第564話

全員生まれて初めての正座。脚の感覚はもうない。

ここまで来ると、最初の一時間よりは少し楽に思えてきた自分が少し怖いと感じる騎士と憲兵達。


「なるほど、そういうことでしたの」と騎士の前に立つシンシア。

「はい。私達のことはもう、煮るなり焼くなり好きにしていただいても結構です。ですから、カルロス様からの謝罪を受け入れていただきたく・・・」

「それはワタクシにはわかりませんわ。少なくとも・・・ワタクシは許しませんが」

「当然でございます・・・」


その場にドモンが現れると、憲兵達の顔の血の気が引き真っ白に。

シンシアは嬉しそうな顔をしてドモンに駆け寄った。先程までの恐ろしい雰囲気が嘘のようで、それを見て憲兵達はまた肝を冷やす。


この恐ろしい姫が、先程斬りつけてしまった男の第三夫人なのだ。

噂では悪魔のような男だとも聞かされていたが、それ故にこんな普通の容貌をした男だとは門番達も思わなかった。



「ドモン様!この者達はもう覚悟が出来ているそうですわ!カルロスが言うには、煮るなり焼くなり好きなようにとクフフ」


ようやく復讐が出来ると鼻息の荒いシンシア。

門番である憲兵達を見下ろしながら嫌な笑い声を漏らす。


が、当の本人は飄々とした様子で、「ふぅん」と興味なさげな返事。


「とにかく今日は寒いし、一旦みんなで味噌汁でも飲んで温まろうか。サン、大鍋でお湯を沸かしてもらえる?」

「は、はいすぐに!」


そんなドモンの様子に、皆キョトンとした顔でお互いの顔を見合わせた。


「まあみんなそう固くなるなよ。復讐だの何だのには興味もないし、命まで取ろうなんて考えてないから安心していいよ」

「は、はい!!」「ありがとうございます!」「なんと慈悲深いお方なんだ・・・」

「俺を何だと思ってたんだよ、まったく・・・領主からなんか妙なことでも吹き込まれたのか?」

「ええとその・・・」「伝え聞くところによりますと・・・悪魔のような男なのだから、仕返しは何倍にもなって返ってくるから覚悟しておけとおっしゃられていたとかと、騎士の方々から・・・」

「なるほどねぇ。相変わらず汚い真似しやがってフフフ」


カールが「煮るなり焼くなり好きにしろ」「仕返しは何倍にもなる」と言ったのは、ドモンを牽制してのこと。

先にそう言われては、ドモンは絶対にそんなことができなくなるからだ。


『万引きは犯罪です』と言われるよりも、面と向かって『万引きするんですよね。ええどうぞ』と言われた方が出来なくなる。

夫婦喧嘩をしてコップを投げつけようとした相手に、『こっちの花瓶の方が派手に割れるよ』と言われれば、やはりそれも出来なくなる。あまりにも自分が滑稽に見えてしまうからだ。


憲兵達を脅して懲らしめつつ、それを持ってドモンへの謝罪とした形。

ただカールの誤算は、救急車と医者を用意したにも拘わらず、シンシアが居たためにそれをドモンに伝えられなかったこと。


その結果、悲劇を呼ぶことになってしまった。



「はいよ、キノコの味噌汁だよ。一応言っとくけど、例のあのキノコではないからなハハハ。もう脚を崩して楽にしなよ。こんなに正座してたら、きっと大変なことになるぞ?」

「いえ!私達はこのままで!」「こちらを頂戴致しましたら、最後に改めて謝罪をさせて戴きたく存じます」

「あーあ、忠告したのにまったく強情な奴らだ」


タバコに火をつけ、ポリポリと頭を掻いたドモン。

「水浴びはまだ無理ですけど、頭と顔だけは洗いましょうね」と隣のサンがドモンの顔を覗き込んでニッコリ。


「なんて食い意地の張っていること!ワタクシの分はどちらにございますの!?」

「うるさいわね。まだ鍋の底の方に少し残ってるじゃない」

「あ??ん?!ああー!!!」


車の中から聞こえる、ナナとシンシアとアイの声。

大声を上げたアイが飛び出してくるのとほぼ同時に、ドモンのタバコの灰が地面にポロリと落ちた。


「あんた、なんてもの食べさせてるのよ!あのキノコは下剤薬を作るためのものだと言ったじゃない!」アイの発言に、ギクッとした顔をした騎士と憲兵達。

「え?そうだったかな?あれー?おかしいなぁ?」

「キノコひとつで十数回分の下剤が出来るのよ?!それをまるごとなんて食べたら、大の大人でも一分ももたないわよ!」

「私が先よ!」「どきなさいあなた!」


すっとぼけたドモンだったが、当然ドモンはホビットの長から聞いて知っていた。

ナナとシンシアが食べてしまったのは予想外だったけれども。

車内のトイレでナナとシンシアが醜い争いをしているのが聞こえ、きっと大変な掃除をすることになるだろうと、サンは頭を抱えた。


「・・・なんだってさ。みんな急いで手洗いに行った方がいいみたいだぞ?門のところにあるんだろ?」

「ぐおおお!腹がぁぁ!!」「足が!!足が痺れて、ぐはぁ・・・」「イヤだぁぁぁ!!」「出ちまう出ちまう!」


騎士と憲兵達が慌てて立ち上がった十数秒後、血が通い出した脚が強烈な痺れを呼び、完全に身動きが取れなくなってしまった。

ここまでの痺れは経験したこともなく、それだけで地獄。なのに今はそこに強烈な便意まで加わった。


憲兵達の前には数百人の人だかり。

心配になって様子を見に来ていた憲兵の妻や恋人も、思わず人の輪の中へと飛び込みパートナーの元へ。


「出る出る出る!」

「あなたもっと早く歩いて!」

「脚が動かないんだよぉぉぉ!!・・・あ・・・あぁ」

「駄目よあなた!駄目!!人前なのよ?!」


パニックになり、夫のお尻を手で押さえた妻だったが、残念ながら意味はなかった。

その横には、恋人の目の前で白目を剥きながら異臭を放つ色男。恋人は引きつった顔で「近寄らないで気持ち悪い」と後退り。


衆人環視の中、意を決してズボンと下着をその場で脱いだものの、足の痺れで転んでしまい、結局誰よりも着衣を汚してしまったドモンを刺した男もいた。


流石のエイも、異臭まみれのこの『地獄絵図』だけは描きたくもないだろう。あまりにも酷い光景。



「なにが復讐には興味がないよ、この悪魔め。こんな生き恥晒させて。もう死んだ方がマシだなんて泣いてたわよ?そこの人は」とアイ。

「復讐じゃなくて、これはただのイタズラだよ。急いでるのに、脚が痺れて動けないってどんな感じかなぁって思っただけだ」

「それを本気で言ってるのだとしたら、あなた本当に悪魔だわ」

「まあこの世界には水魔法があるんだから大丈夫だろ。少し寒い思いするだろうけど」


ドモンが味噌汁を振る舞ってから、ものの五分でこの惨状に、アイはすっかり呆れ顔。

吸い終わったタバコの吸い殻をドモンが携帯灰皿に放り込もうとしたところ、サンが困った顔をしながら車から出てきて、「奥様がお呼びです・・・」と申し訳無さげに呟いた。


「結局あなたも地獄に落ちるみたいね。ん?どうしたの僕達?なんか用?」


しょんぼりと肩を落とし車に戻るドモンに声をかけたアイの元へ、ふたりの少年が近づいてきた。


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