・第七十一話「かたりきれない物語(5)」

・第七十一話「かたりきれない物語(5)」



 戦う。足掻く。それぞれの命の生きて為さんとする叫びが交錯する。各地で行われる戦いの中で。リアラの力を与えた竜の戦士達も、それ以外の者も。叫びは繋がっていた。それは各地で響き、ルルヤの叫びに繋がる。


 敵一般欲能行使者チーターの数は最早残り僅か。〈王国派軍人党〉の『擬人モエキャラ欲能チート』、『英雄レジェンド欲能チート』、『予知ネタバレ欲能チート』、『再開セーブ欲能チート』、『諜報スパイ欲能チート』、〈軍鬼〉、所属自体は〈王国派超人党〉だが機人化欲能行使者サイボーグチーターという重要戦力である理由の故に『文明サイエンスの欲能』にこっそり呼び戻されていた残党『暴走ツッパリ欲能チート』『虚無ウチキリ欲能チート』、〈帝国派〉残党である帝都の『太陽ダズル欲能チート』と『機操ロボモノ欲能チート』。


 リアラもルルヤもここまで良く守りながら戦い続けた為に多く生き残った仲間達と比べれば、まだかなりの数を有しているとはいえその消耗は明らかだ。


 だがまだナアロ王国軍という巨大な壁がある。それに対抗してその速度で各地で抵抗する〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉を繋げ敵を穿つ為の力が、リアラによる真竜シュムシュの力全ての付与だった。


 陸軍を指揮する『英雄レジェンド』、海軍を指揮する『擬人モエキャラ』、空軍を指揮する〈軍鬼〉、三軍の連絡と作戦補佐を行なう『予知ネタバレ』。〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉が勝つには、これらの頭を叩くのがもっとも強力な成果だ。『英雄レジェンド』『擬人モエキャラ』〈軍鬼〉はそれぞれの軍に守られ『予知ネタバレ』は更に後衛深くのナアロ王国首都コロンビヤード・ワンで『再開セーブ欲能チート』に守られている為恐ろしく危険だが、それしかない。ナアロ軍は巨大で協力だが、大半は装備の強力さに頼った烏合の衆でもある。指揮する欲能行使者チーターを、玩想郷チートピアの存在を叩き砕けば瓦解させうる。


 それ故に現地で必死の抵抗を続けていた者と、【真竜シュムシュの鱗棘】で飛来した者、共に呼応しここを勝機と攻めかかっていた。


 海上では諸島海が艦隊決戦を避けた事で揚陸戦・対地攻撃が主となったナアロ海軍を水際で迎撃していた舞闘歌娼撃団に、『擬人モエキャラ』は己が欲能チートで産み出した、魔法武器を擬人化したその魔法武器を帯び完全に使いこなす美丈夫型の精鋭『雄師ユウシ』達を差し向けていた。


「食らえ!」「遅いよっ!」


 何れも正に生身と武器の強靭さ程にも人間に遥かに勝る身体能力と己自身であるが故に完全に精密かつその特殊効果を無尽蔵に発動しうる『雄師ユウシ』だが、攪乱に長けた戦いぶりを【翼鰭】による補助で更に強化した舞闘歌娼撃団を捉えるのは容易ではなかった。


「ぐあっ……ご主君、申し訳無いっ……」


 寧ろ魔法武器を乱れ打ちにする『経済キャピタル欲能チート』をリアラとルルヤが打ち破ったように、攪乱と高速で出来た隙にルルヤより器用なリアラの【真竜シュムシュの骨幹】で再現した劇団武装をぶつけ、『雄師ユウシ』達を逆に討ち取っていく。偶然にも劇団の使う《霧散》の霊術に似て装束を対消滅させて耐えんとする『雄師ユウシ』達だが、機動性において遥かに勝る舞闘歌娼撃団にじわじわ一体づつ撃破され、金色の粒子に分解し消えていく。


「艦載小型飛行錬術兵ドローンれんじゅつへいを放て! ビキニアーマー共には直接仕掛けるな! 対地対軍攻撃! 焼き払え!」


 だが『擬人モエキャラ』は仮面の下の眉根すら動かさぬ。艦載兵器では【真竜シュムシュの咆哮】を抜けぬと判断し、それを通常の地上軍で叩く事で削がんとし、また己の周囲から軍艦に対し欲能チートを行使する事で擬人化した女達である『嬢士ジョシ』達を護衛として離さない。


(魔法武器も軍艦も幾らでも作れる、捨てた方がいい時は捨てる、それだけだ!)


 その冷徹な指揮ぶり故に、最後まで『擬人モエキャラ』は無防備にはならなかった。


「耐えろ……耐えたか、よし!」


 だが、ならばぎりぎりまで耐えた上で挑むのみ。陸に上がり耐える海賊軍・諸島海軍に小型飛行錬術兵ドローンれんじゅつへいが向かい彼らに出血を強いるその時を、ここがギリギリと見切り仕掛けてくれると陸に上がって指揮を行っていたボルゾンは確信していた。


 ZBAW! ZAOW!


「来たか! 『予知ネタバレ』の知らせ通りだ! 行け『嬢士ジョシ』!」「来たさ!」


 『擬人モエキャラ』座乗の旗艦至近に水柱。真竜シュムシュの力を得たハリハルラが部下をボルゾンに任せ水中から飛翔し切り込む。残る防壁は『嬢士ジョシ』のみ。『予知ネタバレ』からの警告で最後まで『擬人モエキャラ』はそれを手放さなかった。だが。


「俺もなぁっ!」「おのれ! 魔竜ラハルム風情がつけあがってっ……!」


 水柱は二つ、ひとつは更に大きい。……海軍全体の動きはくまなく護符を配るわけにいかぬ以上読まれてはいたが、伏せ札であった海嵐魔竜ラハルムリギザザがここに加わる! 戦力バランスを破って!


「【GUWAAAAAAAO】!!」


 海の嵐を司るリギザザの【魔竜ラハルムの息吹】は、風と海水と雷の複合属性だ。通常の軍艦より遥かに頑丈なナアロ海軍の魔法機械化軍艦も、機械であるが故に、自然のそれを上回る精度で命中してくる雷と進入してくる水に、機械部分にダメージを受け機能低下は避けられず、まして繊細な小型飛行錬術兵ドローンれんじゅつへいはばたばたと落とされる。


「今だ、魔法攻撃、撃ち返せ!ラトゥルハを支援しろ!」「応!」


 そうなれば舞闘歌娼撃団だけではなく耐えていた諸島海の面々も支援を行えるようになり……


「あんがと……さあ!海よ風よ嵐よ光よ!行けぇえっ!」

「くっ、拙いっ……!?」


 魔法に長けたハリハルラの元から会得していた魔法と竜術の合成乱射が『嬢士ジョシ』を打ち崩し、そこにリアラのアレンジにより刃の鋭さを持つ【翼鰭】を煌かせて突撃。崩された『嬢士ジョシ』を更に切り刻みハリハルラは『擬人モエキャラ』に迫る!



 そして空の戦いでも、リアラの力を受けた者達と、それに呼応する者達が戦場を動かしていた。


「しぶ、とい! 『虚無ウチキリ』! まだそちらは片付かないか!」


 『勇者ブレイブ欲能チート』の強大な魔法力による攻撃魔法の対空弾幕と、村井と依依によるそれにより撃墜された己が手勢の魔法銃を拾っての更なる対空弾幕の追加。


 その中で〈軍鬼〉は何発化の直撃弾を受け血を噴きながらも怒号した。欲能チート無しでナアロ王国幹部に名を連ねただけの事はある。即死せぬ硬度の防御魔法、即死しなければ踏みとどまる回復魔法、竜術顔負けだ。


「ぐわーっ!?」「くそ、落ちない! 落ちないぞ、当ててるのに!」


 だが部下はナアロ王国の中では精鋭とはいえそれほどまでの練度には達しえなかった。戦闘の中でばたばた落ちていく。皮肉にも海と違いこのままでは部下の損耗の方が耐えられない状態となる。それ程の撃墜数は対空砲火だけでは不可能。それを可能にしているのは……


「っ、うああああああっ!」

「こん、のぉおおおおっ!」


 BIMBIM!ZAPZAP!


 何発も魔法銃の直撃を受けてボロボロになりながらも、陽の【息吹】を連射して戦い続けている、戦線を移動してきたララとキーカだ。


 無論、彼女らに技量等ある筈が無い。ただ飛翔し、ただ魔法攻撃し、愚直にヒットアンドアウェイを続けているだけだ。


 だが、至極単純だがこの状況相性がよい。リアラから与えられた竜術一式、【鱗棘】と【血潮】を持つが故に【翼鰭】の速度任せのヒットアンドアウェイで被弾確率を一定以上減らせば、一定数しか減らしきれずに命中弾がある程度あっても耐えられる。そして攻撃の【息吹】は陽の属性ゆえに当たりやすく避けにくく、そして敵の雑兵はあくまで何とか量産に成功した魔法装備で飛行している。敵の方が練度は大分上だ。ララもキーカも攻撃を食らい苦痛に苦悶するし攻撃を外す事も多い。だが外さなかった攻撃を相手は速度差故に避けられず、そして竜術による生存力の高い二人に対して食らえば装置が火を噴き墜落する。相性が良いのだ。


