・第五十七話「この美しくも醜い世界(前編)」

・第五十七話「この美しくも醜い世界(前編)」



「うヴ嗚呼アアアアアアアアアアッ!!!!」


 猛烈な爆裂する嵐にリアラは天高く弾き飛ばされ吹き上げられた。これ程の攻撃は『増大インフレ欲能チート』に逆に海に叩きつけられた時以来、それに次ぐ威力だ。


「っ!? (僕、は)」


 リアラは一瞬トびかけた意識を立て直す。立て直した。改めて認識した。


 自分は『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーンの大切な人を殺したのだと。彼の復讐の対象になったのだと。


 響き渡る凄まじい咆哮は、正にゼレイルが変じた取神行『細工天秤・自在冥法アンフェア・オシリス』の絶叫だ。死者の悪行に怒り裁きを下しその魂を粉砕せんとする冥王の怒号だ。


 そしてリアラは見た。狗頭と繋がる黒い全身の体毛を炎のように燃え上がらせ、両目と体に走る緑のラインを霊的な発光にぎらつかせ、全身の筋肉をパンプアップする事でそれらと合わせ一回り巨大になったが如き凄まじい姿となった『旗操オシリス』が、その背中から古代エジプト壁画めいた、オシリスの息子ホルスや妻イシスのそれのそれを思わせる猛禽めいた翼を生やし砂嵐を噴射して飛翔し迫りくるのを。


 吹き飛ばされ砕けた部分を先程まで使えていた【真竜シュムシュの地脈】による魔法力補給により効果を増していた【真竜シュムシュの血潮】の自動回復効果でぎりぎり死を免れる程度に踏みとどまった自分の体に振り下ろされる攻撃を。



「案の定、予想以上の被害が出たようじゃないか」

「否定はしませんよ。ええ」


 く、く、と、『交雑クロスオーバー欲能チート』は戦場から遥かに離れた己の拠点で皮肉げに笑って見せた。それだけで、消したテレビをつけたように『情報マスコミ欲能チート』の幻影がいちいち言い返しに再度現れ、一瞬憮然とした表情を浮かべた。


「ですが相手の切り札を消耗させた事も包囲網に追い詰めたのも事実。そして」


 『交雑クロスオーバー』は機器を使い沿革から戦況を観測していた。すなわち、『情報マスコミ』の言う通り通常に倍する力を発揮して戦う『旗操オシリス』の姿を。


「狙い通り、取っておいても〈長虫バグ〉相手には何の役にも立たないカス札一枚を使用するだけで『旗操フラグ』君の全力を発揮する事も出来ました……説明しましょう、彼の『運命を操る』欲能は、普段、その半分が自動展開されています。彼が身内と見なした相手を守る為に。偶然にもその周囲に的が近づかないように。脅威が訪れない様に。通常の彼の戦闘能力は常に全力の半分なのです」


 そして『情報マスコミ』は既に普段の調子を取り戻し、くつくつと笑いながら説明した。彼の言う『旗操オシリス』の真の力を引き出す方法を。


「健気なものでしょう? それを秘密にする為だけに殺しを楽しむ風を装い、多くの人間を唯ひょっとしたらいるかもしれない仲間に関する本音を探ろうとする相手への目眩ましとして殺していたのです。なんと人間的で残忍でいじましい健気さでしょう!」


 皮肉120%で『旗操フラグ』の秘密を『情報マスコミ』は暴露する。『情報マスコミ』が結局それを他愛もなく知っていた事自体によって、さらにその殺戮の無意味さを強調しながら。


「彼は臆病で保身第一の小市民好青年です。それが彼にとっての枷になっている。唯でさえ仲間を守る為に力の半分を割いているのです。その必要が無くなるだけで力は倍同然。そしてそこにさらに復讐心を上乗せし、復讐者が復讐されるという因果応報と暴力の螺旋を〈長虫バグ〉達に叩きつける事が出来るようになったら? ……誘導するしかないでしょう、この状況に。言葉で、欲能チートで。色々とさり気無く生贄となるべき彼女達に裏で干渉させて貰いました。ゼレイル君の『旗操フラグ』は万能の欲能ですが、情報を扱うのは私の本領ですからね。得意分野ならば、負ける事はありませんので」


 とびきり残虐な宣言をする。躊躇なく、敵も味方の振りをしていた道具も纏めて地獄に落とす。


 頬を歪め、口許を吊り上げ、裂けたような笑いを『情報マスコミ』は浮かべた。


「とびきりの番組、とびきりの記事です! 綺麗な花火ですよ! この海棠かいどう 文丸ふみまるの最新エンターティメント! とくとご覧あれ! はははははははははは!」


 地球での己が名を宣言する程この悪辣を愉悦し、『情報マスコミ』は呵々大笑した。


 真竜シュムシュも、それと戦う者達も、その闘いもその思いも、復讐と復讐の激突も、リアラとルルヤのこれまでの戦いも、等しく全て己が掌の上、思い通りの玩具に過ぎぬものに堕としたのだと。それは、途方もない邪悪であった。



「KIIIEEEEEEAAAAAAA!!」


 夜明けに向かうが未だに夜明けに遠い夜空、『旗操オシリス』が絶叫した。『情報マスコミ』がでっちあげた罠の戦場に過ぎなくても、その叫びは正に血を吐くが如き人間的な憎しみと悲しみの果てに獣の叫びか金属の軋みかと言う様な非人間的なまでのすさまじさに至った絶叫だった。彼にとって二振りのコピシュはあくまで武器としてはおまけに過ぎない。その真の力は欲能チートの応用、確率操作能力による世界への干渉だ!


 QGOOOOO!


 叫びと共に唐突に町中で砂嵐が巻き起こった。突然その場で砂嵐が発生する確率等本来零に等しい。だが完全に零で無いのなら起こしうる、それが『旗操オシリス』の力だった。理論的には殆どあらゆる事象を確率変動により起こしうる、起こすのに必要な力の効率を除けば、殆ど全能に近い万能の力だ!


「KIIIII!」「SYCKOOO!」「GAAAA!」


 更にその叫びに呼応して、地中から、空中から、一体何処からやってきたのか、一体いつから移動してきていたのか、因果律を無視するように無数の亜獣魔獣が現れ、偶然にもという名目でその行動を操られ全頭が飢えて怒り狂い、全頭が攻撃対象をリアラに選んで襲いかかる! さながら『旗操オシリス』の、ゼレイル・ファーコーンの怒りと恨みが乗り移ったが如く、否、正にその怒りと恨みそのままに!


「【PKSYLLLLLL】!!」


 リアラも【真竜シュムシュの咆哮】で対抗した。亜獣達が真竜の迫力に我に返って怯み、逃げようとするが。


「ふんっ!!」


 そこに『旗操オシリス』が切り込む。恨みで命を踏み散らかしながら。両手のコピシュを振り回し、亜獣魔獣を後ろから襲いきり刻む。欲能チートを使いながら。するとどうだ! 悲鳴を上げて絶命し弾け飛んだ亜獣の爪牙と毒液が全てリアラの方に呪詛の乗った投石めいた散弾となって飛び、魔獣が発動させようとしていた魔術がその爪牙諸共やはり散弾となってリアラへ飛ぶ!


「死ね!堕ちろ雷! 唐突に! 偶然に! 運の悪い奴に!」


 更に追撃。『旗操オシリス』が叫ぶだけで雲が沸き起こりそこから雷が落ち、リアラに襲いかかる! それだけではない。更に更に『旗操オシリス』は叫んだ。熾烈に苛烈に、不幸にも死んだ己の愛する人と同じ様な目に遭え、因果応報を受けろという呪詛の籠った絶叫!


「死ね!堕ちろ隕石! 脈絡もなく! 偶然に! 運の悪い奴だけに! 運悪く死んだ苦しみ痛みと絶望と死を!! 思い知らせろぉぉぉっ!!!」


 絶対に発生し得ない事で無ければ全てを絞り尽くす勢いで暴れ狂う今の『旗操オシリス』は起こしうる。全能に近い領域にリスクの躊躇い無く飛び込む。【真竜シュムシュの鱗棘】の防御がなければ怒る『旗操オシリス』に睨まれた瞬間、死の翼に触れたが如く、脳の血管はズタズタに千切れ、心臓は完全に停止していただろう! 同じ十弄卿テンアドミニスターでも防御法術に長けていた『神仰クルセイド』ならば兎も角、あの『増大インフレ』とて毎秒心臓と頭脳を破壊し続けられてはリアラが殺した時と同じ有り様となって果てたであろう、それほどの力だった!


「くっ……!」


 雷による攻撃には、リアラは咄嗟に対処していた。陽の【息吹】で大気を焼きイオンを発生させ、【真竜シュムシュの骨幹】で避雷針を発生させ雷をそらし大地に逃がす事によって。だが、続く隕石までは逃げ切れない!


「ぁあっ…………!!??」


 ZDOOOOOOONNNN!!!!


 その攻撃に込められた苛烈な怒りと憎しみと恨みに、苦しむ心の声を零す暇すら無し。帝都の夜空を揺るがして、ツングースカめいた大爆発の花が散る!



「リアラ……! おのれぇっ!!」

「ひひっ! 私の描いた筋書きで踊るしかない分際で、生意気な邪魔を! 貴女のお陰で『悪嬢アボミネーション』を操ってギデドスを刺す事が出来なかったじゃないですか! 一つは太子の身柄を手にしておきたかったのですが!」

「貴ッ様ァアアアアアアアッ!!させるか! そんな事までっ!!」


 『旗操オシリス』が物凄い勢いでリアラに飛びかかった事と『情報ロキ』が操る『大人ペルーン』と絡み合った状態だった事もあって、再び分断を強いられるルルヤ。北欧神話でロキ神が使った鷹の羽衣タルンカッペの再現か、天井が吹き飛んだのをこれ幸いと、羽を生やして飛び逃げんとする『情報ロキ』。『大人ペルーン』を振りほどいたルルヤはリアラの救援と捨て置いてはどう考えても戦場を毒の罠と化すだろう『情報ロキ』の対処どちらを優先するか迷いながらも、一瞬の閃きと直感で『情報ロキ』への攻撃を選択した。


 実際、罠は閉じた、全員逃がさないと嘲笑う『情報ロキ』の言葉は巧みな時間稼ぎの罠、臆せずルルヤが襲いかからなければ、あと一瞬余裕があればその邪悪な欲能チート行使を許していただろう。


 しかし、その阻止はできたが攻撃は『情報ロキ』に届かない。今やその操り人形と化した『大人ペルーン』が、全身の雷を威圧的に鳴らし盾となって立ちはだかるのだ。恐れることもなく、たとえ雷であろうが無効無敵の類いの力を打ち消せるが故に殴る斬るでダメージを与えることが出来るルルヤとて、通電によるダメージは逃れられぬ。


「貴様の首も! よく喋る舌も! 奴隷も! 貴様の手には残さんっ! 私達を見下すのもそこまでだ! 必ず思い知らせてやる!」


 VOZ! VON! VOZ! ZON!


 だがそれならばとルルヤは【息吹】の連打を見舞い、『大人ペルーン』の体たる雷の塊を猛然と削って削って削りまくる! 『情報ロキ』に爪牙を届かせんと抗い続ける! 全てを己の言葉の思うがままと、見下し悦に入るこの陰謀者を、許しては置けぬとルルヤは抗う!


「O……O……!?」

「辿り着けますかァ? ここまで! それには随分私が遠いようですねぇ!」


 それでも尚攻撃が届かぬ。『情報ロキ』はあくまで戦いに応じず傍観者たらんとし続ける。悶絶しながらも『情報ロキ』に操られ不定形故に変形し盾となり続ける『大人ペルーン』が機動力を以てしても抜けず邪魔だ! その影で醜悪にほくそ笑む『情報ロキ』、同時に操られし『大人ペルーン』が反撃の雷を放つ!


「OOOO! GAKIGAAAAAA!」


 だが本来その戦闘力を強化する『自分の方が社会的に上位である』という自己認識がぶれたせいか、ルルヤは身を翻し雷は無人の残骸と化した帝宮の尖塔残骸に避雷針めいてぶち当たるばかり。


「温いっ! そっちこそ、その程度の力で私の命に届くものか! 邪魔だっ!」


 空中戦となった事で自由度は増した、リアラの元に駆けつけたい。『旗操オシリス』は危険だ。だが『情報ロキ』も捨て置けぬ。自由の筈の空で厭らしい『情報ロキ』の陰謀の網に行動を制限される焦燥と苦痛を感じながら威嚇を叫ぶルルヤ。隙を伺う。相手がこれで防御か攻撃のどちらかに挑発に乗って動くならその隙を突けると考えるが……



 それに対して『情報マスコミ』は、ルルヤと相対する取神行ヘーロースとしての肉体と、『交雑クロスオーバー』に相対する幻像ヴィジョン、同時に笑みを浮かべて二重に発言した。


「「足りない戦力は、駆り立てればいいのですよ」」


 邪悪な笑みを『情報ロキ』は浮かべると、『交雑クロスオーバー』に相対する『情報マスコミ』の幻像の方は、手品のような手真似をした。すると幻である『情報マスコミ』の掌の上に、更に小さな幻が生まれる。


「借りるのと違って勝手に動いてくれるなら、許可も要りませんでしょう?」


 それは『悪嬢アボミネーション欲能チート』エノニール・マイエ・ビーボモイータの、でっちあげられた声と姿だ。幻像ヴィジョンとして一から作ったものか、睡眠時等の無防備な時に操って演技させたものか。


