・第七十三話「かたりきれない物語(7)」

・第七十三話「かたりきれない物語(7)」



「【GEEEEEAAAAAA】!!!!」

「お、おおおおおっ!?」


 激闘は続き、太陽は徐々に夕刻に至りつつあった。その空気をルルヤの【真竜シュムシュの巨躯】の【咆哮】と、それに対する『文明巨躯メカシュムシュ】、いや『文明マキナ』、いやドシ・ファファエスの叫び声が震わせた。それは機械触手が吹き飛んだ苦痛によるものではない。苦痛は全てラトゥルハに行くようになっている。


 その叫びは、ルルヤの【巨躯】が放った【咆哮】、即ち怒りの怒号に対する恐怖の故だ。機械触手を弾けさせただけではない。金剛不壊なる『交雑クロスオーバー』の力、その召喚した異界の魔法武器による拘束重圧すら、それが絡んだ部分の己の肉を引き千切る様にして強引に突破した為だ。


(馬鹿な!?)


 計算上、そこまでしたら既に我を忘れた暴走状態を通り越した、計画通りの、その暴走を利用可能な状態に至っている筈だったのだ。事実それを狙い、機械触手の一部には侵食性のナノマシンを仕込んでいた。暴走状態に陥ったらラトゥルハから真竜シュムシュの因子を取り込んだそれが即座に始動し侵食をかける手筈だったのだが。今も尚それは侵食できずにいる。つまりまだルルヤは真竜シュムシュの加護を受けたままの正気という事だ。


 鱗が皹割れた。皮膚が裂けていた。肉が千切れていた。


 強引に『交雑クロスオーバー』の拘束を引き千切った事で、片翼が破れ、掌がなかほどまで切り裂かれ、尾が途中から千切れ、片足の足指一本を失っていた。


 その欠損部位全てから黒い炎の如き暴走間近の【息吹】を溢れさせながらルルヤは猛然と『文明巨躯メカシュムシュ】に襲い掛かった。


「【AAAAAA】!!」


 ZVEZDOOOONN!!!!


 【息吹】一閃。過去の【息吹】より明らかに出力を増し、最大限までチャージしたものに匹敵するか上回る威力を一瞬で引き出す。『文明巨躯メカシュムシュ】の三本首の内真ん中の一本が一撃で焼失!


「お、おおおおおお!?」


 驚愕した『文明巨躯メカシュムシュ】は全力で反撃を行った。残り二本の首の目からレーザー口からメーサーブレス背鰭からミサイル……


「【GEOAAAAAAAAAANNNN】!!」


 【咆哮】!! それら『文明巨躯メカシュムシュ】の武装全てを跳ね返して無効化! 何発かは乱れ撃ちにした結果以前のような計画的な防御が出来ず逆に『文明巨躯メカシュムシュ】を傷つける始末! そしてルルヤは更に前進!


「おのれ!」

 ZN! ZN! DBAN! ZUN!

「おおっ!?」


 仕掛鞭剣じみた翼の刃を再構築し振り回して抵抗する『文明巨躯メカシュムシュ】だが、片方のそれを千切れた腕から漏れ出る【息吹】を噴かして破壊、もう片方を腕で弾き飛ばし、ルルヤは止まらぬ!


「ちっ……!」


 僅かな舌打ちと共に、然し即座に『交雑クロスオーバー』が動く。仮面の下の目を光らせると、先程使用しルルヤが己を削ぎ落とすようにして逃れた捕縛魔法武器が再起動してルルヤの【巨躯】に再び絡み付かんと襲いかかる、が!


「【GWAAAAAAAANN】!!」「ぬうっ!!」


 ルルヤは【咆哮】と共に【息吹】を【巨躯】の全身から放出! 再び接近するそれらを命中前に叩き落とす!


(こいつの事は、聞いている!)


 かつて倒した『経済キャピタル欲能チート』が言っていた。己の『魔法武器を多数備え、屠竜武器等相手の苦手とする武器を射出する』という戦法は、元々『交雑クロスオーバー欲能チート』を真似たものだと。


 実際に食らって分かったが。確かに同じだ。だが威力は雲泥の差、『交雑クロスオーバー』の方が圧倒的に上だ。だが理屈は同じだ。


(ならば食らわなければどうとういう事は、 いや)

「分析しろ『文明マキナ』!!」

 ZNZNZN! BBBLAST!

