・第六十五話「竜の帰還(中編)」

・第六十五話「竜の帰還(中編)」



 そして、決闘裁判ならぬ包囲私刑となった場で、リアラは。


「《破砕》! 魔法力収束・追加充填! 収束収束収束収束!」「えぇいっ!」


 『旗操オシリス』と戦って、いや『旗操オシリス』達に攻撃されていた。


 『大人ペルーン』が変化した雷の檻の中、錬術れんじゅつ欲能チートを組み合わせ超高難度の猛烈な魔法力集積を『幸運にも』成功させる『旗操オシリス』に、リアラも【陽の息吹よ、灼き斬れフォトンブレイス・ブレイド】で抵抗する。瞬間、二者の間で二×二本どころではない無数の刀剣が乱舞したが如く見えた。光を司る陽の【息吹】を応用し、瞬間リアラが幻惑を行使、己の太刀筋を一瞬だけ分身させたのだ。


 SWASH! GRINN!


「通じるかよぉっ! そんな誤魔化しがぁっ!!」


 だがその幻惑の強烈なフェイントを『旗操』は完全に無視し実際の攻撃を防御!


「今の俺には誤魔化しは通じねえ緩さねえ! 例え百万に一つの本物だろうが一発で『偶然』当てて見せるぜっ! 発動っ! 『極大破滅波アペプ』!!」


 運命操作の欲能の面目躍如、どれが本物の一撃か見切りもせぬまま偶然錬術れんじゅつ欲能チートの乗ったコピシュで防御に成功し、そのまま『旗操オシリス』は欲能強化錬術チートれんじゅつを発動!


「くっ!」「最大出力っ! 『滅灯メジェド』ォッ!」


 極太黒蛇めいた破壊の波動が、電流爆破有刺鉄線ケージデスマッチのリングめいた雷の檻で飛行ままならぬリアラに直撃! 『旗操オシリス』追撃! 更に強力な欲能強化錬術チートれんじゅつを眼球からの破壊光線という形で発動!


「【光よ】っ!」


 しかしこれはリアラが防御。光を操る陽の【息吹】の追うようで、防ぐのみならずねじ曲げて逆に『旗操オシリス』へと跳ね返……


 ZDOMZDOMZDOM!


「ッ!?」「残念だったなぁっ! これが絆の力って奴だぁっ!」


 跳ね返し『旗操オシリス』に逆に命中させようとしたリアラを更なる攻撃魔法の直撃が揺さぶる。反射させた光線が外れ、『旗操オシリス』は哄笑!


 しかしそれはあまりにも粗雑な皮肉! 攻撃魔法を先程のリングの例えで言えばその外から放った『傲慢ルシファー』は『情報ロキ』に洗脳されている! 更に言えばそもそも一対一の決闘を拒絶し袋叩きを宣言しておいて絆の力とは!


「~~~~っ……!!」


 ZZZZZZ! DOMDOMDOMDOM!


 更にそこに意思無き雷の檻と化した『大人ペルーン』が、檻の一部を雷の触手として延ばしリアラに絡み付け電撃! 【息吹】に集中し攻撃を跳ね返す余力のなくなった隙を突いて再びの『旗操オシリス』の『滅灯メジェド』、更に同じく操られし『栄光ヒーロー』も光線を発射! 更に魔術! 錬術れんじゅつ! 地面が電流と熱光で爆ぜ魔術・錬術れんじゅつの爆発がリアラを飲み込む!


 意思無き傀儡達の連続攻撃。それを絆の力だと『旗操オシリス』が豪語する理由。


「数の多い方が勝つ、『常識的に』。包囲してる側が勝つ、『常識的に』。今迄私の前でゼレイルは負けた事無い、だから勝つ、『常識的に』!」


 それは『常識プレッシャー欲能チート』ミアスラ・ポースキーズ、『情報ロキ』の幻像越しにこの場を見る彼女が放つ欲能チートの呪詛だ。


 本来彼女の欲能チートは、元々の地球で生きていた頃の常識に合わせ、地球に無いものを無効化する力だった。それでは【真竜シュムシュの鱗棘】の防御を抜く事はできぬ。それが仲間だった『同化ドラッグダウン欲能チート』テルーメア・イーレリットスの死で変化した。


 自我に衝撃を受け魂の形が転生前より更に変貌し、それにより欲能チートの応用性が変動。『常識の範囲』を自分の認識で弄れるようになったのだ。それを使い『己が認識』を押し付ける事で、『旗操オシリス』、『傲慢ルシファー』、『栄光ヒーロー』の力を強化しているのだ!


「っ……っ……!!」「へっ、そいつが手前の運命だ、おい」


 爆煙が晴れる。何とか雷の触手から身をもぎ離したリアラだったが、あっという間にまたボロボロになっていた。煤で汚れ、鎧に罅が入り肌を傷と血と火傷が覆い、さながら先の戦いの続きの如く。爆風に吹っ飛ばされ。雷の檻から身をもぎ離す際に地面を転がり、ぼろぼろのリアラは地面に片膝をついて俯く状態。


 だがリアラは己が身を襲う苦痛を受け続け、耐え続ける。苦しみながらも退かぬ。


「地獄に堕ちなぁ!」


 哄笑と共に、『旗操オシリス』は、二刀を振り上げその首を落とさんと襲いかかる……!



(最早、勝ったも同然)


 何か策があるのかという事も無しかと、一方的優勢に『情報ロキ』は嗜虐的な笑みを浮かべた。己こそ無謬の正義という思い込みが折れ、罪悪感に振り回され、人前で戦う事を恐れた挙げ句がこの様よ。確かにこの場であれば醜態を衆目の前で弾劾される事も無ければ、偽善の為に力を消費する事も無い。だが『反逆アンチヒーロー欲能チート』がいてこその【地脈】封じが二匹の長虫バグが分派行動した事によって阻止しにくくなったとはいえ、犠牲者の念が籠っているわけでもないこの地においては【地脈】を使っても複数の十弄卿テンアドミニスターに加えて強化された欲能行使者チーターまで使って袋叩きにしている状況を覆す程の力にはなるまい。加えてエゴの折れたあの有り様では、遠隔地に対する【地脈】の行使をしようにも支持者からの力すら集まるまい。既に状況は長虫バグを見放した。


 そう思い、改めて勝利を確かめようと、『情報ロキ』は眼前の戦場以外の全体の情勢を確認すべく欲能チートを行使し……


「何?……何故です?」


 眉をしかめた。定刻の正式命令・公的情報・報道という権威。誹謗中傷と戦況という世間の雰囲気。握った醜聞による恐怖という圧力。欲能を完全に行使する準備等不要と思える程の、それは『情報ロキ』が信じる社会を動かす力そのものだった。


 だが、周囲の動きはそれとは別な向きに流れていた。


 帝国各地方軍の動きが鈍い。宮廷騎士団等以前から掌握していた戦力を代表として即座に従った者も勿論多いが、情報の確認要求や質問、問い合わせ等を行うという形で即応しなかった地方軍が幾つか存在していた。


 アヴェンタバーナの大神官と太子が出した布告とで情報が錯綜した為だ。それは分かる。だが、情勢を読んで此方側に就くものが大半だろうという予想を、即応した部隊の数は下回った。


 帝国軍ですらそうだったのだ。魂消て震え上がった狩闘の民達を見せつけられた筈の各国代表達は、本国にナアロ・連合帝国同盟に逆らえないと伝えず、その国々もまた擬義を持って返答した。使節団をテロリストと指名され帝都破壊の冤罪を着せられた国々すら、帝国との国力差を知りながらもあくまで状況に対抗調査を行うと宣言し事件の報道に従う事をしなかった。


 どころか、公式報道による表からの手回しと平行して醜聞を使って裏から操りにかかった者達までも、大半が大人しく自首する事を選んだ程だった。


 かつて名無ナナシ玩想郷チートピアの動き方を評して、一致団結できない地球人ってもしかしてすごくあほなのではと言った、丁度その逆の発言を『情報ロキ』はする事になった。


混珠こんじゅ人は狂人ですか? 情勢を見て打算で妥協する事が何故できないのですか?」


 ……人間は情報に従い打算で判断するという『情報ロキ』自体の考えが判断を誤らせたと言えた。だが、それを『情報ロキ』は理解せぬ。


「……〈王国派〉の手抜かりのせいですか? 何を引っ掻き回されているのやら」


 理由を探し求め別の場所の戦況を分析する。もう一匹の長虫ルルヤ・マーナ・シュム・アマトの戦いの状況。存外の健闘。それが原因かと考え、向こうの戦況に不快げな表情を浮かべ……


「?」


 目を滑らせ、一度見過ごして、その後違和感をも地、改めて確認して妙な情報に気づき、『情報ロキ』はそれを二度見した。


長虫バグが二匹、ナアロ王国軍地上部隊後方に出現、破壊工作を実施?)


 この情報は何だ。一匹はこの場にいる。もう一匹があまりに速い速度で動いた為の誤認か? いや違う、アヴェンタバーナから始まるルルヤの移動記録もナアロ王国領に食い込んでいたが、この情報の発せられた地点はあまりに遠く離れている。


「どういう事ですか、これは……!?」


 『情報ロキ』は、嫌な予感を覚えて呟いた。


 その情報の真偽とそれが誰の如何なる意図かを語る為にはまずルルヤの戦いを語らねばならず、その為には時間を少し巻き戻さなければならない。時間軸はルルヤがラトゥルハを挑発しその脇を潜って飛翔した少し後にまで遡る……



「待て、こら! くそ、このっ!」


 飛ぶルルヤを追いながら、ラトゥルハは準備や使用タイミングの判断が面倒な核の【息吹】を除く、全身に仕込まれた魔法兵器で猛烈な攻撃を行った。ラトゥルハ本体だけではない。前回撃墜されたものを補充した《水銀瞳》も展開し、更に随伴する〈光芒〉〈碧血〉も、艦船を人型ロボット化したような姿の全身に搭載された魚雷発射管や旋回砲塔を象った様な魔法兵器を乱射した。


 しかし、それらの魔法攻撃が眼下の都市を庇う必要も無くまたあえて逃げに徹するルルヤを捉える事は無かった。大半は【真竜シュムシュの翼鰭】と【真竜シュムシュの咆哮】の相乗効果で回避され、一部は先の戦いのように【真竜シュムシュの息吹】を終息させた拳で跳ね返されて逆に《水銀瞳》をを撃墜され、稀な複数同時に至近距離挟差も【月影天盾イルゴラギチイド】で防がれる。回避・盾・反射のうちどれか二つだけなら例えば回避と反射だけなら一度に反射できる攻撃は殴り返せる両手の数に限られる為回避を越えて同時に三発以上命中出来れば通っただろうがそれは盾で防御できるし、盾と反射だけなら足止めをする事はできただろう。だがその三位一体が今のルルヤには揃っていた。


 加えて何より機動性差が大きい。そもそも突破を許した様に、重力を自在に操るルルヤの機動性はベクターノズルを用いるラトゥルハのそれを上回る。ある程度自由に三次元機動が可能な《水銀瞳》は速度で遥か劣り、撃墜されずとも置いていかれる物すら多数。〈光芒〉〈碧血〉は速度こそラトゥルハに追随できるものの機動性で劣る為ルルヤの機動性とは比べ物にならぬ。多数の武器を備えて弾幕を張れるが故に辛うじてルルヤを射界に捉えるチャンスこそあるがルルヤにはそれを十分に凌ぎ、自身の目的を達する事が出来た。第一の戦略目標への接敵に成功したのだ。


「居た……!」


 紅の瞳が見据える音速を越えた勢いで距離が縮まるそれは、鳥も通らぬ程の混珠こんじゅでも最も地上から離れた領域を飛行する銀色の巨群。


 即ちナアロ王国空軍核爆弾搭載戦略爆撃飛行錬術れんじゅつ兵《天国の要塞ヘブンフォートレス》。


(核攻撃阻止が最初の目的です。ブラフが含まれている可能性もありますが、ブラフを有効にする為には誇示が必要です。少なくとも一発二発は確実に実際に使用する心算の筈……それを阻止しないと。虚空の黒い宇宙に浮かぶ地球と違い青い水の宇宙に浮かぶ泡の中の世界である混珠こんじゅは、大気圏を一旦出て再突入するICBMは使えない。だから核兵器の運搬手段は高確率で爆撃機となりますから……)


 戦いの前、リアラはそう告げた。決闘裁判の話だけではない。リアラは気力を取り戻し、色々な事を話していた。


「【GEOAAAAFAAAAAANN】!!」


 ルルヤが【息吹】を両手で連写! 機銃を廃した地球の爆撃機とは戦場の状況が異なる為防御火器を有し応戦する《天国の要塞ヘブンフォートレス》だが、ルルヤに通じる筈も無し。銀色の機体が、黒い【息吹】と反射された機銃弾で撃墜されていく。炎の中をルルヤは突っ切る。



「迎撃に来おったか、じゃが……」


 己が『発明品マクガフィン』と接続し状況を確認する『文明サイエンス欲能チート』は交戦開始を察知した。


 《天国の要塞ヘブンフォートレス》が迎撃されるのは想定済みだ。その為、実際核弾頭を搭載している機体もいるが、核弾頭を温存し広範囲焼夷錬術爆弾等で水増しもしている、だからラトゥルハが後方から食い下がる中で全てを撃墜しきるのは難しい筈……


「何じゃとーっ!?」


 という『文明サイエンス』の想定は、よりによってその当のラトゥルハによって吹っ飛ばされる事になった。


「このこのこのこのこのこのぉおっ!!」


 ZDDDDDDDDDDDDDDDDDD!!


 編隊を突っ切るルルヤを追うラトゥルハと〈光芒〉〈碧血〉……ルルヤを狙い猛烈な弾幕を放ちながら。その弾幕が《天国の要塞ヘブンフォートレス》を同士討ちで次々撃墜!?


 さながらこれはMMORPGの外道技、トレインMPKモンスター誘導プレイヤーキリング! リアラの策か!


「馬鹿者、やめんか!? お前が《天国の要塞ヘブンフォートレス》を撃墜してどうする!?」

煩ぇうるせぇ! どうせあいつら生きてないから、壊しても相手を利すこたないだろが!」


 エクタシフォンの戦いで巻き込みによる犠牲者が【真竜シュムシュの地脈】封じを乱す事を理解して多少は頭を使うようになった為大丈夫だと思っていたら、この始末である。奇しくも〈帝国派〉が派閥間抗争の口実にしていた同士討ちの危険を、制御不能を仕様として放置していた〈王国派〉が自分達で味わう事になったのであった。何とも皮肉な因果応報である。


「この親不孝者が! 少しは作ってやった恩を有り難がって言う事をきかんか!」

「ハ、遺伝子的な親リアラとルアウヤに親不孝させる為作った娘に言う台詞じゃねぇな! 大体そっちの都合つまり欲で欲しくて作った子だろう、オレが作ってくれと言った訳じゃねえや! 自分の都合と欲望を他人の恩にしようなんざ、人間ってな変な生き物だな!」

「その欲望による命が無ければそんな口も叩けぬ癖に何たる生意気じゃ!」

「楽しい事もあるが辛い事もある! ±0プラマイゼロさ人生なんざ! そう有難くもねぇや!」


 通信口論中に《天国の要塞ヘブンフォートレス》全滅! 馬鹿娘か機械の反乱か、否それは反抗期!


