・第二十二話「サンド・オーシャン(後編)」
・第二十二話「サンド・オーシャン(後編)」
戦局は限界を迎えつつあった。《
「ふぅーっ、ふぅーっ、む、おおおおおっ! ……おおおおおっ!!!」
両足に
GAN! GAN! GAN! BRAN!
「くっそ……」
縁に備えた刃が既に枯葉のようにぐちゃぐちゃになって、鈍器として振るっていたルアエザの戦扇が、とうとう敵の《神衣》の頑丈さに負けて砕け散った。もう、スカートの縁の刃も靴の刃も潰れている。それどころかそもそも、服を身代わりに攻撃を防ぐ《霧散》の使いすぎで、殆ど裸同然の状態。
「……共に戦い、戦士として認め合っても。ついこう動いてしまうのが……男だ」
「馬鹿、男って、全く……!」
口髭の戦士が、同じくもう《霧散》を使えなくなったラルバエルルを庇って倒れた。ラルバエルルの、このマルマルの戦いまでの思いも籠る悔しさ噛み締めた声。
「しゃあねえだろ! させっかよ! てめ、ぐあっ!?」
「!!」」
「っ、拳、握れぇっ! ふざけんな皆、女のプライドとおっぱい落としたか!」
「……ああ、落としてないだろ、皆!」
ペムネに支援射撃をした狐目の弓兵に投擲された《神剣》が突き刺さった。だがそれでも尚エラルが、戦えとこの土壇場でも頓狂な励ましを叫んだ。
ふてぶてしい表情で、ルアエザが拳を握った。はっとなって、ラルバエルルとペムネが立った。
しかし眼下では破られた城門を舞闘歌娼劇団の〈乗物〉である山車と舞台の機能を持つ隊商随伴用
「っ……!」
「歌い、続けろぉっ! 出来る事を、するんだろうがぁ!」
全体に《霊曲》を以て付与霊術で支援をしてきたアドブバの手が止まりかける。が、必死に演奏を再開する。ここまで侵入してきた敵相手にアドブバを守る将軍の血まみれの背を見ながら。
その瞬間、何度か城壁外から響いていた。地震めいて砂海を揺らす爆音の中でも、最大の轟音が響いた。
「……終わりだな! 我々の勝ちだ! 男共もその
『
そして……!
「……終わりだ」
『
「無駄だ。指が落ちる余計な苦痛が増えるだけだぞ」
そう、これから己が殺そうとする相手に語りかけた。《神剣二刀》を止めようと抗い、その刀身を掴んだリアラに。
「……終わり、じゃ、けほっ、ない……」
一瞬、死体の様に瞳から光、顔から表情が消えかけたが。ルルヤを飲み込んだ爆炎を見せつけられた瞳に再び光を宿し、血に噎せながら、リアラはしかしそう答えた。
「これから、かはっ、貴方に、勝つ! 僕は貴方に負けないし、そして何より、」
「ぬうっ……!!」
爆炎が晴れた向こうを見ながら。『
「放射線の類こそ無いとはいえ……恒星に匹敵する高温だぞ、それを……! だが《
「GEOAAAA……FAAAA……NN……!」
それは竜の唸り声だった。爆発寸前の火山に滾る溶岩の様な。爆煙の向こうに、爛々と輝く赤い眼光が透けて見えた。【
だがそれはカイシャリアⅦの戦いで『
「……ルルヤさんが僕を置いて死なない。僕も、ルルヤさんを置いて死ねない。ルルヤさんを置いて死なない!」
その激怒を、かつて限定的に竜の力を宿していたフェリアーラが一時的にそうなったような
「出来るとでも!」「やります!」「これは!」
させじと指と掌ごと胸を切り裂いて首を落とそうとする『
(【
それを『
己が《神剣》の硬度には絶対の自信があるが相手が【息吹】を曲げられる以上《神剣》以外を息吹を狙う筈と、《神衣》から露出する目元を守る為《神衣》の追加装甲を更に増強し青い追加装甲えで目元を覆い、更に眼前に《神盾》を追加召喚。
「【《
しかしリアラの反撃は《専誓詠吟》、ここまでの戦闘でリアラの【息吹】の威力を見切った、剥き出しの部位でなければ通常の《神衣》で十分に防御可能と見ていた『
傷口からこれまでの【息吹】と異なり迸った血と見紛う鮮紅色の【息吹】は、《神衣》を赤熱させ『
「この威力、魔術の《復讐》を付与したか!? 過去の戦闘では使えなかった筈!」
「げほ、昨日の僕と、けはっ、今日の僕は、同じじゃないっ!」
焼け焦げた傷を《神癒》の法術で回復する為に間合いを取りながら『
『神剣二刀』が抜け落ちた胸の傷を押さえ、【
「GEOAAA!!」「ちぃいっ!」GOAANN!!
《神衣》の再構築、その一瞬に一手誤った事を悟り咄嗟に『
《
「ああ、そうだ、リアラ! 今こそ『
昨日の僕と今日の僕は同じじゃない、そう叫ぶリアラを後押しするように、その傍らに到達したルルヤが叫んだ。リアラの血臭いの中、一瞬浮かべた怒れる竜の黒き顔を押さえ、勇者の表情で。リアラの心に寄り添い、助けると。
「越えられるものか! 魔も滅ぼせぬ
「越えるとも! 貴様の言葉もだ! まずはそれからだ!」
『
「私も昔思った! なぜ
リアラから
「自分達は自分達だ、自分達でいたい。それは、人がどうしても思う事だ。自分や仲間を肯定してあげたいと。皆もそう思って抗っている。何か一つを正義と決めてしまうのは、その思いを塗り潰してしまう。私はお前達の暴力と戦うが、お前達に成り代わり支配者にはならんぞ!」
世界の残酷を弾劾し世界の横面を張り飛ばす鉄拳である
「ぬうっ!!」
『
轟とルルヤの四肢と剣に力を付与する黒き月の【息吹】が燃え上がった。全身をバリアめいて覆い辛うじて《
「そうだ……不完全なんかじゃない、優しいんだ」
リアラが、ルルヤの言葉に励まされるように、悟るようにそう言った。それを聞き、ルルヤは内なる思いを噛み締める。
……リアラが、理想を求め現実を省みぬ己の暗黒面を『
それに気づいたからこそ至れた境地と思いを込めて、掌打を見舞った腕から【息吹】を放ち、これまでの最大出力の【息吹】を打ち込む事で『
「ぬうっ! 勝負を賭けに来たか! ここまでで耐えきったとでも、見切ったとでも言うつもりかぁっ! だがぁっ!」
それを見てとり、『
「それが、己でありたいというその思いが乱を呼ぶというのだっ! ましてそんな優しさなど不純な惑い揺らぎに過ぎん! 私と同じく、戦いを選んだ時点で!」
それは我執であり戦と不和の源、乗り越えねばならぬ感情だと、そして理想の為に戦い血を流す事を再び選んだ時点でリアラが自分の同類と認めたのだ、ならば勝つのは迷いなき己と吼え、此方も法力を全開として『
「……マルマルの街の皆に聞いた。鉱易砂海の歴史について、学び知った!」
ルルヤに勇気付けられたリアラが激突した。先程のしっかり掴んだ大盾に拳をめり込まされ結果的に動きを支配された事態を避けるべく、『
「昔魔王が居た砂海で、魔王に従わざるを得なかった魔軍占領地の者も魔王の時代が終われば許しあって困難を乗り越えて行き、その為に各地のオアシスや鉱山に別れて併存してきた、人を許さない人は人に許してもらえないんだから。そう今日が来るまでの間、一緒に過ごした皆は教えてくれた! これは貴方が言った言葉でもあるんだぞ、『
VZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!!!! !!
