!」


自分の領地がとんでもない事になるとカールはカンカンである。


「それだけではないぞ?なぜ俺やカルロスまで接客するという話になっているんだ?」とグラ。

「はぁ??」

「まあ手伝えばあのスーツを俺にも寄越すという話には少し心が揺れているけれども」

「言ってない言ってない!なにそれ??何だよその話は!?」


よく見れば、カールはドモンが買ってきたあのスーツを着ていた。



ほんの少し前、グラが「兄さん、ぼたん鍋というのを知っているか?あれは美味かった。口の中で肉がとろけるんだよ」と自慢され、十数分後、カールがこのスーツを着てグラの部屋へやってきたのだ。


「そんな食べ物如きでそれだけ喜べる貴様が羨ましいわ」

「おい兄さん、それザックがドモンから借りたスーツでは・・・」

「よく見ろ。形が少し違うだろう?これは私のだ」

「どういう事だ!」

「私の、いや、私の家族の分の異世界の礼服や普段着をドモンに買ってきてもらったのだ」

「ふ、ふざけるなよ?!そんな事許されてたまるか!!」


そんなやり取りがあったとドモンが聞かされ、ジロッとカールを睨む。

少しだけ気まずい空気になり、カールの怒りも多少緩和された。


そこへ入ってきた例の噂話。


『屋敷連中に異世界の服を渡して接客させるとドモンが言っている』と伝わっていて、その時点でグラの脳内では『店を手伝えば異世界のスーツが手に入る』と変換された。


こうしてこの日ドモンが屋敷に呼び出される事になったのだ。



「違う違う!もう最初からほぼ全部が違うんだよ!」

「何だ今更」


もう覚悟は決めていたグラ。

みんなのためにマヨネーズも作ったこともある。

それにある意味王室御用達ともいえるヨハンの店であれば、多少のことは皆も納得してくれるだろうという算段であった。


そこへ「おおサンよ、もう平気であるか?」と義父も合流。

長老とザックやジルも従えていた。


「あ、はい!もう平気です・・・・お、おじ、おじいちゃん・・・・」サンは真っ赤な顔。


先日夫婦間の関係のやり取りをサンとドモンが行った際、義父も「ナナが私のことをそう呼んでおるのだから、サンもそう呼べば良い。いや、次に会った時には必ずそうするのだ」と無理矢理押し付けたのだった。


向こうの世界で言うなら、皇族の、前の年号を支えていた例の御方に仕えていた者が、いきなりその本人に「おじいちゃんと呼べ」と言われて呼ぶようなもの。


最初から「お爺さんだったからおじいちゃん」と言い切ったナナは流石だ・・・と考えているドモンは、自身が「クソジジイ」とまで呼んでいることをさほど自覚していなかった。



「それよりもドモンよ、貴様に少し話がある故、今すぐ私の部屋まで来い」

「ヤダよ」「私も行っていい?」

「ナナならば良かろう」


ドモンの返事を無視して義父とナナとの間で会話は進む。


「ご、御主人様!あのあの・・・」サンがモジモジ。

「ああ・・・ジル、例のプールはまだ出してあるの?」

「準備出来ておりますよ!午前中が女性の番なので今ならすぐにサンも入れるよ!」


ジルがドモンとサンにそう答えるなり、うるうるとした目でサンがドモンの顔を見つめた。


「ほら早く行っといで」

「はい!!ジルいこ!!」


わーっと駆け出したサンを見つめる義父の目尻は下がりっぱなし。

子供服を着たサンの可愛さは増すばかりである。


それを見送りながらドモンとナナが義父に連れられていく。

まだまだ言いたい事がたくさんあったカールとグラだったが、ここはドモンが義父に一旦救われた形となった。



「それでその祭りというのはなんなのだ」

「それは止めろって事?それとも・・・」

「フフフ」

「それは楽しみってことねおじいちゃん」


義父のニヤニヤとした顔を見たナナがヤレヤレのポーズ。


「それにしてもなんだってそんな話になったのだ?」

「今回はお母さんも悪いわ。ドモンが冗談で言ったことを真に受けちゃって、下着も付けないで異世界のちょっとスケベな服で接客するって言い出したのよ。それもみんなで」

「なんだと?!!」


思わずガタッと椅子から立ち上がった義父をジトっとした目で見るふたり。

コホンと咳払いをしてから座り直した。


「そもそも俺は今回そんな事をやるだなんて一言も言ってないんだ。すすきの祭りでもやるかと言っただけで。ナナのスーツ姿が、すすきの・・・つまり俺の生まれ育った街の飲み屋のお姉様方の格好にそっくりだったもんだから、それで接客させたら面白いかなって思っただけなんだ」

「ふむ」


「で、普段からそのすすきのの話を店でよくしていたもんだから、それを聞いた奴らが勘違いをして・・・」

「次の日の朝には話が大きくなって広まっていたというわけか」

「そうなんだよ」


ナナもその時のことを思い出し、ウンウンと頷いた。


「店に大勢押し寄せてきたから、ナナとエリーに異世界の服を着せたんだ。説明をするためにな。俺もスーツを着てさ」

「そこからどうして裸がどうという話になったのだ?」


「・・・まあ俺も煽っちゃったんだよ。胸元が際どい服だから『当日は下着つけてないかもよ?』と。あくまで冗談だよ」

「私はすぐにドモンを怒ったんだけど、お母さんが『そのくらいなら良いわよぉ!』って張り切っちゃったの」

「なんと・・・」


ふたりの説明に大いに驚いた義父。

更にドモンは説明を続け、誤解を解いていった。


屋敷の騎士や侍女達に、もしかしたら助けを頼むかもしれないというニュアンスで言ったはずが、カールやグラ達が勘違いをしたこと。もちろんそれもそこまで本気ではなかったことなど。


「うむ・・・その辺の誤解については私から説明をしておこう」

「おお悪いな」

「ではそのすすきの祭りとやらを楽しみにしておるぞ」

「・・・はい?」


笑顔のまま、額から冷や汗を流したドモン。


「まあ過激であるとはいえ、しっかりとした祭りなのであろう?私が全面的に協力するよう伝えおくから、盛大に行うが良い」

「待て待て待て・・・」

「私も楽しみにしておるぞハッハッハ」

「・・・・」


義父の強引なやり口により、すすきの祭りは五日後に行われることとなった。

しかも王族である義父も参加する気満々。


奇しくもその日は、カール五十歳の誕生日でもあった。




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