第629話

「んふーやっぱり羊肉にはお米よねー。ところでそのドモンが言っている、怪談ってなんなの?」とナナ。

「まあ夏の暑い日に、背筋が凍るような怖い話をして涼もうってのが始まりなんだけど、こういった宿泊学習・・・じゃなかった、旅では定番の夜のお楽しみなんだ」

「へぇ~」「わざわざ恐ろしい話を聞きますの?」「『ブラッディ・メアリー』みたいな話かな??」


元の世界の海外にも一応怪談はあり、この世界にも当然あった。

ただ日本のような怪談と違い、言わば『トイレの花子さん』のような都市伝説がほとんど。


幽霊話もあるにはあるが、殆どの場合は事件や事故の話が中心となる。

なので、それを楽しむという感覚があまりない。痛ましいニュースというだけだ。


「とにかくドモンがやってみてよ。どんなのかわかんないし」

「わかった。じゃあまずはメリーさんの電話・・・電話がないんだった。じゃあ『メリーさんの手紙』って話だ」

「ふんふん」「ほうほう」


キャンプファイヤーを囲んで、椅子代わりの丸太に座り、円になる一同。

周りの照明を一旦消し、真っ暗闇の中、みんなの顔だけが浮かび上がっている。


「ある少女が引っ越しする時に、古い人形を捨てていったんだ。その人形の名前はメリーって名で」

「はい・・・」「・・・」「・・・」「・・・」返事をしたのはサンだけ。皆もう嫌な予感を感じ取っていた。

「ある日の夜、一通の手紙が少女に届き、そこにはこう書いてあった。『あたしメリーさん、今、ゴミ捨て場にいるの』と・・・」


全員ゴクリとツバを飲み込む。

アーサーとミレイは負けるものかと胸の前で腕組みをし、正面の揺らめく炎を見つめていた。


「次の日の夜にも手紙が届いた。『あたしメリーさん、今、角のパン屋さんにいるの』って。ゴミ捨て場よりも少しだけ家に近いパン屋さん。はじめはなんのイタズラなのかと思っていたけど、どうにも嫌な予感がした」

「ねぇもうやめよう?」と小さく言ったのはソフィア。だがドモンの怪談は続く。


「そしてまた次の日。『あたしメリーさん、今お肉屋さんの前にいるの』」

「パン屋の次に肉屋って・・・ちょっとドモン!それ私達の家じゃないの?!」「うわぁぁん!」


手に持っていた肉を震わせるナナと、シンシアにしがみついたサン。

その羊肉は、まさしくその店で買ってきたもの。


「また手紙が来た。少女が恐る恐る手紙を開くと、そこには『あたしメリーさん、今ナナの家の前にいるの』と書かれていて・・・」

「きゃあああ!!私、そんなお人形捨ててないもん!!」ナナも涙目。


「そして翌日。「ナナー、またお手紙が届いているわよぅ」という母親から手紙を受け取り、ナナは窓を閉め、扉にも鍵を掛けて部屋に閉じこもり、怖いなー怖いなーと震える手でゆっくり手紙を開いた。そこにはこう書かれていたんだ」

「嫌よ、お願い・・・許してちょうだい」「・・・」「・・・」「・・・」祈るナナ。


「あたしメリーさん、今あなたの後ろにいるの」


しばしの沈黙。全員絶望の表情。

ナナはその場でゆっくりと後ろを振り返ると、そこには古い人形が座っていた。

この怪談に備え、リサイクルショップでケーコが購入した人形を、ドモンは懐にこっそり忍ばせていたのだ。


「あふ・・・」「きゃああああああ」「イヤァァァァァ!!」「うおっ!!何者だ貴様!!」


ナナは叫ぶことすら出来ずに気を失い、ドモンの方に倒れた。

全力で叫ぶ他の女性達と、皆を守るために戦う意志を見せる勇者アーサー。

そんなアーサーにソフィアは抱きつき、ミレイも大魔法使いに抱きついた。サンは最初からシンシアに抱きついたままだ。


「アハハ!どうだったみんな?怖かったか?話は作り話だし、人形も俺がさっきこっそり置いただけだよ」

「うっうっ・・・助かったのね?私」ナナはすぐに意識を取り戻した。

「大丈夫だよナナ。全部作り話だけど、もし何かあれば俺が守ってやるから安心してくれ」

「ホント?本当ね?!うぅ、好きよドモン。私のこと見捨てないでね?私何でもするから」


普段の強気な態度と違い、震えながらドモンの腕に絡みついたナナ。

それはミレイやソフィアも同じで、男達の腕に絡みついて震えていた。


サンやシンシアも自分の体を押し付けるようにドモンにくっつき、ドモンはすっかりいい気分。

アーサーや大魔法使いももう恐怖感はなくなって、鼻の下を伸ばしっぱなし。


この世界の人々は、怪談話に耐性があまりにもなく、話だけでほぼ肝試し状態。

特に女性はこういった抵抗する術がないものに弱く、そばにいる男性に自分の命を預けるしかないという気持ち。


「アタイから絶対離れるなよ?離れたらもう二度とスケベさせてやらないからな!」「わかっておるわい」

「アーサー、私お手洗いに行きたい・・・手を繋いでいて」「え?俺がついていくのかい?!怖いから見ててって、ソフィアまさか・・・」


コブラツイストのように大魔法使いに絡みつくミレイと、手を繋いで森の中に消えていったアーサーとソフィア。

ドモンは満足げにタバコに火をつけて一服。


皆が戻ったところで、またドモンは怪談を続けた。今度は別の話。


「・・・その白い服を来た女性の幽霊は、寝ている者達の顔をひとりひとり覗き込みながらブツブツと・・・『私の子を殺したのはお前じゃない・・・お前でもない・・・』と言いつつ迫ってきて、最後に寝ているふりをしている自分の真上に来た」

「・・・」「ハァハァ・・・」「ひっ」「やめてやめて私じゃない」


「そうしてギロリと目を開き、こう言った。『わた・・しの・・・子を・・・殺したのは・・・』」

「神様・・・」「くっ!負けてたまるか」「もうダメでしゅ」「違う!違いますわ!」「お願いアーサー守って!」


しばしの沈黙。焚き火がパチパチと音を鳴らす。

全員が息を飲み込んだ瞬間、突然ドモンがミレイを指差し叫んだ。


「お前だああああああああああああああ!!!」


大魔法使いにくっつきつつ、腕を組み脚を開いて座っていたミレイは、その一瞬で白目を剥いて激しく何かの放水を開始し、目の前の焚き火を消した。



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