・第七十四話「異世界転生へようこそ! (前編)」
・第七十四話「異世界転生へようこそ! (前編)」
「ッ……!!」
ZZ、NN!
ルルヤが息を吐いた。ルルヤの【巨躯】の長く伸ばされた【爪牙】と【息吹】で剣の様に長く伸ばされ強化された鉤爪が、中程からへし折れて地面に落ちた。
「あ、危ない所じゃったわ……!」
『
「予備兵力も無しに決戦に挑むと思ったかの!? 残念じゃったな! ああついでに勿論、もう大丈夫だとこの傷を放置したりもせんぞ!」
めりめりと傷口から機械を増殖させそれまで挑発と精神攻撃の為に透明なカバーをつけて露にしていたラトゥルハの体を、もうチャンスは無いぞと『
その一本残った首の後ろに新たに出現する夕暮れに浮かぶ三つの影。それぞれ別属性のエネルギーの翼を持つ
そこに現れたのは、またしても『
「無と力と呪の属性を持つ『
「……予備兵力、か。あれだけ焦って繰り出したという事は、それで全部だな? あの様でまだ残りをとっておく胆力はお前にはあるまい。漸く底が知れ、地金が見えてきた訳だ。はは、何だ、あと少しじゃないか。やる気が漲って来るじゃないか」
「むうう、生意気な減らず口を……!」
数と性能を嵩に着た『
(格を落とす言動をする……)
表情を動かさぬまま、『
「それに……私の打った手も、それなりに効いているようじゃないか。……皆が総崩れになり私が涙の海に沈むには、まだ大分時間がかかりそうだぞ」
そしてルルヤは、逆に言葉の打撃を放った。歯を食い縛ってルルヤは笑う。ルルヤの打ったある手によって、ユカハも、ミレミも、フェリアーラも、ルアエザ達もハリハルラも、皆戦い対づけている。……全ての戦場で失われ続ける命の重さもそれを認識し続ける苦痛も受け止めるルルヤ。屈する事は出来ぬ。故に、悲しむ事もままならぬ。心の中に闇が煮え滾る。それでも、尚。
その〈ある手〉を、『
「ならば涙ではなく血の海に沈めるまでの事だ」
『
「『
指示を下す。指定する作戦名を途中で変更しながらその原因を冷ややかに睨む。
(貴様の眼前で切り刻んでやろう。不完全で醜悪で無様な偽物の復讐者よ)
『
「……リアラ」
そして、とてつもなく深い感情を込めて、吐息のようにその名を呼んだ。息と共に、力の緩んだ【巨躯】の全身から大量の血が溢れた。リアラ・ソアフ・シュム・パロンが帰ってきたのだ。
「ルルヤさん!」「ミレミ! ユカハっ!」
ルルヤの吐息めいた言葉に、リアラが叫んで答えた。戦場としては若干離れてはいるが、天空から見下ろせばそこそこ近くに見える火と毒の『
「
「ああ……リアラちゃん、そっちは」「うん、勿論!」
ミレミとユカハが名無を見て叫ぶ。パンと掌を叩き合わせた後、名無とリアラは左右に別れた。名無はミレミ・ユカハを助けに、リアラはルルヤの元へ。
そして。
「……ルルヤさん」
血塗れ泥塗れ煤だらけのリアラは、ふらふらとルルヤが変じた【
「……おかえり、リアラ」
大いなる傷だらけの竜は、その尖った頭部に、鋭い目に、驚く程柔らかい慈愛に満ちた女の表情を浮かべた。リアラの戦い、苦しみ、それについてあえて深くは聞かず全て受け入れると。
「……いつも、いつも。遅くなって、申し訳……今回は、とうとう……」
傷だらけのルルヤに瞳を潤ませて言おうとするリアラに、ルルヤはゆっくりとその大きな頭を振った。滞空するリアラに頬擦りせんばかりに、しかし、油断も隙も見せぬままに。
リアラはルルヤが何をしたか知ってしまっていた。《大仕切直》の後どっと流れ込んできた情報。その中にはルルヤからの【
「ただいま、だろ」
「……はい! ただいま戻りました!」
牙を見せて、しかしルルヤの【巨躯】は笑って見せた。大丈夫だ、いや大丈夫ではないが、きっと何とかなる、こんな事私は恐れていない、お前も恐れないでいてくれるか、と。リアラは、思いを噛み締める、涙を流さんばかりの表情で頷いた。
「よし! 状況は大体把握しているな!」
「っ、はいっ!」
「ならよし! 面倒な頼み事をするぞ、すまないな! ……『
「はい!」
活を入れ励ますようにルルヤが告げる。それは恐るべき無茶ぶりであったが、リアラは決然と受け入れた。よし! とルルヤは笑った。どこか不吉なまでの清々しさがあった。しかしリアラはそれを受け入れた。何度も、それでもはいと答えた。
「……落武者同然の、随分とボロボロな増援だ。そいつが、俺を止めると?」
そんな二人に対し、『
「できない理由があるか? リアラはここに来たんだぞ」
その理由は、正にルルヤがそう答えたとおりだ。『
「成る程。だが、それなら本気で殺すだけだ。『
「勿論じゃ。何が抑えていれば殺すか! 殺されるのは貴様等の方じゃ!」
VON! VON! VON! VON!
