・第七十話「かたりきれない物語(4)」

・第七十話「かたりきれない物語(4)」



「TR、計画……ぐっ!?」


 『交雑クロスオーバー』の言葉にルルヤが問い返す余裕は無かった。


 『文明マキナ』に乗っ取られたラトゥルハの【真竜シュムシュの巨躯】から、真竜シュムシュ信徒同士というバックドアを使って猛烈な呪詛が流れ込んでくる。


 ラトゥルハの空虚、嘆き、悲しみ、恐怖、混乱、屈辱、呪詛。それがその有り様に義憤を抱いていたルルヤに、我が事として襲いかかる。


 心が痛む。重く沈む。それは勇者の勇気による精神力即ち魔法力の増幅と拮抗し、負の方向に押し込みにかかろうとする。乗っ取られた【巨躯】の胸元、カバーの中で露になったラトゥルハの上半身に、ヘドロのような闇が絡み付く。物質化するまでの量を備えた、恨みと憎しみと悲しみの負の魔法力だ。


 そして、それはラトゥルハのそれだけではない。


(平和な世界が手に入るんじゃなかったの? 悲しい、悔しい、何で、どうして。あたし達は、何の為に……)

(貴方、はっ……!?)


 全く別の呪詛の声が聞こえてきた。リアラとは似て非なるバンダナを巻いた金褐色の髪をした、ルルヤと同じビキニアーマーを着た女。


(ナナ、様!?)


 ラトゥルハにまとわりつく闇の向こうから見え伝わる気配は、伝承に伝わる祖のそれだ。さらに言えばそれだけではない。青黒い髪の清楚な女が憂鬱な表情を浮かべ、屈強な赤毛の大男が憤怒し、栗色の髪の柔和さと活発さのバランスがある容姿の女が取り縋るように嘆いた。それぞれ断章第三話参照神話時代の真竜シュムシュ信徒、リニー・シュム・シュズ、ギナガ・シュム・ヤクミサ、ライーヌ・シュム・ガシボドか。


 だが。


「負ける、ものか……!!」


 ズズン!


 ルルヤが【巨躯】を揺るがして大きく一歩前に出た。屈さぬ、という意思表示。


「良かろう。この程度で屈さぬ可能性も想定済みじゃ。行け、『竜機兵ドラグーン』! 殺し合え! 混珠こんじゅを血で染め上げるのじゃ! 掲げよ竜紋! 今日は血の宴なり、じゃ!」


 だが、『文明マキナ』からすればそれも想定通りに過ぎない。量産型ラトゥルハとでも言うべき疑似真竜シュムシュ戦士達、『発明品マクガフィン』としてのその名を『竜機兵ドラグーン』達は十六画の爪痕で描かれる真竜の紋章をそれぞれの属性の【真竜シュムシュの息吹】で描き掲げると、次々と各地へとい飛び立っていく。宣言の通り、各地で戦う真竜シュムシュの加護を与えられた戦士達を殺す事で、更なる負の感情をルルヤに注ぎ込んで暴走させる為に!


「貴様ラァ!」


 激怒の余りひび割れた声でルルヤは叫び、それを阻止せんとした。


「残念じゃが、お前の相手はこっち、シュムシュ対メカシュムシュじゃ!」


 だがさせじと機械の首と翼持つ偽の【真竜シュムシュの巨躯】が立ち塞がる! 激突再開!


(おのれぇっ!!)


 四重の意味で、ルルヤは蝕まれ焦り叫ぶ。新たな敵、心への攻撃、仲間の窮地への不安、そして。



「……貴方が、『全能ゴッド欲能チート』。新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの、首領」


 そしてリアラの眼前には、絶体絶命の窮地がある。幻想も現実も関係ないと空間を塗り替えエクタシフォンとこの場を繋いだ、蒼髪赤眼褐色肌、緑と灰の服の、少女の姿をした巨大な気配を持つ存在。


「その通り」


 それはリアラの言葉を肯定した。自分こそが『全能ゴッド欲能チート』。新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの首領であると。


(さて、どうする……!)


