・第七十四話「異世界転生へようこそ! (前編)」

・第七十四話「異世界転生へようこそ! (前編)」



「ッ……!!」

 ZZ、NN!


 ルルヤが息を吐いた。ルルヤの【巨躯】の長く伸ばされた【爪牙】と【息吹】で剣の様に長く伸ばされ強化された鉤爪が、中程からへし折れて地面に落ちた。


「あ、危ない所じゃったわ……!」


 『文明マキナ』の安堵の溜息。『文明巨躯メカシュムシュ】の胸部、ラトゥルハを納めたカプセルを切り離さんとするルルヤの斬撃の傷痕が途中で止まり、僅かな肉でぶらぶらに繋がった状態ながらも切断を阻止されていた。


「予備兵力も無しに決戦に挑むと思ったかの!? 残念じゃったな! ああついでに勿論、もう大丈夫だとこの傷を放置したりもせんぞ!」


 めりめりと傷口から機械を増殖させそれまで挑発と精神攻撃の為に透明なカバーをつけて露にしていたラトゥルハの体を、もうチャンスは無いぞと『文明巨躯メカシュムシュ】は胸郭奥深くへと吸収しながら挑発的に笑った。


 その一本残った首の後ろに新たに出現する夕暮れに浮かぶ三つの影。それぞれ別属性のエネルギーの翼を持つフード付ローブミステリアスパートナー姿が三体、完全に同じ動作でばさりとロープを脱ぎ捨てる。


 そこに現れたのは、またしても『竜機兵ドラグーン』。白い髪をしたルルヤの重力の闇とは違う空間に空いた穴の様な黒いエネルギーの翼を背負う者、銀の髪をした空間の揺らぎで出来た翼を背負う者、桃色の髪をした燐光めいて輝く無数の文字が集まって出来た翼を持つ者、三体。


「無と力と呪の属性を持つ『竜機兵ドラグーン』じゃ! 無論性能はこれまでの他の『竜機兵ドラグーン』と変わらず、『反逆アンチヒーロー』にひけはとらぬ! つまりお主もここまでじゃ!」

「……予備兵力、か。あれだけ焦って繰り出したという事は、それで全部だな? あの様でまだ残りをとっておく胆力はお前にはあるまい。漸く底が知れ、地金が見えてきた訳だ。はは、何だ、あと少しじゃないか。やる気が漲って来るじゃないか」

「むうう、生意気な減らず口を……!」


 数と性能を嵩に着た『文明マキナ』の恫喝に対し、ルルヤはボロボロながらタフに笑った。しかもその推察は完全に『文明マキナ』の手の内を見抜いており、『文明マキナ』を唸らせた。確かに『竜機兵ドラグーン』の総数は合計九体だった。ここまで出したのは六体、此処に追加したのが三体、これで最後だ。


(格を落とす言動をする……)


 表情を動かさぬまま、『交雑クロスオーバー』は冷ややかに内心『文明マキナ』をいつでも見限れるように見下していた。所詮はあくまで学者、戦闘者としては小物に過ぎる。駆け引きというものが分かっていない。あれでルルヤの心を絶望に落とせるものか。


「それに……私の打った手も、それなりに効いているようじゃないか。……皆が総崩れになり私が涙の海に沈むには、まだ大分時間がかかりそうだぞ」


 そしてルルヤは、逆に言葉の打撃を放った。歯を食い縛ってルルヤは笑う。ルルヤの打ったある手によって、ユカハも、ミレミも、フェリアーラも、ルアエザ達もハリハルラも、皆戦い対づけている。……全ての戦場で失われ続ける命の重さもそれを認識し続ける苦痛も受け止めるルルヤ。屈する事は出来ぬ。故に、悲しむ事もままならぬ。心の中に闇が煮え滾る。それでも、尚。


 その〈ある手〉を、『交雑クロスオーバー』も『神定む天命の書板トゥプシマティ』で分析を終えていた。


「ならば涙ではなく血の海に沈めるまでの事だ」


 『交雑クロスオーバー』は決断する。己が望む勝利を確定する為に、指示を……


「『文明マキナ』、作戦変更。〈屍丘〉から〈刑場〉……いや、〈鳥葬〉だ」


 指示を下す。指定する作戦名を途中で変更しながらその原因を冷ややかに睨む。


(貴様の眼前で切り刻んでやろう。不完全で醜悪で無様な偽物の復讐者よ)