「ぐっ……! (それほど甘くはないか!)」


 しかしそれは『経済キャピタル』にとっては取神行ヘーロースとしての切り札だが、『交雑クロスオーバー』からすれば通常攻撃に過ぎないのだ。それも、捕縛目的に特化した武装と、攻撃用の武装では更に威力が違う。再度投射された混珠こんじゅ世界の魔法武器とは次元の異なる魔法で構築された強力な魔法武器がルルヤに突き刺さる!


 『交雑クロスオーバー』はそれを行いながら冷静さを失わず背後に再びホログラム石板楔文字コンピューターめいた『神定む天命の書板トゥプシマティ』を起動させ何事か計算しながら、ルルヤを攻撃して足止めしつつ『文明マキナ』にルルヤがこれほどの力をどうやって出しているのか分析し突き止めろと命令した。矢面に立たずあくまで戦略的勝利と確実性を優先する用心深さ。それはここまで生き残った十弄卿テンアドミニスターに共通の要素だった。


 しかし同時即座に『交雑クロスオーバー』は更に未知の魔法武器を投擲! それはルルヤの全方向【息吹】に競り勝って突き刺さると爆発し、片方の肩の棘をへし折る!


「死ななきゃ! 構わんっ!!」「何じゃとおおぎゃあああああ!?」


 ZAN! ZAN! DAN! GRIP! BITE!


 だがルルヤは尚も前進! 更なる『交雑クロスオーバー』の攻撃で背鰭めいた大鱗が幾つか折れ飛ぶ。【巨躯】の巨大さの優位を上回りダメージを通す『交雑クロスオーバー』の恐ろしさ。しかし同時にそれだけの威力に耐えて突進できる【巨躯】の耐久力もまた凄まじい。


 兎に角、ルルヤは止まらなかった。片腕片翼そして顎で『文明巨躯メカシュムシュ】の双首と片翼を払い除け、切り裂き、捻り、食い千切る! ぼろぼろになる刃翼、そして機械首がもう一本千切れ飛ぶ!


(まずいまずいまずいまずいっ!?)


 このままではやられると『文明マキナ』は焦った。


「『交雑クロスオーバー』! 助けてくれぇい、い、いぎゃあっ!?」「ええい……!」


 恥も外聞も無く助太刀を求めその最中に追撃を受け叫ぶ『文明マキナ』に『交雑クロスオーバー』は舌打ち一つ。


(ここまで粘るか! ……理由は……まだ分析結果が出ないか……やはり真竜シュムシュは存在が特殊すぎる……!)


 『神定む天命の書板トゥプシマティ』の分析状況を一瞬確認。戦況を一瞬判断。『文明巨躯メカシュムシュ】では最早ルルヤの相手にはならない。早急な助太刀が必要だ。各地の『竜機兵ドラグーン』達は死者を積み上げ戦果を挙げつつあるが、まだ足りない。


 己が出るか、予備兵力を繰り出すか。リアラの狙いは限界を越えてでも猛攻でこちらを追い詰める事で『竜機兵ドラグーン』を手元に戻させ、味方を守る事か? いや、それはあまりにも無謀、自殺的だ。第一、ここに『交雑クロスオーバー』がいる。それを計算に入れればそのような展開を望むのはご都合主義にも程がある。ならば『交雑クロスオーバー』を戦闘に引きずり出す事に何らかの狙いが?


(いや、こいつにそこまでの策はあるまい! はったりだ!)


 『交雑』はそう判断した。過去の事例からするに〈長虫バグ〉二人の頭脳労働はリアラの担当、ルルヤに策を練る力はあるまい、と。


『この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!』


 故に『交雑クロスオーバー』は取神行ヘーロース化の詠唱に入った。すると怪奇な現象が起こる。その周囲の空間がまるで窓ガラスを割ったが如くバキリと割れたのだ。距離感や遠近間を無視して背後の夕方になりかけた青に橙が混じった空が舞台背景か何かのように割れ、そこから紫と黄のマーブル模様めいた異界が見え隠れする。これが『交雑クロスオーバー』が変身する時に周囲に展開される防御結界。


 それは他の取神行ヘーロースのそれよりも更に強烈な防御力の暗示であり、また隔絶した力の一端であった。だが。


「【GEAOOOO】!」

「だ、ダメじゃ『交雑クロスオーバー』、そんな変身をしとる暇は、ぬわーっ!?」

「しまった……! ええい!」


 角がまだ折れずに残っている方の肩で体当たり! 傷ついた足で蹴り! 噛みつき!全身の傷口から溢れ出している月の【息吹】を纏って押し付け炙るような遮二無二突撃する接近戦に、『文明巨躯メカシュムシュ】の装甲表面がみしみしと軋みひしゃげる!