 あくまで空中からの攻撃の優位性こそが取り柄で空中戦は多対一の数任せ量産型飛行魔法装備の利点を打ち消してくる真竜シュムシュの力を得た者達による空中戦。


 そしてそれが可能になった即ち二人が自由に動いてここに来れるようになったのは、正に〈軍鬼〉がまだかと言うとおり。


「てめぇ! 死ぬ気か!? 自分の傷より、俺を止める事がそんなに大事かぁ!?」

「それが騎士と言うものだぁっ!」


 それまでの機械然とした様子をかなぐり捨て、瞳のギラギラ渦巻いた目を血走らせ獣のように吠える『虚無ウチキリ』、それに死に物狂いに食らいつく屠竜騎士フェリアーラのお陰だ。彼女の片手が螺旋錐ドリル、片手に投斧トマホーク装備の『虚無ウチキリ』、その投斧トマホークを肩口に食い込ませたまま、両手装備の己の大剣《硬き炎カドラトルス》をあえて使わず、片手で螺旋錐の生えた『虚無ウチキリ』の腕の二の腕を掴んで離さず、もう片方の籠手を着け【爪牙】で強化した拳で『虚無ウチキリ』の顔を何度も殴る捨て身の持久戦の成果!


「どんな状況でも勝って生きるギラつきの無い奴に! 自己犠牲なんぞに! 俺が! 負けるとでも! 思ってんのかぁあっ! 俺は生きる! 生きて勝ち続け生き続ける! 進化して、もっともっと強く……!」


 ララとキーカを自由にして、味方全体の勝機を増やす為に己が身の苦痛も甘受し命の安全を捨てた。そのあり方は『虚無ウチキリ』には理解できぬものだった。生き延びて強くなり制覇し続ける事こそが命であり戦いだと。だが、フェリアーラはそれが己だと血を吐きながら高らかと肯定した。


 『虚無ウチキリ』はもがき、『打ち切る』欲能の力を直接破壊力に変換した光線ビームを乱射し、機械化した肉体の限界を『打ち切る』事でその機人化体を強引に進化させる事で逃れんとするが。


「……そうして生きて、何をするんだ、お前は。戦いを楽しむ、それだけか?」

「それで何が悪い! 戦う! それが命の本質だ! お前は何だ!」


 フェリアーラは凄まじい殴り合いの合間に一瞬、酷く静かに問うた。フェリアーラの女にしては逞しい肩に食い込んだ斧が外れなくなり、欲能チートを用いて摩擦抵抗を『打ちきり』引き抜こうとする前に問答を挑まれ、虚を突かれた『虚無ウチキリ』は思わずそう言い返す方を優先した。


「私は」


 フェリアーラは答えながら拳を振り上げた。『虚無ウチキリ』は一拍遅れ間に合わぬ事を察知し斧を引き抜くのを諦め拳を握った。フェリアーラは思いを込めた。騎士として過ごした昔、竜から守った平穏な村、女ながらに騎士となった家の複雑な事情を乗り越えていった絆、憧れた人も居た。玩想郷チートピアの陰謀で全て『色欲アスモデウス欲能チート』に奪われたが、その後にも日々はあった。騎士見習いの少女や侍従達、新しい主君ユカハに稽古をつけた新しい日常……


「もっと美しいものを知っている!!」「おおおおおっ!!」


 二人の腕が互いの顔面目掛けて交錯する!


「くっ……!」「一尉ッ!」「舐めるなぁっ!」


 その対決の激烈を見て、逃れんとした〈軍鬼〉を村井が討たんとする。だがそれに〈軍鬼〉も応戦する。交差する銃弾!


「……そっちこそ……」


 撃ち抜かれながら、村井は尚言葉を紡いだ。頬を裂く銃弾より、何事か言わんとするその言葉への干渉が〈軍鬼〉を八重垣一尉にした。


「……俺の仲間を舐めすぎです」「取ったっ!」「ぬおおっ!」「しまっ!?」


 その感傷の一瞬の隙に、依依の銃と、大跳躍を連続し空戦錬術れんじゅつ士達を踏んで飛び越え飛び上がってきたガルンの一撃が、〈軍鬼〉を、捉える!