 『交雑クロスオーバー』の視線の先を、ルルヤは【真竜シュムシュの角鬣】の超感覚と、【真竜シュムシュの巨躯】の眼球を大きく動かして知覚した。


「……リアラ」


 そして、とてつもなく深い感情を込めて、吐息のようにその名を呼んだ。息と共に、力の緩んだ【巨躯】の全身から大量の血が溢れた。リアラ・ソアフ・シュム・パロンが帰ってきたのだ。



「ルルヤさん!」「ミレミ! ユカハっ!」


 ルルヤの吐息めいた言葉に、リアラが叫んで答えた。戦場としては若干離れてはいるが、天空から見下ろせばそこそこ近くに見える火と毒の『竜機兵ドラグーン』と戦うミレミとユカハへと叫ぶ名無ナナシと一緒に。ぼろぼろになって、支えあう様に飛びながら。


名無ナナシ!」「来てくれた……大丈夫! まだ戦ってるよ、僕達!」

「ああ……リアラちゃん、そっちは」「うん、勿論!」


 ミレミとユカハが名無を見て叫ぶ。パンと掌を叩き合わせた後、名無とリアラは左右に別れた。名無はミレミ・ユカハを助けに、リアラはルルヤの元へ。



 そして。


「……ルルヤさん」


 血塗れ泥塗れ煤だらけのリアラは、ふらふらとルルヤが変じた【真竜シュムシュの巨躯】の巨大な頭部の横に滞空した。


「……おかえり、リアラ」


 大いなる傷だらけの竜は、その尖った頭部に、鋭い目に、驚く程柔らかい慈愛に満ちた女の表情を浮かべた。リアラの戦い、苦しみ、それについてあえて深くは聞かず全て受け入れると。


「……いつも、いつも。遅くなって、申し訳……今回は、とうとう……」


 傷だらけのルルヤに瞳を潤ませて言おうとするリアラに、ルルヤはゆっくりとその大きな頭を振った。滞空するリアラに頬擦りせんばかりに、しかし、油断も隙も見せぬままに。


 リアラはルルヤが何をしたか知ってしまっていた。《大仕切直》の後どっと流れ込んできた情報。その中にはルルヤからの【真竜シュムシュの宝珠】による通信もあった。そこには、リアラにとってあまりに衝撃的な、ルルヤが打ったある手の結果である、ルルヤを待ち受ける既に確定した未来の情報があった。……それでリアラがその心に受けた衝撃を癒す為に、ルルヤは。


「ただいま、だろ」

「……はい! ただいま戻りました!」


 牙を見せて、しかしルルヤの【巨躯】は笑って見せた。大丈夫だ、いや大丈夫ではないが、きっと何とかなる、こんな事私は恐れていない、お前も恐れないでいてくれるか、と。リアラは、思いを噛み締める、涙を流さんばかりの表情で頷いた。


「よし! 状況は大体把握しているな!」

「っ、はいっ!」

「ならよし! 面倒な頼み事をするぞ、すまないな! ……『交雑クロスオーバー』を少しの間押さえてくれ! 『全能ゴッド』共が来るまでの間に『文明マキナ』を殺す!」

「はい!」


 活を入れ励ますようにルルヤが告げる。それは恐るべき無茶ぶりであったが、リアラは決然と受け入れた。よし! とルルヤは笑った。どこか不吉なまでの清々しさがあった。しかしリアラはそれを受け入れた。何度も、それでもはいと答えた。


「……落武者同然の、随分とボロボロな増援だ。そいつが、俺を止めると?」


 そんな二人に対し、『交雑クロスオーバー欲能チート』は挑発と嘲笑で答えたが、しかしその様子には最早本気があった。


「できない理由があるか? リアラはここに来たんだぞ」


 その理由は、正にルルヤがそう答えたとおりだ。『大人ビッグブラザー』『情報マスコミ』『旗操フラグ』、三人もの十弄卿テンアドミニスターを倒し、『全能ゴッド』『永遠エターナル』の介入を掻い潜った。


「成る程。だが、それなら本気で殺すだけだ。『文明マキナ』、全力の準備は出来たな?」

「勿論じゃ。何が抑えていれば殺すか! 殺されるのは貴様等の方じゃ!」


 取神行ヘーロース化する、予備兵力だけではなく全力を投入するのだから、その間に殺されるなんて無様を晒すなよと唸る『交雑クロスオーバー』に対して、『文明マキナ』は肯定する。


 VON! VON! VON! VON!

