・第五十五話「糾弾対峙の転生者(7・終)」

・第五十五話「糾弾対峙の転生者リアラとゼレイル(7・終)」



 ZGDOOOOOOOOONNNN!!!!



 先の〈帝国派〉の一斉砲火に勝る、大轟音と直下型大地震より凄まじい激震が帝宮を揺らした。敢えて見出だした一瞬の隙に乗じて、リアラとルルヤが動いた。その轟音はルルヤの行動の結果であり、それに乗じてリアラが走る。文字通りすべてが激震する。それはまるで、その振動が時空までをも激しく掻き乱したここから先を断片的かつ時間軸的に前後した描写にしたが如く!



「なっ……!?」


 一瞬ルマに気をとられていた『旗操オシリス』は驚愕した。ここまで戦況を伺い続けてきた〈帝国派〉だからこそ音だけで分かる。間違い無く【世壊破メラジゴラガ】だ。だが有り得ない。あれは【真竜シュムシュの地脈】を前提とした専誓詠吟の筈。


「【陽の息吹よフォトンブレス】……!!」


 その隙を突きリアラが跳躍していた。【真竜シュムシュの翼鰭】の羽を広げて。跳躍から飛行への接続。天井ギリギリの三次元機動。その手には光。それは『増大インフレ欲能チート』と戦った時に分身と共にリアラが用いた光の剣を操る専誓詠吟。その……



「ハァァァァァAAAAGH!!」


 【世壊破メラジゴラガ】の大爆音より先、『正義ルー』が最初に知覚したのはルルヤの叫びだった。【真竜シュムシュの咆哮】の気配も乗っているが、人としての声の音色も保った武術の気合が籠った声だった。……即ち、その動きを認識する事は出来なかった。声が聞こえたのはその遥かに後。爆音が轟いたのは、それよりも更に後!



 ……リアラが用いた光の剣を操る専誓詠吟。その、変奏だ。


「HYOOOO!!」


 『和風パトリオット欲能チート』が歌舞伎の宙乗りめいて飛び上がった。架空の侍の中にはSFやファンタジーと入り混じり飛翔する者も数多いる。擬似取神行と成った事で、そういった存在の再現も可能になったのだ。再現可能な秘剣の種類は変化するが、空中戦もまた『和風パトリオット』の間合いだ。


(邪魔だ! けど、いただきっ!)


 禅だの先読みだのそういった力による超反応で『和風パトリオット』は『旗操オシリス』より先に動いた。だが位置関係上前に出た『旗操』を飛び越す必要があった所為で、リアラの方が僅かに先んじた。初太刀はリアラ。


 だが構わぬ。鍔競り合いの技や、後の先で勝つ柳生の合撃がっし、他更に様々な架空の要素を盛り合わせた『秘剣・一塞合殺いっさいがっさい』で打ち落とす。そこで最強の連続必殺技、『秘剣・一乃雲曜燕三段片手平法』で止めを刺す。『和風パトリオット』はそう確信していた。


 かつてルルヤが戦った『功夫カンフー欲能チート』は自ら会得した中国武術の上に欲能チートで架空の中国武術の技を取得し併用していた故に、架空の武術の使い方・架空と実在の武術の組み合わせ方に完全に習熟しきってなかった事が隙となった。『否定アンチ欲能チート』も剣術を実際に会得してそれに欲能チートを組み合わせていた。『和風パトリオット』はそれらと違い、その武は全て欲能によるものだ。憧れ、欲し、そのように殺す事を夢見た架空の武者達の技に身を委ね夢見るが侭に踊る。


 故に一切素人でありながら、その太刀は誤らず、その反射は精密で、その感覚は敵の攻撃に反応する、侍と武者の物語の通りに。


 逆に言えば『和風パトリオット』は欲能チートによる刀術やそれに付随する戦技そのものは極めて迷い無く協力かつ最適な太刀筋を誇るが、自我そのものは唯の人間であり、そしてその振るう技は彼が知る武者の物語のそれ以外の要素は無い。複数を束ね一つの奥義にする事は出来ても、隠密剣士や忍の技を使う事も出来ても。


 扱う武器はあくまで刀。光剣ライトサーベルを使う星戦騎士スターウォーナイトでも機械兵士ガンエースでもない。そしてその理解と判断が出来るかどうかは、『和風パトリオット欲能チート』を持つ本人次第だったのだ。



