・第七十二話「かたりきれない物語(6)」

・第七十二話「かたりきれない物語(6)」



 一方、燃え落ち、滅びようとしているエクタシフォン。そこには、炎と破壊と悲鳴に切れ切れとなりながらも、尚抗う幾つかのかたりきれない物語があった。



「何が、ああ、何でこんな事に……!?」「あれが魔王か!?」「いいから火を消せ!」「逃げろぉ!?」「先に逃げなさい!」「運河へ……」「押すな! いいか、こういう時は……」「ねえ、来てくれるの? あの人、来てくれるんだよね!?」


 逃げ惑うのではなく避難する民。それぞれの絶望とそれに抗う政府や軍や騎士や戦士や勇者へのそれぞれの希望を抱いて生きんとする彼等の物語があった。



「全対空弩砲塔、全弓弩兵、攻撃魔法取得者、未確認飛竜への攻撃を優先! 歩兵は消火、救助! 回復魔法取得者、浄化魔法取得者、消火、救助! 宮城の戦闘並びに《王神鎧》より優先だ! そちらはわしが選んだ者を連れて見定める! 行け!」


 負傷から帰還し玩想郷チートピア〈帝国派〉残党の混乱に乗じて指揮権を再獲得し、ラトゥルハに裂かれた口の傷から血を溢しながらも懸命に指揮を執り未知の飛竜の群れから帝都の民を守るべく残る軍勢を指揮するダビンバ将軍の物語があった。



 そして、太子達、死に行く者達、の物語があった。


「な、何故。私達は……儀式の情報は数千年前の物で……お前は、一体……」


 リンシアは呻いた。意霊〈不滅なるもの〉召喚の為に儀式を行った筈。だが、出てきた男は彼女を一刀の下に切り捨てた。どころか、ギデドスも、ルマも。


 この破壊を行う奇妙な未知の竜種は、目にも止まらぬ速度で自分達を切り捨て周囲の民も兵も無差別に切り刻んだこの男が、未知の魔法で呼び出したものだ。


 自分達がこの事態を招いてしまったのか? そうだとしたら死んでも死にきれぬという嘆きが、知らねばという想いとなり言葉になり血と共に零れ落ちる。


新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア十弄卿テンアドミニスター第二位、『永遠エターナル欲能チート』デルリク・ボルニキラド。そしてこれは私の剣、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』」


 瀕死のリンシアに『永遠エターナル』は名乗る。敵を呼び寄せたのだと責める為に。


「何故私が呼び出されたか、だって? 分からない? 分からないか。所詮取るに足らない定命の者モータルだもんなあ、そりゃそうか。教えてやろうじゃないか。いや、素直に考えてみれば簡単な事なんだけどな? そう、素直に考えれば、な」


 黙っていれば高貴さを感じる白皙の美貌を醜悪な優越感と愉悦に歪め『永遠エターナル』は思わせ振りに勿体振って告げた。


「……ま、まさか。そんなまさか」


 しかし、リンシアはその言葉で、ある可能性に思い至った。


 だがその可能性はあまりにも恐ろしいもので、リンシアの失血死寸前の顔は更に青ざめた。もしそうならこの世の全ては茶番なのではという正気SAN値を削る恐怖。


「おや、気付いた? まあ、簡単な話だもんなあ。。要するに、それだけの話だもんなあ」


 『永遠エターナル』は更に笑みを深めた。飛び切りの嗜虐で恐るべき世界の秘密を弄ぶ。それはゼレイルが恐れた首領たる『全能ゴッド』の印象と一致したもので……


「そこまでだ。少し、待って貰おうか」


 そして、リンシアと『永遠エターナル』のその会話に割り込み介入する者達の姿があった。


 それに、『永遠エターナル』は至極面倒臭そうに反応した第七十話の場面に改めて場面が戻った


「大体お前らの事は誰も覚えちゃいないだろうし、お前のような新キャラなんて誰も望んじゃいないだろう」

「お前にとっては、そりゃ、今更だろうさ」


 その者は、噛み締めるような口調でそう返した。いや、今そう言った者だけではなく立ちふさがったのは複数人。その者達、だ。


「だがな、こっちにすれば、今更じゃない……!!」

「あれからずっと、生き延びて。見過ごされたのか見逃されたのか疑い怯えながら。……この世界の人間が頑張り続けるのを横目で見ながら自問自答してきたんだ。この世界の、あの、古く変わり者の勇者ルルヤとリアラの戦いを、この世界の片隅で、ずっとずっと誰にもかたられない物語のまま、見てきたのさ。湿った薪が乾いてもう一度燃えるようになるまでな。お前達の敵チートスレイヤーズの熱があったから、腐らなかった……!」


