・第六十九話「かたりきれない物語(3)」
・第六十九話「かたりきれない物語(3)」
(死ぬ、のか? オレは……死ぬ、のか?)
ラトゥルハは思った。首が無くなったのに何処で考えているのだろうと一瞬疑問を抱いた。気がついた時は暗闇の中に裸で浮かんでいた。そして、すぐに首の事を考える余裕はなくなった。
(嫌、だ)
猛烈な混乱と未練と恐怖と絶望と恨みと怨念が、その思念の中で渦巻いた。
まだ何も分かっていない。結局何も成し遂げられなかった。理由付けられて生まれて、理由のままに生かされて、それに反抗の念を抱いたのに、結局その理由のままに戦って負けて死ぬなんて。『
『
死ぬのか。誰にも惜しまれないまま、一人で死ぬのか。
(嫌だ、嫌だ……嫌だ!)
ラトゥルハは泣き叫んだ。死にたくない、まだ何も、何も無いんだと震えて、その運命を覆す力を求めた。その瞬間。
(イヤダ)(え?)
闇が質量を持った。裸の足に、腰に、背中に、腕に、胸に、首に絡み付く。
(イヤダ!)(あああああああ!?)
絡み付く。入ってくる。汚される。噎せる。飲み込まされる。ラトゥルハはもがきながら闇に飲み込まれる……!
「【GEO……FA】?」
ルルヤは、手加減ままならぬラトゥルハの力と悠長に戦い続けては周囲の味方を滅ぼしてしまう状況と手加減出来ぬ己の未熟さに一瞬竜の顔でもはっきりと分かる程の沈痛と鎮魂の表情で伏せた目を、驚愕に見開いた。
三つ首を吹き飛ばされた筈のラトゥルハの【巨躯】がぐらりと傾き……倒れぬ。
倒れぬのだ。そして、空から声がした。
「何を驚く? しぶとさにおいて、お前達程しぶとい存在は無いだろう、
「っ!? お前は!?」
その声にルルヤは竜の声でも竜同士の念話でもない、元の少女としての声で答えた。【巨躯】の頭部の上に胸元までの上半身のホログラフが浮かぶ。
その視線の先、【巨躯】の頭部よりも更に高空に君臨するその男は。
モノトーンの服。目元を隠す仮面。欲望の力を振るう悪しき超人達の首魁の一人でありながら、信仰者である『
「『
「無論だ。私が来ないと思っていたのか? 」
「ふん、まさかな。いつ来るかと思っていたが……」
「今来たさ。そして、今にこそ勝機がある」
ルルヤは警戒の思考を巡らせる。こいつがどのタイミングで現れるか考え続けてきた。何を仕掛ける心算かについても考え続けて来た。勝負の時間だ。『
「ひょひょ、お任せくだされじゃ」
VN! とSF的な効果音と共に現れるは白衣白髪、骨ばり乾燥した皺顔にぎらぎらした貪欲の炎を灯した気配の男。ナアロ王国首席国家錬術博士、『
「お前が『
ルルヤは、それに対して真剣に怒号した。敵だった。強敵だった。愚かで単純だったとも言えた。だがそれは若いが故だ。あの子は私とそう変わらない年のような姿をしていたし姿相応の言葉と姿相応の戦いぶりを知っていたが、それでも生まれたての命だった。そんな命に、自分で自分の命はこう使う・こういう事の為に使う命だと決めるのではなく生まれながらに目的を仕込むのは、命を生きる・生き方を選ぶ権利の侵害であり、生ける命を殺す事と並ぶかそれ以上に邪悪だと……
「あの子はああ生まれさえしなければ、成長せんとし、仲間の心を気遣い……決して悪い子ではなかった! いっそ私達よりも! それを心が出来上がるより先に目的を与え、よくも歪めた! よくも平気で兵器にしたな! 外道!」
人は自分の命をどう使うか、何の為にどう何処で生きるかを決める事ができる。命はいつか失われるものだからこそ、最初からそのあり方と在処を奪う事は、途中から奪う自分達が言うのも何だが余りに重いと叫ぶ。
「如何にもわしは外道。存在せぬ科学の悪魔に魂を売った邪悪なる神じゃ!」
巨竜の弾劾に、くわと目を見開き『
「やりたい事があったのじゃ! 何を生贄にしてでも、そう、
「貴様……!」
その意味を知っていると、『
「そう、わしは手に入れるのじゃ。おぬしら
「……!!」
ルルヤの声にならない怒りの唸りが鳴る中、『
「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!
人が獣にあらざるは、火もて獣を焼くが故。
文明文化築く余裕は、物質物資あればこそ。
惨禍と愚行を招こうと、産業軍事は手放せず。
知恵ゆえ地を焼き血を流そうと、現代の恩恵を幻想に落とせぬ。
科学・科学・科学・科学、これこそが我が現実なり!
『
その頃、連合帝国帝都エクタシフォン。
「うおおおっ!」
「ぎゃあっ!?」
ギデドスの豪腕が剣を振るい、
それによって正体が露となりながら屍を晒す『
だが。
「お、おのれ! 構わん、やれっ!」
リアラから
「そこだっ!」「きゃああっ!?」
巨大な鋼の拳がルマの周囲を薙ぎ払う。真竜の力を授けられて
その巨大な鋼の拳は皮肉にも本来
「無理するんじゃねえ、ルマ!」「ダメよ!」
変わって『
「粗暴で知られたお兄様が立派に戦ってる、リンシア姉様も馳者達と一緒に対策に努めてた、ちっちゃなルキンも大事な情報を伝えたりアヴェンタバーナの方での指揮を頑張ってる! 私だけ何もしないままにいかないんだから!」
「さりげなく日頃の評判を思い出させてくれやがって! 糞、そんだけ生意気が言えるんなら、ああ、好きにしろ! 高い命なんだ、無駄に死なずに命を使えよ!」
「勿論っ!」
互いに喝を入れあいつつ、共に決意の表情で、揺らぐエクタシフォンで戦う。このは自分達の国なのだから、それを背負う身なのだからと。
だがその決意の表情に殉教・自決の色は無い。二人とも諦めてはいなかった。
(やっぱり、奴は操縦できてるけど、操縦できてるだけ! 所詮雑兵、気概も思いきりも無い!)
ルマは見切る。『
そもそも『王神鎧』は操縦できるだけではダメなのだ。巧みに繊細に的確に操縦できる事よりは、勇気を以て動かす事、機体と一つになれる心、魔法を使う能力、機体の動力に供給する精神力、
それに加えて『
そうでなければ、いかな相性の悪い乗り手による操縦とはいえ神の力だ、とっくに自分も兄も城ごと粉砕されているとルマは理解している。
「さあ、どうしたの! それに乗っててお姫様一人捕まえられないの!?」
「このぉっ!?」
『
それは、〈不滅なるもの〉、とだけ呼ばれる名も無き意霊を呼ぶ儀式。
それが本当ならば、それは正に精霊よりも
北の果てに籠り続け精霊にも神にもなる事無く在り続けたそれに働きかける。世界の危機に干渉する為の特別な魔法儀式。
リンシアはそれを発動させに向かった。
(あ、まず……これは、避けきれないわね……)
『
だが、次の瞬間。
Z Z Z N N ! ! ! ! ! !
「な」「う」「お」「わっ!?」
不意に、直下型地震が、いや、違う。魔法的な、いや、それも正しいが。
もっと根幹的な何か、時空が、世界が揺れたような気配に、その場にいた皆が混乱した。それによって幸い、ルマは『王神鎧』に捕まらずに済んだ。が……
「な……」
儀式を行ったリンシアは、愕然とした。
「くそっ、間に合わない……!」「じゃが、急がねば。幾らかでも可能性を残す為にも……!」「諦めるんじゃないよ!」
その時何事かを察しアヴェンタバーナから駆けつけんとしていた、チーム【贖】【罪】が連れてきた面々の残りの者達、何者なのかを今はかたりきれない者達が焦燥の表情を浮かべた。
……それは、時間の矛盾、因果の混乱、理と法則の破滅の始まりだった。
それ故に、終わった筈の決闘の場でも、状況が再び動き出す。
「……ふぅーっ……」
極限の精神集中からリアラは復帰した。眼前には恐怖の記憶を送りつけられ恐怖と狂気で大脳をすら破損させ、血と脳漿と脳髄の破片をぶちまけ死んた『
「お、お……」
静かに息を吐きながら立ち続けるリアラの背に、『
「ゼレイル。それで、君はこれからどうする」
リアラはほんの僅か顔を傾け、横顔をゼレイルに見せて問うた。『
「お前……お前こそ、どうするつもりだ、一体。俺が、俺みたいな下らない人間が、面従腹背して……後ろから今刺そうとしても、お前、強いから止められるだろうけどよ。嘘ついて生き延びた先で、お前を裏切ったらどうする。どうせ俺もミアスラも野垂れ死にかもしれねえが…お前、そんな生き方で、生きていけると思ってるのか」
ゼレイルは引き攣った声で言い訳がましい悪態をついた。悪意と恐怖と、命への未練と捨て鉢が入り交じった声で。それにリアラは、
「そう、その通り。そんな苦しい道を、歩み通せると思っているのか? 苦しくて、その実、悪と何も代わりのない道を」
「「!!!?」」
そこに声が割り込んだ。驚愕が弾けた、ゼレイルの顔に。自失していたミアスラが声にならない悲鳴をあげてもがいた。
そして死んだ『
頭脳の無い死体が立ち上がる。頭脳のない死体の顔の左半分が己の状態を理解できずに狂乱する。頭脳の無い死体の顔の右半分が、別の何かに変形していく。
リアラはそれを、恐れず、驚かず、見据え身構えていた。修復された片手を、既に構えている。
「な、何だ。何が、私は、どうなって……!?」
「与えられた命を、何も考えずに楽しんで、さっぱりと死ねば良かったろうに。無駄に足掻くから、こんな事になる」
混乱する『
「誰かを操るのは自分の専売特許だとでも思っていたか?
「あ? あ……ああああああああああああああああ!?」
仲間の死すら演出し操った外道は、その罰として二度狂死した。狂乱し喚くその顔だった部分がぐしゃりと握り潰され、瘡蓋を剥ぐように毟り取られた。その下から現れたのは、『
直後加えられた無数にして知覚不能の攻撃でリアラの両腕が切り飛ばされ、足が切断されからだが崩れ落ち、そして、首を切り落とされた。転げ落ちる首の回転する視界が、バラバラになった己と周囲の絶叫絶望狂乱、ぶちまけられる血飛沫を見ながら首が血溜まりに転がり落ち……
「!!!!!?」
だがリアラは一瞬で正気に戻った。違う、今のは己が死んだのではない。一瞬死んだと錯覚したのだ。それほどの絶対的な力の気配。
「驚いた。気圧されていない。心砕かれていない。ショックは受けたのに、ちゃんと体を動かして私の気配を防いでる」
そいつはそう言った。間一髪で、一瞬幻影を見ながらも同時その圧迫をリアラの心は跳ね返し、それと同時に放たれた破壊を回避・防御していたのだ。リアラの周囲に、世界が皹割れたような黒い攻撃跡が地面に刻まれていた。ゼレイルの事も、それから庇って。
だが気配。気配を防いだといったか。攻撃したのですらない? この地面に刻まれた傷跡は、ただ視線と意思を向けただけで発生したと言うのか!?
リアラは改めて対峙した。そこには『
一目見て理解した。理解させられた。他の
「久しぶりだね、
二人の転生前の名を呼ぶそいつは……
そして激変は、ルルヤの元でも始まっていた。
『
それがラトゥルハの【巨躯】と融合していた。それはめりめりと変形し、フレームを、カメラアイを、装甲を形成し……機械の三本首を初めとしてルルヤの攻撃による欠損部位を補い形成し軋みと電子音の混じったような咆哮を挙げた。ラトゥルハの体が、乗っ取られていた。
「馬鹿な」
流石のルルヤも動揺した。【
「ひょひょひょ! 覚えておるかのう? カイシャリアⅦの事を! 『
機械竜首が『
「正規の信仰による手段を取るのであれば、極めて手段は限定されるが竜術への干渉は不可能ではない! 死体にしてからならば、竜術を手に入れる事も不可能ではない! その合わせ技という訳じゃ! この手続き以外では例え全能の力を以てしても干渉は不可能であったろう堅牢さじゃが、わしはついに成し遂げた! そして……」
「うう、あああ……ああああ……!?」
からからと笑いながら己の行いを自慢する『
「ラトゥルハ!?」
「あ、あ……何、で……オレ、どう、なって……!?」
機械の三つ首の根本がめきめきと変化し、そこに現れたのはラトゥルハの上半身だ。幻像であるルルヤのそれと事なり、半ば機械部品に侵食されかかった生身。
「そして一度竜術を乗っ取ってしまえば……サブ電脳に【
良心の痛みを感じぬどころか楽しげな様子で機械の三つ首、『
「ラトゥルハ、おぬしわしに言ったのう。欲望で作った癖に、と。如何にもその通り。おぬしはこの為に作ったのじゃ……役に立って貰うぞ」
「っ、そうだ、オレは……あ、あ……?」
ラトゥルハは息を呑んだ。見開いた目が震えた。『
「……そこのそいつらも、私に対抗する為に、ラトゥルハを使った結果か」
ルルヤが指摘するそれもまた、奇妙にラトゥルハを怯えさせた。
『
「ラトゥルハ。お主の
そして、ルルヤの問いに答える形で『
「お主の
ローブが脱ぎ去られた。そこにはラトゥルハが何体もいた。否、厳密には完全に同一ではない。機械の手足やビキニアーマーは構造が大分違い、恐らく材料として使用した魔法武器の質と量の差だろう、幾らか簡略化されていた。腰回りの鎧が小さくなり《水銀瞳》の搭載はなくなっていたし、肩鎧は頭蓋骨を象った構造ではなく正面に顎門を象った【息吹】発射口が付けられ、
容姿も獰猛だが生気のあったラトゥルハと違い最低限それぞれ個別の特徴を持ちながらも人形めいて無機質で、髪も、赤、ルルヤのそれと違う紺や群青に近い青、金、緑、黒、褐色等、髪色も違えば髪型もそれぞれ違う。容姿と竜術の性質から合わせて考えると恐らく【息吹】の属性によって違うのだろう。
しかしどうみてもそれはラトゥルハと同じ
「さては貴様等の狙いは……!」
「如何にも。さあ、清算の時だ、
「『
朗々と唱えるがごとく『
「なら
「な……!?」
ラトゥルハは愕然とした。そこに一つの意図を嗅ぎ取ったからだ。それでは、つまり、自分は……
「オレは……オレの戦いは茶番だったのか!? オレは最初から敗北して怨念になる為に作られたのか!?」
「どっちでも良かったという事じゃよ。勝てばそれはそれで
「あ、ああああああああああああああああああ!?」
勝っても負けても良かったと言い切られた。それは正に己の存在も戦いも無意味な茶番で、勝っていれば少しは満足できていたとしても、勝利しても別の展開でもどのみちその尊厳は失墜していたのだというとどめに他ならず、さらにその体に苦痛を呼ぶ魔力と電流を流され、ラトゥルハは機械に固定された体を揺すぶって絶叫した。
「く、ぬうっ……!?」
ルルヤも、意識と表情を表す【巨躯】頭上の幻像をぶれさせて呻いた。竜の肉体の赤い目が激しく光を明滅させ血涙を流し、【巨躯】のあちこちから黒く揺らめく【息吹】を暴走させ噴出しながら、流れ込んでくる増幅された
「さあ! 〈TR計画〉、最終段階の始まりだ!」
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