 凄まじい威圧感に、しかしリアラは僅かも屈してはいなかった。【真竜シュムシュの宝珠】による思考高速化で、事前の想定とこの場の状況を合わせ、打つ手を探る。


 自分、名無ナナシ、ゼレイル、ミアスラ。『全能ゴッド』の力が誰にとっても致命的なものである事は嫌でも伺い知れた。生存し、勝利の可能性を繋ぐ為に、リアラは幾つか手札を用意している。それは元々この決闘に対しての戦術や戦略や準備であり、それに使ったもの、そちらには使えるが今この状況には使えないものなどが大半だが、この状況でもまだ使える手は幾つかあると。それを、どう。


 ZZZZBLASTOOOOOOMM!!


「!!?」


 爆音が、それも天変地異めいた凄まじい音が響き渡った。『全能ゴッド』の起こした音ではない。その背後から聞こえた。エクタシフォンで何かが起こっているのだ。


「何を……!?」

斉賀さいが 和人かずと。君の物語はまあ、そこそこ応援していたんだよ? 徹底した俗、顔見知りの範囲内と己の女の事しか考えない自分こそが正常だと居直った人間が、狂った程の潔癖な正義を討つ。実現していれば、中々面白い物語だったかもしれない」


 リアラの咄嗟の問いかけを平然と無視し、『全能ゴッド』はゼレイルに問うていた。


「けれど、ダメだったね。なら、もう終わりだ」

「ひ、ぎゃっ!?」


 笑いながら『全能ゴッド』が歩を進め、その肉体を侵食して出現した『情報ロキ』の骸の傍らに居たミアスラ・ポースキーズが悲鳴をあげた。呆然としていた彼女が何が起こったという顔で己の左手を見る。


 指が滅茶苦茶に圧し折れていた。『全能ゴッド』が一歩前に出た結果、『全能ゴッド』より後ろにはみ出た左手の指四本が、まるでトラックに踏まれた空き缶の様にくしゃくしゃに圧縮されていた。


「いきゃああああああああああっ!?」


 泣き喚いてミアスラが転がるように傷口を押さえて前に走り出た。『全能ゴッド』はそれを見ない。先ほどのあれは間違いなく『全能ゴッド』の攻撃だ。だがまるで悪意がない。まあ、もう要らないから消えればいいな、邪魔だから、でもわざわざ消す程ではない、ついでに勝手に消えればいい、とでも言うように。


「君よ、君よ。主人公生活のそみのくらしは、楽しめたかい? 残念だけど、終わりの時間だ」


 裂けたような笑みを浮かべ『全能ゴッド』が前に出る。ゼレイルを見ながら。ミアスラの事は見てもいない。だが混乱したミアスラは足をもつれさせ転んだ。『全能ゴッド』の歩く先の足元に。


 『全能ゴッド』はそれを一切無視して進む。ならば何が起こる? 『全能ゴッド』がミアスラに躓いて転ぶ?


 まさか。蟻の様に踏み潰されてミアスラが死ぬ。理屈を無視して。その場に居た全員に、それがはっきりと理解できた。更に同時に、空間の繋がった『全能ゴッド』の背後、帝都エクタシフォンで更なる爆音が響いた。


 即座の行動が必要だった。


名無ナナシ!」「応!」


 リアラは名前だけ叫んだ。上空を警戒していた真竜シュムシュの力を得た名無に。詳細な戦術は、【真竜シュムシュの宝珠】による高速思考と通信で行う。


「あ、あ」


 つんのめって転んだミアスラは手の傷を抑え、後ろの『全能ゴッド』を振り返って恐怖と絶望の表情を浮かべた。


「っ、っ……」


 ゼレイルは、怯み立ち尽くした。過去の玩想郷チートピア会議に十弄卿テンアドミニスターとして参加していた時は、あくまで十人いる同格の一人の中で正体不明の古株が首領を名乗っている程度の認識で、会議に出席せず二位エターナル十位マスコミを通じて託宣めかせたメッセージを発するそれを、そこまで深く意識してはこなかった。


