・第五十三話「糾弾対峙の転生者(5)」

・第五十三話「糾弾対峙の転生者リアラとゼレイル(5)」



「…………」


 連合帝国帝宮の外、双都が一エクタシフォンの尖塔上にて、『反逆アンチヒーロー欲能チート』ラトゥルハ・ソアフ・シュム・アマトは夜風に紫の髪を靡かせ、獲物を追う猫のように目をピンと見開いて帝宮を眺めていた。


 未だ外部からはその内で血で血を洗う連合帝国の未来を決する戦闘が行われているとは到底見えず、都の民は誰も知りはせぬ。だがラトゥルハには分かる。リアラとルルヤに対し【真竜シュムシュの地脈】のエネルギーを吸い上げる事でその使用を制限する牽制を行っているのは彼女だ。何より二人と同じく竜術を宿し、【真竜シュムシュの眼光】【真竜シュムシュの角鬣】で強化された五感が、この距離にいながらにして戦いの気配を捉えていた。


 己もまた参画している、〈帝国派〉による〈長虫バグ〉を仕留めるべく作られたこの罠が愛するように憎むように追い求める遺伝的な父母たるリアラとルルヤを追い詰める様を。窓にちらつく、内部で繰り広げられる攻防の閃光を。



「三秒貸せ!」「分かりました!」


 ZQZQZQZQZQZQZQNN!


「【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】!」


 閃光と、攻防と、言葉が交錯した。リアラ達を『悪嬢キュベレー』の『恋僕ファンメル』が放つ魔法粒子砲が襲った。


 それを浮遊盾として稼働するリアラの【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】が防ぐ。一斉射きりの【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】では、倒しきれない。何よりこの蜂と獅子が混ぜ合わされたような怪物である『恋僕ファンメル』達は、元々は洗脳された混珠の人間だ。


 【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】が魔法粒子砲を防ぐ。引きついて『恋僕ファンメル』そのものが、その毒針と爪牙、更に人間の時に装備していた武器をまだ破壊されていないものはそれも突き出して襲い掛かる。何体かが盾をぶつけられて阻止されるが、何体かが掻い潜って襲いかかってくる。


 三秒が経過した。


「三秒分、利子付けて返すぜっ!」


 粒子砲の発射音等の『恋僕ファンメル』や古代女神めいた取神行へーロースと化した『悪嬢キュベレー』が発生させる電子的で奇怪な音を弾き飛ばす男の叫びが響いた。『切断キリヒラキの欲能』を打倒しその力を収めた王神の剣を振るう第一帝龍太子ギデドス・マテラ・シュム・アマト。すでに先程幾つかの『恋僕ファンメル』が生やしていた武器を破壊した男は叫んだ。三秒貸せと吼えた間に、恐るべき早業で意識を失ったルマを背負いあげ、自分が羽織っていた外套を器用に襷めいて使うと片手でルマを背負った状態で体に固定できるようにして。これで剣を片手で振るう事になるがルマを守ったまま戦えると。


「出来れば!」「分かってるぜ!」


 リアラの返答は必死切実かつ短く、その意図をだがギデドスは即座察知。


 斬! 斬!


「……甘い事。けど、やるわね」


 ギデドスの『切断キリヒラキ』が翻り、撃破された『恋僕ファンメル』が二体……倒れ伏すその体は、怪物ではなく人間に戻っていた。驚くべきはギデドスのセンスか倒した『切断キリヒラキ』を制御する王神の剣かその両方か。それを見て『悪嬢キュベレー』は複雑な心境の籠った声音で呟く。


 『切断キリヒラキ』の力を応用し『何を切るかを選び欲能チートの影響だけ切る』事で『恋僕ファンメル』の効果を解除し操られた者を殺す事無く無効化したのだ。


「あれらとは違うところを、見せなさい『和風パトリオット』!」

「はっ、言われるまでもねえや!」


 しかし所詮は幾つもある武器の一つに過ぎないと、僅かに不快の表情を浮かべるも『悪嬢キュベレー』は洗脳分のエネルギーも戦闘力として特に多くの力を分け与え疑似取神行へーロースたる『最終恋僕FIN・ファンメル』とした『和風パトリオット』に命令。


 他の『恋僕ファンメル』共よりも、そして何よりもう一人の『最終恋僕FIN・ファンメル』の候補であったギデドスよりも優秀な所を見せてみろという挑発的な鞭振りめいた叱咤に、檻から解き放たれた猛獣の如くその卿かによるオリエンタルオカルトSF風全身鎧に包まれた体を疾駆させる。


 同時リアラは、コピシュ二刀流で襲い掛かる人身狗頭の取神行ヘーロースに変じた『旗操オシリス』と攻防を繰り広げていた。


 矛の刃、石突、手甲、脚甲、肩鎧で、くるくると次々支点を変えるコンパスめいた動きで次々襲い掛かる曲刀を防ぐリアラ。繰り出される武器を互いに払いあい、左右に武器が流れて体が接近する。


「悪いな! 何とか……」


 『旗操オシリス』の攻撃に一定のリズムがある事にリアラが気づいたと同時に、『旗操オシリス』は至近距離のリアラにそう呟いた。同盟を持ちかけた時を思い起こさせる平時めいた口調。あの時交わした、最終的に同盟可否を決定するまでの間殺し合いは自重するという口約束。


「死んでくれやぁっ!」


 それを思い出させる事をフェイントに引き戻される刃! 弧を描くコピシュが後ろから首を狙う。あるいは狙いが外れるか斬撃効果が不十分でも切っ先でビキニアーマーの紐を引っ掛ける意図もあったか。何にせよ既に約束は破棄されたのだ。同盟・協力は裏切る為にこそあるという如何にも玩想郷チートピア的な邪悪剣術!


「上等だけど冗談じゃないっ!」「ちぇっ! 清純派ぶってる癖に!」


 その意図をリアラは看破! 回避! 避ける動きを利用して掬い上げるように突き出される矛! 舌打ちしながらそれを払う『旗操オシリス』!


 BIM! 「っ!」


 今度はリアラが舌打ちする番だった。矛を握る手指の添え肩を、密かにリアラは変えていた。人差し指と中指で龍の顎を象り、拳銃じみた手つきから【真竜シュムシュの息吹】を発車するスタイルのアレンジ。矛の柄と穂先に添うように発射された【息吹】は、矛そのものを大きく反らされた事により回避された。跳ね上げられた穂先は上を向き、【息吹】は天井のシャンデリアを破壊して。


「これでも食らいなっ!」


 その落下するシャンデリアは、丁度『旗操オシリス』の足に近い場所に落ちた。その場所には、ここまでの戦闘で破壊された調度品や装飾の残骸が積み重なっていて。


 DBAM!


 『旗操オシリス』は取神行ヘーロースとしての身体能力でシャンデリアと残骸を蹴り飛ばすと冒険者としての能力を発動、錬術れんじゅつを使ってそれらに武器としての攻撃力を付与! クレイモア地雷散弾じみた殺傷兵器となって襲い掛かる! 偶然! 偶然! 『旗操オシリス』の『運命を認識し操る』欲能チートの力だ!


「そのくらいっ……」


 魔法付与攻撃とはいえ、今やリアラの【真竜シュムシュの鱗棘】も成長により防御力を増した。その程度であれば目潰しめいた効果以外大してダメージにはならず、それも【角鬣】による感覚強化で補える。最低限目を庇えばそれで耐えられるし敵を関知することを阻害されはせずリアラは、


「えぇいっ!!」

「KIEEEEEEEEEE!」


 ZZDDAAAANN!


 ……直後リアラは防御を放棄し両手に握った矛を【真竜の骨幹】で変形させながら自分の体をがら空きにして横に突きだし、そして吹っ飛ばされた。同時に響くは、爆発じみた、それが斬撃とは信じられぬ程の風切音!


