第25話
「な、なんで子爵様がヨハンの店でカード遊びなんてしておられるんで?!」と立ち上がり、慌てて帽子を脱いだファル。
「なんでって、子爵様がカードで遊んでくれなきゃヤダヤダって泣いちゃったもんだから」とドモンがふざける。
「へ?そうなんで??」とファルが素っ頓狂な顔をしてると「ドモン!」とカールとナナが同時に叱り、やれやれというポーズをしたヨハンとエリーが開店準備を始めた。
「いやな、カールが馬車の改造を見たいって言い出しちゃったんだよ」と怒られたドモンが真相を語り始めると、「カール・・・ってまさか」と青ざめた顔のファルがちらっと横目で見て、カールとファルの視線が合うなり「そのまさかであろうよ」とカール自らそれを認めた。
「し、子爵様がカールってドモンお前」と焦るファルに対し、「あぁ長ったらしい名前だから俺が勝手につけた」と当然のような顔をするドモン。
「長ったらしいってカルロス様でも良いじゃねーか」と厨房の方からのヨハンの声に「4文字は十分長いだろ」と返す。
それに対して不満をぶつけようと思ったカールだったが、「そもそも俺は余程の事がない限り名前なんて覚えないし覚えられないし、気に入った奴くらいにしかあだ名なんて付けねーよ」と厨房の方に向かって叫んだドモンの言葉に、ここにいる全員が少し熱くなった。皆名前で呼ばれているからだ。
特にカールとナナは一瞬でドモンに愛称を決められた。
「・・・であるか」とカールは思わず握りしめた右手の拳を誰にも見られないように、上着のポケットへと突っ込む。
ナナは嬉しさのあまりに体がプルプル。
「俺最初こいつに『おっぱい』ってあだ名付けて怒られたんだよ。ほら今もおっぱいプルプルしてんだろ?」とカールに話しながらドモンがナナの方を見た。
「ば、ばか・・もうアンタって人は・・・」と、怒りよりも歓喜の方が遥かに上回ってしまい、今にもドモンに飛びついて押し倒し、首筋辺りをクンクンしたいという良からぬ願望を抑えるのに必死であった。
「わ、私二階行ってクンクン・・・じゃなくて水浴びしてくる・・・」と真っ赤な顔をしてフラフラと立ち去っていくナナに「水浴びって、さっきしたばっかじゃ?」とドモンが疑問を投げかけると「じ、事情があるのよ!ほら私達って、少しだけ他の人より汗ばみやすいからほら!」とエリーが体を揺らし、フォローにもなっていないようなフォローをした。
「そんなことよりファル、鍛冶屋と大工ってのは・・・」と何もなかったようにドモンが話を変えると、「ああ、ここで待ち合わせてる」とファルが答えた。
「それじゃカールもここで待つことになるのか」とドモンが困った顔をしていたので、「なにか問題でもあるのか?」とカールがドモンに聞くと「問題大有りだよ」と即答。
「だってほら、さっきから客が全員入り口のところで引き返してんだぜ?」とドモンがスイングドアを指差した。
「カール見て焦って帰っちゃうんだよみんな」と正直にドモンが話したが、「焦る必要はなかろう。堂々と入ってくれば良い」とカールはどこ吹く風。
「入れるわけねーだろ。不敬罪なんてアホみたいな決まりがあるんだから」とはっきり言ったドモンに店内の空気が凍った。
「不敬を許せと言うのか?」と突然真剣な声色でドモンに問うカール。
「そうだけどそうじゃねーよ。尊敬を無理やりさせるなって言ってんだよ」とドモンが返しタバコに火をつけた。
「尊敬は『させる』もんじゃなく『される』もんだろ普通。尊敬される行いを普段から自らしてな」
そうドモンは続けた。
「しっかりやってる人間は尊敬されるもんだ。みんなにいい生活をさせている領主のカールなんて、きっとみんなに尊敬されてると思うぞ?」
「・・・・」
「でも不敬罪なんてアホな縛りがあるから、怖くて近づけないんだよみんな」
ドモンが核心を突く。
確かにそうなのだ。
どんなに尊敬していてもどんなに敬っていても、一言間違えれば自分の首が飛ぶ。
全員がドモンのような性格でいることなど出来ない。
「不敬罪なんて廃止して、本当の領民達の声を聞き、心の底から尊敬される領主になれよ」
ドモンの言うこともわかる。だがそれをこの場で、独断でひっくり返すことは出来ない。他にも貴族がいるからだ。
「じゃあこうしよう」とツカツカと出入り口に向かうドモン。
そして外で店に入りそびれている客や通行人に向かって、テラスの上から大声で叫んだ。