 その者達は、四人。何れにせよ何れも、太子達が見た事も無い姿をしていた。


 一人は『永遠エターナル』に向かって最初に立ちはだかった男、黒い詰襟の服の上から白いマントを羽織り、ばさばさした赤毛の逆立った頭髪と眉が特徴の少年。その手には、その格好には不似合いな電子機器と融合したような意匠デザインの剣。


 二人目は続けて発言した、全身甲冑というにはどこか生物的バイオな印象の奇妙な姿をした男。


 三人目は、死すべき定めにあった太子達に未知の様式の魔方陣を展開して水属性と思しきやはり未知の回復魔法を付与していた、ペンダントや肩章を思わせる装飾とも装備とも回路とも魔方陣とも取れる模様の刻まれたボディスーツを来てマントを羽織ったボーイッシュな少女。


 四人目は奇妙に凝った真鍮の装飾がついたトランクを片手に持った、前者と同じボディスーツ的ではあるが黒く飾り気無く近未来的な印象の装束を着たばさばさした長い黒髪のワイルドな少女。レトロなトランクと近未来的な本人の服の印象が、まるで別の世界から来たかのように正反対に違っていて噛み合っていない。


「代わりに木っ端微塵になりにきたか。ああ、ちなみに『全能ゴッド』がお前達を捨て置いた理由は、どうでも良かったからだ。そう、どうでもいいんだよ。個別の一つ一つの魂は。お前ら、あの時撃沈した第五話で言及した〈浄化管理局〉か? いや、あの場にいなかった〈浄化管理局〉じゃない奴が二人……厳密にいえば四人か。そのトランクの中の通信機越しに一人、見えにくい奴がもう一人。それと、加護を与えたこの場にいない奴がもう一人。いや、一柱か」

「……!!」


 三人目の黒装束の少女が息を呑んだ。通信機機能がつけられていると『永遠エターナル』が指摘した真鍮の装飾が施されたトランクの中から微かな作動音がして、黒装束の少女は頷いた。通信の内容を音声を介さず何らかの手段で受信している様子だった。


 そしてその『永遠エターナル』の奇妙な発言が事実である事を裏付けるように、一瞬、三人目と四人目の前に、ゆらゆらと別の女の影が見え隠れした。


 光学迷彩の類でも幻影でもない。もっと不確かな、夢の様な、シャボン玉のような、ある種の特殊な金属のような、油膜のような、オパールのような、虹のような七色の髪が揺れるのが一瞬見えた。



 そしてリアラの、名無ナナシの、『旗操フラグ欲能チート』ゼレイルの、『常識プレッシャー欲能チート』ミアスラの物語があった。恐るべき新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアの首領、『全能ゴッド欲能チート』と対峙して繰り広げられる物語が。


「ぎゃふっ!?」


 最初に響いたのはミアスラの悲鳴だ。一足でミアスラと『全能ゴッド』の間に飛び込んだリアラが、距離を取らせる為宙返りしながら着地の勢いを乗せミアスラをゼレイルの方向めがけて蹴っ飛ばしたのだ。何しろルルヤに劣るとはいえ【真竜シュムシュの膂力】で強化された身体能力だ、確かに距離は取れるが殺さないよう手加減したとはいえ相当痛いだろう。だが、詳細不明の欲能でリサイクルされる金属のようにプレス踏潰殺されるよりは遥かにましの筈だった。


「はは! 酷いじゃないか!」


 背後で混乱した叫び声と共にそれを受け止めたゼレイルが慌てよろめく中、笑いながら『全能ゴッド』はリアラに襲いかかった。粗雑に、無造作に手を伸ばす。


「その手程酷くは無いよっ!」


 触れられるわけにはいかないとリアラは認識していた。リアラの【眼光】は認識していた。何という凄まじさか。『全能ゴッド』の体の表面は、無数の欲能チートが複雑に渦巻く不可視の力の奔流に覆われている。あまりに混沌としていて詳細は見切れないが、人型をした空間の歪みのようなものだ。触れれば滅茶苦茶な力が作用する、どんな害を受けるか全ては詳細に分かったものではないが、酷い事になるのは嫌でも分かる!