悔い改めれば許されるのでなければ誰も悔い改めぬ。
同時にその言葉を己が精神力を昂らせる詠唱とする様にリアラの手指から【息吹】の熱線が《復讐》によって火力を増強され迸り、『
「言うではないか!」
「言わせてやるともっ!」
振り払わんとする
「ならば私の元に服従した多くの砂海の民も、許すという積りか!?」
「ああ、許すとっ! マルマルの皆はそう言ってたっ!」「ッッッ!?」
攻勢に出ようとするルルヤ。それを乱そうとする『
剣戟! 剣戟! 剣戟! ルルヤの鉄剣を『
「己であり続ける事が別々の正義同士の争いを呼ぶかもしれなくても、
私もまたお前に似ていると、リアラと同じだとリアラの手を取って共に歩むようにルルヤは踏み込む。肉体的に間合いを詰めると同時に、『
怒りと悲しみに狂い飛び殺したあの日。自分を咄嗟に引き戻したのは、自分の中に英雄を見たリアラの理想へ愛だった。こんな自分を愛し求め感謝してくれたリアラがいなければ、あの時にもう自分は狂い怪物と成り果てていただろう。怪物を抱き締め説得する事は、怪物を討つより遥かに難しい。それを成し遂げたリアラは、欲の怪物を殺す私より強いし、私が戦い勝てるのは、怪物を抱き締め説得し愛したリアラの優しさの力だと。即ちリアラを愛する事、リアラの罪悪に許しを与える事は、自分の悪性を認め、受け入れる事だと。
無論悪性は認め受け入れた上で制御し乗りこなさなければならぬが、それは正に考え続けるというルルヤが思った正義のあり方である。そしてそれは、世界を己の力で思うが侭にするのではなく、世界を抱き締める
それはマルマル軍との共闘や【地脈】の齎す力に勝るとも劣らぬ
『
「お前の神、力で広めた信仰は! 本当の意味で人の為の物語か!?」
「ぐうううううっ!!!」
盾打。ルルヤはそれに対し【翼鰭】を盾か腕のように振り回してぶつける。隙が開く。剣が抉り込むように突き出される。腹を突かれ、辛うじて《神衣》を貫かれないが、『
《神衣》の効果が、『
「カァッ!」「ぬうっ!」「ッアアアッ!」「ぐおおっ!?」
ルルヤが口から【息吹】を『
「 要らぬっ! そんなものなど! 私は私の神以外何も要らんわぁあああああっ!」
「
『
「僕達は望まれた。望まれてしまった。皆に託された、託されてしまったんだ! 勝ってくれって! それまで命を使って耐えてみせるとっ! 望まれて……!」
ルルヤが叫ぶこの砂海の皆への思いをリアラは噛み締める。そんな彼等彼女等に、自分達の事を思い、勝ちに焦り、負けないでくれ。絶対に勝つ為に、ぎりぎりまで粘ってくれて構わない。そう言われてしまった。命を捧げられた途方もない重さ。その重さに血反吐を吐きながらもリアラは即座に起き上がった。
「「
『
「それでも! リアラが居る事を、リアラの勝利を、リアラの生存を、リアラの歌を、共に生きるリアラの人生を、私は望んでいる! リアラは私に望まれている! ……リアラ! 私は、リアラに望まれているか!」
鬩ぎあいながら、背負う命の重さに負けるなとルルヤがリアラに叫ぶ。そしてまた、支える私を負けさせないでくれとルルヤはリアラに願う。共に来てくれと。
「っ……、はいっっ!!!」
「……ありがとう! だから、私は! 私達は! 唯一神に、負けんっ!」
リアラは感極まり答える、負けないと。リアラは支え返す。貴方が僕の心を支えてくれる様に、僕が貴方を支えると。その言葉に、ルルヤもまた感極まり力を増した。
「させぬぞ! このまま! 【
しかし尚この局面でも、『
それ即ち、この状況では【
既に腕は再生している。多少衰えてもこの防御力と再生力がある限り【
まして既に再生した『
「僕も負けません! 僕は確かに、地球の現実の普通一般の命より物語を愛していたかもしれないし、それは人として歪んでいたのかもしれない! でも! そんな僕にも同じ物語を愛する大事な人が居たし! 物語への愛から始まったかもしれなくても、今この
「人を、人の世を愛するだと!? 出来るのか!? 私と同じ目をした、私と同じ様に人の世に踏み潰されただろう貴様にぃっ!」
だが、その前に、リアラが動いた。吼え、心を燃やし……!
「出来るかどうか……やってみます! そのために! これ以上、貴方に誰も殺させない! 【《
それはもう一つの新しく覚えた白魔術《束縛》と竜術を混ぜ合わせた《宣誓詠吟》。敵の行動を阻害する為の複数の術等他にも新しく覚えた白魔術は幾つかあるが、聖なる力と防御と治癒に長けた『
「リアラ・ソアフ・シュム・パロンンンンンッ!」
「【森羅万象、天地万物、諸神諸霊に希う。我は
『
「負ける、ものかぁあっ! 負ける事にはもう飽いたのだ! 一生分負け続けたのだ! 今生は、負けぬ! 勝つ! 神よ! 神よぉおおおおおっ!!!」
GKKKBLAAAAANMM!!
だが『
「負ける、ものかぁあ! まだだ、まだだぁあああっ!!」
その砕け散った半身同士が、回復法術で融合し、立つ! 『
尚も抗う『
「リアラ! 一緒に、勝つぞ! あの己すら燃やす太陽に!」
その全身を、鎧を、竜を象り変形した剣を、【鱗棘】と揺れ動く砂海の重さを委ねられた【息吹】、そし、リアラから付与された《復讐》のエネルギーが包んだ。リアラが頷き、ルルヤの掴む剣に自らも手を添えた。ルルヤが決戦の覚悟に表情を引き締めルルヤに叫んだ。足掻き続ける『
「『
そして、ルルヤの思いと思いを同じくして、最後の言葉をリアラが告げた。
「僕達は不完全だ。けど不完全な僕達だからこそ、互いの不完全さを認め合い、許し合い、支えあう事が出来ます。貴方の言う事には否定できないこともあった。僕では超えられなかった。だから手を取り合って、僕達で! 超えて行きます!!」
直後、激突!
「《
「《
共に剣を取り、リアラとルルヤが一直線に、光と闇の螺旋となって突貫した。それを『
それこそが、この戦場に響いた最後の爆発、先に『
戦場が静まり返った。最後の極大爆発は、誰をも振り向かせ……そして、決着がついた事を全員に示していた。まだ立っている者も、瀕死に近い者も、生き残ったマルマルの者全てが、リアラとルルヤの勝利を眺めていた。
「私の、負けか。だが。お前達の勝ちは、未だ遥か遠いぞ。砂海の民が私の軍門に下った者を受け入れようと……
『
『
「……お、終わった……のか」
「これまで、か」
「馬鹿な……!?」
「終わりだ! 皆、もう、止めろ!」
それを、皆が見た。『
「……お前に勝った以上、必ず勝つ。私はまだまだ武人過ぎるから、そうとしか言えん。だが……私には足りないものを補ってくれる人がいる」
そう答えるルルヤは、傍らに立つリアラの肩をそっと抱いた。
「優しい神、か。そんな事、思っても見なかったな。ああ、だが本当の理想というものは、そういうものだったのかもしれん。私には、理想も、神も、遠かった、か」
静寂の中、『
「……そんな筈はありません。希望を持たない人間は絶望しません。貴方が語ってくれた貴方の物語は、最初は、優しい人だったじゃないですか、貴方は」
リアラは思う。思いがこみ上げて溢れ零れ落ちる。この人が地球で辿った末路、行った事は、悪でしかない。けれど、かつては人を救おうとしていた。この
「……そうか……ああ、お前は、優しいな……そうだったな……あるいは、私はただ、あの子達が幸せに暮らせるような……悲劇の無い世界を……嗚呼……子供達が泣いている……泣き止ませて、あげなければ……」
どこか解き放たれたような様子で、その転生者は、己を見るリアラに、砕け散った腕の残骸を差し伸べ、涙を拭って。
「……ありがとう、ございました。もう、大丈夫です」
「……嗚呼、良かった……良かった……私は、涙を、止めて、あげられたのか……」
必死に泣き止んで笑ったリアラがさっきまで流していた涙と、一人の転生者の追憶まで燃え尽きた灰が、砂海に吹き渡る風に流れて消えた。
(……僕は、僕を……許す事が出来たのか……ありがとう、もう一人の僕)
リアラは、それを見送った。リアラをルルヤは抱きしめ……戦いは終わった。
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