「今日は領主様デーだ!店内にいる領主様に『よっカール!いつもありがとう』と声をかけると枝豆一皿とエール一杯を領主様が奢ってくれるぞ!店内にいる限り不敬罪はないから安心してくれ!」とドモンが叫び、店の周辺が一気にざわついた。
「ド、ドモン貴様勝手な真似を!」とカールが思わず立ち上がり止めようと駆け寄ると「はいカールも声出しして!『今日は無礼講だ!みんなまとめてかかってこい!』と叫んでみろ!」とカールの腕を引っ張り、皆が見つめる目の前へと背中を押して突き出した。
「な?!」
そこにいる全員の視線がカールに集中。そしてカールは覚悟を決めた。
恐らくこれは自分にとって大きな一歩となる。そう信じて・・・
「み、皆まとめて来るがいい!この中では不敬罪なんてものは存在せぬ!ドモンが言った合言葉とやらを、私に大きな声で言ってみろ!私自ら奢ってやろうではないか!!」
ハァハァと肩で息をし、もしやとんでもないことをしてしまったのではないのか?と考えたカール。だが非常に清々しくもある。
「さあ来い!不満があるなら聞いてやる!一緒に飲みたいのなら飲もうではないか!」
「合言葉は『よっカール!』だよ!あとは一言何でもいいや!領主様が奢ってくれるってさ」と自分が言った合言葉をもう忘れてしまったドモン。
恐る恐る3名ほどの客がまず入っていった。
テーブル席に座ったカールに向かって合言葉を言おうとするも、うまく言葉が喉から出てこない。
見かねたドモンが呼び込みをエリーに任せ、その客達に自分のウイスキーをショットで飲ませた。
「ほら気付の一杯だ!これでカールにいっちょぶちかませ!」
「カ、カルロス様・・・カール様・・・」
「さあ言えるものなら言ってみろ」とカールも捲し立てた。
「よっカール!!みんなのためにいつもありがとう・・・ございます」
徐々に小さな声になってしまったが、ついに言えた。
「ヨハンよ!この者にエールと枝豆を!私の奢りだ!」
一瞬の静寂。
「はいエールと枝豆ありがとうございます!」とヨハンの声が響いた瞬間、ワッと歓声が上がって店内に客がなだれ込んできた。
「子爵様!あの、あの・・・」
「ええと・・カール様?!」
「・・・・」
「お前ら『よっカール!』だぞ」と助け船を出すドモン。
「よ・・よ・・・よっカール!!いつも本当にみんなのことを・・・おっおっおぉぉ・・・」となぜか泣き出した客に「おい!エールと枝豆の追加だ!」とカールの注文が入る。
「よっカール!昔大量発生したネズミの駆除の時に、資金援助していただいたことをお礼したく機会を伺っておりました。あの時は・・・」
「馬鹿者!話が長い!此奴にもエールと枝豆を!」
「・・・よ、よっカール!街の医者が暴利を貪っております。なにとぞ・・・」
「昨日もう対処済みだ!さっさと医者にかかるが良い!金が足りないなら私自ら立て替えてやる!ヨハン!」
「よっカール!私にも奢らせてもらえないか?」
「良かろう飲み比べだ!ヨハン!エリー!」
「カルロス様の分は私が払います!」
「カルロスではない。私はカールだ!」
カールは充実していた。
これが本当の街の声なのだと。
願いもあり感謝もあり、不平や不満もある。
それらを平等に聞き、判断する。同じ高さの目線で対等に。
ある程度の身分の違いは仕方がない。
しかしドモンの言う通り、ただただ『不敬罪』だけがいらなかったのだと改めて思う。良き領主であればいいのだ。
街の皆と飲み交わし、皆で肩を組み歌いながら、カウンターでタバコを片手に酒を飲んで笑うドモンを見て、カールがポツリと一言もらす。
「此奴は器が違う」
その瞬間、ドモンがくるっとカールの方へと振り向き「なんか言ったか?」と聞いてきた。
「貴様覚えていろと言ったのだ!クソジジイ!」
「同い年だろうがクソ領主!」とドモンが近寄りくってかかる。
「二人共ヤメなさい!」と頭をナナにスパンスパンと叩かれ、また飲み直し。店内に笑い声がこだました。
そのまま夜も更け、馬車のこともすっかり忘れてしまったドモン達は、酔いつぶれて床に転がる鍛冶屋と大工を発見するまでその事を思い出すことはなかった。
馬車の改造は結局翌日からとなり、カールは一度屋敷に戻り眠ろうとするも、楽しかった今日の日を思い出し気持ちが高揚してしまい、なかなか寝付けずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます