・第六十四話「竜の帰還(前編)」
・第六十四話「竜の帰還(前編)」
連合帝国双都が弐、祀都アヴェンタバーナ。王宮が中心に座すエクタシフォンと違い極めて複雑怪奇な構造をした〈最大神殿〉がその中心となっている。
ベーシックな構造の
聖地であり、諸信仰の平等を保証する場であり、エクタシフォンの複合神殿は言わばこれのミニチュアで、木々や盛り土の一部の部材が木材や石材等で模倣したに留めたものとなっている。
その構造はドーナツ状であり、中央が空き地になっている。
それはどの宗教も〔たとえ
ここが聖地となっている理由とは即ち、かつて荒ぶる諸霊を悉く
即ち、空白の地は去りて失われた
そこに今、再び
「……行ってらっしゃい。……私も、行ってくるが」
「ルルヤさんも、お元気で」
「帰ってこいよ」
「ルルヤさんこそ」
「……帰ってこないようなら、迎えに行く。リアラも……」
「はい、必ず」
空白の地で、ルルヤとリアラが向き合ってそう互いに言葉を捧げた。静かに、だが睦み合う様に親密に。
リアラはこれから、宣言した通りの場所に一人で向かう。仲間達は、既に先んじて動きだし配置に付き始めている。
「……外の様子を侍従達に見てきて貰うた。我等の《遠見》の祈りでも。御身等の使い無くば、成る程我等もああ成り果てていたかと思えば感謝の言葉も無い」
中庭めいた空白の土地の二人にそう最後の声をかけるのは、〈最大神殿〉の各宗派を代表する大神官達だ。
その言葉はこれまでの状況について語る。帝都から亡命してきた太子達、にもかかわらずそれを否定し平穏を保ち四代目魔王の出現を語る帝都の広報。
それはこれまで国境を越えて各地の信徒から集まってきた情報と一致する。真実を名乗る者とそれを否定する者と、否定者はまやかしを行っていると糾弾する声。
「村々からの民草の言葉、その言葉を我等は信じ、御身らをこの〈最大神殿〉に招き、持宝に触れる事を許した。だが、御身らが如何なる存在かを証明するのは、偏に御身ら自身」
だが、と、大神官達は尚も二人に告げる。信じたのはあくまで信徒たる各地の村々の民からの訴えである。真実の
ましてエクタシフォンでの戦いは大きな被害と、悲劇の情報が流れてきている。慎重になるのは当然であった。
神殿の持つ宝を触れさせたのも、それが使用を許された上で悪しき謀りがあったと判断されたのであればその効果を反転させ祟るものであるが故にこそ……
(おお……! !)
そう思って二人を見た大神官達は目を見張った。
二人の表情には、死を覚悟した者特有の清らかさと、命の煌めきが共に宿っていた。さながら朝露に濡れて一日限りの花弁を開きながら来年の種を宿さんとする花の如く。
大神官達が知る二人は昨日までの二人だ。過去に関する電文と、昨日、太子達を守り疲弊し苦悩し訪れた二人だ。
「分かっている。この地を踏む意味も、担う重みに負ける訳にいかない事も」
「ルルヤさんの弟子として。
今目の前にいる今日の二人は、何もかもがまた一段階違って見えた。回復ではない。成長だ。それは神話における、一つ戦いを重ねる毎により強くなっていったという
そして、ばさり、とリアラとルルヤは二人それぞれの【
リアラから『
「いいか、妨害を許すな。それと、言った通り手を回しておけ。あれだけぎくしゃくさせていた〈王国派〉と今更手を組んだ事はいい、絶対に邪魔させずにあいつを殺させろ……!」
『
(分かりましたよ、全く。お互い、我が儘な事です)
本来の『
事前工作をしていた
だが決闘裁判宣言に『
故に多少諸々の準備を短縮して急遽行動を開始する事を『
連合帝国の名の元に帝国各地の軍を招集し、改めて諸国政府へ四代目魔王に対する正式な同盟と宣戦を強く外交的圧力を掛け要求。事件に関する公式情報の伝達と大量の誹謗中傷、それと事前に把握しておいた各国の様々な人間の醜聞を使った裏からの脅迫による働きかけにより
……『
