・第七十二話「かたりきれない物語(6)」
・第七十二話「かたりきれない物語(6)」
一方、燃え落ち、滅びようとしているエクタシフォン。そこには、炎と破壊と悲鳴に切れ切れとなりながらも、尚抗う幾つかのかたりきれない物語があった。
「何が、ああ、何でこんな事に……!?」「あれが魔王か!?」「いいから火を消せ!」「逃げろぉ!?」「先に逃げなさい!」「運河へ……」「押すな! いいか、こういう時は……」「ねえ、来てくれるの? あの人、来てくれるんだよね!?」
逃げ惑うのではなく避難する民。それぞれの絶望とそれに抗う政府や軍や騎士や戦士や勇者へのそれぞれの希望を抱いて生きんとする彼等の物語があった。
「全対空弩砲塔、全弓弩兵、攻撃魔法取得者、未確認飛竜への攻撃を優先! 歩兵は消火、救助! 回復魔法取得者、浄化魔法取得者、消火、救助! 宮城の戦闘並びに《王神鎧》より優先だ! そちらはわしが選んだ者を連れて見定める! 行け!」
負傷から帰還し
そして、太子達、死に行く者達、の物語があった。
「な、何故。私達は……儀式の情報は数千年前の物で……お前は、一体……」
リンシアは呻いた。意霊〈不滅なるもの〉召喚の為に儀式を行った筈。だが、出てきた男は彼女を一刀の下に切り捨てた。どころか、ギデドスも、ルマも。
この破壊を行う奇妙な未知の竜種は、目にも止まらぬ速度で自分達を切り捨て周囲の民も兵も無差別に切り刻んだこの男が、未知の魔法で呼び出したものだ。
自分達がこの事態を招いてしまったのか? そうだとしたら死んでも死にきれぬという嘆きが、知らねばという想いとなり言葉になり血と共に零れ落ちる。
「
瀕死のリンシアに『
「何故私が呼び出されたか、だって? 分からない? 分からないか。所詮取るに足らない
黙っていれば高貴さを感じる白皙の美貌を醜悪な優越感と愉悦に歪め『
「……ま、まさか。そんなまさか」
しかし、リンシアはその言葉で、ある可能性に思い至った。
だがその可能性はあまりにも恐ろしいもので、リンシアの失血死寸前の顔は更に青ざめた。もしそうならこの世の全ては茶番なのではという
「おや、気付いた? まあ、簡単な話だもんなあ。転生者はいつから存在したのか。要するに、それだけの話だもんなあ」
『
「そこまでだ。少し、待って貰おうか」
そして、リンシアと『
それに、『
「大体お前らの事は誰も覚えちゃいないだろうし、お前のような新キャラなんて誰も望んじゃいないだろう」
「お前にとっては、そりゃ、今更だろうさ」
その者は、噛み締めるような口調でそう返した。いや、今そう言った者だけではなく立ちふさがったのは複数人。その者達、だ。
「だがな、こっちにすれば、今更じゃない……!!」
「あれからずっと、生き延びて。見過ごされたのか見逃されたのか疑い怯えながら。……この世界の人間が頑張り続けるのを横目で見ながら自問自答してきたんだ。この世界の、あの、
その者達は、四人。何れにせよ何れも、太子達が見た事も無い姿をしていた。
一人は『
二人目は続けて発言した、全身甲冑というにはどこか
三人目は、死すべき定めにあった太子達に未知の様式の魔方陣を展開して水属性と思しきやはり未知の回復魔法を付与していた、ペンダントや肩章を思わせる装飾とも装備とも回路とも魔方陣とも取れる模様の刻まれたボディスーツを来てマントを羽織ったボーイッシュな少女。
四人目は奇妙に凝った真鍮の装飾がついたトランクを片手に持った、前者と同じボディスーツ的ではあるが黒く飾り気無く近未来的な印象の装束を着たばさばさした長い黒髪のワイルドな少女。レトロなトランクと近未来的な本人の服の印象が、まるで別の世界から来たかのように正反対に違っていて噛み合っていない。
「代わりに木っ端微塵になりにきたか。ああ、ちなみに『
「……!!」
三人目の黒装束の少女が息を呑んだ。通信機機能がつけられていると『
そしてその『
光学迷彩の類でも幻影でもない。もっと不確かな、夢の様な、シャボン玉のような、ある種の特殊な金属のような、油膜のような、オパールのような、虹のような七色の髪が揺れるのが一瞬見えた。
そしてリアラの、
「ぎゃふっ!?」
最初に響いたのはミアスラの悲鳴だ。一足でミアスラと『
「はは! 酷いじゃないか!」
背後で混乱した叫び声と共にそれを受け止めたゼレイルが慌てよろめく中、笑いながら『
「その手程酷くは無いよっ!」
触れられるわけにはいかないとリアラは認識していた。リアラの【眼光】は認識していた。何という凄まじさか。『
「握手して色々出自だの動機だの話そうかと思っていたんだけどね! それにしてもそんな奴を助けちゃあ! 君の死んでいく仲間が可哀想だろう!? 道楽者だね!」
「握手をしようってんなら……!」
故に咄嗟にリアラは【
「っ!」「リアラ!」「ありがと!」
握る手まで迫る歪曲の侵食に、リアラは手槍を振り抜きぶつけるように投げ捨てる。『
「もう少し落ち着いて話せよ! それと!」
間合いを取って改めて対峙。雑な前進と腕の一振りを終えた『
「……道楽者は承知の上さ。復讐者は、復讐したくてやってるんだ。僕らは望んで人を殺し望んで人を生かす。それは一切誤魔化さないよ。その上で、僕らの存在は人の為になってるって、傲慢に主張して、それを認めさせて、認めてくれた人を仲間として戦わせているんだ」
「まあこうして顔を付き合わせて喋ってる間にも
「
リアラ、切れた――! 自分から話そうと持ちかけておいて殺し合いの間に会話するのって戦争の真っ最中だとその間に他の場所で戦死している人がいるんだから戦闘を遅らせるのはその人達を見捨ててるって考えると酷くない? なんてほざく掟破りの外道にリアラの怒りが爆発した! だが突撃は危険だと
「「破ァ!!!!」」ZBOOONN!
