・第六十八話「かたりきれない物語(2)」

・第六十八話「かたりきれない物語(2)」



「ぬ、う、ぬっ……!?」


 幻像越しに、脂汗を浮かべた『情報ロキ』が呻く。最大派閥の維持を振り捨ててでも眼前の敵を殺さねばという敵意と恐怖にかられての『大人ペルーン』を自爆させ『旗操オシリス』を巻き添えにしてまでものリアラへの攻撃。


 にも関わらずリアラは生きていた。片腕を失ってこそいたが、それで大人しく失血死してくれる奴なら此処まで恐れはしない。


「こっ、こんな事で! 手前てめえ、こんな、事っ……したからって……!」


 巻き添えにされた『旗操オシリス』』ゼレイル・ファーコーンが叫んだ。精神的な消耗で、最早取神行ヘーロースとしての姿を保てず唯のゼレイルの姿で倒れたままで。


 自分が復讐の対象と憎んだ、そして戦い、殺しはしないといいながら自分を容赦なく打ち砕いた、それでいて今自分を、殺しはしないと言ったからと命懸けで庇ったリアラ・ソアフ・シュム・パロンに叫んだ。


 こんな事をしたからって罪が消えるとでも。俺の憎しみが消えるとでも。俺が許すとでも思っているのかと。


「分かってる。唯、僕がしたかったからしただけだ」


 リアラはゼレイルに答えた。その心は潰えていない。まだ、勇者の勇気が燃えている。それが【真竜シュムシュの血潮】を以てリアラを生かしている。だがさすがにダメージは大きく、血のへばりつくその表情には消耗の影があったが。


「『誘導炎上・社会断罪レーヴァテイン・ミストルテイン』!」


 リアラが何かを言う前に、『情報ロキ』が再度奥義を放った。再度の大爆発。……しかしそれは防がれた。リアラが【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】で防いだのだ。


「なっ……!?」


 一発目より攻撃の効果が大幅に落ちていた。この力、『情報ロキ』の欲能チートによる直接攻撃は、敵が弾劾され悪評を得ていればいるほど威力を増す。


(その威力が、大幅に下がっていた。つまり。それはつまり)

「そういう事さ」


 動揺する『情報ロキ』に、ごく短くリアラは答えた。お前の欲能チートは対策し無効化したぞと……尤も、若干以上のハッタリ混じりだが。


 確かに【鱗棘】による竜術防御を付与した《使魔つかいま》を帝都エクタシフォンに派遣し、自動で洗脳されている人に【鱗棘】を強制的に付与し洗脳を解除していくようにした。それに合わせ、帝都各地に魔法で映像と音声を配信している。この戦いと、そしてこれまでの戦いに関する主張を。だが一人一人付与していくのだ、到底間に合うものではない。故にある程度対策で弱体化させる事は出来たが、対策で間に合わない部分は根性で堪えているだけだ。これもある意味知恵と勇気とも言えるが。


「……命を一つ奪ったから、一回君の命を助ける。その筈だったんだけどね」


 そして改めてリアラは静かにゼレイルに答え続けた。何も躊躇なく再び『情報ロキ』はゼレイルを巻き添えにしようとした、それを防ぎながら。


「また助けちゃった。存外僕は君に弱いらしい。無論、理屈では割り切ってる。もし君が無辜の民をまた殺そうとしたら、即座に阻止して今度こそ殺す。君を恨む沢山の人の思いも晴らさないといけない、その方法も考えている。でも」


 【息吹】による光の防壁を盾の様に支える【息吹】で出来た光の腕。それが、じわじわとリアラの生身の腕に置き換わっていく。【血潮】による回復。


「でも今は君をまだ助ける。そう決めた。君には復讐する理由も罪もある。大変な事だと分かっている。それでも僕は僕が通すべきと思った筋を通す」


 喚きながら何度も炎上を叩きつける『情報ロキ』。自分が行った裏切りを、なのにゼレイルが死ななかった事を認識し、罪悪感と報復を受ける事に恐怖し顔を左右に降って狂乱の叫びをあげる『常識プレッシャー』。


「悪を蹴り倒す正義の味方も、己の目的の為人を指先一つで粛正する悪も、自分が理想とする明日の為命を選別してる事は変わらなくても。悪を殺せなかったせいで犠牲者を増やしてしまった不殺の正義の味方も、助けたかった人に手が届かなかった正義の味方も、等しく弱いのだとしても。それでも迷いながらもより良くあらんと足掻き続ける事に善悪の違いがあり、救えなかった人を忘れず尚人を救い続ける事が、それでも正義の味方と呼ばれる存在であり続けられる理由だと思うから」


 『情報ロキ』の炎上攻撃を、再生を終えた素手で叩き潰し、弾き返し、払い除ける。拳を握りリアラは顔を挙げた。唯一人、傷だらけで、悲しみと迷いの痕を残しながらも、尚凛々しい表情で背筋を伸ばして前を見る。


「僕は不殺を夢見る聖者じゃない。別の形の夢見人かもしれないけど。だから罪を背負い、それでも正義を傲慢に称し進む。殺した命より、救えなかった命より、多くの命を救うと吼える。傷ついても悲しんでも、罪があっても。それでも戦い続ける、自分の意志で。自分が選んだ自分の正義の元に。それが開き直りだと言われても、その言葉とも戦い少しずつでも改めながら進む。ゼレイル、君の復讐の対象である事を認めた上で尚戦い続けると決めた。それでも、その上で、こう言うよ」


 同じ様に最早味方など一人もいない中、ゼレイルは自分を振り返り、静かな悲嘆の表情で告げるリアラを見た。その手を振り上げる事もできぬまま。


「君に対しては、僕の負けだ、ゼレイル。罪を認める。君の愛する人を殺して、すまなかった。僕の事は憎み続けて構わない。また殺しに来てくれて構わないよ。抵抗はするし、ルルヤさんや混珠こんじゅの他の人には、手を出させないけど」


 そしてそう、リアラは告げた。それが自分に出来る精一杯で、それをする、と。静かでシンプルな言葉だが、途方もなく重く。


「ず、ずるいだろ、お前!そんな、そんな……!俺、は……俺、は……」

「ごめん」


 ゼレイルは、心に穴が空いたようにどうしていいか分からなくなっていた。上ずった声で叫んだ。先んじて負けを認められてしまってはもうお前を負かす為に戦う事も出来ない、どうすればいいんだと。純潔を失ったような寂しげな微苦笑で謝罪するリアラだが、同時にそれとは裏腹に、リアラは今後ろから襲いかかれば此方の攻撃が届く前に一瞬で此方に止めを刺し、同時に正面の『情報ロキ』に隙を晒さぬ程、戦士として完成してしまったのは感じとれた。その傷も迷いも受け止めきる在り方は、是非を論じる事はままならないが兎に角自分とは余りにも違って圧倒的だった。


 そしてリアラは『情報ロキ』を睨んだ。『情報ロキは獣の顔の体毛を失いそうな程の、瀕死めいた恐怖の表情を浮かべた。リアラの表情は恐らく、例え幻像越しでも殺されると思う程だったのだろう。一方的に攻撃できるという余裕が、一瞬で砕け散っていた。


 それは勿論、『情報ロキ』だけでなく傍らの『常識プレッシャー』にも伝わった様子で。


 ゼレイルは思う。『情報ロキ』はどうでもいい。だけど、『常識プレッシャー』ミアスラ。彼女が怯えている。彼女が悩んでいる。ああ、なのに、なんでこんなにそれがどうでもいいのだろう。こんな容易く失われるものの為に、俺は殺しをしてきたのかと。


 『情報ロキ』は絶叫と共に更なる力を発動させた。光がルルヤを包んだ。



「【KISYAAAAAAA】!!」

「【GEOAAAAA】!!」


 同時刻。ルルヤ対ラトゥルハそして『動屍神アンゴッド』軍団。真っ先に動いたのはラトゥルハだった。咆哮と共に三つ首から放つは【真竜シュムシュの眼光】による破壊光線!


 三首六眼、巨大化により破壊力を遥かに増した【眼光】が放たれる!


 更に【眼光】による破壊光線はあくまで牽制射撃であると同時に弾着観測。【眼光】が命中した瞬間に核属性アトミックの【真竜シュムシュの息吹】をぶちこむ。視覚によらぬ【真竜シュムシュの角鬣】による照準を苦手としていた〔より正確に言えば自分の持つ火力が大きすぎ、大量の音と魔法力を攻撃の間中巻き散らかしているので結果的に苦手にならざるを得ない〕ラトゥルハだが、戦闘経験を急速に蓄積していた。


 しかしそれはルルヤもまた同じだ。ルルヤもまた口から【息吹】を放つ! 人間時に手から放つそれよりも遥かに勝る、山を崩し海を割る程の神威たる程の力を込めた重力操る月の【息吹】が、ラトゥルハの【眼光】と【息吹】の二斉射に激突! 壮絶な爆発と光の乱反射が二柱の竜の鱗を複雑な陰影を作って照らした!


 QZZZZZZZZZZZZZ!

「KIKEEEEEENN!?」

(防がれる!?)


 ルルヤの【息吹】はラトゥルハに届かなかった。だが同時にそれはラトゥルハの【息吹】と【眼光】を完全に防いでいだ。弾かれ散乱するラトゥルハの攻撃が、空を飛ぶ蜥鷲の『動屍神アンゴッド』を流れ弾となって直撃し打ち落とす。巨大な竜と化していながら、ルルヤはあくまでルルヤのままだ。周囲への巻き込みを最小限にするように、弾き返す角度を計算しているのだ。


(通じんぞ!)(ちいっ!)


 巨竜同士の視線が交差する。そこに残りの『動屍神アンゴッド』が突っ込んだ。即ち獅虎、鰐蜴、猪羆、犀象である。


「VUOOOO!」「GRRRRR!」


 二本足で立ち上がった猪羆と獅虎が突っ込む。巨大な鉤爪を生やした腕を、牙を大きく開いた顎を、叩きつけるように襲いかかる。何れも手足の太さも体躯の雄大さも、リアラが変じた竜に劣らぬ。


「【GOAAAAA】!!」ZDON!


 だが二柱を咆哮と共に一歩も引かずルルヤは迎撃した。肩から生えた角による鋭く破壊力絶大のぶちかましでまず獅虎を弾き飛ばす! その手足を覆う黒い鱗は内部に重力の【息吹】を満たしており、生身のルルヤが到達した高密度な【息吹】の付与と同等の効果を誇る。それをこの巨体で行えば、その威力の絶大は必然!


「QYUUUNN!?」


 串刺しにされ吹き飛ぶ獅虎。その爪牙は威力最大に到達する前に間合いの内側に踏み込まれ、ルルヤの鱗や角を掻き毟るが有効打にはならぬ。しかも、その攻撃は同時に第二撃の布石でもあった。


(体が大きいと、中々規格が違う、がなぁっ!)


 ぶちかまし踏み出した足を中心に身を捻る。竜の身になっても【真竜シュムシュの武練】の腕前は健在。そのまま胴を回し踏み込みと遠心力を繋げるのは、太く長い尾!


 ZVAAAAANN!

「GOEEEEE!?」


 絡みつく如く脇腹から後頭部まで、鞭のように皮も肉も引きちぎり、鎖分銅の様に肋も延髄も粉砕する強打が、大地も大気も、食らった巨獣の悲鳴を掻き消す程の轟音と振動を轟かせて炸裂する。僅か一連撃! 巨体が倒れ、砕け散った土砂が激しく舞い上がる!


 だが巨体の津波は終わらぬ。飛ぶ蜥鷲程度ではないが身軽に跳躍し空から豹狼、タイミングを合わせ足元に四つん這いの鰐蜴、最大巨体の犀象が同時突撃!


大した事は無いな……解放してやる!)


 何処か既視感を覚えながらルルヤは吼え、迎撃!


 巨体の犀象の角牙を掴み真っ向から受け止める! 竜となってもルルヤに並の力押しは通じぬ!


 豹狼の牙を首を捩って鱗の固く分厚い所で受ける! 傷は受けるが致命傷にはならぬ。同時の足首への鰐蜴の噛みつき……その頭部に蹴りぃ! 弾かれる鰐蜴だが、その頭部も骨と鱗で頑健至極。城や軍艦が一撃で砕け散る威力の応酬であるにも関わらず、だ。そして犀象が足の乱れを見て押し込む! 更に食らいつく豹狼が急所へ牙をずらさんと暴れる!


「【GEOO】!」

「MGYAAAANN!?」


 ルルヤの噛みつきぃっ! 喉笛に食らいつき直そうとする豹狼に逆に噛みつくルルヤ! 悲鳴をあげる豹狼!


 ZDON! GGIIINN!


「…ッ! ッ!」


 だがルルヤにも犀象の頭突き! 鎧の如き鱗に覆われた腹にとはいえ、鱗が軋む痛烈な一撃! 更にそこに、足首に今度こそ鰐蜴の噛みつきが食らいついた! しかしルルヤは悲鳴じみた鳴き声は溢さず、寧ろ食らいついた豹狼への噛み締めをより一層強め……VOOOOMM! ZGBOM!


「KYAIIIINN!?」「PAFOOOOONN!?」


 強靭な首の力で口から【息吹】を吐きながら豹狼を犀象の顔面に叩きつける! 犀象の角に突き刺さり爆発四散する豹狼、犀象も顔面に爆発を叩きつけられ怯む!


、やはり頭が鈍い! 野生がない! これ、でぇっ!)


 既視感を感じながらのルルヤの目論見は図に当たった。それは真竜シュムシュの祖ナナの記憶か。怯んだ犀象を鰐蜴の上に投げ倒して……


「【KISYAGOWAAAAANN】!」

 KKIIIIIIIIIIIII!!!!

「【GAAAAAAANN】!?」


 だがそれは同時にラトゥルハの狙い通りでもあった! 犀象を後ろからぶち抜く形で、豹狼に【息吹】を使った隙を突いての【眼光】&【息吹】による奇襲! 犀象は一溜まりもなく倒れるがルルヤの鱗と胴を熱線は貫通! 上がる血煙、ルルヤの口から溢れる血泡! 尚悪い事に伏せの体勢の鰐蜴は巻き込まれず!


「【KIIIIGOOO】!!」「【GAAAAA】!」


 ラトゥルハの追撃! ルルヤは口の端から血を垂らしながらも対抗して【息吹】を吐き防御! だがその足首を鰐蜴が噛み続けている! 鰐蜴の牙からは強烈な細菌と毒が染み込み、ルルヤの【血潮】がそれを解毒するが、鰐が水中で回転する動きの代わりに、鰐蜴は歯を食い込ませたまま激しく前後に体を揺らし、鋸のようにルルヤの鱗と肉と骨を切断しようとする! 激痛! 出血! だがルルヤは堪える! 頑健な脚部もそうそう簡単に切り落とさせはせぬ!


(叩き潰す!)(やれるものならやってみろっ!!)


 激突するルルヤとラトゥルハを遠景、祀都アヴェンタバーナの〈最大神殿〉最上階から祈るように見守る者あり。帝龍ロガーナン四太子の一人、末弟ルキンだ。


「どうか……」


 彼は祈る。父祖たる王神アトルマテラに、母なる真竜シュムシュに。どうか許したまえと。真竜シュムシュの血に巡る因果を知るが故に。


 【真竜シュムシュの巨躯】を過去ルルヤ達が会得出来ずにいたのは偶然ではない。【真竜シュムシュの巨躯】と【真竜シュムシュの世界】は竜術の奥義。最も深く真竜シュムシュと、混珠こんじゅ世界と繋がる魔法。


 即ち、最も深く真竜の負の側面に触れる危険な行為に他ならないからだ。


 神歴の昔、愛し合う王神アトルマテラ真竜シュムシュは、魔を巡り争いあった。


 王神アトルマテラは言った。魔を無くし争いを断つべきだと。


 真竜シュムシュは言った。魔もまた世界の一部、より穏やかな解決を目指すべきだと。


 魔は滅んでいったものの怨念が更なる怨念を作る負の連鎖。だが、人の恨みに力を貸す魔があればこそ、復讐報復応報を恐れ人は悪を慎む。


 双方に一理も一利もある争いであった。その結果、通説においては真竜シュムシュ魔竜ラハルムに堕ちたとも王神アトルマテラ真竜シュムシュを殺めたとも言う。


 王神アトルマテラを継ぐ帝龍ロガーナン家が秘密の口伝とした情報の中には、故にか〈もし真の真竜シュムシュが現れそれが心底に敬服に値するものであればそれに従え〉という言葉があった。


 だがその争いの真相の、明かされた情報は余りに複雑かつ謎に満ちていた。


 真竜シュムシュは諸獣諸霊の要素を兼ね備える全てと繋がる存在である為元々魔と近しかった事。それ故潜在的に魔と化して暴走する可能性は最初からあった事。争いの果てに和解せんとした王神アトルマテラ真竜シュムシュは、そも霊や魔や神やその根元たる混珠こんじゅを生んだ意識について調べ解決を図り……その探索の果てに失敗した。


 真竜シュムシュの祖ナナが流血の過去に受けた怨嗟と悔悟から魔と化し暴走、王神アトルマテラも自分を強く教え導いてきた真竜シュムシュに対する複雑な思いが歪みかけ、堪えようとしたが襲い掛かる真竜シュムシュの祖ナナを止められず、神話の結末に至った。


 しかしそれでも、最後、我を取り戻した王神アトルマテラは、ナナの亡骸を抱きながら最もましな結末に至る事を望み、大義名分とそれに対する反論の余地を残す曖昧な歴史を残し、後の世に解決を託したのだ。帝龍ロガーナン家への遺言と共に。


 真竜シュムシュが戦う時暴走の危険は常にあり、それに注意せねばならぬと伝えよという事。そして、何れ恐るべき混珠こんじゅ世界の敵が現れ世が乱れるであろう事。その時全てが明らかになるかもしれぬが、その全てから、帝龍ロガーナンは捨て石となり微塵と砕けても世を守れ、今度こそ真竜シュムシュを助けよという、今と一致した謎の恐るべき予言。



(分かっている)


 ルルヤもまたそれを伝えられている。そして恐らく、未だ未熟の【巨躯】を使用できるのもそう長い時間ではない。三分か、三十分か、三時間か。予想もつかぬ。それに加えこの真竜シュムシュに纏わる、いつ崩れ去るか分からぬ謎めいた真実だ。


 構わぬ。何時だって最善策を尽くして尚、先の見えぬ命がけは覚悟の上だ。


 【息吹】戦ではまた防がれると、ルルヤ目掛けラトゥルハが突貫する。爪の生えた翼を掲げ、三本の長い鎌首をもたげて!


 ルルヤは尾を振りかざすと、鰐蜴の『動屍神アンゴッド』を滅多打ちにした。痛烈な打撃、だが、背筋を強靭な鱗で鎧った鰐蜴は生半可な打撃では撃破できぬ。といっても、この巨大な殴り合いの余波は周囲の人間には大地震となって感じられる程で、既に戦どころでは無くなりつつあったのだが、それは兎も角。


「【GOWAAAAAANN】!」「【AAAAAFAAAAAANN】!」


 ラトゥルハが突き出す鉤爪をルルヤの腕が弾く。そこにラトゥルハは長い首を振りかざした!


 噛みつきを狙う向かって右の首にルルヤが頭突き!


 次に噛みつきを狙う左の首にルルヤが首をせわしなく振り逆に噛みつこうとするがそれはかわして左の首が引っ込む!


 【息吹】と【眼光】を放つ中央の首に辛うじて【息吹】を吐き返し相殺!


 再度鎌めいた左右の羽と爪の打撃! それを両腕で防ぐルルヤ! その間にも鰐蜴が足首にギリギリと噛みつき続けている。尻尾をカウンターウェイトに足を勢いよく動かして引き剥がそうとするが尚剥がれぬ!


 そして再び三本の首の攻撃! 今度はよりコンパクトに素早く、槍の穂先めいた頭部による刺突と左右から上に曲がって生える角をまるで鎚矛のように振りかざしての打撃の三連!


 DDDMMM!「【AAAAAA】!?」「【KISYAAAAAAA】!!」


 これが遂にルルヤを捉える! 轟音三連! 巨躯をよろめかせるルルヤ!


 勝機とばかりにラトゥルハが間合いを詰める。三本の首を思いきり三方向に広げる。口の数の差を活かして相殺しきれぬよう出来るだけ角度差をつけて【息吹】【眼光】を発射する構え!


 ZBAN! DGOM!


「【GWAAAAAAA】!?」


 そのラトゥルハの左右の首が打撃され弾かれる! 甲羅めいて背中を覆うように折り畳まれていたルルヤの翼だ!


 打撃後そのまま翼を一打ちし、鰐蜴を引きずって軽く飛び上がると、浮いた事で露になったその喉に反対側の足の爪を叩き込むルルヤ!


「GEEEEEEE!?」


 背中に比べ柔らかい喉から顎関節に痛打を受け噛みつきが外れ下に落下した鰐蜴の首に全体重を【息吹】で重力ブーストしストンピング!


 ぐきりと踏み折り踏みしめ踏み出しルルヤはラトゥルハに踏み込む!


 ZAN! DGOM!


「【GWAAAA】!?」


 翼にも首にも近すぎる間合いに潜り込み、打撃! 体当たり! 鋭い爪で引っ掻き、肩の角でぶちかます!


「【KISYAAAAAAAA(……まだだ!)!】」


 だがラトゥルハはまだ抵抗する。両脇腹を固める肋骨めいた銀色の棘を伸ばしてルルヤを痛撃するだけでなく、棘の生えた長い尻尾を鞭の様に振り回し棘を叩きつける! 更にその棘から雷撃!


「【GEOAAAAAA(ッ……それは私の台詞だァッ!)!】」


 棘による杭打ち、更に尾の電撃鞭。それでも尚ルルヤは止まらなかった。


 三つの首が再度の攻撃体勢を整える前に……そして、自身がこの姿を保てている内に、決着をつけんとする!


((負けるかぁああっ!))


 共に咆哮しながら、ラトゥルハもまた最大の攻撃を放とうとしていた。三本の首を巻き付かせ、食らいつき、ルルヤの体に直接【息吹】を注ぎ込まんとす!


 二つの戦意が、二柱の竜が激突した。


 そして、勝利したのは……


 ……勝利。何の、為に? ラトゥルハは、ふとそう思った。三つの首のように想いは様々に分かれた。闘争心、友人への感情、父母へのある種の感情。しかし、闘争心は植え付けられたものであり、それに引きずられ友への想いは自分でもどこかはっきりとしないままで、目の前の父母への感情も、また同じだった。ルルヤは山程の理由を背負っていたが、その全ての重さを背負ったまま突き進んだ。故にラトゥルハが三本の首を動かすより、ルルヤの顎の方が早かった。


 ルルヤが最大出力の【息吹】を放つ! ラトゥルハの三つの首の根本を、咄嗟に防御しようとした両腕翼諸共に凪ぎ払う! ……ラトゥルハの牙がルルヤを捉えるより一瞬早く。


(……ああ、そうだったのか……)


 三本の首が吹き飛んだ。一瞬凍りつくような静寂の中に立ち尽くしたラトゥルハの首無しの【巨躯】が、よろめき。そして、だが、ラトゥルハは、果たして……



 天地を轟かす激闘が決着する。だが、嵐の如き世界の流転はまだ止まらぬ。戦いも、戦い以外の出来事も、大陸全土で次から次へと派生していく。



「太子として、俺は責任を果たさなきゃならねえ。そう仲のいい父母でもなかったが、顔を勝手に使われて、黙ってる訳にゃいかないな!」


 帝龍ロガーナン太子ギデドスは帝都エクタシフォンに潜入し、偽帝を斬ろうと走っていた。


「信じるぜ、リアラ……!」


 それは、決闘裁判で決着をつけると同時に、自分に目を引き付けるというリアラの作戦に呼応した行動であった。



「前線の様子は、どうやら現状の雑兵共はここで手詰まりのようじゃのう……」


 玩想郷チートピア〈王国派〉、『文明サイエンス欲能チート』は天体観測機器とハイテク医療機器を組み合わせ巨大にした様な過剰な浪漫の塊とでも言うべき装置に腰掛け、己の『発明品マクガフィン』たる兵器越しに状況を認識しながら呟く。この監視システムすらよもや掻い潜ってくるとはと、〈長虫〉達に寧ろ感心しながらも尚余裕ある様子で。