 SYAAAAAA……!


 夕焼け空に次々と転移ゲートが開く。そこから現れた者達がそれぞれの属性のエネルギーの翼で空を切り裂く。『竜機兵』達だ……その数、既に現場に展開していた無と力と呪の三体、近場だった為転移を介さず直接飛来した炎と毒に加えて水と氷と風と雷……九体全部だ。何れも手酷く破壊された肉体を機械部分を除き【真竜シュムシュの血脈】で修復しながら……肉を膨れ上がらせ同時に異形化していく。【真竜シュムシュの巨躯】への変身だ。それは酷くおぞましかった。造形だけは美しい少女だった人形のようなその肉体が、無表情を保ったまま歪に膨れ上がり、体の表面を這い回る蔦か粘菌の蠢きか皮膚の下に潜り込んだ寄生虫の様に血管が這い回り、血漿じみた色の液体となって溶け崩れ、そして更に不気味な異形の竜と化す。


 最初からいる者が相手に向かい牽制射撃を行い、後から飛来したものが距離を取る旋回飛行を維持しながら変身し、変身が終わった者が牽制射撃に加わる事で最初からいる者が改めて変身を行う。あくまで牽制攻撃であり防御・回避を行えばダメージにはならないがそれは先の失態を即座に反映した布陣であり、言わば空に大きな円を描く空中車掛かりの陣であった。


 そしてその隙に、『交雑クロスオーバー』もまた今度こそ取神行ヘーロースへの変身を完了させる。


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!

我は数多を知り、我は数多を愛し

我は数多を体得し、我は数多を憎む

過去を変える。宇宙星の夜空ウラノス/アヌを怨み葬る。

今を忌む。空と風と地クロノス/エンリルを食らい地に染める。

未来を乱す。全天統べる力ゼウス/マルドゥークの全開の鉄槌で。此こそが我が現実なり!

取神行ヘーロース、『継承大権・神群統王タイラント・マルドゥク』!!」


 次元歪曲が展開し、そして消える。その下から現れたのは、意外にも殆ど変身していないというか、ほぼそのままの人としての姿だった。


(でも分かる。明確に違う。それに……)


 しかし変わっていないのは外見だけとリアラはその見えざる力を見る【真竜シュムシュの眼光】で理解する。人の姿を保ったまま、これまでの他の怪物的な取神行ヘーロースと同じレベルにまで己の身体能力を跳ね上げている。そして。


ISSインターステラストライダー、それに〈緋王鉄拳クリムゾンブースト〉と〈ニューエンジェル〉能力……!」


 身体的な姿はそのままだったが、装備出で立ちが一新されていた。元から背後に展開していた『神定む天命の書板トゥプシマティ』はそのままだが、それ以外はそれまで特殊な魔法武器を使用してきたが『経済キャピタル欲能チート』と同じ様に、中国古典や布袋劇、それとはまた別系統のアニメやゲームに登場する様々なキャラクターに色々と類似例があるように武器を射出するだけだったのから、背部に展開した『神定む天命の書版トゥプシマティ』に加え、その体に装備を直接纏っている。


 体に背中から重なる装甲された大型のマニピュレーターと推進機を兼ねた脚部、それに翼とウェポンラックを繋ぐフレームといった形の装備を。


 故にそれを目にしたリアラはその名を口にした。ISSインターステラストライダー。星間走甲とも呼称されるそれは、元々は地球のライトノベル〈インターステラ・ストライダー〉に登場する作品タイトルにもなった機動兵器だ。巨大ロボットではなく単純な強化装甲服とも少し違う、使い手は一見剥き出しに近いが宇宙飛行すら可能な防御フィールドで守られた兵器。その後類似したアイテムが幾つかの物語に登場したが、一般受けして広く流布した作品だった為偶然目にする機会も多く、明確な機体自体の頭部を持たない為に類似したその一連のタイプや類似品から〈インターステラ・ストライダー〉の内の主人公機、〈青騎士ブルーサマーズ〉である事が分かった。