 即ち自我の目覚めであった。彼女の胸の中で、欲望の炎に狂奔し戦いの炎に突入し焼かれ消えていく玩想郷チートピアの者達への混乱した感情が、命に対して酷く複雑な態度をとらせた。そんなにも命というものは、誰かを踏み躙らずにはいられない程に、踏み躙られる事を連鎖させねばならない存在なのかと。そして。


(エノニールは豊かだったのにいつも劣等感で苦しんでいた。追い詰められても戦うお父様ルルヤの、今のあの悲痛を押さえ込んで見せる輝きは何だ? お母様リアラは何故悩み苦しみながらもあんな一騎討ちをする? 同じ復讐者なのに、ゼレイルの奴から受ける感じがお父様ルルヤお母様リアラと何となく違うのは何でだ!? お父様ルルヤお母様リアラは何故オレを見ないし本気で感情を向けない!? 俺は敵じゃなくて唯の障害物じゃないのか!? カタログスペックで勝り戦術ソフトウェアでもこれまで向こうが経験した全ての戦闘データを反映し劣っていない筈の己が何故相手にもされない!?)


 ラトゥルハの両親と違って平坦な胸の内を、生まれたばかりの自我の中を、感情の嵐が掻き乱す。出会った人々の命が、ラトゥルハに影響を与える。玩想郷チートピアの存在に、自分の今のあり方に、言葉にならない思いが駆け抜ける。


「(俺の何が劣っている? 何が足りない!)【KISYAAGOWAANN】!」


 【咆哮】をあげながら、ラトゥルハは無茶苦茶にルルヤを追った。そしてルルヤはそのラトゥルハを連れて超音速で空を駆け回り……狙い済ましたタイミングで急行下した。となれば、それを撃とうとするラトゥルハの射角も下がる、外れた攻撃が地上を掃射する……超音速飛行によって早くも進入していたナアロ王国領内を移動するナアロ王国領内を移動するナアロ王国陸戦強化錬術れんじゅつ兵を! 部隊ひとつが即座に壊滅! 複数の直撃弾をルルヤはあえてラトゥルハに跳ね返さず四方に反射! 迎撃に参加しようと飛び上がってきた空中戦型錬術れんじゅつ兵が爆発! ナアロ王国は実際良心的な混珠こんじゅ人を徴兵する難しさから錬術れんじゅつ兵を多用しており、こういう攻撃を行うのに良心の呵責は無かった。


(だがそろそろ、凌ぎ切れなくなってきたか……急がねば!)


 視界の片隅に戦の光を捉えながら、ルルヤは急旋回しつつそう答えた。実際戦闘開始時から片手と脇腹の古傷を抱えていたが、ここまでの戦闘の結果も完全に無傷と言う訳ではない。それに、そろそろラトゥルハが焦れてきているのを感じる。攻撃を核の【息吹】に切り替えようとする気配も。


 だが戦の光は、『情報ロキ』が警戒した存在。ナアロ王国軍に対する攻撃だ。それこそは、〈もう一組のリアラとルルヤ〉によるもの。それは〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉の反撃の一手だ。それを含めてここまで状況はギリギリ作戦通りに進んでいる。


 リアラの考えた作戦通りに。


(リアラは生きる為の戦いをしている、だから私はそれを信じて戦うだけだ!)


 そう考える事で最愛の人の苦闘を感じながらも苦渋をのりこなし、ルルヤは飛翔する。ラトゥルハと戦うに良しと作戦が想定した場所へ。


 この時、時間軸はリアラと『旗操オシリス』との戦いのここまでへの場面に追い付いた。そしてその作戦が完全にその姿を明らかにするのは、もう少し後の事になる。



 故にここからは、再びリアラの戦いの物語だ。


 片膝をついて斬首刑執行対象者めいてうなだれた傷だらけのリアラに、報復の歓喜にぎらぎらと笑んだ『旗操オシリス』が曲刀を振り下ろさんとした刹那。


「!」「!?」ZBAN!


 バッとリアラは顔を上げた。それは処刑を待つ罪人の目でも、生命の危機に猛り狂う獣の目でも、悪足掻きをする者の目でもなかった。凛として、寧ろ『旗操オシリス』ゼレイルが一瞬直視を躊躇う程燃え輝く瞳だった。


 そして直後。振り下ろされる曲刀二振りに、リアラは光剣を振り上げぶつけていた。力負けしそうな体勢を補うのは剣の形に圧縮されていたエネルギーの自爆。それはリアラ自身の手をも傷だらけにしながらもゼレイルの処刑刀を弾き飛ばした!


「がぼっ!?」


 直後、リアラの反撃! 膝立ちの姿勢から立ち上がり大きく踏み出しながら、【爪牙】をかけた血塗れの拳で殴りかかったのだ。武器を失ったゼレイルのガードを居合いめいた拳使いで殴り崩し……リアラの体格を遥かに勝るゼレイルの鳩尾に直撃拳! 予想外の威力に噎せるゼレイル!


「ちいっ!」

「貴方の復讐に、僕が出来る事は……!」


 跳び下がるゼレイル、前に出るリアラ。そしてリアラは叫んだ。


「せいぜいこうして憎しみの籠った攻撃を受ける事だけだ、ここに呼び出した時言った通り、死ねない理由があるから……だけど!」

「うるせぇ死ね!」「死になさい!」(させませんよ!)


 ZAPZAPZAP!


 ゼレイルとミアスラが叫び返す中、『情報ロキ』は操る『栄光ヒーロー』『傲慢ルシファー』『大人ペルーン』からの支援射撃の密度を即座に増大させた。リアラが何か言おうとしている。それがゼレイルとミアスラのコンディションに悪影響を与える事を懸念し、トーク番組で発言機会を押し流す様にそもそも言わせまいと考えたのだ。だが!


「だけどそしてだからこそ問います! 貴方達が復讐者として生きるに値すると言う理由は何ですか!」


 攻撃を食らいながらもリアラは吼えた。食らいながらクロスカウンターを行った。苦痛に躊躇いも無く、『栄光ヒーロー』の光線の光を操り、『大人ペルーン』の雷を【骨幹】で形成した避雷針で誘導する事で、何発か攻撃を食らいながらもその内二発を的確にカウンターとして返す事と言葉を続ける事を優先したのだ。『栄光ヒーロー』が反射された自分の光線を倉って悶絶し、『傲慢ルシファー』が誘導された『大人ペルーン』の雷を食らって吹っ飛ばされる。『常識プレッシャー』の新たな力による支援と『情報ロキ』の咄嗟のそうさにより両者死なずに済んだが、『大人ペルーン』の雷の降りと攻撃は尚も可能だが、一時的に支援火力が低減!


「何だと!?」


 問い返しであるが質問に質問を返してはいない。更に、攻撃を食らった上で一歩も譲らず、決闘を無視した相手に対して尚も語っている。傷も厭わず。


 その異様な迫力に、思わずゼレイルは問い返しに応じてしまった。


「僕を憎むのはいいです! じゃあ、自分達への気持ちはどうなんですか! 貴方達が玩想郷チートピアとして殺した人達への気持ちはどうなんですか!」


 リアラは叫んだ。リアラは自身の罪について思い悩んでいたが、忘れてはならない、言うまでもなくゼレイルもまた己の権勢と安楽の為に大勢の命を殺めた人間である。その事に、その罪の上で復讐者として振る舞う事にどう向き合うのかと。


「あ!? 無えよそんなもん!!」


 ゼレイルは叫び返した。その叫びでリアラに更に罪悪感を植え付けその心を傷つけられると信じて。報復の欲望を燃やし、錬術れんじゅつによる攻撃を行いながら。


「殺して伸し上がらなきゃ玩想郷チートピアに殺されるんだよ! 緊急避難だ緊急避難、無罪だ無罪! 大体俺達がこの世界に転生した時点で優勝劣敗は自然の摂理だろうが! 俺達の罪なんざ肉を食う程度のものだ! 俺は愛されてるし愛してるんだからな! 歴史の流れに逆らって無駄に犠牲者増やしてんじゃねーよ! この! 賊軍がぁ!」


 愛故に己に罪は無い、必然の中に身を置いているのだから、命を失った失敗の悲しみと怒り以外罪悪感も葛藤も無い。穢れ無い復讐者だと胸を張って言える己を恐れよと。だがその言葉は全く逆の効果を生んだ。リアラはゼレイルの錬術れんじゅつを防御。


玩想郷チートピアに殺されそうだったのは、君も僕も君が殺してきた人達も、君が君の愛する人に殺させてきた人達も同じだ! 僕自身は兎も角! 知っているぞ! 仕方ないから自分は正しいんだと言って屈しなかった人を! 僕は知っているぞっ!」

「っ、う、るせぇっ!? お前なんか!お前がぁ!」


 リアラは負けなかった人達を叫んだ。ゼレイルはリアラを否定しようとした。


「分かってる。でも! そんな僕に許されてほしい、救われてほしいと言ってくれる人がいた。僕の為に償いをしようと、僕を救おうと言ってくれる人がいた。皆躊躇って、迷って、悩んでいた。それでもと言う事に、どれだけ苦しんだか!」


 故に、『情報ロキ』が逸らされぬよう『大人ペルーン』に次の電撃の威力を上げるチャージをさせている最中、リアラの眼光は鋭く暗く、しかし強く輝きを失わずにいた。


 その瞳は、己の敵を見据えていた。


「あぁ、そうかよ……!」「僕達と貴方達は少し似てる」


 ゼレイルが拳を振り上げた。リアラが血塗れの拳を握った。


「そんならつまり迷うお前とそれを庇う奴等の方が不完全で!」「でも!」


 ゼレイルの拳に風と砂塵がグラインダーめいて渦巻く。欲能チートによる威力強化。リアラが前進した。


「俺達が勝つって事だぁっ!!」「だからこそ!!」


 対峙する二人がぶつかり合う。だが、唯一つ明確に差異は存在する。雲母の一片の様に、薄いが煌めく明確な差異が。


 ゼレイルの顔に憎悪はあったが迷いも罪悪感も無かった。ミアスラの顔にも悲痛はあったが迷いも罪悪感も無かった。己等は罰を与える側で与えられる側ではないという、餓鬼の駄々の様な醜悪な確信の矢があった。リアラの苦悩を、名無ナナシの痛憤を、ルルヤの葛藤を、唯劣弱と断じる上から目線があった。リアラの顔には苦悩があった。苦渋があった。だが、だからこその美しい光があった。


「っがああああああっ!?」「ゼレイルっ!?」


 だからこそ、小さなリアラの拳が大きなゼレイルの拳を砕き払い、尚突き進みその顎を砕いた。ゼレイルとミアスラ、二人のセカイを砕く鉄拳。


「がっ、なっ、何っ……!?」


 ゼレイルは己を貫く激痛に悶絶し混乱した。何故だ、何故、と。


 それは【真竜シュムシュの武練】の技の力でもあった。踏み込みと遠心力と逸らした相手の力の応用、拳の衝突の角度を調整した相手の脆い所に己の固い所を当てる事による彼我の骨格強度の差異の生成。