 だが今、それがどれ程恐るべき存在か分かった。こいつは完全に、こっちを、道具としてか餌としてか愛玩動物としてか、何れにせよ存在自体の格のレベルで下の存在と見なしているし、それに値する存在だ。


 それが今自分に向かってきている。恐ろしい。その声を聞くだけで、この心も魂も失ってしまいそうな真実をあれが秘めているように思えて仕方がない。


 ミアスラ。嗚呼、ミアスラ。ミアスラが危ない。だけど、もう、それを助けようとか、ミアスラが大事だとか、もう、もう。


 ゼレイルは理解した。リアラが己を殺さないのは、負い目や筋もあるが。成る程、自分が過去に殺してきた人間の遺族の憎しみや応報等について、リアラは考えていると言った。それを晴らすと。いずれ此方の抵抗を封じ殺人と冒険者法違反で正式な裁きを受けさせる心算でもいるのかもしれない。だが、それ以上に。


 成る程、これが罰かと思い知る。心が折れたのに悪役として死ぬ事も許されずに生かされ続けるのは。


 己が憎しみ戦おうとしていた相手が、己が恐れて全てを見捨てて何もかも失った自分の生存を尚も願わずにはいられぬ恐るべき存在に、燃える都と傍らの仲間とかつての敵を守る為に挑みかかろうと、己の横を駆け抜けていくのを見せつけられるのは。


 これ程残忍で陰惨な復讐も無いと、ゼレイルは皹が入る程乾いた笑いを溢した。



 ゼレイルの停滞を置いて、世界はどんどんと進んでいく。


「【嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼】……!!」


 『文明の欲能マッド・デウスエクスマキナ』が融合した【真竜シュムシュの巨躯】から声が響き渡る。怒りと憎しみと呪いと嘆きの入り交じったラトゥルハの叫びだ。だがそれは奇妙に二重に響いていた。三本首の根本、航空機の風防じみたカプセルに閉じ込められたラトゥルハが闇めいた負の魔法力に侵食されて叫ぶ悲嘆の絶叫と、それとは別に『文明マキナ』の変じた機械の竜首の口から溢れる呪詛呪文。


「ラトゥルハの、声だけでは、無いな……!?」


 その強烈な、心を抉り、盲目的な怒りを沸き立たせようとする声に唸るルルヤ。


「如何にもその通りじゃ! これは言うなれば『魔王の咆哮』じゃよ!」


 それに対して、三本の内呪詛呪文を鳴らす中央頭部とは別に、リアラから見て右の頭部が『文明マキナ』の声で喋った。


 SYUGGGGGGO! ZAAAAAAAP!


 同時に左の首の背鰭めいた棘を再現した機構からミサイルを発車し、口腔内部のパラボラからメーサー光線を放出する。


「【GEOAAAAAFAAAAANN】!!」


 同時複数別照準非魔法射撃攻撃、だがそれをルルヤは【咆哮】と共に【息吹】を放つ事で纏めて防御反撃。ミサイルがハッキングされたかのように逆を向き、メーサーブレスが跳ね返される。ミサイルは融合体・『文明巨躯メカシュムシュ】に逆転着弾する前に空中で自爆させられ、メーサーブレスは完全に金属化した両翼が盾となって跳ね返した。小揺るぎもせぬ。最初からこの程度は想定内、この攻撃は【巨躯】使用時の竜術同時講師能力の限界を探る為の捨て石か!


「この世界の魔獣魔族は、稀に発生する一際強壮な魔族である魔王が命令する事でそのもとから亜獣より高い人類への攻撃性を増強させ、己の命より人類への敵対を優先する魔王軍となる! 本来は諸々の理由での社会不安や人心の荒廃があった時に発生するのじゃが、逆に人工的に強い魔を作ってしまえば任意にその状況を起こす事も可能じゃ! これもまた『反逆アンチヒーロー』を作った理由!」


 大きく開けた中央の口の奥、ラトゥルハの口元から胸元にかけての肉体を内蔵した機械が鳴り響き続ける。


「魔族細胞を一部に用いて製造した魔属性を併せ持つラトゥルハの声を模倣する事で魔王の権限を掌握し、魔物を使役する事が可能となるのじゃ! ふふ、もうじき魔物の軍勢が世界中で溢れ帰り押し寄せるぞう? 心豊かに育ってたっぷり絶望のエネルギーを作ってくれる事も併せ、孝行娘じゃなあ!」

「外道がぁああ……!!」


 怒るルルヤの【巨躯】頭部に浮かぶ幻像が乱れ、表情が苦しげに歪む。【巨躯】自体も、体のあちこちから黒い【息吹】が漏れて燻っている。


(くそ! 本当に、調子が、酷く悪い……!)


