・第六十七話「かたりきれない物語(1)」

・第六十七話「かたりきれない物語(1)」



 竜の力を得た戦士達の飛翔とナアロ王国海軍の展開等により戦火は大陸全土に広がらんとしていた。作戦と策略が激突し、秘められた真実を明らかにするものが現れ、戦いはより激しくなり、幾つもの運命に決着がつこうとしていた。


 それらが同時多発的に進行する。それは既に一大戦争であった。とうとうというべきか遂にと言うべきか。最早物語ははてしないというか、かたりきれないほど激しく複雑になりつつあった。



 各地の、戦場にて。


 大陸の空を竜達が飛び躍る。戦車を覆し、強化装甲服を着た兵を斬り、錬術れんじゅつ兵を撃ち落とす。魔よりもおぞましい鋼を打ち砕く翼の英雄達。その中心で起こりつつある事もあり、戦争は神話の再来の領域へと近づきつつあった。


 連合帝国を乗っ取った〈帝国派〉の宣言に従わなかった各国に対し、ナアロ王国は艦隊を派遣した。足りない部分は魔法で補っているとはいえ、魔法科学で作られた現代的な軍艦達だ。火薬禁輸についても、その効果でナアロ以外の各地の賊等が銃を濫用する事態は避けられたが、ナアロ王国においては最先端の火薬の生産と魔法と組み合わせた銃砲の開発生産が行われてしまっていた。故に海上での阻止は流石に不可能であり、諸島海海軍・海賊連合軍は直接交戦を避けゲリラ的に振る舞うしか無く、ナアロ軍は海上から各地に展開したが。


「ここに上陸はさせないよ! このビキニアーマーが怖くないならかかって来な!」


 それを、真竜シュムシュの力を授けられた者達が迎撃した。


 これは、この段階で残っている玩想郷チートピア欲能行使者チーターが直接戦闘に特化した能力を持っている者が十弄卿テンアドミニスターを除けば相当少なくなっており、また残り少ない直接戦闘特化型も【真竜シュムシュの翼鰭】による飛翔に追い付いて戦闘が行える者は少ないから出来た事でもあるのだが。


「なっばっ、〈長虫バグ〉!?」「増えた!? 何で!?」「うわーっ!?」


 真竜シュムシュ玩想郷チートピアの戦いも既に長い。〈王国派〉はこれまで直接対決を避けてきていたとはいえ、自派閥の十弄卿テンアドミニスターとその部下達を失い、他の派閥が次々壊滅し、そして連合帝国に派兵した尖兵集団〈超人党〉もどうやら壊滅らしいという噂はどこからか流れており、かつてのような幼稚な全能感じみた戦意を維持できる筈も無く。


 混珠こんじゅ人でありながらナアロ軍に徴兵された傭兵や山賊共も、真竜シュムシュ傭兵殺しジョン・ドゥも共に天敵であるが故に、やはり恐れからは逃れられない。そこに、リアラから受け継がれた陽の【息吹】のレーザーブレスがズバズバと打ち込まれるのだ。


 となれば天敵そっくりの相手の出現に士気の混乱は最早避けられなかった。


「落ちつけ、あれは〈長虫バグ〉ではない! 大体似ているのは色気ビキニくらいだろう! ……『嬢士ジョシ』! 『雄師ユウシ』! 前線を押し上げ、化けの皮を剥がせ!」

「はは、この薄着を剥がそうなんて助平じゃないか。だがまあ、確かにそうだけどね、魅力じゃ負ける心算は無いよ、心意気でも、戦う覚悟でも!」


 ナアロ海軍を仕切る『擬人モエキャラ欲能チート』が兵を叱咤し、軍艦や魔剣を己の欲能で人化させた命令に忠実に動く戦力で対応する。


 この場に現れた竜の力を与えられた者達、ルアエザら舞闘歌娼撃団の面々は、艶めいた装束の着こなしが特に堂に入っている上に戦闘能力も高い。海軍提督直率の戦場に出撃しても、一歩も引かぬ戦いぶりを見せる事が出来ていた。



「あ、貴方は! すまない、私が間違っていた……? ってその格好は一体!?」

「助けに来ました! か、格好の事は言わないでっ!?」


 辺境諸国の救援に訪れたのはユカハ。彼女も騎士であり魔法剣も装備しているだけに元々の戦闘力に長けた強力な戦力なのだが、普段ボディラインは出ているとはいえ露出度の低い鎧を着用しているだけあって、少し恥ずかしそうだった。


