・第六十三話「闇の中の真竜(後編)」
・第六十三話「闇の中の
「僕の攻撃で死んでしまった、人。『
悩みを吐露するよう促され、はい、と、蚊の鳴くような声で呟くと、リアラはとつとつと語り始めた。
「……今更敵を倒す事が人を殺す事だと思い知った訳ではないです。そんな事とっくに知ってる。どころか、いつも殺したい程憎んで、殺す為に戦ってきた」
柔らかで柔和な物腰、善良たらんとする精神性の持ち主だが、リアラもまた復讐者だ。それとは別に、復讐心、怒り、殺意といった感情と無縁ではない。常にそれらを内心に抱えながら、他者を案じたり悪に憤ったりしてきた。それが復讐者の旅路というものだ。
「
ルルヤは沈黙し話を聞く事に専念し、
「多分中途から『
その推測は、『
「……僕は。僕の仇と同じ事をしてしまった……」
「リアラ……」
リアラは絞り出す様な呻く様な声で吐き出した。それに対してルルヤは、手をさしのべかけ……差し伸べた手を伸ばしきる事が出来なかった。
(私は、どうすれば……)
ルルヤはこれまで強くリアラを導いてきた。武とは可能性であり正義とは考え続けることであると語り。リアラもまた、敵と対話し、敵の理と戦い、己の潔癖すぎる面の映し鏡とでも言うべき『
だが、ルルヤの教えも、死にも世界にも負けずに意地を通し尚自省するリアラの克己も、未だ今新たに直面するこの罪への答えを出せずにいた。
それを象徴するように、ルルヤが手を伸ばしきる事が出来ずにいる間に、リアラは己は手を伸ばされるに値しないと頭を降り、それにルルヤの手は阻まれた。
「同じ事か?」「えっ」
故に。直後、
「『
「リアラの感性を俺は信じてる。普通の冒険者に見えたってんなら実際そうだったんだろう。真実を知らせずに仕事をさせているとか、操って
それは彼自身の言う通り、すれすれに際どい程に身も蓋もない発言だった。彼らが抗う敵のそれに近い発想。
(……別に俺が悪役になってもいい。騙してもいい。今この場で話を向けた心配の通りだった、リアラちゃんとルルヤの姐さんは似てる。強く美しい所も、潔癖な所も。だから復讐者なのに人の為になろうとして、人を助けて正義という希望になろうとして来たんだ。罪悪感にゃ脆い。二人っきりにさせちゃ、この問題は解決出来ねえ)
だが名無はあえてした。この場で自分にしか言えない言葉で、かつ、必要な言葉だと思ったからだ。その為に、傭兵殺しの傭兵として闇と戦争の中で生きた己の人生を逆手に取らんとする。己の人生への逆襲として。
「大体、俺だってな。姫さんやリアラちゃん達とつるむようになる前から、傭兵って仕事自体を仇にして、殺してきた。勿論略奪とそれに伴う殺しを平気の平左でやってるような奴等相手にだ。だがな、そんな奴等にもだ、食わして貰ってる情婦だの、こさえたガキだのが居る奴ぁ居たよ。そいつらの中に、傭兵相手にそいつがやってる事の是非は置いといて友情だの愛情だのを感じてて、その感情が強くてかつ依頼する金とか戦う手だてだのを持ってる奴の中で復讐しようって考える奴が一人もいなかったと思うか?」
「
衝撃に驚き、はっとした表情なリアラに対し、
己の後ろ暗い半生をすら説得の手段と使う事を運命への逆襲として肯定しても、その過程が後ろ暗い行為である事に変わりはない。そういう事を躊躇無く行ってきた自己嫌悪と、リアラに嫌われるかもしれないという恐怖、そして、己自身是認できているかどうか微妙なところの過激な対抗策を提示する事でリアラの心を切り替えようとする試み、それら自体も完全に肯定できないまま、それでもそれが最低でも何らかのきっかけになればと。
「姫さんたちの居ないタイミングだからこそ話せる事もあるってのは、俺も同じか。……仇討に来た奴等も殺したよ。仇討の仇討が来ないように、他の身内がビビって来れなくなるくらい、割りと惨たらしく、誇示し、示威するようにな」