 盲目的な怒りを感じる。『増大インフレ欲能チート』相手に突っ込んで不覚をとった時と同じような感覚。『文明』そのものが怒りを誘う外道である事も事実だが、それ以上に、覚えもない大量の過去の記憶とそれに伴う怒りが大量に湧いて出て心を掻き乱して思考速度を落とし、【真竜シュムシュの血潮】のお陰で感じた事も無かった、重度の発熱と二日酔いと節々の痛みと筋肉痛とを同時発症したような強烈なバッドコンディションで、先程までは生身と変わらず軽やかに動かせていた【巨躯】が、山を担いで戦っている程思い。強烈な打撃を受けた時や重度の睡眠不足の時のように、意識が断続的に飛びそうになる。飛べば魔に堕ちると本能的に察する。


「【GEOFAAAAANN】!!」

(だが、負けていられるか! いられないよな、リアラ!)


 己に喝をいれるために咆哮する。竜術を封じられたリアラが『否定アンチ欲能チート』に勝ったのだ。それに比べれば、負けるわけにはいかぬと。


「そうれ、行くのじゃ! 真竜シュムシュの力を受けた仲間を殺してこい! 殺しあってこい……力を授かったせいで死ぬと、恨み言を吐かせてこい!」


 『文明マキナ』が叫ぶ。『竜機兵ドラグーン』が飛んでいく。駄目だ、追いきれぬ。ラトゥルハを倒せば【真竜シュムシュの地脈】の使用の自由を取り戻せると言う勝ち筋は消えたか?


(とにかく、こいつを!)


 過去の例からして『文明マキナ』を倒せば解決できるという訳ではないだろうがこいつを妥当せねばなにも始まらぬと、前に出て『文明マキナ』に襲いかかるルルヤ、その機械をラトゥルハの体から引き剥がそうと、爪と牙を振るう!


「【AAAAANN】!!」

「物凄い力じゃな! じゃが……ひょひょひょ、わしも力が漲るぞい!」


 GGG……BA、GINN!


 強烈なルルヤの【巨躯】の爪や牙が、防御する『文明巨躯メカシュムシュ】の機械の翼腕に食らいつきたつ。火花が散る。装甲が軋む。めりめりと間接が強引に引き伸ばされる……ついに先端が食いちぎられる! 機械油と歯車とコードとチューブの残骸がばらばらと振り撒かれる!


 だがその機械翼腕が、内側から部品が溢れるようにして再生、いや再生産されていく! 機械部分の再生を苦手としていたラトゥルハ以上の再生力だ!


「『科学万能・輝灼未来マッド・デウスエクスマキナ』は、効率的に生産し改善し進歩する!」


 再生産された機械翼腕は、生身でのラトゥルハ戦でルルヤが使った仕掛鞭剣めいた多節の刃めいた構造。それを大きく振り回し、『文明巨躯メカシュムシュ】が反撃!


「腕だけ進歩させても、使い手がお前ではな!」


 バッドコンディションの中でルルヤは吼え、巨大な機械翼腕剣を己の腕の鱗を刃の如く逆立たせ捌く、捌く!


「ならばプログラムも改善するまでじゃ!」


 だが、どんどんと機械翼腕剣の動きもより素早くより技巧的により効率的により精密になっていく!


「そしてぇええ!」


 バキバキと弾き返され皹を入れられた機械翼腕剣が自ら割れる様に数を増やしていく。四本、六本! ルルヤは頭突き、顎、尾まで使い弾き返していくが、それが精一杯、攻撃が通らぬ。


 更に攻撃を受け続けるルルヤの【巨躯】の腕から出血! 『文明マキナ』、焦りを誘う様に機械首から毒液と毒ガスを噴射!


