・第五十四話「糾弾対峙の転生者(6)」

・第五十四話「糾弾対峙の転生者リアラとゼレイル(6)」



 ZUU……NNNN…………


 皹入り砕け散った帝宮の構造物が崩れ落ち、重々しい地響きを立てた。周囲はもうもうたる爆煙と石材などが砕け散って生じた粉塵に包まれ視界は悪い。故、攻撃を行った玩想郷〈帝国派〉は一旦撃ち方を止め、様子を伺う。


 やったか、というものは居ない。この程度では殺せまいと理解している者と、地球における物語のお約束というものを意識し、こういう時やったかというとやってない事が多いからと口をつぐんでいる者との言わば混声合唱ならぬ混声沈黙だ。



 それが、リアラのいる第一・第三帝龍ロガーナン太子を巡る戦場、ルルヤのいる第二帝龍ロガーナン太子を巡る戦場、共通した光景であった。



 先に変化したのは前者の戦場からだ。狗頭に油断無い表情を浮かべて『旗操オシリス』が片手を打ち振るや否や、即座に『偶然にも』どこからともなく風が吹いて煙を吹き散らかし。


「! 逃がしてはなりません!」「!!」「『恋僕ファンメル』! 『最終恋僕FIN・ファンメル』!」


 その瞬間『情報ロキ』が叫び、それに弾かれたように『旗操オシリス』『悪嬢キュベレー』が反応した。晴れ行く煙の向こう周囲に展開していた『恋僕ファンメル』達がいの一番に襲いかかるが。


「KYUDO!? 」「KYUDO!? 」「ちいいっ!」


 だが晴れ行く煙の向こう、踊る獣のシルエットが閃く銀光に斬り倒され次々倒れ、元の人間だった姿に戻り意識を失う。


「(太子達を逃がす気か! だが!)『汝悪評より逃れる事能わず! 炎上せよムスペル!』」

「『秘剣・顕全一如』!」


 煙に乗じてリアラが【真竜シュムシュの息吹】と《作音》を使用した消音光学迷彩に入った。そう判断した直後『情報』はその風評を呪詛に変える力で先程攻撃に使った単純な炎ではなく『魔法を焼く炎』を作り放出。同時に疑似取神行ヘーロースとなった『和風パトリオット』が、禅や精神的な鍛練を誇張した魔法や幻覚を打ち破る達を放つ。


 FIRED! SWASH!


「くっ……まだ、行かせはしない!」


 暴かれる消音光学迷彩! 煙も散る! ……露になるのは手負いのリアラ!


「中々結構!」


 舌なめずりをして叫ぶ『情報ロキ』。粉塵の中で上手に隠れる為と自分だけではなくルマを背負ったギデドスも隠す為か、かなり広範囲に張っていた消音光学迷彩を暴かれたリアラは、その足元に相当量の血を散らしていた。全身にはそれが迸ったのであろう幾つかの手傷。両手甲と前に出していた方の脚甲は砕け散り、尖った肩鎧は片方が半ばから切り落とされ、先程『和風パトリオット』の一撃を受け止めた大太刀は曲がったところから半分にへし折れている。そして【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】はその全てを重ねて前に回して防御としたが、全て消失。何よりその傷口や装備は竜術による自動回復が行われていない。それに『情報ロキ』は着目!


「早くもスタミナ切れですか! 無理に外面を良く保つほど、落ちるときの落差は大きい! 醜聞スキャンダルと同じですね!」


 【真竜シュムシュの地脈】封じと〈国際諸楽祭〉での全力発揮。それによる消耗で、最初こそ普段通りの力が発揮できても、持久力・回復力が落ちているのだ、計画通りだと皆済する『情報ロキ』だったが。


「ルマはどこだ!」「畜生、あっちよ! ギデドス! 私の『恋僕ファンメル』をよくも!」


 『旗操オシリス』と『悪嬢キュベレー』が騒ぎ、ちぃと舌打ちして『情報ロキ』は顔を歪めた。負傷し尚足を止めて立ちはだかるルルヤの向こう、先の一斉攻撃で壁の幾枚かが崩れた事によって開いた活路、外壁に面した部屋の窓を、ギデドスが叩き割っているのが見えたのだ。しかもかっとなった『悪嬢キュベレー』がけしかけた『恋僕ファンメル』達はギデドスによって片っ端から切り捨てられ、とうとう全滅してしまった。


(ええい……!)


 『情報ロキ』は考えを巡らす。ルマとギデドスは連合帝国の傀儡支配に必要な駒だが、最悪四人の太子は全滅しなければ後から押さえればいい。この場における戦術的な値打ちは、ルマとそれを守るギデドスを守ろうとすればリアラが逃げられない事にこそある。ここで『悪嬢キュベレー』を操るか? いや、それは出来ない、『旗操オシリス』を望む方へ誘導するにはそれはまだ早い……『情報ロキ』はもう片方の戦場を欲能を使い知覚した。


「手応え有り! こっちの攻撃魔術で相手の防御魔法がパリンと砕る感覚だぜぇえ! 何人死んだかなぁああああんっ!」

「油断するな! 見ろ!」


 魔術に長けた『悪魔リディキュード』が己が放った魔術が防御魔法を貫いた感触を鋭敏に感じとり、嗜虐的興奮と共に叫ぶが『術師ケンジャ』が即座に戒める。


 その警戒は正しかった。爆煙粉塵が晴れた後に見えたのは……。


「はっ、はっ、助かった! まだ私は、生きてる、ぞっ!」

「うむ……その通り!」

「こっちこそ! この位しないとな!」

「ぶっつけ本番だけど、一助になれたか……!」

「ああ、助かったよ太子さん! 上手いもんさ!」


 団結であった。


 【月影天盾イルゴラギチイド】を発動しその身を皆の盾として立ちはだかったルルヤは、その肌を煤と傷で汚しながらも未だ立ち続けていた。それを成させしめたのは、口々に叫ぶ声また声の持ち主達。ルルヤが庇った仲間達がルルヤを支えたのだ。



 ルルヤの展開する【月影天盾イルゴラギチイド】の前に、名無の《森壁》、自由守護騎士団員達の《鎧盾》、リンシアの《城壁》等の防御魔法が多重に展開。


フェリアーラとユカハの《硬き炎カドラトルス》と《風の如しルフシ・バリカー》の最大出力発動が相手の攻撃にぶつかり合い対抗し、舞闘歌娼劇団の《惑乱》や〈馳者ストライダー〉達の《闇影》といった魔法が狙いを逸らしたり特定属性の攻撃を減衰させる、幾重にも重なる防御が【地脈】を受けた【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】に迫る防御能力を発揮。


 その上で先頭に最もタフなルルヤが立ち、幾割か単純な防御力ならそれに並ぶフェリアーラが引き受ける事で、『悪魔リディキュード』の見立て通り多重に重ねた防御魔法は悉くぶち破られ、最後の【月影天盾イルゴラギチイド】も皹入りその皹から差し込んだ攻撃がルルヤとフェリアーラの肉体を傷つけたが、何とか耐える事に成功したのだ。


「『法の名の下告げる! 続けて制圧せよ! 息の根を止めるまで』!」

「『命令だ』盾共! 気張れ!」


 だが、そのギリギリの成果を嘲笑うかのように、十弄卿テンアドミニスター達の声が戦場を圧して響き渡った。


 『正義ルー』が銃槍を構えると同時に、その命令に従い先程攻撃を放った全員が第二射の発射体制に入る。『正義ルー』の宝石めいた全身がぎらぎらと発光すると同時にエネルギーをバラ撒いて、即座に最大威力を再充填させる。


 更に『大人ペルーン』も再び雷の発射体制に入ると同時に、電流を地面に走らせる。その電流は『剛力マッチョ』と『戦車ガチタン』を捉え、強化すると同時に強引に命を捨ててでも引き続き立ちはだからせようとその肉体を操る。


「ッ……!」


 防御の構え、必死の表情、堪え忍んだルルヤは、どこまでも汚く立ち回る敵とそれがのうのうとまかり通らんとする世界への凄まじい憎悪、自らの不甲斐なさ、力不足、こんな戦いしか出来ない自分への怒りとで、瞳が剣呑な赤い光を帯びるだけでなく、幾つかの傷から滲んだ血が血涙となって流れていた。


「ごほっ、ごほっ……!」


 ルルヤ達が来る前に毒を盛られていた当代帝龍ギサガが、血の混じった泡を噴いた。本来真竜のそれほど協力ではないとはいえ帝龍にも自己を回復し毒を無効化する【血潮】の竜術はある筈だが、竜術の力の差と高齢による衰え故、見た目よりも更に長く生きてきただろうその命も、最早持つまい。


「ぜ、は……」「こひゅーっ、こひゅーっ……」


 戦う仲間達も拾うが濃く、それより前から戦い続けてきた〈馳者ストライダー〉とリンシア達はもう限界だ。完全に魔法力を使いつくし、既に討たれた者達に折り重なるようにして倒れていく。それは〈馳者ストライダー〉達だけでなく、児童傭兵も守護騎士も一般団員達は急速に限界に近づきつつあった。


 いや。限界だ。



(こちらは、良し……! しかし皮肉なものですね……!)


 その様子を遠隔から観測し、『情報ロキ』はこちらの戦況を良しと判断した。


 『法に基づいて他を裁く立場に立つ場合適用される法の数だけパワーアップする』力を持つ『正義ルー』はそれを自己の部下にも適用する事が可能で、〈タロット〉と〈七大罪〉をその為に彼の配下である宮廷騎士団に権力を用い捩じ込むように任命したのだ。それ故、〈タロット〉も〈七大罪〉も更なる力を発揮している。


 『自己の社会的地位が相手より上である場合それに応じて相手を弱体化し自己を強化する』『大人ペルーン』もまた、『自己の権力に従う相手をその権力と自己の一部と見なして強化し同時に自由自在に操る』事ができる。二重の強化を施せるからこそ、其方に一般欲能行使者チーターを集中配置した。これなら『情報ロキ』本体がいる側より十弄卿テンアドミニスターの数で劣る向こう側も、戦力敵には自分のいる側に勝るとも劣らない。


 そう判断しそして、自分によっていつでも意識をジャックして操れる存在でしかない『大人ペルーン』が他者を操るという振る舞いをする事とそれに勇者とその仲間が苦戦し追い詰められたという事実に愉悦を感じて、忍び笑いを漏らした。


 その間に。こちら側の戦闘も、更にリアラに苦戦を強いながら進展していた。


「どけぇっ!」「どき、ませんっ!」


 突貫する『旗操オシリス』に膝立ちから起き上がりかけるリアラは【息吹】を連射。慎重な『旗操オシリス』はコピシュ二刀と魔法に欲能を重ねがけてその射撃を完全に防ぐが、防御を優先した結果突貫を阻止される。


「んなら避けるなよ! 食らえっ!」「【PKSYLLLL】!」


 『旗操オシリス』はならばと攻撃錬術れんじゅつを連射。リアラも尚も【息吹】で応戦するが、相手の前進を阻止せんとする為に回避を制限される。【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】は使い果たした。【咆哮】で辛うじて反らすが、至近弾が肌を掠め【鱗棘】をじわじわちりちりと炙り削る。だがまだ大丈夫と、耐え、尚射つリアラ!


「滅多打ちで足掻く足掻く、守るものが多い正義の味方は辛いねぇ! お前ももう一匹も、まるで中東の石打刑だな! 罪状は綺麗事罪か!? それとも偽善罪かよ!!」

「自分にも罪があっても尚石を投げ続ける薄汚い恥知らずのパリサイ人にお陰様で大人気で、嬉しい悲鳴が出て堪らないよ、悪党。悪党には守るに値する何かや、汚物以下のその命が生きるに値する理由とか意味はあるのかい? 」


 挑発の為嘲笑めいた声音で叫ぶ『旗操オシリス』だが、その皮肉めいた正義の味方呼ばわりに、正義や善や美や理想〔あと何よりルルヤさん〕を馬鹿にされる事を嫌うリアラが流石に過去のルルヤの宥め戒めを想っても尚再び怒った。ほの暗い瞳で、三倍は重くきつい相手の存在価値と命の意味を全否定する如き罵倒で返歌。


 これに逆に挑発を始めた『旗操オシリス』が激怒。嘲弄より更にきつい、強烈な怒りと苛立ちと呪詛をリアラに叫び叩きつける。


「あるんだよ、あるに決まってんだろ! 俺を何だと思ってやがる! 怪物か!? 異次元怪人か!? 違う! 冗談じゃねえ! 俺は人間だ! あるにきまってんだろ!」


 攻撃錬術れんじゅつの威力が増す。防御を欲能、攻撃を錬術と割り切り、足を止めて猛烈な打ち合いに入る。狗頭が歯を食い縛り唸り吠える。リアラの【息吹】も『旗操オシリス』に命中するが、『旗操オシリス』の攻撃錬術もリアラに命中! 【鱗棘】と競り合い、ビキニアーマーに皹を入れる! 折れた太刀で一部の攻撃を切り払い防ぐが、強烈な攻撃に鍔が弾け飛び指を薄く切られ血が滲む!


「あるに決まってるから! どんなド汚い手を使っても勝って守ろうとしてんだよ! 本当に守りたいもんがあるんならどんなド汚いチートだろうがド外道な手だろうがとってでも守るもんだろうが! それが人間だろうが! 俺達はそうなんだよ! 俺達は、俺達が人間だ! それを! 正義面で! 復讐モノの物語だから主人公が多少ダーティでも当然って面で殺し回りやがって! 人殺しがぁっ!」


 呪詛で噛み付く。俺達は守るものがある人間だ。全員人間だ。なのに、正義だからって復讐者だからって。人殺しめ、人殺しめ、人殺しめ! と。


 リアラは答えようとした。人としてあれとルルヤに言われて優しさを保つが故に糾弾に苦しむ心と、強くあろうとする心と、正しくあろうとする心の狭間で。


「そうじゃそこ動くな! KIEEEEE!」「あっ!? 」


 斬!


 そんな二人の叫びを一切無視して、リアラに『和風パトリオット』は唯只管強く猛く襲いかかる。苦しい体勢の中でも尚【真竜シュムシュの武練】の術理に沿い捻るように半身になって折れた太刀を翳しつつ『和風パトリオット』の次元を断つが如き両断斬撃を無事だった方の肩鎧の先を切り飛ばされながらも避けるリアラ。


「下らねえ! ムカついた! だから殺す! 結局武士とは、日本人とは、人とはそれよ! 法律だの常識だのが蔓延って、誰も彼も目の前の相手を怒らせたら警察だの司法だのが飛んで来るより先にブッ殺される可能性があるのを忘れて無礼になった! それに無意識の内に怒って、苛立って、皆、本当はむかつく相手をぶっ殺したいのを我慢してるのさ! それが俺の欲能チートを生んだ! 理屈なんて知るか! 勇と蛮と暴こそ武! いいから! ブッ殺せ! TYESTOO!」「ぐっ!? 」


 SLASHSWASHZANZANSMASH!


 だが、『和風パトリオット欲能チート』の効果は刀だけではないとばかりに、連続斬撃でリアラの隙を強引にこじ開けると、鍛え上げられた鎧を纏う戦士でも容易く骨ごと砕くだろう凄まじい蹴りが鳩尾に突き込まれる。蹴り転がされ噎せるリアラ。しかしそれは同時に後ろに転がってある程度ダメージを殺したという事でもある。ルマを抱えたギデドスが後方に下がった余裕ゆえの防御行動だが。


「NINN!」「けほっ、このっ!!」


 更に、息を奪い【咆哮】を使えぬここぞとばかりに、『和風パトリオット』は手裏剣・苦無を連続投擲。片手に持った折れた太刀と手指から放つ【息吹】で辛うじてリアラはそれを打ち落としたが、折れた太刀を弾かれ取り落とす。


「今! だぁああっ!!」


 その隙を狩りにいく『旗操オシリス』。必死に、故に的確に、容赦なく!


 リアラの戦いは急速に限界に近づきつつあった。いや。限界だ。


 『情報ロキ』が判断を迷った一瞬、戦況はこれほどにも動いていた。


(それならばこちらはこれで良し、このまま仕留める事を優先すればいい。帝龍太子は後から捕まえさえすればどうとでも……!)


 そして。敵は両方ともに余裕無しと『情報ロキ』が判断し、切り札である操りの力を使わずとも良しと判断した瞬間。だが状況は更に動いた。


「逃げるのギデドス!? あんな大口を叩いて!」


 感情に突き動かされ。失った『恋僕ファンメル』に注いでいた分の力を回収した『悪嬢キュベレー』が動いた。片腕を戦闘開始前の威嚇に用いた時の様に蜂の外骨格を持つ獅子獣人めいた異形に変貌させ、『旗操オシリス』と『和風パトリオット』を相手にして遂にキャパシティを越えたリアラの横を羽ばたいて飛び越えギデドスに叫びながら掴みかからんとする!


「【FRAAAAGYAOOOOSS】!!」


 同時。ギデドスが吠えた。【帝龍の咆哮】。だが『悪嬢キュベレー』は威圧感を感じなかった。当たり前だ、自分は十弄卿テンアドミニスター。啖呵を切っておいて背を向ける、人の誘いに背いた挙げ句に失望までさせる不実な男に何で気圧される事があろう。


 VASA!


「!? 馬・鹿・者ーっ!!」


 布のはためく音がした。


 その時、同時に『情報ロキ』が叫んでいた。


 窓の外へ、マントを襷めいて使い背中におぶっていた、混珠こんじゅ風のドレスを着ていたルマを、ギデドスが戦場鍛えの片腕一本で放り投げたのだ。


 『旗操』が一瞬完全にそれに気をとられリアラから目を話した。それは『悪嬢キュベレー』の関知するところではない。『悪嬢キュベレー』に、『情報ロキ』の叫びが後ろから追いかけるように聞こえた。


 窓の外、飛来した大きな獣がルマのドレスを咥え離脱していく。龍の前半身と翼、馬の後半身を持つ天龍馬。王神アトラマテルを奉じる帝龍ロガーナン一族か一族が下賜を許した者にしか扱えない特殊法獣。ギデドスが戦場に出る時に用いていた彼の乗騎。【咆哮】は、獣や霊と言葉を交わす時にも用いられる。


 先の【咆哮】が自分を威圧するのではなく天龍馬を呼ぶ為だったのだと『悪嬢キュベレー』が気づいた時には、ギデドスは両手で『切断キリヒラキ』を宿す王の剣を握っていた。


 限界だった。だがその、限界を迎えたその瞬間。二つの戦場で、真竜シュムシュの勇者達が動いた。耐え忍び、その時を待っていたと!


 太刀を弾き落とされ、徒手空拳となったリアラが、蹴られ押され転がっていた体をブレイクダンスめいて大きく動かし、床を蹴った。


 ルルヤがかっと目を見開いた。その本来紅の筈の両目は、一体何時からか、片方だけが黄金色、リアラの瞳の色に変わっていた。


(いける、筈です! ルルヤさん! 皆! いきます!)

(ここが、勝負、時かっ! 武運を! 頼む!)


 一体何時からか? 戦いの最初から。そして同時に【真竜シュムシュの宝珠】で二人は作戦会議を行い情報を皆に伝え続けていた。一糸乱れぬ多重防御魔法もだからこそ出来た事。そして今、【宝珠】を使い、二人は叫んだ。一体何時の間に? 戦いながらだ。一体何をした? 【真竜シュムシュの眼光】の個別追加効果で見えざるものを見て理解するリアラの力で、【宝珠】にルルヤが見たものを投影しそれをリアラが見て理解したのだ。


 この場に集った欲能行使者チーター十弄卿テンアドミニスター達の力を。


 そしてそれを、リアラは見切り、ルルヤに伝えた。


 何の為に? 勿論、殺す為だ。


 どうやって? 知恵と心の力を以て、だ。敵の力がこれならば、こうすれば勝負に出る事が出来ると。ここまでの間に、事前に想定した策の案の内から手を選び、分析し、思考し、戦術を構築した。


 勇気無き知恵は言い訳であり正義無き知恵は悪辣だが、知恵無き正義は独善であり知恵無き勇気は暴挙である。


 混珠こんじゅの魔法とは心の力である。だが、心の力を正しく使うには知恵が必要だ。


 玩想郷チートピアは、〈帝国派〉は、多くの手札を抱えている。〈王国派〉等もそれぞれの手札を抱えてそれらとも張り合っているし更に言えば〈帝国派〉内部でも同じ派閥の者に対し殺し札を懐に呑んでいる奴もいる。


 敵の手札は豊富だ。だが、真竜シュムシュの勇者にこの状況で切れる手札が無い等と誰が言ったか。正義の味方は無為無策を意味しない。否、正義の味方は敗れてはならぬ以上、必ず知恵を以て手札を整えておかねばならぬのだ。正義の味方なのだからという事を強迫観念にして馬鹿正直に突撃して死ぬのは三流の偽者のやる事だ。


 敵が狭所で此方を一直線上に固めて火力で制圧せんとしてきた。というのであれば、必然、敵もまた一ヶ所に固まる事になる。


 敵の力、敵の策を知り、見切った隙はその一点。


 今こそピンチをチャンスに変えるのだと、リアラとルルヤは動く。



 敵と味方、双方考えを尽くし、手札を卓に乗せた。勝負の時だ。

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