SYAAAAAA……!
夕焼け空に次々と転移ゲートが開く。そこから現れた者達がそれぞれの属性のエネルギーの翼で空を切り裂く。『竜機兵』達だ……その数、既に現場に展開していた無と力と呪の三体、近場だった為転移を介さず直接飛来した炎と毒に加えて水と氷と風と雷……九体全部だ。何れも手酷く破壊された肉体を機械部分を除き【
最初からいる者が相手に向かい牽制射撃を行い、後から飛来したものが距離を取る旋回飛行を維持しながら変身し、変身が終わった者が牽制射撃に加わる事で最初からいる者が改めて変身を行う。あくまで牽制攻撃であり防御・回避を行えばダメージにはならないがそれは先の失態を即座に反映した布陣であり、言わば空に大きな円を描く空中車掛かりの陣であった。
そしてその隙に、『
「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!
我は数多を知り、我は数多を愛し
我は数多を体得し、我は数多を憎む
過去を変える。
今を忌む。
未来を乱す。
次元歪曲が展開し、そして消える。その下から現れたのは、意外にも殆ど変身していないというか、ほぼそのままの人としての姿だった。
(でも分かる。明確に違う。それに……)
しかし変わっていないのは外見だけとリアラはその見えざる力を見る【
「
身体的な姿はそのままだったが、装備出で立ちが一新されていた。元から背後に展開していた『
体に背中から重なる装甲された大型のマニピュレーターと推進機を兼ねた脚部、それに翼とウェポンラックを繋ぐフレームといった形の装備を。
故にそれを目にしたリアラはその名を口にした。
そしてその機体は改造されていた。右手が獣を象った攻撃的な意匠の赤い籠手に変わっている。それは別のライトノベル〈デビルスクール・クールデイズ〉の、黙示録の緋色の獣の力、強大な欲望を魔力に変える魔法装備。それが〈
更に頭の周囲には、天使の輪を思わせる発光現象が起こっている。以前にもわずかに語られた物語である〈機械兵士ガンエース〉シリーズの何作品かに登場する、認識拡張系超能力の発露。
それはこれまでの『
ルルヤから戦闘に関する状況を知り、『
「それに、その姿は……やっぱり……!」
リアラは【
装備を変えるだけでなく『
リアラは【骨幹】の盾と【息吹】の剣を構え、【翼鰭】を震わせるようにしながら小刻みに『
「その通りだ。分かるのか、この姿が」
それに対して、『
「……分かるよ。その姿は、ああ、〈とある矛盾の最低最強〉だ。
それをリアラは知っていた。人気ライトノベル作品のIFルートを描く二次創作。一見すると原作の主人公と見紛うような服装と容姿だったが、目元の傷がその二次創作特有の経緯による変化の痕跡だった。
主人公が原作とは別の選択をし、別の成長をし、別の結末に至る。それだけなら、読者が面白いと思うかどうかは兎も角全くもって何の問題も無い作品だったろう。問題だったのはその結果、主人公がタイトルどおり原作を遥かに越える最強の裁定者となってしまった事か? 否、それだけならばただ単にそういう作品で、好みが別れる内容というだけだっただろう。
問題なのは、その主人公のIFの選択が原作主人公が見落とした手段を指摘していた事、その他者の特殊能力を劣化コピーする能力〈
確かに、その選択をしていればその後の悲劇とそれを克服する感動的な展開は一切訪れる事無く解決していた。そして主人公の毎度それをどう捻った使い方をするかでドラマティックな展開を産み出していた特化して使い勝手が悪く他者の劣化コピー的な特殊能力が、劇中のとある別の能力と組み合わせれば容易に最強に至れるという事を、劇中の描写を引用して反論の余地も無い形で描写してしまった。
誰も気付いていなかった事だ。ファンも、アンチも、作者本人も、編集者も。
それをこの熱意ある二次創作が指摘してしまった。ファンはこの作品の粗捜しをするアンチだと攻撃し、アンチは主人公に俺TUEEEさせて他の作品の主人公より優秀だと持て囃そうとする狂信的ファンだと攻撃した。
