・第二十二話「サンド・オーシャン(後編)」

・第二十二話「サンド・オーシャン(後編)」



 戦局は限界を迎えつつあった。《欲能神捧兵セルフバインド》、中でも『男殺ミサンドリー欲能チート』『女殺ミソジニー欲能チート』の戦線への投入は、どう連携してもマルマル軍の防衛力を越えつつあった。


「ふぅーっ、ふぅーっ、む、おおおおおっ! ……おおおおおっ!!!」


 両足に深傷ふかでを負い、最早歩く事も出来ずその場に座り込みながら、山亜人ドワーフの神官戦士は尚も敵兵を睨み、後方にばたばたと倒れた味方兵士を流れ矢の刺さった別の神官が必死に治療するのを助けるべく、自身も火傷を負いながらも振香炉を振り回し火の壁を作り敵の接近を阻んでいるが、最早その術が自身の身を削っているのは明白。


 GAN! GAN! GAN! BRAN!


「くっそ……」


 縁に備えた刃が既に枯葉のようにぐちゃぐちゃになって、鈍器として振るっていたルアエザの戦扇が、とうとう敵の《神衣》の頑丈さに負けて砕け散った。もう、スカートの縁の刃も靴の刃も潰れている。それどころかそもそも、服を身代わりに攻撃を防ぐ《霧散》の使いすぎで、殆ど裸同然の状態。


「……共に戦い、戦士として認め合っても。ついこう動いてしまうのが……男だ」


「馬鹿、男って、全く……!」


 口髭の戦士が、同じくもう《霧散》を使えなくなったラルバエルルを庇って倒れた。ラルバエルルの、このマルマルの戦いまでの思いも籠る悔しさ噛み締めた声。


「しゃあねえだろ! させっかよ! てめ、ぐあっ!?」

「!!」」

「っ、拳、握れぇっ! ふざけんな皆、女のプライドとおっぱい落としたか!」

「……ああ、落としてないだろ、皆!」


 ペムネに支援射撃をした狐目の弓兵に投擲された《神剣》が突き刺さった。だがそれでも尚エラルが、戦えとこの土壇場でも頓狂な励ましを叫んだ。


 ふてぶてしい表情で、ルアエザが拳を握った。はっとなって、ラルバエルルとペムネが立った。


 しかし眼下では破られた城門を舞闘歌娼劇団の〈乗物〉である山車と舞台の機能を持つ隊商随伴用鳥蛇ハウロズ荷車が城市内から突撃して塞ぎ、山車上の舞台から一般劇団員と化粧係ハムサと衣装道具係パキラ達までも含む全員が、傘盾槍を巡らし投擲霊術暗器を投げて抵抗していたが、車の上まで登られれば、後方担当には白兵戦の手段が無いのだ、最早最後と言えよう。更に言えば既に守りきれてもいない。


「っ……!」

「歌い、続けろぉっ! 出来る事を、するんだろうがぁ!」


 全体に《霊曲》を以て付与霊術で支援をしてきたアドブバの手が止まりかける。が、必死に演奏を再開する。ここまで侵入してきた敵相手にアドブバを守る将軍の血まみれの背を見ながら。



 その瞬間、何度か城壁外から響いていた。地震めいて砂海を揺らす爆音の中でも、最大の轟音が響いた。


「……終わりだな! 我々の勝ちだ! 男共もその娼婦どれい共も! 平伏ひれふせぇええ!」


 『男殺ミサンドリー』が叫ぶ。《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》の炸裂、『神仰クルセイド欲能チート』の勝利を確信し。


 そして……!



「……終わりだ」


 『神仰クルセイド欲能チート』はそう言い、爆発に消えるルルヤを見せつけながらリアラの胸を刺し貫く双刀をV字に振り抜き、リアラの首を胴体から切り落とそうとして。


「無駄だ。指が落ちる余計な苦痛が増えるだけだぞ」


 そう、これから己が殺そうとする相手に語りかけた。《神剣二刀》を止めようと抗い、その刀身を掴んだリアラに。


「……終わり、じゃ、けほっ、ない……」


 一瞬、死体の様に瞳から光、顔から表情が消えかけたが。ルルヤを飲み込んだ爆炎を見せつけられた瞳に再び光を宿し、血に噎せながら、リアラはしかしそう答えた。


「これから、かはっ、貴方に、勝つ! 僕は貴方に負けないし、そして何より、」

「ぬうっ……!!」


 爆炎が晴れた向こうを見ながら。『神仰クルセイド』もそれを見、それを聞いて唸った。


「放射線の類こそ無いとはいえ……恒星に匹敵する高温だぞ、それを……! だが《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》を防ぐとは、そちらの切り札を一枚切ったか! 砂海中から力を集めればまだ一発は【世破破メラジゴラガ】を撃てようが、一発分を消費したな! それに比べ我が信仰は絶大! まだまだ何度でも撃てるわ! 押し潰してくれようぞっ!!」