 その光景を見て『交雑クロスオーバー』は怒りの叫びを上げて取神行への変身を中止した。戦術的に変身は可能というか不可能にする事は出来ないが間に合わないからだ。


 つまりどういう事かと言うと。取神行ヘーロースはその発動を何人たりとも妨害する事は出来ない。己の身の安全は守られる。だが、それは己のみ。


 他者を守る為に変身しよう等とする事を想定した構造ではない。変身しようとした場合、変身する時間の間に『文明マキナ』が殺される事を守る事は出来ないのだ! 取神行ヘーロースという己のみを絶対とする事を前提としたシステムの根本的欠陥!


「止まれっ!!」


 こうなれば予備兵力の投入しかないか、と判断しながら、それまでの時間稼ぎとして『交雑クロスオーバー』は再度非混珠こんじゅ魔法武器を射出! 【巨躯】の顔面目掛けてだ!


 ZDGAAAAANN!


 炸裂……狙い済ましたえげつない一撃、片目が潰れる深刻なダメージ、だが!


「止まれと言われ止まる敗北主義者がいるか! 【GEOAAAFAAANN】!」


 ルルヤは吼え、進む! 焼け爛れた傷から血を溢しながら! 止まらない!


「化け物め……!!」「ハッ、誉め言葉だな!」


 苛立ち呻く『交雑クロスオーバー』にルルヤは吼えた。【息吹】の黒い重力の炎で、【巨躯】の肉体もその頭部上にある幻像の少女としてのルルヤの姿も燃やし、【巨躯】のダメージが反映された幻像の少女の裸身を傷だらけにし、その美しい顔の半分を黒に呑まれながらも尚。


「ええい、来るな、来るなっ……!」

「私らしさはこの戦いの力だ! 女らしくないと女らしい見かけに拘った事もあったが、この力で救える人がいて、そんな私を愛する人がいる以上! 化け物だろうが怪物だろうが好きに呼ぶがいい! 私の力への誉め言葉をな!」


 正に竜の猛々しさ。『文明マキナ』の喚きも一顧だにせず更に追撃。


「【GOAAAA】!!」


 絶叫と共にルルヤの【巨躯】がその鋭い爪を振り抜く。紅の爪は【息吹】の黒い炎を帯び剣の如く長く延びた。斬撃の軌跡が黒い三日月を描く。『文明巨躯メカシュムシュ】の胸元が大きく切り裂かれた。その場所は、ラトゥルハの体が収まる戦闘機コクピットめいたカプセルのすぐ隣で。


(ラトゥルハを直接殺して【巨躯】を解除する心算か!)


 そう判断した『文明マキナ』は咄嗟に両翼腕をクロスさせ、カプセルをピンポイントで守った。カプセルだけを。


「読んだぞ! 貰ったわい!」


 そしてその意図を見破った以上カウンターを合わせる事が出来ると、最後に残った首で反撃にいく。同時に切り落とされた二本の首の内一本を再生しながら。


(これなら仮に首を一本落とされても死にはせぬ! 暴走させるのは死に追い込む事で行えばよいわ!)

「!? 馬鹿者ーっ!?」


 その瞬間『交雑クロスオーバー』はルルヤの分析結果を『神定む天命の書板トゥプシマティ』から得ると同時にその意図を察知し叫んだ。『文明マキナ』の判断は間違いだと。単純な武骨者と侮ったルルヤから感じ取った予想外の策の気配。ルルヤの凄絶な笑み!


 ZUNN!


 そしてルルヤの【巨躯】の鉤爪が突き刺さったのは、ラトゥルハが収まったカプセルでもそのカプセルを守る翼腕でもカウンターの首でもなく、『文明巨躯メカシュムシュ】胸部、先程切り裂いたカプセル隣の傷の反対側。即ち半分に割ったトマトの蔕を取る様に……


「何じゃと!? ラトゥルハを切り離す心算か!?」「出来れば、な!」


 『文明マキナ』が気づく。だがルルヤの意図はそれだけではない。ものを作る頭と、戦いを考える頭は違った。ましてや『文明マキナ』とルルヤでは倫理観が違う。相手を理解できず見下している以上、相手の意図を読む事も必然難しくなる。


「させん! ラトゥルハは奪わせんし、もう一つの手は……そっちはどのみち、貴様自身が保つものか……!」「難しいのは分かってるさ! だが!通して見せる!」


 ルルヤの【巨躯】の爪が食い込んでいく。切り裂いていく。『文明巨躯メカシュムシュ】の翼腕がそれを止めようとする。『交雑クロスオーバー』が叫ぶ。思考力を増強し、ルルヤの意図に気づいたのだ。ルルヤは覚悟している。そして彼女は彼女の観点から、彼女であればこそ思いつく策を考え手を打っていた。


 それは恐ろしく無謀な一手だと『交雑クロスオーバー』は思う。寧ろ、半ば思う壷だと。だがそれでも、それは想像外の一手だった。警戒は募る。大体、完全な自殺行為と傍から見えても本人には本人なりの勝算があるのではないか?


