・第二十一話「サンド・オーシャン(中編)」

・第二十一話「サンド・オーシャン(中編)」



 同時刻。マルマル市上空。発行する巨大な、具体的に言えばその中に人間の居住空間が作れる程の大きさの『空飛ぶ円盤』が滞空していた。全体が熱を帯びぬ光に包まれ発光している為、よく見れば単なる円盤ではなく幾つかの器官を備えている事が分かるが、その詳細は常人の目には分からない。尤も、そもそも地上からでは小さな光の点にしか見えない程の高度をとっている為、感知目視そのものが困難と言えるが。


「……どうやらおっ始まったか」


 円盤の中は、現代と近未来、地球と地球外が入り交じった、言ってしまえばややチープなSF映画のセットのようになっていて、その中にいるのは、鮫のような笑顔を浮かべた海辺でバカンス中といったような格好をした若い男。


「見ればナアロ王国首席錬術れんじゅつ博士ドシ・ファファエスこと『文明サイエンス欲能チート』謹製の『発明品マクガフィン』、高高度飛行偵察錬術れんじゅつ兵《黒鳥》もお出まし。〈帝国派〉の連中は、やっぱ、『情報ネット欲能チート』の奴が噂通り細かい所まで遠隔感知って所か」


 ディスプレイ自体は既製品にSFチックな装飾を施した風ながら、壁と接触する少し手前で配線がこの空間を内包する飛行物体の不穏な正体をあからさまに示す様に魚の内蔵じみた生体組織風になる端末を操作し、遠方を飛行する両腕が翼状になった黒い《錬術れんじゅつ兵》をチェックしながら、男は呟いた。


「うちの大将は最強だが、考えるって事をしないからな。考えるのは此方の仕事ってのは、確かに〈同好の士〉殿の言う通りだが。あの大将に敵情視察なんて要るのかねえ……いや、俺達にゃあ要るか。大将が奴等を殴り殺すまでの間生存戦略生き残りたいって訳だ。やれやれ、大将に釣られて俺まで馬鹿になっちゃあ世話ぁ無い」


 男の服装には、その所属を示すものが含まれていた。黒字に白髑髏と〈∞を掴む腕〉を描いたバンダナ。ジャンデオジン海賊団。


「……実際、へへ、おっかねえな。気ぃつけないとな」


 男は偵察を続ける。ディスプレイが写し出す張るか彼方の地上の映像……今し対峙する三人、『神仰クルセイド欲能チート』、ルルヤ・マーナ・シュム・アマト、リアラ・ソアフ・シュム・パロン。三人とも、決闘を除き見る無粋の輩、と、邪魔そうに己の方を張るか彼方から見返した事実に、引き笑いを浮かべながら。



「下らん覗き見などどうでもいい。あの距離、あの数、情報収集以上の事はしてこんさ。さあ、勝負といこうか」


 一瞥以上の価値は無しと、この戦は最初から、己と真竜シュムシュの勇者二人との決戦で決着する。そう確信して二人に対峙する『神仰クルセイド欲能チート』は、一直線に突入した二人に対し宣言した。……事前の問答で、相手の戦意を果たしてどれ程混乱させられたかを、見て、計りながら。


「ああ、そうしようか。長引けばその分戦の被害が増える。行くぞ、リアラ」

「……はいっ」


 ルルヤは、決然とした敵意と戦意の表情だった。リアラは……戦意を、懸命に構築した、といった表情で。ルルヤの傍ら『神仰クルセイド』と対峙していた。


 『神仰クルセイド』の胸中に、良き敵への高揚と、果たしてその心根、真偽如何に、という好奇心が沸き上がった。



「前にも言ったが。私の『取神行ヘーロース』は、二対一を物ともせぬ。少々、変則的だからな。それを見せ、そして思い知らせてやろう、唯一なる神の強さを」


 そう語る『神仰クルセイド』と二人はリアラとルルヤは一触即発だが、『取神行ヘーロース』の発動時十弄卿テンアドミニスターは接近する者を破壊する危険な防御領域を用いる。即ち敵の変身終了が開戦のゴングだ。


「ええ。それはそうでしょう。貴方は自分が神になりたいんじゃない。神を仰いでいたい、それが貴方の願いなのだから」


神仰クルセイド』の仄めかしにリアラはそう答えた。過去にもその戦力的評価については仄めかされていた。そしてそれがどんな形で発露するかのプロファイリングの材料は、沢山あった。


神仰クルセイド』は笑み、身を捩るが如き奇妙な立ち姿JJ立ちを取り『取神行ヘーロース』の発動を詠唱!