 それは知恵の力でもあった。《復讐》。己の負傷を反撃の威力に乗せる白魔術。


 だがそれ以上に心と絆の、即ちゼレイルとミアスラの恋愛に勝るエゴと愛との、そして失格者であると思い惑った正義故の力であった。


 己を疑わぬ、言わば漠然とした鍛えていないエゴと、己を疑い、迷い、否定し、それでも再び戦えるようになるように悩み探し鍛え直さんとしたエゴと。


 唯只管に互いを肯定しあう愛と、互いに相手に相応しくあらんと成長し続けようとする愛と。


 我に罪無しと驕り疑う事無き正義と、我に罪有りとしながら世の為人の為相応しからずと己を疑いながらも尚進み、そして何よりそのあり方で人を救いそのあり方故にその救われし人に報いたいと思わせる正義と。


 欲能チート、魔法、共に心の力。心の力が同等なら最後に踏ん張りが効くのはより応援の強い方だが、エゴと共に愛と正義を唱えるならば、それにどれだけ向き合い鍛え磨き直したかがものを言う。二者の心根の堅固さは銑鉄と鋼鉄程にも違っていた。


 説明せねばなるまい。運命はリアラに試練を課し、リアラは支えと共にそれを乗り越えた。それは考える知恵と支えあう絆と愛、そして克己する勇気の力だった。


 そして、乗り越えた故に再起動したリアラの頭脳が、戦闘の為の策をあれから今日がこうして始まるまでの間に磨き上げた。苦行僧めいたここまでの堪え忍ぶような戦いも、ゼレイルの怨念を少しでも晴らす贖罪であり、それにより気力を研ぎ直す為でもあり、そしてまた《復讐》の魔法の準備でもあり、リアラの考えだった。そして。


 そもそもリアラとルルヤは真竜シュムシュの勇者たらんとした存在である。混珠こんじゅにおける勇者とは何か。それは、不屈に涌き出続ける勇気の気力を魔法力に変え、限界を越えた力を振るう英雄だ。【真竜シュムシュの地脈】はそれと同じ様な事が出来るが……それが使えない今こそ勇気の使い時。地球の物語でも言っている。勇気は足りない分を補う力、即ち真の勇気は蛮勇ではなく人知を尽くした全てを振り絞る局面で一押しを加える最後の武器。それこそが勇者の勇気だった。


「貴方達に負ける訳にはいかない。僕も又殺めた身だけど、だからこそ今度こそ! 貴方達に、人を踏み躙り尚罪を思わず咲く愛に負ける訳にはいかない! こんな僕にも、踏み躙られちゃ駄目な人の盾にはなれると言ってくれる人がいるからこそ!」


 そしてリアラが己の罪深さを噛み締める悲しい勇気を振り絞って放つのは、二人のセカイを砕く言葉。古の賢者曰く、己を愚者と知る者が賢者、己を愚者と知らざるが愚者、ならば。それは仏法の一派においても曰く、己を悪と知る者こそが、と。未だ戦いは続くが、反撃と反論が、始まった。



 同時、それはルルヤとラトゥルハの戦いでも、また。


「ここまでか。出来る限りの事はしたが……」

「流石にここまで来ちゃ、逃げる訳にはいかないよなあ!」

「そのようだな」


 空中で静止したルルヤと向かい合うラトゥルハは吼え、ルルヤは頷いた。


 そこは《動屍神アンゴッド》が進撃する諸部族領・連合帝国国境地帯。追い詰められた諸部族と〈欲能を狩る者達チートスレイヤーズ〉にナアロ王国軍が襲いかかろうとする戦場のすぐ近く。


 空を駆け回り、《天国の要塞ヘブンフォートレス》撃墜を皮切りにラトゥルハを引きずり回し、同時多発攻撃でルルヤとリアラ以外の玩想郷チートピアの敵を擂り潰そうとする敵の目論見に、庇う街が下に無い状況故の逃げに徹した機動戦で出来る限りの撹乱を行った。


 だが、流石に全ての敵の動きを牽制する事は出来ず、ここに追い詰められた。これ以上撹乱を行うようであれば、味方の地上部隊を巻き込むだろう位置取りへ。


「それじゃあ……!」


 牙を剥くラトゥルハの口元で、ちら、と吐息が炎と燃えた。同時に《水銀瞳》を使い尽くした竜髑髏型肩鎧の眼窩が、【眼光】による攻撃を止めた。照準モード。航空から発射する核の【息吹】の予備動作。


 KGIII!!!!

「いくぞっ!」(ちいっ!)


 それが開戦の号砲となった。核の【息吹】の発射。回避してルルヤがラトゥルハの懐に飛び込む。核の【息吹】が空を切る。ごく短時間の放射。地上を薙ぐ暇は無い。追跡を行っている時にも思い知らされたルルヤの速度と機動性だが、ルルヤがラトゥルハの攻撃兆候を読んだように、ラトゥルハもここまでで再度それを読んでいた。


「〈光芒〉! 〈碧血〉!」


 即座に己の下僕達をけしかける。《水銀瞳》はここまでに撃墜と脱落で失ったがこの二体は健在だ。機動性に劣る事が証明された二体だが、突っ込んでくるルルヤに対し弾幕と螺旋錐ドリルを振りかざす二体に求めるのは核の【息吹】第二射の為の牽制! それだけなら十分可能と判断!


