・第三十七話「殺戮者がスローライフを求めるのは間違っているだろうか(後編)」
・第三十七話「殺戮者がスローライフを求めるのは間違っているだろうか(後編)」
(こいつは、身も蓋もない保身の物語さ)
『
今こうして仲間達と戯れるように楽な仕事を緩くこなしながら、己に好意を寄せる女達、『
「ま、兎も角今は仕事仕事」
ミアスラとテルーメアにそう言って、今は見張りに集中する、という名目でこの会話を終わらせた。
パーティメンバーの二人とは違いもう少々厄介な関係の、雇用主であり自分に名前を呼ぶことを許す
(さて……)
そして『
そして……
((へ、へへへへ、へ、へ))
欲能を操りながら、『
昨晩も、その前も、もうずっと以前から。
しばしば『運勢を操り、運命を操る。世界を物語に見立ててお約束の状況を整えれば更に効率良くそれを可能とする』欲能を使い、他者を陥れ、苦しめ、虐げる事を楽しむ事を装ってきたのも保身の為だ。
昨晩も、他者を不運に陥れて殺し、それを楽しむように笑って見せた。それが演技であると、絶対にばれないような運を引き寄せながら。
(この
『
出会ったり惚れられた切っ掛けは、確かに
生憎この世界の転生者に女神もチュートリアルもない。お陰で苦労した。
……この部分の独白を聞いて、『
ああ、そうだ、こんな力を持っているったって、苦労くらいしてると『
(二人の事だって、そうだ)
自分の操り人形がほしいんじゃない。と思う。あくまで、同じ地球の仲間が欲しかった。その上で、それが自分を好いてくれる女の子であればよかった。その切っ掛けを作った、それだけだ、と。
地球の日本人・斎賀 和人としての前世は、ろくでもないものだったんだ。天国にいく程じゃないが地獄に落ちる程悪いことはしてなかったのに。だがそれでも俺は不幸せだったんだ。不幸せを呪い恨み、
他人に踏み躙られる録でもない人生に漸く運が回ってきたんだ。
今まで踏み躙られてきたんだ。運を維持する為に踏み躙って何が悪いと……ああ、いや、ミアスラとテルーメアは踏みにじっていない。ルマもだ。多少ピンチを演出したり、多少恥ずかしがらせたりしたが……と、『
(
それまでは唯只管平和平穏で、
ルマはちょっと高飛車だけどいい依頼人で、お姫様とお近づきになれるなんて正に男の夢だった。
ミアスラは少し焼餅焼きだったがそれでいてキツすぎずしおらしく可愛らしく、テルーメアは頭はいいし少し頑固だけど気が利くし良く支えてくれる。
そんな女達の為なら、成る程、物語の主人公がどうしてあんなに頑張れるのかも、『
だから頑張った。戦う事も気遣う事も献身的に振る舞う事も、何も苦労では無かった。その為には
テルーメアの
いい女達だと思った。平和に暮らしたかったし、暮らさせてやりたかった。
(だから、
『
その力を、世界に対する警戒としても用いていたからこそ、知る事ができた、この世界の裏で蠢く組織。
(それと戦う? 冗談じゃない)
勧善懲悪の物語の主人公ならそうしたかもしれない。運が良くなる、せいぜいその程度の能力で。だがそいつは、本当に完全にご都合主義的に物事が運ぶ主人公だからできる事だ。俺は運命を動かす事はできるが、逆に言えば動かした範囲の運命しか支配できない。『
(俺は絶対でも全能でも勧善懲悪の主人公でもない)
だから俺は
全ては、冒険者としての成功した生活を持する為。冒険者として成功して、土地を買い、農園を整え、平穏無事に暮らせる環境を整えた。その環境を維持し、ミアスラと、テルーメアと、そしてできればルマとも、幸せに暮らしていく為だ。
(その為なら、何だって犠牲にすると決めた)
『
それは、そう思われる為に振る舞った嘘だ。俺がそういう奴だと、旧
それら全ては演技で嘘だ。ただただ、自分の身内を守り、自分を守り、玩想郷でナメられずに地位を築く為だけに。
唯それだけの為に、実際に『
(そのおかげで、ミアスラとテルーメアとルマも幸せじゃねえか)
ルマは〈帝国派〉が連合帝国に介入するための人材として身の安全を〈帝国派〉によって保護されている。ルマを通じて俺たちは連合帝国に干渉しているが、あくまでそれとなく誘導する事で、だ。ルマはそれを知らない。ルマは彼女の自己認識においては、あくまで連合帝国の帝女として正しく振る舞い続けている。誇りが傷つく事もなければ自己嫌悪も被害も無い。
ミアスラとテルーメアは
だからミアスラとテルーメアは二人とも
ミアスラの『
……テルーメアに関してもそうだ。テルーメアの『
それがどういう意味か分かるか?
俺達転生者が過去に経験した最悪の状態は何か。死だ。転生者は皆死んだ事がある。死んで生まれ変わったんだから当然だ。
つまり『自分の最低の状態=死』に、相手をする事ができる。事実上の即死系
更にテルーメアは正直自分の欲能にショックを受けていた。((他人の足を掴んで引きずり下ろすような力だ))って。当たり前だがテルーメアも、前世で魂が歪むほどの事があったからこそ転生し
これまで〈
俺は必死にテルーメアをミアスラと一緒に慰め、そしてこっちは俺単独で玩想郷において安定した地位を与えるべく努力し駆けずり回り理屈を捻りだしミアスラとテルーメアに
嘘をついたといってもいい。確かに
騙したと言ってもいい。それを納得させる為に、違和感を抱かせない為に、真実に気づかせない為に、俺は俺の
(だから、他人の死がどうしたってんだ)
この平穏無事でゆるくてあったかい幸せで穏やかなスローライフを守る為なら、他人なんて何億人だろうが生贄に捧げてやる。
(そいつが、あいつと、何が違うって言うんだ)
〈
(
リアラが聞けばキレるだろうルルヤへの評価を思いながら、
(二人を生かす為に、犠牲の山を積み上げる俺と。殺された二人の為に、仇の死体の山を積み重ねるお前と)
突風が吹いた。一瞬、幌が捲れた。馬車の外に、リアラとルルヤの姿が見えた。
偶然。即ち、『
否、それだけではない。その突風に煽られた旗棹が一本飛び落ち、偶然にもリアラとルルヤの乗っていた馬車に突き刺さった。【
「「っ!!」」
書学国学生ローブのまま、周囲が騒然とする中ルルヤは【
(挑発と妨害……)
(それと、後を引く悪意と憎悪……都全体をべったりと覆い尽くす
だが、それだけではなかった。その時、偶然同時にリアラとルルヤを知り玩想郷に戦いを挑む為に集い、それぞれにエクタシフォン近郊に集結していた者達に不運が襲いかかっていたのだ。
「うわぁっ!? バカな、何だ今の風は!?」
「くそっ、こんな所に岩礁は無かった筈……何だこりゃ!?」
「流された漁網が岩を絡め取ってまるで岩礁を作ったみたいになってやがる!?」
「いいから手を動かせ!」
別途エクタシフォン近隣の港に入ろうとしていた諸島海の船団が、突然風に煽られ帆柱が折れ岩礁に竜骨を打ち付けた。航海に慣れた諸島海の船としては有り得ない事で、それにより幾つかの資料が浸水し散逸し、会議への到着が遅れる。
「亜獣だ!」
「
「バカな、何でこんな所に!?」
アウェンタバーナの城壁を、唐突に現れた亜獣が襲撃した。何れも土中から地上を急襲する、胴回り
「
「と、止めろぉ! まずい、外交問題になるぞ!?」
陰謀の付け入る余地としては、より大きな事象も巻き起こる。アウェンタバーナの大路を歩いていた各国の使節団の内、護衛戦力として錬術兵や《
「死ねぇえええっ!」
「させるか阿呆が、っ!?」
「~~~~~っ!?」
ZDOM!
更に自由守護騎士団の団長ユカハへの復讐を狙い潜入したどれかの傭兵団の残党。偶々諸々の不幸で捨て鉢になり命を捨ててでも復讐しようと思う程怒った傭兵が、偶然緩んだ警備の隙を一切突破しまんまとユカハに近づき。
これが無防備な状態であれば偶然反応が遅れ暗殺が成功していただろうが、幸いリアラが配っていた竜術護符のお陰で最寄の騎士が反応し狼藉者を切り捨てる。だが、運悪くまだピンを抜いていない筈の残存した兵器である手榴弾が暴発し……!
それだけではない。偶々不倶戴天の仇同士が別々の国の護衛として雇われていてこのタイミングで偶然お互いにそれに気がついて逆上し衝突し、急に吹いた旋風で塵が目に当たり棒立ちになった馬が暴走して見物客を目掛けて突進し、こんな時に乱心者が隊列に切りかかり……他にも、数多!
「させるかっ!」
「落ち着け! 諸国が見ているぞ!」
「危ねぇっ!」
「むんっ!」
……それらに、かくある事を予期していた、
だがそれでも尚、例えば動揺を誘う業に長けた踊り子達の近くで暴れだしたのが偶然精神の動揺に効果を受けない
そしてそれらを、同時に『
「な、何と……そなたら本当に学士か!?」
「まあ、一応はね?」
リアラとルルヤもまた、戦闘用
(この位の悪意の洗礼は、想定済みさ)
そしてルルヤはこれを仕掛けてきた敵に内心そう呟いた。事実、これより更に酷い襲撃や緊急時を考え、都に入る各国使節団の予定を見定め、いざという時相互に支援に回れるよう、またできる限り広い範囲を欲能の直接講師に耐えうる護符を渡した人達でカバー出来るよう、事前配置に相談を尽くし護符の生産を只管頑張り続けていたのだ。敵もさるもの、大きな被害を与えるより細かい混乱を広くばらまくようにしてきたのは実に嫌らしい手だが、勝負はまだ始まったばかり、と。
悪意の方向をにらむように、リアラの瞳は強く輝き。
「うわっ、何何!? 警備の仕事、しないと!」
「落ち着いて下さい! 誘導に従って下さい!」
それは隣にいる男の力が巻き起こしたものであると知らぬままに、テルーメアとミアスラは周囲を警戒したり鎮静の魔法を使ったりと警備の仕事を始める。
(……だけどリアラ、お前には腹が立つ。敵である以上に憎い。俺達と同じ癖に。そうだ、俺と何が違う。何処が違う。正義か? 理由のある殺しがそんなに偉いか。愛した者の為に殺してもいいと思った相手を殺す。それに違いがあるか?)
その最中気づかれぬまま、『
(俺らもお前らも、欲望を満たしているだけだ。同僚の糞野郎どもの支配も、お前らの復讐も……俺のちっぽけな幸せも。異世界転生チートでしか幸せを噛み締められなかったちっぽけな俺の幸せを奪う、お前は俺からすりゃ
『
それは理想や正義等俺達を踏み躙るだけだという姑息で打算的な怒りだ。姑息で打算的な事を自覚した上でそれが正義という狂気ではない健全な人間性なのだから打算と欲望の方が理想や正義や復讐より尊いのだから道を開けろという怒号だ。
(メアリー・スーって知ってるか? 原作を踏みにじるオリキャラチート主人公二次創作の事だろうって? 俺らは混珠って原作を踏みにじるメアリー・スーか? いいや違うぜ、正確に言えば、メアリー・スーはそういう作品を体現するキャラとして作られた皮肉だ。嘲笑だ。異世界転生チート最強こそが心に平穏を齎し生きる価値となる連中を踏みにじる毒だ)
姑息で打算的な自分達こそが一般的であり民草でありこの世であり、復讐や正義などは、ひいてはお前達はそれを踏みにじる排除されるべき異端で害悪でしかないという、殺意、怒り……そして彼にとっての正当な防衛本能だ。
(混珠のルールでズルをしてねえからチートじゃねえと言い張ろうが、俺達をファンタジーを踏みにじるメアリー・スーだと言おうが、てめえらこそ、異世界転生チート全てを踏みにじって嘲笑する邪悪なメアリー・スーだ)
ルルヤへの言葉にはリアラは怒りに燃えるだろう。だがそれとは別に、この言葉に対して二人は如何に戦うか。
(そいつを教えて、)
この対決。果たして、如何に。
(殺してやる)
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