「握手して色々出自だの動機だの話そうかと思っていたんだけどね! それにしてもそんな奴を助けちゃあ! 君の死んでいく仲間が可哀想だろう!? 道楽者だね!」

「握手をしようってんなら……!」


 故に咄嗟にリアラは【真竜シュムシュの骨幹】で短槍を生成、棒で払うようにして突き出される『全能ゴッド』の手を払い除けるように振るった。僅かでも時間を遅延できれば、という所だったが、本当に僅かの時しか稼げない。鉄の入った合金の理論最大の強靭性を持つ筈の手槍は、たちまちミアスラの指と同じ様に滅茶苦茶に折れ曲がった。


「っ!」「リアラ!」「ありがと!」


 握る手まで迫る歪曲の侵食に、リアラは手槍を振り抜きぶつけるように投げ捨てる。『全能ゴッド』の体に近づいた手槍は折り畳まれるようにして消滅。リアラは【翼鰭】を展開、同時に名無ナナシが鋼糸付短剣を投擲し、リアラの腕に絡めて空中で同じく【翼鰭】を使いながら引っ張り加速。間一髪『全能ゴッド』の間合いから一応逃れる……この程度の筈が無いから、一応でしかない。同時に名無ナナシは魔法を付与した短剣を連続投擲していたが、それら全ては空中で擂り潰される様に砕け散っていた。


「もう少し落ち着いて話せよ! それと!」


 間合いを取って改めて対峙。雑な前進と腕の一振りを終えた『全能ゴッド』は言い直すリアラの言葉の続きを待つ様に一旦停止し首をかしげた。


「……道楽者は承知の上さ。復讐者は、復讐したくてやってるんだ。僕らは望んで人を殺し望んで人を生かす。それは一切誤魔化さないよ。その上で、僕らの存在は人の為になってるって、傲慢に主張して、それを認めさせて、認めてくれた人を仲間として戦わせているんだ」

「まあこうして顔を付き合わせて喋ってる間にも玩想郷チートピアの攻撃で人はばたばた死んでいくんだけどね。お喋りしたいからって人を殺す君って凄いね」

野郎ぶっ殺してやるやるぉおおぶっこぉしてやぁあああ!」「わあ自殺突撃やめろあぶねえ!?」


 リアラ、切れた――! 自分から話そうと持ちかけておいて殺し合いの間に会話するのって戦争の真っ最中だとその間に他の場所で戦死している人がいるんだから戦闘を遅らせるのはその人達を見捨ててるって考えると酷くない? なんてほざく掟破りの外道にリアラの怒りが爆発した! だが突撃は危険だと名無ナナシが慌ててリアラを制止しようと……


「「破ァ!!!!」」ZBOOONN!


 その突撃を笑って迎撃しようとした『全能ゴッド』に、二重の衝撃が炸裂した。リアラとそれを諌めようと接近した名無ナナシ、と見せかけた二人が息をぴったり合わせ攻撃を行ったのだ。二人が手甲の下から出した護符は事前にリアラが竜の力全てを付与する護符作成の合間に作っておいた手札の一つ、諸島海の戦いの最終局面でルルヤの力を借りた時と同じ手段で作った最大出力のルルヤの月の【息吹】を納めたもの。それを相手にダメージを与える事より吹っ飛ばし移動させる事を優先して二人同時に放った。実際ダメージは欠片も通らなかったが、『全能ゴッド』は押され……


「へえ」「【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミングフォトンブレス】!!」


 結果的にミアスラ・ゼレイルから遠ざかる。それで完全に保護しきれる訳でもないだろうが、リアラは既に二人にも即死・即洗脳系欲能チートを抑止する為の護符を落としていた。故に遠ざけるのはそれなりに効果ある一手、それを『全能ゴッド』が感嘆した直後。


 押され、歪められた空間の奥、即ちエクタシフォン側に戻った『全能ゴッド』を追う形でリアラがエクタシフォンに突入。即座に【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミングフォトンブレス】を放つ……空に目掛けて。勇者の精神力で【角鬣】の効果拡大と合わせ力を振り絞り。


 帝都で戦う生ける者も死せる者も死にかけているものも死にゆきつつある者も見た。無茶苦茶な規模の攻撃竜術が空を切り裂き、この世界には存在しない筈の偽物の竜達を打ち落としていくのを。


「話題に乗ったのも怒ったのも、全部犠牲者を低減する為のフリか。やるね、狂ってるね。今使ったこの『応報インガ欲能チート』、侵略にも内紛にも役立たずだったけど、罪悪感でぐちゃぐちゃに苦しいのには効くのに。何時死んでもいいと思ってるの?」


 それを見るともなく知覚して、『全能ゴッド』は平然と謎めいた言葉と共に問いかける。己が有するのとは違う筈の欲能チートの名と共に。


「カッとなったりショックを受けたりした隙に恨みを残す暇も無い程に即死させるのは、これは面倒そうだな。面倒な子だ、イレギュラー」


(……僅かの傷もついてない。服に皺すら出来てない。まだ様子見してる。こっちの殺し方を考えてる。ある種の派閥抗争。恐らくは第三位クロスオーバーと。今ので何人救えた? 何人間に合わなかった?)


 それをリアラは観察し続ける。必死に考え続ける。脳が焦げ付く程に。こいつは、名前の通り全知全能であるという訳ではあるまい。恐らくそれに最も近い存在であるのは事実だろうが。もし完全な全知全能ならば、そもそも自分達は戦うに至る事すらできなかった筈だ。この感情もこの葛藤も全て相手の娯楽でスイッチをオフされれば消える娯楽だという可能性は考えるだけ無駄に近いし……


 ふと、『惨劇グランギニョル欲能チート』の嗜虐に歪んだ見下す笑顔を思い出した。


(もしそうだとしたら、きっともっと上げて落とす落差を大きくするさ。少なくとも僕やあいつみたいな外道ならそうする、なんてね)


 対策思考と平行してそう思い、リアラは外道の思考を推察する事に慣れた己に苦笑した。もしも自分が物語の書き手なら、こんなにぐだぐだはさせまいし、それすらも演出だと言うのなら……


 たとえ全知全能だろうが殺す。殺せる力があるからそう言うんじゃなく、殺せる力がなくても負かして殺してやると誓う。


「『永遠エターナル』。街はもういい。……良かったね、これ以上街は壊れないよ。まあ、もう随分死んだけどね。民間人も立ち向かった者達も」


 『全能ゴッド』が虚空に向けて言った。この街にいる『永遠エターナル』デルニク・ボルニキラドへの言葉。それは恐らく、独り言ではなくやはり空間を超越して語りかけている。その言葉が、特に最後の言葉がリアラの心を攻め立てる。だがその苦しみを耐える。この他者を弄び続ける怪物からそれでも少しでも多くの人々を守り勝つ為に。


「やっぱりこれは恨みを残す余地も無い程徹底的にじっくり嬲り殺すのがいい感じかな? 『交雑クロスオーバー』は恨みしか残らない程度に嬲って殺す算段だけど、そんな手緩いやり方じゃなく。飴色玉葱でも炒めているか、さもなきゃ除霊の読経をしている気分だ。はは、前者は兎も角後者はこの私、神無き星の神が言う例えじゃ……」


 そして、『全能ゴッド』は。


「なんて、ね」


 その言を平然と翻して再度奇襲攻撃を仕掛けてきた。やっぱりそうは言ったけどその前にもう一度だけ〈恨みを抱く暇も無い程の即死〉を試してみようかな、等という、気軽極まりない感覚で。


 どくんと心臓が脈打つ一瞬。状況は激烈に動いた。



「……全く、無駄死にだ。一体全体、何の為にお前達は生きていたんだ?」


 ひゅん、と『永遠エターナル』はその剣である『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』を軽く血振りした。


 その眼前には生体鎧の戦士と学生服の戦士、二人が死んでいた。学生服の戦士が持っていた本人とは雰囲気の違った機械仕掛けの剣は、真っ二つに折れていた。


 だが、生体鎧の戦士の死体は一瞬で無数の傷を刻まれながらも最後まで前を向いていた。その表情ははっきりとはしなかったが、並んで倒れる学生服の戦士の死体の最後の表情は、何かの目的を持って戦い、最後までその目的の為に戦い抜いて死んだ男の顔をしていた。