 突き進む傷だらけのルルヤの気迫から感じられる覚悟の美は、『交雑クロスオーバー』をしてそう警戒させる程だ。


 その効果は暫くすれば出始めるだろう。その全容が明らかになるのは、それより時間がかかるだろうが……何れにせよルルヤは既に決意していた。


(リアラが来るまでの間、宗家の長として私が、皆を守るんだ。救うんだ。その為の手を打たねばならんのだ! 成し遂げてみせる、だから、帰ってこい、リアラ!)



 そして、そのリアラが戦っていた。帝都エクタシフォン。偽竜が放った燃え盛る炎は鎮火されつつあったが、徐々に染まる日光は周囲を朱に染めたままに留めようとするが如くだ。


「くそっ……!」


 轟く爆音。それは《王神鎧》の攻撃によるものも含んでいて。やむをえぬ判断だったとはいえそれへの対処を後回しにせざるを得なかったダビンバ将軍は唸った。


「ッ……!」「集中して」「ええ……!」


 そんな中ルマ太子は轟音に流石に集中を乱しかけ、それを魔方陣の少女に窘められた。謎の一団の魔法行使に協力しているのだ。真竜の力を預けられているので、それが出来る。意識を【真竜シュムシュの宝珠】を通じてリアラに繋げるのだ。


 情報の伝達。状況の把握。それに加えて少しでもと魔法力を流し込む。それは酷くちっぽけな力だが……それでもこの大いなる災害のごとき戦いの中、それは少しでも力になる。何事も無意味ではない。無意味では、ないのだ。


 大気を揺るがせた爆発、操られた『機操ロボモノ欲能チート』が操る二重の操り人形と化した《王神鎧》の魔法兵器と【陽の息吹よ守護の障壁たれフォトンブレス・バリアー】の激突、それに生身の剣技で匹敵する『永遠エターナル欲能チート』の斬撃乱舞。更に『全能ゴッド』がその恐るべき底知れぬ力で一瞬で十弄卿テンアドミニスター化させた『常識プレッシャー欲能チート』改め取神行ヘーロース絶望羨望・模倣偽神ルサンチマン・デミウルゴス』と、『旗操フラグ欲能チート』が再び変じた取神行ヘーロース細工天秤・自在冥法アンフェア・オシリス』。


 爆煙が晴れる。先に操られ襲いかかってきた『諜報スパイ欲能チート』と『太陽ダズル欲能チート』を退けたリアラと名無ナナシの、命運や如何に。割れた【陽の息吹よ守護の障壁たれフォトンブレス・バリアー】の破片が舞い落ちる中、その答えがその場に明らかに……


「「いない!?」」


 通信を繋ぐルマと魔法陣の少女が現地情報を知覚し驚愕する。しかしすぐ分かった。消えた訳はない。消滅した訳でもない。情報は伝わってくる。伝わっている。


 彼女達は《大転移》の最中であった。事前にリアラがアヴェンタバーナで準備していた魔法護符という文字通りの手札の内の一つ。大人数による事前準備と設定した場所から設定した場所へという事前準備が必要という制限が大きい魔法だが、アヴェンタバーナの大神官達に手伝ってもらって準備した力。奇妙な巡り合わせとして、リアラが戦いを始める切っ掛けとなった最初の事件において、かつてのパーティメンバーであるハウラとソティアとでその実施を助けた魔法。


 それにリアラは魔法に作用しその効果を調整する魔法を幾つか加え、緊急脱出用かつ場合によっては敵を遠くに吹き飛ばし致命的な状況を一端ひっくり返す為の魔法としてアレンジしていた。本来であればこのタイミングで使用すれば魔法の片方の基点であるアヴェンタバーナへ敵味方問わず一定範囲の全員を転送してしまい、しかも相手の力によっては転送を拒否される可能性もあったが。