 そしてその機体は改造されていた。右手が獣を象った攻撃的な意匠の赤い籠手に変わっている。それは別のライトノベル〈デビルスクール・クールデイズ〉の、黙示録の緋色の獣の力、強大な欲望を魔力に変える魔法装備。それが〈青騎士ブルーサマーズ〉に強引に接続され、SF兵器であるそれに魔法力を付与している。


 更に頭の周囲には、天使の輪を思わせる発光現象が起こっている。以前にもわずかに語られた物語である〈機械兵士ガンエース〉シリーズの何作品かに登場する、認識拡張系超能力の発露。


 それはこれまでの『交雑クロスオーバー』の使用武器とは全く異なる『交雑マルドゥク』の力だった。


 ルルヤから戦闘に関する状況を知り、『交雑マルドゥク』の使用する様々な混珠外の特殊魔法武器について、それが地球の物語である〈Distiny/Duel in the Dark〉の神話伝説や歴史の英雄の力と逸話を再現した武装〈傑証けっしょう〉と同じものである事に気づいていた。これらはそれとは別の出展の力。


「それに、その姿は……やっぱり……!」


 リアラは【真竜シュムシュの骨幹】と専誓詠吟【陽の息吹よ、灼き斬れフォトンブレス・ブレード】を自らも武装を整え直しながら問う。


 装備を変えるだけでなく『交雑マルドゥク』は目元を覆う仮面を外し素顔を露にしていた。この時初めてリアラは『交雑マルドゥク』の顔を見た。碧と紅の金銀妖眼アレキサンドライトヘテロクロミア。そして両目尻から斜め下に走る短い手術跡めいた傷跡を。


 リアラは【骨幹】の盾と【息吹】の剣を構え、【翼鰭】を震わせるようにしながら小刻みに『竜機兵ドラグーン』の牽制攻撃を交わしつつ、隙を伺いながら問うた。


「その通りだ。分かるのか、この姿が」


 それに対して、『交雑マルドゥク』は微かに鼻で笑った。


「……分かるよ。その姿は、ああ、〈とある矛盾の最低最強〉だ。宍戸兵馬ししどひょうま著のライトノベル〈僕の妹に友達が少ないのはお前達が悪い〉の主人公、織谷司おりたにつかさ。その、二次創作小説〈とある矛盾の最低最強〉での姿だ」


 それをリアラは知っていた。人気ライトノベル作品のIFルートを描く二次創作。一見すると原作の主人公と見紛うような服装と容姿だったが、目元の傷がその二次創作特有の経緯による変化の痕跡だった。


 主人公が原作とは別の選択をし、別の成長をし、別の結末に至る。それだけなら、読者が面白いと思うかどうかは兎も角全くもって何の問題も無い作品だったろう。問題だったのはその結果、主人公がタイトルどおり原作を遥かに越える最強の裁定者となってしまった事か? 否、それだけならばただ単にそういう作品で、好みが別れる内容というだけだっただろう。


 問題なのは、その主人公のIFの選択が原作主人公が見落とした手段を指摘していた事、その他者の特殊能力を劣化コピーする能力〈とある模倣の最低最弱イマジンフェイカー〉の応用で最強になっていく理屈が、原作の作者が見落とした矛盾点だった事だ。


 確かに、その選択をしていればその後の悲劇とそれを克服する感動的な展開は一切訪れる事無く解決していた。そして主人公の毎度それをどう捻った使い方をするかでドラマティックな展開を産み出していた特化して使い勝手が悪く他者の劣化コピー的な特殊能力が、劇中のとある別の能力と組み合わせれば容易に最強に至れるという事を、劇中の描写を引用して反論の余地も無い形で描写してしまった。


