・第五十一話「糾弾対峙の転生者(3)」

・第五十一話「糾弾対峙の転生者リアラとゼレイル(3)」



 『栄光ヒーロー欲能チート』は、その欲能チートの一端である超人的知覚能力でルルヤ達〈長虫バグ〉の最初の一撃を観測し、驚愕し呻いた。


「馬鹿な、奇襲に近いとはいえ……!?」


 前回の戦いで自分達〈超人党〉とやりあった時は、そう長時間でないとはいえ戦力は拮抗しこちらを〈長虫バグ〉は殺せなかった。であるのに今一瞬で多数が蹴散らされた。〈帝国派〉一般欲能行使者チーターが〈超人党〉より弱兵とはいえ、昼の全力発揮による消耗は微々たる物だとでも? あまつさえ『最大カンスト』がああもあっさりられるとは。


(〈帝国派〉についたのは早まったか?)


 『大人ビッグブラザー欲能チート』に、〈超人党〉は結局〈王国派〉にとって捨て駒に過ぎず、最終的には兵器として運用される機人化欲能行使者サイボーグチーター以外は使い捨てられるだろうと言われて所属を移しこの戦いで手柄を立て出世する事を目論んだが、失策だったか、と思いかける『栄光ヒーロー』に対して。


「はは、凄え……が、呑まれるんじゃねえ。戦は、首数稼ぎはここからだ」


 尚も飄々と『和風パトリオット欲能チート』は落ち着いて『栄光ヒーロー』を諭した。同じくその欲能チートの一端である誇張された気配察知能力でもって情勢を伺いながら。


「そう、だな」


 それに同意する『栄光ヒーロー』。『和風パトリオット』の口車に乗せられた面もあり、『和風パトリオット』の発言は『栄光ヒーロー』には無い伝手があるからの余裕でもあるのを『栄光ヒーロー』は知る由も無いという所もあるが、それはそれ以上に別の戦場での戦いを知覚したが故だ……



「うあああああっ!!?」


 毒を盛られ血を吐き倒れた当代帝龍ロガーナンギサガと妃スロレ。二人を庇った第二帝龍ロガーナン太子リンシアが吹き飛ばされ倒れ伏す。その装束は太子の姿ではなく〈馳者ストライダー〉と同じ体にぴったりと密着する霊覆体同レオタード。〈馳者ストライダー〉を率いて情報収集を進めるだけではなく、〈馳者ストライダー〉から戦闘方法も学んでいたのだ。だが、彼女と〈馳者ストライダー〉達は敗北寸前に追い詰められていた。周囲には男女何人もの〈馳者ストライダー〉達が倒れている。


「く……」

「殿下は回復に専念を!あとは私達が!」


 起き上がろうとするリンシアと〈馳者ストライダー〉達に代わり前に立つのは、それを助けに入った、リアラ・ルルヤと同じくアレリド・サクン・パフィアフュが示した抜け道を通って潜入してきたフェリアーラだ。他にユカハ、名無ナナシ、舞闘歌娼撃団も。だが、あくまで抜け道を通っての潜入であるため、部下の騎士達や児童傭兵達の数は少なく。


「ひゃは!弱者の盾になるのが正義の誉ってもんでしょ!じっくり炙り焼きになっていってねっ!」

「対魔法防御システムは『大人ビッグブラザー』様のお陰でカットされてるからねえ!」

「オイラ達も思う存分暴れられるってもんさ!」


 加えて、そもそもリンシアと〈馳者ストライダー〉達の窮地の原因であった戦場の状況そのものが皆を苦しめる。


 道化師の姿をした『愚者クラウン欲能チート』が跳ね回ってひゃらひゃらと笑い、全ての魔法の会得に長けた分厚いコート風ローブを纏う陰険そうな顔の青年『術師ケンジャ欲能チート』が杖を構え、魔族でありあらゆる魔族の能力を使いこなし魔術限定なら『術師ケンジャ』に勝る『悪魔リディキュード欲能チート』が笑う。