 【《生ける息よ死の骨よ、縛れブレスバインド&ボーンバインド》】や魔法をわざと失敗させる魔法等を組み合わせる事によって、《敵と味方を狙った範囲の別々の場所に強制的にある程度範囲を選んで弾き飛ばす》魔法としてリアラは《大転移》を専誓刻名護符《大仕切直》としてアレンジする事に成功していた。


 ……これはその結果の、思いもよらぬ副作用だ。


 転移前でも転移後でもない時間。転移前でも転移後でも両者の間のどこでもない場所。亜空間とでも言うべき混沌の中で、リアラはゼレイルと、言葉を、視線を交わしていた。


「……どうして……」


 リアラは問うた。ゼレイルは『常識デミウルゴス』……ミアスラを、異形と化してリアラを襲おうとしていたそいつを、立ちはだかり阻止する事で致命傷を受けていた。甲殻を纏う鬼神の如き異形『絶望羨望・模倣偽神ルサンチマン・デミウルゴス』の爪に、『細工天秤・自在冥法アンフェア・オシリス』の胸は貫かれ……そしてそのコピシュが『常識デミウルゴス』の首を掻っ切っていた。


 その為にリアラは生き延びていた。それが無ければ死んでいただろう。そしてリアラの見えない力を見る【眼光】の力が、『常識デミウルゴス』の強化された欲能チートが致命傷を受けた者は死ぬのだという常識を強要する形で、もはやゼレイルの死を避けられない確定状況としたのを悟らせていた。


「手前の、したい事を、させてたまるかって、嫌がらせだよ。手前に庇われて、生かされてたまるか。死んでも手前には従わねえし、こいつも、お前に救わせやしねえ。台無しに、してやるんだ。お前の願いなんて……台無しに……」


 げぼげぼと血に噎せ、目を濁らせながらゼレイルは意地と呪いを込めて呟いた。


「でもそれなら、何も、僕を庇うようにする必要なんて無かったじゃないか……」


 僕を殺したかったんじゃないの? と、リアラは悲しく問うた。


「ああ、手前は殺したかった。けど、無理だった。だから、一番ダメージを与えられる方法を考えて……これしか思い付かなかった……どうだこの野郎、守ってやるとか言った相手に守られて死なれる気分は……絶対一生忘れられねえ嫌な思い出だろう、ざまあ、みやがれ……」


 そんなリアラを呪い、呪い終えるとゼレイルは、リアラの苦しげな表情を見て満足したと思おうとし、腕の中のミアスラの死骸に触れ、呟いた。


「は、は! ミアスラ、俺を裏切るから殺されるのさ、手前も卑しい女だったな、ざまあ……ああ、畜生、なんでこんな、なんで裏切って、なんであんな醜い事を……畜生、俺が選んだ結果か? 俺が卑しい道を歩んだから、お前も……」


 憎み、笑い飛ばし、忘れようとして、出来なかった。ゼレイルは呻き、そのもう素顔の見えない鬼の外骨格を震える手で撫で、嘆いた。


 変化する余地はあった筈だった。ミアスラの欲能チートの形は実際途中で変化していた。変化はできたのだ。その方向性を別の方向にする事は出来た筈だった。この方向に変化したのは、この結末に辿り着いたのは己の選択の結果だ、と、ゼレイルは思い知った。卑しい在り方を是認する心が、周囲の人間の心にもならばと妥協する口実を作ってしまったと。


「ああ、畜生……嫌だ、やり直させてくれ、まだ、嫌だ、もう一度生まれ変わらせてくれ、助けてくれ、やっぱり死にたくない、意地張るんじゃなかった、助けられてりゃ良かった、畜生、怖い、死にたくない、死にたくない、死にたく……」


 そしてそこからゼレイルの意思は崩れた。自分の命を捨ててでもリアラの心に傷を刻んでやるという決意が崩れた。死への恐怖が蘇り全てを覆した。それはリアラの心に更に深く傷をつけた。


「……もう一度言う。僕の完敗だよ。君の完全勝利だ。お前がナンバーワンだ」


 リアラは歪んだ悲しい笑いを浮かべた。それにゼレイルはだらしない自他への嘲笑とも苦笑とも取れる笑いを浮かべた。それは俺を慰める為の言葉だろう、と。そして、そのせいで最後の意地を見せた。