「TYESTO! やりおる!」

「くそっ!!」


 その斬撃は、リアラが庇わなければ『恋僕ファンメル』達を切り払うギデドスを直撃する軌道を狙っていた。無論ギデドスも一流の武人、咄嗟に王神の剣で受け止める構えをとっていたが、過去の戦いで『和風パトリオット』は欲能チート効果で『日本刀以外の武器を一方的に切断する』効果も持っていると知っていたリアラは咄嗟に矛を【骨幹】で大太刀に変え受け止めたのだ。


 しかし欲能による効果をそれによって無効化しても尚自身の欲能チートと疑似取神行ヘーロースで二重に強化された斬撃は凄まじく、【真竜シュムシュの膂力】を以てしても支えきれず、大太刀も綺麗にに真っ二つにされはしなかったも中程からへし曲がった。


 吹き飛ばされたリアラを剣を持ったままの片手で辛うじて器用に支え受け止めるギデドスは屈辱に唸るが、しかしリアラがそうした自分達に生き残ってほしいという理由と戦術的妥当性は理解できる為一唸りする以外出来る事も無く、代わりにせめてリアラを支え押し返し体勢を建て直させると同時に襲いかかってきた『恋僕ファンメル』をもう一体斬り倒し無力化するが。


「くっ! ギデドスさん、僕と背中合わせに! 『恋僕ファンメル』は、任せます!」


 立ち上がったリアラは立ちはだかるように構えた。【骨幹】で作った黒鉄のビキニアーマーに二、三ヶ所の凹み。吹き飛ばされる最中の一瞬に狡猾に放たれた『旗操オシリス』の追撃によるものだ。それは防いだ。だが。


「くそっ……!」


 強引に背中合わせにさせられたギデドスは叫ばずにはおれなかった。背負ったルマをサンドイッチめいて庇う体勢で、背後から襲うであろう『恋僕ファンメル』から守ってほしい、頼まれている、頼られている、それはわかる、だが。


「さあ、皆さんやりますよ! 『貴方は人を謀る魔竜ラハルムであり、連合帝国の敵であり、真竜シュムシュに化けた魔王であると、既に多くの人間が知っている』! 『炎上せよムスペルヘイム』!」

「『私に、護衛せる者の皆の力をサテライトブラスター』!」

「《破砕》! 魔法力収束! 成功! 魔法力追加充填! 成功! 収束! 成功! 充填! 成功! 収束! 成功! 充填! 成功! 収束! 成功! 充填! 成功! 収束! 成功! 『極大破壊波アペプ』!!」

「『秘剣・渦超風月かちょうふうげつ』!」


 一斉攻撃を『情報ロキ』が宣言。同時に自分で作り上げた悪評を宣告する事で取神行ヘーロースとしての力、『悪評を破壊力へと変える』力を発動!


 呼応して『悪嬢キュベレー』が、これも奪い取った『乙女ヒロイン欲能チート』の効果である『恋僕ファンメル達から力を借り受ける』効果を自分の特殊取神行パラクセノスヘーロースと組み合わせ、『恋僕ファンメル』が発射する魔法粒子砲を束ね何倍にも増幅!


 更に揃ってバックステップで距離を取った『旗操オシリス』と『和風パトリオット』二人が続く。


 『旗操オシリス』が冒険者として会得した錬術れんじゅつの本来だったら不可能な程の強化チャージを欲能チートによって成功させる事で極大威力の欲能チート宣誓詠吟を発動!『和風パトリオット』が疑似取神行で強化拡大された欲能チート効果でその誇張架空剣技の可能範囲を更に増強、『飛ぶ斬撃』を練り上げる!


 リアラは自らの前に展開した【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】を呼び寄せる……回避せずルマとギデドスの盾になる心算だ。ギデドスはそれ故に絶望的無力感に呻く!


(本当、悪辣だよ……!)


 リアラも好きであるいはギデドスの誇りを傷つけたくてやっている訳ではない。やらずにはおれない、避けられないのだ。


 頑丈な帝宮内という戦場は周囲に巻き添えになりうる人間を多数含んでいるというだけではなくその狭さ自体もリアラとルルヤに不利な状況の一つだ。【真竜シュムシュの翼鰭】による自由自在の圧倒的機動力は二人の力の一つだが、それを奪われるからだ。


 機動力があれば敵を引きずり回し翻弄する事が出来る。守るべき相手から敵を遠ざける事も、守るべき相手を逃がす事も。それが出来ない。破壊力をもってすれば壁をぶち破って飛ぶ事も不可能ではないが、それは当然力を消耗するし人を抱えて飛ぶのも難しく、場合によっては非戦闘員を巻き込みかねない。突入時に可能だったのはどうしても急がねばならぬ程緊急かつ竜術でルート上の非との不在を確認できたのとそもそも人の居ないルートの情報を得る事が出来るアレリドの知恵あってこそで。


 つまりこの状況では、機動力を発揮できるのは廊下の広さまでが殆ど限界だ。そして同時に何より仲間を守る事を放置出来る筈も無し。必然その二つが組み合わされば、狭い廊下故に守るべき相手を抱えて飛んで逃げる事も出来ず庇うしかなくなる。消耗戦を強いられているんだ……!



 それは、ルルヤも同じだ。


「【月影天盾イルゴラギチイド】、全開!」


 同時ルルヤと戦う相手も、同じ戦術を取っていた。


 『大人ペルーン』が雷を放つ! 『正義ルー』がその銃槍から閃光を発射! 『術師ケンジャ』が無数の魔法を複合させて発動! 『悪魔リディキュード』『傲慢ルシファー』『嫉妬リヴァイアサン』が魔術を発動! 『星々スタア』が超音波カッターを発振! 更に『嫉妬リヴァイアサン』よりも制御が効かない為予備兵力として後方に待機させられていたがルルヤ出現により『術師ケンジャ』によって《小転移》の魔法で召喚された『屍鮫モンスター』も腐食毒ガスブレスを放ち更に負傷した『栄光ヒーロー』もここぞとばかり嵩にかかってスーパーパワービームを発射!


 それら全て、避けようもなく狭い空間を埋めつくし壁を破って逃げれば仲間を見捨てる事になる〈布陣・王手飛車取〉! 『愚者クラウン』『剛力マッチョ』『戦車ガチタン』を前衛として放たれるそれは宛ら長篠の合戦の如し……!



「「……!!!!!!」」


 リアラも、ルルヤも、爆裂に飲み込まれ。


 轟音と閃光と爆裂が、遂に帝宮を突き破って外部まで達し、エクタシフォンの夜を揺るがすのをラトゥルハは見た。



 同時。ナアロ王国首都コロンビヤード・ワン。〈除虫屠竜デバッグ・ドラゴンスレイ〉作戦師令室。


 ……帝宮で繰り広げられている戦闘を嘲笑うような、混珠こんじゅ玩想郷チートピアの運命を決めようとする交渉が行われていた。


「何の用だ? 『情報マスコミ欲能チート』。『全能ゴッド欲能チート』からの伝言か?」

「いえいえ。そうではありません」


 『交雑クロスオーバー欲能チート』。の元に、『情報ロキ』の操る幻による人間としての姿の分身が出現していた。それに対し、牽制の一言に『交雑クロスオーバー』はいきなり強烈な一撃を込めた。ネットではなくマスコミ。お前が欲能チートの名前と効果の一部一部を偽っている事は承知の上だ、この局面、既にそこまで状況は動いている、単なる伝言で無い事は分かっている、その上で何を望む、と。


「……もっと大事な用件ですとも。個人的な交渉です。というよりは、勝利宣言ですね。〈長虫バグ〉の首は我々がもらいます。が、貴方のTR計画。あれには〈長虫バグ〉の絶望か死体が必要でしょう? ですからそれを売る代わりに、その代わりに私は貴方から買いたいものがある」


 それに対抗して『情報マスコミ』もまた知り得ぬ筈の事を口にした。『全能ゴッド欲能チート』即ち組織の首領の言葉より、自分の言葉こそが重要だと嘯きながら。TR計画。〈王国派〉が進めている、というよりは『交雑クロスオーバー』が〈王国派〉を使って進めている計画。それについて、貴方が私の欲能チートを知っている様に、私も貴方がご執心の計画について知っていると己の力をアピールした。


「ふん。何がほしい。詳細を言ってみろ」


 つっけんどんに、しかし発言を促す『交雑クロスオーバー』。それに『情報マスコミ』は、聞く者によっては正気を失う程の情報をぶっぱなした。


「私の真の名を知る以上、既にご存じでしょうに。……私の欲能チートの真の力、『この世を情報として認識しそれを捏造する』力を使えば、それを防ぐ力を持たない者を操る事が出来る。つまり、混珠こんじゅ人だけでなく欲能チートの効果がそれを防ぐことに使えないタイプの〈帝国派〉の欲能行使者チーターですら。『交雑クロスオーバー』、貴方は十弄卿テンアドミニスターに後から成り上がったが、その前から私の欲能チートが通じなかったし、部下にもその力を行使している。だから貴方の事はずっと警戒していた訳ですが、要するにぶっちゃけると彼ら自身は自覚してませんし普段は自由意思で行動してますが、私は〈帝国派〉の欲能行使者チーターほぼ全員と、十弄卿テンアドミニスターですら『正義ロウ』『大人ビッグブラザー』『悪嬢アボミネーション』を、いざとなれば何時でも意思を奪い操り人形に出来ます。私にはそれだけの力がある」


 〈帝国派〉は己が完全掌握していると。一般欲能行使者チーター十弄卿テンアドミニスターも全て己の思うが侭に出来ると。それはされる側からすれば寝耳に水どころではなく死刑宣告、否、お前達の自由意思は実際存在しないも同然なのだという死神の言葉に等しい。そしてリアラ、ルルヤ、〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉にとっても、とびきりの侮辱であった。お前達が苦戦しているのはその程度の走狗に過ぎない、と。


「それに加えて、直接操れませんが新参三人に比べれば『旗操フラグ』君は大分骨があります。この間『永遠エターナル』にしてやられましたが、あれは彼固有の本気を出せない都合によるものですから、まあ本気を出せば、貴方や永遠エターナル』に勝てるとは言いませんが、戦える戦力でしょう。ここまで言えば貴方にはお分かりでしょうが、別に直接洗脳せずとも幾らでも他者を誘導する手はありますから、私は彼を思い通りに動かす事も、本気を出させる事が出来ます。彼の運命も、どの道私の掌の上だ」


 そしてそれはある意味他の十弄卿テンアドミニスター何人分もの力を持っているに等しく、それ故自身たっぷりの様子で『情報マスコミ』は『交雑クロスオーバー』に交渉を持ちかけた。


「故に、それら戦力を背景に交渉します。貴方の目的、TR計画。。あれに〈長虫バグ〉、即ち真竜シュムシュの力を手に入れる事が必要なのは既に調べがついています。それに協力してほしいですよね? いいですよ? 私の願いを叶えるなら面倒な派閥争いを止め協力しましょう。何故なら、貴方は混珠こんじゅに興味は無い。地球帰還の手段を確保する為に混珠こんじゅを収奪しているだけだ。故に。出し殻になった混珠こんじゅで構いません。貴方の目的に協力して差し上げますので、混珠で欲しいものを貰えれば私は満足です。混珠の富と資源と戦力を、貴方に供給しましょう、真竜シュムシュの骸と合わせて。利得を求める訳ではありませんから。……どうです?」


 つまり私には力があり、即ち私の意見は通されるべきであると。玩想郷チートピアらしい交渉を『情報マスコミ』は持ちかけた。そしてそれに加えて如何にも『情報マスコミ』らしく、貴方についても知っているぞ、と、知っている、即ち、暴くにせよ妨害するにしても嫌な思いをさせる事が出来る力を持っているのだから従え、と。


 『交雑クロスオーバー』は無表情を保ち、『情報マスコミ』はその無表情の理由を読み取ろうとする。


「……ここまでの〈帝国派〉の動きはお前の黙認下にあったという事か? 派閥抗争において組織内の地位を確固たるものにする為に」

「いかにも」

「……成る程。利得でないなら、派閥の力を得た先に何を求める。新聞屋は売り上げを求め、TV屋は視聴率を、即ちその先にある広告収入を求めるものだろう」


 『情報マスコミ』の言葉を吟味する、僅かな沈黙。


 その後、『交雑クロスオーバー』は重ねて問う。『情報マスコミ』の動機を。


「私が欲しいものはたった一つですよ」


 ピンと指を立てる動作と共に、『情報マスコミ』はそれに答えた。


「正義与奪の権利。それだけです」

「正義与奪?」


 生殺与奪ではなく正義与奪という造語。その意味を『交雑クロスオーバー』は理解し答える。


「いいだろう。必要ならば混珠はくれてやる。但し、地球は渡さない。そして、必要ならば、だ」

「ええ。そりゃまあ。ちゃんと成果を提出しないと対価は請求できませんとも。取引成立ですね」


 それを『情報マスコミ』は是とし、そのやり取りで、多くの生命の運命が決定された。勝手に、一方的に、無慈悲に。それが玩想郷であった。


「尤も。取引材料を実際に整える事が、可能であればの話だが」


 付け加えるように『交雑クロスオーバー』は呟いた。全ては実際に真竜の首を取る事が出来ればの話だがな、と。『情報マスコミ』はそれを鼻で笑う。


「ま、多少の損耗はあるかもしれませんが、結果は代わりませんよ」

「そう願おうか。それと」

「何です?」

「何。〈首領派〉については、どうなのかと思ってな」

「……ああ、言うのを忘れてましたが。正義与奪、意味がお分かりであれば、伝わっているでしょう? 私が正義を、貴方が地球を貰うのであれば……」


 僅かの間の沈黙。そして『情報マスコミ』の分身の周囲にくねくねとうねる半透明の蛇がちらつき始めたのを『交雑クロスオーバー』の異能的な感覚は捉えていた。それは『情報マスコミ』の欲能が出力を上げた時の発露だ。


「……私は首領の動静・意向を報道してきましたが、取材する側とされる側は別に同盟者という訳ではありません。『永遠エターナル』が首領のお抱えであるのに対し、私はこちらから探り当て売り込んだ。……首領の死を報じる事にも興味はありますよ」


 それは、その発言を首領の目からごまかす為、か。


「わかった。ならば、もういい」

「はい。それではこれにて。次は真竜シュムシュの死体の引き渡し方法についてお話出来ればいいですねえ。それでは」


 テレビのスイッチを切った様に消える『情報マスコミ』。『交雑クロスオーバー』は虚空を睨んだ。


「成程、首領、『全能ゴッド』。今はまだ、か」


 見えざる〈首領派〉と駒を差し合い打ち合うように。それだけではなく。


「そして、真竜シュムシュ。どこまで耐えられるか」


 〈首領派〉に加え、真竜達の足掻きも読もうとするように。



「はっ、はっ、はっ……こっち、へ……!」「「はっ!!」」


 同時。後方に離脱した第四帝龍ロガーナン太子ルキンは、護衛する半魔侍女メイドを自ら誘導して避難の道筋を定め走っていた。太子として勝手知ったる帝宮の隠し通路を活用し、帝龍ロガーナンとして使える竜術【帝龍ロガーナンの角鬣】で戦闘音を聞き分けそれでも途中何度か筆頭大臣の手勢や宮廷騎士に囲まれそうになり、侍女達の力で強行突破しながら。


「ぜはっ、急が、ないと……やら、ないと……」


 帝龍ロガーナンの血を引くとはいえ全員が身体能力やそれを強化する竜術に秀でる訳ではない。何とか隠れ荒い息をつきルキンは消耗した体だがそれでも最優先で行うのはリアラに誓った竜術での情報伝達。発見持参したばかりの粗雑な書き付けを広げ、改めてその意を思考を通じ【宝珠】に刻む。


(古、愛と怒で竜は世界を変えり。統合と平和より古き竜の本質は表裏一体不可分の愛と怒、愛許さぬ世界への怒り即ち復讐、悪への応報を示す始源の法なり)


 読み上げる。僅かに触れ秘密と悟ったが、未だ全て把握した訳ではない内容を。


(悪とは何か。それは意識が織り成せし旧世界で精霊が相争った理由、そしてそれより更に古い拡散と分断と拒絶に抗った、この水の世界が生まれた根本の理なり。竜は旧世界を繋ぎ世界を生む愛の物語である。だが同時に、その力は旧世界の象徴。怒りと拒絶の力なり)


 それは歴史や真竜の口伝で語られる事柄より深みを語り始めた。


(故に竜は恐るべき〈真実〉と〈呪い〉を宿せり。即ち……)


 ルキンは読み進め、呻いた。震え慄いた。それは、理解する事が出来ないという恐怖だった。なのに本能的に分かった。これが、混珠こんじゅそのものの根源なのだと。

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