多少露悪的に誇張したが、何れにせよ復讐の連鎖に対する限りなく暴力的な解決。それを暴力で横道を為す憎む敵と何が違うのかと問われれば、どう答えていいのか分からない。
「それでいいだろう、リアラちゃん。全員、全員倒して、殺って、勝って、憎しみの連鎖も断って、そこで終わらせる。それ以外にどうしろって言うんだ。負ける訳にはいかないし、負けた後の事なんて考える余裕は無えンだ」
だけどそんな手をとってでいいだろうと、愛しい輝きを堕落させかねない、愛しい輝きに悪と思われかねない誘惑を名無は叫んだ。その手を選んででも生き延びてほしいと。
「……ごめん、
だが、リアラはその言を、その救いを、その誘惑を受ける事を躊躇った。その心を全部察した上で。
「ああ、だけど。こんな事を言う事自体、情けの無い事、浅ましい事かもしれないんだ。……こんな穢れた手で
しかしその
それは
誰より地球が嫌いな一人ぼっちの地球人だからこその、地球的な悪性を自分も宿している事への自己嫌悪。元々抱えていた『
「嗚呼! 僕はルルヤさんや
リアラは叫び、呻き、喘ぎ、そしてまた叫んだ。だが実際歯を食いしばり涙をこぼさず、そして何より抱きしめられることを恐れ拒絶するかのように俯かず立ち続け、その言葉が同情を誘う為ではない事をその体で証明した。
(嗚呼。残酷だ。残酷だろう、これは)
だが善や美や理想や正義を追い求めるもの程、突き詰めんとすれば果て無きそれに届かず苦しむ。
(彼女の敵に彼女程悩み苦しみ罪悪感に戦いた奴がいたか。『
「私は」
悩む名無に代わり、ルルヤが嘆くリアラに語りかけた。
「私は……私が許されるとは思っていない。故郷を失ったあの日、故郷を守れなかった私は許されざる者になったと思っている」
暫しの沈黙、暫しの名目から、しかし励ますとも慰めるとも諭すとも、あまりに遠い決然とした表情で。
「私たちは最初から敗北者で、許されざる罪を背負っている。私達は人に希望を与えるために正義の味方として振る舞ったが、正義そのものではない。私達は正義ではない。正義に断罪される存在かもしれない。それでも正義に少しでも近づこうとし、その傍らで戦う。戦う以外出来る事が無いからだ」
それは抱きしめられ許されることすら望めないリアラに対するルルヤなりの接し方であり、同時にルルヤの正義のあり方であり、ルルヤの罪悪感でもあり苦しみでもあった。
「それでは駄目なのか、リアラ」
許されなくても戦う、それでいいではないかという言葉。苦しげで、悲しげで、けれど慈しみの籠った、必死な表情と瞳で、ルルヤはリアラに告げた。
「……いいえ、いいえ」
胸を押さえ、俯いて、涙を堪え。辛そうに、痛みに耐えながらも、リアラはルルヤにそう答えた。
「駄目じゃ、無いです」
そして、己に喝を入れるような、強いるような、誓うような声で、そう呟いた。そして、それで立ち上がり、終えて、次の戦いに向かおうとした。
「……待てよ、リアラ、ルルヤ」
だが。
「お前は自分が救われるとでも思っているのか、か。成る程、面と向かってそう言われりゃ、少しばかり恥知らずな事を思ってる気分にならぁな」
その言葉にリアラより先に反応したのは
(何言ってるんだろな、俺は)
口にしてから、余計な口出しかもしれないとは思っていた。だが、言わずにはおれなかった。理屈ではない何かが
「だがよ、ルルヤの姐さん。事は二人だけの話じゃねえし、俺等だけの話でもねぇんだ。砂海で、恭順した兵を許しただろう。あいつらの中にゃ従わざるを得なかった奴等も居た様に。ギデドスの坊ちゃんが、『
それはリアラとルルヤへの、自分達を含むこの世界への、深く強い思いだった。それまではらはらしていた
「……私達は時に逃がして別の場所で悪事をさせる訳にはいかないからと対敵を必殺してきた……何よりそれは、そもそも復讐者というあり方に逆行する言葉だ」
「でも、状況判断じゃねえか、それは」
だがだからこそ