故に本来アヴェンタバーナを丸ごと洗脳して炙り出すか、敵が対抗手段をとったのであれば首都からの命令で帝国軍を集め、ナアロ王国と手を結ぶ事によるアヴェンタバーナへの核攻撃も視野に入れつつ、焙り出されてくる
その当初の目論見からすれば多少準備不足と言える状況だったが、だが連合帝国首都を制圧しそこから情報を流せるこの状況であれば、欲能行使の条件が整っていなくても十分と『
各国の大使達は脅しつけられ、
「『状況の開始を』」
故に少し急いだ間に合わせの荒い仕事への少々の不満感を押さえ、『
計画は三つの方向から行われる。即ちリアラの抹殺、付き従う者達の撃破、そしてルルヤの屈服である。
決闘裁判に対処はする。だがあくまで利用し勝利する為に。これは全面攻撃であり、
決闘裁判の場として指定された場所。そこは双都を結ぶ幾つかある街道の内の一つで、比較的古く、近年ではあまり使用されていないものだ。
旅人を見守る《
そこで『
前者は未だ冒険者姿のまま、後者も飛び立った時と違い、改めてフード付きマントを羽織る旅姿を取っていた。
「ぬけぬけと、図々しい事をしやがって、偽善者が。こんな事で、お前の行いが正当化出来るとでも思ってんのか!」
ゼレイルは対峙と同時に、即座に罵声を浴びせた。
「思っていません。ただ、出来る事をしているだけです」
沈痛な程静かな口調でリアラは答えた。
「何が決闘だ! 抵抗する心算かよ! 勝って無罪を主張する心算かよ! 足掻きやがって! 見苦しい!」
「……でも、唯黙って跪いて差し出される首を切って、それで恨みが晴れる?」
「っ、生意気言いやがって! ふざけやがって!」
ゼレイルは唸った。リアラの言葉が、己の心理を的確に捉えていたからだ。
そんな殊勝で儀礼的な一太刀なんかで満たされる訳が無い。そんな態度で来られても、絶対に一太刀では済まさない。一思いに殺すなんて絶対するものか。最低限わざと一撃必殺を避け、何度も切り刻み、のたうち回らせて殺さなければ。
生きたい命を奪うからこそ殺す事が刑罰なのだ。死にたい命を貰っても、捨てたゴミをありがたがって拾うようで却って無様な屈辱だ。
死に物狂いの抵抗を打ち砕き、苦痛をたっぷりと与え、絶望させ、命乞いさせ、その上で殺さなければ、何で復讐と、裁きと言えるだろう。
そんなゼレイルの内心を明確に理解した様子でリアラは告げた。だから抵抗してあげよう君の為にとでも言う心算か、と、ゼレイルは猛った。
「僕も復讐者だからね」
リアラは、唯だから気持ちが分かるだけだと告げ、そして問いを重ねた。
「貴方の復讐は、僕の首で満足出来る?」
「冗談じゃねえ、そんな訳あるかよ」
ゼレイルは即答した。もしそうならとも言わせやしないとばかりに。
思いつく限りとびきりの呪詛を。自分の仲間を殺した奴だけでなく
「手前に力を与えた奴も、そいつに従う奴も、手前に従う奴も。手前が守ろうとしたものも。全部潰して、それが復讐ってもんだろ」
そして、そのリアラを完全に徹底的に否定し殺し尽くさんとする呪詛を告げる。
「お前をここから逃がしゃしない。総攻撃の始まりだ」
「ええ。ここでニュースの時間です!」
『
北方、ナアロ王国は諸部族領を完全に併合し北に派遣された〈
それだけではない。
VMOOOOONN……VMOOOONN……!
核爆弾を搭載した戦略爆撃機型飛行錬術兵《
リアラがここで戦う間に、そしてルルヤがどれかを阻止する為に立ちはだかって戦う間に、それ以外の二人に味方する全てに攻めかかり攻め滅ぼす為に。
「さて、お父様……どうやら今度で決着の戦みたいだぜ!」
『
ラトゥルハだけではない。他の十弄卿も後詰めに動くだろう。その軍勢の多さはさながら世界そのものが敵に回ったかの如き威圧感で。そしてそれだけではなくなまじ味方が残っているからこそそれを殺し尽くされるという絶望を誘う幻像が、リアラの周囲を包んだ。
「ご視聴どうも。では絶望し死んで下さい。『
VVVVVVVVVVVVVV!!
映像をリアラが認識したと見てとった瞬間『
「ここがお前の死に場所だ。一歩も逃がさない。仲間も後を追う事を、お前の全てが潰える事を知りやがれ」
同時、驚く様子も無くゼレイルが散歩踏み出した。見下ろす丘の石像の視点からでは、一瞬ゼレイルの姿が木の影に隠れ、そして再び木の影の向こう、視界内に現れた時には、
「それが君の復讐?」
リアラは静かに問うた。フード付きマントを捨てる。その下はいつもの、再構成を終えた【
「ああ、そうだよ」
獣の顔で『
「俺はお前の馬鹿な一騎討ち宣言を聞いてやってきたが、それに応じるなんて一言も言ってねえ。唯、お前を殺しに来た。お前を殺す邪魔をするなと仲間に言ったが、俺の一騎討ちの邪魔をするなたぁ一言も言ってねぇ。これが知恵って奴だ。『
「ええ。殺して。殺して、ゼレイル、そいつを。私も一緒に憎むから。私も一緒に否定するから。私たちの幸せを否定するそいつを!」
成る程確かに『
「殺してやる! そして死に際に言わせてやる、死にたくないってなぁ! それが真実だ! どんなにお上品に覚悟を述べようがなぁ! 死にたくないって言わせりゃあ、そんな覚悟は嘘だって事になるんだよ! そうすりゃその嘘に
「今はただ、僕はもう、君にはこう言うしかない。僕に罪穢れがあるとしても、それでも」
そしてだめ押しとばかりに『
「それに屈する訳にはいかない。それに、僕は屈するつもりは無い。……それでいいんだね、本当に」
その最後の問いに、悦に入った声音で答えたのは『
「ええ。彼はいいと言って下さいました。何、問題ありません。彼は正々堂々一騎討ちで貴方を打倒した、貴方は罪を食い過ちを認め恐怖に戦き仲間を売り泣き喚きのたうち回りながら死んだ。そうなります。それが正しい事実になりますとも」
僕が死んだらその死後、全ての情報を改竄し、ありもしない事をでっち上げて、僕の首を晒す様に死後の名誉を汚し、僕の名前を仲間の心を傷つける武器にする、そういう事かと、リアラは理解し軽蔑の視線で『
いかにも! と『
「貴方のその目は魔力を読む。ここにこうして戦力を伏せていた事に、気づいてはいたでしょう。だが、自分から愚かな罪悪感と自己犠牲にかられてこんな事を言い出した以上、今更退く訳にはいかなかったでしょう! 愚か! 愚か!そうです、情報とは、報道とは、何が事実かを定義づける事です。人間、自分で見た訳ではない事実は、全て情報として確認した事柄。地球の裏側で誰かが人を殺したという事を実体験する事はできない。だけどニュースを見れば、それがあった事だと認識するようになる。即ち、こうだという情報こそが事実。それどころか、例え自分の目で、あ、UFOを見た等と思っても、人工衛星の落下がありましたという情報を聞けば、ああ、あれは人工衛星の落下だったのだと思う、それが人間です」
情報の真偽等関係無い、情報が真実を決定する。真実、即ち善も悪も全てを。そう『
「であるならば、誰が犯罪者であるかも情報が決める。となれば、誰が正義かも情報が決める。情報を伝える人間があれが正義だと言えば正義になり、あれが悪だと言えば悪になる。そして人間の全ての判断は知覚した事柄を集合し判断し決定される以上、最終的には情報こそが人間の思考を決定する。誰が正義? 誰が悪? 誰に投票すればいい? どんな政府を正しいと支持すればいい? それら全ては情報が決定します。司法立法行政に追加される第四の権力? いいえ! いいえ! 行政を行う政治家の誰が当選すればいいかも、司法を行う裁判官の誰が罷免されるべきかも、行政を行う役人の誰がスキャンダルをスッパ抜かれ追い落とされるべきかも、その真偽すら、情報が決める! 三権の上に君臨するものこそ情報。神、王、民衆、その次に来る第四の帝国が情報なのです!」
「そうはならなかった、地球では!」
情報を伝達する手段が複数存在した。複数の報道機関による相互監視。そして情報技術の発達により個人が情報を発信し収集し分析し検証する事が出来るようになった。それが逆に招いた野牛の暴走めいた惨事も確かにあったが、そんなマスコミ・ディストピアは訪れなかった。リアラはそう叫んだ。
「そう、訪れなかった! 残念ながら! 哀れな事に愚かな事に嘆かわしい事に! 個人個人が勝手に情報を流しあい、疑いあい、粗探しをしあい、罵りあい、否定しあった! ……貴方もお好きでしょう、正義と平和。無謬と定義される報道によって管理された情報を真実即ち正義として平和に生きていれば良かったものを! 貴方も貴方の仲間達も、皆、穢し尽くしてくれましょう!」
その叫びを塗り潰すが如く『
「きっちり復讐し尽くして幸せな俺達の平穏を取り戻してやる! 死ねやあっ!」
「……分かった。多対一でもいい。それでも僕は、決闘をしよう」
ケダモノが吼えた。少女がそれでも応じた。そして、戦いが始まる。この地でも、そしてアヴェンタバーナでも。
「出てきたか!」
二匹の
いよいよ最後の決戦と飛翔するその視界の先、孤影、アヴェンタバーナから舞い上がる漆黒の翼。
(こうして大空で見れば……)
巨大なアヴェンタバーナの〈最大神殿〉と比べればあまりに小さく、そして傍らに二匹の偽竜を随伴させる己と比べれば、何と孤独な事か、とラトゥルハは思う。己が属する軍勢の数はましてこれだけではない。発進準備にかかる時間の差や速度差故に遥か後方に置いてきたが、《
それと比すれば
お母様と思うリアラは、悩み苦しみ、処刑じみた不利が待つと考えれば分かる筈の決闘の場に出ていった。可哀想な事だ……
(可哀想?)
ラトゥルハは戸惑った。可哀想とは何だろう。これまでこんな感情を感じた事があっただろうか……『
そんなラトゥルハの感傷を……
「来たか、不良娘!」「えっ」
現れたルルヤの表情と声音は完全に吹っ飛ばした。金色のビキニアーマーを纏い、腰に剣を帯びる、その表情は孤独では無かった。それどころか万軍を率いる総大将であるかのような、威風堂々とした輝きがあった。思わずラトゥルハは我が目を疑った程だ。
「っ、お父様、何があった?」
「知りたいか?」
「ああ、戦わせろ!」
ラトゥルハは問うた。感傷は吹っ飛んだが、感情は寧ろ激しく燃え上がっていた。若い獣が爪や牙で眼前のものを感じるように、ラトゥルハは戦いを欲した。
それに対し、ルルヤは。
「ならば、戦ってみろ! 追い付いて、な!」
「何ぃ! ?」
BOW!
まさかの、スルー! 【
「えっ、なっ」BLAST! 「痛っ! ?」「ヴオオオ! ?」
あまりの事に一瞬ルルヤとアヴェンタバーナを交互に見て進行方向を迷うラトゥルハだったが、直後その背中にルルヤが放った月の【息吹】たる重力衝撃が直撃! 剣を腰に納めた両腕からの二発は同時に〈光芒〉にも命中していて。
「っ、待ちやがれ! 追うぞ、行くぞ〈光芒〉! 〈碧血〉!」
ダメージは少なかったが、それがラトゥルハを決断させた。興奮と怒りと興味と悲しみが入り混じって彼女を突き動かした。
どうせ倒すべきは
「っ……」
先行し飛ぶルルヤは、正面を向いた一瞬、ラトゥルハから顔が見えなくなった瞬間、僅かに心痛の表情を浮かべかけ、堪えた。
リアラの決意を、覚悟を、意思を、考えを知っている。だが、それでリアラが受けるだろう苦痛も、陥るだろう窮地も知っている。しかし、リアラに願われたのだ。皆と一緒に戦ってくれ、と。
だから、心の苦痛を堪え……リアラを信じてルルヤは飛び続ける。
リアラは、生きるためにこの戦いの道を選んだのだと、知っているが故に。
そして、戦いが始まる。ルルヤの戦いも、リアラの戦いも、そして皆の戦いも。
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