 〈タロット〉の欲能行使者達だ。


 暗殺防止用に帝宮のあちこちに仕掛けられた攻撃魔法を抑止する為の魔法装置がカットされていて、『術師ケンジャ』『悪魔リディキュード』の魔法による弾幕射撃が通る状況で、誰かを守りながら戦うというのは隠密と機動に特化した〈馳者ストライダー〉には著しくに向いていない。帝龍の力による【帝龍ロガーナンの鱗棘】でやや防御に長けるリンシアが身を挺して盾になっても、戦い方を〈馳者ストライダー〉に学んだように本来身のこなしには才能はあっても頑健さに長けてはいないリンシアの龍術防御では限度がある。


「《硬き炎カドラトルス》よ!」


 魔竜ラハルムの血を受けてその竜術を限定的に会得したフェリアーラの方が、倒した魔竜ラハルムが頑健さと怪力に長けたタイプであった為に防御力が高く、それに加え魔法剣の発動で相手の魔法に対抗できるだけ守るのには向いているが。


「おうりゃあああ!」

「むんっ!」


 敵はフェリアーラに勝る身体能力を持つ、肉体硬度を操る『戦車ガチタン欲能チート』とシンプルに筋力を増強する『剛力マッチョ欲能チート』を前衛においている。ユカハも《風の如しルフシ・バリカー》で支援を加えるが、中々打ち倒せぬ。


「こっちも見なっ!!」

「見てあげるわよっ!」


 その脇を転がるように駆け抜け、名無ナナシが二人に一撃を加える。名無もまた機動性を得手とするタイプなので防衛戦を得意とはしないが、ならばと敵陣を引っ掻き回すも、それに対して日本のアイドルめいた姿の『星々スタァ欲能チート』が口から超音波を発して攻撃する。大気中の粉塵を焼いて黄色くレーザーめいて発光する程の強力な収束超音波は剣より鋭く、当たれば魔法防御越しでも手足を持っていかれかねないレベルの威力。乱射されれば回避を優先せざるを得ず、そうなれば敵の撹乱どころではなく。


「ありがたいくらいに視線が多すぎらぁ! クソ!」

玩想郷チートピア最大派閥たる〈帝国派〉の力を思い知れ!」

「ぐおおお! 顔! 身分! 『嫉妬沸騰』ぉおおおっ!!」

「ええい、またアンタかい!?」


 〈タロット〉だけではなく〈七大罪〉、魔族転生者の『傲慢ルシファー欲能チート』と『嫉妬レヴィアタン欲能チート』までその上加わる。欲能行使者チーターによる物量作戦! これまで欲能行使者チーターはあくまで軍団を形成してもその中で少数だった。それがこの数、一箇所の戦場に集中するのは正に〈帝国派〉ならではの現象であり、異常事態だ。舞闘歌娼撃団や騎士団員、傭兵団員を加えても、数的優位が質的優位を覆すに足りない。


「寝ているわけには、いかないだろう……!」

「はい!」


 故にリンシアは最低限の回復魔法を受け再び立ち上がる。彼女に従う〈馳者ストライダー〉達もだ。ルルヤと出会っていた暗赤と灰色の装束の〈馳者ストライダー〉がリンシアを左右から支えた。



 ……その光景を見て『栄光ヒーロー』は卑しく笑う。あくまで敵で圧倒的なのは〈長虫バグ〉二人だけ。他は常識的な戦力でしかない。これなら立ち回り次第で安全に手柄を得られると打算をする……


 ZZZZDOOOOOOOONNNN!!


 と、そこまで戦況を見ていた『和風パトリオット』と『栄光ヒーロー』の監視を、不意に轟いた轟音が断ち切った。二人ともはっとなってそちらの戦場に知覚能力を振り向けて。


「どうやら、お偉方も動き始めた。全く、先陣を切ると見得を切った割りに鈍臭いこったぜ。それに合わせて動くぞ」

「OK」


 そして、更に二人の欲能行使者チーターが戦闘に参戦する。



 その、『和風パトリオット』と『栄光ヒーロー』。が動き出すより、更にリアラとルルヤが参戦するより、暫時前。


「さて、今日まではぐらかされたけど。残念ながら〆切ですわ、殿下」


 帝宮の一室。『悪嬢アボミネーション欲能チート』は、第一帝龍ロガーナン太子ギデドスと対峙していた。


 かつて末端の欲能行使者チーターと戦い打ち倒しながら自分達新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアに接触し、同時に〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉にも接触し要求を伝えながら、今宵〈長虫バグ〉達を帝宮に招く決断をした男に対して。


「貴方は欲していた。帝龍ロガーナンの座を。いえ、それよりは、帝龍ロガーナンの座をめぐる争いに勝ちたかったと言うべきね。貴方は戦いを愛している。生まれながらにして持っているものよりも、戦って勝ち取る行為を愛していた」


 『悪嬢アボミネーション』は語る。これまでの密会で見聞きした彼の本質を。


「その為に。いいえ、それ以上の戦いを行う為に。真に殺し食らう側となる為の爪と牙を欲して私達の仲間となり、世界を貪り食らう側となる。そして、それを抑止しようとする側と殺しあう。それは、正に貴方らしい。間違っていないわ」


 彼の、己の力で勝ち取りたいという気持ちは分かる。転生者で、欲能行使者チーターで、更に十弄卿テンアドミニスターでも、だからこそ。己の渇望は、己のような悪性の存在はこの世の主人公ではなく、この世の主人公とはもっと清らかで優しく美しい者で、そういう存在をこそ主役に相応しいとする世界への呪詛であるが故に。世界を、主人公を壊したいという強固な願望こそが己を欲能行使者チーターたらしめた。皮肉にも、我こそこの世の主人公と豪語する十弄卿テンアドミニスターとなっても、その自己認識は変わらない。だからわかる。


「そう思ったから、私は貴方に爪牙を持った手を差し伸べる。さあ、貴方らしく生きましょう、ありのままで、少しも怖くないわ、と」


 帝龍ロガーナン太子に生まれた、勝ち取らずとも恵まれている人生を憎んでいるのだろう眼前の男が、だから逆にいとおしく共感できた。それ故にこの男を選び干渉した。


(今だからこそ、分かるわね)


 生来の反骨者として、正しい勇者たる〈長虫バグ〉に敵対する存在として作られた人造転生者『反逆アンチヒーロー欲能チート』への共感も、それが理由だったと。


 だからこそ、この男は仲間へ引き入れたい。


「貴方は連合帝国を、混珠こんじゅを敵に回さないと、本当の自分になれないタイプの人間よ。成る程、今の戦況は、食らう側と言う程一方的ではないけど。だからといって怖じ気づいて逃げるの? 貴方が、勝ち目があるかどうかで、宛がい扶持の犬小屋に引っ込んで、餌入れに入れてもらった餌を食うのかしら?」


 だからこそ『悪嬢アボミネーション』はギデドスを呪った。自分なら絶対に引っ込めなくなる言葉をぶつけた。それに対して、ギデドスは……



 ……一方、『悪嬢アボミネーション』とほぼ同時。『旗操フラグ欲能チート』もまた、帝宮の一室で第三帝龍ロガーナン太子ルマと対峙していた。


「……だから、頼む。帝龍ロガーナンになる、と、言ってくれ」


 『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーンは、必死にルマに訴えた。かきくどいた。その内容は〈帝国派〉がでっちあげた筋書きによるものだ。


 すなわち、各地で起こった発展と繁栄、混珠こんじゅ文明の進歩、統一された平和な混珠こんじゅである〈人類国家〉再建に向かう現代の動きの一端である国家統合、その負の面の顕れであるナアロ王国の暴走と繁栄への反動的嫉妬心から始まった魔の闇により各地での怪事件が続発している。真竜シュムシュを名乗る存在もその一端、否、真竜シュムシュを名乗るあれらこそが四代目の魔王である。その奇妙な陰謀論は国際社会を分断するもので、各地で起こる怪事件を自作自演で繋いだ虚偽である。ナアロ王国も高圧的で苛烈すぎる面はあるが、連合帝国はそれを善導し国際協調せしめ平和の内に国際秩序に従わせ、国際化によって混珠こんじゅ人類を統合し来るべき四代目魔王軍に対抗しなければならない。