「状況次第で騎士団に捕縛させたり投降させたり、殺さずに許してきた事もあっただろうよ! 『
救われる余地は自分達には無いと諦める覚悟を固める二人を見たくないと。二人には救われてほしいんだと叫ぶ。
「大体大局的に言やアンタら大体山程罪も無い人を救ってるだろ! 差し引きすりゃ、悩むまでも無いくらい、誰に恥じる事も無いくらい善い事沢山してるだろう! それなのにアンタらが許されない救われない罪人だってンなら、この世に罪人でない奴なんざ居るもんか! いいや、オレは罪人でもいい、今更罪も罰も恐れやしねえよ、だけど、アンタ達が救われないなんざ承服出来るかよ!」
そんな
「そういう単純な計算で、納得するのなら。それは多数の為の少数の切り捨てを容認する事と同じだと思う……それに、許されているから、救われて良い筈だなんて、言っちゃっていいのかな……」
そしてルルヤもまた、そのリアラの言葉に呼応して、説得を返す様に応じた。
「……他人を許す事はできても、復讐者である私達は、その理屈で私達自身を許す訳には行かないだろう」
よりによってこんな時に、そんな自虐的な方向で息ぴったりに。それに対し……
「あぁもう心配した通り二人揃って面倒臭い奴だなーもー! この石頭共!」
遂に
「救われてくれって声があんのに救われていいのかって悩むのはつまり、許すなって声が1個でもあれば救われないって事か!? それなら、悪党どころか僻み根性野郎だの訴訟好きだの面子馬鹿だのゴシップ好きだの誤解馬鹿だの粗探し好きだのがこの世に一人でも生き残ってる限り正義の味方はぜってーに救われねーよ! 仮にアンタらを断罪するクソ市民がいたら、俺がぶった斬ってやる! 撫で斬りにしてやんよ! ふざけんなって言ってやる! 守られる側にも守られる側なりの品格が、守るに値する値打ちとして要るだろうって言ってやるよ! それが選民主義だと言うなら言え! 元々こちとら傭兵階級復讐殲滅ジェノサイドホロコースト野郎だしそれを恥じも否定も撤回もしなけりゃ止めもしねーよ!」
そして同時に自分が叫ばねばと思った理由も今こそしかと理解して叫んだ。その叫びは二人ならば絶対に言うまい、自分でも拙いし完全に普遍的な訳ではないと分かっている言葉だったが、それでも
この二人、直感と知恵のように正反対の所もあるが、同時にお似合い過ぎる程の似た者同士で。だから、二人揃って自縄自縛に嵌まり込んでしまう。
それを教えてやらねばと思ったのだと。柄にもない、けれど本質的な、子供らしい純粋な必死さで。
「正義の味方は正義そのものじゃないんなら、ある程度正義なら多少正義でなくてもいいだろ。味方してやってんだろ、正義に! 勝手に味方した押し売りでも、正義の奴に味方した分の代金としての目溢しを請求してもいいじゃねえか!」
「!?」
何たる無茶苦茶な発言か! と、ルルヤは戦に臨めば鋭利な刃の如く、静かにあれば美術品の如く、慈愛を滲ませれば聖母の如き顔を、一介の年頃の娘の表情で唖然とさせた。しかしショックが、ある意味ルルヤの思考を別の方向へと揺さぶった。
「んなっ…そんな、無茶苦茶な……」
そして、リアラもだ。
「無茶苦茶で悪いかよ。無茶苦茶でもいいよ。無茶苦茶で当然だろうがよ」
馬鹿が誉め言葉になる時あるいは人というものがある。それは知恵が逆に足を引っ張る固定観念になってしまっている時に、賢者が飛び込むを恐れる所に飛び込み、暴虎馮河と見える事を成し遂げてしまう者に対しての発言である。裏を返せば成し遂げられない力の無い馬鹿は評価に値せず、知恵が固定観念に堕していない状態での馬鹿は世間一般で言うところの馬鹿であるという事だがそれは兎も角。
日頃聡い少年である
「元より俺たちゃ全知全能でも何でもねーんだ。完全に出来るとか、全員に好かれるとか、絶対無理だ。それでも、戦うって決めたんだろ。復讐でも少しでも正義に寄り添うって。そこが原点で、正義が舵ならそれが動力だろ」
復讐を捨てない。復讐の道から歩み出す。それが自分達だし、それでいいだろう、と訴える。復讐という感情を捨てる事が出来る人間は、友情や愛情だって同じ感情だから捨てられるだろう。つまりそういう奴にとっては美徳や正義や美学や善悪への罰則への恐れや拘りもまた同じ。となれば残るのは唯欲望と保身即ち唯利益不利益の打算に川上から川下に唯流れるのに従って流される様に従うだけの存在だ、と。
だがそんな世俗を廃しすぎれば狂信になる。それをリアラは『
打算と損得だけで正義を構築すれば、人はそれを罪悪感も無く掻い潜るようになる。正義など抱かない事が正義だと。それに比べればこうして乗り越える事に悩み苦しみながら進む方が慎重さという点で遥かにましだろうと。そして何より……
「不完全でも、捨てられないだろ、二人とも」
ルルヤは理解する。正義自体は手放さない。手放せない。
何故ならば欲望に呑まれない為には正義が必要だ。だが
しかしそれだけではない。手放せないのは正義だけではない。
(それは、嫌だ。それでも嫌だ。リアラが断罪される正義と、リアラが傍らにいる不完全な正義ならば、私は……)
エゴ無くして進めず。正義無くして道は無く。さりとて、それに加えて愛無くしては、己を保ったまま進みえぬ。
恋愛の愛である必要は無い。少しでもいい、必要とされる事。存在証明となる存在肯定。それは人の手による
「リアラ。『
何れにせよルルヤは目覚めた。そして悩みに目を閉ざされたリアラに告げる。
「私、ルルヤ・マーナ・シュム・アマトは、お前、リアラ・ソアフ・シュム・パロンを、その全てを必要としている。お前の力や知恵だけじゃない、お前の清らかな面だけでもない、お前の前世、お前の魂、お前の苦しみも悩みも全て。何故ならばお前の善は、お前の悪、お前の悩み、お前の苦しみから生まれるものだからだ。お前は克己し、苦しみのなかで理想を求めるものだからだ。私と同じように。私もまた、血塗れの中で正義を探す人生という物語を生きるものだからだ」
そう語るルルヤの表情は、夜闇に迷う者を照らし真なる月光の様に輝いていた。殆ど、霊的覚醒を果たしたと言ってよい程。いや正に、ルルヤはこの瞬間、真竜の二つの側面、生贄を求める傲慢な世界を殴る鉄拳の側面だけではない、世界に統合と調和をもたらす愛の側面をまた一つ成長させたのだ。
「お前だけではなく、
三人のやり取りに固唾を飲み、時に共感し、時に不安げに、時に涙を浮かべ、時にどきどきしながら見守ってきた
「正義とは正義について考え続ける事だ。つまり、悩みもがき苦しみ続ける事だ。それをもう一度掴み直そう。そこには誤りもあり、痛みもあり、そして不変は無いし普遍も無い。その場その場で、何とか少しでも良くあろうと不断に苦しみながら戦い続けるしかないのだ。そんな不完全な正義しか定義できない者として、私はそれでもお前に寄り添っていいか? 今一度、お前に問う、リアラ」
優しく清く美しく、しかし同時にルルヤの光は、あくまで白い花弁の様に甘く薫るのでもなく、灯火の様に暖めるのとも少し違う。冴え冴えと闇を照らし、迷う旅人の足元を闇を歩む為に、迷う旅人の手元を己の松明を灯す為に照らす月光だ。
「血塗られし時も泥まみれの時も、謗られし時も断罪されし時も、お前は私に愛されている。いいや、私達に愛されている。私は一際強く愛している。共に血を流し、共に泥に塗れ、共に謗りを慰めあい、共に罪を償おう。例え罪が消える事が無くとも。それでも、それらの苦しみ以上の救いを、お前に、私に、皆に齎したいと私は戦う。許されざるという者が居ても、私に出来る救いが許しかどうかは分からなくても、救われてほしいという人、許されてほしいという人々の心に応えたい。その分の償いも込めて、不遜と言われても、許さざる者に敵として打たれても、それでもと、私は誰かを救う為戦う。私のエゴと私の正義と私の愛として、例え不完全でも……」
そしてまた、花ではないルルヤの正義と愛は、血を流し戦う鋼鉄だ。
癒すのではなく、促し、喚起し、励まし、力を注ぎ、立てるかと問うた。その心に愛で鋼の如き勇気と誇りの支えを、罪を背負った上でそれでも尚救われてほしいと願う人々の為、生きて戦う為の力を吹き込んだ。
「私はお前を愛している、リアラ。だからそれらの償いと不完全を放り捨てずに背負う事が出来る。不完全でいいと言える。不完全でもやらないよりましたと胸を張って言って、不完全なりに知恵を絞り戦い続けられる。お前が罪を犯していると苦しむなら、その糾弾に対峙し問い返す。だから生きてくれリアラ。私の様に、皆の様に、自分の人生の物語が誰かに影響を与えたと、誰かに私の人生の物語が愛読され必要とされたと信じる事で救われ生きる者達の為に。苦しくても辛くても、貴方の物語を語ってくれないか」
「っ……、はいっっ!!」
リアラは即答した。真っ直ぐに胸を張ってルルヤを見据えた。その頬に涙を残しながら、その胸に痛みを残しながらも、どんな痛みも、例えば鞭打ちであろうとも茨もであろうとも釘であろうとも槍であろうとも、銃弾も偏見も罵倒も、全て受けると、血に塗れ取り零す至らぬ己の手を握りしめた。その声は、先程よりも強く力を増していた。
「僕はルルヤを愛してる。ただ生きているだけで人を傷つける地球の命である僕が、それでも、ただ生きているだけで人を救ってもいるのだと言える貴方のその言葉を。その優しさも、その苛烈さも、その強さも、その猛々しさも、その清らかさも潔癖さも、愛も願いの激しさも全て」
それは思い上がりかもしれない。歴史は人を殺してもいいと思い上がった人間が人の血で描いた物語かもしれない。だが、それでも。だがそれでも、戦わなければならない状況というものは確実に存在する。それは現実の非情さが逆説的に証明している。そして戦うという事は。
煎じ詰めれば、自分の主張は人を殺してでも通すに値すると信じていると宣言する事、自分は対峙する敵を殺してでも生きるに値すると主張する事、戦い妥当する相手を生きるに値しないと断定する事、相手の主張は殺してでも抹消しなければならない害悪であると決心する事に他ならない。
たとえそれが命を奪わぬ形の戦いや競い合いであっても、己の勝利の為に他者に敗北という屈辱を強いる、戦いとは己の人生の方を優先させる行為という本質は変わらない。それは更に言ってしまえば、生きるという事それ自体にすら言える事かもしれない。
生きて戦うという事は、とてもとても、一方的で、傲慢な事だ。だが、それでも。争う事が遍く罪だというならば、正義というものは常に罪と共に抱かねばならぬのだという事になる。その矛盾に負けてはならないのだと。
「それでも僕は生きると言いたい。貴方を愛して生きると言いたい。愛している貴方に生きていてほしいと言いたい、生きている貴方に寄り添う為に、罪あるこの身で戦いたい。この手で救った命が、この手で奪った命を甦らせる事が無くとも。それでも生きるに値するんだと言ってくれた人の為ならば、その為ならば戦える」
「それでも正義という物に生かされた身として。罪があってもそれが美しいと思うから。その美しさに救われた僕と同じ人が沢山いて、僕を否定する事がその人達も否定し、僕の想いを否定する事が僕の想いを魂の糧とした人を否定する事なら。僕は生きる。その僅かかもしれない絆の為に。その僅かな絆で、不完全な善で、微かな癒しで、それを与えあった事を礎に生きていいんだと、そう示す為に。それで誰かを救えると信じて生きる。ルルヤと同じ誓いを胸に、ルルヤを愛して僕は生きる」
二人が生きるに値すると考えその為に戦っているのは、その中で世界を覆う戦乱に巻き込んでしまう事に恐怖しながらも、自分ではない。互いと、嘗て自分達を優しく育んでくれた人達と同じく善き社会の人々だ。それを支える正義という美だ。
それは善か? それはそういう人を見たいと願う欲望と何が違うのか?
それもまた欲望で、人間は根本的に悪性の存在ではないのか? 否とは言い切れない。だが正確に言えば、正義や善は自分達が産み出した基準であるにも関わらず、自分達が考え出した正義や善という概念に追い付く事が出来ないが故に自分達を本質的に悪聖の存在と定義せざるを得ない存在が人間だ、という方がより適切だろう。この世界は間違っている、そう想い続けたからこそより良い世界を作ろうと間違いながらも進歩し続けたのが、人間という生き物なのだから。
ならばそれが人を苦しめるならば正義や善もまた滑稽と笑われ、旧弊と否定され、欲望と快楽の充足と反映の為の論理的な取捨選択が是とされるべきなのだろうか? 欲望と快楽も反映も本来的には少なくとも否とはしえない存在だ。ある程度のそれらが無ければ生きていけないのだから。
だがそれが全てでは美しくないし、美しいものが無ければ生きられぬ人もいる、正に美しいものが無ければ自分達は生きていなかったとリアラもルルヤも思う。
故にその美しいものに意味はあるとそう信じ、自分以外の美しい何かの為にリアラとルルヤは命を懸けた。その美しいものを自分が手にできなくても、自分がその美しいものになれなくても、その美しいものを見ることすら出来なくても構わないと。自分の命より欲望よりそれを優先した。対敵にその覚悟はあるか。
それは美しいものを守って死ぬかもしれぬ自分に自己陶酔したいだけではないかと言う者もいるだろう。そんな者に美しいものの為に己の醜悪をも食い縛る二人の姿を見せつけても尚、それは醜悪をも感受する自分に自己陶酔しているだけではないかと言うだろう。それでも問わねばならぬ。罪を受ける為にも越える為にも。
言葉というものはそういうものだ。だが、言葉とそれで論理を作り続ける事と、感じ想い考え続ける事は違って。想い考える事は、それでもと突き進む。美しいもののために。その、美という極薄い違いの壁を、それでも尊ぶべき煌めくものと信じ、尚、抗う。対峙する者の弾劾に問い、答えの断罪を受けても尚進む為に。
「
「うん……
「どういたしまして。いや……いいものを見たよ、いい事を聞いたよ、こちらこそな。救われたよ、俺達も」
そしてルルヤは
(やれやれ。これで、改めて……この恋は
「さて。それで……どうするんだ」
そして、改めて
「こうする」
それに、ルルヤの傍らに立つリアラは、今や再び天を変わらず運行する陽の如く、輝きとガッチリ噛み合った時計の如き思考の歯車の回転を取り戻した表情で答えた。
そして、翌朝。陽の【
「リアラ・ソアフ・シュム・パロンよりゼレイル・ファーコーンへ。仇を討ちたい気持ちは分かる。衷心よりそれに応じる。だが僕にも戦いを続ける為に生きねばならぬ、生きるに足ると主張する理由がある。だから正々堂々、一騎討ちの決闘裁判で応じる。仇を取れるなら取り、自分の復讐は正当であったと叫んでいい。誰にもその件で君を憎ませないと約束している。エクタシフォンとアヴェンタバーナを結ぶ旧街道の中間地点において僕は本日これより待つ」
決闘裁判。それは決闘の勝敗にて裁定を決める儀式。正しいと思えるかが大きく力として影響力する戦い。
リアラは問い、立ち向かう。己の命、己の戦いに。己と対峙する者に問う為に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます