・第六十二話「闇の底の真竜(中編)」

・第六十二話「闇の底の真竜シュムシュ(中編)」



 『退廃エログロ欲能チート』との戦いで、下水道を通って奇襲を行おうとした欲能チート強化矮鬼ゴブリンを〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉は魔法で水攻めにして殲滅した。それも早くも今は昔。


 〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉は今、逆に地下に追い詰められていた。地上に出れば即座に連合帝国の治安維持勢力と衝突、戦端が開かれるだろう。


 地下といっても先に述べた『退廃エログロ欲能チート』との戦いの戦訓を見れば分かるとおり下水道ではない。それでは自分達がやったのと同じ手で攻撃されてしまう。


 高度に発展した帝都の地下はそれ以外にも様々に活用されていて、地下倉庫、地下墳墓、秘密の離れ、かつての合戦で掘られた攻城地下壕、滅亡した組織の秘密基地、脱出用地下通路、貸倉庫ネットワークの地下通路等、様々なものが別個にあるいは古いものを吸収する形で酷い場合は互いの存在を知らずに造られた結果接触したりして構築されていて。


 〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の面々が今居るのはその内の一つ、奇しくも玩想郷チートピア帝国派が居を構える複合神殿と、神殿の本拠とでも言うべき祭祀の都アヴェンタバーナとを結ぶ地下通路と繋げる事も可能な帝龍ロガーナン家専用秘密地下通路の一区画だった。


 帝龍ロガーナン太子達を助けたからこそ使う事が出来る、灯台下暗しかつ筆頭大臣とて知らぬ避難場所ではあるが、敵の力が侮れぬ事を思えば、察知され今は暗黙の了解の元に戦闘再開のタイミングを図られているという可能性も十分にあるだろう……



「……それでもごめん。見抜けなかった事が、あるから」

「ミレミちゃん!」「いいかミレミ、生存が最優先だ。忘れるんじゃねーぞ! ……切れたか……伝わったか……?」


 魔法による小さな照明で辛うじて照らされた薄暗いタイル張りの空間。リアラと名無ナナシが、諸部族領のミレミに通信魔法を送る護符に呼び掛け……そして通信が切れた。案じるように、名無ナナシが呟く。最後の言葉はミレミに届いた保証は無い。


 そう、幸い名無ナナシ達は脱出に成功していた……いずれも手負いで消耗していたが。


 名無ナナシ自身も撤退戦中の手傷と崩壊する帝宮の瓦礫が当たった事による負傷で魔法治癒によっても未だ治りきっていない傷として、左目を含む顔半分を呪文包帯で真っ白にしていた。


「……ごめん……僕が、もっと……」

「生きてる以上まだ勝負は続いてる。何も始まっても終わってもいねえ」


 気落ちし謝罪するリアラに対し、名無ナナシはやはり回復が追い付かず手負いのままのリアラに気にするなと労り、そしてまたその精神力故にそれでもそう励ました。


 生存した仲間達はこの場に全員が居るわけではない。長い通路のそこここや各国大使館の地下施設等に分散して隠れている者もいて。そして、縁のある者全てが逃げ切れたわけではないという冷厳な事実がある。接触し交渉を持っていた諸部族領の族長達や一部の辺境諸国の王侯達は、警告を促す事しか出来なかった。


 あくまで使節団として残ったから普通ならば手荒な真似はされない筈だが何しろ相手は新天地玩想郷ネオファンタジーチートピアだ。ろくな目に遭わない可能性が高いだろう事は想像は出来たが……今の〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉に全容は知りようもない。


 四人の帝龍ロガーナン太子は脱出に成功した。しかし、そもそも帝宮に辿り着いた時には既に毒が致命傷に達していた当代帝龍ロガーナンギサガと后スロレの命を救う事は出来なかった。その結果、敵に事実上連合帝国の完全掌握を成し遂げさせてしまった。


 太子四人については、ギデドスはあの後ルマを乗せた龍馬を呼び戻してそれに跨がって共に離脱、ギデドスは『悪嬢アボミネーション』エノニールを悼みながらもそれを逆に戦意に変えたが、目を覚ましたルマは真実を告げられて流石にショックを受けた様子で。リンシアは〈馳者ストライダー〉達と共に脱出したが負傷が酷く未だに治療中、そしてルキンは最初に避難した隠し部屋の位置が悪かった事により帝宮の崩壊に巻き込まれた事による負傷が激しく、半魔侍女メイドが身を呈して庇って尚、今も意識を取り戻せずにいる。


 それでもルキンは件の真竜シュムシュの秘密に関する文献を守り抜き伝えていた。だが、今はまだそれは語られるべき時ではないそれが話に絡み描写されるのはもっと後だ。現状はそれ以外だけで既に絶望的苦境だ。


「まだ少し、胸が落ち着くにゃ時間が掛かるだろうから、平行して現状と作戦について練っておくぞ。考えなきゃならんのは次の点だ」


 だが尚、名無ナナシは諦めていなかった。リアラを案じながらも小さな明かりを灯し、通路の壁の古いタイル絵が見下ろす中地図を広げ、思考を巡らせる。


「まず一つ。太子さん達が無事で、こっちが四人とも押さえてるから大義名分で勝負する事は出来る筈だが、欲能チートがな。宮廷詩人野郎の欲能は洗脳系、あくまで洗脳効果は言論や情報に乗せるって縛りはあるみたいだが、その代わりに範囲の広い欲能チートだ。このままじゃ現状はひっくり返せない」


 『情報ネット/マスコミ欲能チート』によって帝都は支配されてしまった。帝龍ロガーナンギサガと后スロレが亡くなったにも関わらず連中はあたかも帝龍ロガーナンを擁しているかの如く振る舞えるのは、影武者を仕立てているだけでなくそれを欲能チートで疑わせないようにしているからだ。現状こちらが先の戦いで得た戦果は活かせないように潰されている……逆に言えばそれを活かせるようにで出来れば札取並ふだとりならべ混珠こんじゅの遊戯。地球で言うトランプ・タロット・カルタ・花札を混ぜたようなカードを使うカードゲームの一種で、リバーシと七並べと神経衰弱を混ぜた様な内容〕のように一気にひっくり返せる可能性もある、と、名無は分析した。


「二つ。ミレミ達が頑張ってるとはいえ、諸部族領はもうダメだ。ミレミ達を寧ろ助けなきゃなんねえ」


 ……指折り数えながら、名無は流石に無表情を保てず、折る指が僅かに震え、下唇を食い縛った。傭兵団は友達であり家族であり、副団長のミレミは様々な友情と愛情が入り交じったパートナーだ。


 失う痛みを幾度も知っても、人の心は保っている。飛べるなら飛んでいきたい。誰よりも強い力があるなら、幾万の軍勢を薙ぎ倒してでも助けにいきたい。そういう感情は忘れられないし忘れたくないと名無は思い誓う。


 苦しくても、辛くても。それを忘れたら、躊躇い無く切り捨てる怪物になると。


「三つ。その二つからの派生部分もあるが、まず現状認識として、今の俺達はジリ貧だ。『反逆アンチヒーロー』が健在だから【真竜シュムシュの地脈】の最大出力は封じられたままで。遠隔地からのある程度の【地脈】使用はできても、このままじゃ帝国を何とかする前にナアロ王国に追い詰められ潰される……よな」


 だが堪えながら名無は三つ目を数え……自分には苦悩を強いる事を前提としながらも、リアラに気遣いながら問うた。


 『悪嬢アボミネーション』と『正義ロウ』が死に、『情報ネット/マスコミ』『旗操フラグ』『大人ビッグブラザー』『反逆アンチヒーロー』が残った。だが『文明サイエンス』と『交雑クロスオーバー』が加われば、敵戦力は寧ろ強化される。


 それに対し、『反逆アンチヒーロー』の妨害ある限り、ルルヤとリアラは全力を出せない。これまで戦い玩想郷チートピアから解放した地から、協力・賛同する人々の力を得る事も出来るが、その力では倒しきれなかった。


「うん……各地に残した、皆が繋げてくれた連絡網から【地脈】に流れ込んでくる力は、幾らか待てば生きている人の力だから前と同じ位には回復する……尤もそれも、今回の連合帝国の布告、とかで、僕達が見捨てられなければ、だけど」


 名無ナナシの確認に答えるリアラだが、その表情も声音も曇っていた。が、憔悴したリアラの様子に忸怩たる感情を抱きながらも、今は名無ナナシは話を先に進める。


「……見捨てられや、しねえよ。……俺からの作戦提案としてはこうだな。ここは、エクタシフォンからアヴェンタバーナに退く。こいつは、各地の村長達を束ねてくれたオンジャルムの爺様が、村々の新田から訴えを挙げてくれた事と、海賊と同時に神官、採神ケルモナス航神タツワミノエス神官の中では兼務とはいえ高位のハリハルラちゃんがいればこそだが、アヴェンタバーナの神官達との交渉はこれまでの間に進めてたんだ。信頼できる神官に真竜シュムシュの護符を渡してたのが幸いした。そいつらが護符を配ってくれた結果、アヴェンタバーナはまだ玩想郷チートピアの洗脳下には無い」


 リアラを慰め、苦悩し続けるリアラに名無ナナシは話し続けた。


 アヴェンタバーナはエクタシフォンと遠からず近からずの位置で、同時に諸部族領により近い。地図を指でなぞる名無ナナシは、追加の手札を切り作戦に加える事を提案した。それは、これまでの戦いで積み重ねてきた人の縁から引き出されるもので。励ますように、その存在を示す。


「アヴェンタバーナに拠点を写し、諸部族領の支援と帝国に巣食ってる玩想郷チートピアの奴等との戦いを同時進行で進めるしかない。引っ掻き回して各個撃破するんだ。所謂内線作戦って奴だ。神殿の立ち並ぶアヴェンタバーナには、法術に使う魔法装備が沢山ある。それを使うのと、それを使って幾つか護符を新しく用意して貰うのと、他、まだ切れる手札はある。リアラちゃんとルルヤの姐さんの、これまでのお陰でな。……それを使って俺達が引っ掻き回す。その上で、結局一番やばいのはまた、引っ掻き回した相手を撃破に回る二人の立場なんだが……」


 しかしこの戦況で立てうる作戦は、やはり苦しい要素の多いもので、名無としては苦々しい限りだ。


 そして複雑な心中を抱えたまま、リアラはそれを聞く。考える。純粋に戦略的に言えば、太子の身柄を抑えさせなかった事により、敵は偽物の帝龍ロガーナンを立てる事しか出来なかった為、その詐術を穿つ隙の手懸かりを手元に残したという意味では……


 それに撤退したとはいえ、与えた損害という意味では、玩想郷チートピア十弄卿テンアドミニスター二名と多数の欲能行使者チーターを失っている……


(違う、違う。そんなんじゃないんだ。人の命は、本当はそんな計算じゃ……)


「……僕のせいでとリアラは言ったが。正確に言えば私達のせいの所もあり、リアラのお陰の部分もある、だな。少し気恥ずかしくも有難い事に、私のお陰の部分もあると名無ナナシは言ってくれたが。何れにせよ、一人で背負い込むな、リアラ」


 考えかけ不意にそれまでとは別種の自己嫌悪を感じて苦悩するリアラに、名無ナナシだけではなく無論共にこの場にいるルルヤがそう言葉を付け加えた。その手はラトゥルハの恐るべき核の【息吹】により消炭めいた重症となり魔法包帯で覆われたままだったが、それでもだ。幸い放射線障害の兆候は無くラトゥルハの「浄化・回復魔法は放射線被曝にも有効だ」という言は証明されていたが、痛々しく、腹の傷が治りかけてきた所に、さらに継続的な負傷が増えた事に変わりは無い。


「……どうした?」


 それでも尚気丈に、苦痛の声一つ漏らさず補佐し励ますルルヤは包帯を巻いていない方の手でリアラの頭を撫でた。


 リアラはそんなルルヤの手に、頷こうとして、出来ず、俯いてしまった。それにルルヤは包容力のある穏やかな表情で、片手でその白く豊かな胸に抱き締めようとし。しかしますますリアラを深く俯かせてしまい、困り果てた。


 その問題がやはり深刻なのだと理解して。


「大丈夫です、大丈夫……」

「焦るな、リアラちゃん」


 そう、堪えようとするリアラを、名無ナナシは作戦に関する話を一旦中断し、首を振って制する。


「どのみち、ここまでの状況を分析して、これからの作戦を立てなきゃならねーんだ。それは当然な事で、人の命を数字で考える酷い事とか、そういう事じゃない。状況がそうしなきゃならないようにしてるんだ。強いられてるんだ、って奴だ」


 今無事を装って急ごうとするな。無理をして負けたら犠牲はもっと増える。そう、自分自身現状分析と作戦について考えながら自分を落ち着かせる為に心中呟いただろう言葉を、ミレミを狂おしく案じる心を制御しながら名無ナナシは告げて。


「……ここには今、俺等とリアラちゃんとルルヤの姐さんだけだ」


 名無ナナシは改めてそう事実を告げて促した。自分達〈無謀なる逸れ者団〉は傭兵狩りとはいえ傭兵集団でもある。舞闘歌娼撃団と並んで、最も世俗の闇に近しい。


「勇者らしからぬと思った事も話していい。……もやもやしてたら、駄目だぜ」

「その通りだ。水くさいぞ、リアラ」


 名無ナナシは察し、案じていた。勿論、ルルヤも。


 リアラはそれを悟り……躊躇いがちに、感情を溢し始めた。

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