・第五十八話「この美しくも醜い世界(中編)」

・第五十八話「この美しくも醜い世界(中編)」



 渦巻く陰謀と打算を全て下らぬと嘲笑するように、今この場にあるのは自分達の戦いだと歌う様に、高らかとラトゥルハは叫んだ。


「さぁ行くぜお父様ルルヤ! 今度はどうする!? さっきの切り札は見せて貰ったが、まだ残ってるかぁっ!?」


 ZDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDD!!!!


 両手からの装填式攻撃魔法機械指機関砲マルチマジカルマシンカノン! 両膝の棘からの雷! 爪先からの振動波! 口からの火炎! 両目と竜の頭蓋を象った肩鎧の眼窩部分からの破壊光線めいた特殊追加効果を持つ【真竜シュムシュの眼光】!


 先程までの戦いを見守っていたラトゥルハの、全身に仕込まれた魔法兵器が前回と同じくフルパワーで火を噴いた。上空を取ったラトゥルハから眼下のルルヤ目掛けて。この攻撃を前回、【真竜シュムシュの地脈】で魔法力を増幅できないルルヤは防ぎきれなかったが……


(さあ、どうする!)


 ラトゥルハは凄まじい火力の奔流の源となって攻撃を愉しみ口許に笑みを浮かべる。ダメージ覚悟で全て防ぐか、以前と同じように周囲への流れ弾をある程度低減しながら回避するか。解法を思い付けぬ愚策である前者ならばこのまま射竦める。馬鹿の一つ覚えな後者であれば、空中から射ち下ろす状況からして前より更に大きな周囲への被害が出る事を受け入れるという、他者を守る正義の信念として実に残念な行為である。その情けなさを指摘した上で前回は切らなかった札で叩いてやろう。


 だが、そうではないのだろう? と、ラトゥルハは爆炎の向こうで起こる事に期待した。先の戦いで更なる力を見せてのけたルルヤ、それに勝つ事を、あるいは更なる切り札との戦いを欲して!


 ZZDOOOOMMNN!!


 空中に連続する爆発! 爆発!! 爆発!!! ……空中に?


(? ……!?)


 そして違和感に眉を歪めたラトゥルハは、直後驚愕と歓喜に笑う!


「うお、あ、はは! 何だ、そりゃあ!?」


 装填式攻撃魔法機械指機関砲マルチマジカルマシンカノンの炸裂場所が狂っていた。相手に着弾して炸裂するのでも相手が回避してその下で町を爆撃破壊し炸裂するのでもない。だが相手の防御障壁に激突しそれを食い破ろうと炸裂するのとも違う。攻撃は相手に命中する少し前の空中で防壁以外の何かと衝突して炸裂し、その後どんどん衝突と爆発の箇所がよりラトゥルハ寄りに狂い、あっという間に相手と此方の中間で攻撃が空中爆発する事態となった。それが何故かをラトゥルハは知覚した。最初の爆発の場所の狂いを【真竜シュムシュの角鬣】で察知した直後咄嗟に両目から発射する破壊光線の【眼光】を停止、目の使い方を攻撃から観察に切り替え見極めに集中したラトゥルハが見たものは。


「【GEOAAAAAAFAAAAANN!!】」


 それは正に、あらゆる武器を兵器を弾き返して突き進む真竜シュムシュの突撃だった。避けていない。だが命中しても射ない。防御? それは確かに防御だ。だが、単に耐える防御とは次元が違う!


 続いて見たのは、過去と比べ遥かに濃密に集中し、剣に四肢に鎧に完全に揺らぎすらなくその黄金の鱗と鋼の大半を黒く染める形で宿る【真竜シュムシュの息吹】!


 地球の重力の物理では質量的にあり得ない形でルルヤは重力の力・月の【息吹】を使って見せた。剣と手甲でラトゥルハの魔法を受け流すと同時にさながら衛星が巡るようにそれを絡め取って己の剣や腕の周囲で一瞬回転させ、腕と剣の動きで加速して射出。それを次の魔法にぶつけ、その次の魔法をまた絡め取って更に次の魔法にぶつけ、魔法の半分を打ち返す事で相殺しその間に接近したのだ。質量的にそこまでの勢いで他者の運動の機動を歪める事は物理的に不可能、そもそも相手は本来重力の影響を受けない筈の魔法攻撃だ。しかも装填式攻撃魔法機械指機関砲マルチマジカルマシンカノンと【眼光】をねじ曲げて跳ね返すだけではなく、膝からの雷と爪先からの地上でならば地割れとマグマを伴う振動波ですら、空間を歪める様にして絡め取った雷を振動波を魔法力同士をぶつけるようにして相殺している! それは対『増大インフレ』戦で一度やってのけた事の再現を更に洗練した奥義の開眼だ!


「何だっ……!?!?」


 前回の直接対決よりも遥かに、先程の帝宮での戦いよりもこの短時間で更に研ぎ澄まされ際立ったその凄まじさ。何だって、と思う暇もラトゥルハには無かった。


 想像はしていた。だが上回られた。その隙にとうとう全て跳ね返された魔法の最後の一発が相殺を乗り越え発射口に直撃! 両肩鎧、両手指を破損するラトゥルハ!


「ぐっ!!このっ……!?」「せぇえいっ!」「がぁっ!?」


 同時に至近距離へ踏み込んだルルヤ。両腕へのダメージから咄嗟にパイルバンカーを使用し迎撃するラトゥルハ……その動きをルルヤは完全に読んでいた。元より両手はラトゥルハの攻撃を防御するのに全力で使っていた為か、空中を突撃するルルヤの攻撃はパイルバンカーの死角であるラトゥルハの足元を潜る様に、突撃の勢いを乗せたまま空中で滑り込むようにしての水面蹴りじみた高速回転足払い。脚甲を着けたルルヤの足がラトゥルハの足首を払い、巻き込まれるようにして体勢を崩し弾き飛ばされるラトゥルハの更に回転を終える勢いを乗せての追撃の蹴撃と剣の投擲!


 先の戦いでパイルバンカーをモロに食らって吹っ飛ばされた意趣返しとばかりに、投じた剣を蹴りで背中にぶっ刺され、吹っ飛んで叩きつけられるラトゥルハ!


「ッシッ!」


 元から強かったが、更に洗練された動きを示し、軽く息を吐き構えを取るルルヤ。その戦闘能力は明らかに最初の戦いの時を大幅に越えていた! 達人!


「っのっ! この程度で、倒せると思うなよ……!」


 だが対するラトゥルハも【真竜シュムシュの血潮】による自己再生で背中に刺さった剣を抜け落ちさせながら即座に体勢を建て直した。未だ健在。しかし【血潮】の効果は機械化部分にも及ぶものの、ルルヤの竜鱗製ビキニアーマーと同様に流石に生身部分より回復効率が悪いらしく、手指としての機能は回復したものの魔法発射口と肩鎧の眼窩は損壊したままだった。


「けど、一体どうやったお父様ルルヤ! さっきの戦いで、切り札は使っただろうが!?」


 尤も手指だけではなく内部爆発で装填していた魔法記録媒体もダメージを受けた為発射口が無事でも射撃は不可能だったろうが、それはおくびにも出さず、またこの程度大した損傷ではないと平然問うラトゥルハ。


「魔法力の確保手段の追加だけが私の成長だとでも思ったか。お前らが参考にしたデータは、昨日の私でしかないという事だ」


 それに対し堂々とルルヤは答えた。……これこそが、戦闘開始前にルルヤが語った〈今の自分の全力〉、『正義ロウ』殺しの際にも断片的に発揮してみせた力である。


(私もまだまだ未熟だった、という事だが……まだ成長できるというのは、悪い気分ではないな)


 若干の反省と共に、新しい戦闘スタイルに集中するルルヤ。新しいといっても、出来る事が増えた訳ではない。最高位竜術……【真竜シュムシュの巨躯】【真竜シュムシュの世界】はまだ使えないままだ。


 ルルヤが行ったのは、既に使える術の洗練と組み合わせと習熟だった。これまでルルヤは、力で勝る相手に【地脈】で対抗してきた。だが『増大インフレ欲能チート』は、それでも尚勝てない相手だった。


 あの時はリアラの機転で勝てたが、それが通用しない相手が現れる恐れはある。となれば、少しでももっと強くならなければならない。力が足りないなら、技で補う。より緊密に組み合わせて相乗効果を増す。


 【真竜シュムシュの武練】の洗練。【真竜シュムシュの息吹】をより高度・高効率に使用する事で重力操作の密度と効果を上昇。更にこれまでも【真竜シュムシュの膂力】で身体能力を強化するだけではなく【真竜シュムシュの宝珠】による思考速度上昇や知覚を追随させる為の【真竜シュムシュの角鬣】【真竜シュムシュの眼光】の併用を行っていたのだが、それぞれの術の速度と連携を更に向上。


 例を挙げれば、【眼光】を単なる動体視力の向上としてではなく【観察眼強化により真偽を見抜く】効果を応用し相手の攻撃の狙いはどこか・どれがフェイントでどれが本命か・相手の攻撃の意図は何かを元々出来た武術的な先読みに加え予知的に見抜くレベルに高めた。飛来する魔法弾と【息吹】を弾き返せたのはそれもあってこそ。


 流石に完全に相手の攻撃の全てを先読み出来る程ではないが、使える全ての武と技を最大効率で組み合わせたそのあり方は、一回り成長したと言っても過言ではない。皮肉にも窮地に次ぐ窮地は、ルルヤを加速度的に鍛え上げていた!


「まあ、いい。その方が楽しめる」


 だがラトゥルハも牙を剥き笑う。その輝きに魅せられたように。その牙の間から、炎が情熱の如くちらちらと溢れる。


「それならこっちも次の段階だ。新しい力があっても、【地脈】の遠隔行使で得られる魔法力の残量はあとどの位だ?」


 ラトゥルハの全身を強大な魔法力が巡り始める。搭載された魔法兵器の損傷等何程の事も無いとでも言う様に。これまでルルヤ達に使用を禁じる牽制程度に留めていた【真竜シュムシュの地脈】による帝都からの魔法力の取得を一気に増大させたのだ。


「その力、どこまで振るえるかな! オレも本気でいくぞ!」

「確かめて見ろ!」


 猛るラトゥルハに毅然と対峙するルルヤだが、その内心は穏やかではないどころか極限状況に等しい苦悩であった。驚くべきはそれで尚未だに武技にも振る舞いにも乱れの無いルルヤの克己心と気高さよ! だがその懊悩は一拍毎に増すばかりだ。


(リアラ、リアラ……!)


 リアラの戦況が、予想より遥かに悪い。『旗操オシリス』との戦い、『旗操オシリス』の有する復讐という要素がリアラを苦しめている。助けなければ。だというのに、対外的には意地を張って余裕を装ったが、ラトゥルハが手強く抜けられない。漸く広い空の下に出られたのに、リアラが余りにも遠い……!



 ZDOOOOOOOOOOOOOONN!!


「……っ…か……っ!? ……はっ……」


 帝都上空に轟いた大爆発。砕け散った隕石の欠片が散弾めいて家々の屋根を穿つ。区画が一つ丸ごと、爆撃を受けた様な有り様に成り果てていた。


 その中心のクレーターのど真ん中に打ち付けられ、血反吐を吹き上げリアラは痙攣した。元々肌も露なビキニーアーマーの大半が砕け散り……


「かっ、はっ、ごほっ……っ……」


 手甲の取れた剥き出しの、傷だらけで汚れた片手を、震え、もがきながら、抗うように天に掲げた。


「死んでねぇのか。何だその手は。足掻いてんのか? 命乞いか? 止めろってか? 生き残りたいってのか? 人殺しが」


 GRRRRRR……!


 地獄の裁きの如き煮え滾った声で獣めいて唸り、『旗操オシリス』ゼレイル・ファーコーンが空中からそんなリアラを見下ろした。オシリスというよりはアヌビスめいたその狗頭の表情を人間的な、あまりに人間的な、己の感情以外何もかも知ったことではないという刹那的で近視眼的な怨恨と憤怒に歪めて。


(殺す、殺す、殺してやる! よくも、よくも俺のテルーメアを!)


 『旗操オシリス』ゼレイルの胸中と脳裏を『同化ドラッグダウン欲能チート』の、いや、テルーメア・イーレリットスの生前の記憶が憤怒と共に激しく明滅しながら吹き荒れた!


「死ね!」


 追撃隕石落とし更にもう1発! ゼレイルの脳裏によぎるテルーメアと初めて出会った時の戸惑いがちな表情、おずおずとした距離感が縮まっていった日々!


「死ね!」


 上空隕石存在可能性途絶、錬術れんじゅつに攻撃を切替、怒りによる極限の精神集中で無詠唱発動、運命操作能力で達人中の達人が100年に一度成し遂げられるかどうかの精度と威力で発動! ゼレイルの思考に瞬く平穏な日々も、欲能チート玩想郷チートピアについて悩んだ日々も、等しく今となっては帰らぬいとおしき日常!


「死ねーーーーーーっ!! !!」


 更にもう一発同一威力同一精度の極限攻撃錬術れんじゅつ! ゼレイルの心に蘇る口づけした時の顔、抱き締めた時の顔、肌と肉の感触と髪の匂い!


 爆発! 爆発!! 爆発!!!


「っくううっ……」

「くそぁ!!」


 のたうち回り尚足掻くルルヤの呻き。仕留めきれぬゼレイルの怒号! リアラが掲げた手の先に死力を振り絞り形成した【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】を最初の隕石が打ち砕くも隕石自体も砕けリアラとその周囲を散弾射撃! 爆風に切り刻まれ転がされるリアラに二発目と三発目の魔法! 吹き飛びながら光学迷彩と分身を展開して回避しようとするリアラに命中させるが致命傷とならず!


「避けるな! 死ね! 死ねよぉらぁっ!!」


 血を吐く様な絶叫咆哮と共に急降下しながらゼレイルが欲能チート錬術れんじゅつを複合使用。一瞬で生成した多数の古代エジプト風戦斧イプシロンアックスをルルヤとその周囲に段幕めいて連続射出。逃げ道を封じんとす!


「駄、目だっ……!」


 立ち上がったルルやはそれを【真竜シュムシュの骨幹】で片手槍と盾を生成して迎撃、痛烈な衝撃にふらつくようにしながらも何とか凌ぎ切るが。


「何がダメだ死ねぇっ!」


 発射戦斧着弾噴煙めがけしゃにむに急降下するゼレイル。両手に持ったコピシュを全力で振り上げリアラの両腕を着地の勢いで両方一度に切断せんとする勢いだが、


「づうっ!?」


 直感的に身を捻ったゼレイル。直後緑線の入った『旗操オシリス』としての黒い肉体を覆う包帯と宝飾の一部が吹き飛び鮮血が迸る。捻った胸板から肩にかけて鋭い裂傷。


「く、しゃらくせぇっ!」


 急降下の風圧で粉塵が吹っ飛ぶ。再び露になるリアラの姿。身を反らしたゼレイルと丁度逆の方向の肩を前方に突き出す様に屈めた姿勢から防御体勢に戻ろうとしていた。その背中には与えた覚えの無い何かを毟り取ったような傷跡。


 妖精の羽の様に薄く煌めく、リアラの【真竜シュムシュの翼鰭】。知識と竜術センスによって縁を単分子ブレードにする事が可能なリアラの切り札の一つ。それを生成と同時に攻撃範囲拡大等不可視の尻尾めいた念力を扱う【真竜シュムシュの長尾】で引きちぎり投擲後単分子ブレード化したのだ。地面に叩き落とされたからこそ可能かつ極めて見えづらい暗殺武器めいた荒業。翼を象る肩鎧を破壊された事で竜術行使効率が低下し一発しか発射できなかったとはいえ命中していればゼレイルの首か心臓か片腕が持っていかれただろう!


 だがゼレイルはそれをかわした! 急降下両手同時振下斬撃の予定が急降下片手振下斬撃後着地片手横薙ぎに変化したがそれだけだ! ゼレイルは止まらぬ!


「死ぃねぇっ!」「うぁっ!?」


 ゼレイル急降下片手振り下ろし斬撃! 盾破損! リアラの体勢が乱れる!


「死ねええっ!」「あぐあっ!!」


 ゼレイル着地後片手横薙ぎ斬撃! 片手槍破損! リアラが吹き飛ばされる!


「逃がすかぁあっ!!」「ごほぉっ!?」


 翼を羽ばたかせ地を蹴る足裏に爆発的に超小型の竜巻を発生させゼレイルは加速!


 吹っ飛ばされるリアラに追い付き、自身も竜巻と化したが如き猛烈な回し蹴り! リアラの腹に直撃! 【真竜シュムシュの鱗棘】の防御力が受け止めるが、そこから更にゼレイルは足を捻りその捻りにリアラの腹を巻き込み、そのまま地面にピン止め昆虫標本めいて踏みつける!


「殺してやるぁあああああっ!!」


 そのままコピシュ二刀流を再度振り上げるぜレイル! 凄まじい殺意! その背後、未だ明けぬ夜空を『反逆アンチヒーロー』ラトゥルハの攻撃による数百の光条が切り刻む中。


 リアラは見た。吠えるゼレイルの顎から滴る獰猛な殺意の涎だけではない液体を。その狗頭の古代エジプト風装飾に飾られた人身から再現なく溢れ落ちる涙を。


 コピシュが、振り下ろされる!



 そして解放された『反逆アンチヒーロー』ラトゥルハの力は恐るべきものだった。それは最早ラトゥルハの全力と言って良いものかと言う程のもの。一にして多、単独にして軍勢と言うべきものだった!


「【真竜シュムシュの宝珠】、【真竜シュムシュの眼光】、全力全開。魔法装備《水銀瞳》展開!」


 GYP! GYP! GYP!


 空中を《水銀瞳》という名前そのものの姿をした、表面に目を象った紋様を刻まれ銀色球体が十数個飛び回る。ラトゥルハの腰部追加装甲から飛び出したそれらは本来偵察用、飛行して使用者の刺客を接続し遠隔視を可能とする簡易《使魔つかいま》めいた魔法装備。だがそれはラトゥルハにとっては、目が増えるという事即ち【真竜シュムシュの眼光】を同時使用できる回数が増大するに等しい。


 GQPN! GQPN! GQPN! GQPN!


 ラトゥルハの【眼光】の固有追加効果である破壊光線が、四方八方に展開した全ての《水銀瞳》から発射発射発射! 空中に火網を形成!


「これがっ、リアラの言ってた本当のオールレンジアタックかっ!?」


 展開を目撃した瞬間ルルヤがその意図を理解したのは日頃リアラから地球の物語について聞いていたが故で、正に不幸中の幸いだった。紛れもなくそれは怪物を複数同時に使役する『悪嬢アボミネーション』のそれよりも地球のロボットアニメにおける遠隔操作小型飛行攻撃端末による同時多重攻撃オールレンジアタックに近い攻撃だ。一定以上のサイズを持つ怪物達とは、攻撃力で互角でありながら攻撃の同時展開量も手数の速度も密度も違う!


 ロボットアニメであれば超能力パイロットの専売特許である事が大半の攻撃、実際普通であれば《水銀瞳》は一人が一個動かすもの、それをこれ程多数同時に動かせるのは【真竜シュムシュの宝珠】による思考強化の賜物、しかしそれでも自分の反射速度を増強しながら尚これだけの数の平行思考を行うのは至難の技。【眼光】の固有効果も併せてラトゥルハの才能あればこその強力な攻撃!


「それでも!」「おっと!」「まだ私の方が速いッ!」「ちいっ!」


 だがしかし、その火網をルルヤは掻い潜り、体に備わった魔法攻撃手段にダメージを受けたラトゥルハに急速接近! 突破し追撃せんとする!


 《水銀瞳》は空中を自在に浮遊し小型軽量故に動きも軽やかだ。が、ルルヤの【翼鰭】は速度において《水銀瞳》を遥かに凌ぐ。そしてラトゥルハの【翼鰭】は機械化によりベクターノズルジェットエンジンを追加装備し、【息吹】の炎をブースターとして用いる事でその速度はルルヤに匹敵する。が、ルルヤの【翼鰭】には月の【息吹】の重力操作能力による自在にしなやかな機動性が宿っている。かつての『経済キャピタル欲能チート』の飛行より同じ魔法的なベクターノズルジェットエンジンとはいえ翼も加えた故にそれより更に機動性に勝るラトゥルハと言えど、ここまでの戦いで竜術を鍛え直したルルヤは尚更に素早い! しかしラトゥルハの攻撃は続く!


「来い! 〈碧血〉! 〈光芒〉!」

「何っ!? こ、れはっ!」


 《小転移》! 《小転移》!


 ZDOM! SYL! GYRRRRRRR!GYRRRRRRR!


 魔法! 魔法! 白兵攻撃二連! 突如出現した新たな二体の敵の攻撃だ! 《転移》系魔法は準備や距離の条件が厳しく、基本、事前に設定した場所から場所へとしか転移できず、出現にも一定のタイムラグが生じる。この場合はラトゥルハを事前に対象として設定したのだろうが、出現の速度故に奇襲的効果は本来無い。だがラトゥルハが配下めいた存在を呼んだという事自体が若干の驚きとなってルルヤを絡めとる。しかしそれでも尚、ルルヤは剣と【真竜シュムシュの爪牙】でその攻撃を防ぐ!


 〈碧血〉〈光芒〉と呼ばれたのは何れも身長1ザカレ1ミイイ2.5メートル程、〈碧血〉がSF的強力万能潜水艦を全身鎧化したような姿、〈光芒〉が大鑑巨砲主義幻想的超弩級戦艦を全身鎧化したような姿の、『擬人モエキャラ欲能チート』が従える『嬢士ジョシ』や『雄師ユウシ』等の擬人化存在とは違う怪人的存在だ。〈碧血〉は黒と青を基調色とし、〈光芒〉は灰と紅を基調色とする。何れも禍々しく機械的であると同時に生体的で、魔力を漂わせていたがそれ以上に欲能チートの産物の気配を漂わせていた。


 どちらも魚雷発射管や大砲や他空想科学的な各種火器類めいた装備を全身から生やしてはいるがその全てが実際は魔法装備、明らかに【真竜シュムシュの咆哮】対策。更にその片腕は機人化欲能行使者サイボーグチーター虚無ウチキリ欲能チート』の三連血爪螺旋錐トリニティブラッディドリルめいた戦闘用螺旋錐ドリル


「こいつらはオレを作る過程で生まれた実験体! 架空戦記とやらを元ネタに機械化した複製魔竜クローンラハルム欲能行使者チーターから複製した『予知ネタバレ欲能チート』と『再開リスタート欲能チート』の欲能チートを乗せてる! 『邪流ジャンル』や致命的な欲能チートを防げる程じゃないが単純戦闘力は十分! 肉体的には貧弱な元の欲能行使者チーターと比べて寧ろずっと強い! これでも一応オレも魔、こいつらも魔、そして今のオレは魔王にも等しい力を持ってて《水銀瞳》と同じくこいつらを操れるからな、これもオレの力って訳だ、さぁ行けぇっ!」


 ラトゥルハの哄笑めいた叫びと共に、それぞれ架空戦記小説〈碧血の艦隊〉〈光芒の艦隊〉の名を冠した亜人型魔竜が二匹、完璧な連携で襲いかかる。装備だけではなく搭載疑似欲能チートも未来予知と既視感により互いの猛烈な火力による同士討ちを相互に回避する為のもの、実験体とはいえ実戦を想定された強烈な戦闘力!


 更に言えば巨体の〈碧血〉〈光芒〉がジェット気流の【翼鰭】を吹かして立ちはだかるなかで機動力の劣性を補う包囲網を形成、ルルヤの足止めをして火力による集中砲火の命中率をあげる戦術的相乗効果!


「こちらも過去の戦いを思えば多勢に無勢を卑怯とは言わんが、小癪なッ!」


 ルルヤはそれに一斉射撃を凌ぎきった【息吹】収束により対抗する! 使用可能な全ての竜術を融合する事による極限の【武練】増強!


 かわす! 弾く! 弾いた攻撃を逆に当てる! かわす! 弾く! 跳ね返し敵に当てる! 弾く! 跳ね返し敵に当てる! 弾き返し敵に当てる! 弾き返し敵に当てる!


(リアラ……リアラ、リアラを! 助けに! いかないと!)


 助けに行かなければ、止まる訳にはいかないという思いがルルヤの新たな力に更なる高みをもたらす!


「あぁ。正直信じられないが……小癪程度だな。この程度じゃまだまだ追い込みきれない、まだ届かないかよ! オレが!」


 ラトゥルハは自前の目を驚愕に見開いた。攻撃反射で《水銀瞳》がバタバタ撃ち落とされていく。初めての攻撃である四方八方からの破壊光線にルルヤは既に対応している。何たる技量、何たる武才、何たるそれを支える強い戦意! 既に大半の《水銀瞳》が撃墜! これにはラトゥルハもまた心を燃やす。生きる意味、目指すべき目標、生まれついて与えられた生きる理由。それに加えて、芽生えかけているこの眼前の生き甲斐への戦意以外の感情も込めて、吼える……遂に切り札を解き放つ!


「なら! ……【真竜シュムシュの息吹】、全力、解放ッ!! !! !!」


 そのあまりにも恐るべき力を、あまりにも無邪気に。


 力と意思と未熟と成長が陰謀の中でも踊り続ける。世界を尚かき混ぜるように。

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