「GEOAAAA……FAAAA……NN……!」


 それは竜の唸り声だった。爆発寸前の火山に滾る溶岩の様な。爆煙の向こうに、爛々と輝く赤い眼光が透けて見えた。【真竜シュムシュの眼光】から感情の激昂によって高まった魔法血からが溢れる光による発光現象は……爆炎より激しく爆煙より黒く燃え盛る月と重力の【真竜シュムシュの息吹】と併せ、ルルヤの燃え盛り猛り狂う、リアラの心身を傷つけられた事への激怒の発露。


 だがそれはカイシャリアⅦの戦いで『取神行ヘーロース』を倒した必殺技に相当する魔法力を使っての事。それを一発分消費しただけそちらの勝ち目は遠のいたぞと、『神仰クルセイド』は尚揺るがぬが。


「……ルルヤさんが僕を置いて死なない。僕も、ルルヤさんを置いて死ねない。ルルヤさんを置いて死なない!」


 その激怒を、かつて限定的に竜の力を宿していたフェリアーラが一時的にそうなったような魔竜ラハルムに堕ちる方向ではなく、敵へとぶつかる力へ制御するべく、リアラはルルヤに届けと叫ぶ。そして。


「出来るとでも!」「やります!」「これは!」


 させじと指と掌ごと胸を切り裂いて首を落とそうとする『神仰クルセイド』にリアラは叫び、直後音が鳴る程歯を食い縛り苦痛を堪えた。


(【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】の傷口からの体内放射か! だが、通さぬぞ!)


 それを『神仰クルセイド』で観察したカイシャリアⅦでの戦いでリアラが『惨劇グランギニョル欲能チート』の『取神行ヘーロース』、『狂死遊戯・痴愚物語キーパー・ザ・アザトース』の触手を内側から焼き砕いた、傷口を顎門あぎとに見立て【真竜シュムシュの息吹】を放つ技である事を見て取った『神仰クルセイド』。


 己が《神剣》の硬度には絶対の自信があるが相手が【息吹】を曲げられる以上《神剣》以外を息吹を狙う筈と、《神衣》から露出する目元を守る為《神衣》の追加装甲を更に増強し青い追加装甲えで目元を覆い、更に眼前に《神盾》を追加召喚。


「【《傷口よ顎門と成れ、陽と血の息吹で報いよブラッディリベンジ・フォトンブレス》】!!」「ぬぁああああっ!?」


 しかしリアラの反撃は《専誓詠吟》、ここまでの戦闘でリアラの【息吹】の威力を見切った、剥き出しの部位でなければ通常の《神衣》で十分に防御可能と見ていた『神仰クルセイド』の想定の上を行った!


 傷口からこれまでの【息吹】と異なり迸った血と見紛う鮮紅色の【息吹】は、《神衣》を赤熱させ『神仰クルセイド』を焼き焦がし、単なる光線レーザーではない衝撃力と爆発を伴い『神仰クルセイド』を吹き飛ばした! 後退させられ、刺さった《神剣二刀》が引き抜かれる!


「この威力、魔術の《復讐》を付与したか!? 過去の戦闘では使えなかった筈!」

「げほ、昨日の僕と、けはっ、今日の僕は、同じじゃないっ!」


 焼け焦げた傷を《神癒》の法術で回復する為に間合いを取りながら『神仰クルセイド』は理解した。リアラは竜術の他に白魔術も使う。そして魔術には《復讐》という、《己が受けた手傷の分だけ反撃の威力を上げる》魔法がある。混珠こんじゅの歴史において、しばしば大魔獣や魔将の類が英雄豪傑を道ずれにした恐るべき力。


 『神剣二刀』が抜け落ちた胸の傷を押さえ、【真竜シュムシュの血潮】の効果を巡らせ失血死を免れながら……カイシャリアⅦの戦いの後、今に備え更に断章第三話で学び鍛えたと、リアラは反撃の狼煙を上げた!


「GEOAAA!!」「ちぃいっ!」GOAANN!!


 《神衣》の再構築、その一瞬に一手誤った事を悟り咄嗟に『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』を動かした『神仰クルセイド』だったが、その反射は一見間に合ったようで実質間に合っていなかった。


 《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》の爆心地から飛び出したルルヤが、怒竜の咆哮と共に掌打を打ち込んだ。それを咄嗟に『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』で防いだがその位置関係は最初に『神仰クルセイド』が持ち込んだ遠い間合いではなく、阻止せんとしたリアラとルルヤ二人の連携が成立する四人が近い間合いだ。ルルヤの打撃を防いだ『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の装甲が鐘めいて鳴る。果たしてそれは、誰への祝福か。誰への晩鐘か。


