第635話

「どうぞ一緒に食事でも食べていってください。あとこのズボンを高値で買い取るようにと手紙を書いたので、それを持って街道にいる騎士か憲兵あたりにでも渡してください」と顔を腫らしたドモンがペコリ。

「それよりも最初に言わないとならない言葉があるでしょう?!」「人としてどうなのよって話よ?あんた悪魔だけど!」


「皆さん、この度はすびばせんでした。もう二度とこのようなことはしません。許じてください。うぅ・・みんなを助けるためだったのに。それに襲われたのは俺なのに・・・って、なーんちゃって・・・」

「だからってやって良いことと悪いことがあるの。わかる?」「それなら結界を解いてくれた時点で、助けてあげればいいじゃない!」

「面目ない。その通りです。あ、また鼻血が・・・」


焚き火を囲み、未だにソフィアとナナに責め続けられるドモン。

確かに途中から面白半分で楽しんでいたのは事実で、言い訳するのを試みたものの、自分でもその苦しさに気がついた。


「美味しい物を作るので本当に許してください。サン、ギドが作ってくれたミキサーでマヨネーズを作っておいてくれないか?」

「かしこまりました御主人様!」


サンにマヨネーズを作らせながら、隣国から輸入した小魚の干物を利用して出汁を取るドモン。

ちなみにこの小魚の干物もドモンが伝授したもの。いわゆる煮干し。


煮干しは内臓を取って塩水で煮て、五日ほど天日干しをすれば完成する。

ラーメンなどがある今、これからどんどん需要が高まるだろうと予想され、隣国の漁師町は今てんやわんやの状態。

今まで捨てていた小魚がお金に化けるとわかったのだから、それも当然の結果。


食材を切るのをサキュバスの姉妹が手伝うというので、ドモンはソース作り。

とんかつソースにケチャップと醤油を混ぜ、砂糖を加えた。先に準備が終わってしまったので、ついでに天かすも作る。


「よし、大体準備は出来たな。調理用の鉄板に油は引いたか?」

「出来てるわよー。ねぇでもこれ、なにを作るの?」と不思議顔のナナ。

「まあいいからいいから。まずはこうして、この混ぜた液体を円状にしてと」

「ちょ、ちょっと・・・」


自信満々で調理を始めたドモンだったが、皆なんとも微妙な顔。

中でも手伝いもしていたはずのサンの表情が一番曇っていて、最後には両手で自分の顔を隠し始めた。


「ねぇドモンってば・・・。流石にこれはどうかと思うの」ナナは神妙な顔。

「何がだ?確かに紅生姜は入ってないけど、それでも十分美味しく・・・」

「だってこれ見た目が・・・酔っ払いとかが道端に出してるやつじゃない?」

「オエッ!」「うっぷ!!」「キャア!」「サンが・・・サンが悪いんです。すぐ戻してしまうから・・うぅ」


とんでもないことを言い出したナナだったが、ナナはただみんなの気持ちを代弁したのみ。

言われてみれば、確かにサンが嘔吐した時のものによく似ていて、サンは無駄に責任を感じていた。


「大馬鹿野郎!なんてこと言い出すんだ!これは『お好み焼き』って言って、食べたらすごく美味しいんだぞ?そういや元の世界でも、お好み焼き初見の外国人が同じようなこと言ってたの思い出した」

「や、やっぱり食べるのよね、これ。みんな!私が責任を持って味見するから!」ナナは妻としての責任を果たさなければならないという覚悟。


「なんかもう・・・もんじゃ焼きなんてまだしばらく作れそうにないな、この調子だと。ハァ・・・」


あまりにも残念な反応にドモンは溜め息を吐きながら、ヘラ代わりに二本のナイフを使って器用にひっくり返してゆく。

焼き目がついた側を見せればなんとかなるかと思いきや、アーサーが「吐いたものを焼くとああなるのか」などと余計なことを言いだしたせいで、全員すっかり意気消沈。


こうなればもう食べてもらって、味で勝負する他ない。

青のりもなければ鰹節もない、お好みソースとマヨネーズだけを塗って、この世界初のお好み焼きは完成した。


「た、食べるわよ!食べればいいんでしょ?食べてみせるわ!サンの焼いたゲボ」切ったお好み焼きにフォークを突き刺し、引きつるナナ。焦りから心の中にとどめていた言葉がうっかり出た。