 そして主戦場たる陸戦ではナアロ海空軍の侵攻が食い止められた影響を受け、辺境諸国軍がそれに警戒してその襲撃に対応する必要がなくなり各地の戦場が収束する事で、ナアロ陸軍に対して辺境諸国軍、いち早く動いた太子派連合帝国軍、長駆鉱易砂海から駆けつけた砂海残存軍が連合しナアロ陸軍と激突していた。


「指揮扇動だけの男と思うなよ! 『和風パトリオット欲能チート』や『功夫カンフー欲能チート』みたいな1ジャンル特化の狭い奴等なんぞに劣りゃあしないよ!」


 地球の歴史や伝説の英雄の力を再現する『英雄レジェンド欲能チート』が、普段軍勢の指揮に用いていたその欲能チートを身を守る為に切り替え、洋の東西を問わず次々と様々な武技を繰り出す。過去リアラとルルヤが戦った戦闘特化の欲能行使者チーターに勝るとも劣らぬ戦闘力を発揮!


「ヒャッハーーーーーーッ!」


 相変わらず密林の猿の様に吠え猛り、機械の体を再製造された機人化欲能行使者サイボーグチーターである『暴走ツッパリ欲能チート』が突撃する。


 そして『動屍神アンゴッド』が倒れたとはいえナアロの機械兵器も健在だ。


 だがその危険な戦力を、迎撃し押さえ込む〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉もまた連合する。


「どっせいっ!」


 重武装の機械兵器を次々土俵に引きずり込み射撃武器を無効果して豚鬼オークの怪力と横綱の技で投げ壊す『相撲SUMOU欲能チート』。


「どったの、先生? 前線に出て……もう、それくらいしか手がないだろ!」


 『英雄レジェンド欲能チート』と互角に渡り合い、攪乱する『笑劇ギャグ欲能チート』。


「貴方の力は!」「もう名無ナナシから聞いてる!」「ぎゃああっ!?」


 そして機人化体サイバネボディこそ再製造時に改造強化されたが当人の人格も技量も欲能チートも全然強くなっていない『暴走ツッパリ』を、過去にそれと戦った名無ナナシの仲間であるユカハとミレミが迎え撃つ! 車輪で動く時に強化されるという特性を掴めば車輪殺しの技を仕掛ければ隙を突くは容易く、また頭部があれば生き延びられるというのであれば頭だけを砕くのみと、ミレミの魔法とユカハの魔法剣、そして二人に与えられた翼が、単細胞の鉄猿に最早生き残れる理由等無しと、空中に跳ね上げそして単分子刃を兼ねるリアラ直伝の【翼鰭】のダブルアタックがその頭部を四つに切断打倒殺!


 更に『動屍神アンゴッド』が倒れた事により諸部族軍も戦意を盛り返した。


「うぉおおおっ!!」


 大甲羅獣を狩るように装甲兵を突き、山巨獣を狩るように戦車を穴に落とす!



 正に、混珠こんじゅの全てが戦っていた。ここで語られた他にも多くの戦いがあった。



 そして、その全ての戦いに破局的な影響を与えようとしていた、『文明巨躯メカシュムシュ】による魔族魔獣の魔王軍として動員という策に抗う声が、全ての戦場が存在する混珠こんじゅ世界全土に響き渡る。


「《四代目勇者と三代目魔王の名を覚えている魔族達よ、魔獣達よ》!」


 アヴェンタバーナから朗々と響くのは、本来五代目魔王に成る筈だった者の声。


「《三代目魔王軍陸将爵の顔を、海将爵の顔を、空将爵の顔を、四代目勇者の仲間達の顔を覚えている魔族達よ、魔獣達よ》!」


 四代目勇者と三代目魔王は激突の果てに和議を結んだ。戦いの証である〈千切れ半島〉の崩壊は残っている。だが、その果てに人と魔はその時和解した。草海島が魔族の領土となっているのはその為だ。諸族和解の象徴として、負の面もある半魔侍女が帝国に残されたのもその為だ。


「《それに同意した者は矛を納めよ! 同意しなかった者もまた矛を納めよ! かつて魔王に逆らったのなら、その独立独歩の誇りを守れ! 付和雷同するならば、かつての反逆は痴愚に堕落しようぞ》!」


 三代目魔王は四代目勇者と結婚し、草海島での魔族領の統治確立に最後まで身を捧げた。それはある意味魔神戦争以来〈魔族魔獣を軍勢とする者〉でしかなかった魔王が、〈魔族の統治者〉となった大きな歴史の転換だった。


 そしてそれを継いだ者がいた。魔王ではない。混珠のこれまでの定義による魔王を継がなかった。だが〈草海島の魔族の、即ち三代目魔王の和睦を認めなかった者を除く魔族の統治者〉としての存在が。それは、勇者と魔王の間に生まれた子。