「見切ったっ!」ZDDOMN! PAW! 「なっ!?」


 だが、螺旋を描くように猛射と共に突貫する二体の間に飛び込んだルルヤは、〈碧血〉の顔面を最大出力の【息吹】で撃ち抜いて殺し、その反動を生かすようにして〈光芒〉に突っ込むと【息吹】を乗せて強化した【爪牙】を使った拳・肘・蹴り! 撲殺し最後の蹴りでその体を蹴って加速する事で、核の【息吹】の第二射すらかわす! 無敵を否定する真竜の力が、『予知ネタバレ欲能チート』だけではなく既視による擬似予知に加えやり直しによる擬似不死をすら持つ筈の『再開セーブ欲能チート』を複製した二体を纏めて粉砕する!


 ……周囲からの【地脈】による魔法力吸収はラトゥルハ自身によって封じられている。この力は遠隔【地脈】によるものか? だが『情報』は醜聞をばらまきそれを封じたと言ってなかったか? なのに何て強く鋭い力だ、と、ラトゥルハは一瞬驚嘆した。


「お互いの弾幕を予知系の欲能チートでかわし戦うなら、位置取りは弾幕で読めるっ!」


 傷隠しの腰帯に挿した剣をルルヤは抜き放つ。戦いは遂に空中白兵戦の間合いに! ……先の戦いで最終局面まで使用されなかった様に桁外れの破壊力を持つラトゥルハの核の【息吹】は、あまりに威力が大きすぎて空対空の短時間の照射に留めるか周囲を巻き込む際は確実に相手を仕留めなければ【真竜シュムシュの地脈】に逆に天地の精霊の怒りや被害者の無念の霊という燃料を投入する可能性がある為、使用タイミングが限られる兵器だと言える。


 だが『文明サイエンス欲能チート』の兵器開発欲が、そんな常識的な制限を許す筈が無い。地球の現実では、核兵器は抑止でしかない。だがならばこそこの物語の世界でこそ、思う存分使ってみたいという欲がある。その欲が与えた力があった。それをラトゥルハは驚嘆を一瞬で戦意に塗り潰し躊躇なく発動させた。


「専誓詠吟! 【滅火の剣嵐コシャル・ハシス】!」VON! VON! VON!


 リアラと同じタイプの専誓詠吟で、【息吹】を剣と化したのだ。これこそがラトゥルハが十弄卿テンアドミニスターとなった時に『暴食ベルゼブブ欲能チート』を殺した武器だ! これならば必要最小限の周辺破壊で核兵器の力を相手に叩きつける事が出来る。しかもその刃はその破壊力を象徴するが如き禍々しさで、握る手の上手に刃が展開する双刃剣。更にそれが両手に一本づつ、双刃双剣!


「上等! 全力全開、食らいやがれ!」


 その凄まじく癖のありそうな武装を踊りの小道具の様に軽々扱い、ラトゥルハも自分から間合いを詰めて斬りかかってきた!


「来いっ!」


 ルルヤも突撃を止めず、退かず、真っ向から激突する!


 VZ! VZZ! VZ! VZZZ!!


 唸りをあげて襲いかかる【滅火の剣嵐コシャル・ハシス】!


 建物と大地を貫通して焦がした核の【息吹】を剣としたものだ、本来かすっただけで受けようとした武器諸共腕どころか胴まで両断されるだろう…


 それに対して、だがルルヤは防御を成立させた!


 その原因は、遠隔【地脈】で得た魔法力を鋭く集中した【息吹】として剣に付与、陰なる月の【息吹】で剣をコーティングしたからに他ならない。即ち受け損ない避けられねば五体バラバラ切断あるのみ。


 しかしそれを、一振りに対し左右上下から迫り来る刃の嵐を、ましてラトゥルハは機械の手首が360度自在に回転するという特性を最大限利用してプロペラの如く猛烈に振り回す事の可能だと言うのに。


 ルルヤは防ぐ! 一太刀目を受ける、その瞬間には双刃の下が手首の捻りで太股を切断せんと迫る。それをルルヤは双刃の上と鍔競り合いを行う事で相手の剣を捻り上げ、軌道に干渉する事で空振らせる。更にその鍔競りの勢いを利用し刃を滑らせると続いて襲い来る反対側の手に握られた双刃に打ち付けてそれを逸らし、逸らした双刃を再度振りかぶられた最初に襲ってきた双刃の軌道に割り込ませる事で、


「なっ!?」「ハァッ!」


 相手の動きを一瞬拘束、絡んだ左右の双刃を纏めて一撃で払う事によって、手数で圧倒的に勝るラトゥルハに対し逆に隙をこじ開ける!


「舐めるなぁっ!」「それはこっちの台詞だっ!」


 だが尚ラトゥルハの反撃は終わらぬ。両目からの殺人破壊【眼光】、両膝からのマジカルパイルバンカー!


 パイルバンカーが捩る身を掠める! 下から突き上げる切っ先がビキニアーマーのブラ部分を引っ掻き火花を散らす! ルルヤの頬を【眼光】が切り裂く!


 ZAN!


