・第三十七話「殺戮者がスローライフを求めるのは間違っているだろうか(後編)」

・第三十七話「殺戮者がスローライフを求めるのは間違っているだろうか(後編)」



(こいつは、身も蓋もない保身の物語さ)


 『旗操フラグ欲能チート』ゼレイル・ファーコーン、前世名斎賀さいが 和人かずとは内心そう呟いた。


 今こうして仲間達と戯れるように楽な仕事を緩くこなしながら、己に好意を寄せる女達、『常識プレッシャー欲能チート』ミアスラ・ポースキーズと『同化ドラッグダウン欲能チート』テルーメア・イーレリットスを両方とも愛しく思うが故にうまくバランスをとって対応する事も、保身の為だから。


「ま、兎も角今は仕事仕事」


 ミアスラとテルーメアにそう言って、今は見張りに集中する、という名目でこの会話を終わらせた。


 パーティメンバーの二人とは違いもう少々厄介な関係の、雇用主であり自分に名前を呼ぶことを許す帝女ルマ様の寵愛と依頼に答える為にそこそこの振る舞いをする事も、保身の為だから。


(さて……)


 そして『旗操フラグ』の欲能を発動させる。玩想郷チートピアの同僚、筆頭宮廷詩人『情報ネット欲能チート』レニュー・スッド、帝国治爵『悪嬢アボミネーション欲能チート』エノニール・マイエ・ビーボモイータ達と協調する事も、その為に成果を挙げる事も、保身の為だから。



 そして……



((へ、へへへへ、へ、へ))


 欲能を操りながら、『旗操フラグ』ゼレイルは昨晩の己のひきつった笑いを回想した。心に踏ん切りと覚悟と力を与える為に。


 昨晩も、その前も、もうずっと以前から。


 しばしば『運勢を操り、運命を操る。世界を物語に見立ててお約束の状況を整えれば更に効率良くそれを可能とする』欲能を使い、他者を陥れ、苦しめ、虐げる事を楽しむ事をのも保身の為だ。


 昨晩も、他者を不運に陥れて殺し、それを楽しむように笑って見せた。それが演技であると、絶対にばれないような運を引き寄せながら。


(この欲能チートで、転生してからずっと、幸運に恵まれ成功してきた)


 『旗操フラグ』ゼレイルは回想する。冒険者となれば望むが侭活躍し成功できた。人付き合いをすれば幾らでも可愛い女の子と出会い仲良くなれた。お姫様だろうが己に惚れてくれた。異郷において一人地球人である事が寂しいと思えば、同じ元地球人の転生者であるミアスラとテルーメアに出会えたし、二人が自分に好意を持った。


 出会ったり惚れられた切っ掛けは、確かに欲能チートによるものだった。当時は、それがそういう名で呼ばれている事も理解していなかった。ただ本能的に、自分は幸運を招き寄せる力を持っていると知り、その力の範囲を経験で確かめてみた。


 生憎この世界の転生者に女神もチュートリアルもない。お陰で苦労した。


 ……この部分の独白を、『全能ゴッド欲能チート』と『永遠エターナル欲能チート』は静かに嗤った。『交雑クロスオーバー欲能チート』も笑いはしないが、『全能ゴッド』の存在について調査している故にそれが完全な事実とは異なると感じただろう。それは兎も角、『旗操フラグ』の回想に描写を戻すと。


 ああ、そうだ、こんな力を持っているったって、苦労くらいしてると『旗操フラグ』ゼレイルは思う。それが普通の女に惚れられる為の努力と何が違うと。


(二人の事だって、そうだ)


 自分の操り人形がほしいんじゃない。と思う。あくまで、同じ地球の仲間が欲しかった。その上で、それが自分を好いてくれる女の子であればよかった。その切っ掛けを作った、それだけだ、と。


 地球の日本人・斎賀 和人としての前世は、ろくでもないものだったんだ。天国にいく程じゃないが地獄に落ちる程悪いことはしてなかったのに。だがそれでも俺は不幸せだったんだ。不幸せを呪い恨み、欲能行使者チーターとして転生する程強い感情を抱えながら、糞トラックに轢かれるまでそれでもなお地獄に行くほどの悪事はしなかったんだ。この位の役得があって何が悪い。


 他人に踏み躙られる録でもない人生に漸く運が回ってきたんだ。


 今まで踏み躙られてきたんだ。運を維持する為に踏み躙って何が悪いと……ああ、いや、ミアスラとテルーメアは踏みにじっていない。ルマもだ。多少ピンチを演出したり、多少恥ずかしがらせたりしたが……と、『旗操フラグ』ゼレイルは自分への言い訳じみて回想中に雑念を入れ、それを忘れるべく己の記憶を呼び覚ました。


玩想郷チートピアの存在を知った。悪の存在を、その強大さを)


 それまでは唯只管平和平穏で、お気楽イージーモードな異世界冒険者スローライフだった。


 ルマはちょっと高飛車だけどいい依頼人で、お姫様とお近づきになれるなんて正に男の夢だった。


 ミアスラは少し焼餅焼きだったがそれでいてキツすぎずしおらしく可愛らしく、テルーメアは頭はいいし少し頑固だけど気が利くし良く支えてくれる。


 そんな女達の為なら、成る程、物語の主人公がどうしてあんなに頑張れるのかも、『旗操フラグ』ゼレイルは理解できた。


 だから頑張った。戦う事も気遣う事も献身的に振る舞う事も、何も苦労では無かった。その為には欲能チートも振るった。ミアスラも、その『常識プレッシャー欲能チート』……地球の常識に無い魔法等の力を打ち消す欲能チートで、いつも大いに助けてくれた。最初の時はこっちの『旗操フラグ』まで打ち消してしまってえらい事になりかけた事もあるが、そんな事もどうでもよかった。


 テルーメアの欲能チートは強力だけど限定的すぎて、最初はその存在は取得してるのかいないのか分かりにくかったが、それでパーティがぎくしゃくする事も無かった。


 いい女達だと思った。平和に暮らしたかったし、暮らさせてやりたかった。


(だから、玩想郷チートピアに加わった)


 『旗操フラグ』、運勢を操り運命の分岐を操作して結果を変える、手っ取り早く言えば幸運に恵まれる能力。物語のお約束に従えばより効率的に力を振るえるが、多少の消耗を度外視すればお約束に従う事無くゲームの分岐スイッチをいじるように運命を変える事もできる。


 その力を、世界に対する警戒としても用いていたからこそ、知る事ができた、この世界の裏で蠢く組織。


(それと戦う? 冗談じゃない)


 勧善懲悪の物語の主人公ならそうしたかもしれない。運が良くなる、せいぜいその程度の能力で。だがそいつは、本当に完全にご都合主義的に物事が運ぶ主人公だからできる事だ。俺は運命を動かす事はできるが、逆に言えば動かした範囲の運命しか支配できない。『旗操フラグ』の力は強力で万能だが、絶対でも全能でもない。


(俺は絶対でも全能でも勧善懲悪の主人公でもない)


 だから俺は玩想郷チートピアに入る事に決めた。入って、この生活を維持する事に決めた。


 全ては、冒険者としての成功した生活を持する為。冒険者として成功して、土地を買い、農園を整え、平穏無事に暮らせる環境を整えた。その環境を維持し、ミアスラと、テルーメアと、そしてできればルマとも、幸せに暮らしていく為だ。


(その為なら、何だって犠牲にすると決めた)


 玩想郷チートピアという、欲能チートに溺れて倫理の箍を外した怪物がうじゃうじゃいて隙あらば蹴落とし合う場所で、ミアスラとテルーメアとルマを抱えて生きていく為には、ナメられない必要があった。


 『旗操フラグ欲能チート』は他者の運命を操り破滅させる事を何より好む嗜虐的な外道だ。


 それは、そう思われる為に振る舞った嘘だ。俺がそういう奴だと、旧十弄卿テンアドミニスター第八位『惨劇グランギニョル欲能チート』も信じていた。


 それら全ては演技で嘘だ。ただただ、自分の身内を守り、自分を守り、玩想郷でナメられずに地位を築く為だけに。


 唯それだけの為に、実際に『旗操フラグ』ゼレイルは無数の人間の人生を破滅させた。如何にも楽しんでやっているかのように演技しながら。内心は嫌悪しつつも、ついでに地位を上げる為に顔見知りの冒険者達にミスを犯させて全滅させ、出世の契機になる依頼をこなすために被害者が冒険者に依頼せざるを得なくなるように悲劇を起こし、自分と全く無関係な場所でならばどれほど人が死んでも構わないと他所に災害を発生させ、玩想郷チートピアで地位を上げられる様に位階の近い上位者に不運を与え仲間割れを引き起こさせたり〈長虫バグ〉達と出会うように誘導したり、玩想郷チートピアで同盟者を得て派閥を構築する為に同盟者の利益になるよう他者に不幸を与え続けた。時に意図的に演じてフラグを立て、時に身を削って直接力を振るい。


(そのおかげで、ミアスラとテルーメアとルマも幸せじゃねえか)


 ルマは〈帝国派〉が連合帝国に介入するための人材として身の安全を〈帝国派〉によって保護されている。ルマを通じて俺たちは連合帝国に干渉しているが、あくまでそれとなく誘導する事で、だ。ルマはそれを知らない。ルマは彼女の自己認識においては、あくまで連合帝国の帝女として正しく振る舞い続けている。誇りが傷つく事もなければ自己嫌悪も被害も無い。


 ミアスラとテルーメアは玩想郷チートピアの事をごく一部しか知らない。俺が玩想郷チートピアに加わる時条件として通したからだ。二人は俺を通じてしか玩想郷チートピアに関わらせないと。全力でハッタリを演じフラグを立て足りない分は寿命を削る程欲能チートを使い叶えた。


 だからミアスラとテルーメアは二人とも玩想郷チートピアを〈地球から転生してきた人間の互助会〉としてしか知らない。


 ミアスラの『常識プレッシャー』は他の欲能を打ち消す事を危険視されかねない。事実ほぼ同様の能力だった『禁欲チートストップ』の力で玩想郷に抵抗しようとした転生者は『必勝クリティカル』達にパーティの仲間もろとも惨たらしく殺された。魔法も封じられるミアスラの力の方が上位互換だが、玩想郷チートピアの力の前には誤差の範疇、焼け石に水だ。


 ……テルーメアに関してもそうだ。テルーメアの『同化ドラッグダウン』。それは『自分がこれまで経験した任意の悲惨な状態に相手も変化させる力』。玩想郷に所属して分析を受けて初めてどういう効果か分かった力だ。


 それがどういう意味か分かるか?


 俺達転生者が過去に経験した最悪の状態は何か。死だ。転生者は皆死んだ事がある。死んで生まれ変わったんだから当然だ。


 つまり『自分の最低の状態=死』に、相手をする事ができる。事実上の即死系欲能チートだ。これは、強力で、つまり政治的な値打ちを持つ、厄介事の種であるという事だ。


 更にテルーメアは正直自分の欲能にショックを受けていた。((他人の足を掴んで引きずり下ろすような力だ))って。当たり前だがテルーメアも、前世で魂が歪むほどの事があったからこそ転生し欲能チートを得た身だ。当然内面に鬱屈もある。


 これまで〈長虫バグ〉に殺されてきた奴等と同じくな。


 俺は必死にテルーメアをミアスラと一緒に慰め、そしてこっちは俺単独で玩想郷において安定した地位を与えるべく努力し駆けずり回り理屈を捻りだしミアスラとテルーメアに玩想郷チートピアの正体について秘密を保ったまま建前を納得させた。


 玩想郷チートピアという互助会に従わず暴走する悪い転生者を倒す。その為にお前達の力を使ってくれ、と。


 嘘をついたといってもいい。確かに玩想郷チートピアは転生者も殺す。だがそれは仲間割れの結果や玩想郷チートピアに所属し支配に加わる事を拒む転生者への攻撃や倫理観に縛られた裏切り者への粛清だ。だからそういった連中の真実を教えず、悪人だから倒すんだとして二人に力を使わせた。ミアスラの『常識プレッシャー』が相手の欲能チートを封じ、テルーメアの『同化ドラッグダウン』が死を齎す。俺の『旗操フラグ』がお膳立てをした上で。刺客としては強力だ。故に玩想郷チートピアにおいて〈粛清官〉と役職を得て、俺達は地位を固めた。


 騙したと言ってもいい。それを納得させる為に、違和感を抱かせない為に、真実に気づかせない為に、俺は俺の欲能チートも使いまくった。それはある意味二人を部分的に洗脳したに近いのかもしれない。知った事か。二人の精神的安定が第一だ。俺達の安定した平和な生活が第一だ。たまに来るその依頼さえ二人を何とか誤魔化せば、俺達の安定した平和な生活は守られるんだ。


(だから、他人の死がどうしたってんだ)


 この平穏無事でゆるくてあったかい幸せで穏やかなスローライフを守る為なら、他人なんて何億人だろうが生贄に捧げてやる。


(そいつが、あいつと、何が違うって言うんだ)


 〈長虫バグ〉の一匹、リアラ・ソアフ・シュム・パロンを、『旗操フラグ』ゼレイルは激しく憎悪した。


生まれながらの〈長虫〉ルルヤ・マーナ・シュム・アマトは別にいい。童話だの最近風にひねくってない昔の子供向けのヒーローものの登場人物みたいな、ド田舎だからこそそういう風に生まれた単純な原始人なんだろ。どうせなそんな原始人なんざそう生きてそう死ぬ事以外プログラムされてねえNPCノンプレイヤーキャラクターやボットみてえなもんだ。俺達みたいに悩まねえ。だから、怒る相手じゃない。排除するだけだ。だけど……)


 リアラが聞けばキレるだろうルルヤへの評価を思いながら、欲能チートが発動した。幸運と偶然の名の元に奇跡的な結果を強引に招き寄せる力が。汎用性において極めて強力であるが故に十弄卿テンアドミンスターになっても物語のお約束的な前振りを行うか魔法と同じく体力や精神力を消耗し下手をすれば肉体的な損傷にも至る……が、憎悪に昂った精神力が、それを強く発動させた。


(二人を生かす為に、犠牲の山を積み上げる俺と。殺された二人の為に、仇の死体の山を積み重ねるお前と)


 突風が吹いた。一瞬、幌が捲れた。馬車の外に、リアラとルルヤの姿が見えた。


 。即ち、『旗操フラグ』の欲能チートである。


 否、それだけではない。その突風に煽られた旗棹が一本飛び落ち、にもリアラとルルヤの乗っていた馬車に突き刺さった。【真竜シュムシュの鱗棘】に覆われ直接干渉を拒絶するリアラとルルヤには干渉できなかったが、リアラが用意していた魔法道具のうち竜術の保護を付与する前だった幾つかがそれで壊れた。


「「っ!!」」


 書学国学生ローブのまま、周囲が騒然とする中ルルヤは【真竜シュムシュの角鬣】で飛来した経路をみた。リアラは【真竜シュムシュの眼光】で欲能チートの力の流れを見た。


(挑発と妨害……)

(それと、後を引く悪意と憎悪……都全体をべったりと覆い尽くす欲能チート!)


 だが、それだけではなかった。その時、同時にリアラとルルヤを知り玩想郷に戦いを挑む為に集い、それぞれにエクタシフォン近郊に集結していた者達にが襲いかかっていたのだ。


「うわぁっ!? バカな、何だ今の風は!?」

「くそっ、こんな所に岩礁は無かった筈……何だこりゃ!?」

「流された漁網が岩を絡め取ってまるで岩礁を作ったみたいになってやがる!?」

「いいから手を動かせ!」


 別途エクタシフォン近隣の港に入ろうとしていた諸島海の船団が、風に煽られ帆柱が折れ岩礁に竜骨を打ち付けた。航海に慣れた諸島海の船としては有り得ない事で、それにより幾つかの資料が浸水し散逸し、会議への到着が遅れる。


「亜獣だ!」

土山椒蛇サラマンダーワーム蕩虫苛草キメラマッシュルームだと!?」

「バカな、何でこんな所に!?」


 アウェンタバーナの城壁を、に現れた亜獣が襲撃した。何れも土中から地上を急襲する、胴回り1ザカレ2メートルはあろうかという蚯蚓と蛇と山椒魚を足したような亜獣と、特殊な菌糸の寄生により熊の倍程の大きさと鎧の硬度を得た昆虫だ。何れも極めて希少かつ強力な亜獣であり、これもまた、被害、行程混乱、資料の散逸、戦力の消耗、そして陰謀の付け入る余地を生む。


錬術れんじゅつ兵の誤作動だーっ!?」

「と、止めろぉ! まずい、外交問題になるぞ!?」


 陰謀の付け入る余地としては、より大きな事象も巻き起こる。アウェンタバーナの大路を歩いていた各国の使節団の内、護衛戦力として錬術兵や《使魔つかいま》や霊獣を用いていた国があったのだがそれらがとして暴走。他国の使節団を襲撃しだすという未曾有の事態が巻き起こった。


「死ねぇえええっ!」

「させるか阿呆が、っ!?」

「~~~~~っ!?」


 ZDOM!


 更に自由守護騎士団の団長ユカハへの復讐を狙い潜入したどれかの傭兵団の残党。諸々の不幸で捨て鉢になり命を捨ててでも復讐しようと思う程怒った傭兵が、緩んだ警備の隙を一切突破しまんまとユカハに近づき。


 これが無防備な状態であれば反応が遅れ暗殺が成功していただろうが、幸いリアラが配っていた竜術護符のお陰で最寄の騎士が反応し狼藉者を切り捨てる。だが、まだピンを抜いていない筈の残存した兵器である手榴弾が暴発し……!


 それだけではない。不倶戴天の仇同士が別々の国の護衛として雇われていてこのタイミングでお互いにそれに気がついて逆上し衝突し、吹いた旋風で塵が目に当たり棒立ちになった馬が暴走して見物客を目掛けて突進し、乱心者が隊列に切りかかり……他にも、数多!



「させるかっ!」

「落ち着け! 諸国が見ているぞ!」

「危ねぇっ!」

「むんっ!」


 ……それらに、かくある事を予期していた、玩想郷チートピアと戦う為にこの場に来ていた仲間達は果断に対処した。フェリアーラは魔竜並みの頑丈な体で爆発から人を庇った。少年傭兵や踊り子達が暴走者を阻止した。亜獣がぶっとばされ、暴れ馬がむんずとねじ伏せられ、動揺する人々を諸島海の提督や砂海の首長が一喝した。


 だがそれでも尚、例えば動揺を誘う業に長けた踊り子達の近くで暴れだしたのが偶然精神の動揺に効果を受けない錬術れんじゅつ兵であるなど、陰湿な悪意が力を少しでも多く削がんとした。


 そしてそれらを、同時に『情報ネット欲能チート』がその欲能で起こった事柄全て知覚し、全員の位置関係の絵図を描いているだろう。



「な、何と……そなたら本当に学士か!?」

「まあ、一応はね?」


 リアラとルルヤもまた、戦闘用使魔つかいまや霊獣を、学士姿のまま制圧していた。仰天する他国施設だが、一応リアラはソティアに教わった学識で、ルルヤもその持てる歴史と竜術の知識で学士資格を事前の道中に簡易で取っていた為、嘘は言ってない。ルルヤはしばしば自分が頭が良くないというが、経典や故郷の歴史などを暗記しているし、そもそも他者リアラに真竜の教えを説ける時点で頭が悪い訳が無い。ルルヤの自己認識は里の外を知らない事や世慣れしてない事などから来るコンプレックス的な要素がやや強いのだ。


(この位の悪意の洗礼は、想定済みさ)


 そしてルルヤはこれを仕掛けてきた敵に内心そう呟いた。事実、これより更に酷い襲撃や緊急時を考え、都に入る各国使節団の予定を見定め、いざという時相互に支援に回れるよう、またできる限り広い範囲を欲能の直接講師に耐えうる護符を渡した人達でカバー出来るよう、事前配置に相談を尽くし護符の生産を只管頑張り続けていたのだ。敵もさるもの、大きな被害を与えるより細かい混乱を広くばらまくようにしてきたのは実に嫌らしい手だが、勝負はまだ始まったばかり、と。


 悪意の方向をにらむように、リアラの瞳は強く輝き。


「うわっ、何何!? 警備の仕事、しないと!」

「落ち着いて下さい! 誘導に従って下さい!」


 それは隣にいる男の力が巻き起こしたものであると知らぬままに、テルーメアとミアスラは周囲を警戒したり鎮静の魔法を使ったりと警備の仕事を始める。


(……だけどリアラ、お前には腹が立つ。敵である以上に憎い。俺達と同じ癖に。そうだ、俺と何が違う。何処が違う。正義か? 理由のある殺しがそんなに偉いか。愛した者の為に殺してもいいと思った相手を殺す。それに違いがあるか?)


 その最中気づかれぬまま、『旗操フラグ』ゼレイルの瞳は、暗く強い敵意と悪意に燃えてリアラの居る町を見下ろしていた。数秒後には町を観察していたという口実と共に、テルーメアやミアスラに的確な指示を下すだろう口許を食い縛って。


(俺らもお前らも、欲望を満たしているだけだ。同僚の糞野郎どもの支配も、お前らの復讐も……俺のちっぽけな幸せも。異世界転生チートでしか幸せを噛み締められなかったちっぽけな俺の幸せを奪う、お前は俺からすりゃ混珠こんじゅ人から見た俺の同僚のクソヤロウどもと同じクソヤロウだ。異世界転生チートで何が悪い! 世界の端っこで細々平穏な幸せという欲望を満たすスローライフがお前らの復讐より尊くない理由があるか!? 復讐も平和も欲望だ! 平穏を守る為の打算も復讐の為の殺戮も殺しだ! 自分の平穏を守る為に守る仲間も理想の為に世界を救って助けるどっかの誰かも、同じ守護で救済だ! ……俺達〈帝国派〉が勝っても、裏からの支配者が出来るだけだ、ある意味お前ら復讐者より血に飢えてはいねえよ!)


 『旗操フラグ』ゼレイルの瞳は爛々と憎悪に燃える。


 それは理想や正義等俺達を踏み躙るだけだという姑息で打算的な怒りだ。姑息で打算的な事を自覚した上でそれが正義という狂気ではない健全な人間性なのだから打算と欲望の方が理想や正義や復讐より尊いのだから道を開けろという怒号だ。


(メアリー・スーって知ってるか? 原作を踏みにじるオリキャラチート主人公二次創作の事だろうって? 俺らは混珠って原作を踏みにじるメアリー・スーか? いいや違うぜ、正確に言えば、メアリー・スーはそういう作品を体現するキャラとして作られた皮肉だ。嘲笑だ。異世界転生チート最強こそが心に平穏を齎し生きる価値となる連中を踏みにじる毒だ)


 姑息で打算的な自分達こそが一般的であり民草でありこの世であり、復讐や正義などは、ひいてはお前達はそれを踏みにじる排除されるべき異端で害悪でしかないという、殺意、怒り……そして彼にとっての正当な防衛本能だ。


(混珠のルールでズルをしてねえからチートじゃねえと言い張ろうが、俺達をファンタジーを踏みにじるメアリー・スーだと言おうが、てめえらこそ、異世界転生チート全てを踏みにじって嘲笑する邪悪なメアリー・スーだ)


 ルルヤへの言葉にはリアラは怒りに燃えるだろう。だがそれとは別に、この言葉に対して二人は如何に戦うか。


(そいつを教えて、)


 この対決。果たして、如何に。


(殺してやる)

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