「《恨みや怒りを捨てよとは言わぬ! 我もまた魔なれば! だが誇りが恨みや怒りに勝るかを問え! 誇りが恨みや怒りより下回るのであれば……その恨みや怒りを、過去の無念を、戦いの歴史の敗者被害者を薄汚いものと貶める事を思い出せ》!」


 彼女は、アヴェンタバーナの中央に立って叫ぶ。真竜シュムシュの座した空き地に、魔族の儀式魔法用魔方陣を広げながら。一見してあまり魔族には見えない、清らかではあるが気の強そうなハーフアップの灰髪をした、極普通の神殿学校に通う若い女学生めいた魔王ならざる魔王の子、魔王女。


「《三代目魔王と四代目勇者の誓いを見知らぬ者も、その話を聞いた者はそれを思い出せ! それを聞いた事が無い者は聞いた者と知る者を見、己が見識を参照せよ、参照する程の見識が無いと言うなら、まずは落ち着け、軽挙妄動を控え、見た上で判断せよ》!」


 魔王女は語る。草海島の魔族に対してだけではなく、全土の魔族と魔獣へ。獣であれど意味を理解する言葉を。魔獣魔族相手ならば何処へでも伝えられる魔法《魔号》を使って。世への恨みこそ魔の根元。ならば恨みを尊べ。他に叩きつけるに足る恨みであると言えないならば、何で魔族魔獣たると言えるかと。


「《そしてその上で尚かの扇動に乗るという者よ、勝手にせよ、但し》!《他の魔も勝手にする。殴ろうとするものを殴る事も勝手にする。それでもいいなら、せよ。少なくとも私は殴る。以上! 私は好きに言った、各自、判断せよ》!」


 その叫びは、命がけのものであった。本来《魔号》は文字通りの魔王にしか使えない力。魔王ならざる魔王がそれを使った代価は余りにも大きく。拳を振り上げ、語り終えた後……血を吐いて崩れ落ちた。


 その周囲を守っていた、仕置き済み、敗北者、落ちこぼれ、へっぽこ、下位低級と的にも味方にも思われていたチーム【懲】【罰】の欲能行使者チーター達は、その体を支えながら泣き崩れた。


 魔王ならざる魔王の人となり。そしてそれが、如何に彼らに影響を与えたのか。それはリアラとルルヤの物語とはまた別の、かたられない物語だったが。しかしそれは紛れもなく混珠に存在した物語であり……そしてそれは混珠を大きく揺り動かした。


 これが魔王軍が『文明巨躯メカシュムシュ】の声に従わなかった理由だった。己等の憎悪と怨恨と怒りという負の存在への、あえて抱く誇り。血の滲んだ唇で笑い、倒れた魔王女は天を睨んで声無き声で叫んだ。だれをどういう風に憎むか、どう戦うか、どう生きて死ぬかは己が自由に決める。己は己だと。彼女はそれを思い出せと皆に言った。自分に従うのではなく、皆がそれぞれそれを思い出した上で判断せよと。そしてそうなった。個別に自由に、知った事かと抗った。



 その鋭く猛々しい魔王女の眼と、ルルヤの瞳は、ルルヤの不屈は同じだった。それがルルヤが抗い続ける理由だった。


「おのれ……」「……大した意地だ」


 『文明巨躯メカシュムシュ』は唸った。これは一筋縄ではいかぬと。『交雑クロスオーバー欲能チート』は寧ろ、感嘆といった風であった。


「だが」「覚悟を決めたまま死ねるか? いやさせぬ、それは変わらんわ!」


 しかし『交雑クロスオーバー』は、それでも尚それを踏破してみせる、するのだという確信を以ってその視線を否定する。『文明巨躯メカシュムシュ』が吼える。『竜機兵ドラグーン』が動き出す!


 ここまでの戦いは激しく、ぎりぎりながらも、互角と優位の狭間を揺れ動き、後僅かで優位に手が届く……そんな戦いだった。だが。


 それにより各地の戦況は、真竜の力を与えられた戦士達が空を駆けた時の逆転ムードから、再び逆転され、追い詰められ、命が失われていく。


 『竜機兵ドラグーン』達が加わった事で、状況は逆転された。それに乗じて残存する〈王国派軍人党〉の抵抗も増し、それを防御しようとすれば機動力に秀でた『竜機兵ドラグーン』が殺しに来る、腹背に敵を受けるに等しい状況の上に、『竜機兵ドラグーン』そのものの戦闘能力も極めて高く……



「ば、バカなっ、この俺が、海で水の支配を奪われるとは……!?」


 海嵐魔竜ラハルムギリザザが絶叫した。その体を水面から持ち上げ切り刻むのは、自然界ではあり得ない巨大で鋭利で極低温の氷山。行きの決勝を拡大した様な刃状構造がリギザザの肉に食い込み肌を肉を凍らせ皹入れ砕き……更に切り裂く! 致命的に!