「この手に取らん神の行い、我こそこの世の主人公!

 無神論を無視せよ、神を輝かせる為に!

 科学を解体せよ、幻想を現実とする為に!

 物質をぶち壊せ、魂を尊ぶ為に!

 唯一を夢見よ、絶対を是とする為に!

 この世に我が主を顕現せしめん、これこそが我が現実なり!

 取神行ヘーロース、『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』!!」


 FLASH!


 閃光が爆熱を伴い、一瞬、その場に太陽が出現したかのようであった。爆熱が風を産み、砂と風をリアラとルルヤは堪えた。


 そしてその後、風が収まった後にその場に現れた、『取神行ヘーロース』の姿は、


「やっぱり……!」

「如何にも、その通りだ」


 正にリアラの予想した通りだった……『神仰クルセイド』は『経済キャピタル欲能チート』や『惨劇グランギニョル欲能チート』の如く自らが怪物じみた神の姿に変わる事は無かった。


取神行ヘーロース』は『神仰クルセイド』から独立し、その傍らに立つスタンド。頭巾冠を被り、目玉模様の付いた羽を生やし、光輪を背負う……極度に抽象化したヒトガタ。無機質な白き神。


「今は私の理想通りに自立行動する形ある神の像でしかないが、何れ偶像を脱する。さすれば神罰は光の一閃でお前達を屠っただろう。神の拳に触れる幸運を噛み締めるがいい!」

「神を律するのは真竜シュムシュの務め。貴様の神も例外ではないっ! 行くぞリアラ!」

「はいっ!」


 豪語する『神仰クルセイド』に対しルルヤは吠え返し、リアラを伴って突貫した!



 敵の『取神行ヘーロース』がこの姿を取る可能性について、ルルヤは事前にリアラから予想を聞いていた。そこからルルヤは、当たった場合の戦いか他について考えていた。無論そうでなかった場合についても何パターンか考え、想定していたが。ともあれこの場合の対策は、相互に連携しながらより強いであろう『取神行ヘーロース』を状況に会わせ片方が押さえ込み、生身の本体をもう一人が倒す!


「【リアラ・ソアフ・シュム・パロン、真竜シュムシュの名と共に希う! 征された国々よ、弾圧された人々よ、殺められた精霊達よ、その魂よ! この地とその命を愛し守らんとする我等に答え、我らと地脈にて繋がりたまえ】! 【真竜シュムシュの地脈】!」


 リアラが祈り、世界と繋がり力を借り受ける【地脈】の力を発動する。戦う自分達の為に力を使わねばならぬマルマル軍からは力を借りられないが、自分達の守護者の勝利の為に祈るマルマルの民、そして、この休戦期間中に持続期間・有効射程を新しく覚えた白魔術により増した《使魔つかいま》を用い、敵軍が既に占領した都市に対しても【地脈】を使用できるよう儀式を行い整えたリアラのサポートにより、〈真唯一神エルオン教団〉のこれまでの犠牲者の霊とも繋がり、魔法力を増大させる。『神仰クルセイド』が自軍の軍旗厳正を誇ろうとも、ケリトナ・スピオコス連峰の時の魔法力総量に、集めれば迫る事も出来よう!


 漆黒の【真竜シュムシュの翼鰭】が奔流となり、ルルヤを砂を蹴立てて地面すれすれを突っ走らせる。顎門あぎとを象った手が打ち降られ、ルルヤの四肢に重力を操る【真竜シュムシュの息吹】が付与され、その力を爆発的に増大させ……同時、同じく翼を広げ砂上を滑走した『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』が、衝撃波で砂の波頭を散らし猛烈な速度で格闘白兵射程距離に隣接!


(速いっ! これは……!)


 想定ではリアラとルルヤが相互に支援可能な間合いを保つ心算だったが、それよりも速く深く踏み込まれた。これではルルヤとリアラの距離が空き、連携が難しい!


聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖セイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイ聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖セイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイッ!!」

「う、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!


 更にルルヤが【真竜シュムシュの骨幹】で鉄剣を形成するよりも一瞬速く、猛烈な勢いで『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』が腕が無数に見える程の打撃の連打ラッシュを放った。轟く打撃音は艦隊が備える規模の無数の大口径機関砲と速射砲の一斉射撃の如し。変形ではなく、残像で複数に見えるだけなのだが、それでも尚三面六臂どころか千手の領域だ。そして、威力は機関砲や速射砲どころの騒ぎではない。未だ【世壊破メラジゴラガ】を載せてはいないとはいえ【地脈】の効果で【息吹】に加え【真竜シュムシュの膂力】を全開の、戦車も巨人も軽々持ち上げ投げ飛ばす腕力が更に強化されているルルヤに勝るとも劣らない。打撃音で砂漠が波立ち轟き響く! 衝撃波が巻き散らかされ、打撃自体は捌いたルルヤの肌を切り刻まんと掠め【真竜シュムシュの鱗棘】に弾かれる!


 しかし、既に十弄卿テンアドミニスターとの戦いを乗り越えたルルヤもまた昨日のルルヤに非ず。その打撃全てを、足、腰、背筋、肩、腕と動きを伝え、突き戻し又突く相手より遥かに無駄のない両手で小さな円を描きながらその円を螺旋めいて捻り込むような動きで、敵の拳に側面から掌打、手刀、指絡み、手首捻り……ラルバエルルに見せた手技の数々を叩き込んでその動きを阻止しにかかる!


「っ、硬いっ!」


 しかし! 連打を防ぐ事は出来たが、反撃のダメージが殆ど通らない……どころか、手足に武器と同等の硬度を与える【真竜シュムシュの爪牙】の効果を受けているにも関わらず、相手の腕に打撃を与えた筈のルルヤの手指の先から逆に血が滲む。【真竜シュムシュの血潮】により、それは即座に回復するが。


「(完全無敵なら無効化出来る、単に頑丈なだけか! なら!)これはどうだ!」


 連打が途切れた所に、連打を捌いた腕を引きながら胴を捻り、回し蹴りを叩き込むルルヤ。やはり硬い! だが、重力の【息吹】を乗せた蹴りに僅かに相手も身を曲げて足を身だし、一瞬の隙を作る。その隙にルルヤは【骨幹】を発動、鉄剣を生成。既に付与された重力の【息吹】が、手を通じて剣にも伝わる。


 GIRINN!! KIIIINNNN!


 肘の内側へ、そこから脇腹へ。ルルヤの手首がしなやかに翻り、踊るような足捌きで【息吹】に加え遠心力を載せて切り込む斬撃が二連続でクリーンヒットするが……斬れぬ! 僅かに軋めど、凹みも、皹入りもしない!


「っ……!! (この、手応え!)」


 ルルヤは理解する。最初に『神仰クルセイド』が現れた時咄嗟に攻撃した剣を受け止めた盾、防御法術《神盾》。こいつの硬度は、全身それに等しい。『邪流ジャンル』の展開はマルマル軍に竜術護符を渡した事で打ち消しているが、敵戦力の大なるを思えば……混珠こんじゅにおける戦闘は回復魔法が介在する故に地球の戦闘と比べ決着する前の間は死傷者は少なく、〈合戦〉であれば趨勢が決した後の追撃が少ない為にそのまま犠牲少なく終了するが、〈戦争〉の場合最終局面の追撃でそれまで発生が押さえられていた死傷者が一気に発生する故に、長期戦は避けたいというのに!


(こいつは殆ど、全身が動き戦う防御法術そのものか! 攻防一体、コイツへの攻撃は殆どダメージに出来ない!)


 神に狂おしく絶対を求める『神仰クルセイド』の想念の具現である『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』は、正に金剛不壊であった。ルルヤの鉄剣も鉄とその合金が到達しうる理論最高の硬度を有しているのだが、それよりも更に硬い! これ程の防御力では、使用回数が限られる【世壊破メラジゴラガ】を以てしても確実に徹し仕留めきれるか、迂闊に判断出来ぬ!


「《神槍》《神雷》《神炎》《神拳》!」


 更に『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』は、法術による攻撃を行ってきた。中でも『神槍』は最高位の真唯一神エルオンの信仰者でなければ発動できない最早欲能チートの領域にある程の《必中にして必殺、あらゆる武器防具魔法による防御を破壊する》効果を持つが、それはルルヤの真竜シュムシュの力が拒絶し、《神槍》は唯の極超音速での槍の射出にしかならないが、無論それでも十二分に驚異である事は言うまでもなく、その後に更に砂漠を硝子に変えるレベルの雷、太陽の欠片を落としたが如き大爆炎、光輝き着弾後炸裂する法力エネルギーの拳が続くのだ!