「これならどうじゃ!」「効くか、こんなもの!」


 【咆哮】対策のつもりか、だが【血潮】が防ぐ。ならば物理ダメージを再生するリソースを解毒で消費させる作戦か。だがこの程度で心は折れぬ。しかしますます状況が悪くなる。長期戦となれば毒液毒ガスが拡散し周囲を巻き込む!


「【AAAAAAAAAAAA】!!」」「くっ……!」


 更に、腕へのダメージの苦痛を押し付けられて、ラトゥルハが絶叫! 何度も戦い傷つけあったとはいえ、その卑劣と無惨と伝わってくる感情にルルヤが唸る。


「捉えたぞい!」「【GEOOOOO】」!?」


 ZZZZZZ! JJJJJJ! GGGGGG!


 消耗にねじ込むように、遂に『文明巨躯メカシュムシュ】の分裂し触手状になった腕が絡み付き、電撃! 更に機械頭部口腔からも無数の機械触手を展開! 先端にドリル、パズソー、溶断機、液体窒素噴射機等を備えた機械触手が絡み付き全身を攻撃する! 一つ一つの触手は小さいが鱗の薄い部位を的確に狙う! 眼球にも迫る!


 苦境。苦境である。しかも尚、『交雑クロスオーバー欲能チート』は戦闘に参加してすらいない。


 否……!


「【GEOAAAA私に触れるな、糞爺】!」


 『文明巨躯メカシュムシュ】の触手を振り払いその翼と首を再び吹き飛ばすべく、【息吹】を全力全開で放つルルヤの【巨躯】。


 ZBBBBBB! KGGGGGG!


「【GOA何っ】!?」


 発射されたのは両者のサイズを考えれば至近といっていい距離。到達は一瞬。


 その一瞬の間にルルヤの【巨躯】と『文明巨躯メカシュムシュ】の間に障壁が展開!


 六星、五星、六角形に魔法円を重ね複数種の文字を重ねた何層もの障壁が、山をも砕くだろうルルヤの【巨躯】の【息吹】を完全にシャットアウト! 更に。


「『終焉縛る不在の枷グレイプニル』『悪を御す無恐の手綱シーダースプ』『巨蛇封ず火の山島シケリア・エトナ』、起動」

「【GOOOOO】!?」


 謎めいた名が唱えられるだけで、強力な未知の魔法で出来た紐が、鎖が、重石がリアラの【巨躯】の周囲に出現し絡み付き強烈な負荷を与える!


「『神定む天命の書トゥプシマティ』、分析。中々の力だ。これなら、十分に使える」


 それを行ったのは遂に参戦の『交雑クロスオーバー』だ。上空から見下ろし、片手をルルヤへ向けている。その表情は淡々と、分析と警戒をしている。ルルヤの今の一撃の攻撃力を、そして『文明巨躯メカシュムシュ】の触手に対する防御力を評価し、そしてルルヤの動きと、他の戦場の動きを居ながらにして見続けている。その背中には幾つもの光のディスプレイが連なったような金屏風あるいは輝く石板めいた何かが翼の様に広がり、そこには無数の楔型文字が浮かび高速で流れ、魔法コンピュータめいていた。


「首領が、『全能ゴッド』が出てきた。状況を畳みに来ている。今はまだ利用可能な状況ではあるが、時間は少ない。続けろ、そして急げ」


 取神行ヘーロースにもなっていない。『増大インフレ欲能チート』を上回る位階の持ち主。未だに本気を出していない。あくまで全体の状況を見ながら、別の視座で戦っている。


 そして、その視線の、先には。


 『全能ゴッド欲能チート』と、それと交錯するリアラと名無の姿があった。


 おや、というように、『全能ゴッド』は微笑んだ。路傍の石を踏んで先に進もうとしていただけなのに、遮二無二リアラが突っ込んできたからだ。


 だがリアラが突撃したのは何もゼレイルとミアスラの為だけではない。それもあるが、エクタシフォン炎上の詳細を確かめ対処する為だ。……送り込んでいた《使魔つかいま》の反応がない。