 一応【真竜シュムシュの骨幹】が各人のサイズに合わせる過程でデザインを個別に変更し、騎士団の鎧の意匠を部分部分残したようなデザインのビキニアーマーになってはいるのだが、ビキニアーマーであるという事自体に代わりは無い。


「っ、いきますっ!」


 しかしこれは戦争だ、恥ずかしがっている暇は無い。ユカハは風を操り戦闘開始。空中戦も馬上の戦法を応用する事で彼女は対応可能だ。戦略爆撃部隊はルルヤが撃破したが、ナアロ海軍空母から発艦する航空錬術れんじゅつ兵は彼女が阻止せねばならぬ。



 そう、これは戦争だ。無論華やかなだけではない。


「はぁ、はぁ、クソ、痛いっ……」

「大丈夫!? キーカちゃん、大丈夫!?」

「お陰様で幸い死にそうにゃないけど、痛ったああああああっ……これ、耐えて、戦ってんの!? 皆!?」


 リアラとルルヤに似た顔をした少女二人、ララ・ルルリラとキーカ。彼女達二人はリアラとルルヤの影武者として、甚大な混乱を敵側にもたらす事が出来た。だが同時に、その戦闘能力は空を飛ぶ竜達の中で最も低い。戦う力はあくまで竜術によるものだけで、白兵戦能力は自由守護騎士団や舞闘歌娼撃団の面々とは比べ物にならない。


 それでも彼女達もまた戦う事を選んだ。


「っとに、凄い奴等だよね……アタシたちの英雄はさ……」

「キーカちゃんも、凄いよ……!」


 魔法薬を飲んで気力を保ちながら、ナアロ軍後方の補給基地を【息吹】による射撃で急襲し離脱。それを何度か行った。与えた損害は微々たるものでも、最もリアラとルルヤに似ているが故に、起こした混乱による相手被害は最大。


 しかし戦果自体は似ているからこそによるものであっても、その勇気は紛れもなく本物だ。咄嗟の応戦の一発が奇襲の利を覆す純然たる偶然の不幸で突撃したキーカの体を貫いたものの、彼女に比べ穏やかなララが苦痛に呻くキーカを支え、戦場を離脱していた。もう十分撹乱した、後は無事離脱すればそれで十分……


 DOWAO!


「戦いにおいて弱いところを削ぎ落とすのは基本中の基本!」

「きゃあっ!?」


 しかし玩想郷チートピアは、あくまで恐るべき戦闘集団であった。現場の雑兵は兎も角上層部や精鋭は惑わぬ。


「ギラギラと貪欲に生き他者を蹂躙し進化せぬ弱者に生きる資格は無い……!」


 指令を受けて追跡してきたのは何と言う事か、非十弄卿テンアドミニスター戦力の中では〈王国派〉最強の『虚無ウチキリ欲能チート』! 悲鳴をあげるララに斧が振り上げられ……!


 GYARIIIINN!

「よく頑張ったな!」

「っ、フェリアーラ様っ!」


 その斧を炎を纏った大剣が受け止める。屠竜騎士フェリアーラ・スィテス・タムシュロス。倒した魔竜の力を得ている彼女も、それに加えて更に真竜の力をも授かっていた。艶やかにしてしなやかな褐色の長身を彩る竜の意匠のひときわ強いビキニアーマー。リアラとルルヤを除く〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の中では、こちらも最強級の戦力!


「弱者を庇うか……!」

「弱者ではない、立派な仲間だ! 補い合い庇い合い活かし合い得意分野で貢献し会う……! その良き営みを、王が王の責務を、民が民の責務を、神官が神官の責務を果たし助け合う世界を守るのが騎士の責務! その固い連携、貴様の力だけの強さで打ち崩せるかどうか、させはせんぞ! いや、貴様はここで私が倒す!」


 殆ど民間人に近い彼女達に危険をさせた忸怩はあるが、彼女達自身が提案し志願してきた作戦だ。民が本分以上を尽くした。であるならば、己も本分以上、限界以上を尽くすのみとフェリアーラは決意する。


 素朴な善意と義侠と勇気で、危険な役目を引き受けた娘達の為にも。


 背負いきれないものを背負い、取りこぼしたものを嘆きながらも、それでも立ち続ける者の為にも、それに立ち続ける勇気を与える気高き者の為にも。


 そして……



「助けに、来てくれた」


 きゅ、とミレミはその薄い男の娘の胸の前で手を握った。先んじて諸部族領で戦っていたミレミの所に、名無ナナシは一番に飛んできてくれた。文字通りの意味で。


 竜の翼で、ミレミにもまた翼を担う機会を与える為に。


 今のミレミは、普段のスカートのついた藍色の革防衣レザーアーマーではなく、男の娘としての体型をさりげなくカバーするフリルやアクセサリやパレオのついたビキニアーマー姿となっている。諸肌脱ぎの名無ナナシとはまた違う拘り。


「嬉しいなあ。また……いつも、名無ナナシは助けてくれた、助けてくれる」


 色々な苦労よりも悲しみよりも苦痛よりも、名無ナナシが助けに来てくれた事が、嬉しかった。名無ナナシにも色々な事があったようだけど、それは戦いが一段落してからだと、彼自身が言っていた。思わず独り言を呟く。昔、傭兵団に入る切っ掛けになった日もああして名無ナナシは自分に手を差し伸べてくれた。それが懐かしく思い出される。力が、沸いてくる。


 戦いの最中にこんな事を思うなんて、我ながらどうかと思うけど……


(大丈夫、油断はしてないよ)


 【真竜シュムシュの宝珠】の記憶領域への情報記入による通信、【宝珠】文通チャットによって、ミレミはフェリアーラと、ミレミと、他の皆と繋がった。同時に【真竜シュムシュの角鬣】と【眼光】で、周囲の状況を余さず知覚する。


(ボクもいくよ、ユカハ、フェリアーラ。……ボク達で、皆で、名無ナナシ達を勝たせよう。先陣を切る、僕達の大好きなあの人に。あの人の願いを叶えよう。あの人に名前をあげよう。愛する事ばっかりで、見返りすら求めないあの人に)


 フェリアーラに、ユカハに、ミレミは言った。ボク達の思いで恩を返そうと。


 彼女達には彼女達の物語がある。それは今はまだ語りきれぬ物語ではあるが、いずれ、その一端については改めて語られる事もあるだろう。



 そして敵軍、ナアロ王国の只中にも、また戦闘と物語があった。


「何たる様だ愚か者共! 偽物はもう撃退した! とっとと前線に……」


 後方の基地と後続部隊を攻撃され、ナアロ王国空軍を率いる〈軍鬼〉は激昂していた。己と直率部隊がその場にいれば捕捉殲滅していたものをという歯噛みと、何より味方の後方部隊の余りの愚劣ぶりにだ。傭兵や山賊を徴兵したナアロ一般軍は、偽物の長虫バグに容易く混乱していた。中には戦う前から敵前逃亡を試み、逃亡阻止用に仕込まれた装甲服の遠隔自爆装置を作動させられて爆死する間抜けすらいる始末。超兵器を嵩に着て卑劣な行いで敵を蹂躙する事に長ける残忍さを持っていても、警戒や規律においてまるで役立たずにも程があると。


 ZDOOOONN!


「何!?」


 しかし、更に後方で爆発が相次いだ。取って返して状況を見下ろし、〈軍鬼〉は幼女の顔に似合わぬ切れ長さの大きく黒い瞳がやたら邪悪な目を剥いた。


「だ、第二次攻撃です、隊長ぉ!? て、敵はまだあちこちにいます、あちこちに! 攻撃の探知が出来ません! 敵は、敵は未知の新兵器を……」

 BLAM!

「愚か者! 唯の時限式仕掛け爆弾だ! 敵は魔法を使わずに潜入して、音と光でこっちを眩ませているだけだ! 魔法センサーと赤外線センサーと集音マイクをカット! 貴様らの目で探せ!」

「り、了解!」

(装備に頼りきり、先入観に支配され、狼狽する! 素人アマチュア共が!)


 動揺する兵を一人射殺して喝を入れ、駆り立てる〈軍鬼〉。全く何と言う様だ、折角の、そして漸くの勝利の美酒が、と。己の直属部隊は辛うじて鍛え上げる事は出来たが、そもそも徴兵が上手く行かずゴロツキや山賊や傭兵や錬術兵れんじゅつへいが主軸となっているナアロ軍は、偉人などの力を得る『英雄レジェンド欲能チート』が歴史に名高い教祖や独裁者やカリスマの弁舌を降るって集めても尚、装備こそ強力だが有為な人材の数は多くない。


(こんな盗人達と共に戦わねばならんとは、何と情けない事よ)


 ……地球の、日本共和国防衛軍の、中華ソビエト共和国軍の攻撃に対して反撃許可の降りぬまま壊滅した戦闘を思う。手足を縛られたような様だったが、部下達は紛れもない精鋭だった。自分の様に世を呪い、勝ち戦を味わえるなら悪鬼に成り果ててもいいと、敵たる侵略者を羨んだ屑とは違う良い奴等だった。今更あいつらを懐かしむ等。決別したと言うのに、あいつらを……


「そこだ!」

 BLAM!

「うぉおっ!?」


 物思いから一瞬で僅かな違和感を見抜き魔法銃を発砲。潜んでいた迷彩服姿の男女の至近距離に着弾。転げ出して、咄嗟に身構える男。迷彩服も、その動きも、そして何より咄嗟に武器を構える様子も、見覚えがあった。


「貴様、村井二曹か!?」

「八重垣一尉!?」


 〈軍鬼〉は目を剥いた。地球の元共和国防衛隊員らしい魔族が、『軍勢ミリタリー欲能チート』の残党の生き残りと共に〈長虫バグ〉に加わったという話は聞いていたが……


「そんなロリロリになって!?」

「ロリロリはどうでもいいわ!」BLAM!


 一瞬思わず村井は緊張感の無い言葉を溢すが、それに〈軍鬼〉は縦断で答えた。流石に一瞬で村井の顔が引き締まる。


「奇妙な因果だな、村井二曹。成る程、魔法文明の抵抗を警戒し防御を固めたところを、魔族に生まれ変わっているのに魔法を一切使わないで身体能力と技量のみによる侵入破壊工作で掻い潜るとは、流石だ。だが、お前を、それもそんな奴を仲間にしているお前を殺す事になるとは……」

「一尉……偶然と諸事情の結果の腐れ縁です。恨みを捨てた等と言う綺麗事ではありません。ですが、一尉は、何て有り様ですか!」

「言うな!」

「させないよ!」


 混珠こんじゅに転生した場所は別々だったが、生前同じ部隊にいた男達の邂逅。因果の交差に叫びながら交わされる照準。それに割り込む、かつて二人の敵国人だった女。


 VAOOO!


「ぬうっ!」「今のうち!」「ああ! 一尉、おさらばです! ですが……!」


 そこに更に割り込む突風。一瞬爆煙が二人の間を遮る。その間に転がるように去る李依依、一瞥して去る村井。告げたい事が、言葉にならず、悔し気に。


「……私も、老いぼれたか……?」


 前世からの主観的な年月故に、幼女の姿としてはあまりにミスマッチな台詞を吐く〈軍鬼〉。その視界の先には、追撃を躊躇う理由があった。



 戦場と戦場の間、描写の隙間に紛れるようにこれまで注目されていなかったどころか存在を意識されていなかった者達も動き出す。


「おお! おおおお!」


 それを見て叫ぶのは、海を離れ泳ぐ為の鰭を翼として展開し飛翔する水の属性を持つ竜と、その背に必死の表情でしがみつく面々だ。


「あああ、あっちにもドラゴンか!? あれは敵か!? 味方か!? このまま飛んでて大丈夫か!?」


 背中の男達は、ドラゴン、という、地球風の言い方をした。コック風の姿をした男が驚愕して叫ぶ。


「馬鹿者! あの姿と俺とを同じものと見る奴がいるか!」


 水の竜即ち海嵐魔竜ラハルムリギザザは叱る様に叫び、しかし面白げにがらがら笑った。


「はは、真竜シュムシュ真竜シュムシュだ! 信じられん、あいつ、あいつのままだ! 血まみれのままで、それでも強引に、真竜シュムシュになりおったか!」

「じゃあ大丈夫なのか!?」


 哄笑する竜に、もう一人、粗末な身なりのほほに奇妙な金属部品をつけた男が魔竜ラハルムに重ねて問うた。


「いやそれは分からんな。回りにいる人形共は兎も角、真正面にいるあの偽の真竜シュムシュ、あれは俺を流れ弾で殺しかねん」


「「ちょおおおお!?」」


 更に後ろの背中にしがみつく残りの二人が、魔竜ラハルムの発言に悲鳴をあげる。彼等は『料理グルメ欲能チート』、『追放ボッチ欲能チート』、『奇妙ランダムイベント欲能チート』、『選択ロールオアチョイス欲能チート』……即ち過去に断章でリアラ・ルルヤと戦い打倒された欲能行使者チーター達! そしてそれだけではない、その後ろに何人か、これまでに現れた事の無い者達が居る。


「貴様等、〈長虫バグ〉に倒された筈では無かったのか!?」


 空中に飛び上がった〈軍鬼〉が、その様子を見て流石に驚きの声をあげた。


「メタ的な事を言うと倒されたとか戦いは終わったとか機器のバイタルサイン反応が途絶えたとかはあったんですが、殺した・殺されたって描写はギリギリ無かったんですよね!?」


 そしてそれにそう返す『奇妙ランダムイベント』。リギザザも含む彼等全員の首には【贖】【罪】と地球の漢字で刻まれた、孫悟空の緊箍児めいた金属が嵌まっている。


 ここまで秘されていたこの土壇場で露になるとんでもない真実。旅を邪魔した魔竜ラハルムや道中で出会い戦った欲能行使者チーターの中で、比較的罪の浅い小物共は、殺されずに……


「寝返っていたのか!?」

「寝返ったっていうか懲役刑というか懲罰部隊というか、この首輪向こうの言う通り贖罪しないと電気ビリビリとか爆発とかするんですよ!? 殺されたかと思ったら操られた奴とか侵食された奴とか【真竜シュムシュの血潮】で解除回復させた上で、憎悪の制御だとか直接殺してはいない者として間接的に人を助けて償えとか、顔に似合わずエラいクールに割り切りやがってあの僕っ娘!?」

「俺の場合は自分からだがな。食い逃げしかしてないから、首輪の刑罰も軽い」

「っ、ええい、三下共が!」

「俺をこの小物共に混ぜるな!俺は種族のあり方の通りに行き、その上で魔竜ラハルムとして今の真竜シュムシュの意気を戦いで確かめた上でだな……!?」


 四人の更に影になる所で暢気にこんな場所によくもまあ溢さず持ち込んだなという汁麺を啜っている犬種獣人、『立食タチグイ欲能チート』が飄然と呟き、流石に〈軍鬼〉も呆れざるを得ない。混ぜるなとリギザザは吼えるが、あの後断章第六話後普通にルルヤにボコボコにされたのはある意味他とそう変わらないのだが、兎も角。


 竜術をかける事等によって欲能チートによる探知やバイタルデータの送信をシャットアウトする事で偽装されていたか、あるいは大したことの無い雑魚だからこそ上層部に放置されてきたか、実際ちょっとした工作程度はしていたのだろうが、それほど大した連中ではない。だがいずれにせよ、彼らは罪を償う為に動く事をリアラに定められ、別途動いていたのだ。彼らと共にいる、見覚えの無い何人かは彼らの冒険の成果であり、また別の、語りきれない物語であった。


 そしてこれが、逆に〈そう出来なかった〉事がリアラを苦しめた理由であると同時に、操られていたからとて割り切れなかった理由でもあった。だが同時にそれは憎悪を制御した結果で、『情報ロキ』の罠や『旗操オシリス』の糾弾に屈さぬ理由でもあった。


「待て、こら!」

「わはは、俺等に構っている場合か!?」


 豪快に翼を振り加速する海嵐魔竜ラハルム。舌打ちする〈軍鬼〉。


 戦況は、一変しつつあった。



 そして報復と逆襲の決闘場にて。


「ぎゃああああああっ!?」

「ッ……!!」


 事実上決着がついた筈のリアラの決闘場に、『旗操オシリス』ゼレイルの絶叫が響いた。だがそれはリアラの攻撃によるものではない。リアラもまた苦痛に耐えている。


 それは何によるものか。処刑場の心算であった決闘場を区切っていた『大人ペルーン』の雷の檻が、中に今度こそ逃げられぬようエネルギーをチャージした雷の雨を降らせながら、ゼレイルとリアラを絡めとるように一気に収縮し二人を締め上げた為だ。即ち『大人ペルーン』を洗脳して操る『情報ロキ』の攻撃である。


「うあ、あ」


 へたりこんでいた『常識プレッシャー欲能チート』ミアスラ・ポースキーズが呻いた。彼女はゼレイルが悲鳴を上げ苦痛に屈した段階で最早呆然とした様子だった。のたうち回り這いずって逃げるゼレイルが自分に助けを求めて手を伸ばすのが見えても。


 成る程、常識的に考えればそれは百年の恋も覚める醜態以外の何物でもなかった。〈良い女〉ではなく〈常識的な唯の女〉ならば、見捨てたくなってしまっても仕方の無い事だろう。それは〈良い男〉ではない〈常識的な唯の男〉であっても同じ事だろうが、いずれにせよ普通の男女などこんなもの。自分のほうが普通で普通だから正しいというゼレイルの主張が、ゼレイルを打ちのめす結果となった。


「いぎぎぎ、れ、レニュー、やめ……」

「はっ! ええ、もういいですよ、生意気な小僧の得意顔も! 役立たずの仲間も! 最大派閥の立場ももう要りません! 『大人ペルーン』の自爆で諸共死になさい! 貴方達の後釜には『機操ロボモノ』達を据えましょう!」


 雷の檻が食い込み、感電し悶絶し、残った片目から涙を流しながらのゼレイルの哀願に、両手をキーボードを叩く様に動かし欲能チートを使いながら、『情報ロキ』はヒステリックに叫んだ。ごう! と、『情報ロキ』の傍らの空間が燃えた。そこには黒い煙で汚れて歪に病んだ枝の如くうねる、炎で出来た『情報ロキ』の身の丈に勝る刃渡りの大剣があった。この状況でのそれは、どう見ても幻像越しに攻撃し、リアラとゼレイルを諸共に爆砕する為の『情報ロキ』の攻撃だった。


「み、ミアスラ、あぎっ、助け……」

「『常識プレッシャー』。常識的に考えなさい。生き残りたいでしょう? その為ならば犠牲は仕方ない筈だ」


 死にかけの犬は女の名を呼んだ。醜悪な獣は女を誘惑した。


 毒樹炎の剣が一回り巨大化した。『常識プレッシャーの欲能』の変化した力が、『情報ロキ』を強化した。ゼレイルは見捨てられた。保身の為ならば殺して良いという理屈に、自分が加えられたのだ。


「ミアスラァアアアアアアッ!?」

「ご安心を。苦痛は消えます。私を信じなさい」


 キーボードを叩く動作を終えた『情報ロキ』に、『常識プレッシャー』がゼレイルから顔を背けしなだれかかった。その手に頭を委ねた。記憶を操作してくれ、裏切った事を忘れさせてくれというように。ルマを洗脳してでも手元に置こうとしたゼレイルが、洗脳いぬの首輪と鎖を欲したミアスラに逃げられ見捨てられた。


「~~~~~~~っ……!!」

「さあ!」


 『情報ロキ』の言葉は早口だった。それはリアラのせいだ。リアラは雷の檻の締め上げに耐えていた。その眼光は、雷光に負けない戦意の光を宿していた。玩想郷チートピアがアンフェアな手に出る事も最初からある程度想定していたのだ。一刻も早く倒さなければこの状況にも対応される恐れがあると……!


「『誘導炎上・社会断罪レヴァンティン・ミストルテイン』!!」


 『情報ロキ』はその欲能チートの最大威力を解放した。洗脳した都一つ分にばら蒔いた偽情報に騙された人間達全ての人々のリアラへの否定的感情を魔法力に変換して破壊力にした呪いの剣を。解き、放つ!


 GEDOOOOONN……!!


 爆音が、轟いた。



 そして戦場の中心、連合帝国・諸部族領国境にて。


「【KISYAAAAGOWAAAAANN】!!」

「【GEOAAAAAFAAAAAAANN】!!」


 ZDON! ZDOONN!


 ビリビリと大気が震えた。地震めいて大地が震えた。それに何れも狩闘の民のトーテムたる獣である、獅虎の、豹狼の、猪羆の、鰐蜴の、蜥鷲の、犀象の鳴き声を巨大化させたような音が無数に重なる。


 残骸と瓦礫と土砂をはね除けて、巨大な竜が立ち上がった。


 煙を掻き分けてまず現れたのは、長い首に支えられた槍の穂先めいた細長い頭部だ。髑髏めいて硬く左右に角の生えた、ラトゥルハの肩鎧と鉢金を足したような銀色の頭部。発光する眼球。首は紫と暗青の不気味な松毬と鱗を混ぜたような縞模様で、銀色の棘が背鰭めいて連なって生えている。そして続いて現れたのは……長い首と頭! 更に現れたのも長い首と頭! 三首竜!


 そして煙を払う、ラトゥルハの【真竜シュムシュの翼鰭】と似た、燕の如く細く硬く、機械的なジェットエンジンが追加された翼。腕のあるべき部分から生えたそれに始祖鳥めいた銀の鉤爪指が生え、翼全体に同じく銀色の縁取り。足も猛禽のそれを太く力強くし新色にしたたようだ。胴体は首と同色だが脇腹から太く湾曲した棘が何本も腹部を鎧うように生えており、長くしなやかな一本の尻尾の先端からも鋭い棘が生えている。更に全身の幾箇所にも、白い光を放つ生物的発光器官が深海魚めいて輝いている。強壮にして狂暴にして戦闘的な巨竜だ。


 その周囲に付き従うのは、それぞれに違った角、牙、爪、鬣、鱗、翼、嘴を逆立たせ尖らせ、何れも唯の獣よるも強く猛々しく戦いに特化した、二足のもの、四足のもの、翼を広げるもの。しかしどこか生命感を持たず、虚ろあるいは非生物的に発光する目をした、所々を鋼で繋いだかつて神立った獣の骸、狩闘の神々の存在が地を消し去った後に残された骸を機械を組み込み操るナアロの兵器『動屍神アンゴッド』達。


 地球のライガー獅子と虎の混血とは異なり四聖獣の白虎と唐獅子と連獅子を足して全体を鋭くしたような獅虎、狼を豹の様にしなやかに胴や四肢や尾を長くさせ樹上活動を可能としただけでなく前肢にムササビの皮膜めいて木々を跳び渡るのに役立つ長い毛皮を備えた豹狼、猪に熊のそれを混ぜた様な頭と熊の胴と背筋の鬣を持つ猪羆、鰐の強靭な鱗と顎に大蜥蜴のしなやかさと毒を混ぜた鰐蜴、爬虫類の腕と融合した翼と長い尾を持つ蜥鷲、鋭い角と二本の牙に太い四肢を備えた犀象。


 何れも狩闘の民の戦意を瓦解させるだけの存在ではない。通常の魔獣や亜獣とは存在の桁が違いすぎる。物理的に巨大頑健であるだけではなく魔法的にも密度が違いすぎる為、武器は愚か人間の使う魔法や攻城兵器でもダメージを与える事は出来ないし、城壁をもってしても阻止する事は出来ないだろう。


 それに対峙するのもまた竜だ。それに対峙できるのは竜だ。それが、ルルヤだ。そしてルルヤの変じた姿でありながら、そこにはかつて変じそこねた剣の生えた巨大肺魚のような不気味な姿はどこにもない。


 そこにいるのは、途方もなく力強い黒い竜だ。


 厚みのある鏃を組み合わせた様な頭部、鋭い目真っ赤な瞳、大きく尖った装甲版めいた強靭な黒鱗を連ねた体表、引き締まった胴と逞しい手足。翼はルルヤの【翼鰭】と似ているが、尖った大きな鱗と似たような頑丈さを得て、背中の一際尖った鱗の繋がりである背鰭の左右を甲羅の様に覆い折り畳まれている。背鰭や肘等の黒い鱗の縁の末端、特に尖った部分には白く輝くエッジが輝き、鋭さが強調されている。尾は節くれだって長く、鋭く尖った鱗が棘付きの鎚矛のようだ。


 爪も牙も瞳と似て非なる鈍い赤で下顎から一際大きな牙が二本、口角から百合の花弁や猪の牙のように反り返った牙が更に二本づつ。頭部には青く輝く多数の角があり、肩と肘に角と同色の棘、腹と二の腕と太股、尾の下側は金色の細かい鱗に覆われている。見る者に恐れを抱かせる、堂々たる力強さを秘めた大いなる竜だ。


 竜も獣も、何れも身長1から3ミエペワ50~150m、ナアロ軍の兵器、部族軍の物資を運ぶ荷車、連合定刻の国境際の町の地球のそれとは違う繊細さと比べれば、その大きさは更にその倍にも感じられるかもしれぬ。


 これよりそれら巨神がぶつかり合う。世界は完全に神世の再来となった。


「おお……!」「おおお!!」


 狩闘の民達はそのトーテムたる神々の骸が敵に回った精神崩壊級の衝撃から、そのあまりの凄まじさに立ち直った。ある者は祈り、ある者は猛った。荒ぶる精霊に善と正義を与えた如く、信奉する我らを襲う神々に正気を取り戻させたまえと。その戦いに我らも加わらんと。かつて真竜シュムシュは魔に堕ちたとして王神アトルマテラと対立した。だが今は神が狂う世界。ならば逆こそが真なのではという思いや、元々王神アトルマテラに従わぬが故に北方での独立を望んだ者達の末裔であるという反骨、そして何より。


 お前達を守ると。無言の内に告げる、城壁の如き鱗の甍を連ねた背。百聞は一見にしかず、その姿が人々に訴えていた。


 諸部族領襲撃の衝撃を受けたのは彼らだけではない。ナアロ王国の軍勢もストップしていた。欲能行使者チーター達と混珠こんじゅ人の兵の内本気で神をも恐れぬごく一部は怒鳴り散らして喝を入れんとするが、いかな山賊傭兵犯罪者の類いを徴用したといえど、混珠こんじゅ人の兵の大半がその不信心ぶりを上回るレベルの神秘神威を叩きつけられ、あるものは失禁し、あるものは神罰に怯え逃げ惑う、少数者は地にひれ伏し懺悔していた。これでは軍事的な行動はとりようがない。


「……ルルヤ……」


 地を踏みしめ戦い続けていたガルンはその背を見て、複雑な思いを呟いた。


 結ばれずとはいえ思いを抱いた女の背である。それが、全世界全てを背負い込む為に、あれほど大きくなってしまった。感慨を抱かずにはおれなかったが。


(悲しむ事は無い)


 ルルヤは【真竜シュムシュの巨躯】となった身の内に、けなげに優しく、そして優しくあるが故に聖なる強さを抱いた心をもやし、そうガルンの視線に答えた。


 したくてやっている事だ。世界を背負って何が悪い。それができる己を育んでくれたこの世界の値打ちを、世界を背負える存在になって示す事は、苦しみではなく、寧ろ生きる苦しみを張らす誇りだと。


 初めて変じた【真竜シュムシュの巨躯】は、強壮感と不安感が入り交じったような、なかなか強烈な感覚だった。己の体が何百倍にもなったような感覚と、暗闇の中に一人でいるような感覚が入り交じっているというべきか。


 踏みしめる大地の感覚が、己を見る視線が、近い空が、炎に手を翳しているかの如く強く鋭敏に感じられる。世界とより深く接触し、噛み合っているように。


 だが、不思議と違和感はない。爪の先から尻尾の先から角の先まで、違和感無く操れる。その手が剣を握り振るうにはあまり向いていない形になったにも関わらず、この体を最適に操れると夢のように前提を飛ばして理解している。どころか寧ろ己の武張った精神には、人間としての姿より、この黒く尖って戦闘的な姿の方が似合っているようにすら感じられた。


(私は、戦える! お前もそうだなラトゥルハ! その偽物共も纏めて相手になってやる……! 来い!)


「【GEOAAAAAFAAAAAAANN】!!」

「【KISYAAAAGOWAAAAANN】!!」


 ルルヤは吼え、ラトゥルハも吼え返した。今や二人の意思は呼応しあっていた。


(ああ、行くぜ! 行くぜ! この闘争本能に、オレは従う!)


 寧ろ人の身であった時より窮屈ではない。三つの頭も何もかも、この姿こそが己と感じると、吼え返しながらラトゥルハは認識した。


 竜と竜とが睨みあう。そして、大地を揺るがし激突が始まった。



 ルルヤとラトゥルハが、正に睨み合い激突せんとするその時、リアラは。


「な、お、お前……」

「言ったろ……命、一度は預けるって……」


 幻像越しに、『情報ロキ』と睨みあっていた。最早ゼレイルと対峙してはいない。だがゼレイルを退治してもいない。取神行ヘーロースの姿を失い、ぼろぼろの重傷で、だが生きている、呆然としたゼレイルを、リアラは背後に庇っていた。


「貴様、どうやって生き延びて……!」

「これから教えてあげるよ。但し授業料は、お前の命だ……!」


 その左腕は『情報ロキ』の奥義『誘導炎上・社会断罪レヴァンティン・ミストルテイン』を受け、肩まで手甲肩鎧ごと完全に吹き飛んでいた。肌と地面に大量の血が散り、傷口が炭化していた。だがそれでもリアラは生きていた。生きて立ち、『情報ロキ』を睨み据えていた。そしてそんな様でも尚、生きる、戦う、勝つ気力に満ちていた……!

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