「ああ、そうだ、リアラ! 今こそ『神仰クルセイド』を越えろ、いや、越えるぞ一緒に!」


 昨日の僕と今日の僕は同じじゃない、そう叫ぶリアラを後押しするように、その傍らに到達したルルヤが叫んだ。リアラの血臭いの中、一瞬浮かべた怒れる竜の黒き顔を押さえ、勇者の表情で。リアラの心に寄り添い、助けると。


「越えられるものか! 魔も滅ぼせぬ王神アトルマテラに滅ぼされた竜が!」

「越えるとも! 貴様の言葉もだ! まずはそれからだ!」


 『神仰クルセイド』の主張が狂的であり過剰な断言である事は言われた時から分かっていた。だが、それでも尚、その全霊を込めた言葉には凄まじい力があった。それはリアラもルルヤもどこかに持っていた、理想を追う者が時に内包する、光が強いがゆえの濃い影だったからだ。その影を、今こそ越える!


「私も昔思った! なぜ真竜シュムシュは魔を滅ぼすことを躊躇ったのか、何故強かった筈の真竜シュムシュが滅んだのか!魔の存在が人を律するとも言う、けどそれだけじゃない!」


 リアラからかつて第十三話で聞いた。混珠こんじゅの正統な軍隊が常に補給を自力で行い活動するそしてソレが可能な範囲で動員を行うのは、地球の中世の軍隊が略奪や徴発で補給を行っていたのとは明確に違うと。それに驚かれる事は混珠こんじゅ人としては逆に驚くべきだったが、だからこそ改めて思うもう一度確かめる混珠こんじゅの民がそのような制度を構築したのは、魔の存在があるからだ。恨みは魔を呼ぶ。略奪で殺された者は将来魔に生まれ変わり、乱の発生は魔の増大、そして魔王を齎す。それだけではない。奪われた恨みを持つ者のところに、復讐をしたいかと問う魔が現れれば、恨みの強さが忽ち復讐者を強力な魔術使いにする。故に混珠こんじゅの王は仁政を敷き、騎士は騎士道を守り決して民を虐げぬ。それは逆説的に魔が人の倫理を磨いたとも言えた。真竜シュムシュが魔の完全討伐を拒んだ理由はこれだったのかもしれない。そう思いながらもその上で、それだけではない理由を見いだしていた。


「自分達は自分達だ、自分達でいたい。それは、人がどうしても思う事だ。自分や仲間を肯定してあげたいと。皆もそう思って抗っている。何か一つを正義と決めてしまうのは、その思いを塗り潰してしまう。私はお前達の暴力と戦うが、お前達に成り代わり支配者にはならんぞ!」


 世界の残酷を弾劾し世界の横面を張り飛ばす鉄拳である真竜シュムシュの力は、世界の支配者、世界の正義と悪を定める裁定者に、一歩間違えれば踏み込む存在だ。しかしそれはしてはならぬと、今、混珠こんじゅ混珠こんじゅであるために、己が己である為に、玩想郷チートピアを許せぬという己の思いの為に戦うからこそはっきりと分かる! そして『神仰クルセイド』がどれ程真摯であろうと、その行いは人々の独自性の否定なのだと!


「ぬうっ!!」


 『神仰クルセイド』は僅かに唸った。己は己でいたい。それは抗う者の理。かつて現実に抵抗した己もまたそうであったと。だが、今己はそれを否定する側に回っている。それは既に覚悟した。踏み潰す側となってでも唯一を追い求めると。だが!


 轟とルルヤの四肢と剣に力を付与する黒き月の【息吹】が燃え上がった。全身をバリアめいて覆い辛うじて《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》から生存せしめた【息吹】が集中していく。同時に、防壁の下から露になった肌と鎧が【血潮】の効果で急速回復していく。【地脈】による魔法力の強化、それが使い切る事を覚悟で全開にされているのだ。


「そうだ……不完全なんかじゃない、優しいんだ」


 リアラが、ルルヤの言葉に励まされるように、悟るようにそう言った。それを聞き、ルルヤは内なる思いを噛み締める。


 ……リアラが、理想を求め現実を省みぬ己の暗黒面を『神仰クルセイド』に見いだし揺らいだ事に、ルルヤは、最初上手く支える事が出来なかった。不完全と否定される事に敵愾心は沸いたが、理が、弁が回らぬ。リアラはそうではないと言ってくれたのにこれでは、やはり己は優しくできていないではないか。そう悩んだとき初めて、ルルヤは、己の自己嫌悪、己が獰猛性、好戦性への自己嫌悪と、今ルルヤが惑う感情が同じものであると悟った。そして、例え欠点があろうとも、私はリアラを案じ愛しているとルルヤは気づいたのだ。


 それに気づいたからこそ至れた境地と思いを込めて、掌打を見舞った腕から【息吹】を放ち、これまでの最大出力の【息吹】を打ち込む事で『取神行ヘーロース』を軋ませ、押し、弾き飛ばし、黒い炎が更に尚もその白い神の体を締め上げる! 同時に【真竜シュムシュの骨幹】で鉄剣を再構築!


「ぬうっ! 勝負を賭けに来たか! ここまでで耐えきったとでも、見切ったとでも言うつもりかぁっ! だがぁっ!」


それを見てとり、『神仰クルセイド』は理解した。ここまでの戦いで、此方を倒せずにいたが、逆に倒されもしなかった。それで、倒す切っ掛けを掴んだとルルヤとリアラが判断したのだ、と。そしてまた、その為に、己が論にここで二人が挑む積りであると悟った。だが、それならば。そうだとしても。


「それが、己でありたいというその思いが乱を呼ぶというのだっ! ましてそんな優しさなど不純な惑い揺らぎに過ぎん! 私と同じく、戦いを選んだ時点で!」


 それは我執であり戦と不和の源、乗り越えねばならぬ感情だと、そして理想の為に戦い血を流す事を再び選んだ時点でリアラが自分の同類と認めたのだ、ならば勝つのは迷いなき己と吼え、此方も法力を全開として『神仰クルセイド』『取神行ヘーロース』共に輝きを帯び、ルルヤの【息吹】を払い飛ばし、『取神行ヘーロース』を再前進させる『神仰クルセイド』に対し。


「……マルマルの街の皆に聞いた。鉱易砂海の歴史について、学び知った!」


 ルルヤに勇気付けられたリアラが激突した。先程のしっかり掴んだ大盾に拳をめり込まされ結果的に動きを支配された事態を避けるべく、『取神行ヘーロース』の振り上げる腕の間合いの内側に飛び込み両腕で『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の片腕を掴む!


「昔魔王が居た砂海で、魔王に従わざるを得なかった魔軍占領地の者も魔王の時代が終われば許しあって困難を乗り越えて行き、その為に各地のオアシスや鉱山に別れて併存してきた、人を許さない人は人に許してもらえないんだから。そう今日が来るまでの間、一緒に過ごした皆は教えてくれた! これは貴方が言った言葉でもあるんだぞ、『神仰クルセイド』! それが魔王と和解した三代目勇者や、帝国とそれ以外の併存を纏めてきた混珠こんじゅの歴史で、私たちが踊り子の美を作ってるんだと、貴方の言う様な妬みや対立なんかじゃなくそう言っていた劇団の裏方の人のいる混珠こんじゅの今だ! 僕たちがその一員である、玩想郷チートピアなんかに負けない世界だっ!」


 VZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!!!! !!


 悔い改めれば許されるのでなければ誰も悔い改めぬ。かつて第十八話で神仰クルセイド』は言った言葉を捉え、そしてマルマル市で過ごした夜、先程臨死に至りかけた時よぎった走馬灯、共に踊り明かした時から更に後、劇団の皆とアドブバ首長と自分達の踊りを見て宴を過ごした戦士や冒険者達、マルマルの民も各地から脱出し集った皆も、今語った言葉を誇らしげに胸を張ったハムザやパキラを、鉱易砂海に赴く前に過ごした日々断章第三話に学んだ歴史を掴んで、『神仰クルセイド』の言葉にリアラの言葉が挑みかかった。


 同時にその言葉を己が精神力を昂らせる詠唱とする様にリアラの手指から【息吹】の熱線が《復讐》によって火力を増強され迸り、『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の腕を食い千切らんとする! 太陽の【息吹】と太陽と契約の神の名を関する『取神行ヘーロース』、二つの太陽が鬩ぎあう! 大凡この世に存在する物質の中で最高の硬度にも関わらず自在に動き回る柔軟性を持った『取神行ヘーロース』の腕から火花が散り、紅の光線が食い込む!


「言うではないか!」

「言わせてやるともっ!」


 振り払わんとする未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の拳と『神仰クルセイド』の曲刀と盾打シールドバッシュ! それをルルヤが迎え撃つ! 相手へ食い込ませるより相手を弾き飛ばす事を重視する【息吹】を付与した剣が旋風巻いて『取神行ヘーロース』の拳を弾き、体勢を崩す事で『神仰クルセイド』の攻撃によろけた『取神行ヘーロース』の拳の軌道を交差させる事で防ぐ! 流石に教団兵士の如く同士討ちするほど容易くはない『神仰クルセイド』だが、これにはたたらを踏むように足並みを踏みとどまらせ、攻防のテンポを乱さざるを得ない!