 その為には連合帝国が決然偽真竜シュムシュを否定する為に動く必要があり、その為には新しい帝龍ロガーナンがしっかりと連合帝国を支配し、多賀を閉め直して帝国を動かす必要がある。それを行うべきは若すぎるルキンでも温厚に過ぎて動かないリンシアでもまして好戦的なギデドスでもない。


 ルマしかいないんだ、と、『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーンは訴えた。


「ゼレイル……」

「ルマが俺達に色々な以来をしてきたのは。俺達がそれを叶えてきたのは。連合帝国を、混珠こんじゅを、俺達の力で良くしようとしてきたからだろ。それを守らなきゃ」



 そう語りながら、ゼレイルはルマに欲能チートを行使していた。『旗操フラグ』、ゲームのフラグを立てたり立てなかったりするように、様々な出来事や切っ掛けの起こる・起こらないを時に喚起し時に鎮静し、己の意に沿うように世界を都合良く選択する力。


 憂い顔で悩むルマは、ゼレイルに同意する。己の好感度が、信頼性が、絆が、最大となるようにフラグを管理してきた。……ゼレイルはそう信じていた。


「ゼレイル。それは違うわ」「なっ」


 ルマの反応は違った。ゼレイルの驚愕の表情に、ルマは憂慮深く言葉を続けた。


「私は確かに混珠こんじゅが良くなればと思うし、混珠こんじゅを良くする事に私の行動が役に立てばと思う。けれど」


 ルマの声は、あくまでゼレイルを否定するものではなかった。敵対するものでもなかった。寧ろその普段は勝ち気な声は震えるようであった。ゼレイルへの恐れではない。ゼレイルへの心配で、気遣いで、労りで、癒したいという思いだった。


「私は私が主役でなければなんて思わない。……私は貴方の事、嫌いじゃないわゼレイル。きっと好き、本当は」


 『旗操フラグ欲能チート』は、欲能中有数の汎用性を持ち、運命をねじ曲げる事も他社を操る事も出来る。だが全知でも全能でもない。より強力に全てに干渉できるし、戦闘なら効果を単純化する事で威力を増す事も出来るが。


「でもねゼレイル。帝龍ロガーナン家には、貴方の知らない事が幾つもある。時が来たのであれば従うべき言い伝えや、必ず守らなきゃいけない掟や心構えが」


 それはゼレイルと出会うずっと前から守ると誓っていた事、ゼレイルは知る由もない事もあるんだから仕方がないんだけど、と、ルマはゼレイルを消沈させぬよう、傷つけぬよう必死に言葉を加えながら、否定する訳じゃなくて思いを伝えようとした。好意を抱いているからこそずっと言わねばと思っていた事を。


「ゼレイル。貴方は、英雄的な冒険者であろうといつもとても頑張ってる。飄々としてるけど私には分かる。私も帝龍ロガーナン一族として苦労を隠す躾を受けてたから。けど、何かに駆り立てられてるようにも思うの。名誉欲とか復讐心とか何かに駆り立てられて英雄になる事は、凄い事かもしれない。けど、幸せかどうかはわからないわ。復讐者の英雄は、きっと復讐者になるよりは、復讐の切っ掛けになる失ってしまった人を失わずに済んで、平和に暮らせた方がどんなに良かったろうって思うだろうし」