「っ、無駄じゃ、無い! 無駄に、するもんか!」

「無駄じゃん。ただ死んだだけだし、お前たちも同じだ」


 魔方陣障壁で攻撃に対抗しようとする、水の魔法で太子達を癒そうとしていたボーイッシュな少女が必死に叫ぶ。それを、『永遠エターナル』は否定する。踏み込んで武器を振り上げて振り下ろす、それだけで終わりだと。


「いいや」


 黒装束の少女が、その体はサイボーグだったのか、手からクロムシルバーの銃口を生やし立ち塞がり否定する。蒸気機関とかヴィクトリアンエイジといった比喩が似合いそうな、いや、より明確に言えばスチームパンクと言うべきトランクの意匠とは完全に方向性が違うサイバーパンクさ。そしてトランクは焦げ付き壊れそうなほど薄煙を上げて作動しながら、通信で何事かを彼女に伝えていた。


「そっちの、タイムオーバーだ。……違うか?」


 自分が生身だったら冷や汗を流していただろうと思いながら、機械の少女はそうハッタリをかました。否ハッタリではない。トランクからの通信と、その傍らにゆらゆらと見え隠れする夢の女の加護から、〈浄化管理局〉の男達が時間を稼いだ事の結果を知ってはいる。だがその結果に対し眼前の相手がどう反応するか。


「……確かにそうじゃねえか。全く」


 『永遠エターナル』は折れた花の様にぐきりと斜め後ろに首を倒し、あらぬ方向を見据えて呟いた。ここではないどこかリアラの戦場、ここには居ない誰かゴッドの声を聞いて。


 そして『永遠エターナル』は唐突に姿を消した。まるで動画を編集し間の時間を消した様に唐突に。


「……無駄じゃなかった、無駄じゃ無かったぞ……!


 それに、機械の少女は嘆息すると、倒れた〈浄化管理局〉の戦士達の死体の手を取り、鎮魂の祈りとしてそう呟いた。短いが激闘だった。運命をほんの僅か、相手側の事情や気まぐれも加わった上で少しの時間を稼いだだけに過ぎなかったとしても、その僅かな変化が、奴等の油断を、必ず意味に繋げてみせる、たとえ英雄譚としてかたられない物語であったとしても、意味はある、と。


「君達は、一体……?」


 そんな不思議かつ詳細不明な状況に、未知の回復魔法で辛うじて意識を取り戻した太子達のうち、まずリンシアが声をかける。


「殿下ーっ!お助けします!」

「くそ、ここだ……こっちだ……」


 遠くで兵を率いてどかどかと駆けつけてきたダビンバ将軍を、ギデドスが倒れたまま呼ばわる。そして真鍮の機械に入力を終えた機械の少女が、別の魔法の準備に集中し始めた水の魔法と魔方陣の少女に変わって説明をする。


「こいつら〈浄化管理局〉はあんたたちより前に新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアと戦ってた連中だ。最後まで戦って死んだ。あんたたちに可能性を繋げて。誉めてやってくれ」

「そして私達は別の世界の住人。転生者達がやってきた地球、この世界で言う〈不在の月〉とも、この世界の夜空に浮かぶ他の泡界とも違う世界から来た」

「!?」


 機械の女だけではなくその周囲に揺らめく夢幻の女までもが語る。何とか意識を取り戻したルマが驚く。


「貴方達が知った情報から薄々察しているように新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアは、そしてこの世界で繰り広げられている戦いは、この世界の命運だけじゃなく他の沢山の世界の命運もかかってる。〈不在の月〉もそれ以外の世界も。だけど私達はこの位しか介入ができない。〈浄化管理局〉の事を知った時には遅かった。だからお願いだ。手遅れになる前に伝えないといけない事がある。手を貸して。手助けさせてほしい!」

「そこまで知って……わ、分かったっ」


 再び準備を終えた魔方陣の少女が続けて語った。展開を予想もつかなかった言葉にあっけにとられかけるリンシアだが、気力を振り絞り対応する。先程の『永遠エターナル』とのやりとりで推察できた恐らく紛れも無く確かであろう恐るべき事実。それを、この眼前の不思議な旅人達は肯定した。驚きと混乱と不安と恐怖と、しかし必死の思いがそれより先走る。