「馬鹿な、我らは法即ち正義、法に則って動く限り我らの力は数倍に……!?」

「正義は正義、法は法だ! 馬鹿は、貴様だったな!」


 認識が追い付いた『正義ルー』が見たのは、悲鳴をあげるどころか事態を認識する暇すらあったかどうか、吹き荒ぶ超重力とルルヤの突進が掠めただけで、まるで大いなる魔神を怒らせた如く木っ端微塵と成り果てた『悪魔リディキュード』『術師ケンジャ』『愚者クラウン』『星々スタア』のバラバラ死体が舞い上がる光景!


 そして恐ろしくも猛々しく己が至近距離まで飛び込んだ、その黄金のビキニアーマーをこれまでの炎の如く揺らぐそれと違う揺るぎ無き漆黒の光と言うべき密度の濃い【息吹】で黄金と漆黒の二色に染めた魔神より凄まじいルルヤの姿!


 そは紛れもなく【世壊破メラジゴラガ】、今のルルヤに不可能な筈の取神行ヘーロースをも滅ぼす力!


「ああああああっ!?」


 『正義ルー』の疑問に『大人ペルーン』が気づき叫んだ。猛るルルヤのその背後、瀕死で倒れ伏していた当代帝龍ロガーナンギサガが、后スロレが最後の息を絞り出して懐から取り出した紙に「現宮廷騎士団長並びに筆頭大臣へ帝龍ロガーナンの名において馘首を宣告す」と記し神器たる王神アトラマテルの印璽指輪で押印した書類を掲げ、そして崩れ落ちた。本来明確な法で運営される連合帝国でそれが実効性を有すかは際どく、それで『正義ルー』『大人ペルーン』が弱体化するかは分からなかった。だがそれでも帝龍ロガーナンに迂闊に動かれると面倒だと判断したからこそ、『情報ロキ』が洗脳能力を大っぴらにひけらかすのを用心し避けていた〈帝国派〉が病を与え毒を盛っていたのであり、それにギサガは命を懸けた。それが実際に作用したのか検証は出来なかったが、この局面で『正義ルー』と『大人ペルーン』は覿面に動揺した。それだけでも十分だった



 リアラの光剣と『和風パトリオット』の刀が、例え光剣であろうと刀でないなら切り払い切り裂けると、そのまま鍔迫り合いと合撃を基盤とした『秘剣・一塞合殺いっさいがっさい』を使おうとする『和風パトリオット』の意思でぶつかり合おうとして。


 ふっと、地球でLED照明に淘汰された蛍光灯や白熱電球が切れかけた時の様に、光剣が一瞬瞬いて消えた。正に太刀打ち鍔競り合うその一瞬に。


 ほんの一瞬。二振りがぶつかり合う直前に消え、直後に復帰。それにより光剣は、当たる前に消え、空振りの直後に現れる事で受け太刀をすり抜けた。空振りへの驚愕に『和風パトリオット』は目を見開く暇しか無かった。


(見切った、通り)


 リアラもまた物語を愛する者だ。武者の、侍の物語にも心をときめかせた。だからこそ知っている。その技も、理解している。だから、隙を突けた。


 自分を今も導く物語の力と、物語と違い小細工に頼り過ぎる己の性根への自嘲を噛み締めながらリアラは刃を振り抜く。


 受ける心算だった太刀の軌道であればそれがリアラの肌に届くより、最初からこうなることを想定して振るっていたリアラの光剣の方が遥かに早く『和風パトリオット』に届く。


「【聖剣となれカリバー】!」


 同時。光剣に最大出力の魔法力をリアラは込めた。【真竜シュムシュの地脈】無くば不可能な程の威力を。



「ぎゃばああああああっ!? 何故だ何故だ何ぁああ故えええええっ!?」


 何故【世壊破メラジゴラガ】を使えたのか。即ち、何故【真竜シュムシュの地脈】が機能したのか。


 ラトゥルハがしようし続けている【真竜シュムシュの地脈】をルルヤ達も同時に使用すれば周囲の生命に危険な程の負担をかけてしまう可能性があるのをどうやって避けたのか。


「知恵と、絆だ!」


 理解不能の疑問と苦痛と絶命への恐怖に何故だと絶叫する『正義ルー』の胸部に鉄拳を肘まで通れと打ち込み敵の巨体を壁へ打ち付け砕き壁へ打ち付け砕き突貫、気力体力の限りを尽くし両手での【二重世壊破ダブルメラジゴラガ】を打ち込み、端的にルルヤは叫んだ。


(やはりこいつらは過去の敵に及ばない! 厄介なのは数だ! 纏めて仕留めれば、道は開ける!)


 ここまででリアラが見切った。新たな十弄卿テンアドミニスター達、『大人ペルーン』『正義ルー』『悪嬢キュベレー』〔そして『悪嬢キュベレー』の力の一部でもある『和風パトリオット』〕は、一人一人は過去最初に戦った十弄卿である『惨劇グランギニョル欲能チート』や『経済キャピタル欲能チート』より弱い。


 派閥の力で後から下駄を履かせて貰う様にして押し上げられて十弄卿テンアドミニスターになったのだ、ある意味必然だ。そして『情報ロキ』も陰謀に特化している為か単純なエネルギー量から類推される直接的な戦闘力は劣化した出涸らし出来星共と大差無し。


 『旗操オシリス』もそんな『情報ロキ』とそう変わらないのは位階に比して不自然ではあったが、いずれにせよ直接退治で戦力を分析し、戦いの術策は決まった



 その為の手段が、今日のこの様な窮地がいずれ訪れる事を警戒し、日々復讐の戦いの為の術策を考え続け無駄になる物が大半である事を覚悟しながらもリアラが打ち続けていた無数の布石の一つ。


 そして、それに答えてくれた皆の力だ。


 過去、ケリトナ・スピオコス連峰で、辺境諸国で、鉱易砂海で、諸島海で。過去に助けた国や地方に、その土地に蓄積された玩想郷チートピアの悪行を恨む支社の霊や破壊された自然の精霊の魔法地からを使って戦っていた。それらは使用により昇華されたが、その戦い、その勝利が、そこで生きる人々との縁を築いた。


 その縁から、この場に居ない人々からも少しづつ力を借りる準備を、ある時は土地から旅立つ時に、ある時は同盟者の連絡を通じて、ある時は使節同士の会合で。連絡を通じ、護符を配り、魔法力を転送するネットワークを整えたのだ。


 それはあくまでエクタシフォンの外から供給される力。故にエクタシフォンから力を簒奪するラトゥルハの【地脈】と効果範囲が重なることは無く、エクタシフォンの民を傷つける心配はない!


 だが、荒らされた地の精霊の怒り、死者の無念、虐げられし生者の嘆き、共に戦う者達の勝利への祈りの全てから魔法力を得る普段の【地脈】に比べ集まる力は広くとも浅く効果は大幅に劣る。取神行ヘーロースを必殺する程の威力は、打てて二、三発か。


 しかしそれでも、孤立無援ではない。心強い絆の力だ。その力をフル活用し多数の敵を最大限抹殺すべくここまで耐え、敵の集結を誘い、限られた回数の攻撃に纏めて巻き込む事で殲滅せんとしたのだ。その為にここまで血涙食い縛って耐えたのだ!


「【二重ダブルメラジゴラガあああああああああああ!】」



 大爆音が轟く中、名無ナナシは走った。操られ、その操る力がそれどころではなくなって消え失せ、驚愕に目を見開いて叫ぶ『剛力マッチョ』。その両目に一本づつ魔法付与短剣を投擲。その口に新装備の魔法槍を突き入れ、抹殺。逆転の機会を信じて動くのを待っていたが故の、耐え抜くタフな傭兵の力だ。


 同時、『戦車ガチタン』の足元に煌びやかな布帯が絡んだ。抜け目無いルアエザの一手。その足を引っ張り、縺れさせ、反射的に突進したルルヤを迎撃しようとブレスを吐いた〔が、ルルヤが速すぎた為、実際に発射されたのはルルヤが通過してからだった〕『屍鮫モンスター』目掛けて『戦車ガチタン』を倒れ込ませたのだ。単に硬く力強いだけの相手に負けぬよう鍛えぬいた舞闘の技で。硬度を強化した肉体も、毒を吸っては悶絶するしかない。それによって欲能行使が乱れた『戦車ガチタン』と『屍鮫モンスター』を、諸共今度こそ纏めて殺す舞闘歌娼撃団全員の魔法猛射!


 さらに『嫉妬レヴィアタン』の首が飛んだ。この大混乱の中では嫉妬に精神を燃やす余裕は無く、無限の力も無い。その隙を突く、沈着冷静に容赦なく、しかしどこか慈悲を込めた表情の、ユカハに支援を受けたフェリアーラの一太刀だ。既に『嫉妬レヴィアタン』は対話不能の存在と成り果てた。それは確かに強いがそれだけの存在だ。進歩も無ければ向上も変化も無い。故に、攻略法を見切られれば倒されるだけだ。


 全ては一瞬、しかし耐えに耐え抜いた末の一瞬の研ぎ澄まされた激闘だった。



「ぐあああああっ!?」


 『和風パトリオット』の体に出力を増した陽の【息吹】の剣が切り込み、突き刺さり、貫く。


「前にも言った、言いたい事はわかる! 暴力の必要を復讐で殺す僕が否定できるもんか! けどあえて言う! 相手の誇りを重んじない奴の誇りを誰が重んじる! それが武士道の理由で、それを弁えなきゃ、ただの獣だ! 何で誇るに値するか!」


「が、はっ……」「な、あれは……」「馬鹿なっ!」「くそっ!?」


 リアラが『和風パトリオット』の矛盾を喝破し叫ぶ。『旗操オシリス』と『情報ロキ』は明らかに【真竜の地脈】を使ったとしか思えぬリアラの攻撃に驚愕した。一瞬早く『旗操オシリス』は攻撃を試みるが、『和風パトリオット』の懐深く飛び込んだリアラを相手に巻き添えを一瞬躊躇い。


「【終わりをエンド】、」「しまっ……!?」なっ!?」


 そしてリアラの一撃は『和風パトリオット』を討つだけではなかった。大きく切り込んだ刃が貫いた『和風パトリオット』の体越しにその後方、『旗操オシリス』と『情報ロキ』へ切っ先を向ける! 『和風パトリオット』に向けた引導すら真に心からの発言とはいえその恐るべき全力貫通殺意図を隠すフェイントを兼ねていたのだ! 何たるリアラは姑息と自嘲するが戦に適応した二重三重の戦闘的思考か!


「【齎せぇえええええっブラストオオオオッ!!!】」


 そして光の奔流が解き放たれる!



「ギデドス!?」「エノニール!」


 逃げたと思い込んだ怒りで襲いかかった『悪嬢キュベレー』エノニールはギデドスが反転し構えた刃に不意を突かれた。


 その欲能チート自体本来白兵戦向きではなく、本人も戦闘を得手としている訳ではない。陰謀者として隠れ潜み、十弄卿テンアドミニスターとしても取神行を用いて直接戦闘する事はあまり無かった筈だ。


 ギデドスは果たして、その刃に如何なる思いを込めていたのか。



 轟音と閃光。


ルルヤの【世壊破メラジゴラガ】とリアラの【陽の息吹よ聖剣となれ、終わりを齎せフォトンブレス・カリバー・エンド・ブラスト】が、帝宮内で連続する激震の終焉を齎した。これまでのように内側から城壁に穴が空くだけでは済まず、帝宮天井の大半を吹き飛ばしたのだ。


「っ、はぁ、はぁっ……!」


 金色のビキニアーマーを金と黒の二色に染め替えていた月の【息吹】が尽きるように消え失せ、白い肌と金の鎧に戻ったルルヤが、息をつく。


「~~~~ッ……!!」


 砕け散った壁の向こう、『和風パトリオット』の骸を最大出力で極太レーザーに変えた光剣による後方への追加攻撃の余波で粉々に吹き飛ばし蒸発させたリアラが、羽を畳み降下するのが見えた。突貫の結果、帝宮をぶち抜きリアラの所まで突っ込んでいたのだ。


 一瞬己が発した光の余りの凄まじさに黒鉄のビキニアーマーの表面を黄金に輝かせていたリアラもまた着地して息を吐いた。


「っ!?」


 そして、ルルヤは血反吐を吐いた。


 リアラは二重の衝撃に息を呑んだ。


 それは一瞬だったが、罠を張る〈帝国派〉、突破を狙う〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉、双方出来うる限りの手を尽くした戦いだった。互いに全力を尽くし、相手の思惑を上回らんとした。


 その結果。互いが互いの意図を上回り、双方共に予想外の事態を出来したのだ。



 異形の顔に倒されるとは思ってもいなかった何故だという驚愕の表情を浮かべ、首から下を消し飛ばされて『正義ルー』は絶命していた。


「仕留めきれなかった、か……! まさかな、ここまで醜悪な内実とは……!」


 十弄卿テンアドミニスターを一人打倒したと言えたが、戦果は不十分だったとルルヤが血反吐を食い縛って呻いた。『正義ルー』と『大人ペルーン』を同時に仕留めねば殺しきれなくなる恐れがあり、それを試みた。その為の【二重世壊破ダブルメラジゴラガ】。


 だが、しくじった。ルルヤの二つの拳の片方は『正義ルー』に直撃した。しかし信じられない事に、もう一つの拳を『正義ルー』が己の防御を放棄してまで『大人ペルーン』を庇い二発の【世壊破メラジゴラガ】を両方受けたのだ。欲望を叶える為結び付き派閥を作っても、本質的には己の欲望が第一であり他人の為に命を捨てる事等無い十弄卿テンアドミニスターにあり得なかった行為が、ルルヤの想定と攻撃を上回った。


 何故そんな事が。その答えが、『正義ルー』に庇われながらまるで同じ歯車に繋がって動く仕掛け時計の人形が如き不気味な無表情無言の連動で、庇った『正義ルー』の腕と肩を肩を尚ぶち抜いたルルヤの拳でその体の四分の一程を消し飛ばされながらも、苦痛を感じぬ機械的刺し違えクロスカウンターを繰り出した『大人ペルーン』だ。物質化した戯画的な雷のようなギザギザの触腕が、先の戦いで『反逆アンチヒーロー』ラトゥルハのパイルバンカーに貫かれた脇腹を再び抉っていた。


 操られたのだ。こいつらは。より強かで邪悪な者の捨て駒、罠だったのだ。ルルヤは、この局面でそのおぞましさを悟らざるを得なかった。



 しかしそれは、その罠を繰り出した側にとっても、必ずしも予定通りの結果ではなかった。その邪悪な欲望は、本来もっと図々しく都合のよい完全勝利を望んでいた。それは叶わなかったが……しかし尚天罰はその者に訪れぬ。どころか、その場には、更なる醜悪があった。


「ゲスがっ……」

「おのれおのれおのれおのれ……おのれぇえ! よくも私の手札を! こんなに! 減らさせてくれましたね!」


 ギデドスの呻き声を掻き消す様に激昂の叫びをあげる『情報ロキ』は、リアラの攻撃から生き延びる為に使った盾を放り捨てた。


 人形の様にそれは放り捨てられた。ギデドスと対峙した状況からまるで操り糸に引きずられる人形の様に動かされ『情報ロキ』の盾にされた『悪嬢キュベレー』。本来リアラからすれば己の脇を抜けギデドスに向かっていた為攻撃可能な範囲の外で、『和風パトリオット』を倒した後『情報ロキ』と『旗操オシリス』にもダメージを与えられればという攻撃で、する側にとってもされる側にとっても完全に意図の外。『悪嬢キュベレー』の瀕死のその顔は、自分が操り人形でしかなかった事実を唐突に突きつけられ愕然とした絶望の表情だった。


(あれは……)


 リアラは見た。『正義ルー』の残骸、捨てられた『悪嬢キュベレー』、木偶と化した『大人ペルーン』には『情報』の本質的な力の幻像。半透明の蛇が毒牙を打ち込んで操り糸になっていた。それはリアラにとって見覚えがあった。かつて『美食グルメ欲能チート』を操って自分達にけしかけた欲能チート。全て、全て『情報ロキ』の企みだったのだ。


 だがそれを糾弾する余裕は、リアラには無かった。



 この惨状は、ルルヤとリアラの攻撃意図からすれば、最大多数を巻き込むためのタイミングを必死に図って放った必殺技を、少数者を肉盾とする事で損害を最小限に止められた危機だった。


 だが『情報ロキ』からすればそもそも勝った心算の状況からここまで手駒を奪われるとは思わなかった。狼に変じた顔を凄まじい恥辱の憎悪に歪めていた、『情報ロキ』にとっても本意の状況ではなかった。そうであるにも関わらず、尚。


「ですが……!」


 その恥辱の憤怒を噛み潰して、尚、『情報ロキ』は嗤った。リアラをしてその醜悪を糾弾する事も叶わない、邪悪な陰謀が成就していた。思惑を上回られ、予想外の損害を受けた。だがルルヤにカウンターを入れる事は出来たし敵の切り札を凌いだ、そして、ある一つの目論見は通った、と。


 それは、恐ろしく醜悪な生贄の儀式だった。



「あ、あ……」


 リアラの心が、ルルヤがダメージを受けた衝撃に加え、それとはまた別の衝撃に打たれる程の。それはリアラにとっても、そして『旗操オシリス』にとっても想定外だった。リアラが〔勿論ルルヤも〕帝宮を破壊しうる専誓詠吟を放つに当たり、先の壁を破っての突撃が状況を整えるのに困難を極めたように人を巻き込まぬようその感知能力を全開に使っていた。突入時と違い既に戦闘が発生し非戦闘員は避難しつつあった事から、事実、巻き込んだ一般人は居なかった。


 一方『旗操オシリス』は、〈長虫バグ〉に殺される事の無いようにと自分の女達パーティメンバーを必死に隠していた。その欲能の大半を敵に可能な限り見つからず遭遇しないように運命を歪める方向に全開に用いていた。だが、リアラの想定外の一撃に、その力の一部を自分を守る為に使わざるを得なかった。一瞬、運命を操り続けていたその欲能が乱れた。それが齎したのは。



「あ、あああ。あああ、ああああああ」


 『旗操オシリス』はよろよろと数歩程歩いて、膝から崩れ落ちた。リアラの攻撃が貫いた壁の向こうを見て、獣の吠えるように喘ぎ、嘆いた。


 その先を、リアラも見た。【真竜シュムシュの眼光】の鋭敏な視力が、それを見逃す事を許さなかった。


 ……そこで死んでいる、帝宮の奥部における周知されていない秘密の避難所に隠れさせていた、『旗操オシリス』の愛する女達の一人、『同化ドラッグダウン欲能チート』テルーメア・イーレリットスの死体を。死体に取りすがり泣いて絶叫する、もう一人の『旗操オシリス』の仲間、『常識プレッシャー欲能チート』ミアスラ・ポースキーズの姿を。



 リアラ達からすれば、彼女達もまた新天地玩想郷の構成員である以上、厳密に言えば本来は敵だ。だが、半ばしか組織について知らぬというその状況を知っていれば、リアラはどう考えただろうか。それを今リアラは知らぬとはいえ、その体から咄嗟に生き残ろうと・助けようと行使したが竜術の力の凄まじさと城壁を貫いての流れ弾という奇襲性の高さ故に無為に終わった欲能の気配が立ち上っていたのを【眼光】で知覚したとはいえ、少女二人の表情は余りにも普通の冒険者のそれで。何より完全に予想すらしていない意図する暇も無い出来事で。ギデドスとの会話から、本来攻撃対象だったが今はまだ僅か巻き込む事を躊躇い攻撃範囲から出たが故にギデドスに任せた『悪嬢キュベレー』が盾にされた事も衝撃的だが、それよりも尚。


 そして『旗操オシリス』ゼレイルはリアラを見た。狗頭でありながらも人間の目で。血涙を流し悲しみと怒りと憎しみに燃える復讐者の瞳で。



(あの声。嗚呼、嗚呼、あの声、あの、目……!!)


 リアラに、否応もなく己の過去を、ハウラを、ソティアを、己が失った全てを、それ故に復讐者となった己の忘れた事の無い過去の苦痛を抉り貫き、その上で己が行いの一側面を突きつける光景が広がっていた。


 リアラ・ソアフ・シュム・パロンとゼレイル・ファーコーンが。


 かつて地球人の神永かみなが 正透まさとだった者とかつて地球人の斉賀さいが 和人かずとであった者が。


 復讐者と、復讐者に対する復讐者が、向かい合った。

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