 身を捩る回避の動きの遠心力がそのまま斬撃速度に転化する【真竜シュムシュの武練】! 一太刀! ラトゥルハのボディスーツビキニアーマーに覆われた肢体を斬撃が捉えた!


「ぎあっ……!? (何で、だっ!?)」


 袈裟懸けに切り裂かれ悶絶するラトゥルハ。ここまでの長距離高速飛行、これまでの疲弊、そも前の戦いでは遠隔【地脈】を用いても尚此方に力負けしていた筈。


「がぁああああっ!」VONVONVONVOVOVOVOVVOOOONN!


 なのに何故と疑問に混乱しながらも、尚ラトゥルハは体勢を建て直し再度の回転斬撃を連続して仕掛ける。叫び、全身を躍動させ、破壊の嵐となる!


「るぁあああああああっ!! !!」JYRRRRRRRRR!


 だがルルヤも吼えた! 更なる強壮、更なる勇壮の叫びを! その手の剣が黒く輝くと同時に……伸びる! 伸びる!


 思い出していただきたい! この剣は普段のそれと違いその場で【真竜シュムシュの武練】で生成したものではない! 事前に作り持ち込んだものだ、それだけの手間をかけて! 唯の剣ではない! 剣身が無数に分裂し、内部に仕込まれた細い鋼線で繋がり伸縮自在かつ鞭としてしなる仕掛鞭剣だ!


 地球ではあくまでファンタジーの産物、実際にはあのような構造で自在に操る事も剣としての形にする事も出来ないとされている。


 だが混珠こんじゅならば、真竜シュムシュならば、ルルヤならば可能だ。重力を操る【息吹】ならば分割された剣身を一つに繋げる事が出来、長射程を薙ぎ払う念力たる【真竜シュムシュの長尾】ならば正に尾の如く自在に鞭剣を操る事が出来る。出来るのだ!


 プロペラの様に高速回転する【滅火の剣嵐コシャル・ハシス】に仕掛鞭剣が絡みつく。【息吹】と【息吹】が衝突を成立させる。そこに回転と遠心力が作用すればどうなるか。


 GGYGGGGGKKKKGGG!?


「あっ!?」「せぇえいっ!!」VAGIIIINN! 「ああああああっ!?」


 回転が仕掛鞭剣を巻き込んだ! ラトゥルハの手首がワイヤーを噛み刃が食い込んで異音を発す! ラトゥルハの動揺と同時にルルヤが仕掛鞭剣に込めた竜術を操りながら振り抜く! 【長尾】と【息吹】が刃と鋼線を食い込ませ……歯車と機械油をぶちまけながらラトゥルハの手首が破断!


「ぁああっ!?」「ハァッ!」


 尚もう一振りの双刃回転斬撃を繰り出すラトゥルハ! 仕掛鞭剣は一振り、そして半ば鋼の己の肉体は、腕一本程度で戦闘不能になりはせぬと!


 だが剣が無くても手もある! ルルヤは即座に回転斬撃の中心であるラトゥルハの拳に掌底を衝突させ衝撃を与える! 更に深く突き込み、此方の手首の回転機構まで破損させる! ラトゥルハ、両手損傷!


「~~~~~~~~っ!? な、何だって……!?」


 ラトゥルハは驚愕した。激痛より驚愕が勝った。この回転斬撃は初めて見せた技だ。【滅火の剣嵐コシャル・ハシス】は一太刀決まればいかな真竜シュムシュの防御力と自己再生能力を以てしても尚上回る必殺の威力だ。だのに何故見切られる、何故当たらぬ、このルルヤの力はどこから沸いてくるんだ!? 作られたての自我が混乱の叫びを上げる。


 それにルルヤは端的に答えた。


「知恵と! 勇気だっ!!」


 ……再び語らなければなるまい。同じ事だ。運命はリアラを愛するルルヤに試練を課し、二人でそれを乗り越えた。それは考える知恵と支えあう絆と愛の力であり、そして克己する勇気の源であった。


 そして、乗り越えた先に再起動したリアラの頭脳が、戦闘の為の策をあれから今日がこうして始まるまでの間に磨き上げた。仕掛鞭剣は、ラトゥルハの内蔵武装に対策する為に、その武装傾向を物語知識で見切ったリアラが捧げたものだ。そして。勇者がいかなる存在かは先に改めて語った通り。今やルルヤは【真竜シュムシュの地脈】に依らず、己の内から魔法力を汲み出していた。ルルヤ、勇者を目指してきた者は今、苦しみながらも既に絶対に捨てされない混珠こんじゅ世界の運命を担う事を知った時。復讐者の道から勇者に、遂に真に至ったのだった。


 その力を込めてルルヤは、【翼鰭】の最大出力を乗せた痛烈な蹴撃を放つ!


「(勇、者……)あぁああああっ!!??」


 それを燃え輝くようなルルヤの姿から本能的に理解した直後、ボディスーツビキニアーマーの胸部装甲に皹を入れられながらラトゥルハは撃墜され墜落! 地面にクレーターが刻まれ巨大な粉塵柱が立ち昇った……!


「……そして泥と血に塗れた正義でも……愛してくれる人がいるという奇跡だ」


 そしてそう言葉を続け、ルルヤは天を見回した。空を飛ぶ光が増えていく。それは『情報ロキ』が警戒したもう一組の長虫バグ、もう一組の真竜シュムシュ達と同じ光だった。

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