そのどちらでも無かった。成る程原作の展開を否定していたが、それは同時に原作の登場人物達への救済を求める愛故であった。その愛が迸り過ぎてあらゆる者を救いあらゆる悪を裁く全能者の領域に主人公を押し上げてしまったのが無茶であったとしてもそれは罪か? 運命を覆す可能性を求めて、ゲームをやり込むように小説の諸要素を分析し尽くした結果作者の意図せざる矛盾を見つけ、その矛盾を考察への疲労と救済への祈りから運命改変への手掛かりとして一気呵成にIF展開を情熱に任せて怒濤の如き大量さで書いてしまったのは罪か? 矛盾に関しては小説の先についてなど全体を考えねばならぬ作者より、読んで指摘し補佐する立場である編集者の罪が重いかもしれないが。
兎も角、結果としてファンとアンチと興味本意とが繰り広げた負の
「成る程。ならば俺の
地球での記憶を思い返すリアラと『
〈
分かったのならば尚更身に沁みる筈だ、俺の力の無茶苦茶さを、と。『
「……分かるよ。成る程、正にクロスオーバーって訳だ」
リアラはそれを知っていた。〈矛盾〉は、劇中の幾つかの描写から番外編と本編に繋がりがある事を証明する事で、番外編にゲスト出演していた同じ作者や同じレーベルのライトノベルが平行世界として観測可能である事を証明し、劣化コピーを行う主人公の能力が強化可能である事を証明し、劇中に存在する平行世界観測能力を使用する事で様々な作品の要素とのクロスオーバーを行う事であらゆる悲劇を粉砕するクロスオーバーSSだった。
「やはり分かって尚戦うか。俺程糞みたいにご都合主義的な絶対最強相手でも」
「勿論さ。君の正体も分かった。君の前世は〈とある矛盾の最低最強〉の著者、ペンネーム・
「その通り。はっ、お前の前世については、大体調べはついているが、ああそうだとも、俺の前世はお前の前世よりも酷い。負ける訳にはいかない? それはこっちの台詞だ。漸くだ。漸く全てが整う。漸く俺の望みが叶う。この日を一日千秋に待ち続けた。異世界転生してから今までの日々は、ただ只管に積み上げ続ける苦労の蓄積だった。それが漸く終わる。俺の唯一つの望みが漸く叶うのだ。遂に俺は異世界転生を果たす。俺自身を祝福しよう、異世界転生にようこそ、と!」
碧と紅の『
ここまで間に入る地球の物語への回想が一瞬であるが故に、ごく僅かの時間。
この時漸く『
『
手足はひょろ長く、やや人に近い。両手は左右非対称で、片方の腕は巨大な刃のようなパーツが、もう片方には二股の槍めいたパーツがついていた。そのパーツと羽、そして尻尾の根本には粗雑に縫い合わせた様な肉に食い込む繋ぎ目があった。
羽だけは天使のように荘厳、胴は地獄の餓鬼めいて極度にくびれ、肩は歪に腫瘍めいて膨らみ、六角形の金属板が三個づつ埋め込まれていた。
尻尾は長くふらふらくねくねとうねり、その先は痕跡器官か奇形膿腫の様に歪で、ある種類の前後左右の区別を持たない生物の備える孔のような器官があった。
そして頭は広い肩に反して奇妙に細長く鰻やウツボに似ながらもどこか人間的で、大きく裂けた奇妙に人間的な唇と歯を備えさせた口を笑顔めいてというにはあまりに貪婪な食欲めいた表情に歪めた。そしてアンテナめいた二本角と、液晶のような四角い一つ目があった。酷く冒涜的な怪物であった。
それが舞い降りる様はリアラへの精神攻撃を兼ねていた。このおぞましい天使達の黙示録じみた降臨は、完全にそれだけがモチーフという訳ではないが意図的にとある旧世紀のアニメの劇場版最終回を模していた。凄絶なバッドエンドであるそれを思わせる、リアラとエオレーツ、前世が地球の物語を愛した者同士だからこそ通じる威嚇。リアラ、貴様の女は惨たらしく滅多刺しにされ食い殺されるのだと。
だが、リアラに不吉への恐怖は無くルルヤにも多勢への怯みは無し。二人共に勇者なれば。そして、周囲の戦場にまた戦う同胞がいるが故に。
「殺せ!」「「「「「「「「「【EEEOOAAAA】!」」」」」」」」」
『
「【GEOAAAAAFAAAAANN】!!」
ルルヤの【巨躯】が迎撃する。血塗れ傷だらけの体で、血の様な夕焼けの中、天に抗うが如く吼える!
「ここに最後の扉を開く。間もなく最後の扉が開く!俺が開く!そして全ての世界は終わる。終わりへの扉、〈越界の扉〉を開く! 〈TR計画〉の贄となれ、今こそ全世界はそれを知り平伏すのだ!」
『
「させる、もんかぁっ!!」
リアラも、飛ぶ!
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