「情報を伝達するよ。この世界の運命を担う戦士に……!」


 魔方陣の少女はそう告げる。太子達と、異世界の女達が集まった。


(……それでも、私たちは機械仕掛けの神デウスエクスマキナなんかじゃない。この世界ではその名前が既に僭称されているマッド・デウスマキナに使われてるからでもなく)


 別世界の魔法を展開しながら、魔方陣の少女は内心自分達は救いではないと自覚していた。


(これすらも、あるいは敵の想定内なのかもしれない)


 だけど、と、眦を決する。〈浄化管理局〉の皆は最後まで戦った。この世界の命達は自分達の世界を自分達の力で守ろうとしている。それはどちらも尊い。ならば、全ての世界の命運が懸かったこの戦いにおいて、それでも唯出来る事をするだけだと。そして彼女は魔法を発動する。世界の真実を伝える魔法を……!



 その魔法が真実を伝えんとしている相手、リアラはその時死線に立っていた。


「そら『課金ガチャ』だ、引いたぞ出てこい」


 戯言の様な口調で、しかしあまりにも恐るべき密度の包囲網めいた奇襲。


 『全能ゴッド』が欲能チートを行使した。その周囲の空間が歪んだ。呟いた欲能チートの名はかつて戦った相手と同じ、金を代価に様々な効果を得る力、過去の相手はルルヤに対して加速能力という形でそれを使ったが、これはそれとは似て非なる空間転移。それは、既に倒した相手の欲能チートであると同時にその欲能チートの別の使い方であるという二重の奇襲。


 否、三重の奇襲であった。なぜならリアラに次の瞬間繰り出された攻撃はその空間転移によって呼び出されたものではなく、全く別の隠密系欲能チートによるものだったからだ。恐るべき邪智!


 ZA【PKSYLLLL】!PZAPZAP! SLASH!


 瞬間、凄まじい威力をもつディストピアSF粛清抹消光線銃めいた、欲能チートで強化された攻撃錬術れんじゅつによる光線魔法が間一髪リアラを掠めた。


 【真竜シュムシュの角鬣】による探知と【真竜シュムシュの宝珠】による思考加速、【真竜シュムシュの咆哮】による対攻撃干渉、【真竜シュムシュの息吹】で光を操れるが故の相手の使う光線技の歪曲。振り返るまでもなく腕だけ動かし脇下からノールックの【真竜シュムシュの息吹】一閃。


 背後で転倒音。足元に転がったのは背後から襲いかかろうとしていた、黒帽子に眼鏡と赤ストールの男が眉間を撃ち抜かれた死体。『諜報スパイ欲能チート』の最後だった。


 だが何故。事前の情報これまでのびょうしゃではこいつは〈王国派〉ではなかったか。


(種明かしをすれば、要するにこいつは〈首領派わたし〉に寝返っていた訳だけど)


 欠片も心を乱さない平坦な思考で、『全能ゴッド』はその末路を笑った。〈王国派〉と〈首領派〉の暗闘。その名かで繰り広げられた、かたりきれない物語。その判断に何があったのかを語られる事はない。だが何れにせよ、首領の玩具となって使い捨てられたという事実がここに転がる。


(驚いた、驚かないね)(まだ来る、それにっ……!)


 事前情報との齟齬でリアラが混乱するかと思ったのだが、三重の奇襲と同時にリアラの思考に負担をかけにいく『全能ゴッド』の組織を操り己に反抗する者に対して用いられていた恐るべき計略に、リアラは追随してきている。


 だがまだ『全能ゴッド』による攻撃は続く。無音無言で一撃目を捌き一人目を倒したリアラだが、それが小手調べに過ぎない事に気づいていた。必死に動き続ける。


 同時に名無に襲いかかったのは別の場所にいる筈のミレミ。否、欲能チートでミレミそっくりに変身した〈帝国派〉による〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉への疑惑悪評風評被害の立役者だった『太陽ダズル欲能チート』。更にそれだけではない。自分を変身させるだけではなく、幻影のリアラを作成し、二人同時に襲い掛かる。身内の姿が唐突に襲い掛かってくるという驚きを堪えて両者が偽者であると見抜き、かつ二者の内どちらが本体でどちらが幻影であるかを見破らなければならない奇襲……に見せかけ、幻影のリアラに重なる様に、ねじ曲がった軌道で飛ぶ魔法投擲武器を発射。幻影の中にも攻撃があると見切らないと死ぬ鬼畜難易度攻撃を仕掛ける。