 自分が死んだ時を条件に発動する魔法で送付される《作音》《作画》による、仇を取ってほしいというメッセージ。この為に『情報マスコミ』はわざと先の顛末第五十五話の部分を遠い宮殿の外に対し粉塵で封じ報道しない自由を行使していた。


「女性同士の麗しい友情。仇討の為に派閥を越えて義勇軍が参戦する。麗しい話じゃありませんか。ああ、『反逆アンチヒーロー』を洗脳して操ってはいませんよ? そんな事は不可能なのは貴方が何よりご理解しておられる筈。これは自発的な協力です。故に貸し借りは存在せず、〈帝国派〉は〈王国派〉に力を借りておらず、この戦いの戦果はあくまで〈帝国派〉のもの、という訳です」


 洗脳して操るのではなく、完全に口先三寸で言いくるめたのだ。恐らく、嘘もついてはおるまい。単に事実の一部を伝え、一部を省いただけだろう。


「姑息な。だが、そういう地球流の汚濁こそ、あるいは真竜シュムシュを最も効率よく堕とすのかもしれん。……やってみろ」


 物憂げさと頭痛を堪えるような苛立たしさを織り混ぜた口調と表情で『交雑クロスオーバー』は『情報マスコミ』の幻像ヴィジョンに、その行動を追認した。



 そして、あらぶるはがねのりゅうがたたかいにくわわった。



 VAGBOOOOOOOMMNN!!!!


「【月影天盾イルゴラギチイド】ッ!」


 猛烈な火炎が周囲を嘗め尽くした。ラトゥルハの【真竜シュムシュの息吹】だ。咄嗟にルルヤは防御の重力障壁グラビトンバリアを【月影天盾イルゴラギチイド】で展開して身を守った。迂闊に回避しては市街地を巻き添えにしかねない危険な角度。それをさながら軽いアピールか演出か何かのようにして、ラトゥルハが上空から飛来した。


「よう! お父様ルルヤ! どうやらお父様ルルヤお母様リアラも忙しいようだが……」


 その背中から展開するのは、燕や鴎の様な、細く固く鋭い翼を象った【真竜シュムシュの翼鰭】。その翼に、人造転生者としての半分機械の体による力か、幾つも小型のベクターノズル・ジェットエンジンが生え、竜の頭を象った肩鎧の顎門部分も斜め下向きに開いて噴射する火炎【息吹】も同じく噴進機構としながら、轟々と炎を纏って滞空しラトゥルハは宣言した。


「俺は涙を流さない、兵器だから、機械だから! だけど厚い友情は分かる……なんて柄じゃないが。『悪嬢アボミネーション』は俺の茶飲み友達でな。あいつと遊べなくなった以上、代わりに遊んでもらうぞ!」

「その『悪嬢アボミネーション』が死んだのは、己が生き延びんとしたそこの『情報ロキ』が操って盾にしたからだ。私と戦っている場合か?」


 暗にいっそ『情報ロキ』を殴れと複雑な戦意と不安と葛藤のルルヤに対し、ラトゥルハは単純な戦意の表情。


「かもな。巻き添えにして殺さない義理も理由もない。けどどっちにしろ真竜シュムシュ玩想郷チートピアが戦ったから死んだって根本に代わりはないだろう? さ、やろうか!」

「『情報ロキ』がどうでもいいからとっとと死んで欲しいのは事実だが、生憎、そこまでいけば街を巻き込野放図な流れ弾を許容できるほど、緩い正義を背負ってはいない。残念だが、お前と戦うしか無いようだな……ああ、残念だ!」

(戦馬鹿の愚物はこれだから! まあいい、もし共倒れず勝ち残ったら改めて対処してあげます! 貴方も手札の一つでしかないのですから!)


 あっけらかんと実際殺したいと同じ組織の一員に言われ、敵からは汚物めいて扱われ。内心苛立ちながらも、それでも浅ましく後方に下がれた事で再び陰謀を動かし始める『情報ロキ』。


お父様ルルヤのあの表情。あれが追い詰められたって所か? 今度は必死な力と殺りあえるかな、楽しそうだ……楽しそう、なんだけどな)


 そしてラトゥルハは、一瞬奇妙な感覚を覚えた。戦の楽しみでパンパンの筈の心中に、何か隙間が空いた感覚。与えられた敵と、作られた戦場の中で、それでも、何かは生まれ育っていたが。今はまだ微かに首をかしげるだけに留まり、複雑な表情にもう一色加えて己を見るルルヤと対峙し、交戦を開始した。

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