「お主ら、出撃じゃ、作戦は…………カチャカチャッターン!今送信した通りじゃ」


 振り返りもせずに、背後にいる者達にキーボードで指令を伝達しながら。


 背後にいる一段、最初に現れた時のラトゥルハと同じようなフード付マントで身を隠した正体不明の一団ミステリアスパートナーズは、無言で頷く。


「さて……」


 そして次に『文明サイエンス』は、再び巨大装置の端末を操作した。機械が変形し、眼前に競り上がるのは……ラトゥルハの口元から胸までを模倣した奇妙な立体像。


「こいつに耐えられるかのう?」



「こっちですぜ、着きました!」


 一方祀都アヴェンタバーナでは、『奇妙ランダムイベント欲能チート』らチーム【贖】【罪】とでも言うべき面々が、思いもかけぬ人物を連れ込んでいた。



「む、お主らは……話は聞いていたが……」


 リアラから話は聞いていたアヴェンタバーナの大神官達だが、それでもまさか本当にという驚きがあった。それはチーム【贖】【罪】ら魔竜ラハルム欲能行使者チーターだけではなく、彼らが冒険の果てに連れてきた人物への反応でもあった。


「時間がない。儀式魔術の許可を頂きたい。四代目勇者と三代目魔王の名による、人類との契約に基づいて」


 チーム【贖】【罪】が連れてきたその者は、そう頼んできた。


 はるばる草海島から訪れた、人と和議を結んだ三代目魔王と、それを成し遂げた歴代最優と言われた四代目勇者との間に生まれた子は。



 それらはリアラとルルヤを中心とする戦いとはまた違う、混珠こんじゅ全体の流れを左右していく出来事であった。それらは何れも二人の戦いというより混珠こんじゅの歴史を守る為に関する事柄で、今や全土に広がり繰り広げられる、全員が等しく戦う、様々な混珠こんじゅ人全員を主役とし、一人一人の数だけ存在する故に全てをかたりきれない物語の中の、周囲への影響力の大きな幾つかであった。


 それを俯瞰できるのはやはり残る玩想郷チートピアの三勢力、〈帝国派〉〈王国派〉〈首領派〉を率いる十弄卿テンアドミニスター達だが、真竜シュムシュの力に一部遮られその視点すら完全ではない。いや、未だ限界を見せぬ首領、『全能ゴッド欲能チート』ならば分からないが……


 いずれにせよ、その一角すら、崩れる時が遂に来た。



 『情報ロキ』は嗚呼と呻き、目を剥いて二、三歩後ずさった。『情報ロキ』のリアラへの最後の欲能チート行使が終わった。リアラと『情報ロキ』の、一瞬の戦いが終わったのだ。


 炎上は最早通じぬ。【鱗棘】に洗脳も不能。故に『情報ロキ』は最後に幻に頼った。


 一瞬の、濃密な精神通信の中で、『情報ロキ』は誘惑した。誘惑というよりは命乞いの詐欺であった。あくまで唯の精神通信だから接続できたのだから、害しようとする事は出来なかったからだ。


 【鱗棘】を解き、辛い事があった記憶、何もかも忘れ、ルルヤもハウラもソティアもご都合主義的に皆居る、幸せな世界の夢を見て過ごさないか。私ならそれができるし、魔法的にそれを強制させられる契約を結んでもいい、と。無数の幸せな日々を体感させる事で誘惑しようとした。


 リアラの答は唯一言、否。……何度も何度も夢に見る程懐かしく恋しく欲しても、今ある戦いを見捨てる事はハウラとソティアが善美とした事を見捨てる事だ。ハウラとソティアの倫理にこれまでの自分が全然添えていないとしても、それを更に完全に否定する事は死んでも出来ない、と。


 そしてリアラは答えた。


 『情報ロキ』、貴方は僕が貴方を幻像越しに殺せると思い込み恐れてこうして接触に来た。でも本当は僕には幻像越しに貴方を殺す力なんてない。だけどこうして精神接続した状態ならば、貴方を殺せる。


 僕の自我の中には僕の記憶がある。かつて『惨劇グランギニョル欲能チート』が僕に行使した邪神十数柱分の狂気を叩きつける神権『ウボ・サスラ』の記憶が。それを外部に投射する手段を僕は持たないが、こうして精神を接続しているなら、見せる事は出来ると。


「あああああああああああああああああああああああああ……!?!?」


 ……そう告げる前から、もう見せていた。『情報ロキ』はぐり、と眼球を反転させると、頭部の穴という穴から血の泡と脳漿と砕けた脳髄を噴出して絶命した。

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