 ZGOU! FLASH! KYDOOOOOMM!! 「ぐあああっ!」


 《神槍》を【真竜シュムシュの宝珠】による思考加速での超反応と手にした剣で弾き、《神雷》を【骨幹】を使いもう一本敵との間に生成し地面に突き刺した鉄剣を避雷針にして防ぎ……防ぎきれずに《神炎》を受けてしまう! 吹き飛ばされ転倒、かつての戦いより防御力を増し更に【地脈】で得た力を注ぎ込んで「鱗棘」で耐えるが耐えきれず焼ける肌とビキニアーマー。


 ZDONM!


 だが【血潮】に【地脈】の力を注ぎ込んで回復、ブレイクダンスめいた動きで転等の衝撃を利用し即座に起き上がり、最後の《神拳》に【息吹】をぶつけ相殺!


「かはっ、はっ……(一発の威力が『経済キャピタル』の複数魔法同時発動に勝るか!)」


 治りかけの焼けた喉で噎せる呼吸を整える。余波で周囲が壊滅しかねない程の威力だがそうはならぬ。自軍とマルマル市街を巻き込まぬ『神仰クルセイド』の制御と、リアラがマルマル軍との間に既に張り巡らせた【陽の息吹よ守護の祝福たれフォトンブレス・バリアー】の為だ。


 だがこの程度なら、まだ。問題は【地脈】のリソースを消費しきる前に、否それより先に戦局が決定的局面に至る前に、この堅牢をいかに突破するか……


「うあああああああっ!!?」「リアラッ!?」


 その時、ルルヤの思考をリアラの悲鳴が断ち切った。



 ルルヤが『取神行ヘーロース』を押さえている間に、その支援を受け人間のままの本体を討つ 。ルルヤが押さえている間に為す為にも、戦を速く終わらせる為にも、必然リアラは速攻を選択、【息吹レーザー】を連射しながら妖精の如き【翼鰭】を展開、低空飛行で飛びかかった。


 ……攻撃を受けた直後、リアラは悟る事になる。この戦況を見、自分の気質を知悉している『神仰クルセイド』ならば、こう来るという事を読むのは容易いにも程があった筈だと。それを狙って『取神行ヘーロース』を突進させ、支援連携を絶ったのだと。


 【息吹】の最初の連射を、『神仰クルセイド』はリアラが狙った場所を読み、即座に最初の接触時にルルヤの攻撃を防いだ盾を形成し操る法術《神盾》を以て防御。《神眼》他、知覚・思考速度・身体能力等全てを法術で竜術によるそれと同レベル以上にまで卿かしているのだ。続く【陽の息吹よ狙い撃つ鏃となれホーミング・フォトンブレス】による八発同時射撃に対し、【神仰】は両腕を眼前で交差させ《神衣》の法術を発動。


 その効果は、一般教団兵や《欲能チート神捧兵》の使うそれとは段違いであった。全身の衣が白銀に輝き、要所要所に光が具現化したが如き結晶めいた青い鎧が突っ掛け異性され、全身の急所に着弾した【息吹】を完全防御! 更に隔絶しているのは防御力だけではなく、柔軟性もだ。【息吹】を放ちながら突進していたリアラは、直後矛による突きを放つが、『神仰クルセイド』は、全身を防御しながらも尚完全に自由に動ける事を証明する柔軟な体捌きで、突き出される矛の切っ先をそれまで召喚し浮遊させていた《神盾》を掴んだ手で上から叩いて逸らしながら身を捻り。


 ここで時系列が、リアラの悲鳴をルルヤが聞いた瞬間に戻る。リアラの矛をかわした直後、技の起こりを、技の狙いを隠す下から切り上げる様な軌道を描く、《神炎》《神雷》を付与され灼熱に燃え雷電衝撃を帯び、《神茨》で痛苦を増強された武器生成法術《神鞭》で、槍の如く鋭く剣の如く切れ味のある一閃を『神仰クルセイド』は打ち込んだのだ! 鞭の先端が臓腑を抉らん程深くめり込み、鞭が這った傷跡にそって付与された攻撃法術が爆導索の如く炸裂!


「うああああああっ!? あぐ、あっ……!!」


 鞭は法術で強化された『神仰クルセイド』の力を乗せリアラの脇腹から乳房を強かに打ち、【鱗棘】の防御と【血潮】の回復に守られている筈の肢体に呼吸が止まる程の激烈な衝撃を与え、更に【骨幹】で作られているビキニアーマーの胸部分を一部引き千切る程のダメージを与えた。痛苦は堪えるが絶息する程の衝撃で身動き儘ならず、その隙に絡みつく鞭に引き摺り倒され倒れ伏すリアラ。そこに、


「させるかぁっ!!」


 リアラの体から一旦離れ翻り追撃を叩き込もうとした『神仰クルセイド』の鞭を弾き飛ばしたのはルルヤの【真竜シュムシュの長尾】を乗せた斬撃だ。『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』を【翼鰭】で飛び上がって交わし、そのまま空中から襲撃をしかけようとするが。


「《神風》ッ!!」「うあっ!!?」


 『神仰クルセイド』の詠唱と同時にその指先全てから実体を持つ風の投縄の如く振る舞う横向きの砂嵐が五本迸り、ルルヤの【鱗棘】で守られた肌と鎧を鑢めいて削りながら絡めとり、『神仰クルセイド』が腕を降り下ろすと同時にルルヤの全身あちこちにできた擦り傷に砂を擦り付けようとするかのように強烈に地面に叩きつける! 上がる砂柱!


「私も飛べぬ事はないが、させぬよ! 何人にも! 戦いの場において他者を空から見下ろさせはせぬ! それが我が神の掟だっ!」


 生前の怒りが作らせた対空攻撃特化法術を以てルルヤを空から叩き落とし、空中戦を封じた『神仰クルセイド』はそのまま、先に倒れたが呼吸を回復し辛うじて立ち上がったリアラに突撃!


「くうっ……!?」「《神盾》! 《神剣》!」


 鞭で武器を絡め取られる事を警戒し、リアラは【骨幹】で矛を剣と短剣に再構築していた。だが『神仰クルセイド』の手に既に鞭は無し。代わりその手に握られているのは《神盾》による超硬度の盾と、それと同材質と思しき曲刀《神剣》!


「はぁっ!」「っあうっ!?」


 降り下ろされる《神剣》が、曲刀の曲がりを利用し防ぐリアラの剣に絡むように鍔競りした瞬間横に振り抜かれリアラの剣が吹き飛ぶ! 反撃しようとするリアラの短剣を、『神仰クルセイド』は《神盾》を持った手をパンチめいて繰り出し盾打シールドバッシュで粉砕!


「せいっ!」「くあっ、あぐっ!? んぐうっ!? !」


 その間に手首を返し、翻る《神剣》がリアラを押そう。脇から肩を逆に断つ斬撃にリアラはバックステップするが、かわし切れず胸鎧の一部が破損! 追撃の盾打が額に命中! 更に切り上げた曲刀が再度降り下ろされ、肩鎧破壊!


「お前は私に似ていると言ったが日本人! 決定的な違いを教えてやろう! お前は弱い! 我が心も法術も、絶対なる神を思い強靭! お前の弱い心では勝てぬ!」

「『神仰クルセイド』ォオオオオ!!」


 肩鎧を砕いた刀を翻し、リアラの首を取ろうとする『神仰クルセイド』に、今度こそルルヤが食らいついた。逆に言えば、ここまでの『神仰クルセイド』の攻勢が、それほどまでの一瞬の間に行われていたという事でもある。怒る竜の表情のルルヤが、しかし同時に恐るべき集中力で【息吹】を連射、その全てを至近のリアラに当てる事無く『神仰クルセイド』に命中させる!


「逆鱗を攻められるのは辛かろうっ! 不完全な仲間に不完全な情を注ぎ不完全な強さで抗う不完全な竜よ! その不完全な手が取りこぼすまで、あと僅かだぞっ!」


 体勢を乱しリアラから弾き飛ばされる『神仰クルセイド』だが、やはり防御体勢を取りダメージは最小限。それに食らいつき、剣の間合いに駆け込むルルヤ。


(凄まじい防御力……! これがこいつの特徴か! しかも、自覚して使っている!)


 恐らく、回復法術も相当のものを持っているはずだ。それに加えて、この硬さ! リアラをわざと狙った事といい、心を攻めてきている。その硬さをもって、戦いが延びれば、マルマルの犠牲者が増える、と!


「小狡い真似を! そんな姑息な唯一神様とやらが、いてたまるものかっ!」

「逆だ、慈悲だぞ古き竜シュムシュ! 不完全を認め、完全に服するなら今だぞ! まだ、お前の仲間を助けられるぞと、言っている!」


 怒号と宣告が交錯する中、猛烈な勢いでルルヤと『神仰クルセイド』は剣打を交わした。長足の踏み込みを乗せたルルヤの斬撃。下から盾で殴り飛ばすように防ぎながら、盾を追うような軌道でこじ開けた隙を曲刀で切り上げにかかる『神仰クルセイド』。


 盾が斬撃を弾いたと同時に弾かれた勢いで切り上げをかわしその切り上げで延びた『神仰クルセイド』の手を取りに行くルルヤ。掴む。捕まれた腕を振りルルヤの体勢を崩さんとする『神仰クルセイド』。その手を逆手に取り剣を刺しにいくルルヤ。同時に、掴んだ手に【息吹】を。


 させじと『神仰クルセイド』、盾打を連打。突きを弾かれ、額に盾打が一発入り、鉢金に皹が入り額から血を流すルルヤだが、牙剥く竜の笑みを浮かべ【息吹】を発動! 掴んだ腕をへし折りにかかる!


 が、直後、【息吹】を放ちながら『神仰クルセイド』の腕から手を離す。故に腕を潰すのではなく弾き飛ばす事になりへし折り切れぬが、辛うじて間に合う。【真竜シュムシュの角鬣】で察した、後方から挟み撃ちに襲いかかった『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の拳の回避に!


 翻る蒼髪が『取神行ヘーロース』の拳が巻き起こす風に散る。瞬間的に形成される、一対二から二対二を覆しての二対一! 二柱の『取神行ヘーロース』との決戦で二対二となった瞬間相手を圧倒したリアラとルルヤのチームワークに、匹敵するどころか勝る!


 それは言わば一心同体ならぬ一心二体であるが故の必然にして、その境地を作り出す『神仰クルセイド』の神を求める心の力! 更にそれだけではなくそもそも『取神行ヘーロース』ではない『神仰クルセイド』の本体の力が……


(強いっ……手強いっ!)


 『惨劇グランギニョル』や『経済キャピタル』もただ異能と異形を能力任せに振り回していた訳ではなく狡猾な悪意を以て抉り込もうとしていたが、それでも尚……やはり違う。神を渇望し続けた精神が生む魔法への適性、だけではない。非戦士と戦士の違い。確固たる、地球と混珠こんじゅ双方の戦闘で鍛え抜いた戦闘技術。その戦闘技術と欲能チート・法術の融合。


 『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』を動かす超神としての体を運用する技量が違う! 生身の肉体を『取神行ヘーロース』に匹敵するまで強化できる程に法術を鍛え上げその強化をフル活用できるよう技量を鍛え上げた鍛練が違う! 唯一神の元の統一と平和というその信念は狂信だが、狂信だからこそ辿り着けた徹底的鍛錬による絶対的境地!


 切り上げ! 切り下ろし! 盾打! 上下に激しく揺さぶり盾打を混ぜて隙を抉じ開けんとする『神仰クルセイド』の刀法。だが! と、左右の動きで回り込みその腕にカウンターを見舞おうとするルルヤ。しかし!


「《神運》!」GIKINN! 「何っ!?」


 『神仰クルセイド』が唱えると同時に、それまで硬度で上回る『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の拳や『神剣』『神盾』と打ち合っていたルルヤの剣が、折れた! 法術の名前からして【鱗棘】の対干渉防御の外にあった鉄剣を狙いすました、折れる可能性の操作か!


「ハァアッ!」「ちいっ!」


 『神仰クルセイド』の斬撃! それに対しルルヤは先ほどの腕を掴んでの零距離【息吹】を当てた場所に蹴撃! 流石に生身の腕、《神衣》越しの衝撃が蓄積し骨が軋み、弾き飛ばされる。体勢を崩し盾打を防ぐが、


聖聖聖聖聖セイセイセイセイセイッ!」


 『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の拳嵐ラッシュ! 【宝珠】による思考加速でも、『神仰クルセイド』の攻撃を防ぐ為に無理をした直後では防ぎきれぬ!


 一発目を腕で受け、二発目も腕で受け、三発目をかわすが、四発目が胸元を直撃!


「かはっ!?」


 鎧と肋骨が皹入り軋み折れ曲がり、乳房に激痛が走る。激痛は堪えるが、血ヘドを吐くルルヤ。そして、五発目は。


 GWAAAANN! 「ルルヤさんっ!」


 立ち上がり追い付いてきた、ルルヤを守ろうとするリアラと激突し轟音を立てた。リアラが五発目の打撃を止めたとも言えた。その手に形成した大盾が、ルルヤを打つ筈であった『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の拳を半ばめり込ませながら止めていた。だが。


「無駄だ。……波斯将棋シャトランジで言う所の王手詰シャーマートに嵌まったのだ、と、言うべきかな。古の竜に縋ったな。読んでいたぞ、《神剣二刀》!」「!?」


 それは同時に、リアラの動きもまた『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』の拳に拘束されたとも言えた。そしてそれこそが『神仰クルセイド』の狙いだった。リアラの背後に立つ。リアラは灼熱の如くありながら同時に凍るが如き絶対的殺意に身を捩った。【宝珠】による神経加速でも間に合わぬ。『神仰クルセイド』は《神盾》を解除。両手に《神剣》を形成。


(違う。違う、それは……!)


 ルルヤを守ろうとした事を、己の力で立つのではなく、ルルヤに縋って、ルルヤを守る事で己の心を守ろうとしたのだという『神仰クルセイド』の言葉に、リアラは異を唱えんとする。『神仰クルセイド』との対峙の後、夜に、己の内面に、ルルヤに、皆に問うた。それが心中を激しく過る。走馬灯か。防御を割り開き弾き飛ばし、鋏み斬るが如き二刀による『神仰クルセイド』の首斬り。盾を離し身を捩る。間一髪首筋に赤い筋を刻んで避ける、更に『神仰クルセイド』が前進。絶対的に己が信仰の勝利を確信した迷い無き突貫。


「がぼっ!? う、げはあっ!?」


 降り下ろした双刀を、猛り狂う戦象の牙の如く捻り上げての突貫変則刺突。直前で翻り刃を上に向けた双刀が、斜めに交差するようにリアラの胸の谷間を貫いた。肺が。心臓が。血が。……首筋を狙った斬撃の剣風が追い付き、三つ編みの髪が切れ解け舞い散った。


「……終わりだ」


 だが尚、『神仰クルセイド』は油断なく怠らず。ここから更にX字に切り上げ、首を胸郭の一部ごと落とし確殺する心算だ。同時に心を挫き回復魔法を断つべく、ルルヤに必殺の技を見舞う様を見せつけながら。


聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖セイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイ聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖聖セイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイセイ聖屠聖殺セイッセイヤァァッ!」

「ぐああああああああああああっ!? (ダメ、だ、倒れる、訳にはっ……!?)」


 リアラに『神仰クルセイド』が叩きつけた言葉。己と真竜シュムシュに『神仰クルセイド』が断言した不完全性。それに抗うべく、血反吐を吐き倒れそうになる足を踏み締め立ち続けんとするルルヤに、リアラの妨害を振り払い『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』がこれで止めと乱打ラッシュを放つ。避ける。受ける。受ける。受けきれぬ。食らう。耐える。食らう。耐える。食らう。耐える。食らう。耐え……!?


「《神よ、勝利と救済を! 天路の如く光の如く炎の如く、天上無窮無限極大なる絶対の法の如き勝利と救済を》っ! 《弥勒恒星拳ミトラスこうせいけん》ッッッ!!」


 最後の、全力の一降りがルルヤに突き刺さると同時、『神仰クルセイド』がリアラの胸を貫く様をルルヤに見せつけるのと同時。『未来神約・復登唯光ザ・ニュー・ミトラス』がありったけの攻撃法術全てをその拳に同時に込めて、拳で突き刺したルルヤの体目掛けて発動した。専誓詠吟。ルルヤの【世壊破メラジゴラガ】と同等の、『神仰クルセイド』最大の奥義を放つ!


「あ……」


 VRAZDOOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMM!!!


 大量出血に霞むリアラの視線の先で。ルルヤが、爆炎の中に消えた。

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