「ぐがあああああああああっ……!!」


 リギザザが氷山に裂かれ水面に転落し、海が赤く染まる。それを行ったのは『竜機兵ドラグーン』の一体、黒い髪をした氷の【息吹】を操る個体。


「リギザザ!? っ、あと一歩、だったのに……!」


 更に『嬢士ジョシ』達を切り倒し『擬人モエキャラ』を今正に切り捨てんとしていたハリハルラを氷の障壁で妨害し、指先から無数の氷弾を乱射し接近。白兵戦に持ち込んで阻止!


 ZGDOOOO!


 同時に海面から立ち上るのは水の竜首、いや水の竜巻だ。その中心には青い髪をした『竜機兵ドラグーン』。黒髪のとは似て非なる水属性の【息吹】は、この状況では周囲の海水全てを武器とする力となる。


「やれやれ、津波は飛んで逃れたが……とんだダンス相手じゃないか……!」


 粉々に砕け散った沿岸部から辛うじて飛び上がったルアエザが冷や汗を拭う。その力は竜の力を得た歌唱舞踏劇団全員を纏めて相手取れる程のアドバンテージだ。


(ハリハルラがヤバい。何とかしないと……!)


「こっちはいい! 誰でもいい! 『擬人モエキャラ』を……!」


 ルアエザの必死の思考とハリハルラの必死の叫びが空に響き消えていく。



 そして更に空には介入の音色が響き渡る。


 KYUGOOOOU!


「ぐわあああああっ!?」「きゃあああああ!」「ッ……!?」


 空中高く跳び上がったガルンが、更に一撃離脱に飛び回っていたララとキーカが吹き飛ばされ叩きつけられた。それは不可視なる風の鉄槌、自然界の嵐の何倍等というレベルではない爆発的な風と竜巻とダウンバーストの複合。口と手だけではなく指先と肩口に有する発射口全てからの一斉発動であるが故の桁外れの破壊力。同時に依依が〈軍鬼〉目掛けて放った魔法銃が緑色の髪と風の属性を持つ『竜機兵ドラグーン』に庇われる。魔法銃は命中しダメージを与えたが、『竜機兵ドラグーン』の装甲はその程度では貫けぬ。


「キーカちゃん、キーカちゃん、私を庇って……!?」「ぐ、う、あっ……」

「兄さん!」「大丈夫だ、もう一度……!」


 ララをキーカは助けたが、その代償として翼は砕け散り、両手両足が曲がってはいけない方向へ曲がっていた。魔法力も尽き最早回復は見込めぬ。翼を持たぬガルンは即死の可能性もあったが、間一髪落下するガルンを支え受け止める『勇者ブレイブ欲能チート』が全力で魔法を使い助けた。再度戦わんとするガルン。しかし『竜機兵ドラグーン』は立ち上がる暇すら与えず、再度の【息吹】一斉発動で地上から支援射撃をしていた面々諸共止めを刺しにいく。


「ぐ、あああああああっ!?」


 そしてフェリアーラの背後から金色の髪と雷の属性を持つ『竜機兵ドラグーン』が襲いかかった。限界を迎えつつあったぼろぼろに傷ついた褐色の長身を機械体アンドロイドの恐るべき力で『虚無ウチキリ』から引き剥がし、鉤爪を食い込ませ電流を流し黒焦げにせんとする。


「……」


 更にそれにより〈軍鬼〉も『虚無ウチキリ』も自由となる。この介入がなければ間違いなく〈軍鬼〉は依依とガルンの攻撃で倒され、『虚無ウチキリ』もまた、ラトゥルハの打撃で頭を叩き割られていた。


 『虚無ウチキリ』は獰猛な表情で唸りながら、フェリアーラ目掛けて止めを刺さんとした。そして〈軍鬼〉は複雑な表情を浮かべて魔法銃を構え直し……



 そして陸の戦場は地獄の有り様と化していた。


 VBSYYYYYY……!!


「【KAAAAAAAA】!!」


 ここに派遣されたのは褐色の髪の竜機兵と赤毛の『竜機兵ドラグーン』。それぞれ【息吹】の属性は【毒】と【炎】。


「ぐはぁっ!」「げぼ……」「ごぼおおっ!?」


 即ち広範囲殺戮に長けた大破壊力のタイプだ。ルルヤが危惧した『文明巨躯メカシュムシュ】の毒よりも早く、毒気が大地を汚し諸国の兵達を次々悶絶させる。更にそこに、口からも指先からも肩鎧発射口からも火炎を噴射する炎属性の『竜機兵ドラグーン』が、逃れられなくなった兵達を包むように炎と爆発をばらまいていく。一度の戦いで数十万の命が消し飛ぶ事もあった第一次大戦もかくやの地獄!


「ぐわああああああああ!」

「っ、『相撲SUMOU』ーーーーーー!?」


 ナアロ軍兵器を欲能で火器を封じ、それでも尚幾ら豚鬼の肉体でも普通ならば到底対抗不能な機械の馬力を横綱の力で投げ壊し続けていた『相撲SUMOU欲能チート』が、武器封じの欲能チートである土俵空間諸共毒気に侵され七孔噴血! ……土俵においてならば不敗であったであろう男が、倒れた。


 そう、真竜の力は欲能チートの絶対強制力を無効化する。それは敵側の真竜兵器シュムシュウェポンである『竜機兵ドラグーン』が味方の欲能行使者チーターを攻撃する時も同じ事なのだ!


「梃子摺らせてくれたね、君も……だが、ここまでだ」

「『英雄レジェンド』ォッ!」

「どうした、笑えよ、『笑劇ギャグ』。……笑えなくなった以上、お前の負けさ」

「ガッ……!?」


 そして『笑劇ギャグ』が一瞬激昂し、戦いあう『英雄レジェンド』への攻撃に全力を込めようとした瞬間。『英雄レジェンド』の言葉と共に、『竜機兵ドラグーン』の炎の剣が『笑劇ギャグ』の欲能であるギャグマンガじみたダメージ無効化を無視してその兎種獣人の胸を、剣でありながら砲撃の如く貫いていた。


「皆ぁっ!?くっ……それでも!!」「こ、のぉおおっ!」


 それでも、毒と炎の中心へ、ミレミとユカハが必死に翼をはばたかせ突貫する。まだ終わった訳じゃない、負けた訳じゃないと。


 しかし即座に炎と毒の『竜機兵ドラグーン』は、そして『英雄レジェンド』は迎撃の構えを整えていた。三対二、勝ち目は……!?



「この状況で、尚諦めぬか? 抗うつもりかのう!?成る程確かに、魔王軍の動員は失敗したようじゃ。じゃが、それだけじゃ。お主の仲間は皆死ぬ。どっちみち戦力としては『竜機兵ドラグーン』で十分。それはもう一匹の真竜リアラ・ソアフ・シュム・パロンとて例外ではないぞ。わしらの手で仕留めたかったが、あれは首領の餌食じゃ。敗北からは逃れられんぞ!」


 その地獄の中心、ルルヤに対し、『文明巨躯メカシュムシュ】は恫喝し、威圧し、ルルヤの心に絶望を注ぎ続ける。情勢の悪化は一部を食い止めただけだと。


 ……そして、そうしながら内心いぶかしんだ。


 電流はどうした。パズソーは、ドリルは、溶断機は、液体窒素はどうした。【巨躯】の全身が血が流れている。だが、鱗を破り肌を破り肉まで食い込んで、それまでだ。そこから先が、削れぬ。パズソーとドリルのモーターが逆に煙を噴いた。


 そう、それでもルルヤの瞳から力が失せていない事に『交雑クロスオーバー』は気づいていた。故に問う。


「成る程。過去にも、あのお前の弟子、リアラが状況を覆した事はある。その可能性を信じる事は分からないでもない。だが、あれはもうずたぼろで、鍍金めっきの剥げた、薄汚れた偽物の英雄である事は明らかな筈。犠牲者が増え続ける事も敗北も最早止められぬ。まして向こうに『全能ゴッド』が出現した事も理解しているのだろう?」


 ここまで見てきた筈だ。その限界を。その罪を。そして【真竜シュムシュの宝珠】を通じて繋がっているのであれば、その覚悟の形が敗北の受容であり、己の罪を認めた上で罪を踏みにじって進む開き直りだと知っている筈だと。


「何故あれを側に置く。何故あれを愛せる。あの程度の、薄汚い地球人を」


 『交雑クロスオーバー』は問う。ルルヤは、答える。


「リアラは自己嫌悪が酷いし、繊細な癖に容赦無いし、戦に頭は働く癖に個人的な感情の処理は下手で、矛盾した所が多い子だ。自分の好意や恋愛感情には特に弱い。子供っぽい私が言えた義理ではないが……そう、私が言えた義理じゃない。私は頭が悪いし武骨でがさつで怒ると手がつけられない凶暴さだ。だがお前らこそどいつもこいつもダメ人間だ。でも、私達が崇める真竜シュムシュだって、きっと完全ではなかった」


 苦笑混じりに、けれど、深い愛を込めて答える。鍍金めっきでも偽物でもないと。


真竜シュムシュが完全だったのであれば、きっと今こうして戦う事にもならず、平和な世が作られていただろうよ。『神仰クルセイド欲能チート』が言ったとおり、私達の神話は、混珠こんじゅという、私達という物語は不完全だ。不完全だからこその私達だ。そうでなければ私の戦いもリアラの戦いも皆の戦いも無かった。戦いは無いに越した事は無いが、私達は戦いの中を戦いの終わりを目指して血塗れで駆け抜ける不完全な存在だ。不完全だからこそ、私達だった。そんな戦いの物語を、始めたのが私だ。私の物語に最初に加わったリアラの不完全を、私が愛さないわけがあろうか!私の不完全な物語を愛してくれたあの子を! 己の不完全を知りながら良き人を愛し、私の様な怒りと武の不完全な真竜シュムシュにすら優しさを注ぎ、身を削ってこの世を愛してくれた……不完全さに勝る沢山の善を抱きしめるあの子を!」


 それは愛の告白だった。物語の英雄の如きと思われる女からの、そんな彼女を愛した子への。不完全さを、至らなさを受け止め、それでも進む覚悟、共に!


「リアラは迷いながらも戦いの人生という不完全な物語をそれでも進んでいく事ができる。だからこそ傷つくけれど、それを愛おしいと私は思うし、そんなリアラに最初からずっと私は助けられている。私はそんなリアラを愛している。だから信じられるし、命を懸けて戦える。それは皆も同じだ。それぞれに信じる想いがあって命を懸けている。私も!皆も!こう生きると決めたからこう生きている!それが生きる事で、不完全でもいいと、そう生きる事が己の命なのだからそう死ぬ事もまた己の命のあり方だと、覚悟の上で!故に、死んでも屈さん!それでも、この力で!皆の為にすべきと思った事をする為にも!」


 それが我等だ、この生が、この死が、この不完全を受け止める覚悟が我等だとルルヤは吼えた。それをルルヤは皆を鼓舞する為に言っては居ない。皆が戦場で、それぞれにそう生きているのを見て言っていた。そう生きてきた己だからこそ紡いだ絆たる彼らの自由と共に、そんな彼らを愛しながら。死を見据え尚生き、戦いを共にする仲間の死を覚悟しながらも尚その死を己が五体で少しでも遠ざける為に……


「愛を知る哀れな竜よ。お前は復讐者として不完全だ。故に、勝つのは私だ」


 不快と優越感の入り交じった表情と声で『交雑クロスオーバー』はそれを評し、そして彼もまた語気を強めた。


「いいや」


 ルルヤは【巨躯】の眼を、頭部の上の幻像の少女の姿の瞳を、かっと見開いた。


「勝たせんよ!負けるには、我等のこの身は罪深過ぎるからな!敗死で償える程、背負った罪が軽くないっ!!」


 ゴウッッッッ!!


 その覚悟は魔法ならざる詠唱であった。己に流れ込み続ける怨念怨恨にルルヤは対峙した。それは力となった。


「お、おおおおおおっ……!?」


 『文明巨躯メカシュムシュ】が叫ぶ。ルルヤの【巨躯】が黒く燃え上がるバーニング。機械触手が、引き千切られ吹き飛ばされていく……!!!!


(……悲しい、苦しい、それでも、それでもっ……!!)


 大陸全土を覆う戦と死は、最早ルルヤの魂を押し流し削り粉砕せんとする土石流の如しだが。


「貴様等が幾度どれほど我等を苦しめようと!逆転し返すだけだっ! リアラの事も信じているが、私もまた私の力で逆転する!皆を! 少しでも多く救う為に! 」

「ぬおおおおおっ!? 馬鹿な、この力、勇者の魔法力か!?じゃが馬鹿な、この状態でこれほどまでの竜術を使えば、暴走が発生する筈……じゃというに何故!?」


 覚悟してルルヤもその力を振り絞り、逆転を狙う逆襲の一撃を発動させる。皆の再反撃の為に、ある覚悟でもって更なる力を引き出し、絡み付く機械触手全てを完全に弾き飛ばし吹き飛ばす! 戦いの先を見据え、前に出る!

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