 誰も気付いていなかった事だ。ファンも、アンチも、作者本人も、編集者も。


 それをこの熱意ある二次創作が指摘してしまった。ファンはこの作品の粗捜しをするアンチだと攻撃し、アンチは主人公に俺TUEEEさせて他の作品の主人公より優秀だと持て囃そうとする狂信的ファンだと攻撃した。


 そのどちらでも無かった。成る程原作の展開を否定していたが、それは同時に原作の登場人物達への救済を求める愛故であった。その愛が迸り過ぎてあらゆる者を救いあらゆる悪を裁く全能者の領域に主人公を押し上げてしまったのが無茶であったとしてもそれは罪か? 運命を覆す可能性を求めて、ゲームをやり込むように小説の諸要素を分析し尽くした結果作者の意図せざる矛盾を見つけ、その矛盾を考察への疲労と救済への祈りから運命改変への手掛かりとして一気呵成にIF展開を情熱に任せて怒濤の如き大量さで書いてしまったのは罪か? 矛盾に関しては小説の先についてなど全体を考えねばならぬ作者より、読んで指摘し補佐する立場である編集者の罪が重いかもしれないが。


 兎も角、結果としてファンとアンチと興味本意とが繰り広げた負の火祭りえんじょうの後に残ったのは、矛盾を指摘され描写された事で傷ついた作者が筆を折ってしまい人気絶頂の最中に未完となった一作の小説と、オリジナルが書き手に削除されて尚話題性ゆえにコピーがばらまかれ続ける二次創作小説OKのインターネット小説投稿サイトに投稿されていた二次創作小説と、消えた前者と後者の作者二人だけだった。


「成る程。ならば俺の欲能チートの内実も分かる筈だ。『惨劇グランギニョル欲能チート』は俺の欲能チートを原作であえる〈僕の妹に友達が少ないのはお前達が悪い〉に由来するものと間違えているようだったが。だが、分かった所で勝てる心算か?」


 地球での記憶を思い返すリアラと『交雑マルドゥク』は間合いを図り合う。これまでの浮遊と事なりISSインターステラストライダーによる機動力を加えた以上、僅かな隙が死に繋がる。更に同時に『交雑クロスオーバー』は己自身の腕と〈青騎士ブルーサマーズ〉の腕に、同時に複数の〈傑証けっしょう〉を呼び出し装備する。


 〈青騎士ブルーサマーズ〉は平行処理・複数制御に長け、原作ではヒロインの機体との連携にも全弾発射による一発逆転にも対応した如何にも主人公専用らしい機体だ。複数武器の同時使用はその性能を100%活用する手段であり、そこに更に〈緋王鉄拳クリムゾンブースト〉と〈ニューエンジェル〉能力が加わるのだ。これまでの『己が知悉愛好する物語の能力や武装を使役する』欲能チート効果をある程度隠す為の単純な欲能チートの行使を遥かに上回る戦闘能力を発揮できるだろう。


 分かったのならば尚更身に沁みる筈だ、俺の力の無茶苦茶さを、と。『経済キャピタル』の魔法武器同時射出が混珠で例えれば一流の英雄達の軍勢であるならば、これは一つの世界にただ一人の最強英雄を複数揃えた軍勢に等しい。


「……分かるよ。成る程、正にクロスオーバーって訳だ」


 リアラはそれを知っていた。〈矛盾〉は、劇中の幾つかの描写から番外編と本編に繋がりがある事を証明する事で、番外編にゲスト出演していた同じ作者や同じレーベルのライトノベルが平行世界として観測可能である事を証明し、劣化コピーを行う主人公の能力が強化可能である事を証明し、劇中に存在する平行世界観測能力を使用する事で様々な作品の要素とのクロスオーバーを行う事であらゆる悲劇を粉砕するクロスオーバーSSだった。


「やはり分かって尚戦うか。俺程糞みたいにご都合主義的な絶対最強相手でも」

「勿論さ。君の正体も分かった。君の前世は〈とある矛盾の最低最強〉の著者、ペンネーム・新道凌駕しんどうりょうがだ。……きっと酷い死に方をしてしまったんだろう。悔しかったし苦しかったし辛かったんだろう。だけど、それでも負ける訳にはいかない」