 だが『太陽ダズル』は『情報マスコミ』に操られていた筈では? 『情報マスコミ』は『全能ゴッド』に食われた。即ち既に〈帝国派〉残党は全て〈首領派〉の手駒だ。そしてこちらこそが先程『全能ゴッド』が使った欲能チートによる空間転移で呼び出された存在だ。


 更に言えば『全能ゴッド』は一欠片の殺気も名無に向けてはいなかった。『全能ゴッド』からすればあくまで本命を狙う為片手間で押さえつける程度の認識か。だが『全能ゴッド』は単に『太陽ダズル』を呼び出すだけでなく、また別の欲能チートで強化してすらいた。殺意を向けずに殺すだけの力を。


 全て事前の意図通りの、怨念を抱く暇もない程の一瞬の死をもたらす為の、思考する余裕すら奪い尽くす奇襲の連続。事前の言葉からの殺意の動きから欲能チートの発動タイミングから全てが殺意無き確殺の話な。茫洋超然と見えて、その攻撃は遊びめいていても隙は無い。否、遊びであってもこれ程隙が無いのか。


「舐めるなっ!」


 それでも、見分けがつかない訳があるかと、名無ナナシはその変身による顔での撹乱を無視して、『太陽ダズル』の攻撃をかわす。本体も幻越しの攻撃もだ。強化された故のリアラの【息吹】に勝るとも劣らぬ威力をもつ『太陽ダズル』の熱閃光攻撃。同属性の【息吹】を与えられそれを防ぐ力を得ていなければ危なかった。たまたま相手が得ていた手駒の属性との愛称がよかった幸運に助けられる。カウンターの刃を愛した女と同じ顔の喉笛に容赦なく叩き込む名無ナナシ。絶命する『太陽ダズル』。だが、攻撃は尚も続く。そんな抵抗は無意味だとばかりに。


王手チェック」「……!」


 大遠距離。『機操ロボモノの欲能』操る《王神鎧》。『機操ロボモノ』も『全能ゴッド』が操った。故にその動きに最早指示待ちの迷いは無く。その内に仕込まれた神代魔法兵器が火を噴く。戦場を丸ごと吹き飛ばそうとする。己は、いや己等は攻撃範囲内でも傷を受けぬという確信があるが故の強引な詰め手。


 極限の境地。リアラは最早言葉もなく【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】を発動。それは勇気と、対策と、そしてほんの少しの罪の力。


王手チェック」「~~~~~~っ!!」


 そして、【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】の傘の下にその場が覆われた事を狙い澄まして、その中に空間を切り裂いて禍々しい刃が満ち溢れた。


 『永遠エターナル』の武器、『災禍を呼ぶ者テンペストコーザー』。『全能ゴッド』の呼び声に答え、帝宮から時空を切り裂いてこの場を急襲したのだ。全方位からリアラを刃が襲う。リアラは武器を振るう。名無がリアラを庇い武器を振るう。二振りと、二振りと、同時無数。


「仮に名付けて『絶望羨望・模倣偽神ルサンチマン・デミウルゴス』。王手チェック詰みメイトかな?」


 『全能ゴッド』の目はリアラ達の背後を見ていた。その視線の先から、甲殻で全身を覆った鬼めいた取神行ヘーロースの姿に、即ちいきなり十弄卿テンアドミニスターになりながら『常識デミウルゴス』が襲いかかった。再び取神行ヘーロースの姿となった『旗操オシリス』と共に。


 だが洗脳等の欲能チートを防ぐ為に護符を置いた筈。驚愕するリアラの視界を放り捨てられたミアスラに渡した護符が舞う。……洗脳したのではなく、念話的な欲能チートか何かで誘惑し説得し自分から捨てさせたのか。捨ててしまったのか。


 凄まじい速度と力の激突が【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】を内から爆裂させた。


「いいや!」


 だが、それでもその爆裂の向こうから。


「負ける、かぁっ!」


 尚、リアラと名無ナナシの叫びが響き渡る。魔法が発動する。不完全な正義の為に血を流した者であろうとも、否、であるからこそ死ぬ訳にはいかぬ、流した血に値するものなど正確には存在しないのだとしても、戦いを始めたものとして、戦いを終わらせねばならぬと。


 巨大で重い時代と歴史を背負って血反吐を吐きながら叫び続ける。

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