・第三十六話「殺戮者がスローライフを求めるのは間違っているだろうか(前編)」
・第三十六話「殺戮者がスローライフを求めるのは間違っているだろうか(前編)」
パルネイア・アイサヴィー連合帝国双都が一、エクタシフォン。双都の二であるアウェンタバーナが権威的・宗教的な儀式・祭礼等の〈まつりごと〉を司る場所であり、エクタシフォンの方にも神殿などはあるがより政治と商業の中心という要素の強いこのエクタシフォンの方が実質的な首都と言うに相応しい。
そのエクタシフォンに今、様々な国家や種族の代表団が集まってきていた。
虎羆、豹狼等の、大陸北方諸部族領の様々な〈狩闘の民〉の部族の代表達。
壊滅的な戦災を受け国の誇る英雄や王族の大半を失いながらも復興途上ながら何とか使節団を遅れるまで回復したルトア王国の宰相。
同じく復興なったシュウソウ連村国の村長達とそれを率いる近年発足した村落連絡会のオンジャルム・カンセメンニ村長。
ナアロ王国からの再独立を達成したケリトナ・スピオコス連峰諸部族民会代表団。
ガインバ爵国を率いる将爵。
メニンバ
バニパティア書学国の館長学長と司書教授達。
領土を持つ国家や諸侯ではないが、辺境諸国において侮れぬ影響力を持つ国家間に跨がる犯罪や魔と戦う封土無き爵国とでも言うべき自由守護騎士団。
諸島海政府の代表団。
鉱易砂海において猛威を振るった
辺境諸国の中では連合帝国に政治的に近い平和国家リマトマ王国の国王。
等々。中には未だに大路に入れず旅路を急ぐもの、都の外で入城を待ち野宿めいて草地の上に敷き物を広げるもの、船で来て近隣の港への停泊を目指す者、北方の諸部族の中には、従えた飛行亜獣で上空を旋回し着陸場所を探しているものもいる、バラエティ豊かな光景が繰り広げられていた。
ナアロ王国の侵略戦争、山賊化する傭兵団の跳梁跋扈、
その対策を論じ合う〈戦争戦災対策国際会議〉の為に、かつて神話時代に分裂した人類国家の衣鉢を継ぐ連合帝国に、そこから分かたれた国々の内ナアロ王国と魔族領を除く国家が集う。
これは、対魔王戦争に並ぶレベルの事態と言えた。三代目魔王との戦いの時は、魔族領とその占領下を除く全ての国が集ったのだから。
がやがやと沿道に詰めかけた市民達の声がどよめく。威儀を凝らす余裕のある者達は威儀を凝らし、余裕がなくても使節団であるのだから必要な人員やその人員の為の物資等を積載した馬車等が必要となり、必然帝城に連なる都大路は行列に貫かれ、人の物見を呼んだ訳だ。
威儀を整える事ができる者がそうするのは魔王戦争に並ぶ規模に民に不安を与えぬ為である。実際に魔王戦争以上の被害を受けた土地も多いのだが、無論その事実から目をそらさず対処する事は必須であるとはいえ、未だ脅かされていない民を不要に不安がらせてはならぬと。
「……大した都だな」
「ええ」
そんな中、書学国の館長学長・司書教授達の随員二人が研究室をそのまま運んでいるような馬車の中から外からは頭が見えにくい角度で街を眺め、言葉を交わした。
一人は男性閲覧学生服を纏い帽子を被っていた。もう一人は女子閲覧学生服を纏い度が入っていないにもかかわらず外からは屈折が見られるよう特殊加工が施された眼鏡をかけていた。学生服といってもローブの様な物で、かつてこの
そして、蒼月と夕日の髪をした二人はその
バニパティア書学国は、リアラとルルヤを中心とした反
(ありがたい事です)
(それはこちらの台詞だ)
感謝にそう答えたロド・ペサバ司書教授の姿を思い出すリアラの傍ら、ルルヤはやや怪訝そうに外を眺めていた。その視線の先にあるのは、防御魔法の付与された城門の上だ。
無論二人とも【
変装に近い事をしているが、カイシャリアⅦでもそうだったように、これを相手が見抜くだろう事は承知の上だ。こちらが何をする心算なのかすら、恐らく大半は把握されているだろう、その上で、読んだ相手の裏を掻くか食い破る事が出来るかという勝負が、今回の戦いだ。
「故郷の伝承によれば
連合帝国の〈帝〉は、
「あまり似てないな……そして、聞いた通り、良くない状況のようだな」
「まあ、それこそ、何世代も経過している訳ですからね。それに都度都度様々な相手と婚姻を結んできたようですから……そのせいでしょうけど、随分似てない兄弟姉妹ですね」
今目撃した、使節団を歓迎する
ルルヤの言葉の一部と、それに対するリアラの答えが暗示するように、そこにいたのは実にてんでばらばらな似てない四姉妹であった。
目撃したその姿と事前情報を重ね合わせると、以下のようになる。
長男ギデドズ・マテラ・ロガーナン・アマト。身長
長女リンシア・マテラ・ロガーナン・アマト。身長
次女ルマ・マテラ・ロガーナン・アマト。身長
次男ルキン・マテラ・ロガーナン・アマト。身長
彼等彼女らの父で当代
この当代
「……あれ?」
「どうした、リアラ」
そう考えた時ふと気づいたリアラはきょとんとし、ルルヤはそれに反応した。
「
それはある意味、今まで出てこなかったのが不思議な疑問だったが、何しろ経典の会得と修行と戦に忙しく、またルルヤからの説明もなかった。
「私が過去について語った時、
「ええ」
「その理由が、そこだ。そこに関しては里の記録にも残っていない。失伝しているのだ。隠れ里の結界を築いたリシュ様が祖たるナナ様の子を連れて来たが誰が父かは黙して語らなかったと言われている。この子は長じて確かに竜術を強く使い
衝撃的な事実をさらりと語るルルヤ。それは自分の血を疑うに等しい行為で、リアラは目を丸くしたが。
「まあ、ややこしい話ではあるが。その真偽が分からない事は、己を律し良く振舞う指針となる事柄を信じて担いそれを元に善行を成し遂げる事の大切さに比べれば、真偽自体は色々な義務や面倒に絡むかもしれないとはいえそこまで優先度は高くない……と、私は思う……のだが、どうだろうか。無論、知恵は力ではあるが、学術的事実より優先度の高い事柄もあろうが」
大事なのは、それが悪ではなく善を成し遂げる原動力となるかどうかではないだろうかと、ルルヤは語った。
それに対しリアラの内の理性的で心配性な部分は、ルルヤが時々見せる狂奔めいた怒りや、それに関与しているかもしれない
それに対しリアラの感情的な部分は、その言葉に同意の感情を抱いた。偽りの伝統を悪しき行いへの原動力とするのは間違っているだろう。だが善美の為にある物語を破壊しても、そこに残るのは人を動かす感動の力を剥ぎ取られた、隅の塗りの剥げた空の重箱だけだ。
「ええ、思いは変わりません。大丈夫です」
「ああ、大丈夫なら、いいんだ」
だからリアラはそう答え、そしてその二つを踏まえた上での答えであるとルルヤは察して、心を揺らがせずに成すべき事の為に知恵を求められるのであればよいと、リアラの内面を肯定した。
そこにおける善と悪の項目は、様々な意見があるだろう。そんな中で出来る事は、より多くのより良きと感じる人々を幸せにできる善を選ぼうと、自分の認識の中で出来る範囲で選び続ける事でしかないのかもしれないが。
(考え続ける事こそが正義に近いと僕達は言った。だからそれでも、出来る限り善を成せるように)
精一杯そうあろうと静かに誓う二人を乗せて、馬車はエクタシフォンに入った。
一方、その光景を逆側から見ている者達もいた。連合帝国帝城を警備する者達である。無論、その大半は、連合帝国の兵士だ。
大半はそうなのだが、兵士ではできない事をする部局もあれば、連合帝国の長く複雑な歴史が産み出した存在もある。
その一つが帝室顧問冒険者達だ。帝族自身が選び信任し依頼を与える、システムによらず直に世と接し公的に動く前に内々に調査を行う等に信頼の出来る腕前確かな冒険者を用いる制度。
と聞けば、帝族に私設武力が必要とは、そのような事は建前でさぞやどろどろとした暗闘が、と思う者もいようが。
「盛大なイベントですね……ゼレイルさん」
「ああ、テルーメア。ちょっとした祭りだな!」
過去に魔王軍や錬術王の陰謀が及んだ時やごく稀な暴君候補者排除の為等でそういった用途に用いられた過去がないわけではなかったが、それはあくまで少数例。
今来賓達を見守る警備に加わった冒険者も、一見してごく健全な風に、そんな隊列を見守っていた。
魅力的な肢体を飾る華やかな長衣に帽子を被り錬術に対応した薬液管や術式筒、隠秘術に対応した封印菅・呪句板等が取り付けられた長杖をやや持て余す様に縋る長い白髪で帽子に隠されているが中途半端に細長い耳に眼鏡をかけた
「いつもながら絶景だが、賑やかだと尚更だぜ」
「ええ……昔、泥棒を追いかけて落ちそうになった屋敷の屋根まで、観客が出てるのを、更に見下ろすなんて。なんだか、懐かしさと物珍しさが入り交じって不思議」
知的に美しく整っているがやや頑固なくらい生真面目そうな容姿の女性、テルーメア・イーレリットスに、青年、ゼレイル・ファーコーンは誘うように笑い、それに答えてテルーメアは穏やかに表情を緩めた。
「ちょ、ちょっと、おいてかないでよ、ゼレイル、テルーメア」
GKIN、GASIN。
その後ろからややおっかなびっくりついてくるのは、成る程金属室の足音どおりそりゃおっかなびっくりにもなるだろうあまり高所の見回りにむいてないような、洗練されたスタイリッシュなデザインだが頑丈で重そうな金属鎧に身を固めたパーティメンバーらしき年若い娘だった。金髪の兜に隠れるショートヘア、ボーイッシュだが意外と気弱そうでもある顔立ちと分厚い鉄板に覆われた平坦な胸元は性別を分かり難くさせているが、踵までくるロングスカートのような腰鎧が、少女である事を自己主張している。
「その鎧特別製だから大丈夫だろ、ミアスラ」
「わかってるけど、常識的に大丈夫でもちょっと嫌なのっ」
三人目のパーティメンバー、ミアスラ・ポースキーズが背負っているのは斧槍と大弩を合成したような大型特殊武器。成る程この重装備で高所は不安だろう。しかし同時にその何気ないやり取りは三人が帝室顧問冒険者になるだけの腕前と実績を持つ高位冒険者である事を示していた。この高さから落ちて大丈夫な鎧となると、余程の防御魔法付与がなされているか最新式の機構鎧か希少な飛行魔法付与鎧か、何れにせよ高位冒険者でなければ買えない高級品。武器も同じく凝った品であり高級感がある。
「なーに、大丈夫大丈夫っ」
「そ、そうよね」
そんなミアスラにゼレイルは気楽そうに笑い、その笑顔に釣り込まれるように少女は表情を緩めた。
「ゼレイル、運だけはいいもんね。だから、こうしてとんとん拍子に私達もここにいるんだし。そんな運のいいゼレイルが、仲間の私がここで酷い事になるなんて目にあうわけないもんねー」
「運だけ、は余計ですよ、ミアスラさん。運以外にも判断力とか勇気とか沢山取り柄はありますよ、ゼレイルさんは。単にこう、論理とか根拠とか風格とか説得力がないだけです」
鎧姿のミアスラと術者のテルーメアは、青年冒険者ゼレイルについてそう評して。
「せめて楽天的っていってくれよ!?」
「あ、いや、違、そーじゃないの!?」
テルーメアのフォローになってるけど別のほうに突っ込みいれてるフォローに反論するゼレイルに対し、慌ててミアスラは駆け寄った。さっきまでからかうようだった表情は真剣に焦っていた。言葉の中に悪意とかそういう要素があったわけじゃないと訴えるその表情は、真摯で必死だ。
「なんていうか、その。ゼレイルと一緒に冒険するようになってから、いつも、すごく楽しくて、楽で、幸せで。冒険もさくって上手くいって、仕事が上手くいってるからみんなの家も買って穏やかな
それは偏に、ゼレイルへの好意と賛意を上手く言えない自分への苛立ちと、ゼレイルに嫌われないかという恐れ、そして日頃から感じていた、楽天的なこの青年が大変な目にあったらどうしようという不安、即ち好意の不器用な強さの裏返しで。
「分かってるって」
「っ(
軽くゼレイルがそう言って軽く笑うと、ミアスラはそれだけで真っ赤になってうなずいた。ツーといえばカーならぬニコッとすればポッか。
「実際、これで諸国が一つになって、平和がくるといいですよね」
「来るさ、きっと来る、仕事も、平和で楽な良い仕事ばっかりになるさ。少し冒険してあとは
そんな二人に、安心したようにあるいは毎度繰り返した鉄板芸を見るように、しかし即座にそんな二人の仲ごと穏やかな好意を向けるような口調で、ゼレイルは祈り。
それに対して確信的な口調でゼレイルは答えた、のだが。
「ルマちゃんもリンシアさんもそう言ってるし。だから皆で安心して……」
その根拠は、彼等を顧問冒険者として雇用する王女と、その姉で。
「もう、また依頼人に色目使ったでしょっ」
と、それには、この男が自分達二人を惚れさせておいてルマ帝女まで惚れさせて更にリンシアにまで粉をかけている事に対して文句のあるが反応してしまい。
「いやこれからレニューとエノニールの名前もあげる所だったし!? あくまで顧問冒険者として得られる、連合帝国の意思と展望をだなっ」
「男なの
「助けてテルーメア!?」
言い訳で挙げた名前にまた女が出た事に怒るミアスラ。とはいえゼレイルもでそれで縋るのが女のテルーメアなんだからまあ怒られるのも仕方ないかもしれないが。
「まあまあ。世の仲にはそれこそビーボモイータ治爵みたいな人もいますし、それに比べれば……」
「あの逆ハーレム郭公女を例に出されたらもっと増えちゃうじゃない!? というか、エノニールまで絡んできたらややこしいにも程があるでしょ!?」
「それじゃ、お抜けになります?」
「……それは、無理、だもん」
「そ、そうそう! それこそあの逆ハーに手ぇ出したりゃしないよ、それこそややこしくて敵わない」
逆ハーレム郭公女という珍妙な綽名で呼ばれた女性、エノニール・マイエ・ビーボモイータ治爵について、別にゼレイルには絡んできませんよ、と言われた後それに加えての、結局そうだったとしてもゼレイルを嫌いになれますか、というテルーメアの言葉にしゅんとなるミアスラ。自分達も数の大小を兎も角として似た様な事をしているのを言い訳がそれでも何とか通る位に
そこには裏がある。巨大な裏が。帝室顧問冒険者ゼレイル・ファーコーン。彼にはもう一つの名がある。『
こののんびりした姿の、その裏にある真実とは……
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