「その通り。はっ、お前の前世については、大体調べはついているが、ああそうだとも、俺の前世はお前の前世よりも酷い。負ける訳にはいかない? それはこっちの台詞だ。漸くだ。漸く全てが整う。漸く俺の望みが叶う。この日を一日千秋に待ち続けた。異世界転生してから今までの日々は、ただ只管に積み上げ続ける苦労の蓄積だった。それが漸く終わる。俺の唯一つの望みが漸く叶うのだ。遂に俺は異世界転生を果たす。俺自身を祝福しよう、異世界転生にようこそ、と!」


 碧と紅の『交雑マルドゥク』の目が爛々と輝く。獰猛な笑み。初めて、感情を爆発させた。お互い、相手の動きを見定め、食らいつく時を見いだした。


 ここまで間に入る地球の物語への回想が一瞬であるが故に、ごく僅かの時間。



 この時漸く『竜機兵ドラグーン』が終了した。黙示録の日に降臨する天使達の様に荘厳でありながら死にかけた獣を狙う禿鷲のように不吉に、『竜機兵ドラグーン』の【巨躯】達は輪を成して飛び舞い、そして舞い降りた。


 『竜機兵ドラグーン』の変化した【真竜シュムシュの巨躯】は、三つ首竜のラトゥルハの【巨躯】に似て非なる、一見それより平凡な頭一つ尾一つ翼二枚腕二本足二本。しかし何処か違和感とそれに伴う生理的嫌悪感を誘う姿をしていた。


 手足はひょろ長く、やや人に近い。両手は左右非対称で、片方の腕は巨大な刃のようなパーツが、もう片方には二股の槍めいたパーツがついていた。そのパーツと羽、そして尻尾の根本には粗雑に縫い合わせた様な肉に食い込む繋ぎ目があった。


 羽だけは天使のように荘厳、胴は地獄の餓鬼めいて極度にくびれ、肩は歪に腫瘍めいて膨らみ、六角形の金属板が三個づつ埋め込まれていた。


 尻尾は長くふらふらくねくねとうねり、その先は痕跡器官か奇形膿腫の様に歪で、ある種類の前後左右の区別を持たない生物の備える孔のような器官があった。


 そして頭は広い肩に反して奇妙に細長く鰻やウツボに似ながらもどこか人間的で、大きく裂けた奇妙に人間的な唇と歯を備えさせた口を笑顔めいてというにはあまりに貪婪な食欲めいた表情に歪めた。そしてアンテナめいた二本角と、液晶のような四角い一つ目があった。酷く冒涜的な怪物であった。


 それが舞い降りる様はリアラへの精神攻撃を兼ねていた。このおぞましい天使達の黙示録じみた降臨は、完全にそれだけがモチーフという訳ではないが意図的にとある旧世紀のアニメの劇場版最終回を模していた。凄絶なバッドエンドであるそれを思わせる、リアラとエオレーツ、前世が地球の物語を愛した者同士だからこそ通じる威嚇。リアラ、貴様の女は惨たらしく滅多刺しにされ食い殺されるのだと。


 だが、リアラに不吉への恐怖は無くルルヤにも多勢への怯みは無し。二人共に勇者なれば。そして、周囲の戦場にまた戦う同胞がいるが故に。


「殺せ!」「「「「「「「「「【EEEOOAAAA】!」」」」」」」」」


 『文明巨躯メカシュムシュ】の号令の下、『竜機兵巨躯量産型メカシュムシュ】が一斉に咆哮をあげた。貪り食わんとする餓鬼の如く襲いかかる!



「【GEOAAAAAFAAAAANN】!!」


 ルルヤの【巨躯】が迎撃する。血塗れ傷だらけの体で、血の様な夕焼けの中、天に抗うが如く吼える!


「ここに最後の扉を開く。間もなく最後の扉が開く!俺が開く!そして全ての世界は終わる。終わりへの扉、〈越界の扉〉を開く! 〈TR計画〉の贄となれ、今こそ全世界はそれを知り平伏すのだ!」


 『交雑マルドゥク』が、飛ぶ。口にするその名を、リアラは知っている。それはリアラも愛読していた漫画〈奏刻の天地〉に登場した、別の世界へと移動する為の扉だ。


「させる、もんかぁっ!!」


 リアラも、飛ぶ!

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