「……復讐したくて復讐してんだろうが……俺の死はお前の楽しみの筈だろ……なのに慰めるのか、偽善者野郎……」


 震える手で、ゼレイルはリアラの口元に、頬に触れた。血でその唇を彩り、それに繋げる形で頬に吊り上がった笑みのように赤い線を引いた。お前は邪悪な愉悦の笑顔を浮かべているのがお似合いだ、と、最後の牙を突き立てる。


「……ああ。偽善だよ。君に負けを認めるのも、君をこうして死に追い込んだのも。これからも殺し続けるのも、したくてやっている事だ。この敗北宣言は君という人の為であると同時に僕という人の為でもあるさ。……それでも僕は戦い続ける。君には負けを認めるが、君のその糾弾には負けを認めない。」


 その牙をリアラは受け止めて、跳ね返した。血塗れの笑顔、上等だ、と。笑ってみせた。それにゼレイルは、如何なる意図を込めてか、泣き笑いの表情を浮かべて。そしてゼレイルは首をぐんにゃりと曲げて死んだ。


 《大仕切直》が終わった。リアラがゼレイルとミアスラの死体の前で、地面に膝をついて俯きそうになり……そうしなかった。膝を屈さず、ぐっと足に力を込めて、顔を起こした。ぐいと、頬の血を拭った。悲しみも笑いも共に胸の内に。リアラは屈しない。正義も悪も復讐も怒りも悲しみも優しさも憎しみも、全部手放さずに行く。


「それ、でも。それでも僕は悲しく思う心も、罪悪感も捨てるもんか。己を戒める為に、狂わない為に、最後まで己自身でいる為に……それでも続ける次の戦いを、少しでもましにする為に。例えそれもまた血塗られた道でも」


 瞳は悲しく、しかし強く誓う。生存に善悪があると、地球と違い生きるに値するものが生き残る世界なのだと示し続けろと、かつての好敵手に言われたからだ。己がそれに値するのかはわからない、いや、戦えば戦う程それに値しなくなっていくのかもしれないと自分では感じる。だけどそうではないと、リアラに生きてくれと言う仲間がいる。そして、リアラ自身がそうではないと、僕は兎も角生きるべきだと言いたい仲間と愛する人がいる。だから戦い続けなければと。


名無ナナシ。行くよ」

「……はい、よ」


 共に戦う少年を呼ぶ。彼が答える。リアラは周囲を知覚した。狙い通り、アヴェンタバーナ近郊、『全能ゴッド』『永遠エターナル』の姿は無い。同じアヴェンタバーナ近郊ではあるが、若干の出現時間差を加えて別の場所に転送された筈だ。竜術を絡める事で無効化不能性を上げた故に、上手くいった。


「……これは……!?」


 そこまで認識したところで、大量の情報が一気にリアラに雪崩れ込んで来た。


 名も知らぬ者達が伝えた情報。ルルヤが決意し行った事。その結果周囲の戦いに波及した影響。


 リアラは全てを知った。喜びと恐怖、安堵と不安、希望と絶望を、一度に。



 そして、は、陸海空の戦局を変化させていた。



「あんたが海を力で従えるってんなら!私達はそれを受け流すまでさ!」

「……!?」

「愚かな、ああ、ああ、やめろ!私の『嬢士』が!軍艦が!」


 海上での戦いでまず流れが変わりはじめた。水の『竜機兵ドラグーン』と戦う舞闘歌娼撃団が敵の勢いを上回り始めたのだ。周囲の海水全てを武器として使役する相手に対して、その攻撃を全て空を踊り舞い避け、寧ろナアロ海軍の軍艦や『擬人モエキャラ欲能チート』が使役する『嬢士ジョシ』をその攻撃に巻き込んで逆に破壊していく。『擬人モエキャラ』が悲鳴を上げ、水の『竜機兵ドラグーン』の方が寧ろ消耗し始めていた。


 成程確かに水の【息吹】の力で周囲全ての海水を掌握し続けるのは属性の力があるとはいえ力の消費は凄かろう。だが、眼下の海の全ての波が天を衝くような対空槍と化して乱れ撃ちされる極大の【息吹】を、与えられた【翼鰭】でかわし切るというのは、これも恐ろしく消耗を強いられる筈だ。であるのに、舞闘歌娼撃団が敵を上回ろうとしている。それは……


(力がまだ漲ってる、これがルルヤから【宝珠】通信であった……

(報いないと、勝たないと!)


 それはルルヤの行うある策の力であった。リアラによって真竜の力を分け与えられたその策が何なのかは、皆に伝わっていた。それは何れ致命的なリスクが露わとなる策であったが、それが逆に皆に覚悟を強いる。覚悟は力になる。この策による竜の戦士達の力の増大以上に。


大猩々ゴリラ獣人の力+鉄の強弓と魔法鍛造された鏃で艦載弩砲の二倍の威力! 人間の二倍の大猩々ゴリラ獣人の腕の長さで限界まで弓を引いて更に二倍!そしていつもの三倍の魔法力を加えれば……『嬢士ジョシ』や『竜機兵ドラグーン』、お前等を上回る威力だーっ!」

「そこにハリハルラさんの魔法を上乗せれば!通算!24倍の威力だーっ!」


 ボルゾンの矢がそこに加わり、ハリハルラの魔法がそれを後押しする。


「今度こそっ、逃さないっ!」

「う、おおおっ!」


 氷の防壁を打ち抜いて、氷の『竜機兵ドラグーン』にダメージが通る。生き残った『嬢士ジョシ』が薙ぎ倒される。ハリハルラが飛ぶ。『擬人モエキャラ』が応戦せんとする。その片手が剣に変化した。その正体、意志ある魔法武器に生まれ変わった姿を露わにする。己の欲能チートで自分自身を擬人化していたのだ。ならば戦闘能力は少なく見積もって彼自身が使役している『雄師ユウシ』と同等かそれ以上、弱敵ではない、しかし!


「断ち切れぇえええっ!!」


 リアラの翼と同じ、妖精めいて可憐で煌びやかな、しかし縁が単分子の刃となっている【翼鰭】が海上を奔る!



 そして陸上では、閃光が炎の中を走っていた。


「……!?」

「ぎゃああああっ!?腕、腕がっ……!?」


 己が炎の中を貫いて薙ぎ払った、それまでを遥かに上回る威力の光の【息吹】に炎の『竜機兵ドラグーン』は目を丸くして、焼き切られた脇腹を見る事もなくそれを行った相手を見た。逆にその傍らで同じく薙ぎ払われ片腕を吹っ飛ばされた『英雄レジェンド欲能チート』は、己の手を押さえて泣き叫ぶ。


「風よ、大気よ、炎の熱よ!光を集めて!私達の光も、敵の炎も!」


 ユカハが魔法刺突剣《風の如しルフシ・バリカー》を翻して叫ぶ。大気の揺らぎを風の魔法武器でまとめ上げ、空気の屈折を操りレンズとし、敵が放った炎の光まで巻き込み光の【息吹】の威力を極大化したのだ。


「いいよ、その調子!薙ぎ払い続けて!毒は、僕が!」


 その傍らでミレミが杖を振るう。自らの手首を【爪牙】で強化した歯で失血死しない程度に咬み破り、熱い【血潮】を溢れさせる。毒の『竜機兵ドラグーン』の【息吹】を浄化魔法に【血潮】を上乗せする事で打ち消しているのだ。


 いずれも巨大な魔法力が必要な荒業、ルルヤの策の力であったが。


「もう一発っ!!」

「皆!まだだ!まだだよ!……まだ僕達がここにいる!」

「「「「「「「おおおおおおっ!!」」」」」


 だが、その力を活用できる二人がいればこそ、そして抗い続ける二人と共にあらんとする兵達が居ればこそ!炎の地獄に、兵士達は雄叫びを上げて突入する!



 BLAM! BLAM!


 一方、空中戦における戦況の逆転を齎したのは、それだけではなく。口火を切ったのは連続した銃声だった。


「な……」


 『虚無ウチキリ欲能チート』は呻いた。呻く事しか出来なかった。銃弾はその後頭部から眉間を撃ち抜いていた。限界を『打ち切って』進化するその力はダメージ無効化をも打ち消す攻撃以外の全ての自分への到達を『打ち切って』防ぐ領域に進化する可能性を秘めていたが、そこに至る前の、欲能チートによる防御もままならない奇襲であった。


「……!?」「っ……!!」


 【雷】の『竜機兵ドラグーン』は、ぽかんとした表情を浮かべて仰け反っていた。顔面に銃弾が直撃し、片目と片角が吹き飛ぶダメージを受けたが辛うじて死にきらなかった衝撃もあるが、その敵味方識別がエラーを起こしていた。その一瞬の隙を突いて、フェリアーラは電撃を行う『竜機兵ドラグーン』の組みつきから身をもぎ離していた。その瞬間的なパワーは、地上や海上で起きた現象と同じで。


 『虚無ウチキリ』が絶命した。自らの存在を打ち切られ虚無に帰る。


 それは、ストックを着けたモーゼルミリタリーとボーチャードピストルを混ぜたようなデザインの、対重装甲目標用大口径自動魔法拳銃。


 その銃口から煙の立つ銃スモーキング・ガンを握っているのは……〈軍鬼〉だった。


 フェリアーラはあっけにとられた。それはガルンも『勇者ブレイブ』も村井も依依もだ。


「何故です、一尉……」


 辛うじて村井が声を出せた。八重垣一尉としての彼女軍鬼を知る彼にしか。


「結局、勝つに値する戦で勝ちたかった。勝つに値せぬ大義の無い侵略戦争で勝利を重ねても、満たされる事は無かった。他者を傷つけただけで、有害無意味だ」


 目の大きな幼女の顔に似合わぬ疲れた笑みを浮かべ、幼女の小さな手に似合わぬ……といってもブルームハンドルなので握りにくそうでは無かったが……大型拳銃を握り、八重垣は嘆息した。


「誰かを助けたいというその思いが、純粋な善意なのか、過去の自分と同じような目似合っている誰かを救ってその人と自分を救いたいのか、それとも他者を救える自分への自己愛と優越感と自己顕示欲なのか。前二者は良いが、後者は醜悪だ。そして自他ではなく自分にのみ向いた善意は盲目で結局他者を害する。お前達は前二者の内それぞれどちらかなようだが……お前も努々忘れるな、村井二曹」

「一体、何を……」

「遺言だよ。晩節を汚した事、『虚無ウチキリ』の首とこの命で詫びよう。済まなかった」


 震え声で村井は尋ねた、透明な声で八重垣は答え、己の頭を撃ち、墜落した。


「ぬおりゃあっ!!」「「!?」」


 一瞬の沈黙を無視して戦闘を再開しようとしたのは【雷】と【風】の『竜機兵ドラグーン』だった。だがその気配を察知し、ガルンが先んじた。猛然たる跳躍とドロップキック。フェリアーラに弾き飛ばされたのと銃撃によるダメージから体勢を建て直す必要のあった【雷】の『竜機兵ドラグーン』を【風】の『竜機兵ドラグーン』を目掛けて蹴り飛ばす。


「今だ!」「うぉおおおおおっ!!」


 間髪入れずガルンは叫ぶ、その時にはフェリアーラは既に攻撃態勢。《硬き炎カドラトルス》の最大開放、やはり、一体何処に残っていたのかという程の魔法力!それは、ルルヤのある決断が皆に齎した力だった。その詳細はいま少し後に語られる事になるだろうが。【風】と【雷】の『竜機兵ドラグーン』に魔法剣の炎は過たず襲い掛かり……


 ZGDOOOOOOOOOOOOOOONN!!炸裂!!



 ……世界は大きく、そして数多い。一つではない。色んな世界が集まっている。それは単に混珠こんじゅと地球やそれ以外の異世界という意味では無く。他の社会集団、自分が属していない・目の届かない場所、他者そのもの、それらもそうだ。


 そこでは、自分が今いきる戦いとは別に、様々な戦いがそれぞれ勝手に、関係あるものもないものも繰り広げられている。


 その影響を受ける事も受けない事もある。無関係な何かに苦しめられる事も、無関係な誰かに助けられる事もある。それはそれぞれが意図的に為す事もあるが、全く意図せず結果的にそうなる事もある。関係ある誰かの問題で苦しむ事もあるが、全く別の場所にいるが絆で繋がった仲間の戦いに大いに助けられる事もある。


 人は生きるだけで誰かを苦しめ誰かを助けている。世界そのものもまた然り。


 その全てを知る事も全てを回避・防御する事も出来はしない。


 それでも、己の命、己の戦いに、人は挑み続けるしかない。逆に言えば、挑んでも良いのだ。それは大いなる呪いであり祝いである。


 その結果、リアラとルルヤの戦いはかくも多数の物語と縁を持った。


 天の時、地の利、人の和、時の運。新天地玩想郷ネオファンタジーチートピア、〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉、双方共に謀と智の限りを尽くした。その上で、地の利は人の和にしかずという。玩想郷チートピアはここまで【真竜シュムシュの地脈】を封じ優位に立っていた。それに今、人の和が立ち向かう。大きな代償を支払いながらも。


 そして尚それぞれの戦いは、それぞれに続く。それらは語られる事もあり、かたりきれない事もあろう。この世界は、それは苦しみであり救いでもあるが、広大で数多であるが故に。


 そしてリアラとルルヤの混珠こんじゅでの物語は、最終局面に至ろうとしていた。

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