 リアラの眼は『全能ゴッド』が作り出した空間変化を見定めていた。あれは本当に空間を繋げている。飛び込めば、こちらもエクタシフォンへと出れる。


(((今は、出来るだけ多くの命を守る事)))


 リアラはそう考え名無ナナシに伝えていた。そして『全能ゴッド』も察していた。


 空間湾曲。エクタシフォンの危機的。これだけ消耗した状況で『全能ゴッド欲能チート』とぶつかる危険。考える。その中でどれだけ命を守れるか。今、『全能ゴッド』を倒す心算で戦うのはどう考えても無茶だ、と、双方理解している。


(((だから)))


 リアラの目的は名無ナナシとミアスラとゼレイルを守る事にあった。そして出来れば、エクタシフォンに辿り着く。名無ナナシの目的はリアラを守る事にあった。名無ナナシとしてはゼレイルとミアスラを生かす理由が無い。


 そして『全能ゴッド欲能チート』からすれば、この場で攻撃するとしたらリアラだ。


 ゼレイルとミアスラはどうにでも出来る。名無は、リアラから与えられた竜の力はリアラが死ねば失われる。


「死ぬかい?」「「生かすっ!!」」


 三つの叫びが交錯した時、ゼレイルとミアスラは……



 そしてその、エクタシフォンでは。


「余計な描写が増えてくれるなあ。血反吐を吐いてのたうち回り駆けずり回っても、世界はどんどんと滅びていく。元より、世界というのは滅びるのが自然で必然なものなんだし、ここらでお前らにも犠牲者がばたばた出ないと、物語が締まらないし、纏めきれもしないし、ご都合主義だと不評を呼ぶぜ?」


 物語の中から聞けば狂人の戯言としか思えない、不死者風を吹かす傲慢な批判を呟きながら、物憂げに剣の血振りをし、見下げ果てたという風に視線を送る黒衣纏う白子の男。暗黒幻想的な美麗さに似合わぬ年月で腐った下衆の口調。


 即ち『永遠エターナル欲能チート』、デルリク・ボルニキラド。その足元には、嗚呼、何という事か、帝都で戦っていた太子達が、悉く地を血に染めて倒れ伏している。


 空には、混珠こんじゅ魔竜ラハルムではない無個性な飛竜が飛び回り、帝都にしきりに炎の息吹で空襲を行っていた。


 何もかも赤い中に異物として佇む黒い白に対峙する者に対して、『永遠エターナル』は。


「大体お前らの事は誰も覚えちゃいないだろうし、お前のような新キャラなんて誰も望んじゃいないだろう」


 うんざりだ、というような表情と口調で、新たに現れた眼前に立ちはだかる者達に言っていた。



「【GEOOOO】……!!」「しぶ、とい、わい!」


 うんざりだという言葉はその時『文明マキナ』も口にしていた。その理由はルルヤだ。『交雑クロスオーバー』の力で【息吹】による反撃を封じられ、『文明巨躯メカシュムシュ】と『交雑クロスオーバー』による同時拘束で、肉体も束縛され攻撃を受け続け、精神も責め立てられていた。


 であるのに倒れぬ。そして堕ちぬ。前者はルルヤが口から攻撃に発する【息吹】を封じられながらも防御の【月影天盾イルゴラギチイド】を鱗や瞬膜に類似の概念を纏わせる事で防御力を向上させているからだが、後者はラトゥルハの、そして各地で『竜機兵ドラグーン』達に襲撃される仲間の苦痛が流れ込んでいるにも関わらず。何故だ。


「……しぶとい理由を、教えてやろうか」「ふん……!」


 【巨躯】の頭部に再びルルヤの幻像が浮かび上がる。苦しげに、皮肉げに。


 それに対して『文明マキナ』は苦る口調。『文明マキナ』も『交雑クロスオーバー』も知覚しているのだ。


「……お前達が呼んだ魔王軍が来ないのと、理由は同じさ」


 故にルルヤは説明しない。分かっているだろうがなと言う。それは……

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