第501話

皆が引っ越しを済ませている間、貸店舗に入る予定の店も次々を開店準備を進ませ、本格オープンも間近に迫ってきた。

例のラーメン屋はもちろん、ドモン監修のファミリーレストランや王都の仕立て屋の店、元々この場にあった店らも入り、ビル内は随分と賑やかな雰囲気。


ドモンたっての希望で、冬でも運動ができるスポーツジムや、無料で子供達が遊具で遊べる場なども出来、街はもうこのビルの噂で持ちきりである。


9階催事場で最初に行われる催事は、隣街特産の『チーズフェア』なるもの。

これには隣街の領主も随分と張り切って、初日は自らが店頭に立つのだと息巻いていた。

これが成功に終われば、観光客や移住者が増える可能性もあるからだ。なにより街の宣伝にもなる。


そんなこんなでこのビルの開業は、すっかり国家事業とも呼べる大規模で大袈裟なものとなってしまい、各国の首脳を呼んでの記念式典が執り行われることになってしまった。

ドモンは面倒なので当然欠席するが、シンシアは立場上参加することになっている。



「いよいよ明後日開業ね。各国のお偉いさん達はもう王宮の方に集まって、連日晩餐会を開催しているそうよ。シンシアもサンを連れて行っちゃったけど」

「そうみたいだな」

「きょ、今日の夜と明日は久々にふたりきりね。フゥ・・・暑い」

「暑いってお前・・・まだ三月だぞ。それにそれ以上脱げねぇだろうが」


ドモンが少しだけ元気になったと知り、いつになく大胆な行動に出るナナ。

エイからの助言で、あまり見せすぎるのも良くないということもわかってはいたが、このチャンスは逃せまいと、焦る気持ちがナナをそうさせてしまった。


「ねえドモン、少し涼みにこのままの格好でコンサルなんとかの会社まで冒険してみようか?」

「え?!」

「いいじゃない。それに今だけかもよ?ここでそんなこと出来るのも」

「う、うーんまあ、そりゃそうだけど」

「じゃあドモンも脱いでよ」

「俺も?!」


裸でビルの二階を散策するふたり。

きっと寒いと思っていたが、ドキドキ感が上回り、体が火照って仕方がない。


はじめはコソコソと隠れながら移動をしていたが、どうやら大丈夫そうだということがわかり、大胆に遊びだした。


「なんか懐かしい感覚ね。昔異世界の扉のとこで裸で一日中過ごしていた時みたい」

「あぁ、俺もなんか懐かしいと感じていたけど、確かにそんなことがあったなぁ」

「私受付嬢をやるから、ドモンお客さんやってよ」

「よし任せとけ」


一度会社のドアを出て、お客さんのふりをして入ってくるドモン。

ナナがすっと立ち上がり、澄ました顔で「いらっしゃいませ」とお辞儀をしてみせた。

・・・が、ふたりとも全裸である。


「本日はどのようなご要件で?」

「最近元気がなくて、妻を満足させてあげられないんですよ」

「その割には今・・・随分とお元気な様子ですが?プクク」

「だってドア出たら、風が体に当たってなんか変な気持ちになっちゃってよ・・・」

「え?じゃあ私もちょっと行ってみようかな?ドモンもついてきてよ」


ついに会社からも出てしまったふたり。

他にもいくつかの店はあるけれど、現在は全て閉まっていて、人の気配はない。


「さ、流石にドキドキするけど、ドモンが言うほどではないわよ?」

「まあお前はほぼ裸みたいな格好で、俺を追いかけてきたこともあるからな。しかもあの時は人もたくさんいたしな」

「そうそう。そんな事もあったわね・・・」


こんな格好でとんでもない遊びをしているのにもかかわらず、何故か今までの思い出が頭をよぎり、ふたりは感慨深げに手をつなぎ、それから抱き合った。

全て去年のことなのに、たくさんの事がありすぎて、何故か全てが遠い過去のように思える。


「ねえ覚えてる?ドモンが初めてお父さん達に唐揚げを作った時のこと。ドモン、カチコチに緊張しちゃってウフフ!貴族や王族にだって緊張なんかしないくせに」

「あれはナナが悪いんだろ。まさかこんな色っぽい女が19だなんて思わず抱いてしまったし、その上いきなり結婚するだなんて宣言するとは思わなかったしな」

「そんな私ももうすぐ20歳よ。ほーんと、激動の19歳だったわ」

「そりゃ激動だろうよ。こんな大切な思い出話を、全裸で徘徊しながらしてる19なんてお前以外絶対にいないっての」

「アハハ!なーんか私、楽しくなってきちゃった!ね、ねえ、一階まで行って、一瞬だけ外に出てみようか?度胸試しで」

「えぇ?もう戻ろうよ・・・」


暗いビルの中、三階の方まで階段を上ってみたものの、あまりにシンとしていて怖くなり、すぐに二階まで戻ったふたり。

恥ずかしさの緊張感より、肝試し的な怖さの緊張感の方が勝り、小声で話すのをヤメて普通に会話をしていた。


普段肌の露出が多いナナより、肌の露出に慣れていないドモンの方が緊張していたのだが、そんな様子に正直ナナは大興奮。

「ほらほらどうしたの?手で隠してはダメよ!」とドモンの腕を引っ張る。


「さあ一階に着いたわよ。あらあらドモンってば、随分と興奮してるじゃないの。例のキノコも食べてないというのに珍しいわね」

「み、見るんじゃねぇよ!駄目だもう戻るぞ!ほら、外に人いるってば!」

「大丈夫よ!こんな機会滅多にないんだから、ついでにここでスケベしちゃお・・・」

「ん?」


とんでもない場所でとんでもない行為をしようとしていた矢先、突然点いた照明に、絶句しながら顔を見合わせたふたり。


「どうぞ皆様こちらです。ドモン様も二階でお休みになっておられると思います」と貴族の青オーガ。

「うむ。やはり式典の前にどんな作りかを知っておきたくてな。人が集まってからではゆっくりと見ることも出来ぬでな」とどこかの王族。

「まあ?!なんですのあれは??」「キャッ!!」「怪しい者がおるぞ!!ひっ捕らえろ!!」

「危険ですのでここでお待ち下さい。私が確かめてまいります」


怪しげな男女を発見し、叫び声を上げた王族達。

人の少ない深夜にビルの視察にやってきたところで、全裸のドモン達と鉢合わせたのだ。


目の良いオーガが時間稼ぎをしている間になんとか部屋まで逃げ込み、そそくさと着替えを済ませたドモンとナナ。

素知らぬ顔でどこかの国の王族達と合流し、皆で変質者を探すことになったが、当然変質者は見つからなかった。



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