「ならば私の元に服従した多くの砂海の民も、許すという積りか!?」

「ああ、許すとっ! マルマルの皆はそう言ってたっ!」「ッッッ!?」


 攻勢に出ようとするルルヤ。それを乱そうとする『神仰クルセイド』の言葉をルルヤは跳ね返し、争いが憎しみを産み憎しみは消えず混珠こんじゅは不可逆に変化するという『神仰クルセイド』の呪詛を人々が否定したという事実に、逆に更に『神仰クルセイド』のペースが乱れた。


 剣戟! 剣戟! 剣戟! ルルヤの鉄剣を『神仰クルセイド』の盾が弾く! ルルヤの手が、今度は曲刀を握る『神仰クルセイド』の手を直接掴んだ! 腕より細い指なら! 指絡、【息吹】、握潰、骨折! リアラがカイシャリアⅦで『経済キャピタル』相手に行なった攻撃を元に、過去の英雄の戦法と合わせ己の流儀とした手業で剣を取り落とさせる!


「己であり続ける事が別々の正義同士の争いを呼ぶかもしれなくても、混珠こんじゅ混珠こんじゅのままに保つ事は私たちが戦う理由でもある、否定する訳にはいかない! まして、己であり続ける為に他者の正義を許容する人がいる世界なら、お前の論理を越えられる可能性のある世界ならどうだ! 私より優しいこの砂海の皆みたいに、自分の正義の不完全性を認めれば、他人の正義を認める事が、共存する事が不可能じゃなくなる! そんな世界なら、戦に猛り狂う様な私の力ででも、何が何でも守らなければならんだろう! ああ、お前の言う通り、そういう世界を守る為にはその為に血に塗れる奴が要るのは否定しないし、ならば私もお前と似ているのかもしれん! リアラもそう思い迷ったのやもしれん! だが、お前はリアラが自分に似ていると言うが、お前じゃなくリアラに助けられた私がいる、お前にはそういう奴がいるか『神仰クルセイド』! あの子にあの子の闇があっても、それでもその闇すらもあの子は愛の為に戦う力にしている! あの子の物語は、人を愛する物語だ! お前とは、違うっ!!」


 私もまたお前に似ていると、リアラと同じだとリアラの手を取って共に歩むようにルルヤは踏み込む。肉体的に間合いを詰めると同時に、『神仰クルセイド』の言葉に対し、そして己の思いと思い悩み至った境地に対し踏み込む。


 怒りと悲しみに狂い飛び殺したあの日。自分を咄嗟に引き戻したのは、自分の中に英雄を見たリアラの理想へ愛だった。こんな自分を愛し求め感謝してくれたリアラがいなければ、あの時にもう自分は狂い怪物と成り果てていただろう。怪物を抱き締め説得する事は、怪物を討つより遥かに難しい。それを成し遂げたリアラは、欲の怪物を殺す私より強いし、私が戦い勝てるのは、怪物を抱き締め説得し愛したリアラの優しさの力だと。即ちリアラを愛する事、リアラの罪悪に許しを与える事は、自分の悪性を認め、受け入れる事だと。


 無論悪性は認め受け入れた上で制御し乗りこなさなければならぬが、それは正に考え続けるというルルヤが思った正義のあり方である。そしてそれは、世界を己の力で思うが侭にするのではなく、世界を抱き締める真竜シュムシュの信仰そのものでもあったのだと、ルルヤは遂に、己の信仰を悟ったのだ。


 それはマルマル軍との共闘や【地脈】の齎す力に勝るとも劣らぬ混珠こんじゅの人の優しさがルルヤ達に与えてくれた力。指を砕かれた『神仰クルセイド』の手から曲刀が落ちる。


 『神仰クルセイド』が回復法術で手を回復しようとする。させじとルルヤが攻める。回復法術は間に合わぬ。『取神行ヘーロース』は、リアラを引き剥がそうと腕を振り回していた。


「お前の神、力で広めた信仰は! 本当の意味で人の為の物語か!?」

「ぐうううううっ!!!」


 盾打。ルルヤはそれに対し【翼鰭】を盾か腕のように振り回してぶつける。隙が開く。剣が抉り込むように突き出される。腹を突かれ、辛うじて《神衣》を貫かれないが、『神仰クルセイド』は体をくの字に折る。衝撃を殺し切れぬ。


 《神衣》の効果が、『神仰クルセイド』の精神力が、言葉で弱まり始めている。お前の救済とお前の神は救済の為の救済で、人を愛する、人の為の物語では無いのではないかという言葉に、そんなお前とリアラは違うという言葉に!


「カァッ!」「ぬうっ!」「ッアアアッ!」「ぐおおっ!?」


 ルルヤが口から【息吹】を『神仰クルセイド』の顔へ発射。間一髪予知し避ける『神仰クルセイド』。避けた方に砕けかけの角の生えた鉢金を被った頭で頭突きするルルヤ。命中! 結晶質の追加装甲とルルヤの鉢金が砕け、『神仰クルセイド』の眉間から血が迸る!


「 要らぬっ! そんなものなど! 私は私の神以外何も要らんわぁあああああっ!」

セイィイイイイイッ!!」「うくっ……!?」


 『神仰クルセイド』は揺らぎを振り捨てて吠えた。誰の肯定も支えも要らぬと。その執念が『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』を突き動かす。『取神行ヘーロース』は吼え……己の焼き切れかけた腕を引きちぎり、諸共にリアラを引き剥がし、叩きつけた。だが!


「僕達は望まれた。望まれてしまった。皆に託された、託されてしまったんだ! 勝ってくれって! それまで命を使って耐えてみせるとっ! 望まれて……!」


 ルルヤが叫ぶこの砂海の皆への思いをリアラは噛み締める。そんな彼等彼女等に、自分達の事を思い、勝ちに焦り、負けないでくれ。絶対に勝つ為に、ぎりぎりまで粘ってくれて構わない。そう言われてしまった。命を捧げられた途方もない重さ。その重さに血反吐を吐きながらもリアラは即座に起き上がった。


「「セイィッ!!」」「ぬんっ!」


 『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』が、『神仰クルセイド』が、何れも片腕を法術で再生しながら、もう片方の腕を全力の法術で強化して立ち上がるリアラに殴りかかる。それを、両腕に限界まで【息吹】を乗せたルルヤが迎撃した。二本の腕を、二本の腕で、だがそれでも二対一の迎撃、拳に掌をぶつけ、掴み、押し止める。だが『神仰クルセイド』も全力の強化で、今度は拳を砕かせぬ!


「それでも! リアラが居る事を、リアラの勝利を、リアラの生存を、リアラの歌を、共に生きるリアラの人生を、私は望んでいる! リアラは私に望まれている! ……リアラ! 私は、リアラに望まれているか!」


 鬩ぎあいながら、背負う命の重さに負けるなとルルヤがリアラに叫ぶ。そしてまた、支える私を負けさせないでくれとルルヤはリアラに願う。共に来てくれと。


「っ……、はいっっ!!!」

「……ありがとう! だから、私は! 私達は! 唯一神に、負けんっ!」


 リアラは感極まり答える、負けないと。リアラは支え返す。貴方が僕の心を支えてくれる様に、僕が貴方を支えると。その言葉に、ルルヤもまた感極まり力を増した。


「させぬぞ! このまま! 【世壊破メラジゴラガ】は通させん! 今度こそ、終わりだっ!」


 しかし尚この局面でも、『神仰クルセイド』は勝利への道筋に食らいついていた。ルルヤが全力で【息吹】に魔法力を注ぎ込むが、それと同等の魔法力を腕に注ぎ込む事で拮抗を保つ。


 それ即ち、この状況では【世壊破メラジゴラガ】のコンビネーション的前提である、【息吹】を打ち込んで重力をかけ、動きを封じた所に必殺の一撃を打ち込むという流れをさせないという事でもある。これまでルルヤの【息吹】を法術を吹かして吹き飛ばしてきたのもそれを警戒してだ。


 既に腕は再生している。多少衰えてもこの防御力と再生力がある限り【世壊破メラジゴラガ】に勝る攻撃を食らわなければ倒れはせぬ。既に魔法力の半分を使わせた以上、【世壊破メラジゴラガ】をあと一発撃てても、【世壊破メラジゴラガ】を上回る攻撃を出す事等不可能。


 まして既に再生した『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の腕には再びの《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》の法力がある。これを押し返して尚余力を残す事等不可能な上、更に再生した『神仰クルセイド』の手には《神剣》が、《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》に匹敵するレベルの法力を込められて再構築されている。速度を増す《神速》の法術を極大倍率で掛けた千の同時斬撃。これを放てば【翼鰭】による防御等……!


「僕も負けません! 僕は確かに、地球の現実の普通一般の命より物語を愛していたかもしれないし、それは人として歪んでいたのかもしれない! でも! そんな僕にも同じ物語を愛する大事な人が居たし! 物語への愛から始まったかもしれなくても、今この混珠こんじゅに生きる人を愛しているし、愛してくれている人がいる! 物語を愛する事は物語る人と物語を楽しむ人がいて成り立つ事、物語を愛する人をまた愛し大切にする事です! 神への信仰も同じ事! 人を愛さない信仰なんてっ! ……僕は貴方の様にはならない! 歪んでても、不完全でも、物語越しでも、人を愛してみせる!」

「人を、人の世を愛するだと!? 出来るのか!? 私と同じ目をした、私と同じ様に人の世に踏み潰されただろう貴様にぃっ!」


 だが、その前に、リアラが動いた。吼え、心を燃やし……!


「出来るかどうか……やってみます! そのために! これ以上、貴方に誰も殺させない! 【《生ける息よ死の骨よ、縛れブレスバインド&ボーンバインド》】!」「こ、れはぁ!?」


 それはもう一つの新しく覚えた白魔術《束縛》と竜術を混ぜ合わせた《宣誓詠吟》。敵の行動を阻害する為の複数の術等他にも新しく覚えた白魔術は幾つかあるが、聖なる力と防御と治癒に長けた『神仰クルセイド』に呪詛や毒の類いは通じぬ。だからこそ物理的に対象を縛り上げ行動を阻害する《束縛》だが、その力の前では直に引き千切られてしまうだろう。例え白魔術と並行し【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】と同じ物質化した光の【息吹】と【骨幹】の高硬度の鉄で縛ろうとも。だが、竜術と併せ二重に縛れば、少なくとも一瞬は耐える。そして、一瞬耐えれば。


「リアラ・ソアフ・シュム・パロンンンンンッ!」

「【森羅万象、天地万物、諸神諸霊に希う。我は真竜シュムシュ、過てる世界と戦う者にして、良き世界を抱き締める者。諸霊の愛と命を宿し、諸神の善と智を思い。我此処に約定を果たさん。悪しき世界を齎す者に、真竜シュムシュは滅びの一撃を齎さん】!!」


 『神仰クルセイド』が叫ぶ。鎖を引き千切るが一瞬間に合わぬ。その策を通して見せたリアラの名を叫ぶ。引きちぎる一瞬前に鎖にルルヤが手をかけた。【世壊破メラジゴラガ】の第一段階。天地を揺るがす極大重力が、鎖を伝わり『神仰クルセイド』を絡め取る!


「負ける、ものかぁあっ! 負ける事にはもう飽いたのだ! 一生分負け続けたのだ! 今生は、負けぬ! 勝つ! 神よ! 神よぉおおおおおっ!!!」


 GKKKBLAAAAANMM!!


 だが『神仰クルセイド』もまた吼えた! 《神剣》に込めた《神速》を暴発させる! 砕け散る《神剣》が敵に放つ筈の必殺威力を炸裂させ【《生ける息よ死の骨よ、縛れブレスバインド&ボーンバインド》】と【世壊破メラジゴラガ】による束縛を砕く! だが代償は余りにも大きく、『神仰クルセイド』の半身と『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の半身がズタズタに粉砕される! しかし!


「負ける、ものかぁあ! まだだ、まだだぁあああっ!!」


 その砕け散った半身同士が、回復法術で融合し、立つ! 『取神行ヘーロース』側の半分の腕には未だ《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》の輝き、否、更に輝きを増していく! それで勝負する積りだ! これでは止まれぬ、これでは終われぬと!


尚も抗う『神仰クルセイド』に対し……ルルヤは、最後の一撃を構えた。終わらせる為に。


「リアラ! 一緒に、勝つぞ! あの己すら燃やす太陽に!」


 その全身を、鎧を、竜を象り変形した剣を、【鱗棘】と揺れ動く砂海の重さを委ねられた【息吹】、そし、リアラから付与された《復讐》のエネルギーが包んだ。リアラが頷き、ルルヤの掴む剣に自らも手を添えた。ルルヤが決戦の覚悟に表情を引き締めルルヤに叫んだ。足掻き続ける『神仰クルセイド』を、この恐るべくも鏡写しの好敵手を、終わらせなければ、その為に、乗り越えてあげなければ、と。


「『神仰クルセイド』。貴方は絶対の神の存在を誰よりも求めていた。けどそれは逆説的に、絶対の神なんてこの世にいないと誰よりも思っていたからこそで、貴方は最初からある意味矛盾していた。だから貴方の作ったその神は、凄く強いけど、どんなに掟が正しくても、現実と同じ苛烈で無情な力の支配だった。これまでの世界ちきゅうと同じ様に。貴方は優しい神様になれたかもしれなかったのに、征服する力の神様を作ってそれを完全としてしまった……神無き世界ちきゅうを否定したいなら! 貴方は! 優しさを捨てるべきではなかった! 僕は捨てない、僕自身が醜くても、愛も優しさも!」


 そして、ルルヤの思いと思いを同じくして、最後の言葉をリアラが告げた。


「僕達は不完全だ。けど不完全な僕達だからこそ、互いの不完全さを認め合い、許し合い、支えあう事が出来ます。貴方の言う事には否定できないこともあった。僕では超えられなかった。だから手を取り合って、! 超えて行きます!!」


 直後、激突!


「《逆襲之世壊破アベンジオブメラジゴラガ】ァアアアアアアッ!!」

「《弥勒超新星拳ミトラススーパーノヴァ》ァアアアアアアッ!!」


共に剣を取り、リアラとルルヤが一直線に、光と闇の螺旋となって突貫した。それを『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』が、光の拳で迎え撃った!!!



 それこそが、この戦場に響いた最後の爆発、先に『男殺ミサンドリー』が聞いた音だった。



 戦場が静まり返った。最後の極大爆発は、誰をも振り向かせ……そして、決着がついた事を全員に示していた。まだ立っている者も、瀕死に近い者も、生き残ったマルマルの者全てが、リアラとルルヤの勝利を眺めていた。


「私の、負けか。だが。お前達の勝ちは、未だ遥か遠いぞ。砂海の民が私の軍門に下った者を受け入れようと……欲能行使者チーターの処遇、そして更なる十弄卿テンアドミニスター……数多の壁が……しかし……私に勝ったのだ。勝ち続けろ。地球にそれがあるかは分からずとも、混珠こんじゅにおいては戦いには生存における善悪の優劣があるのだと証明し続けろ。生きるに値する者が勝つのだと示せ。さもなくば、人間は果てしなく堕落していく。これは神と救いしか愛せなかった愚かな私の言葉だが……私の様な愚かな者に、そういう分かりやすい答えを示してやるのも、また、愛だ」


 『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』は……その全身に《弥勒超新星拳》を【世壊破メラジゴラガ】で跳ね返され、更に《復讐》を付与した陽の【息吹】で焼かれていた。《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》との相殺を超えて尚【世壊破メラジゴラガ】に勝る威力を叩き付けるという難題を、『取神行ヘーロース』との合一により《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》を瞬間的に上回る威力を叩き出した『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』に対し、リアラとルルヤ二人分の魔法を乗せるという技で、成し遂げたのだ。


 『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』の体は辛うじて最後の魔法力で崩壊を防いでいたが最早殆ど炭と灰の塊と言っても過言ではなく……限界を超えて、崩れ去ろうとしていた。その崩れる体に剣を突き立てた姿勢で、リアラとルルヤは、『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』の顔を見、声を聴いていた。その、最後の他者の為の言葉を。気息の限りを尽くして尚、二人、支え合えるから、未だ立って。


「……お、終わった……のか」

「これまで、か」

「馬鹿な……!?」

「終わりだ! 皆、もう、止めろ!」


 それを、皆が見た。『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』が敗れた以上、〈新唯一神エルオン〉教団は失われる。ボロボロのマルマル防衛軍だが、辛うじて耐え抜いたその前で、教団兵が潔く武器を投げ捨てていく。しかし《欲能神捧兵セルフバインド》としての力を失った下級欲能チート行使者達は逃げ惑う。『男殺ミサンドリー』の様な内容的には強力な欲能チートも、竜術護符が行き渡っているこの戦場では振るいようがない……故に、もう止めろと、その足掻きも、最早他の教団兵からも鎮圧されていく。成る程、確かに、強い者に従う者と、敗れたが故に従った者だけだった訳だ、と、『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』は、その光景に敗北を納得した。


「……お前に勝った以上、必ず勝つ。私はまだまだ武人過ぎるから、そうとしか言えん。だが……私には足りないものを補ってくれる人がいる」


 そう答えるルルヤは、傍らに立つリアラの肩をそっと抱いた。


「優しい神、か。そんな事、思っても見なかったな。ああ、だが本当の理想というものは、そういうものだったのかもしれん。私には、理想も、神も、遠かった、か」


 静寂の中、『神仰/唯光クルセイド・ミトラス』は、ざらざらと灰に崩れ落ちながら、そう嘆息した。


「……そんな筈はありません。希望を持たない人間は絶望しません。貴方が語ってくれた貴方の物語は、最初は、優しい人だったじゃないですか、貴方は」


 リアラは思う。思いがこみ上げて溢れ零れ落ちる。この人が地球で辿った末路、行った事は、悪でしかない。けれど、かつては人を救おうとしていた。この混珠こんじゅにおいても、その手段は悪でしかなかった。けれど世界を救おうとしていた。でも、敵だったのに。そっくりだと言われたのも、精神的な攻撃の一環だったのに。やっていた事は他の十弄卿テンアドミニスターと変わらないのに。……かつて現実より物語・信仰を愛した、ただそれだけの、余り良く無いかもしれない類似点があっただけの関係なのに、それでも、止まらない。……何故、涙が止まらないのだろう。


「……そうか……ああ、お前は、優しいな……そうだったな……あるいは、私はただ、あの子達が幸せに暮らせるような……悲劇の無い世界を……嗚呼……子供達が泣いている……泣き止ませて、あげなければ……」


 どこか解き放たれたような様子で、その転生者は、己を見るリアラに、砕け散った腕の残骸を差し伸べ、涙を拭って。


「……ありがとう、ございました。もう、大丈夫です」

「……嗚呼、良かった……良かった……私は、涙を、止めて、あげられたのか……」


 必死に泣き止んで笑ったリアラがさっきまで流していた涙と、一人の転生者の追憶まで燃え尽きた灰が、砂海に吹き渡る風に流れて消えた。


(……僕は、僕を……許す事が出来たのか……ありがとう、もう一人の僕)


 リアラは、それを見送った。リアラをルルヤは抱きしめ……戦いは終わった。

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