 しかし世界というゲームのイベントのスイッチを自在にオンオフできるとはいえ、オンオフを行うのは、どうオンオフするかを選ぶのはゼレイル自身だ。


「ごめんなさい、ゼレイル。貴方に隠し事とか、貴方を裏切るとか、そういうつもりは無かったの。ただ、四人兄妹で、お互いが見聞きした事についてちゃんと伝えあって考えようと思って。何もかも話せたわけじゃない、お兄様も御姉様も隠している事はある。けど、分かった事もあるの。ゼレイルは凄いわ、いつもへらへらしているのに、何でも何だかんだうまく収めちゃう。ゼレイルはただ運がいいだけのふりをしてるけど、皆そう見てるけど、私には分かる。あれはゼレイルの実力だって気づくよ。でも、今回はゼレイル、違うと思う。無理を通そうとしているように思う。その方が都合がいいからって、誰かに言われたの? そうしろって。だったら……」


 それはゼレイルにとって計算外だった。生きてる人間をサブヒロインの一人程度に認識していた祟りとでも言おうか?


 ルマにはゼレイルの知らない過去が色々あった。一人の複雑で独立した人間だ。


 秘密結社の幹部たる陰謀者を気取り、欲能チートを得た影響で人倫を振り捨てても、所詮かつては唯の未熟な若者だった限界故に、それを察しきれなかった。しかし。


「ゼレイル。私は真竜シュムシュを名乗る二人に会おうと思う。兄弟皆で、この国を安定させる為にも。貴方にもその為に協力してほしい。私達でじゃなくて、皆で。ゼレイルが何を知っていても知らなくても、私はいいから」


 ルマはゼレイルが思っていたよりゼレイルに好意を抱いていた。『旗操フラグ欲能チート』は効かなかったのではなく、寧ろ効きすぎて好意を上げ過ぎた結果、察して気遣って予想外の行動に出てしまったのだ。


 だから、ルマは寧ろゼレイルを救おうとしていた。恋する女ならではの奇跡で、巨大秘密結社の見えざる管理の意図を無視して、理解をすっ飛ばしてゼレイルの背後の状況の本質に直感的に迫っていた。そして、それは良くないといった。ただの人間だからこそ、そう言えた。だが、しかし。


(選択を、誤った?)


 ルマの声を聞きながら、ショックを受けたゼレイルが思ったのはただその一言であった。自分を愚か者と嘲笑う声が何処かから聞こえた気がした。選択を謝ってはならないのに。全てに成功し続けないといけないのに。思い通りに事を進めないといけないのに。そうしなければ、認められない、意味がない。斉賀 和人というこの己自身が、ゼレイル・ファーコーンという異世界人として輪廻転生した意味がないと。


「ゼレ、イル……?」


 俺が否定される。否定されてしまう。見向きもされず埋もれ踏み潰されてしまう。


 ゼレイルの心はそんな思いで一杯になり、ルマの言葉の入る余地が無かった。ルマの不安の声は聞こえなかった。だから……



「……臆病で、愚かな犬だったのかしら?」


 ……同時。『悪嬢アボミネーション』は自分の声が殺す時の声になっている事を知覚しながらギデドスに問うていた。


「所詮他人の為の帝国を維持する為に自分の人生を捨てる愚か者なの? それとも自分の願いを叶え自分の人生を生きる為にすら命を惜しむ臆病者なの? どっち?」

「いい面構えになったじゃねえか。本音が、漸く見えた」


 抜剣したギデドスが、決死の表情で笑う。


「正直、俺にそこまで腹割って話して、そこまで熱烈に俺に自由になれって言ってくれた奴ぁお前が初めてだよ。言っておく。嬉しかったぜ。強い女が好きでそういう女にちょくちょくプロポーズしてたが、あれだ、タイプの女を口説くのと、惚れるってな、こんなに違うもんなんだなって知れたのは嬉しいぜ。こんな時に言うのはなんだし唐突な一目惚れなのは承知の上だが、お前に惚れたぜ、エノニール」

「これから始末されるって時に何言ってんのよ」


 無力化後ルマが有望であれば殺される。ルマがダメであった場合でも『旗操フラグ』に恩を売る為に洗脳したルマが傀儡として使われ、ギデドスは廃棄されるだろう。ルマが事故で確保できずに死なせてしまった場合か、『旗操フラグ』がルマを捨てた場合の使われない可能性大の保険に過ぎないのに、と、『悪嬢アボミネーション』は、エノニール・マイエ・ビーボモイータはそっけなく突き放した。


 『悪嬢アボミネーション』は非武装だ。欲能行使者チーターとして直接戦闘を得意とするタイプでは全く無い。ギデドスは優秀な魔法戦士で、加えてその剣にはかつて殺した欲能行使者チーターの力が宿っている。


 だがそんなもの『悪嬢アボミネーション』が十弄卿テンアドミニスターである事実の前には何の意味もなさない。ギデドスの一目惚れ宣言と同じように。帝龍ロガーナンの龍術では真龍のそれと違って絶対的な効果を持つタイプの欲能チート十弄卿テンアドミニスターの『邪流ジャンル』は防げない。かつてギデドスが殺した欲能行使者チーターは勝手気侭独立独歩に暴れていた末端、『切断キリヒラキ欲能チート』、『何でも切れる』といえば一撃必殺ではあるがギデドスが倒せたように命中しなければ何の意味もない程度のちゃちな欲能チートでしかない。そんなものでは十弄卿テンアドミニスターには何の意味もない。ナイフで戦略爆撃機編隊に抗うようなものだ。



「勝ち取るべきものが何なのかも分からない無知な馬鹿にはなれないからな」

「何ですって?」


 だがギデドスは不敵にそう宣言し。思わず柳眉を逆立て『悪嬢アボミネーション』は問うた。



「確かに、お前にも一理ある。俺は俺の人生を自分で切り開く戦士でありたかったと夢見ながら、そんな俺の恵まれた体格だの充実した装備や教育だの帝龍ロガーナンの血が齎す竜術だのに縛られてるし、餓鬼の頃から教わってきた〈帝龍の命は自分ものではなく税を納める民や国を保ってきた祖先から借りているもので、断じて私してはならないし、民や国の為ならば躊躇わず返さなければならない。〉って教えの中で、出来る範囲でだけ趣味として戦ってた。俺は戦士でも将軍でもない唯の戦道楽だ。本気で命捨てて戦してる傭兵の餓鬼や教えや義務に全身全霊を真面目に捧げてる騎士の足元にも及びやしねえ。まして、命捨てて復讐に殉じながら教えまで守ろうなんてえ真竜シュムシュの女たちの無茶苦茶ぶりには比べる事もおこがましいや」


「諦めるの? 仰ぎ見るだけで終わるの? そういうご大層な物への恨みはないの?」


 VVVVVV……!


 唸るような振動音がした途端、『悪嬢アボミネーション』の片腕が変貌した。蜂や蝶の外骨格を優美な鎧に整形し獅子人間の腕に纏わせた様な姿に。それに動揺する事無くギデドスは続けた。


「未練だの不満だのが無い訳じゃないさ。だが、その度に殺ってちゃ何度戦ったらいいか分かったもんじゃない。命懸けの復讐戦ってな、それに値する相手達にするもんさ。第一なあ」


 ギデドスは笑った。猛々しく、皮肉げで、でも恥ずかしげで、励ますようでもあり、悲しそうな……何と言ったらいいか、少なくとも『悪嬢アボミネーション』は前世今生引っくるめて初めて見る男の目だった。


「犬小屋から豚飼いに逃がして貰って、豚小屋の餌を食うのもな。そいつぁ、得ようと目指す物もその為の手段も間違ってる。その為にくたばっていいって生き方は、憧れて目刺し、恥じず誇れるもんじゃなきゃな。例え、ほんのちょっとだけしか近づけなくても、おい、俺は1回だけでも出来たんだぜ、一人をちゃんと救えたんだぜ、誰にも踊らせられずに自分の選んだ人生を生きたんだぜ、って、そんな風に言えるようじゃなきゃなって、思ったんだよ、お前に誘われた時な。だから、俺ぁお前に逆に言うぜ。なあおい、エノニール」


 剣ではなく、ギデドスは手を差し出した。がらじゃないと恥ずかしげに、だけど、胸を張って。


玩想郷チートピアなんてやめちまいな。細かい事は俺が何とかする、一緒に、面白くていいぜと言い張れる程度の何かを、一つやってみねえか」

「っ……」


 その言葉に、エノニールは……



 ZZZZDOOOOOOOONNNN!!


「「やれやれ全く、何をしているのですかお二人共。〈長虫バグ〉が来ますよ」


 ……数秒後、それぞれ別室にいる『旗操フラグ』と『悪嬢アボミネーション』の元に『情報ネット』が同時に姿を表した。ぱっとテレビのスイッチがオンになるように……欲能チートによる分身投影と幻影を自らに重ねる事による隠密だ。〈帝国派〉外には表向き単なる情報収集能力と言っている欲能チートだが、それより遥かに自由に応用可能な作用の一つな幻影作成能力であるとされていた。


「……分かってる。頼む。少しだけ巻き戻して、俺の説得を受け入れたように」

「はいー、お任せくださいー。あちらの、私の本体の所へ連れてきて下さいね」


 『旗操フラグ』は思い余ってルマに当て身を食らわせ気絶させていた。そしてそのルマの記憶の改変を依頼した。先程の記憶、予想外の説得を無かった事にして、説得を受け入れて自分の意に従ったように記憶を書き換えるようにと。『情報ネット』の、派閥内には明らかにしているより強力なその力の一つで。念の為、それ以外の記憶操作を行おうとしたら失敗するように運命操作の欲能をかけながらだが、それは実質上、紛れも無く洗脳依頼。『情報ネット』は平然請け負う。但し此方に出現したのは分身。


 故に、たった今轟音と共に出来た壁の穴の向こうを、本体の方を向き。分身はそう告げた。


「ぐっ……無粋にも程があるぜ、ヘボ詩人……!」

「SHHHHHH……吟遊詩人は、それしか当てはまる仕事が無かったから名乗っているだけですからね……」


 同時に『悪嬢アボミネーション』の元に幻影を解除して現れた『情報ネット』本体は、嘲笑と共にギデドスの首筋を後ろから掴んでいた。まるで毒蛇が噛むように。ギデドスは咄嗟に抵抗をしていた。流石の剣の腕と反射神経だった。剣に吸収した『切断キリヒラキ』の力を解放した一太刀を振るっていた。だが、斬るというレベルではない、轟音を立てて壁と床を複数枚切り裂いて貫通し通路といっていい程の大穴をぶち開けるという凄まじい破壊力を見せたものの、『情報ネット』に命中させる事はできなかった。それより先に『情報ネット』は『邪流ジャンル』を纏い攻撃をかわしてギデドスに触れ、その瞬間、身を捻って剣を振るった体制で彫像めいてギデドスは呪縛させられていた。


「それでどうします? 『悪嬢アボミネーション』。こいつ何かに使います? 捨てます?」

「……それは……」


 そして『情報ネット』は端的に問うた。『悪嬢アボミネーション』に。人形を捨てるかどうかとでもいうような軽い口調で。


 『悪嬢アボミネーション』は一瞬、返答に詰まった。それは単に二者択一をどちらにするか迷ったというよりは……


「っ、それどころじゃない! 来たわよ!?」「おや!」「何!?」


 『悪嬢アボミネーション』がそれを正確に自己認識するより先に事態が動いた。暫時前だった時間軸が追い付き、追い越していったのだ。即ち、既に『洋風ヨウゲー』『運動スポコン』『最大カンスト』は倒された。そして……!


「そこまでだぁっ!!!!」


 十弄卿テンアドミニスターは見た。ギデドスが切り開いた破孔を突っ切って本来かかっていたであろう時間より僅かに早く、しかし決定的にこの場における陰謀の完了を許さぬタイミングで飛来する真竜シュムシュの勇者、リアラの姿を!


 ……少なくとも先のギデドスの一撃は無駄ではなかったのだ。

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