「おうおう、ついにはっきり言いやがったなお前」「うぅ奥様ごめんなさい」呆れるドモンと涙するサン。


「えいっ!んぷ・・・んぐ・・・ん・・・うぅん?・・・うん・・・ウンウン!うふぅん!」

「お、美味しいのか?ナナさん」ナナの表情を探るアーサー。


「・・・これは間違いなくサンが吐いたものよ!そう!だからみんな食べなくていい!私が責任持って全部食べるから!んぐぐ・・・ドモンお酒~!」

「美味しいのね?ナナ」「サ、サンも責任を取りたいです!」


作っているのはあのドモンなのだ。そんな事があるはずはない。

ナナは独り占めをしようとし、シンシアとサンはすぐにナナに続いた。


「うわぁ~モチモチでフワフワで!それにお肉とお野菜がこんなにも調和するだなんて!以前御主人様がお作りになられた『とん平焼き』というものと味付けは同じですが、食感も味も違っていてとても美味しいです!」

「パンケーキのようで違う・・・ありきたりの材料で調理したのにもかかわらず、まったく未知の味覚のお料理ですわ。合奏曲のように、口の中に美味しさが何重にも広がって・・・今ではこの見た目に愛おしさすら感じます」


珍しく頬がパンパンになるくらいまで詰め込んだサンと、ナイフとフォークで上品にお好み焼きを食べるシンシア。

ナナに至っては、夕飯をたっぷり食べた後だというのに本気で全てを喰らい尽くす勢いで、勇者パーティーの面々も少しだけ焦り始め、ようやく重い腰を上げた。


「・・・俺達も食べてみようか」「そうね」「・・・」「・・・」


勇者達もようやく一口。

魔力を使い尽くしているので、お腹も減っていた。


「う、美味い!」

「すげぇぜドモン様!あたいこんなの初めてだぜ!」

「ワシもじゃよ。長生きはするもんじゃ」

「これってお肉とキャベツと小麦粉と卵って言ったわよね?!おかしいじゃない!ねぇドモンさん、平手打ちした腹いせに、何かおかしなことしてないわよね?悪魔による感覚操作とか。この美味しさはそうとしか思えないの」


大賢者であるソフィアも大混乱。


厳密に言えば片栗粉や天かすなども加えているし、出汁もたっぷり使っている。特製のお好みソースやマヨネーズもだ。

それらから生み出された極上の料理は、ある意味『悪魔的な美味さ』と言っても過言ではないかも知れない。少なくともこの世界では。


「ほら、遠慮してないでお前らも食べろ。お前達のために作ったんだから。もう見た目が変だのは勘弁してくれよ?」

「それはもう・・・他の人の様子を見れば美味しい物なんだってわかるけどさ・・・」まだ困惑気味の姉サキュバス。

「やっぱりまた罠よ」「そうそう。人間が私達に良くしてくれるはずがないもの。もう騙されない」姉妹も困惑。


「騙しなんかしないよ。まあ願わくばこれで俺に惚れさせて、スケベな事が出来りゃ最高だけどイテテテテ!!耳を引っ張るなっていつも言ってんだろナナ!!・・・まあこの通り、そんなことすりゃ俺が退治されるだけだからさ」

「フフフそうみたいね。じゃあ遠慮なくいただこうかしら」


「危険よ!」「待ってお姉ちゃん!」という妹達の心配をよそに、姉も一口。そして恍惚とした表情を見せた。



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