その突撃を笑って迎撃しようとした『
「へえ」「【
結果的にミアスラ・ゼレイルから遠ざかる。それで完全に保護しきれる訳でもないだろうが、リアラは既に二人にも即死・即洗脳系
押され、歪められた空間の奥、即ちエクタシフォン側に戻った『
帝都で戦う生ける者も死せる者も死にかけているものも死にゆきつつある者も見た。無茶苦茶な規模の攻撃竜術が空を切り裂き、この世界には存在しない筈の偽物の竜達を打ち落としていくのを。
「話題に乗ったのも怒ったのも、全部犠牲者を低減する為のフリか。やるね、狂ってるね。今使ったこの『
それを見るともなく知覚して、『
「カッとなったりショックを受けたりした隙に恨みを残す暇も無い程に即死させるのは、これは面倒そうだな。面倒な子だ、イレギュラー」
(……僅かの傷もついてない。服に皺すら出来てない。まだ様子見してる。こっちの殺し方を考えてる。ある種の派閥抗争。恐らくは
それをリアラは観察し続ける。必死に考え続ける。脳が焦げ付く程に。こいつは、名前の通り全知全能であるという訳ではあるまい。恐らくそれに最も近い存在であるのは事実だろうが。もし完全な全知全能ならば、そもそも自分達は戦うに至る事すらできなかった筈だ。この感情もこの葛藤も全て相手の娯楽でスイッチをオフされれば消える娯楽だという可能性は考えるだけ無駄に近いし……
ふと、『
(もしそうだとしたら、きっともっと上げて落とす落差を大きくするさ。少なくとも僕やあいつみたいな外道ならそうする、なんてね)
対策思考と平行してそう思い、リアラは外道の思考を推察する事に慣れた己に苦笑した。もしも自分が物語の書き手なら、こんなにぐだぐだはさせまいし、それすらも演出だと言うのなら……
たとえ全知全能だろうが殺す。殺せる力があるからそう言うんじゃなく、殺せる力がなくても負かして殺してやると誓う。
「『
『
「やっぱりこれは恨みを残す余地も無い程徹底的にじっくり嬲り殺すのがいい感じかな? 『
そして、『
「なんて、ね」
その言を平然と翻して再度奇襲攻撃を仕掛けてきた。やっぱりそうは言ったけどその前にもう一度だけ〈恨みを抱く暇も無い程の即死〉を試してみようかな、等という、気軽極まりない感覚で。
どくんと心臓が脈打つ一瞬。状況は激烈に動いた。
「……全く、無駄死にだ。一体全体、何の為にお前達は生きていたんだ?」
ひゅん、と『
その眼前には生体鎧の戦士と学生服の戦士、二人が死んでいた。学生服の戦士が持っていた本人とは雰囲気の違った機械仕掛けの剣は、真っ二つに折れていた。
だが、生体鎧の戦士の死体は一瞬で無数の傷を刻まれながらも最後まで前を向いていた。その表情ははっきりとはしなかったが、並んで倒れる学生服の戦士の死体の最後の表情は、何かの目的を持って戦い、最後までその目的の為に戦い抜いて死んだ男の顔をしていた。
「っ、無駄じゃ、無い! 無駄に、するもんか!」
「無駄じゃん。ただ死んだだけだし、お前たちも同じだ」
魔方陣障壁で攻撃に対抗しようとする、水の魔法で太子達を癒そうとしていたボーイッシュな少女が必死に叫ぶ。それを、『
「いいや」
黒装束の少女が、その体はサイボーグだったのか、手からクロムシルバーの銃口を生やし立ち塞がり否定する。蒸気機関とかヴィクトリアンエイジといった比喩が似合いそうな、いや、より明確に言えばスチームパンクと言うべきトランクの意匠とは完全に方向性が違うサイバーパンクさ。そしてトランクは焦げ付き壊れそうなほど薄煙を上げて作動しながら、通信で何事かを彼女に伝えていた。
「そっちの、タイムオーバーだ。……違うか?」
自分が生身だったら冷や汗を流していただろうと思いながら、機械の少女はそうハッタリをかました。否ハッタリではない。トランクからの通信と、その傍らにゆらゆらと見え隠れする夢の女の加護から、〈浄化管理局〉の男達が時間を稼いだ事の結果を知ってはいる。だがその結果に対し眼前の相手がどう反応するか。
「……確かにそうじゃねえか。全く」
『
そして『
「……無駄じゃなかった、無駄じゃ無かったぞ……!
それに、機械の少女は嘆息すると、倒れた〈浄化管理局〉の戦士達の死体の手を取り、鎮魂の祈りとしてそう呟いた。短いが激闘だった。運命をほんの僅か、相手側の事情や気まぐれも加わった上で少しの時間を稼いだだけに過ぎなかったとしても、その僅かな変化が、奴等の油断を、必ず意味に繋げてみせる、たとえ英雄譚としてかたられない物語であったとしても、意味はある、と。
「君達は、一体……?」
そんな不思議かつ詳細不明な状況に、未知の回復魔法で辛うじて意識を取り戻した太子達のうち、まずリンシアが声をかける。
「殿下ーっ!お助けします!」
「くそ、ここだ……こっちだ……」
遠くで兵を率いてどかどかと駆けつけてきたダビンバ将軍を、ギデドスが倒れたまま呼ばわる。そして真鍮の機械に入力を終えた機械の少女が、別の魔法の準備に集中し始めた水の魔法と魔方陣の少女に変わって説明をする。
「こいつら〈浄化管理局〉はあんたたちより前に
「そして私達は別の世界の住人。転生者達がやってきた地球、この世界で言う〈不在の月〉とも、この世界の夜空に浮かぶ他の泡界とも違う世界から来た」
「!?」
機械の女だけではなくその周囲に揺らめく夢幻の女までもが語る。何とか意識を取り戻したルマが驚く。
「貴方達が知った情報から薄々察しているように
「そこまで知って……わ、分かったっ」
再び準備を終えた魔方陣の少女が続けて語った。展開を予想もつかなかった言葉にあっけにとられかけるリンシアだが、気力を振り絞り対応する。先程の『
「情報を伝達するよ。この世界の運命を担う戦士に……!」
魔方陣の少女はそう告げる。太子達と、異世界の女達が集まった。
(……それでも、私たちは
別世界の魔法を展開しながら、魔方陣の少女は内心自分達は救いではないと自覚していた。
(これすらも、あるいは敵の想定内なのかもしれない)
だけど、と、眦を決する。〈浄化管理局〉の皆は最後まで戦った。この世界の命達は自分達の世界を自分達の力で守ろうとしている。それはどちらも尊い。ならば、全ての世界の命運が懸かったこの戦いにおいて、それでも唯出来る事をするだけだと。そして彼女は魔法を発動する。世界の真実を伝える魔法を……!
その魔法が真実を伝えんとしている相手、リアラはその時死線に立っていた。
「そら『
戯言の様な口調で、しかしあまりにも恐るべき密度の包囲網めいた奇襲。
『
否、三重の奇襲であった。なぜならリアラに次の瞬間繰り出された攻撃はその空間転移によって呼び出されたものではなく、全く別の隠密系
ZA【PKSYLLLL】!PZAPZAP! SLASH!
瞬間、凄まじい威力をもつディストピアSF粛清抹消光線銃めいた、
【
背後で転倒音。足元に転がったのは背後から襲いかかろうとしていた、黒帽子に眼鏡と赤ストールの男が眉間を撃ち抜かれた死体。『
だが何故。
(種明かしをすれば、要するにこいつは〈
欠片も心を乱さない平坦な思考で、『
(驚いた、驚かないね)(まだ来る、それにっ……!)
事前情報との齟齬でリアラが混乱するかと思ったのだが、三重の奇襲と同時にリアラの思考に負担をかけにいく『
だがまだ『
同時に名無に襲いかかったのは別の場所にいる筈のミレミ。否、
だが『
更に言えば『
全て事前の意図通りの、怨念を抱く暇もない程の一瞬の死をもたらす為の、思考する余裕すら奪い尽くす奇襲の連続。事前の言葉からの殺意の動きから
「舐めるなっ!」
それでも、見分けがつかない訳があるかと、
「
大遠距離。『
極限の境地。リアラは最早言葉もなく【
「
そして、【
『
「仮に名付けて『
『
だが洗脳等の
凄まじい速度と力の激突が【
「いいや!」
だが、それでもその爆裂の向こうから。
「負ける、かぁっ!」
尚、リアラと
巨大で重い時代と歴史を背負って血反吐を吐きながら叫び続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます